堀井On-Line



4886,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー44

2014年07月31日(木)

   * つれづれに 〜赤いカップ制度(仕事のゲーム化)    
 話は実家の量販店時代に戻る。 まずチェーンストアの統一伝票を導入して部門別管理を
採り入れた経緯を以前に書いたが、その後日談になる。 その「仕事のゲーム化」とは・・・
【 本店ビルを建てかえ、部門別管理をゲーム化した『赤いカップ制度』を始めた。
 そして劇画のような?日々になっていった。まず部門責任者と、それぞれ年次売上予算と
利益予算を決め、それを月次、日次予算に落とす。そして各部門単位のレコードの曲を決め、
予算達成をすると総務に連絡、店内に、その曲流す。それで社員の誰もが、どの部門が達成したかを
知る。早い部門だと、日祭日などでは、二時間もしないうちに流れることもある。逆に、流れない
部門は、一週間、二週間経っても流れない。
その上、車座に並んだ朝礼で、成績順に並ぶ。 更に月次で一番営業成績の悪いところが、
一ヶ月間、15分の早出で店頭掃除をする。 早出代として毎日千円、月3万円を割り出し、ベストの
部門全員に近くの趣味の店のコーヒーカップ・シリーズを、景品として贈呈。 逆にワースト部門は、
真っ赤に塗ったカップを、売場の何処かに置いておく。(これを現金にするとリアルな競争になるため、
若い人が楽しめて仕事が出来るように配慮をした。) 結果、担当の能力が明確に現出するため、
不振の責任者は追込まれる。これに利益率を換算した結果が明示されるため、責任者は
堪ったものでない。その上、週初めのチーフ会議も成績順に並ぶ・・ 仕入が当てればよいが、
外れると、パートまで・・ 担当者には仕入れ権限も大幅に与えられているため、
それぞれが商店主のようなもの・・ 】
 ▼ 必死さが生み出した仕組みである。都会のファッション専門街ビルは、活性化のため、
不振店を自動的に排除をするシステムで競わせているが、同じようなものだろう。 私が辞めた後に、
反動でピンク一色になったのも当然。桃色は同時に赤色(赤字)も?伴うから始末が・・・ 
35年前、こんなこともありました! 
ーー
2013年07月31日(水)
4519, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー5
             『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
 日本エッセストクラブ編の‘11年版ベストエッセイ集’の「老いた人、瀕死の人にも希望を」が、
二人の説を裏付ける内容。医師も若い時には、その不条理に思い悩むが、何時の間に、
その世界に染まってしまう恐ろしい世界でもある。  ーまずは、冒頭の一部を抜粋してみるー
《 * 老いた人、瀕死の人にも希望を  ー榊睦子
 この春、研修医になって独立した息子が忙しい勤務の間を縫って帰って来た。元気がない。
就職したての頃の笑顔が消えている。「仕事はどう?」と水を向けてみる。「愚者さんの最期を
看取ったよ」と息子。「薬が殺したようなもんだ。」 どきりとする。息子の話によると、その六十代の
終末期の癌患者は、一%の成功例しかない治療薬を処方された直後に亡くなったという。
もちろん主治医は患者を救う努力を続けて来たし、患者と家族との間でインフォームド・コンセンも
なされている。主治医には何の落ち度もないのだが、息子は、善意の陰に見え隠れするもの
 ーその治療薬の臨床例を増やしたい、百に一つの成功の快感を味わいたいーを見落としては
いなかった。彼は立場上、主治医に対して異を唱えることのできなかった自分を責めているのである。
「希望」はすべての人にある。余命幾許もない人にもあるはず。この患者は、もしかしたら、
それを奪われてしまったかも知れない。それから数ヶ月経って息子から衝撃的な話を聞いた。
同僚の研修医が自死を遂げたという。原因は不明。大変、優秀であったその研修医は、
「笑顔しか思い出せない」と息子が言うほど、明るく穏やかな人。彼に一体何が起きたのだろうか。
 次は看護師をしていた娘から聞いた話。白血病の末期であったその少女は、亡くたる数日前に、
窓の外に自分がいると言って怯えはじめたが、次第に落ち着きをとり戻し「お母さん、がっかり
しないでね。泣かないでね」と母に言った後、昏睡状態に陥り、眠るように亡くなったという。
少女はその生涯で一番大事な仕事ー母を慰め励ますことーをやりとげて逝ったのである。
死に行く人にも希望はある。それは前途洋々たる人の場合、桁遠いに重く大きい悲願と
言っても良いのでなかろうか。・・・ ≫
▼ 一%の成功事例しかない治療薬を提示すること自体問題だが、同じ死ぬなら、
それに挑戦するかの判断は本人次第。当事者になってみなければ分からないことだが、
私ならどうだろう?早く逝けるなら前倒し?・・ 医師も難しい職業である。人間は全て、死んでしまう。
結局は延命の手助け。これも必要だが必ず限界がある。その上、ビジネスの要素も関わってくる。 
現状の医師と病院システムで中では、自分が判断するしかない。
・・・・・・
2012-07-31
もうこれは世界大恐慌 ー
               「もうこれは世界大恐慌」朝倉慶著
   * あの債権は、何処にいったのか?
  不思議でたまらないのが、リーマンショックの原因となった不良債権の行方である。
バージン、ケイマン諸島は、世界の金持ちが金融口座をつくって脱税をするものと思っていたが、
不良債権を塩漬けにする基地でもあった。そこに飛ばしておけば、鉄の塊に金粉を塗装して置いて
おくようなもので、実際の金か鉄の塊かの調査権が及ばない。 永久に隠しておけば良いが、
そうはいかない。もしかして永久に抹殺して封印して置くことも可能なのだろうか。どうだろう?? 
そうすると、6京円の不良債権は大変だと不安がっている私たちの方が無知ということになる。
どうなっているのか金融の世界は?
 ーその辺の記載をコピーしてみるー
≪20年前のバブル期に大損した損失は今だ表に出てこない。このオリンパスの粉飾はたった
一社特有のことなのだろうか?  オリンパスが使ったタックスヘイブン、バージン諸島、
ケイマン諸島には大金持ちの資金だけでなく、隠れ借金が膨大に隠されている。
日本のバブル崩壊の100倍のスケールといわれたリーマンショック後、巧みに封印され
隠されてきた欧米金融機関の膨大な不良債権も、やはりこれらタックスヘイブンに眠っている? 
ジェットコースターのように激しく上下したオリンパス株は、なぜあれほど上下に動いたのでしょうか?、
裏に何かあるのでしょうか? すべての矛盾が複合的に絡み合っています。
様々な点が線に結ばれる時、いよいよ資本主義という世界の屋台骨が怒濤のごとく崩れ去るのです。
恐ろしくも激しい、驚愕するような大変化のドラマが始まろうとしています。一体昔の損失はどこに
消えたのでしょうか? リーマンショックの後、欧州では大々的に会計制度を変更しました。
当時レベル3と呼ばれた証券化商品でしたが、このレベル3の商品に関しては時価評価をする
必要がない、と欧州当局はお墨付きを与えたのです。通常サブブライムローンを含んだ証券商品は
当時ではほとんど無価値と判定されていたのですが、いわゆる金融破綻を避けるための当局の
緊急措置として時価評価したら欧州のほとんどの金融機関は実は債務超過となるからです。≫
▼ 世界中の政府が口裏を合わせて、地下深く隠して表に出さないと合意していたら、
 短・中期的は表に出ないで済む。要は、金メッキをした金と分かっていても、それを本物の金として
認め、金庫を開けない約束を国家単位で決めれば、それで通ってしまうのが金融の世界ということ
なのか。1千兆円の日本の国債も永久国債にして塩漬けにする手がある。金利が上がったら、
その分の永久国債を刷ればよい。何せ永久に返済無用。何時か破綻が来るというが、そんなのは
知ったことはない、というのがその時点時点の権力者である。日本のバブル崩壊は、大部分の
都銀と、幾つかの証券会社と、多くの会社が倒産、吸収合併で消えて無くなった。
やはり何時までも隠し通せる訳がないのが現実である。 私も既に世界は恐慌に入っている
という論である。
・・・・
3779, ユング ー13
2011年07月31日(日)
     * 箱庭療法 ー2
  ☆ ゲニウス・ロキ <その場所や土地に宿る「精霊」>
 どの村、国にも聖地があるが、殆どの家に仏間と祭壇がある。家だけでなく、守護霊が、それぞれの人間の魂に
いるという説がある。それを箱庭の中に表出させるのだから、興味がわいてくる。人間の脳は、20億年以上の
生物の進化が創り出した得体の知れない機能の塊。 箱庭の作品の写真をネットで見ると、底知れぬ人間の
潜在意識の奥行きの深さの一端を見ることができる。
≪ ーつづきー 「箱庭療法」では、「ゲニウス・ロキ」を重要視する。 古代ローマの思想では「ゲニウス」は
「精霊」、「ロキ」は「土地」を表していた。「ゲニウス・ロキ」で、<その場所や土地に宿る「精霊」>という意味。
その時その場に宿った力(精霊)が、無意識の深層心理の神話的な力と結びつき、それが創造力となり箱庭」に表現される。
この「ゲニウス・ロキ」を実現することが、治療者の「見守る」行為。実際になにもしないが、大きな精神力が必要になる。
「見守る」とは言っても、治療者ではない一般の人が「見守る」のとは、異なる。「箱庭」になにも表現されないセッション
でも、治療者が作り出した「ゲニウス・ロキ」のなかで、患者の内面では変化が起きてくる。それが、二回以降のセッション
で現われてきます。初めの数回のセッションでは落ち着きがない被験者も、その数を重ねることで、徐々にまとまりのある
箱庭を作るようになる。箱庭という守られた空間に自分の気持ちを繰り返し表現することで、その課題が浮かび上がる。
それは、あくまで遊びの中で行われる。遊びの中には、成長をするための要素が多く含まれている。≫
▼ その箱庭が、玩具の配列で、精霊が浮かび上がってくる。 箱庭の解釈は、大ざっぱにいうと、左半分が内面を、
 右半分は外面を、手前から上に向かって現在から未来へと向かう。ところで、聖地は典型的なゲニウス・ロキが在る
ところに存在している。その周辺には必ずといってよいほど、岩場が存在している。ピラミッド、中南米の古代の聖地、
ギリシャの神殿、エルサレムなどは、その典型である。 もう一つは立地上、民族の存続上に大きな戦略的拠点でもあるが。
箱庭療法、一度は、やってみたいものだが。
 ・・・・・・・
2010年07月31日(土)
3414, 「憎国心のすすめ」
 18年の海外生活から帰国した著者が大分の山中に居を構えて5年、変わり果てた祖国・日本を憂えている。 
ここで、ひとりの地元青年とのやり取りを通して、日本再生には愛国心ではなく憎むという感情、いわば「憎国心」
が必須と説く。最近は著者の見方にかなり感化されてしまったが、老化からくるマイナーの見方でもある。
しかし「憎国心のすすめ」は極論になるが、それで日本人にアメリカの間接統治を知らせたいのである。
それを前提にしないと国家改革など不可能である。 日本は、いまだ長年にわたった洗脳で思考停止状態にある。
その実態に憎悪心を滾らせないと、真の己の姿が見えないというのは至極当然のこと。
  ―印象的な部分をランダムに書き出してみた―
《 愛ではない。この日本を救うのはむしろ、憎むという感情、いわば憎国心だ!・・・ 愛するために憎む。
 想うために考える。この日本を。「俺の仕事の動機はいつも怒りと愛だ」と私は無理に続ける。
「悶死したくなるような怒りの先に愛が見える。そのとき、仕事をする情熱が生まれ、行動の意味が完結する」
「ははぁ・・・」「日本に帰ってきてから、怒りはほとんど極限に達している。でも、その先の愛は見えない。
 だから、もっと、徹底的に憎国心を高ぶらせる」「ゾー・コ・ク・シ・ン・・・ですか」「無論そんな日本語はない。
いま、とっさに考えついた。愛国心の相対だ」「ははぁ・・・」「憎国心さえもっと鍛えれば、もしかすると、
死ぬ前に、もう一度この国を愛することができるかもしれない」》
《 日本人を一言で要約すれば<考えない>ということであり、―ジャップ(日本人の蔑称)は考えないという
 特殊能力を持っている、ということになる。人間が考えないでいられるというのは、ムズカシイ以上に実に
ありえない不思議な才能であり、特殊の才能である、特異能力とも呼べるものであり、貴重な力となりうるからである。
<考える>という根本は、まず疑問が無くてはならない、それからしてジャップには無い。次に推理、次に分析、
最後は統合。この4段階、どれもない。疑問がないのは、比較感覚がないからということになる。
比較がないから、考えない。・・・・ 》
《 中村元「日本人の思惟方法」の引用からー
 (日本人は)西洋人の目には、シナ人などよりはるかに浅薄な印象を与える。日本人自身は世界の文化を
 総合したつもりでいるが、じつは単なる便宜主義的な無反省な折衷混合状態に陥っているおそれが少なくない。》
更に著者は日本人を嘆く。
《 「一言で言えば日本人は他律的な民族だということである。それは縄文から続くわれわれの本性だったのだ。
 他律とは、(自分の意志によるのではなく、他からの命令や束縛によって行動すること)であり、カントの用語
 によれば、意志が理性の命令でなく、感性の自然的欲望(傾向性)によって規定されること、である。」
「すべて。そして誰かが操作している。このにほんじんの本性を、骨の髄まで他律的であることを知っている誰かが、
どこかの国が、どこかの民族が、その欠点をたくみにつき、利用し、一層助長させ、推進させ、摂取し、操っている。
 そして、これほど歴然としている数々の証拠実例を、なぜ人々は気づかないのか?」》
  ー著者の視点で人生を振り返ってみると、アメリカの属国としての価値観を疑いもせず、
あくせく生きてきただけ?になる。
・・・・・・・・
2009年07月31日(金)
 3039,「自信を与えてくれた人」
 何気なく見ていたブログに紹介してあった一文。世の中には心を打つ色いろな出会いがあるもの。
本人にとって何にも替えがたい自信になったろうし、前向きにさせてくれる出会いである。ネットで調べたら、
この人の漫画は何度も目にしたことがあったが、軽妙な暖かい人物像を描いている。その「元気を与えてくれた人」は、
数寄屋橋の絵の中の何かに共振をしたのだろう。その絵に感動し十五年後に買い求めた人と、その絵を見てみたいもの。
《 あれは今から二十年も前、私が二十二歳のときです。私は数寄屋橋で風景画を描いていました。
 ええ、まだ数寄屋橋の下にはチャンと川が流れていたころです。 私の描いた油絵を、大勢の人が見て通るんですが
一人だけ、三十分も一時間もそばで見ている人がありました。そして最後に私の住所と氏名をきいたんです。
そのときはそれっきりでしたが、五年前にその人から手紙をもらいました。「あなたは忘れているかもしれないが、
私はあのとき住所をたずねたものです。あのときとてもあなたの絵がほしかったのだが買えなかった。
こんどようやく家を新築したので、ぜひあのときの絵を売っていただきたい」そういう内容でした。その頃の
ぼくの絵なんか売れっこありません。その絵はチャンとぼくの手もとにあったんです。しかも、何度もぼくは
住所を変わったんで、その人は苦労して見つけてくれたに違いない。ぼくは感激しましたね。さっそくその人と
いっしょに〃ガクプチ〃を買いにいったりしました。》 ー鈴木義司
《鈴木義司=読売新聞の夕刊の4コママンガを描いている漫画家、2004年7月17日午後2時45分に死去。享年75歳。
   むかしテレビ番組「四コママンガ道場 お笑いマンガ道場」に出ていた》
▼ 享年が75歳で、この文章は42歳の時の文章とすると、亡くなる33年前の1971年頃の文章になる。
 絵を描いていたのが、その20年前というから1951年ということになる。岸恵子の『君の名は』が1953〜54年、
その二年前に数寄屋橋で絵を描いていたのである。 新築の家の絵に欲しいというところが良い。
この逸話の中から、それぞれの人生が浮き上がって見えてくる。
 ・・・・・・・・・
2008年07月31日(木)
 iPoneについて
いずれにしても、これは凄い。少しオーバーに言えば1〜2ヶ月で、私の中の何かが変化するだろう。
 情報機器を幾つか持っている。 そのお陰で
・インターネットを楽しみ、「勉強」もしている。・デジタルカメラを常時、鞄に入れている、散歩にも持っていく。
・2千曲入力してあるiPodも持ち歩いている。     ・携帯電話を身につけている。
・会社の机の前と、自宅の居間の机にもiMac(机上型のパソコン)が置いてある。
 それが全て、携帯電話を少し大きくした、このマシーンに入っているである。「それなら、携帯電話があるじゃないか」
というが、これはパソコンを基点としている。超小型パソコンに、多くのデジタル機器の機能が入っているのが凄いのである。
更に、GPSナビゲーションまで入っている。新聞や、マックのHPで、このデモンストレーションの映像を見たり、モーニング
ショーでキャスターが操作をしているのを見たが、自分の手にとって腹を据えてみると、その凄さと深さが見えてくる。 
半年前にiPodを実際に使ってみて驚いた。 手持ちの200枚のCD(2000曲)が、マッチ箱位の薄いマシーンに、全て
入ってしまった。パソコンに一度入力をしてしまえば、何時でもマッチ箱に出し入れ自由である。ところが、それさえも、
このマシーンは機能の一部として入っている。 いま一つ、タッチパネル+ワイヤレス+超小型の総合効果が、パソコンの
ストレスを大幅に減らしている。このストレス・フリーが最大のネックである。携帯電話が、固定電話から我々を
解き放ってくれた。それと同じことが、今度はパソコンでも起きている。大型コンピューターがパソコンになり、
ノートパソコンになり、モバイルパソコンになり今度はこれである。 これには母機のパソコンに対する子機という位置づけは
殆どない。(iPodなどの機能を使う時はあるが)これも三年もしないうちに、古くさい原始的なマシーンになっている?
まずは、これを使いこなすことから始めないと。何かSFの世界を垣間見ているよう。 
 若者が、モバイルパソコンに、如何反応するか楽しみである。


4885,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜2

2014年07月30日(水)

* 20年後には、どうなっている?  ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ーより
 20年前は、Windows95の発売直前であり、まだパソコンも、ネットも、携帯電話も普及したての頃。
スマートフォンも、タブレットPCもなく、ノートPCが普及を始めて5年ほど経った頃である。
それが今ではスマートフォンとタブレットPC。 これは未来学者も想像すら出来なかった優れもの。
それからして20年後の予測など、考えられないはずがない。
  ー以下の箇所は、既に現在進行のものが多いー 
≪・二十年後は検索がさらに滑らかになり、何かを思い出したとき、それが本当に自分の記億なのか、
ネット上のデータなのか、区別がつかなくなる。SF的にいうと「脳の外部化」だ。これからスマホは、
腕時計やメガネのようにウエアラブルで身に着けるようになる。さらに小型化すれば、肉体の一部に
埋め込まれるかもしれない。情報は画面で見るのでなく、プロジェクターで外部に映し出される。
会議で紙の資料を配らなくても、視線と連動して目の前のテーブル上に文字や絵が投影される。
そうなると現実の光景と、ヴァーチャルな画像とが共存するのが当たり前になる。
・二十年後の地球は、人口が増えすぎて資源が底をつき、経済は低迷して、あらゆる人が貧乏になっている。
資源とエネルギーは最小限にし、情報だけはありあまるほど使うのがカッコイイ平均した生き方になる。
その次には、限りある時間をいかに大切に使うかもかっこよくなる。その時代は、実際に活動するのでなく、
やった気になることで満たされる。自分でエベレストに登るのでなく、そのヴァーチャル映像を自宅で眺め、
疑似体験するのが楽しみになる。数万人に1人ぐらいは、手間と時間と金をかけて実体験するが、
ヴァーチャル映像の感動に比ぺてせいぜい五割増しが限度という具合。それなら、ほとんどコストを
かけずに疑似体験したほうがいいことになる ・・・(略) ≫
▼ 年金生活と年齢もあるが、以前ほど海外旅行に行きたいと思わなくなったのは、これまで行った先の
写真と 映像をネットで手軽に見ることで擬似体験が出来ることがある。実際に現地に行った上、ネットで
検索したベストのブログの写真や映像を見ると、その何割かを追体験をした錯覚が起き、記憶そのものが
書き換えられる。二度目、三度目の繰り返しで、擬似旅行体験が、よりリアルになる。
 またシネマではヴァーチャル世界が年々迫力を大幅に増し、実体験より遥かに刺激的になっている!
またスマホとタブレットのネット情報を、大型TVにも映し出すことが可能になった。物価は上っても、
ヴァーチャル情報の値段は下がり続けるため、疑似体験の価値が限りなく高くなる。 
 インスタントラーメンを食べながら、高級レストランの食事場面を見て、満足するしかない時代。
缶ビールとツマミをスーパーで買って、居間で「酒場放浪記」で日本各地の居酒屋で、レポーターと供に、
店内の客と一緒に飲んでいる気になっている視聴者(私)と同じようなもの。これは未来でなく、現在、
既に起こっている現象。目を凝らしてみれば未来は既に起こっている。気がつくかつかないかである。
・・・・・・
4518, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー8
2013年07月30日(火)             
   * 「断食往生」の具体的工程   『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 人生など考えてみれば、日々、緩慢なる自殺行為の積み重ね、それが病となって死に至る。とはいえ、
それが中途半端のため、直接、自殺するのも問題を残す。そこで断食で餓死という方法=「断食往生」もある。
  ー まずはその部分を抜粋して、考えてみようー
《 まず、基本的には、現在の、死に際に医療が濃厚に介入する「医療死」ではなく、子どもの頃に接した
 年寄りの死に方、何百万年と続いていたご先祖様の死に方、「自然死」が希望です。ぼけたり、寝たきりが
年余にわたれば、わが家は家庭崩壊してしまいます。 そこで、タイミングがむずかしいのですが、
完全にぼけ切る前に、山折哲雄さんの提唱する「断食往生」ができないかを考えています。具体的な工程は、
山折さんは教えてないので、中村流に考え、まとめた「事前指示」が表5。西行さんのように「死に時」が
察知できれば、非常に楽だと思います。できるだけ体内サインに敏感になれるよう、できるだけ自然に
任せて様子をみるというトレーニングを積むようにしています。
○ 中村流「断食往生」の具体的工程
  一、五穀絶ち 7日間                   二、十穀絶ち 7日間
  三、木食   7日間(木食は木の実だけを食べること)   四、水断ち  7日間
これを見ると、すぐ顔色を変えて、医者ともあろうものが自殺を勧めるとは何事かと、威丈高になる
建前論者がいますが、大丈夫です。日本人の自殺願望というのは、いっそひと思いにとか、注射一本で
というせっかちなものです。このようにほぼ一ヵ月もかけてというのには、よほど強靭な精神力が必要です。
そんな日本人は、極めて稀でしょう。なぜ7日間にしたかには理由があります。比叡山延暦寺の修行の中に、
千日回峰行がありますが、その7百日目位の時に、断眠、断食、断水の「籠山行」があります。
そして、水断ちは9日間以上やると危ないという言い伝えがあるということを聞いたのと、老人ホームで、
一滴の水も身体に入らなくなって亡くなるまで、7日から10日が多いという事実を重ねた結果です。
 延命治療に間しては、日本尊厳死協会の「いっさいの」ではなく、個別に「心肺蘇生」「人工呼吸器」
「人工透析」「人工栄養」「輸液」に関して指示しています。 心臓は、もう70年以上も生きているんです。
原因のいかんを問わず、ひとたび停止すれば、そのままでいいのです。》 
▼ 30年の間のホテル営業で、様々な自殺があった。警察からは泊めた方も当事者として自殺者の動機とか
 事情が知らされる。自殺者にとって、この世は苦海で、死ぬだけの理由はそれぞれに十分にある。
誰も自殺などしたくない、死ぬしかない理由が、あるから死ぬのである。 数日後、体調が悪くなって、
「あと三ヶ月です!」と言われれば、死ぬまでの間は地獄。そうこう考えると、断食往生などの自死も
真剣に想定しなければ。 大往生など諦め、もがきながら逝くのも自然だが。
・・・・・・
3778, ユング ー12
2011年07月30日(土)
  * 箱庭療法 ー1
 ユングといえば(日本では)河合隼雄で、砂遊び療法を箱庭療法に発展させた人。
彼の著書で、その概要は知ることになった。一種の創造療法だろう。幼児の頃、砂場で山を作ったり、
幼稚園で初めて手にしたクレヨンで我を忘れて家や動物の絵を描いた、あの頃に立ち返り、用意された
オモチャの植物や動物で、思いのまま自分の内的世界を表現することで、自分の中の何かにつながる方法。 
その辺のことを、あるHPに分かりやすくマトメテあった。まずは、その部分をコピーしてみた。
≪「箱庭療法」は、1929年、イギリスの小児科医ローエンフェルトが、子供のための心理療法として
 考え出したもの。ユング派の心理療法家ドラ・カルフが「砂遊び療法」として発展させた。 後に、
日本の心理療法の第一人者であり、ユング派の心理療法家でもある河合隼雄氏が日本に持ち込み「箱庭療法」
と名づけた。 その方法はいたって簡単。52cm×72cm、高さ7cmの長方形の箱に砂を入れます。
さらに、動物や植物、建物などの様々なおもちゃ、人形などを用意し、適当な場所においておきます。
患者は、箱庭のなかに、先ほど説明したおもちゃや人形を自由に使って、遊びながら自分の内的世界を
 表現していきます。ここでは、治療者は、特になにもしません。患者(クライエント)を見守る役に徹します。
この「見守る」ことには、深い意味が込められています。治療者は「見守る」という行為を通して、患者の
状態を深く理解していきます。また、患者は治療者に見守られていることで、安心して自分自身の内面を
表現することができます。1回の治療単位をセッションといいますが、患者が箱庭を見つめるだけで、
なにも表現しないセッションもあります。ただ砂にさわって砂遊びをしているだけのセッションもあります。 
 こんなセッションのときでも、治療者は特に指示をしないで、見守り続けます。   ーつづく ≫
▼ 人生を俯瞰すれば、箱庭みたいなもの。色々なオモチャを掻き集めて、自分の庭に配置する。
 それを、小さな箱内でやるのだから、面白いといえば面白い。言語というと、その限界で真の気持ちが
表現できないが、玩具を箱庭に気ままに配置すると、自分の中の精霊が知らないうちに心の底から湧き出て
きても何ら不思議ではない。私は家庭菜園は知らないが、そこには、箱庭的な面白さがあるはず。
 他に遊戯療法というのがある。これは遊びを通して悩みや問題を表現し、子供の心理的な問題に取り組み、
課題を乗り越える。この場合、次から次へと玩具を変えて落ち着きのないケースが多くなる。
言葉や絵となると、その表現に限界ができるが、玩具の組み合わせは、それを取り除き具体的な
モノを組み合わせることで自分の心が表現される。 この随想日記は、言葉の箱庭?になるのか?
  ・・・・・・・・
3413, 中学校同期会 −65歳
2010年07月30日(金)
 まだ65歳まで半年あるが、先日、長岡郊外にある蓬平温泉で中学校・同期の会が開催された。出席者が
67人で約2割が出席をした。この年齢では2割弱が亡くなってので、亡くなった人が、逆に出席している
「あの世の会」と思うと一人ひとりが際立って見えてくる。把握された亡くなった一割近くの27名の名が
呼び上げられ、黙祷をした。5年前に還暦の会が開かれたが、このときは、三分の一の110名の出席者。
4割減ったことになる。60歳を過ぎると年々、老化が目立つようになる。 事故、糖尿、脳梗塞などで、
何らかの問題が肉体に出てくる時期にはいった。今回の同級生に卒業以来初めての出席の女性が2人いたが、
どのような感慨があったのだろう。 前回の還暦の会の時には懐かしさのあまり泣いていた人がいた。
私のいたクラスに面倒みの良い女性が二人いて卒業以来、頻繁にクラス会を開かれていた。
20歳代を除くと、高校時代を含めて、ほぼ毎年開かれていた。 しかし年々、参加者が亡くなったり、
転居をしたために、還暦を機会に、他のクラスに呼びかけ同期会になってしまった。地方だから可能なのだろう。
男80歳弱、女86歳強の平均年齢と先日、発表されたが、まあ全体活き活きしており、その位は生きそうだ。
それにしても、65歳は長く生きたものである。この年齢になると分かってくることは、人生は生きること、
そのことが目的である。それで充分。 しかし、恵まれている人は何処までも恵まれており、そうでない人は、
そこから抜け出せないのが人生。九州など県外からの出席者が三分の一位だったが、一回ごとが一期一会になる。
子供の頃の想い出は魂の故郷というが、昔話に花咲くとき、なるほど合点がいく。通ってきた道で出会うことは、
奇跡的なこと。一人ひとりには、それぞれの宇宙がある。その宇宙同士が触れ合うのは素晴らしいと、歳を
重ねるごと実感する。それにしても、幹事は大変である。とりつかれたように役をこなしていたが頭が下がる!
・・・・・・・・
3038,明日になれば何とかなる!
 2009年07月30日(木)
 これは菊田一夫の言葉である。 誰もそうであるように、若いときは心配性の傾向が強い。
そして長い人生で色いろ経験して分かったことは「先の心配事は、その時になってから当たるしかない。
で、今は問題の中心から目を外さないこと。明日は、明日の風が吹く。今心配しても、今心配している
範囲のことしか考えられないのだから、それ以上のことは考ても同じこと」である。
「明日になれば何とかなる」の菊池の土壇場での悟りのような言葉は、心に迫ってくる。
創業時の不安感は、底知れない海の上を小さなボートで漂っているようであった。 
そういえば一休の逸話があった。 一休禅師が亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺した。そして・・・
「この先、私が亡くなった後本当に困り果てた時にだけ、これを開けなさい。それまでは絶対に開けてはならない」
と遺言し、遷化されました。何年か後に、寺に大問題が持ち上がり、寺の存亡の一大事になりました。
弟子たちは、知恵の限りを尽くしましたが、妙案を思いつかず、どうしようもなくなってしまった。そのとき、
一休禅師が遺してくれた巻物のことを思い出して、恐る恐る紐解いてみると、そこにはこう書かれていた。
 一巻目・・大丈夫  二巻目・・心配するな  三巻目・・なんとかなる!
それを見た弟子たちは、あっけにとられ、笑い出した。そして、そのときに素晴らしい解決策を思い浮かべた。
「なんとかなる」と信じていたら、本当に「なんとかなる」もの。「なんとかなる」だけではなく、
人生は思いようで、本当は「なんとでもなる」ということである。19才でライ病発生以来深刻な体験を
もとにリアルな小説「いのちの初夜」などを書いた北条民雄に次の言葉がある。
《 私にとって最も不快なものは、あきらめである。 あきらめ切れぬ、という言葉は、あきらめを肯定して
 それに到達しえぬ場合にのみ用うべきものである。が、私はあきらめを敵とする。私の日々の努力は実に
このあきらめと戦うことである。あきらめるくらいなら自殺した方がよほどましである。 というよりも、
あきらめと戦うためには私は決して自殺をも否定しない。死んで勝ということは絶対にないが、しかし死んで
敗北から逃れるということはあるのである。》 (北条民雄(頃日雑記より)
 絶望の果てに行き着いた言葉だから、鬼気迫ってくるのである。 明日になれば何とかなると、
何もしないで生涯を過ごした人を多く見てきたが・・ 大部分の人は似たようなもの?
 ・・・・・・・・
2673, iPhoneは、超小型パソコンだった!
 2008年07月30日(水)                 (っ´Ι`)っ { おはよう
一昨日iPhoeを購入した。新潟市郊外の赤道の山田デンキで買ったが、説明やら、手続きに二時間もかかった。 
購入の手助けをしてくれた知人と、購入直後に居酒屋で操作をしながら「これは何だ?」と丁度よい酒の肴になった。
携帯電話や、情報だけの端末ではないし、パソコンの括りにも入らないし、何だろうかと? 私が玩具ではないか?
というと、そんな軽いものじゃないと反論された。そりゃそうだ。 私の現時点の判断は、「ポケットサイズの
タッチ式超小型パソコン」である。超小型のため、身体に密着できて、タッチで情報を瞬時に呼び寄せることが
出来るところがミソ。それに音楽が数千曲も入力でき、電話が出来て、インターネットもできる。カメラや、
携帯電話機能は、多くの機能の一つでしかない。現行の日本の携帯電話は、各メーカーが競って色々の機能を
付加していったもの。そのため、その多くは使われない。平均5?の機能しか使ってないという。
ボタン・キーは他に無いので慣らされ使っているだけのこと。この中の機能で驚いたのが、みたい部分を二回、
指で叩くと拡大する。これで小さい画面のデメリットをカバーしてくれる。よく考えたものだ。
ただ、文字入力が慣れないせいか、躊躇している。キーワードは、・ワイヤレス通信 ・マルチタッチ
インターフェイス ・超小型(ポケットサイズ)。
 常にポケットに入れておけるところが良い。脳のサイボーグ化?ともいえる。次ぎのポイントは
低価格化が可能かどうかだろう。 私自身、7年前にこのHPを開設してから感覚が変わってしまった。
開設してから数年後に、ブログという個人のHPが爆発的普及した。更に携帯電話が爆発的に普及をし、
機能も良くなった。そして、これからは「ワイヤレス超小型携帯パソコン」である。 
これは世界を、更に根こそぎ変えるだろう。携帯電話はタッチ式に大きく舵を切るだろうし、あと十年後から
振り返ったら、これは大きな折り返しの歴史的マシーンの位置づけになるだろう。パソコン?に、携帯電話と、
カメラとiPodを付けてポケットに入れたという意味で!そんなものが果たして必要か?皆が持ち始めれば
必要になるのでは?お宅という言葉も、これで死語になるのでは? 部屋に居る必要もないからだ。  
いや、閉じこもりは別か! ヾ(^ω^*) あと、数日経ったら、その後の感想を書きます。 
まだ、焦って買うこともないようだ。
・・・・・・・・・・
2007年07月30日(月)
2309, 自民党が惨敗!              ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
参院が予測どおり自民党の惨敗に終わった。 当然だろう。
自民党のパフォーマンスには、国民はうんざりである。これで本来あるべき二大政党の枠が出来上がった。
小泉が党内の保守派=悪との対立軸を作り、旧来の自民党をそのまま存続させたのが、安部政権である。
岸信介の孫、安部晋三の息子というだけで、憲法改正の騎士として期待されてなった首相である。
だから、あれだけ甘い組閣をしたのである。最後は赤城農林大臣だが、その前の防衛大臣がタレント上がりの
女性はいただけいない。   (字数の関係でカット 10年07月30日)


4884,閑話小題  ー「Line」殺人の深層とはー

2014年07月29日(火)

   * 「Line」殺人の深層は
  「Line]による苛めが背景にあるのでは?が、ニュースを見たときに感じたこと。
 仲の良かった母親が、去年10月に死んだ後に、父親が結婚。時間からみて、愛人だった人? 
とすると、殺したかったのは、友人ではなくて、父親と、新しい母親。 その転嫁がネット上での
虐めの仲間外れ?
 【佐世保・高1女子殺害! 〜母の死後、少女の生活激変「頭よすぎ変わってる」産経7月28日(月)
 殺人容疑で逮捕された同級生の少女(16)は周囲から「文武両道で多才」と評価される一方「暗く、
変わった子」とも見られていた。昨年秋に母親が亡くなって以降、生活が激変していた。 
女子生徒の遺体は首などが切断されていただけでなく、胴体にも切断しようとした痕があった。
学校関係者によると、少女をめぐる環境は1年間で激変。仲が良かった母は昨年10月に他界。
冬季に父親とともに年代別の全国規模のスポーツ大会に出場した際は「母のためにもがんばる」
と話していた。事件現場となったマンションで1人暮らしを始めたのは今年4月。大通りに面し、
父親の職場に近く、学校へも徒歩圏。「アニメ好き」が共通点だった女子生徒の自宅とは徒歩で
10分ほどの距離だった。少女は9月から海外留学する予定で、自ら1人暮らしを希望。
父親は「留学の練習」ということで許可したという。進学校に通い、父親の影響で始めたスポーツ
だけでなく、芸術的な才能にも恵まれていた。父親は地元で顔が広く、「誰もがうらやむような
名士の一家」。 ただ、学校関係者によると、少女は小学生時代に同級生の給食に異物を混ぜる
問題行動を起こしていた。中学校では小動物の解剖に夢中になっているという噂が広まり、
「少し浮いた感じになっていた」という。】
 佐世保の高1女子殺害の内容が凄惨である。
直ぐに思いついたのが、昨日のブログで引用した内容である。
《 若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。仲間はずれにされないためだ。
無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に普及したのは、メールやツイッターと違って、
簡単に仲間はずれができるからだ。例えば三人の仲よしグループがあるとしたら、LINEで
全員が同じ画面とメッセージをやりとりできる。その一方でAさんとBさんが陰でグループをつくり、
Cさんを仲間はずれにできるのだ。喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな黙々とスマホを
いじっていることがある。お互いに話さないのは異様だが、実はあれが彼らの社交術で、
誰々とお茶を飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。・・・》
 複雑な家庭環境の激変の中で、9月から海外留学もあり、ネット上の虐めが、この犯行になった
のだろう。3年前から現在に至るまで、数ヶ月に一度は、想像を絶する嫌味、嫌がらせがある。
その経験を重ねるうちに、「全身全霊を込めて、首を叩き落とすイメージ」を、相手の顔を見たとき、
想い出したとき、持つ。20回で相手は自分の中では死者・ゾンビに変身。 怒りは不思議と消える。
 わざわざ代表してくるのに、??回以上が数人いた?が、墓穴二つになると直感し中止。 
佐世保の少女、若いから、実行に移したのだろう! 小動物の解剖で、呪いがカタチを変えて
彼女に? 小動物を父親、愛人?に見立て拷問していたと仮説をすると! 
真の敵は両親の不和というより、父親? 父親、義母、娘の業火の日々が永遠に続く! 
ネットは、恐ろしい。
・・・・・・
4517,スポーツ自転車の勧め! ー4
2013年07月29日(月)
  * マウンテンバイク      「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 私が現在乗っているのがマウンテンバイク。 舗装されてない山道などを走るため、特徴は丈夫かつ軽快さである。
ただ値段の安さに惹かれ買ったが、私の毎朝のコースからみて、これがベスト。小さく軽いのがよい。
  ーそこで、ウィキペディアで調べると、以下のとおりー
《 1970年代後半にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外のマリン郡で、ヒッピー達が
 ビーチクルーザーや実用車などに太いタイヤをつけ、急勾配の山を下りタイムを競った遊びが始まりと言われている。
 同時期に北カリフォルニアでも同じ遊びが発生していた。初めは手作りだったが、一つのジャンルの大量生産で
 一般に広がっていった。 マウンテンバイクの定義は、
【 荒野、山岳地帯等での高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の乗用に対応して、軽量化並びに
 耐衝撃性、走行性能および乗車姿勢の自由度等の向上を図った構造の自転車のこと。舗装路でも広く利用されており、
 用途によって様々な形態が存在する。】である。 
  マウンテンバイクは、クロスカントリーバイク、ダートジャンプバイク、ダウンヒルバイク、などの種類がある。
・クロスカントリーバイク=山道の長距離走行に特化したバイク。軽量なフレームに軽量なサスペンションフォークが
 組み合わされ
・ダートジャンプバイク= ジャンプスタントに特化した、BMXに近いバイク。小さめで取り回し易いフレームが、
 堅牢なクロモリか、十分な補強を施したアルミニウムで作られる
・ダウンヒルバイク= 山を下り降りる事に特化したバイク。
 数メートルの崖を飛び降りるなど過酷な環境に耐える強度が必要。
・プレイバイク= 2010年頃よりジャンルが定着し始めたMTBとBMXをミックスさせたバイク。・・・ 》
▼ 以上だが、MTBはポタリングに手軽な自転車で、軽快さが良い。それとママチャリと同じく、普段の生活の何にでも使える
 マルチのところがよい。親が、このタイプを少年用に買うことが多いこともあり、HCの自転車売場では、丈夫でない
見た目だけMTB風のチャリが並んでいる。そのため愛好家からは「モドキ」とか「ルック車」などと呼んで、良いイメージはない。
その見分けはデザインで直ぐ分かる。また「悪路走行禁止」と書いてあるのもある。私のようなスポーツ車初心者に向いている。
とにかく軽く小回りがきき、乗りこなしがスムース。次は、クロスバイクにするつもりだが、折畳み式も捨てがたい。
スポーツジムと、家でパソコンか、TVか、読書になりがちな生活の中で、これはソロで出来る手軽な趣味になる。
早朝に加えて午後からのポタリングの習性も悪くはない。それと現在、ジムや、図書館への移動に使うことも考えてよい。
趣味としてポタリングにするとなると、違った切り口が出来てくる。それより、まず事故に気をつけなくては。
これまで色々なマウンテンバイクを見て、デザインが違うとしか思ってなかったが、実は、使用目的が違っていたのである。
・・・・・・
3777, ポタリング
2011年07月29日(金)
  最近、面白い言葉ーポタリングを知った。 −ネット辞書によるとー
【 ポタリングとは、自転車でぶらつくことを意味する和製英語で、観光名所などに自転車を用いる
「散歩」的なサイクリングをいう。散走とも言う。サイクリングの一種で、散歩程度に軽く走ることをいう。】
中高年のオジサンが、行く当てない風にママチャリに乗っているのとは、チト違うようだ。毎朝、ウォーキング代わりに、
信濃川まで一時間、自転車で散走をしているが、サイクリングというには違和感があったが、適切なポタリングがあった。
「ちょっとポタリングしてくる!」なら、丁度よい。自転車は野球帽を少し深めに被っていれば目だたないし、人は気に留めない。
また電動アシストなら、エネルギーは普通の自転車の三分の一か、五分の一で済む。 近くのSCや図書館に気楽にいけるのも良い。
この御陰で生活が一変したと言ってよい位である。 イメージとして、サイクリングは、中・長距離の場合に使い、
目的は自転車に乗る方のニュアンスが強い。またツーリングは、長距離で、自転車で旅行をする場合につかう。
 東京など密度の濃い都会の二時間の散策なら、かなりの場所に行くことが出来る。現在、信濃川のポタリングが主だが、
今度は午後などに折りたたみ自転車を車に乗せて日本海沿岸をポタリングするのも面白そうだ。そうこう考えると、周囲に
面白いことは、山ほどある。ただ気づいていないだけである。 ベストの敵はベターというが、その通り。
それにしても「ポタリング」という語感がよい。 これから少し与太るで,「ヨタリング」という言葉も浮かんでくる。
 陰鬱の時、少し与太らないとやってられない。 でも、自重の時期である。 で、自転車でヨタルしかないか。
少し離れた場所のポタリング用に、もう一台、安い折りたたみでも買うか?でも、車で一時間で何処かあるのか考えると?
  ・・・・・・・
3412, マイナス思考法講座  ー3
2010年07月29日(木)
 著者はここで、「人間とは自分にとって都合のよいことを信じたがる」と指摘している。
 その結果、「信じる」というより「期待しすぎる」ことになってしまう弊害が出てくる。
 そして「期待に沿わなかった」結果に対し(自業自得でしかないのに)、「裏切られた」と思ってしまうことになる。
以下の絶望的、否定的な見方の多くは自分自身に対する本音。それを隠すために無理をして逆の自分をイメージしている。
他者から見れば、大したことがないのに、必死に「あるべき自分」を演じているのである。この構成は14の絶望ワークからなっている。
この本を読む前に自分の意見を入れてみた。書いた本人は哲学書を、ほぼ読んでないのではと思いざるを得なかったことも事実。
「しかし、くだらない、嫌われ、恨まれ、何をやっても失敗する、誰も理解してくれない存在」と自覚することこそ第一歩である。
 汝自身を知れ! のソクラテスの言葉を己に当てはめれば、下記のとおりである。
 ー14の絶望ワークー  ≪ ≫内は、私の意見。
第1講 あなたはくだらない存在です     ≪だから、指摘されたら怒るのである。あくまで相対でしかない、それは!≫   
第2講 あなたは嫌われています       ≪もちろんである。だいたい誰からも好かれている人など信頼できない≫
第3講 誰もあなたの話を聞いていません   ≪聞いて欲しい、ということ自体が、もう対他的になっている≫
第4講 あなたの話は面白くありません    ≪面白い話など、そうそうあるわけがない。だから、本を読むしかない?≫
第5講 あなたは恨まれ、攻撃されます    ≪今さら、いわれる筋合いじゃない。そういう人こそクズである。ったく!≫
第6講 あなたは空気が読めません      ≪空気の読めない人など、元もと傍に寄せないこと≫
第7講 人はわかりあうことができません   ≪当たり前じゃないか、そんなこと! 名を出版社名にした理由が、この辺で分かる≫
第8講 あなたは成長できません       ≪要らぬお世話じゃ! これも上記の同じである≫
第9講 弱音を吐くことは許されていません  ≪泣き言も、やせ我慢も、それはそれでいいじゃないか≫
第10講 人はみな悪人です          ≪当たり前のこと、で、どうした。そう思っていれば裏切られることも無い≫
第11講 恋愛はすべて「脈なし」です    ≪逆に、脈がありすぎたら、どうする? うるさいだけか≫
第12講 あなたは何をやっても失敗します  ≪当たり前だろう、だから死に物狂いで練習を繰り返すのでは!≫
第13講 本当のあなたを知る人はいません  ≪本当のあなた、って何じゃ?自分で自分を知っているのかい≫
第14講 あなたの夢は叶いません      ≪夢は夢だけのこと。それを計画に落とすのが智慧だろうが・・・≫
 ーマイナス思考は人を不幸にするとされているが、逆に、その考え方が慎重にものごとを進め、確実に幸せになれる。
  要は、「慎重にいこう」こそ、人生の要諦。一つの失敗が、99の成功を破壊してしまうということ。
 ・・・・・・・・
3037,読書について
 2009年07月29日(水)
 読書については何度も書いてきたが、それでも何度も取りあげる価値は充分にある。手軽に時空を超えて多くの人や
現象に接することができる情報伝達の手段である。大学卒業間近に、色いろ重なって頭がグチャグチャになってしまった。 
そのグチャグチャになることが学生時代には最も重要な経験と、後で知ったが、そこで「もっともっと本を読んでおくべきだった」
という後悔の念が起きてしまった。そこで決心したことは「何があっても、毎日二時間の読書」であった。それを今でも守っている。 
私レベルとしては朝の散歩と、この随想日記と共に最高の習慣になっている。まずは読みこんでない人が直ぐに分かる。 
これは学歴とは違い、意志が大きく左右する学力の問題。 この詩は、読書の素晴らしさと効用を素直に表現している。 
また書物を旅に置き換えて読んでみると、ほぼ同じように感じることができる。 人生で時間だけはリッチであった。
  ー 「書」 ー         西條 八十 《少年詩集》より
1 雨が降るとき、−風引いて            
  すきな遊びが出来ぬとき、                                       
     こどもよ、書物をあそびなさい。      : (旅行紀を読んで遊びなさい)
     書物はあなたをつれていく、        : (空想はあなたをつれていく)
     海山こえていく千里
     知らない国や、とおい国。
  見たこともない人たちや、
  また、めづらしい動物が
  あなたと遊び、話する。
     書物を読めば、友だちは          :(旅行の空想に出れば)
     いつも出てくる、目のまえに。
2 どんなにだいじにしまっても、
  万年筆や、カメラなど
  なくしてしまうこともがある。
     かわいい鳩なき時計でも、
     電気じかけの機関車も、
     こわれてしまうことがある。
  書物は、いっぺん読んだらば           :(旅行は、一度旅先に行けば)
  あなたのこころの奥ふかく            
  じっとそのまま残ってる。
     書物がくれる財産は、           :(旅行が与えてくれる経験は)
     一生消えない、なくならない。
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2672, 雁行的進歩とは
 2008年07月29日(火)
「雁行的発展法則」というのがある。大空を渡る雁の群れは、先頭の鳥からしんがりの鳥まで、くさび型の隊形をなして飛んでいく。
これは長距離の飛行に一羽一羽の空気圧が最小になる。鶴翼と同じ形である。ー字型の群れと同じパターンで、アメリカ合衆国を
少し遅れながら日本や欧州が追いかける。アジアでは、先頭をきって工業化に成功したのが日本であり、次に台湾や韓国の経済発展が
これに続き、さらに中国の沿海部などが急速な経済成長を開始して、それを追うといった形である。このような「選手交代」の形で
経済発展が受け継がれていくのが、「雁行的発展法則」の考え方である。現在もそれにしたがい、動いているかといえば、
現実は違ってきたのである。グローバル化の進展に伴い、今までとは違った「世界システム」が出来、拡大している。
欧米中心の雁行発展法則は崩れはじめ、今後は中国、インドにその重心は移動していくプロセスに入った。
中国に隠れているが、インドも大きな変化のポイントになる。中国は製造、インドはサービス、の部分を担うであろう。
その背後には、ITなどの「情報化」がある。もう、時代は引き返せない。モダン主義社会から、ポスト・モダン主義社会へ
変化したということ。欧米が優れていて、未開発国が遅れているという考え方が、そもそもオカシイ?という
構造主義が出てきたこともあるが・・・ 先日、インドの発展について、NHKスペシャルで3回シリーズで放送していた。
20年後には、アメリカを追い越し、世界のトップを目指すとアメリカ在住の印僑が話していた。見ていて、それもありうると思われた。
先日、図書館で『東西逆転』という本を借りてきた。数日後に、その感想を書いてみよう。IT革命は確実に世界を変えている。
・・・・・・・・・
2007年07月29日(日)
2308, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙  ー2
                           |。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。)
 私の4つの質問の答えはどうだろか、(成功もしてないのに、
何を答える資格がないじゃないか!という内面の声を無視して書いてみる。)
*どうすれば人生で成功できますか? ー好きなことを早くみつけて、楽しみまで引き上げ、続けること。
*世界で一番大切なことはなんですか?   ーいま、ここ! そして今日一日
*愛とはなんですか?      ー温み、おもいやり
*幸せとはなんですか?     ー好きなことができること、好きな人と一緒に居ること。
                そして自分を好きになれること。感謝できること。
ーさらに、この本の面白そうなところを抜粋してみたー
*自分ができることに集中しろ
 すばらしいアドバイスというのは、すでに亡くなった人から受けついだものだ。
1948年、ぼくがルーキーだったとき、ドジャースのベテラン投手、ビュー・ケーシーにこう言われた。
「なあ、野球にはおまえが変えられないことがいくつかある 
一天気、自分が登板する日、登板する球場、本塁の後ろにいる審判だ。
自分の力で変えられないことについてくよくよするのはよせ。
自分がコントロールできることーストライクを投げること、カープを低めにすることに全力をそそげ。
自分ができることをコントロールしつづければ、かならず勝てる」
さて、ニック、きみはまだ大リーグのピッチャーになれるほど大きくないが、人生でなにをやるにしても、
きっとケーシーのアドバイスが役立つはずだ。カール・アースキン(元大リーグ選手.1950年にナショナルリーグ優勝 通算122勝。)
  ーー
 *あえて人と違うことをしよう
(以下字数の関係でカット09年07月28日)                  (*≧∇)ノ~サラハ゛シ゛ャ!


4883,閑話小題 ーこの20年間最大の変化とは? 〜1

2014年07月28日(月)

    * この20年間最大の変化と、今後は? 
 毎日、SF世界のような思いもよらない社会的変化が次々と垣間見ることができる。 
「これからどうなっていくのか?」が面白い ー『スマホの次に流行るものは』岡田斗司夫ー
≪・この20年先を読むには、過去二十年間を振り返るとよい。1994年以降の大きな流れは、
ネットが身近になったこと、携帯電話が普及したこと、クレジットカードを持つ人が増えたこと。 
現在、これらの機能はスマートフォンに入っているのだからたしかに便利。
しかし若い世代には、スマホが普及した別の理由がある。仲間はずれにされないためだ。
無料通話やメッセージのアプリ「LINE」が急速に普及したのは、メールやツイッターと違って、
簡単に仲間外れができるからだ。 例えば三人の仲よしグループがあるとしたら、LINEで
全員が同じ画面とメッセージをやりとりできる。その一方でAさんとBさんが陰でグループを
つくり、Cさんを仲間はずれにできるのだ。 喫茶店などで若い人が集まっていると、みんな
黙々とスマホをいじっていることがある。 お互いに話さないのは異様だが、実はあれが
彼らの社交術で、誰々とお茶を飲んでいるとその場にいない友人たちにLINEでしている。
・この二十年間で我々に起きた最大の変化は、考えるよりも先に検索する癖がついたことだ。
検索することは、考えることとほぼイコールになっている。例えば、選挙でどの党に投票するか
決める場合、かっては自分で考えた。今はまず検索し、自分が納得できる意見を探そうとする≫
▼ 13年以上、欠かすことなく、この文章を書き続けることが出来たのは、検索機能があったため。
 テーマが決まれば、キーワードの検索で絶対量の情報をとり、その過程で、考えをまとめていく。
それが私にとって考えることである。後は、図書館でのネタ探しと、ネットサーフィンもある。
このお陰で、「脳の外部化」が、間違いなく行われた。一度ネットに上げれば、何時何処でも、
それにアクセスし、内部検索にキーワードを入れると、過去に書いた、調べた情報のベースから
考えることが可能になる。私にとって、この13年間は、そのベースづくりの期間でもあった。
しかし、その底の無さに呆然とする。
・・・・・・
4516, スポーツ自転車の勧め! ー3
2013年07月28日(日)                 
   * ポタリング ーつれづれに     「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
  4年近くで、一日12キロ、年に200日として(冬期間を除き)、9千キロは走ったことになる。
 当然、自転車はボロボロに近い。 この本を読むまでは「月に一度の空気入れ」の鉄則を
知らなかったが、息子に「時どき、空気を入れたほうが良いよ」と言われ、三月に一度の割に
入れていた。それとスプレー式の錆止めを2年前から挿し始めた。 それとHCでパンク修理
グッズを見つけたので、次のパンクから挑戦するつもり。
  ここでママチャリについて、【日本独自の車種で、通勤、通学、買い物などあらゆる場面で
使えるが、スポーツとしては使いづらい。日本の道路事情で、歩道に乗ることを認めていることもあり、
スピードが出しづらいようになっている。 現在、都市部で大きな問題の歩道上の自転車事故は、
スポーツ自転車とのスピードの出しすぎによる接触が多く、道路事情に自転車の仕組みも絡んでいる。
 値段も安く、メンテナンスも手軽で、丈夫で、使用頻度も高く、何処にも置ける気安さがある。
やはり値段が安いのが特徴で2〜3年も乗れば、盗まれても諦めがつく。 スポーツ車では、
 クロスバイクとマウンテンバイクがママチャリに近い。 軽さでマウンテンが、次にクロスバイクが
適している。  現在、節約も含めて自転車通勤が都心で多く見られるようになった。 
また運動として著者のように、ライダーや、(私のような)ウォーキングからの乗り換えも増加している。 
イオンも自転車専門チェーンを道路沿いに出店を始めた。 日本は自然に恵まれ自転車での
スポーツ環境が整っている。スポーツや遊びの場面を考えると、日本に適している。
 団塊世代が定年をむかえた昨今、自転車は最適である。もう一歩踏み込みこむかどうか?
鎌倉とか京都に自転車を持ち込み、散策するのも面白そうだが、東京都内も良さそうだが・・ 
その前に県内のポタリングか。 
・・・・・・
2012年07月28日(土)
4142, 究極の五木メソッド55 ー�
         『きょう一日。〜非常時を生き抜く究極の五木メソッド55 』五木寛之著より
   * <五木メソッド38手順のまとめ、より> 朝、布団の中でやるメソッド
 なかなか良い本である。毎朝これを実行したら良いだろう。朝風呂の中で数年来、この半分近いマッサージをしてきたので分かる。
それと現在、週二回のヨガ教室での色いろなポーズが、この中に取り込んである。 ーまずは、そのへんの要点をコピーしてみる。
≪ 1.寝たまま、両手をこすりあわせる   2.両手の指を軽く組んで上下に動かす  3.指の組合せを変えて同じ動作をする
 4.指の組み方を逆にして手首を上下に   5.指と指の間を手刀でたたく      6.指を一本ずつ親指の腹でこすりあげる
 7.親指と人さし指を合わせて反らす    8.指を手の甲の側に一本ずつ反らす   9.親指を除く四本の指をそろえて反らす
 10.爪の付け根を親指と人さし指でもむ  11.中指、薬指、小指を曲げ伸ばしする  12.親指で手のひろを万遍なく押す
 13.足の爪もみ。足裏も押す       14.再び、両手をこすりあわせる     15.その両手を丸めて、顔に近づける
 16.手のひらを目、鼻、口元、耳へ    17.頭皮を指で押さえて前後左右に    18.親指でこめかみのくぼみを押す
 19.同じように、眉の付け根を押す    20.眼高にそって目の上の骨を押す    21.同じ要領で、目の下の骨を押す
 22.小鼻のわきを人さし指で押す     23.口の上から歯ぐきを押さえ左右に   24.下あごの両側のくぼみを親指で押す
 25.ほほ骨の下にあるくびみを押す    26.耳の付け根をはさんで上下にさする  27.耳のはしをつまんで引っ張る
 28.手のひらで両耳をふさぎ、離す    29.片膝を胸に寄せ、反対の足を伸ばす  30.同じ動作を、もう一方の足でやる
 31.両ひざを抱き込み足首を前後左右に  32.両端の足裏を合わせてひざを開き深呼吸 33.足首を反対の足ひざに乗せ倒す
 34.同じ動作を、足を組み替えてやる   35.寝たまま、両手をバタバタさせる   36.両足をのばし、両手を下腹部に置く
 37.深呼吸。好きな言葉を口に出して言う 38.「きょうも元気だ」と言って起きる 
 人はさまざまです。百万人いれば百万通りの人間がいる。体質がちがうだけはありません。その人の環境がちがう。
 年齢がちがう。気質がちがう。経歴がちがう。ですから、自分ひとりのための方法、というのが最も大事なのです。(中略)≫
▼ この時代に生き抜くために、このぐらいのことは習慣にしておいた方がよい。習慣は第二の己であるからだ。どれもこれも、
 三大成人病対策にもなる。これらは手足のマッサージと、顔と耳と頭のマッサージ、足と腰の関節の伸ばし、そして呼吸法に
 分けられる。三年前から本気になって腰痛対策のため、メソッドを取り入れ、更に一年前からスポーツジムに通いだした。
 そしてヨガ。しかし腰痛は直ったわけでなし、少し椅子に座り続ければ軽い痛みが出てくる。しかし、直ぐに収まるが。
・・・・・・
3776, 閑話小題
2011年07月28日(木)
   * 世界が誇る中国高速鉄道の話
 中国で当初から問題になっていた高速鉄道で事故が起こってしまった。 高速列車にしては死傷者が少なかったのは不幸中の幸い。
・まずネットで、「これで中国が日本のシステムを盗んでないことが証明された」と、痛烈な批判が出た。
 日本はマグネチウド9で一人の死者も出なかったのに、中国は大雨と落雷だけで、これだけの死者が出たとの批判も。
・“国産”と自負していた新幹線の実態は、日本や欧州、カナダから導入した車両や地上設備、運行管理システムの寄せ集めで、
 系統だった運用の可否が懸念されていた。その問題の列車の衝突車両を、世界のマスコミが見ている目前で埋めたのはお笑い以下。
 ソ連が崩壊したのはチェルノブイリ原発事故当時の、あまりにズサンな国家体制が露呈してしまったからである。 
 一党独裁の良否が、そろそろ中国国内でクローズアップされる時期にきている一現象である。
 ▼ 以上が、今回の事故から露呈した高速鉄道の危険性の問題。 「当事者の一人は、自分は絶対に乗らない述べていた」と、
  マスコミが報じている問題点が本当なら、これから数年間で大事故が頻繁に起こることになる。ということは、
  恐ろしい大問題を中国は自らの手で作り上げてしまった。
   * アメリカが国債のデフォルト?
 何か物騒な話になってきた。共和党がアメリカの借金総額の上限の金額の上のせ条例に反対し揉めていて、もし通らないと
 アメリカ国債の債務不履行になる危機にあるという。そのため、ドル安がジワジワ進行してきた。 共和党との対立でドルと
 国債の価値を下がると誰が一番得をするか、それはアメリカ自身である。 一番損をするのは日本。それは、初めからの
 アメリカの意図としていたこと。現在の日本の震災と荒廃した政治混乱の、この時期に借金棒引きは願っても叶ったりである。
 9・11、9・15、3・11の経済・自然災害の三連発後で弱体した日本の最後の拠りどころの預貯金の多くが、アメリカ国債に
 とって替わっている。それが不払いとなれば・・・ 考えただけでも恐ろしいである。まずは隷属国家から借金棒引きは当然か!
  ・・・・・・・
3411, マイナス思考法講座  ー2
2010年07月28日(水)
「マイナス思考法講座 ープラス思考をやめれば人生はうまくいく」 ココロ社 著 
   ーまずは、「はじめに」よりー
 この本の主旨は、「マイナス思考はプラス思考より優れている」、これに尽きます。物事を前向きにとらえるプラス思考、
 一見いいように思えますよね。「物事を後ろ向きにとらえるよりも前向きにとらえた方がいいに決まってる」
 と思うかもしれませんが、こと思考においては、必ずしもプラスがよいとはいえないのです。なぜかというと、
「プラス思考こそが、現実逃避の温床に他ならない」からです。プラス思考こそが究極のマイナス思考といってもいいでしょう。
 プラス思考そのものより、プラス思考で行動することで、人間のマイナス面が助長されてしまうといった方が正しいかもしれません。
 プラス思考の根本的な考え方「何事もプラスに考えよう」は、「耳が痛くなる情報を耳にしたくない」という人間誰もが
 持つ気持ちと合わさると、「物事のマイナス要因を忘れよう」に、ついつい翻訳されてしまうからです。
  【 プラス思考の問題点を4項目にまとめてみます。】
 1.プラス思考を身につけても、不幸に耐えられる忍耐力、不幸を幸福と読みかえる超解釈力が身につくだけ。
「不平不満を言うのではなく、現状の自分が幸せである、と思いましょう」という考え方がありますが、自分が幸せだと思ったら、
現状に対して何も手を打たなくなってしまいます。本当に幸せならそれを噛みしめていればいいのですが、そうでもないのに無理に
自分は幸せであると思いこみ、現状に対して何もしないのであれば、いずれ、幸せと思いこむこともままならないほど、不幸になって
しまうことでしょう。プラス思考は耳触りがよいので、つい現実を見誤ってしまう。現実を直視しないことには現実をよくしようがない。
 2.プラス思考は、他人にとってはマイナス思考です
「プラスにとらえる」とは、「自分にとってプラスにとらえる」ことで、つまりは、他人を無意識にマイナスにとらえることになる。
プラス思考とは、自分を軸にしている限りはなかなか見えてきませんが、どこかでプラスをすると、どこかがマイナスになり、
その結果、自分1人の中でプラスでも、周囲と合わせて見ると、誰かから幸せを引いて誰かの幸せがマイナスになっているのです。
 3.プラス思考だと、ありのままの自分を肯定するばかりで成長の機会がありません。
ありのままの自分をひたすら肯定するプラス思考のままでは、ありのままのあなたは、いつまでたってもありのままで、
成長することがないでしょう。ありのままの自分を乗り越えていくことが、成長には不可欠なのです。
 4.プラス思考は、必ず裏切られる運命にあります
「人を信じよう」と言いますが、信頼して仕事を発注した相手がスケジュールを守ってくれなかったり、彼氏が友だちと旅行と
言っていたのに実は女の人と2人で旅行だったり……  一言、事前に釘をさしておけば、裏切られることはなかったのに、
「信じよう」などと思って策を打たないから、ひどい裏切りにあってしまうのです。
▼ プラス思考は、マイナスを乗り越えた上での考え方であり、その背後にはマイナスを考えた上でのプラスを
元もというのであって、ここで書かれている上っ面の思考法ではない。 それより、言葉を額面どおり捉え、現実逃避に
知らないうちになっているケースが多いはず、それを諌めているのである。肯定は意志であり、否定は感情である。
人間は意志の動物であると同時に感情の動物。両者の混合が必要だろう。
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3036,閑話小題
2009年07月28日(火)
 * 新潟駅前の貸金女子事務員殺害事件の犯人が逮捕
 * 加山雄三の『私の履歴書」が面白い
(字数制限のためカット 2010年7月28日) 
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2671, 幸福の4階建て -3
 2008年07月28日(月)
*不幸の4階建て」を考えてみる
「幸福の4階は、克服できない苦難や悲しみの中にある」というが、逆の「不幸の4階建て」とすると、
 どうなるか考えてみた。 前回の「おばさん、の話」を書いていて、おばさんの特徴に弛緩というキーワードが出た。
 その反対の言葉が幸福の4階の「克服できない苦難や悲しみ」になるのではと・・・。
 不幸の建物の4Fは弛緩とすると、これから1〜3Fが導き出される。
 3Fは、やる気も目標も無く、同じことの繰り返し。
 2は、不満で悶々とする日々
 1は、当面の問題から逃げて、上手くいかないと他者に責任転嫁
不幸の4階建というテーマが、不幸なおばさんの姿から成立するとして、弛緩しているおばさんは果たして不幸なのか?との疑問も出る。
しかし、幸福の4Fの逆の意味で、不幸とは弛緩そのものが大きな要素と考えてよい。誰もが、幸福と不幸の4Fの建物の要素がある。
自分の趣味を持たないで日々に流されると「こてこてのおばさん」になる。それも不幸な・・というとこだ。ただ自分で気づかないだけ。
それは「おじさん」にも、言えることだが。 現在の日本が、この不幸の4Fに近いのでは、いや自分自身が、そうではないか?
と感じたのではないか。 いや、自分は違うと自己説得しているのではないか。「日々、戦場」を己に課すことが、果たして幸福?
「日々、私は何て幸せ!」と何となく思っているのが不幸?なんだろうか。 あまり考えてこなかった中年女性が、不幸なんだろか?  
そう勝手に、他者を思い込んでいるだけじゃあないか? 幸福など考えるから、訳が解らなくなるのである。まあ、弛緩もいいものだが! 
 幸・不幸の裏表ががあるからいいのでは、人生は。 てなところか!


4882,閑話小題 〜草食系男子のつくられかた!

2014年07月27日(日)

   * 秘仏開帳 〜エロ本の効用が無くなった現在
 「近年、草食系男子が多いのは、ネットで簡単にエロ写真や動画がみれるため」という説がある。
47年前の欧州旅行の御土産は、北欧の道路の売店で売られている無修正のエロ本が通り相場!
まず初めの買物は北欧美人の? 到着をした翌日、早速、各自が数冊買って部屋で互いに
見合っていた。 今では・・ そんなものはネットで幾らでも。 何ごとも「秘すれば花」。
世阿弥「風姿花伝」の『秘すれば花』の正しい意味は…
 ①本当に重要なものは、他人から隠しておかなければならない。
 ②他人に隠しているものは、本当は大したものではない。
イラストレーター‘みうらじゅん’の以下の説が面白い! ーエロ本は、隠れて見てこそ良いもの
≪ いまは小学生でも、PCのアクセス制限をすり抜ければ、いとも簡単に女性器の鮮明な画像が
ゲットできる。 無修正の動画だって苦もなく観られる。私が子どもの頃は、エロ本を手に入れる
のもひと苦労で、それも墨などの修正入りが当たり前。大人が隠すことで「いいもんだぞ、
いいもんだぞ」と思い込まされてきたようなものだ。実際はそんなにいいものでなくても、隠されると
見たくなるし、手に入れたくなる。アソコを「観音さま」と呼ぶほどの有り難みがあった。
ネット時代になると、その有り難みはすっかり失われてしまった。セックスレス、草食系男子、
少子化の原因これだと思う。
 「秘仏開帳」は日本独特の文化で、神道の神様も目に見えないように、日本人は隠されると
有り難みを感じる。だから女性器はもっと「秘仏」として扱うぺきであろう。見慣れてしまえば
有難みは消え、あの形状が単にキモいと感じるようになり、その次には飽きてしまう。
女性を口説こうとしない草食系男子になるのも無理はない。
 昔のエロ本は表紙だけ美人で、買って開くと中身はブサイクな女の子ということが多々あった。
最近のエロ画像、エロ動画に出ているのは若くて美人ばかり。「こんな美人には一生出会えない」
と思う女の子が、映像の中でものすごくサービスしてくれる。身近な女性に興味が持てなくなるのも
当然だ。 政府が本気で少子化対策に取り組むなら、いますぐパソコンとインターネットの使用を
禁止するしかない。≫
▼ 少子化対策も、意外と、こんなところにあるのかも? 姉4人の中の環境にあり裸体などを
普段の生活で見ていたこともあり、自分から見たいとかいうのは無かった。姉が読んでいた
「週刊実話」とかいうエロ雑誌を胸ときめかし隠れて読むくらい。父親が男女間のことに関しては
特に厳格で、父親っ子だったこともあり、シモネタなどもっての外。  学生時代の悪友に
『お前は竹のような奴だ。何があっても、最後は何事もなく収まっている』と言われていた。
「真面目な路線の上を面白おかしく生きる」は、家系、血筋。 それでも25人の学生寮で
生活していたこともあり、エロテープ、エロ写真を誰かが持込むと、部屋に集まって?・・・
 当時も現在も、草食系と肉食系がいたが、2割が8割を独占する法則が、当然、存在していた。
逆に、2割の肉食系は、どういう訳か就職先には恵まれなかった。その辺は、ハッキリしている。
・・・・・・
4515, スポーツ自転車の勧め! ー2
2013年07月27日(土)          
  * 4年間のポタリングからのギアアップの時節 ?  「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
4年近く前に、「電動アシスト自転車が5万9800円の破格値でスポーツ用品チェーンのヒマラヤが
売り出す」という記事をみて思い切って購入した。当時は電動アシスト自転車の殆どが10万円以上。
そして、まず信濃川まで試乗してみて驚いた。それまで遥か遠く感じた長岡大橋まで僅か15分。
それも全然、疲れが残らない。 それまでママチャリしか乗ったことがないのが、マウンテンバイクの
ため軽快で、6段切替で、電動アシストとくれば、その段差に驚いて当然。 
それと大手大橋からみる信濃川のパノラマの美しさに感動。  そこで30年近く続けてきた
早朝の一時間ウォーキングを、ミニサイクリングに切替え、現在まで続いている。
ウォーキングを30年近く続けていたこともあってか、電動アシストもあってか、体重変動はゼロ。
 電動アシストでなくとも、ギアチェンジのスポーツ車で、このコース試乗をしていたら、この方に
切替えていたはず。この5月のゴールデン・ウィーク明けからは、週に一度は午後から
一時間以上を走り始めている。
 服装は、スポーツセンターで着ているトレーニングウエア。ズボンは時どき、登山用ズボンにする。 
それに網目のベストを羽織る。帽子は網目の野球帽。これも、そろそろヘルメットに切替える時期。
靴はランニングシューズか、ウォーキングシューズ。中途半端だが、中途半端の入門者なら、
仕方がない。 4年近く乗ってきたマウンテンバイクも、ボロボロ。一日、百円換算からしても
十二分に元をとった感がある。そろそろ電動アシストのクロスバイクか、折畳み式を考えている。 
 折畳み式なら、「途中までジテツウ」をもじった「途中からポタリング」が出来る。
近くの観光地などに車で行き、トランクから出して、ポタルとか・・ しかし、クロスバイクの前輪を
ワンタッチで外せトランクに簡単に乗せることができるものがある。どちらを選ぶかだ。 
著者の本格的「純競技用のマシン」は、私の年齢では無理?
 地元が雪国のため12月〜3月が走行が出来ないハンデがある。とすると来年春まで待つか? 
先が多く残されてない?ので、すぐか? 迷うところ。他にオートバイ、スポーツカー、カヌーなど
考えられるが・・ 健康と年齢からして、これか。 
・・・・・・
4141, 閑話小題 ーユーロ安など
2012年07月27日(金)
  * ユーロ安が止まらない!
 ユーロが、ついに95円を割ってきた。4年前までは160円代だったのが、
4割以上も下落したことになる。これはスペイン10年債利回りが7.59%にまで急上昇し、
更にイタリアの地方都市が破綻危機に瀕しているなど、ヨーロッパ金融危機がスペイン・
イタリアの地方政府・都市に出始めてきたため。日本だけでなく、欧州に輸出している
中国などが直接影響を受けている。もしユーロ圏内の国でデフォルトでも宣言されたら、
更に国債や株式・為替市場が暴落する負の連鎖が始まる。 やはりロンドン・オリンピックが
終わる頃から荒れた経済が表立ってくる。既に会社経営から退いたので、以前ほどの
心配はないが、それでも日常生活に直撃してくることになる。
このオリンピックが白々しく思えるほど世界の経済は逼迫しているということ。
   * いじめ
 小学校、中学校時の虐めは誰もが何らかのカタチで経験している。色いろ見てきたが、
それぞれが酷いもの。人間に格差と、差別がある限り、自然発生的に起こるのは避けられない。
虐め側の人は家庭に問題があり、成績が下位にあるか、性格が捩れていて、自分より
下位の人の弱点を見つけ徹底的に攻撃をする。彼らの特徴に徒党を組む習性が強く陰湿な
集団リンチ的要素が強くなり、強者にヘツライ、弱者に強持てになる。中学校の虐めグループの、
その後は、当然?修羅の人生の人が多い。今回、問題になっている大津市の虐めによる自殺は
タチの悪い虐めのようだが、今日明日にも自殺に追い込まれる直前の小・中学生が数百、
数千人が存在していると考えられる。しかし小・中学校時代の虐め経験は必要悪の側面がある。
特に会社組織は弱肉強食社会。そこには表立たない筆舌に言い表せない虐めが存在している。
そのための免疫を子供時代につくっておく必要性がある。虐める方も虐められる方も家庭問題に
よる歪みの起因の要素が大きい。般若の面は差別による虐めの怒りの表出というが。
・・・・・・・
3775, ユング ー11
2011年07月27日(水)
  * ユングの能動的想像とは? ー2   〈 ユングー地下の大王  コリン・ウィルソンー� 〉
 コリン・ウィルソンは、ここで能動的想像の実例を幾つか取り上げている。
この内容からみると共同意識の世界まで入り込んでいるようで、夢の世界の奥行きの
深さを感じさせられる。私も夢で数知れないほど、奥の深い内容のものをみてきた。
【ーP/242ー もう一人のユソグ派の分析家J・マーヴィン。スピーゲルマソは、母親と娘と
老賢人に出会った洞窟での「空想」で、24歳のときに能動的想像の技法を獲得し始めた。
ある日騎士があらわれ、母親と娘をさらって行った。その騎士は、自分は話すべきいくつかの
話があり、また話を口述させたい「数人の他の人が自分の国」にいると説明した。 
それからスピーゲルマソは数年を費やして、騎士、尼僧、色情狂の女性、老いた中国人、
その他の人々が口述したいろいろな話を書き留めた。これらは、四巻の本になって出版された。 
あきらかにスピーゲルマソはブラッド・と同じ技法 ーつまり「別の自己」が内気を克服して
自分を表現するがままに任せる方法を用いた。そしてその結果は、多くの点で似ていた。 
このシリーズの第四巻『騎士』(「一九八二年)のなかで」スピーゲルマンはきわめて重要な
ことを観察している。すなわち、能動的想像を実行するのに成功すると、「共時的な事件が
規則的に起こり、きわめて神秘的な方法で世界とかかわりあえる」ことを観察した。
起こることは、内部的な仕事によって世界との関係がともかく変わることだと、
スピーゲルマンは言っている。それから彼は、雨ごい師の重要な話 ーもともとは
リヒアルト・ヴィルヘルムによってユソグに告げられた話を述べている。
< ヴィルへルムは、旱害に苦しんでいる遠い中国の村にいた。雨ごい師が遠い村から招かれた。
彼は村はずれにある一軒の小屋を所望し、三日間そこから外に出なかった。 その後土砂ぶりの
雨になり、ついで雪が降った。これは一年のその時季には前例のないことだった。
 ・・ヴィルヘルムは老人に、「あなたはどういうふうにして雨を降らしたのか」と聞いた。 
老人は、自分がそれをしたのではないと答えた。「私はあらゆることがきちんとしている国から
やって来ました。雨が降るぺきときには雨が降り、晴れが必要になれば晴れます。
人々自身がきちんとしています。ところが、この村の人々はみな、道からはずれていますし、
自分自身からもはずれています。 私はこの村に到着してすぐに、それにうつり(感染し)ました。
それで、私は一人になれるように、村はずれの一軒の小屋を所望したのです。私がもう一度道に
かなうようになったとき、雨が降りました」と。「道と自分自身にかなう」と老人が言っていることは、
ユングが個性化と言っているもの。脳の二つの半分の間に適切な交通があった。> 
雨が降らない村の人々は、左脳の自我で支配されていた。左脳の自我は、もろもろの問題に
過剰に反応する傾向にある。・・アメリカのハワード・ミラーは、人間には既に、ある形の能動的
想像を持っているとミラーがいっているのは実際には、右脳は オーケストラ、左脳が指揮者だ
ということ。】
▼ 連続シリーズの夢は一種の能動的想像になるのだろうか。人は夢日記をつけると、
つけないとでは、大きな違いが出る。 夢は、潜在意識を覗く手立て。それを記録にして書き残す
習慣は、考えてみれば自分を知る一番の方法である。父親の初七日に、父のベッドでみた夢
(以前にも書いたことがあったが)。父親の魂が私に入れ替わってしまった夢である。 
父がガン末期で、死の恐怖と闘っていた時に、傍にいて、それが直に伝わってきていた。
そして初七日に、その恐怖心が、そのまま夢で、体感したのである。問題は、それから。
ハッとして目覚めたとき、父親の自分が、私として存在している奇妙な実感である。
それから、私に10年以上、変な感覚が身についてしまったのである。
今から思うと、その感覚を使って、もっと見るべき世界を見てきた方が良かったが、
それは今だから言えること。自分の内なる沼には、底知れぬ深さがある。
・・・・・・・
3410, この国の終わり −6
2010年07月27日(火)
 * 日本の余命はあと僅かである  (P・107)
 どの時代でも、彼らの邪悪な発想(考える能力)は私たちの発想をはるかに超えていた。
彼らの悪辣さの度合いは、日本人の常識ではとてもついていけない。そのため私たちは、
世界を覆っている真実に対し、考えることを放棄し信じることをやめる。 福沢諭吉は彼の
『文明論之概略』の中で、開国を迫る列強の真意を次のように要約している。
≪ 即ち彼ら毛唐(=「外国人」の蔑称)の本音は、要するに「自分たちと商売をせよ、
さもなくば殺す、 と言っているのだ」と看破。その性温厚にして軟弱な江戸時代までの
日本人にとって、この考え方は常識をはるかにはずれた奇想天外の暴言であり、だからこそ
福沢もわざわざその事実を本の中でコメントしているのだ。 しかし彼らにとっては常識も常識、
至極まっとうな言い分であり、数万年の歴史をそれのみ集中して生きてきたといっても
過言ではない。そのような「彼ら」が、いままでは局地的な侵略と征服のみで過ごしてきたのは、
ただ単に地球を一極支配するだけの能力が、いま少し足りなかっただけのことである。
あるいはIT革命、情報革命といった、新しい最終的な手段が出そろっていなかったためでもある。
彼らはそれらが出そろうまで辛抱強く臥薪嘗胆してきた。虎視眈々と、いまに見ていろと
舌なめずりをしながら、それでもその時々にできうる最高の手段で、一極支配の地ならしを
してきたのである。そしていますべてを手中にし、すべての条件が整ったというわけだ。
福沢は彼らの言い分を「商売をせよ」と、当時の日本人がやっとフォローできる表現を
使って解説したが、本当はそんな生易しいものではない。 彼らが歴史で実証していることは、
「自分たちの奴隷になれ、さもなくば殺す」ということなのだ。 商売は、金儲けは、とっくに済んでいる。 金儲けの最終段階は、いまも昔も奴隷制度の貫徹である。さらに、究極の奴隷化とは、
頭脳の奴隷化なのだ。つまり、マインドコントロールのこと。いまこそ彼らは堂々と宣言する。
「我々の家畜になれ、奴隷になれ、ロボットになれ、さもなくば殺す」 それが最後の「お触れ」。 ≫
▼ それが30数年前から始めたアメリカの金融戦争である。 ドル一極支配下に入れ、
さもなくば叩き壊す。その際たるものが、この金融恐慌。 これで欧州連合のユーロは風前の灯。
たしかにドルも傷ついたが、胴元の被害は、早々に元に戻る。 更には中国もドルを1兆ドルも
持たされた。そして、数年後には、それらをアメロとかいう新ドル?でチャラにする。
それで日本は、その最大の被害者になる。家畜の運命は、そんなものか。
 ・・・・・・・
3035,「顔」を哲学すると
 2009年07月27日(月)
 「顔」について哲学をしている文章に殆ど出くわしたことがない。 特に女性の場合、
その造作で人生を変えてしまうほど大きな要素になるのにである。そこでネットで調べてみたが、
これはというのが、やはりない。それでは自分で考えてみることにした。古代よりクレオパトラや
小野の小町など、美人は特別に扱われてきた。考えてみれば顔の部分のバランスと、
全身のバランスが整っているだけで、何で?と誰も疑問を持たない。そこで考えられるのが、
顔が露出した全身の凝縮した表出であるからだ。また眼は内臓が身体の外に、そのまま出ている
唯一の部分である。「眼は口ほどに、モノをいい」というほど、内面が現出しやすい。
さらに顔は何代もかかって作られる。更に、年齢を重ねると苦労とか、感動、感激の蓄積した
内面が、そのまま現われ出てくるから、人間は顔に興味を抱く。どんな人間も顔には
ドラマが書いてあると大作家が語っていたが、その通り。男の顔は履歴書で、女の顔は請求書とは、
よくいったものだ。徳岡球子が歴史上の人物の顔をモチーフにした「面構え」シリーズで多くの
作品を残している。漫画的の描き方で、その人間の内面の味を炙り出している。 
晩年の顔ほど、その人の人柄が出るからだろう。その意味で写楽の絵が、その典型である。
 一月前にWoWoWで「写楽」を映画でみたが、これが面白い。 ところで若い女性にとっては、
美人かどうかが一大問題。  (字数制限のためカット 2012年7月27日)
・・・・・・・・・・
2670, おばさん、の話
 2008年07月27日(日)
「おばさん」という言葉が、既に「何とかハラスメント」という圧力があるという。
 ーおばさんとは、
「女という演技を止めた女性」「男と同じ部分をみつけて、同化を始めた女性」「老化のバランスの崩れに対して
抵抗しなくなった女性」「世間という世界にドップリ漬かった中年女」等々、書けば幾らでも要素が出てくる。
女という演技を止めた女というのが、言いえて妙。 女性が一番美しいのは、40歳前後という。 
  (字数制限のためカット 2010年7月27日)
・・・・・・・・・・
2007年07月27日(金)
2306, 1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 ー1 
  祥伝社 チャールズ・J・アクイスト      ー読書日記
 このようなプレゼントを、かって聞いたこともなかった。そのユニークな依頼に誠実に答えてくれるアメリカ人が素晴らしい。
成功者は、何かの共通した言葉を持っている。過って一歳だった自分の子供へのプレゼント!という、思いもあるのだろう。
彼らのシンプルだが真髄をついた言葉には感動するものが多い。米国の弁護士の著者が、息子の1歳の誕生日のプレゼントとして
「世の中で成功している偉人から、人生で成功するための助言をもらう」というアイデアを思いつき、1年近くかけて実行。
依頼をした「成功者」のジャンルは、政治、経済、芸能界、スポーツなど。大統領、大リーガーなどの著名人からの素晴らしい
アドバイスが届けられた。本書はそもそも、極めてプライベートなものとして依頼されたもので、「本にする」というアイデアは、
依頼者の一人のリチャード・ブランソンが、出版のための依頼だと勘違いして手紙に書いてきたところから思いついたもの。
その為に出版にあたっては、返信してきた全員に再度依頼して承諾書をもらった。その結果、95%の人は快諾し出版に至ったという。
この本の利益は全て寄付をするという言葉も書き添えたところが良い。  著者が送った質問は次の通りである。
*どうすれば人生で成功できますか?  *世界で一番大切なことはなんですか?
*愛とはなんですか?         *幸せとはなんですか?
(次回、私のこの答えを書いてみようか?)
これに対する答えが、回答者の価値観を浮かび上がらせている。上記質問に対して、空欄に答えを書いて返信してきた人、
書ききれず別途に長文を書く人もいた。 著名人だけあって、自分専用のレターパッドを使っている人もいた。
レターパッドにタイプ打ちして、自筆のサインを見ると、この人はこんなレターパッドなのか!とか、サインはこんななのか!とか、
普段あまり目にすることのできない、側面を見ることができる。
  読んでみると、なかなか心のこもった座右の銘が多い。 次のことは、その中で多く見られた言葉である。
一番のベースとして、大事なことばかりだ。「ベストをつくせ」「家族と友人を大事にしなさい」
「愛とは、見返りをもとめないこと」「決してあきらめない」「誠実であれ」「好きなことを極める」
「親のいうことをきけ」等々ある。   以下、印象的な人の言葉を抜粋してみる。
●良い判断を下すには情報が必要だ。
●すべての善人に過去があり、すべての罪人に未来がある。
●自分の性格判断の簡単な方法は、何もしてくれない人にどう接しているかを知ることだ。
  (字数制限のためカット 2014年7月27日)


4881,閑話小題 ーエコ葬〜フリーズドライ葬

2014年07月26日(土)

   * エコ葬儀、フリーズドライ葬
日本では大方が火葬だが、遺体を凍らせる「フリーズドライ葬」が、エコ葬儀として注目を集めている。
そこでネット検索をしたところ、以下のような内容が出てきた。
≪ これを開発したのは、スウェーデン生物学者のSusanne Wiigh-Masak氏。
科学教室などでも良く使われる液体窒素は、いろいろなものを瞬時に凍らせることで知られています。
例えば凍らせたバラの花を手で砕いた映像をなどを見たことがあるが、あのようにフリーズドライ葬は、
この液体窒素を使用し遺体をマイナス18℃で乾燥凍結した後に砕いて細かくする。
そして水銀などの重金属を取り除いてから、でんぷんを主原料にする生分解性の容器にいれて
埋葬するもの。原理としてはフリーズドライの食品を作るのと同じ。 埋葬した遺体は時間をかけて
土の中で分解し、植物などに栄養を与えてくれることにもつながる。死んだら皆土に還る…
が本当の意味で実現できそうです。まだ、いくつかクリアしないといけない課題はあるが、
この方法を「プロメッション(promession)」と呼び、費用は約290ユーロ。
大よそ4万円。韓国でも本格導入を計画。≫ 
 ▼ 重油で焼かれるイメージは、何か良くないが、乾燥冷凍後に砕かれ土の中で分解されるなら?
 これなら庭の木の下に埋めることも可能? 特に、災害時に手軽にトラクターにコンパクトな乾燥
冷凍機を持ち込めば、処理がスムースにいく? どちらと問われれば、私はフリーズドライを選ぶが、
所詮は死んでしまえばゴミ。 先日、スーパーで果物を乾燥させたチップスを買ってサクサク食べた・・ あれ。
  ところで以前、イタリアのドキュメントで、マフィアが殺した遺体を処理する「硫酸入りプール」
の存在をレポート。何か、寒々とした後味の悪い内容だった。 やはり重油で1時間かけ、焼いて
もらう火葬が良い? そういえば中国で、遺体捨場に着の身着のままで捨てられた遺体を映し出す
TVレポートを見たことがあった。 それも前にレポートされていた本人の映像が映し出された後に、
凍りついた遺体である。 ところで、フリーズドライをセメンに混ぜた墓は? 生々しい?
 位牌程度なら? ・・お後が宜しいようで! 
・・・・・・
4514,スポーツ自転車の勧め! ー1
2013年07月26日(金)
   * スポーツ自転車入門    「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
 私のは、電動のマウンテンバイク。値段は5万9800だが、これが大当たり!それまで
30年近くのウォーキングの習慣があった為、それを自転車に切替えたのでスンナリいった。
早朝の一時間が、自分へのプレゼントと思えるほど。
   まず ー内容(アマゾンより)ー
50歳の春、肥満体型と高脂血症、高血圧を改善するために手にしたのは、スポーツ自転車だった。
わずか2年で24キロの減量を成し遂げ、体脂肪率は24%から10%以下に。 明るく楽しく、そして
激しく愛車に乗りまくる日々を活写するとともに、ダイエット成功の秘訣をすべて公開する。
  〜入門書としても最適な本である。主観をもって、まとめると、こういうことになる。
≪ 自転車には、ママチャリとスポーツタイプに、まず分けられる。そして、スポーツタイプには、
ロードバイク、マウンテンバイクがあり、最近では、この二つをミックス(=クロス)したクロスバイクが
現れてきた。これに折畳みが出来るフォルディングバイクと、車輪の小さなミニベロがある。
それと色々な競技を楽しむBMXがある。 著者は健康不足を医師に指摘され、考えあぐねた上に
スポーツ自転車を思いつき、クロスバイクを2002年2月から乗り始めた。 しかし暫くして、
物足りなさを感じて特別仕様のスポルティーフの自転車をつくる。 その後、気がついたのが、
ツールドフランスなどで見る「純競技用のマシンのTREK5500」。これを買ったのが正解で、
人生のパートナーになってしまった。これを買って決めたことが、「毎日乗ること」。 
値段が高いため、一度乗ると、自転車から離れることが出来ない。公衆トイレなら中に持ち込む。
盗まれる危険が高いからだ。 そして2年で、20キロ、体重の10%以上の減量に成功した。
そして一年後、更に10%、58キロまで体重が減った。定例走行距離が64キロになっていた。
「自転車はすごい。自転車はいい。自転車は楽しい。」と、断言する。 定年退職をむかえ、
体力に自信のない人、健康に不安な人、無趣味の人、時間を持て余している人、一日中ボッと
している人にお勧め。 型はスポーツ車、出来ればロードタイプがいい。 自転車と思うと目が
飛び出るほど高いが、自動車、オートバイからすれば安い。その価格で、F1クラスのスーパー
レーシングマシンが手に入るのである。こんなことは自転車以外、絶対にありえない。
〈暇を持て余し、不健康この上ない諸君。 スポーツ自転車を買おう。買って、毎日数十キロ
(20〜50キロ)走ろう。 そうすれば体重脂肪率10%以下は、決して夢でない・・・〉 ≫ 
 ▼ これは自転車入門書である。著者にとっての効用の一つが肥満と血圧の改善。
ここには書いてないが、自転車で自然の中を汗をかきながら走って見える景色と爽快感は
何もの代え難い。 実際に4年近く信濃川にかかる二つの大橋と両側の土手を自転車で一周
しているので、よく分かる。 年齢が年齢なので電動アシストだが・・ 著者のように毎日60kmの
走行ができれば25kg痩せることが出来るかもしれないが、普通の人では無理。 
とにもかくにも、走りまくること。一度走り出せば、必ず病みつきになる、これは!
これを読んだ御陰で、早朝に行き交う自転車の種類とマニアのレベルが少し見えてきた。 
そして自分のレベルもである。ママチャリでノンビリと走っている人からレーシングマシーンに
乗っている人まで、何組も出会う。そこに電動アシストのマウンテンバイク。ママチャリレベルである。
一昨日、昼間、20万以上もする折畳み自転車を乗っているのを見かけた。
それも、この本を読んでなければ分からないこと。
・・・・・・
4140, スポーツジムの景色 ー2
2012年07月26日(木)
 去年の同月同日にスポーツジムについて書いていたので、その一年後の感想を書いてみる。
所用で市外に出てた以外に、気が進まないとかで休んだことは一度も無い。露骨な卑しい?視線を感じて、何度も止めようと
思ったことがあったが、「とにかく一年」と思っているうちに何とも感じなくなっていた。その後、各種のエアロビックスの
プログラム全てに参加してみたが、三月からのスローヨガに週二回だけに参加している。(勘違いで一回休んだ以外は全勤)
それと円座に置かれた6台のマシーンと、交互に置かれたステップ台を、インストラクターの掛け声で12人が参加する
イージーライン(30分)を連続二回と、ウォーキングマシーン(20〜30分)が私の日課。滞在時間は平均二時間である。
 16ヶ月になるが、40年、50年以上の足腰の関節の硬化が徐々に解れてきた実感がする。しかし、「養生に預金無し」で、
続けるからこそ価値がある。とにかく雰囲気が明るいのが気に入っている。 早朝4時過ぎから13時過ぎまでが午前の部で、
午後の部は13時過ぎのスポーツジムから21時に就寝するまで。 その意味で、日課として大きな位置を占めている。
顔見知りになっても軽く会釈するだけで、個人的会話はゼロ。ただ独り黙々とコースをこなして帰ってくる。この一年で変化した
ことは、午前中から午後になったこと。 会員は老若男女、幅広い。それらの人が毎日、同じプログラムに参加する。
 4〜11月までは一日三時間の運動量は健康にとって、このうえない。金・日曜・祭日は、休日と契約規定で参加出来ないため、
近くの市営のスポーツジムに参加をしているが、これも相変わらず通っている。値段は三ヶ月、1800円で、これも慣れると
丁度良い使いかってになる。 今のところ新しい生活環境の中、何とか肉体も精神も正常を保っている。人間は働きの中で
社会に組み込まれていると思っていたが、そうじゃないことが分かってきた。全て一人一人の思い込みで生きているだけ! 
「一日一日を面白可笑しく生きること」ただ、それだけ。ところで時どき会うスナックのママさん、「毎日、風呂とサウナだけで、
他は気が向かないと行かない」といいう。 私の場合、スローヨガだけ参加という使い方もある。そういえば一言二言話す
同じ年代の男性がいるが、ヨガだけで帰っていくが、六回参加して一回千円としても十分に価値がある。
 一週間の日程の中で、他に二回の図書館通いがあるが、他に新しい世界を探す時期にきているが・・・ 
毎日をフワフワ浮いたように気ままにいるのが、こんなに充実感があるとは思わなかった。母親も家内も、これをやっていたのだ。
これが「日々是悠々」なら、私は数十年も「日々是恐々」だった。家内からみて、「私は生活を楽しむ人、貴方は働く人」だったか?
・・・・・・・
3774, スポーツジムの景色
2011年07月26日(火)
 スポーツジムに通い始めて4ヶ月足らずになる。そこには中年女性を中心に、あとは年代は30歳から80歳半ばまで様々で、
平均40歳半ばというところか。 65歳の私が場違いという感は全くなく、中年女性の二人連れが目立つ。夫婦は数組である。
男女は一対三の割合だが、私の選んだコースが平日中心の10〜17時までコースで、主婦が中心ということもある。
スタッフに客の集中する時間帯を聞いたところ、夜と、土・日曜日という。それでも私の行っている午前中でも満杯だった会員が、
5月の連休明けから、急減した。ここでも東北大震災が直撃しているようだ。(二ヶ月先払いのため、その影響は2ヶ月先に出る)
 そこで、顔見知りが二人いたが、地元だから当然のこと。 場所は自宅から車で1〜2分(500メートル先)のところにあり、
まだオープンして半年も経ってない。 ここのオープンは私にとって渡りに舟だが、イメージと実際に通った実感は大きく違う。
一年以上、通ったと通わないとでは、これでは大きな差が出て当然である。これは是非とも勧めである。
私の場合、オープンの10時に行って、イージーラインの予約札をとって、30分近くはマッサージ・ルームで過ごす。
そして10時半からの25分間のイージーラインに参加する。これは6台のマシーン(腰、肩、脚など)で、バランス良く配置され、
一人のインストラクターが指導するシステムになっている。それが終わると再び、マッサージ・ルームか、ランニング・マシーンで
30分過ごす。その後、エアロビックスか、再びイージーラインに参加し、大よそ二時間で終了する。
 週に一度は外出をして、近くで昼飯をとって午後のエアロビに一部に参加する。 早朝の、この随想日記の書き上げ、
信濃川の川辺のサイクリング、そして、このジムが、昼までの生活習慣の三本柱になっている。午後からは、本を読んだり、
録画を見たり、昼寝をしたり気ままに時間を過ごす。 頭も身体もフル回転で健康そのもの。昼飯が非常に美味いこと、このうえない。
 成るほど、この日々は、平凡で、刺激が少ないが、それでも良い。 ギアチェンジをしてみて、リタイアをした人は、実際に何をして
過ごしているのか不思議だったが、成るほど合点してきた。 誰とも殆ど口をきかないとしても、そこにいるだけで孤独感は少なくなる。
レオタードなどを着た女性たちのエネルギーに溢れた場所は、そこに居るだけで充電になる。特にブラで補填した? 胸の膨らみには!
 ・・・・・・・
3409, この国の終わり ー5
2010年07月26日(月)
  終始一貫、日本の現状と先行きに悲観的である。欧米人を知り尽くしているからである。一神教は他の宗教に対して、
 奴隷か、死の二者択一ということをである。共産主義圏の崩壊後は、それほど日本の位置づけは大きくなくなった。
 後は、日本からの借財をチャラにする、いつものコースである。それが、911であり、915である。
 これは、仕掛けられた事件と見れば、以下の著者の論が理解できる。
  * 日本人なぶり殺しの条件は整った 
≪(P−107) この章では、考えることのできない日本民族の明日の運命が問題だ。その運命は‥、喩えれば、10メートル先の線路は
 切断されていて、目前の千尋の谷に渡した鉄橋は影形もなくなっているのに、時速5百キロほどの速度で突っ走る無人列車に
 乗っているような状態が日本民族の現実なのである。 しかもそれは自然とそうなっているのではなく、完全に「彼ら」によって
 仕組まれている。それに気づき、かつ確認する方法は2つしかない。
・ひとつは私がここで紹介する何冊もの本を読み、その内容をまず最初に疑った後で、自分の努力で検討し、真偽を探り、試行錯誤を
 繰り返しながら深刻に悩み、時には身の危険を冒した個人的なリサーチを試み、また世界各地を自分の足で回り、最低1、2年の期間
 その場所に滞在し、実地に自らの経験を積み、見聞を広め、再び文献を洗い直して真贋を探るといった努力をすることである。
 だが、これはほとんど、というより確実に不可能だろう。 問題は、私の時代と違って、それだけの時間的余裕がまだ残っているか
 どうかであり、それに関して私は百パーセント悲観的である。 日本滅亡の必然を学び取り、納得したときに、もうこの国はない。
・もうひとつの、より安易だが、さりとてしないよりはずっとましな方法は、この私の文章を最後まで読み、内容を信じ、
 私と一緒に立ち上がり、行動することだ。 しかし(そうするとしても)、最初からもう一度はっきり断っておこう。
 まず九分九厘すべては手遅れである――と。 この国は終わる。 仮に私たちがその無人暴走列車に乗っていることを確認
 できたからといって、それを止める方法は何ひとつないのだから。何しろブレーキが「彼ら」によって破壊されているのだから。
 これは一種の完全犯罪なのだ。となれば、またしても奇跡が必要である。 昭和では吹かなかった神風が、平成で吹くだろうか?
 私たちは新しい『立正安国論』が生まれるのを祈るしかない。しかし―、時代が違う。21世紀の安国の実用にはならない。
  ・・・イルミナティの確信犯的犯罪などに対しては、もはや、いかんともしがたいのである。・・・
  ロスチャイルドやロックフェラーといった世界の超・大財閥から流れる彼らの資金は潤沢・膨大にある。
 見返りはそれ以上に膨大なのだから、彼らの出資を躊躇させるものは何もない。  後は世界の他の部分の征服との兼ね合い、
 つまり一極支配へのスケジュール的なタイミングに過ぎない。 即ち彼らの言う「アジェンダ(実行予定順位)」だ。 ≫
 ▼ この文章が4年以上前に書かれている。 2008年9月15日のリーマン・ブラザーの倒産から始った金融恐慌と、2012年末から
   起こる?大恐慌と新ドルなどの通貨切り替えが、日本人、そして世界の弱者への「なぶり殺し」ということになる。
   そこで著者の林秀彦は、99パーは、既に手遅れという。この国は終わっているのか? 気がついても、どうにもならない!
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3034, バブル時と現在の比較は
2009年07月26日(日)
 大よそ20年前と現在を比較した年表があった。 (日経新聞記事内)
比べてみると、なるほど面白い。如何に金融政策に我われが踊らされているかが理解できる。
 当時は、それだけ豊かというと、その実感はない。(反対に、当時と比べて現在は貧しいかというと、それも感じない)
           ー1990年ー           ー2009年ー
日経平均株価    3万8915円(89年年末)     9287円(07年7月10日)
日本の土地資産   2477兆円 (90年末)      1253兆円(08年末)
平均マンション価格  6123万円 (90年、首都圏)  4775万円(08年、同)
新設住宅着工数     170万戸             109万戸(08年)
ゴルフ会員権価格   4388万円            325万円
サラリーマンの小遣い  76000円           45600円
大卒求人倍率       2・86倍            1・62倍
▼ 土地資産は半分だが、今回の暴落を考えると、三〜五分の一。   株価は四分の一だが、買い支えを考えると、五分の一。
 サラリーマンの小遣いは6割は厳しい。             ゴルフ会員権が十三分の一は、喜ぶべきか悲しむべきか。
バブルが異常過ぎたとすれば、健全な数字。いや、まだ高い。   株・土地・マンションなどは、まだまだ下がってよい。
20年前でなく、私が大学を卒業をした40年前からみたら、現在の半分以下の豊かさ。
半分以下になっても、情報化で自由と個人がより尊重されれば心は豊かになる?
 ただ、現在は、世代間ギャップがあまりに大きいので、マイナー世代が荒んでいるが、
荒みが荒みで無くなっていく。 人生は、その時々でやるべきことをこなしておけば後悔はない。 いや、あるか!
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2669, 日本経済の崩壊と資産防衛 ー2
 2008年07月26日(土)
ドルが暴落をしたところで、アメリカは何の損失も受けることはない。 金本位制度に戻せばよいからだ。 
無制限に刷ったドルで金を買い占めておいて、権威の失墜したところで金本位制度に戻せばドルの価値は戻る。 
その時点でアメリカはドル本位制度に戻す選択肢を持っている。ところが落ち込んだ日本円は、元に戻ることは無い。 
金そのものがアメリカの40分の1しかないのである。もちろん、アメリカは、金本位制度のドルと、それまでのドルは
交換できない仕組みにする。そう考えると、国家戦略としての奪略である。日本を属国にしておく為に金の備蓄に異常なくらい
圧力をかけたという。 日本など、使い捨てで最後は全てを剥奪する手はずになっている。残酷なものだ。 アメリカ本土には
穀物だけは充分に生産能力がある。更にアラスカには資源が充分に埋まっている。日本がアメリカの国債を500兆円近く
持たされている事実をマスコミは騒がないが、既成の事実である。これらも価値として半分、いや三分の一になる可能性も出てくる。
地方は実感として、既に恐慌一歩手前になっている。これにガソリンの異常高とくれば、一人一台という所有が当たり前の地方では、
深刻な家計の問題が生じる。農業・漁業、公共事業で景気維持をしていた地方は、この一連の経済崩壊の中で更に悲惨な事態になる。
その上に年寄りの多い地方は、年金破綻が大問題にもなる。実際には第二次大戦と、明治維新の時代より、大きな時代の変化に
晒されているのである。日本のバブルが弾けたときに株価が6分の一になったが、それからするとアメリカは3千ドル代になる。
ドルも60円を割ることになるだろう。 これから10年スパンで考えると、こと日本は最悪の道を辿るしかない。
   (字数制限のためカット、2014年、7月26日)


4880,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー43

2014年07月25日(金)

   * チェーンストアの組織論の特徴
 チェーンストア組織論の特徴は「3階層」「5職能」 で表現される。(少し専門的な内容になるが)
★ 「3階層」 とは<トップ>  <スペシャリスト> <ワーカー> の階層。
 階層を増やさず、可能な限りフラットにし、ミドル・マネジメントを増やさないシンプルな組織が特徴。 
 ○ スペシャリストは、それぞれの専門で、店舗なら多くの店の運営を、バイヤーなら、各部門の
  仕入れ経験をこなし、それぞれの商品の専門キャリアを多く持っている人をいう。
  売場では、多くの店と売場を経験した店長、次長がスペシャリストに入る。
 ○ ワーカーは、マニュアルに従って作業をする職階の人で、ノンキャリア社員、パート、アルバイト。 
  ところが、情報機器の進化で、現場段階のワーカーと、スペシャリストの区分が曖昧になっている。
  スペシャリストの技能が情報機器で簡単に使えるようになっているため。
★ 「5職能」 とは横割りを5つに増やし トップの下で
 <スタッフ> ※トップのためのスタッフ
 <サービス>
 <ライン・スタッフ>    
 <クリエイティブ・ライン> (商品部) 〜仕入れ担当で、一般的にいうバイヤー
 <オペレーション・ライン> (店舗、加工、物流施設の運営)
  の機能で分担する組織である。
▼ 旧来型の組織論のライン、スタッフ、サービスの3職能を、3階層、5職能で理論付けが特徴!
 ここで目新のが <ライン・スタッフ> =ラインのためのスタッフ。 クリエイティブ・ラインや
オペレション・ライン(マネジャー)に付くスタッフのこと。ラインの業務プロセス作り、カイゼン、
有益な情報・データの提供などでサポートするスペシャリスト。
 これらは、チェーンストア統一伝票システムから成立した部門別管理と、それぞれのマニュアルが、
ベースになる。それぞれの教育計画は、社員と幹部の登用試験制度と、配転計画のキャリアから成立する。
トップ育成計画と、スペシャリスト育成教育、正社員教育システムに則って、それぞれ行われる。
特にトップ教育は、本人以外には知らされずに行われるメニューがある。職能として、
スタッフとして、新規出店の開発部門、経営計画作成、サービスの財務などの配転の中で育てられる!
官僚のキャリアの育成計画は、この計画にそって出世競争の中で勝ち残った者が選択されるのと同じ。
 右上がりの時代ならよいが、右下がりになると、配転計画段階で、多くが排除されていくしかない。
私自身は、自ら10年目に行うべき配転計画の判断ミスをしてしまった。それも、自分の限界と
割りきるしかないが・・ 高度経済成長時代の鬼っ子ということか。
・・・・・・
4513, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー7
2013年07月25日(木)
              『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者そのままを私の事前指示書にしたいぐらいだ。そこで早速、図書館から借りていたこの本を、
アマゾンで注文をした。その本に、自分の希望を書いたポストイットを貼り付け、仏壇の引き出しに
入れておけば、それがそのまま指示書になる。そして気が向いたらまとめてブログの分類コーナーを
作り、張り付けておけば良い。 実際のところ、気がすすまないのか、面白いのか。 
死際を考えると、すべきこと。ーまずは、その指示書からー
≪   ー 事前指示書(その1)ー     2006年9月17日2 中村仁
 「医療死」より「自然死」が好みのため、意識不明や正常な判断力が失われた場合、下記を希望する
  (ぼけた時は、ぼける直前に「断食死」を敢行するつもりだが、タイミングを外す場合も考慮して)。
1 できる限り救急車を呼ばない
1 脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退する
1 原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さない
1 人工透析はしない
1 経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、中心静脈栄養、末梢静脈輸液は行わない
1 不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければその時点で取外して差し支えない
   ー 事前指示(その2)ー
1 使い古しの臓器は提供しない
1 葬儀式は簡素に家族だけで、遠方の者には連絡せずとも良し、葬儀会館使用も可
1 読経、死後戒名は不要
1 告別式不要、供花、香典は辞退すること
1 死体処理は完全に灰にするか、凍結乾燥粉砕で肥料にせよ
  (もし、偲ぶよすがが欲しければ、髪の毛か下の毛を刈り取るべし)
1 年忌法要、墓石詣リは不要(但し、死体処理が希望通りにならず、骨が残れば、死後戒名、
  年忌法要行うも苦しからず、墓石詣リも勝手たるべし)                ≫
 ▼【一切の延命処置を拒否し、葬式は密葬。坊様の読経も墓も必要としない。骨は、先祖の墓に読経なしで、
  家族の手だけで入れて欲しい。】これが私に似合っている。父の口癖が「死んでしまえば、それまでよ」。
  死ななくても、「いつ何時、何ごとも、一期一会、瞬時過ぎれば、それまでよ」である。
・・・・・・
4139, 元始、ママは太陽であった ー2
2012年07月25日(水)
   * スナックは「未知なる異空間の社交場」
 著者の言葉そのままに、何処の店も似たかよったりである。この長期不況のため、客足は激減、スナックの数も同様である。
何とか存続しているのは、昔からの店で固定客を掴んでいる店だが、話は不景気の話ばかり。やはり還暦過ぎると、以前のような
元気は減退、それにつれて回数も減っている。それでも月に平均二回は通っているが一晩3〜4軒のハシゴが2〜3軒で帰ってくる。
高度成長期の一時期を除くと、スナックは儲かる仕事ではなくなった。 まあ、よく維持していると感心する。 一部をコピーする。
≪ 日本全国にスナックはたぶん15万軒ぐらいある。15万軒の扉の中で、毎晩『つぐない』や『銀恋』や『麦畑』や
『津軽海峡冬景色』が何万回も歌われて、何十万人もの家族が、何十万人もの家長のママを囲んで和気藹々夜を楽しんでいる。
家に帰れば別の家族が待っているママもいるし、ひとり暮らしのマスターもいる。 店の中では一緒に遊べる家庭があって、
飲んだり歌ったり、お腹すいたら焼きウドン作ってみんなで食べたり、「今度はどこの温泉に行こうかなど盛り上がったりしている。
 この数年でやたぶん200軒以上のスナックに足を運んできたけれど、裕福なママやマスターなんて一人もいなかった。
「儲けを考えたら、こんなことやってませんよ」というのは、僕がいままでインタビューで、一番よく聞いた言葉のひとつ。
でも、そこには別の「幸せ」と呼ぶのは大げさかもしれないけれど、こころのコリをほぐしてくれる温いなにかが、確かにあった。
有名スポーツ選手を射止あたり、年収、何億という女社長になったり、名家の女家長どして君臨したりオンナ道の「勝ぢ方」にも
いろいろあるのだろう。でも、もし僕がいい年したオバサンだったとしたら、気の良い常連たちに恵まれた、場末の小さな
スナックのママでいる以上の幸せは、なかなか思いつかない。 ところで一説によると、日本で一番多いスナック名は「来夢来人」
(ライムライト)という。ネットによると、その名前のママが四人揃ってライムライト・サミットが開かれたといか。不景気話が
中心だったと思うが?・・ スナックを「未知の異空間の社交場に人生の酸いも甘いも知り尽くしたママが待っていると考えるか、
酔っ払い相手の怪しげな空間として捉えるか」でスナックの価値(意味)も変ってくる。 カフェやバー、こじゃれたレストランが
ない町は日本中にたくさんあるけれど、スナックのない町は殆んどない。共通の異空間を人を求めているのだ。≫
 ▼ そういえば、タンザニアの年越しに行ったスナックが印象的だった。タクシードライバーを中心にした小さな村の中に
  10坪位の掘っ立て小屋だが、カウンターがあり、テーブルと椅子が5〜6あるスナック。そこに30歳位のグラマーの
  現地人ママがいて、年末の年越しのため10人位が焼肉パーティーをしていた。私たち日本人5人が、そこに加わり大騒ぎ、
  しかし、10メートル先にはハイエナが数匹、唸り声をあげていた。タンザニアの片田舎にも日本と同じようなスナックが
  存在していること自体が奇妙な気持ちだった。スナック、そこは漆黒の異次元の寂しさを紛らわす共同空間でもある。
 ・・・・・・・・
3773, 閑話小題 ー今場所は面白い大相撲
2011年07月25日(月)
   * 今場所は面白い!
 大相撲、今場所は、いやに面白い!相撲はプロレスと同じでないとしても「現在も談合の臭い強い○○業界?」と酷似した世界。
いずれにしても数年内に、これまでの延長上の事件が発覚、「現在の相撲協会は解体、根本的出直しの事態になる」こと必定。
「税金免除の談合社会も終わりをつげる」可能性を孕んでいる。 しかし、少なくとも今場所は八百長はやりつらい。
 で、まず「あの方」が引退に追い込まれた。 この場所全体を俯瞰すると三十代半ばの力士達の、勝率が極端に良くない。
興行上、大関以上に日本人は一人は必要。そこで来場所から、何の引退の替わりに日本力士が大関になる筋書きになってはいたが、
今場所は難しい。で、・・ 全体が阿吽の呼吸で場所全体の筋書きを創作するといえば、恰好がよいが、阿吽の談合が大相撲の
本来の伝統?「それを今さら何をいっているか!」が、彼ら役者(親方を含め)の言い分である。それをいっては御終いだが、
事実は事実。現在の協会が解体されれば、国技?を前提にした税金免除だけでなく、これまでの備蓄金も没収される。 
せっかく日本的伝統を長年かけ、つくり上げてきた親方制度の蜜が吸えなくなるため、親方衆が保守的になるのは当然。 
で、今場所は、どうも、こうも、「僕らは、そうすれば良いの?」が、露出しているから、これほど面白い場所はなかった。
今場所は、優勝は大関の日馬富士。大関に一歩及ばなかった一人を含めた関脇の三人が、大関に向けて一線に並んだ。 
また、八百長で20数名の力士が追放された効果で、若手が一挙に十両・幕内になった。 地位は人を作るで、数場所で、
それなりの実力が備わってくるはず。その怪我の功名で、相撲が俄然面白くなってきた。 この傾向は数年は続くだろう。
有望な力士も、古参に苛められ若いうちに、その力が発揮しないうちに枯れてしまうのが、これまでのパターン。
その上に、貸し借り、金銭のやり取りで昇進が決まってくるから関取になったと同時に変になってしまう。 
その意味で当面は大相撲は復活するだろう。 若手有望力士の台頭がテーマでキャンペーンをはれば良い。
ということは古参力士の大量の引退劇が始り、相撲自体が新鮮になる。 何処の世界も同じ。老兵は消え去るのみか!
 ・・・・・・・
3408, この国の終わり −4
2010年07月25日(日)
  * 「取り繕い」国家の「その日暮らし」民族
 ー(P・53) 原爆を落とされる直前まで、私たちはせっせと竹槍を作っていたのはつい最近の出来事である。
 いくら資源不足の国とはいえ、なんとも象徴的な風景ではないか! それが何になったか。この大悲劇の教訓は、その後も
 全く生かされなかった。現在、足音高らかに近づいた究極の世界的大陰謀という「目」に対し、私たちの「目」は老眼にかすみ、
 日本民族総家畜化という「歯」に対しては、私たちの「歯」は全部抜け落ち、入れ歯さえもちあわせていないのである。
 この世界は常に修羅場であり、「決闘の場」なのである。 いったい世界で昨日今日何が起きているのかが、わかっていない。
 新聞に書いてある程度は読んでいるかもしれないが、その記事を疑う段階までは決していかない。ブッシュの言動と小泉の
 言動の間にある因果関係を考察する意欲もない。ということは、即、明日の自分の命には無関心だということである。
 なぜか?考えるということができないからである。 目にはカラオケ、歯にはパチンコで毎日を過ごしているのである。 
 明治国家がインスタント国家であり、急場しのぎ国家、間に合わせ国家、一夜漬け国家、ツギハギ国家だったことは確かなことだ。 
 世界のあらゆる事情に応急対応を迫られ、いずれかゆっくり腰をすえ・・と一時しのぎのつもりが、ずるずるここまで生き延びた。
▼ 現在の民主党の沖縄軍事基地の対応も、まさに著者のいう「取り繕い」そのものに終始している。
 この本が書かれて4年経ち、その二年後にリーマンショックがあり、世界に先駆けて国家存亡の危機に立たされている現在でも、
 ただ「その日暮らし」の政策しかたてることが出来ない。 4年前には、この著は「過激」に受け止められたが、現在ではご覧の通り。
 自民党と民主党という二大政党の看板はあれど、旧態以前の体質は変わってない。軍事も、金融も米国に支配され、身動きが
 とれないで、ただ目先を「取り繕い」、「その日暮らし」をするしかない。ほぼ完全占拠されている現実が直視できないのである。
 軍事ひとつとっても、ほぼ全て米国製。部品補給をストップされれば裸同然になる。中国、北朝鮮の防衛の一環のための米軍基地の
 配置というが、実際は日本の軍事占領。金融も、アメリカ国債に500兆円も買わされている。で、変動為替で、ある時期に
 来るとドルの価値を下げてチャラにさせられてきた。それを知って知らないふり。
 政治家も官僚も、むしろ尻尾を振って従わざっているとしか思えないのである。彼らは日本がアメリカの支配下にあることを
 知り尽くしているからである。 北とか中国の脅威より、この見えざる搾取の方が遥かに深刻である。これが現状である。
 ・・・・・・・・・
3033,刑事が家にやってきた
 2009年07月25日(土)
 先日、家に帰ると家内が
「今朝、あなたが出かけて直ぐに刑事がきて『御主人がいますか』というので、普段は8時15分に出るのですが、
病院に一度行った後、そう20分ほど前の11時前に出かけた」といったという。そこで刑事が「先ほど真ん前のアパート2Fの
一番奥の部屋の窓が割られ、泥棒が入りそうになったが、部屋には住人が居て、通報をしたため逃げた。
    (字数制限のためカット 2012年7月25日)
・・・・・・・・・
2668, 日本経済の崩壊と資産防衛
 2008年07月25日(金)
二年と三年前に二回受けたセミナーのシリーズが、再び開講するというので一昨日、受講してきた。
講師の清水洋氏は《平成20年からマーケットの大転換》があると言い続けてきたが、いよいよ現実化をしてきた。
《日本経済はかってない構造変化を体験するので、早めに手をうって事業と財産を守れ》というのが、彼が一貫して言い続けている
ことである。今年になって、サブ・プライム問題がアメリカで表面化をして、一挙に世界の景気の陰りが出てきた。
数年前に出席したときに、言っていたことが、まさにそのとおりになってきた。今年になって読んだ本にも同じようなことが
書いてあったが・・ 講師は予告どおりになっているので上機嫌だったが、聞いている方は、その激しさに震撼とした空気であった。 
  その内容を印象に強かった順に大筋書いてみる。
・金利の高騰は、既に始っており6〜7?になっている。 出来たら固定金利に換えておくこと。
・とにかく破産者が多い。生活保護世帯も二年間で130万から150万世帯に増えた。
 零細・中小企業の倒産、廃業が信じられないぐらい多い。
・ガソリンスタンドが現在4万あるが、60パーが淘汰される。
 (一例をとると、ガソリンは赤ランプがついてから入れにくる車が増え、その上に千円しか入れない)
・地方は老人と子供が増えて、商売が成り立たない職種が増えてきている。
・問題は国債だが、それより年金の未払いの数字が膨大にあるのを、国民は知らされてない。800兆円あるという。
・生産者優先の社会から、消費者優先の社会への大転換が雪崩をうって進みはじめた。
・金は現在、Kgあたり350万だが600万はいくだろう。
・アメリカのドルは近々には暴落をするが、その後に金か農作物本位制度で復活する。しかし日本は暴落はするが金を
 持つことをアメリカから間接的圧力で持たされなかった。アメリカの金の在庫量が7500万トンだが、
 日本は170万トン、ドイツは350万トンしかない。
・郵政民営化は、郵貯の資金が外国に逃げることを意味している。
・国家破綻の結果として、ハイパーインフレが生じ、国債が暴落。国民の資金の価値が暴落。それで国の借金をチャラ?
 国家破綻は政府の破綻。それを外国メディアが正確に報じる。(外国メディアに敏感であれ)国民は、
 消費意欲が極端に落ち、さらなるデフレへ。
・スイスフラン、ユーロダラーや、金の現物にリスクヘッジをしておくこと。
・2〜3年後には、ドルと円の破綻は間違いない。
・人口減少社会は、300年に一度の社会的大変化の時代に突入。それは、明治維新、第二次大戦の終戦に匹敵する
  ー以上だが、次回は私なりの意見を書く。  - 2008年07月23日 13時〜17時 会場 御茶ノ水 山の上ホテル −


4879,閑話小題 ー最近、またカラスが・・

2014年07月24日(木)

   * 最近、またカラスが・・
 このところ、若いカラス数羽が自宅の庭周辺のテリトリー争いで、威嚇の鳴声が鳴響いている。 
一年ほど前に以下の文章を書いていたが、現在も、その延長戦が続いている。ポタリングを毎日
2時間していて見かける動物は、ほとんどが鳥。その中でカラスが目立って多い。
その上、庭に雀の群れ、小さな地鳥、渡り鳥が次々とやってくる。 ー去年に書いた内容といえばー
≪ 4440, 閑話小題 ーカラスの糞かけ <2013年05月13日(月)>
 数年前になるが、自宅近くを自転車で走っていると、カラスが低空できて、二m先に糞を落として
いった。「これは果たして私を狙ったか、偶然か?毎朝近くを通る度に考えていた。 ところが
一昨日の朝日新聞のコラムで、四コマ漫画「ののチャン」が、専門家に質問する形式で、
「カラスの糞かけは、意図したかどうか」を取り扱っていた。よくあるので、取り上げたのだろう。 
答え手は「あくまで偶然で、カラスにとって何ら利益にならない」と、ゲーム説、カラカイ説には否定的。
専門家とはいえ、私のように30年以上、毎朝、散歩やミニサイクリングでカラス観察をしていた
訳でない。 で、私はゲーム説。 (中略)そういえば、散歩中の小型犬を、カラスが至近距離で
威嚇し遊んでいるのを見たことがある。犬の飼主も、そのやり取りを面白がって見ていたが、
明らかにカラスが小犬をバカにし遊んでいた。 
 ところで昨日の午後、帰宅をすると、隣の空地で4羽のカラスが入り乱れての空中戦。
よく見かけることだが昨日は違っていた。二組の激しい乱闘。初めは車内で見ていたが、
決着がつかないので、一度、車庫に車を入れて門の陰からみたが、その間7〜8分。 
鳴声を聞きつけた他のカラス数羽が駆けつけ、騒然とした中の乱闘は、見もの。上下に体勢を
入替わり互いの身体をワシヅカミの突つきあい。
4羽が無事に飛びたったのが不思議なほど。 最近、来ているのが、その一羽? ≫
▼ 今回は、他の小さな渡り鳥や、モズも入乱れて、カラスと牽制しあっていたが、どうも、
我家のインコが野鳥の興味を惹くようだ。で、「カラス除けグッズ」をネット?と思ったが、他の野鳥も
来なくなる上、無粋。 そういえば近所の土手も、信濃川河川敷も、野鳥の絶対数が年々
減っているのが気がかり。 至近距離の田畑20反も住宅地に変わってしまったがこれも小さな
緑地の我家の庭のテリトリー争いの激化の理由?仕事から離れ、自然と向合う機会が多くなると、
今まで見ても見えなかった自然に触れあうことが多くなる。地方の良さは、軽井沢、那須などに
行かなくとも触れ合える! ますます御隠居生活に慣れてきている。
・・・・・
4512, 閑話小題 ーつれづれなるまま
2013年07月24日(水)
   ―つれづれに―
 人生も、あと二年もしないうちに古希。杜甫の詩、「人生70 古来 希なり」の年齢になる。
後悔も、満足感もさしてない。人生の終わり間近には必ず後悔の念に支配されるという。 
実際に、こんな時代の断層を経験をするとは思いもよらなかった。それと地球の絶景をこれほど
多く見ることが出来るとは・・ 日進月歩の情報端末の進化が、日常生活を変えるとは・・ 
 終戦直後に生を受け右上がりの時代を40歳半ばまで経験し、その恩恵を受けた。 
そしてバブル崩壊と、9・11テロ、リーマンショック、2011年の東北大震災、の三つの経済・自然
震災で、世界が更に変わった。それがあっても良い時代であった。 団塊世代の一年前に産まれ、
時代の恩恵を十分に受けてきた。 バブル崩壊と、新世紀21世紀の時代変動の中で、何とか
ソフトランディング?が出来た。「時代のめぐり合わせが良い世代は、最後までハッピー」
という説がある。現に同年代の人たちは、大方が恵まれていた。 2〜10数歳年上の兄姉達は
戦前・戦中時代派。 時代の価値観に大きく影響されているのが見て取れる。 両親が明治生まれ、
叔父叔母は明治・大正時代に、兄姉は、昭和1桁生まれから10年代。それぞれの時代に大きく影響
されている。それからすると、私は「終戦生まれで、高度成長期育ち、最後は、その崩壊で御終いの
人生」。そして、日本の本格的衰弱を目の当たりにして最期を迎える。 長生きをするほど、辛くなる。
   ーいま、ドラッグストアが面白いー
 最近の中小のSCには、スーパーの横に、必ずドラッグストアが並んでいる。
スーパーは生鮮三品を周囲のメイン通路に配置、挟むように日用品と、袋物食品などを配置している。
酒とツマミの買出しに週一、SMと、ドラッグストアに通って二年になる。 そこでは地元スーパーと、
全国チェーンのドラッグストアとの非生鮮食品と日用品をめぐる激しい戦いが見て取れる。
更にSCの入口近くに、コンビニが出店、両者の隙間をつく構図になっている。ドラッグストアも、
ここで色いろ模索をしている。 近くにある3つのチェーンが同時に、食品コーナーを二倍ほど拡張、
98円均一の小パックの単身者向け?コーナーをつくった。 企業規模と、小回りをきかせた、
それぞれの特徴を備えた本格的な戦いになっている。 酒あり、生鮮あり、缶物食品あり、
パンコーナーあり、冷凍コーナーあり、である。 消費者も商品と値段に敏感になっている。 
県内最大の「コダマ」も、いつの間にか、全国チェーンの傘下になっていた。
これに消費税のアップが控え、小売の最前線は更に熾烈な戦いになる。
・・・・・・
4138, 元始、ママは太陽であった ー1
2012年07月24日(火)
 ある雑誌の「元始、ママは太陽であった」都築響一、のスナック・ママのレポートが面白い。 
  ーまず、その一部を抜粋するー
≪ 「スナックの良い店の見分け方がありますか?」と聞かれるが、そんなのがあったら
苦労してないです。スナックのドアがああなっているのは、そこが家庭だからだ。「家庭的」
じゃなくて「家庭」。あのドアは店のドアというより、ママなりマスターなりと、常連さんたちがつくる
「家」のドアなのだ。ドアがガラス張りで、中の暮らしが丸見え、なんて家はあんまりないでしょう。 
ママやマスターという「家長」がいて、常連さんという「家族」がいる。僕みたいな一見の客は、
知らない家にお邪魔する人間としてドアを開け、奥のほうで和んでる一家に「僕も混ぜてもらっても
いいですか」とお願い、「まあ上がって飲んできなよ」とか言われて上がりこむ。
ちゃぶ台やコタツのかわりのカウンターで肩を並べて飲んで歌って、そういうのを2、3回も
繰りかえせば、知らないうちに家族の一員になっている、スナックとはそういう場所なのだ。
だから長いこと営業しているスナックでは、ママやマスターと常連たちが、やたらとバーベキュー
だのボウリング大会だの栗拾いだの一泊温泉旅行だのに行ったりする。
どんなに歴史があるところだって、レストランやショットバーがそんなことをするだろうか。
飲食業にもいろいろあるが、スナックという業種は、開業するのがいちばん簡単な飲食業でもある。
飲み物と乾きもの出すぐらいだから、調理師免許もいらないので、一日講習を受けて食品衛生
責任者の資格を取って(よくカウンターの隅とかに青い板が貼ってある、あれ)、保健所に
食品営業許可、警察に酒類販売のための風俗営業の申請をすればいいだけ。
あとは毎月の家賃と、お酒とつまみと氷代と、カラオケのりース代を払えればやっていける。
バーやキャバクラみたいに女の子を何人も雇うのでなければ、人件費もかからない。
料理店とちがって食材の心配をする必要もないから、商売としてリスクは、他の飲食業と較べて
ずいぶん少ない。そのかわり、儲らない。スナックでお客さんが払う金額というのはふつう、
キープポトルを飲んで3000円から5000円ほどだ。最近では、それくらいで飲み代、歌い放題という
店もたくさんある。ドリンク代を考えれば、カラオケボックスより安上がり、なんてこともある。
それで一晩に5人か10人、常連が出来れば上等という店がほとんどだから、お金儲けのために
スナックをやってるママやマスターなんて、日本全国にひとりもいないのではなかろうか。≫
▼ 20歳頃から現在まで46年間、スナック、居酒屋で酒を飲んできた。20代後半から30代半ば
までは、仕事に没頭していた為、スナック通いは少なめだったが、それ以外は、月に二回は通って
いた。だから、上記に書かれているのは全国津々浦々、殆ど同じということがよく分かる。
男は傷ついて誰かに慰めてほしいが、連れ添いは「ツレナイ」ため、外のママ様にお上手を言って
欲しいのである。女の子を置いている店は、クラブの要素を入れて、疑似恋愛空間をつくって
お客を呼び寄せる。アルバイトや、酒好き、男好きの女性を客に如何に集めるのもママさんの腕。
それもこれも、采配一つで店の盛衰が決まってくる。ただ一つ絶対的基本がある。
 店は綺麗に磨きあげておくこと。愚痴を言わないこと。客の悪口を言わないこと。
プロ筋の店が少なくなってきた。客もだが! ーつづく
 ・・・・・・
3772, 閑話小題
2011年07月24日(日)
  * タレントは日本特有の職業人
 NHKのBS番組「クール・ジャパン」で、各国の外国人が日本のテレビ番組に特殊性を語っていた。
日本のTV番組は、それぞれの国からみると、過剰なぐらいサービスが徹底していて、特にバラエティー番組に、
その傾向が見られるという。そこにはタレントと称する職業があり、何でもこなすマルチ的才能の職業がある。
  ーそこで、タレントをウェブ辞書で調べてみるとー
【 俳優や歌手以外で、その才能・個性をセールスポイントにTVやラジオに出演して活躍する人を一般に「タレント」
 といいます。 バラエティーやクイズ番組に出演している司会者、リポーター、コメディアンなどをさすことが多い。
プロダクションに所属してチャンスをつかむほか、街を歩いていてスカウトされることなどもある。いずれにしても、
きっかけをつかむ運と、魅力あるキャラクターを持っているという、生まれついての素養が重要となります。】とあった。
このような職業は外国では存在しておらず、日本固有のものという。また、日本のようなバラエティーも特殊であり、
そのテーマに教養を取り上げることなど外国では考えられない。その意味では、日本は遥かに外国を凌いでいるとか。
もし、それぞれの専門家が、それ以外の番組に多く出演しただけで、仲間内で馬鹿にされる土壌がある。
教養番組に出演する時は、背広を着て、厳しい雰囲気が常識。 ゴールデンタイムに、教養的知識を面白おかしく
番組が構成されるなど有得ないといか。お笑いなら徹底的にお笑いに徹するのが習い。 タレントという存在、
そう言われてみれば不思議である。タレント教授、お笑いタレント、元プロ野球タレント、タレント代議士、マスコミ
出身タレント、など不思議といえば不思議な存在である。専門職で名をなした人が、そのキャラでバラエティーに出て、
その場を盛り上げる一員である。そういえば、公道で通行人がインタビューをされた時、多くの人が堂々と受け応えする。
一億総タレント化の様相でもある。 しかも今度は携帯電話がパソコン化されてきた昨今、ミニブログなどのツイッターで、
誰もが情報を発信できるようになってきた。その中で、色々な方面の多種のタレントも出現始めてきた。面白いといえば
面白い時代、総白痴化と否定だけはしてはいられない。 それにしても、TVの露出度が高い低いで、その人気度が
はかられる時代、変といえば変である。    バカタレ!
 ▼ NHK[クールジャパン」HPより
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)
 ・・・・・・・
3407, 人みな骨になるならば ー15
2010年07月24日(土)
 * 心理学が自虐 
(−P199) もしフロイトの「発見」のうち、後世によって葬られず引き継がれるべきものがあるとすれば、
それは人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、しかもそのことに自分自身で気がついていないという、
つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。われわれの無意識はわれわれに信じたいように信じさせる
傾向があり、しかも、その操作をわれわれに気づかせない。ということは、われわれが信じていることが、信じざるを得ないことか、
単に信じたいことか、わわわれには判別できないのである。 いったんこの思想に感染してしまうと、以後、人間は自分の判断を
無邪気に信じ込むことが出来なくなる。 それまで気づかれなかった自分の暗黒面を知り、受け入れ、引き受けることで
初めて精神的な健全さが回復されるとするフロイト以後の治療論仮説は十分実証されているわけではない。
なぜなら、そうした「無意識」の洞察なしでも治療効果が得られる心理療法や薬物療法がいくつも知られてしまったからである。
とはいえ、われわれの「無意識」が、まるで別の生き物のように、意識的な感情や記憶や判断を本人の知らないうちに歪ませるのを
勘定にいれておくことは、いくばくか愚行を防止するのに有用なはずである。目常生活において、おいしい儲け話に飛びつくことが
危険であるのと同様に、世界や人生に関する認識においても、自分たちに好都合すぎる筋書きには眉に唾しなければならない。
願望充足をたくらむわれわれの無意識が、そのように誘導しているのかもしれないからだ。
 フロイト以後、いやしくも十分知的な教養人は、何らかのムシのよさを備えた世界観や欺瞞の人生観を受け入れがたくなった。
・話がうますぎるような信念は自己欺隔であり、
・自民族や人類だけを特別視する思想は単なる願望思考の産物でしかない。
・輪廻転生は「死んでも命のあるように」という見苦しい未練の現れで、
・極楽往生は現世の不如意を慰める童話である。
・文明をもった宇宙人の存在を信じたがるのは人類の孤独をごまかしたいためであろうし、
・超能力への期待も味気ない現実から目をそらし繍時の夢を見たいがためなのだ。
▼ 上記の中にも、多くの示唆がある。フロイトの「人間が認識において都合の悪い現実よりも快い虚偽を愛し、
しかもそのことに自分自身で気がついていないという、つまりわれわれは自らの「無意識」を信用できないのである。
 (字数制限のためカット 2012年7月24日)
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3032,青年と成年の境目
 2009年07月24日(金)
 青年と成年の境目とは何だろうか、何度か考えたことがあった。
「就職をし、結婚をして家庭を持って落ち着き先を見出した時」とは思っていた。
 開高健は以下の文章は、そのあたりを明快に書いている。
  ーまずは、その部分より
【「青春」という言葉があります。私なりに定義をすると、「自分の気に入った、自分の適した職業を見つけるまで、どんどん職業を
 変えていける条件と心のある時期」を「青春」というんじゃないか。 職業を選んでしまうと、それはもう青春ではなくて「青」が
「成」という字になる。職業を選んだときからアダルトになるじゃないですか。  (佐治敬三氏との対談より)】
 成るほど、その通りである。そうすると、私は34歳までは青年だったということだ。考えてみると、そうかもしれない。 
 青春は、理想を求め彷徨い漂っている時期をいうのである。それでは、中学校を卒業して就職し、一途に仕事をしてきた人には
 青年期は無かったというのか? その辺の判断は非常に難しいが、如何だろうか? そのファジーな部分からみると、人生に希望を
 持って具体的に行動をしている人が青年期というのだろう。 一生、足元を踏み固めずに、夢見るオノコがいるが、彼を万年青年とは
 いわない。万年青年という言葉には、深い教養の上で理想を追い求める人をいう。人にとって、その職業の占める位置は大きい。 
 連れ添いと同じぐらいといって良い。力=仕事、愛=家庭、知=教養とすると、青年期は、それぞれのカタチを模索し
 吸収している時期をいう。 見っともなく、ボロボロで、大きく変化をしている時、だから光輝いているのである。 
 成年期は、その光を失った時というと、そうでもない。仕事や、家庭つくりに全身をぶつけている違う輝きが出る時である。 
 そうこう考えると、就職と、結婚が大きな境目といってよい。 自立した時が成年にアップスケールした時である。
 心は何時も青年だが、身体は老年になっていく。諦念するしかないか! ところで、青年期も、成年期もない人がいる。ドッキ!
・・・・・・・・・
2667, 結論で読む人生論 ー3
 2008年07月24日(木)
 今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。今度、図書館に行って今の本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分?か。 
 とにかく、面白い。何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。自分を、くそ坊主と割り切れば、
「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題いえる。自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。
  −ー
「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」
「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」「てめえがみじめそのものなんだよ」
「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」
「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろうが」「ぶっ殺してやりたいよ」
「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」
「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり愛情であるんだ」
「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、てめえが不幸になる方がいい」。
極めつけは、これ。
・「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちになれ!そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、
 まず己を空しゅうして、謙虚になってひれ伏す。愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、女を愛することもできないし、
 女にも愛されない」。 「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」という二十一歳の学生の質問。利いた風な
 ことをいう者には東光は容赦ない。「バカとちがうか、こん畜生は? 生きているのに“生きる義務”もねえもんだ。 いやならとっとと
 死にゃあいいだろう。 そんなこっていっぱし物を考えていると思ってるのはバカだよ。生きるのは何も義務でもないし、運命でもない。
 オレたちは命のあるだけ生きるだけのことだ。努力によって生きてるわけでもありゃあしねえ。それでどうせ死ぬんだとか、あとには
 何も残らねえとか、そんなくだらねえことを若い身空で考えてよう。たしかに残らねえよ、おめえみたいなバカ者は! 
 その生きる義務とやらをさっさと放棄して死んじまえ! ──『極道辻説法』
おなじように、「人生ってちっとも面白いと感じたことがない」「つまらなかったらさっさと自殺していいんだと思う」十九歳の学生に。
「自殺より、最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、『おまえの人生、つまってるか?』って。
(2014年7月24日 −字数制限のためカット)


4878,閑話小題 ーインコのプライド?

2014年07月23日(水)

   * インコのプライド?
 ストレスで、週に一度は狂ったように籠内を飛び回る。ヒステリックである。
二日前のこと、ヒステリックに飛び回っていた時、水飲み場に身体全体が落ちて
しまい全身びしょ濡れ! その姿を家内と笑って見たところ、怒って拗ねたのか、
駕篭の一番奥の物陰で睨みつけ、半日、何度も呼びかけても出てこない。 
プライドが高く、少し叱ると、少しの間、無視などで怒りを現すが、今回は半日も
拗ねていた。鳥にも三分?を改めて確認した。ラクダも失敗で叱られた場合は
納得するが、理不尽の怒りには、根に持って何か機会に攻撃するとか。
 懐いたペットは、飼主の露出した魂そのもの。下手な?家族より親しみを持つ。 
  ーネットのペット川柳よりー 特に1、7、12、14、19は? 家庭内で・・
 < 1、 挫折して ペットに学ぶ 処世術 (ひまわりさん)>   〜よしよし(,^^)/(-_-;)〜
 < 2、 散歩中 愛犬モテキ 俺ボヤキ  (婚活男子さん)>
 < 3、 似てますね 嬉しいけれど ブルドック (ゆずママさん)>
 < 4、 家出した 猫が太って 帰って来た (あきちゃんさん)>
 < 5、 犬だけど おやつの時は 猫かぶり  (蘭璃さん)>
 < 6、 まだ残る ローンの柱 かじる犬  (らくちゃんさん)>
 < 7、 飼ってます 犬・猫・鳥と 虫・夫 (りのんぱさん)>   
 < 8、 パパの背を 見たからできる お手と待て (良馬さん)>
 < 9、 まっしぐら 犬も子供も 妻の膝 (伊那のザザムシさん)>
 < 10、 鎖より 絆でつなぐ うちの犬 (おたふくまめさん)> 
 < 11、 ほれ投げろ!遊ばれてるのは我が主人 (醜いカラスの子さん)>
 < 12、 ご飯まだ? ペットにエサやる 妻に聞く(まつながともふみさん)>
 < 13、 もの言えぬ 君は夫婦の 司会役 (犬猫主夫さん)>
 < 14、 妻娘 俺はタローと 連立し (びわこ鯰さん)>   
 < 15、 会釈され 連れてる犬で 思い出す (多国籍さん)>
 < 16、 愛犬に 脛を齧られ 親想う (多国籍さん)>
 < 17、 ペットだけ 動かす妻の 重い腰 (さごじょうさん)>
 < 18、 元彼の 名前と知らぬ 旦那様 (まささまさん)>
 < 19、 ペットより 先に逝ってと 妻が言う (クジラさん)>   
 < 20、 プラズィオン ペットのそばより 俺の横 (はるやすさん)>
▼ どれもこれも切実な問題? 7の< 飼ってます 犬・猫・鳥と 虫・夫 >の、
「犬・猫・鳥と」を「ペットのピーコと」に置換えると、まさに家庭内の私の立場!
・・・・・・
4511, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー6
2013年07月23日(火)
              『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著
 著者は「・・・延命措置をお断りします」の宣言だけでは不十分と、自分の事前指示書を作成している。
まず事前指示として、以下の項目をあげている。内容は医師であればこその内容で、そのまま雛形に
すればよい。これを機会に、ブログに書き残しておくつもり。ほぼ著者の指示書を咀嚼するだけだが・・
 ーまず、その部分から抜粋
≪   ー延命措置事前項目ー より
(1) 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内挿管など)  (2) 気管切開
(3) 人工呼吸器 (4) 強制人工栄養(鼻チューブ栄養、胃瘻による栄養、中心静脈栄養)
(5) 水分の補給(末梢静脈輸液、大量皮下注射) (6) 人工透析  (7) 輸血
(8) 強力な抗生物質の使用  (9) その他
  次に事前指示の項目(表4参照)とは何かについてお話ししていきます。
 � 心肺蘇生(心臓マッサージ、電気ショック、気管内拝管など) 心臓や呼吸が止まった時に
行う治療手技です。  両手で強く胸の真ん中あたりを圧迫して心臓を動かそうとするため、
肋骨骨折は、当然起こります。 また、心臓が細かく震えた状態(心室細動)で有効な血液を
送り出せない場合、これを改善する目的で電気ショック (AEDはこれです)を行います。
口対口で肺に空気を送り込んだり、手動のバッグを使う場合もあります。
 さらに、気管内に管を入れ、アンビューバッグで空気を送り込んだり、人工呼吸器に
連結したりします。 ひとたび心臓が止まったり、有効な血液量が送り出されないと、酸素不足に
極端に弱い、脳の神経細胞がやられてしまい、再び心臓が動き出したとしても、その杜絶した
時間の長さによって、脳死や植物状態になって蘇ることになります。
 私は、一度心臓が止まれば、原因の如何を問わず寿命と考えていますので、AEDなどは、
平にご容赦というところ。溺れた子どもなどには、有効な場合もあるが、生きものとしての賞味期限の
切れた年寄は、考えてみるべきでしょう。
 � 気管切開  痰が多く詰まって窒息しそうな場面や脳死の場合に、のど元に穴を開けます。  ・・以下略 ≫
 ▼ 生々しいが、それでも、元気のうちに意思を示しておいた方が良い。特に(1)などは絶対にして欲しくない。
  (2)の気管切開、(3)の人工呼吸もである。(4)(8)も一時的ならまだしも!生かしておくだけの延命は、
  お断りである。死亡解剖も一切、お断り。臓器移植も駄目。今まで、家族とこういう内容の話をしたことがないが、
  ブログの分類のコーナーに項目をつくって書き残し、正月で集まった折などに話うつもりである。下手に5年、10年、
  生かされたくはない。次回は、著者の事前指示書を考えてみる。 まだ、早いと思うが、本来は還暦までにすべきこと。
・・・・・
4137, 大方は40歳で右下がり
2012年07月23日(月)
   * 男は40歳でポンコツ化の曲り角!
 少し前の週刊SPA! になるが ≪40代会社員のポンコツ化が尋常ではない【証言集】≫があった。
  ー それは、「40代会社員の劣化メカニズムを徹底解明」特集で、劣化事例を紹介していた ー  
・「バブルの頃は良かった。友達の付き添いで行った面接で受かったりしたもん」と自慢話を連発
・「係長(男・45歳)という役職なのに、部下のミスは部下のミス、絶対に尻拭いをしてくれません。
 ランチに誘われても必ず割り勘。なぜこいつが係長になれたのか、我社の七不思議」(代理店・28歳)
・「IT関係の職業なのにも関わらず、僕の上司(男・46歳)はファイルの圧縮さえできない。
 Excelの関数はおろか操作もままならない」(SE・25歳)
 ポンコツ40代を見ていると、「自分はこうにはなりたくない」と誰もが強く思うはず。
しかし心理学者の和田秀樹氏は「人は40代になると必ず劣化します」と断言する。
▼ 現場の一線に立っている人も、管理職としての能力も、30歳代までで成長は終わると、いわれている。
 私の事業人生を振り返っても、右上がりが40歳まで、後は下降?、その後の判断した結果は、右下がりの起因をしたものばかり。
 40歳の頃、富士銀行に勤めていた高校の同級生が支店長への出世コースから外れ出向になったっと聞いて驚いたことがある。
 激しい競争社会では、その辺がピークということ。結局、先が見えエネルギーも出し切ったところで、外に出さないと、
 組織そのものが弱体化する。その頃が厄年として男も女も大病や人生を揺るがす事故や失敗が起きてくる。 逆に、その辺に
 予定挫折として前向きに自分から転職・転業などの節目をつくる方法もある。その意味でも、男の一生は大変だ。
 への字の右上がりから、下りのテッペンが40歳。下がりきったところで少し右に流れたところが65歳以降。 少し長い?
 とすると、最近は80歳以降か。40歳右下がり説からすると、ピークを維持するため何かを学び続けなけばならないことになる。
 戦後日本を一人の人間と喩えてみると、1985年のプラザ合意が明らかに右下がりの決定事項。そして、現在66歳とすると、
 自分そのもの。4年前のリーマンショックが、次の大きは節目で、その大津波が今年末、日本と世界を覆い尽くす可能性が高い。
 ・・・・・・・
3771, ユング ー10
2011年07月23日(土)
   * ユングのいう、能動的想像とは? 
  ーあるブログに、能動的想像法の要約があったー
 { 能動的想像法は、睡眠と覚醒の中間の状態で、一種の夢想状態に近い。 眠りと覚醒の中間、眠りに落ちるすんでで留まり、
  意識を持ちながら夢の中を観察するような、そういった状態。ただし、そこでは、あくまで観察するだけで、干渉はしない。
  願望を叶えるために夢を操作するような、そんなことはしません。魂ともいえるものが自由にしている状態を、ただ眺め、観察する。
  この時重要になるのが、記録。これは、単に書き留めるだけに留まらず、それは一種の表現になる。書き留めたり、絵に描いたり、
  粘土で作ったり、踊ったり、歌ったり、演じたり、また信頼できる人に話したり、そうすることで、無意識の闇にあったものが
  命を持ったまま、現世に顕現するのです。そうすることで、こちら側に生きる我々が、こちら側に生きながらあちら側に参加する、
  そんな感じになってきます。それが魂の体現の一部となる。 人間を豊かにし、特に現実問題と十分に向き合ってきた中年期・
  老年期の人たちに対しては、今までになかったものを与えてくれたり、今まで見逃していたものに、気づかせてくれたりします。}
 ▼ なるほど、面白い。 この実例が〈ユングー地下の大王 ーコリン・ウィルソンー 〉にあった。その幾つかを、次回に
  コピーし考えてみるが、あちら側は、あくまで能動的想像をしている本人の潜在意識の世界である。いや、更に深い共同意識の世界か。
  意識を持ちながら夢の中を観察する状態で、魂を眺めているのが能動的想像ということ。子供時代の頃の夢を見ている時の
  マドロミ状態が、こんなものかもしれない。ユングは自分に、この能動的想像力があることに気づく。フロイトとの仲たがいなどで、
  自分の精神が崩壊の寸前に至り、精神病者が苦しんでいる妄想を垣間見ることができた。その一つに「血のなかに溺れかけた
  欧州の幻覚が、翌年の1914年に現実になり、その幻想は間違ってなかった認識をえたのは幸運だった。
  作家の創作も似ているが、あくまで、これは潜在意識の観察であり、本人の魂の開放である。重なっている部分は、主人公の
  魂の開放を通して、読み手を満足させようとするところ。 (全ての小説が、そうとは限らない。)
   ところで、過って行ったことのある世界の旅先を、毎日のようにTVで放送している。実際に見てきた以外の所も映し出す。
  そうすると、当時に立ち返り、そこに自分が行っているような奇妙な感覚になる。これも、能動的想像法の一つになるのか?
  老人が過去の思い出に浸っている時、心は能動的想像の世界に入っている? だから、勝手に孤独な老人と決め付けるのは間違い。
   この年齢になって分かったことは、行蔵にあまりに多くの経験があることだ。
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3406, この国の終わり ー3
2010年07月23日(金)
 * 「転ばぬ先の杖」こそが知性の原点
 恐怖と不安は鋭敏な自衛感覚を育て、それによって人間である限り永遠に尽きることのない敵に対処することこそ、人間の知の原点。
その典型的な形が、外交をはじめとし、最後の原爆投下にいたるまでのすべての闘争における攻撃と防御のストラットジーである。 
恐怖は考えの母であり、不安は考えの教師である。考えた結果を個人的な知性に転じるという能力もまた、疑うという能力をも
持っていなければ達成できない。疑いの度合いが深ければ深いほど、そしてその疑いの解答が明晰であればあるほど、人は賢くなる。
「何故」があり、「何故なら」がある。 西洋哲学は恐怖と不安への疑いが原点であり、西洋宗教も同じである。
それが日本人以外の人間たちが持つ知性である。 一神教的知性なのだ。 賢い人、とは、知性があるということを
古風に言った言葉である。ただの「物知り」とは違う。知恵者とも言った。知恵は智慧とも書く。・・・・
▼ー感想  知性とは、モノゴトを知っているということでなく、恐怖と不安を感じ取り敵に対処する人間の原点を
 わきまえ知ることである。 持っている知識を、それに対処する智慧を知性という。言われてみれば、当たり前のこと。
(字数の関係でカット2012年7月23日)
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3031,卒業40年周年か〜 −3
 2009年07月23日(木)
* 奥野君への手紙          (今日、本人の手元に届く)
 学卒40周年記念に参加をしてクラスの名簿に貴君の名前をみて懐かしく、手紙を書いています。 
卒業前の半年間(S43・9〜44・2)日記をつけており、それを20数年前に倉庫の隅から見つけ出しました。 
書いたことすら忘れていたので、タイムマシーンで当時に戻ったような気持ちで読み返しました。 
8年前に始めた私のHPの中央の下にある分類のブログに書き写してあります。ブログに同月同日に毎日載せたものです。 
従って、毎年半年は、当時の日記を毎日読み返しています。その時に、貴君が、あの馬小屋のような寮に卒業間近かに
訪ねてきて、これから社会に出るにあたって多くを語ったことや、佐渡に広瀬君などとご一緒したことを思い出しています。 
 先日の会では石川譲治君や、服部学園の園長の染谷(服部)、川村、福田君などの顔が見受けられました。 
その前日に銀座に合気道の面々が集まり、一杯やりました。 三崎、木矢、伴、鈴木(加藤)、高杉です。 
三崎さんは10年前まで、新潟に16年近く転勤できていて、2〜3ヶ月に一度のわりで古町などで酒を飲んでいました。 
 ところで私は、その後    
・ジャスコに一年在社後に、 ・産業能率大学に途中編入をし、・その後金沢の「いとはん」(ジャスコに吸収)に一年半在社、
・千葉の郊外に貸しビルをつくり、その中に居酒屋の養老の滝のFC店と、やはりFC店の焼きたてのベーカーリーを
 二年間従事(その当時に結婚) ・家の事情で実家の事業(衣料量販店と衣料専門店)を5年間従事をし、
・34歳から新潟駅前でビジネスホテルを30年近く経営をしています。
 2001年の9・11のテロと、去年の9・15の金融恐慌以来、苦戦をしていますが、何とかやっています。どちらかというと、
創業屋的な人生だったと思います。30歳前半までに問題を吐き出し、後半は、それまでの勢いで何とか辿り着いたというところ。
 ところで、貴君の住所をグーグルアースに入れてみたら、仙台空港の南10キロほどの漁港のようなところで驚いています。
資生堂に入社して、都会にドップリと浸かっているかと思いきや、その正反対の場所で。 
実際のところ、東京のアスファルトジャングルなどより、遥かに良いことは、新潟飛行場の周辺をみれば分かります。 
それだけでも良い人生を過ごしてきた貴君の姿が目に浮かびます。(それぞれに価値観があるでしょうが) 
何かチャンスがあったら、会うのも面白いでしょうね。 それでは、お元気で。 
あの日語り合った、延長の気持ちで思いのまま書いてみました。   2009年07月22日     堀井八郎  
 追文)8年前より、ブログを開いています。 暇のおり覗いてください。検索に堀井八郎を入れると出てきます。
   当時の写真や、先日のクラブや、同級の二次会の写真があります。 
   分類には当時の私の日記があります。  〜 22・23・24歳の日記のコーナー〜
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2666, 結論で読む人生論 ー2
 2008年07月23日(水)
 ー三十年ぶりの、今東光の毒舌ー
順不順でなるが {第6章 人生の価値、人生の意味ー なにはなくともこの糞坊主ー今東光}
が面白い。 久しぶりに今東光の毒舌にお目にかかった。亡くなって30年近くも経つだろう。
  ーまずは、その部分ー
 人生なんて、そんなにむずかしいものか。じつにさまざまな考えがあって少々、食傷気味である。もしかしたら、
人生論が人生をむずかしくしているのではないか。たしかに人生には山があり谷がある。悲喜こもごもである。
だが結局、生まれて、生きて、ただ死ぬだけのことではないか。どう生きるかは、それぞれの計らいでいいではないか。
ここまで見てきた人生論はあまりにも近寄りがたいし、荒唐無稽すぎるし、立派すぎる。もっとスカッとしたものはないか、
とお嘆きのあなた、これがあるのだ。 その男が生存中は、なんだこの濁声の坊主は、と多少の反感を持っていた。
が、わたしはいまでは今東光を尊敬している。 そう、今東光和尚である。 聞いていただこう。
 *「正しい人生」とか「何とかの人生」なんてものはないよ。本人にとっての人生しかないんでね。
自分にとっての人生しかないんだ。おめえが十八なら、「十八の人生」というものしかないよ。
それしか、オレは言いようがないね。(略)だから、自分にとっての人生で、自分が、これが正しいと思って闘って、
勝つか負けるか、これだけだよ、人生なんて。         ──『毒舌身の上相談』集英社文庫
 *「バカ正直だと損をする。もっとずるく悪賢く立ち回れ」なんてよく人が言うけど、その言っている野郎が、
ずるく悪賢く立ち回って成功しているかっていうと、絶対にそうじゃねえんだな。そんなのはダメなんで、真実火の玉に
なって人生を渡っていって、社会にぶつかっていくんじゃなけりゃあダメだよ。人がよすぎて結構じゃねえか。
そんなタワ言ぬかすような野郎なんぞ相手にするな!─同書
 *「人生始めたばかりでスランプに落ちたら、死ぬまでスランプだぜ、この馬鹿野郎!」「おめえみてえな
 野郎は一生、女を本当に愛することができねえよ。女を捨てて自慢してるような野郎は、人間の屑もいいところだ」
「そんな夢みたいなこと考えてねえで、てめえのキンタマのフクロのシワでものばしてた方がよっぽどましだ、この野郎!」。
  ー                                     ──『極道辻説法』集英社
 *二十三歳の学生が近所の中三の女学生の家に半年間、毎日毎日いたずら電話をかけた。
 どうしても彼女に自分が好きだということを知ってもらいたい。おれはどうしたらいい?
 自首すべきだろうか、という質問に対する傑作回答
「 自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん。死にな。二十三歳にもなってそんな電話かけたりするバカなら、
 自首するより死んだ方がいい。自首すりゃあ、恥をかくからね。恥かくより死んだ方がいいよ。切に自殺をお勧め
 いたします。  (字数の関係でカット2012年7月23日)


4877,閑話小題 〜大相撲の立ちあいに、肘打ち!

2014年07月22日(火)

   * 昨日は、初孫の顔を見に東川口に!
 生まれたばかりの孫の顔を見に川口に行ってきた。私が8人兄姉の末っ子もあって、
実子の生れた時も、子供の扱いが苦手で、戸惑った。 昔から孫自慢を聞くが、いま一つ
ピンとこなかった。中・高校の同級生で、離婚や死別を切っ掛けに県外の嫁ぎ先の近所に
引越していった人が知っているだけで三人もいる。
それだけ孫が可愛いという。 で、昨日の感想は、「成るほど!」である。
 名前がスケートの浅田真央からとって、愛央(まお)。その顔が真央そっくり! 
彼女、金メダルを取れなったため、暗いイメージがついたが、愛嬌があり美人。 女の子は、
美しいか、そうでもない? では雲泥の差。半分?は決まってしまう。 これで、一つをクリアー
したことになる。 ご対面の時、家内が「今の子供は、みんな可愛いらしいね」と息子に言うと、
「実は、そうでもないんだよ!」・・
 話が変わるが、その後、大宮駅まで見送りに来た息子と三人、居酒屋で晩餐をすることになった。
その時に、息子が歩きながらスマホで電話予約。「知っている店?」と聞くと「知らない!」と、
歩いていく。そこで「検索のキーワードは何?」と聞くと「大宮駅、居酒屋、個室、予約」。
スマホのGPSが、道筋を誘導し、遊歩道を2〜3分歩いた飲食ビルの9Fへ。
その間、僅か5分!探したり、迷う余地ゼロ。丁度良い店であった。 
それにしても時代は変わったものである。
   * 大相撲の立ちあいに、肘打ち!
 エジプト人の若い力士が、ここで二日続けて金星をとった。よく見ると、立合いの出あいがしら、
肘打ちを相手の顎に全身で叩きつけている。これは、厳禁の握り拳で殴るより危ない打撃系格闘技。 
連続して負けた二人の横綱、それを恐れ自滅した相撲内容。 近々、禁止?これは一種のカテゴリー
キラー! モンゴル人の横綱が、その地位を利用して格下力士に張り手をしているが、これも
打撃系の軽いもの。最近では平気で、横綱に張り手をするツワモノもいる。 
格闘技のカテゴリーキラーといえば、柔道がある。ロシアのサンボや、レスリングの技を柔道の
持込んで、柔術から生まれた「柔道」に対し、 レスリングの「倒して背中を付ければよい」
という考えを取り入れた「JUDO」になっている。このため本来の柔道の姿が変わってきた。
大相撲も、時代の流れをふまえ、規則も変えるべき時? いや、何でも有りが面白い?
・・・・・
4510, どうせ死ぬなら「がん」がいい ー4
2013年07月22日(月)
             『どうせ死ぬなら「がん」がいい』近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著)
 今まで大半の日本人には「命の長さが絶対」という思い込みがあった。医師も最大限生かそうとし、
家族に示そうとした。また日本人には死に目に立会うべきという通念があり、家族が集まり、
最期を看取るのが価値あることと信じていた。でも、それは本人にとっての幸不幸でなく、一種の
儀式のためで、家族はモニターの波をみていて死にゆく人をみていない。当人にとって延命は
苦痛そのもので、「孤独死」でしかない。 以下の項目も、辛辣な医師と家族への批判だが、
こんなもの。
    * 第三章 日本人と死
・死に目に立ち合う症候群              ・臨終のすったもんだ
・胃ろうと「生かすことはいいことだ」        ・1時間かけて食べさせるのは愛情? 拷問?
・生死も「長いものに巻かれろ」           ・自然に死ねる「野垂れ死に」「孤独死」
・90歳過ぎるとだれも遣骨を取りに来ない       ・死後の始末を他人に頼むには、金がかかる
・「香典医療」で死ぬ前の数ヶ月に大金を使わせる   ・余命6カ月エクササイズ
・日本人は自分で決められない            ・無言の「若さ圧力」「健廉圧力」がすごい
・「平穏死」と「胃ろう」              ・がんの治療やーめた
・がんを放っておくと家族がうるさい         ・薬師もにわか軍医も医者に昇格
・放射線科で一生懸命になった理由…         ・昔の「自然死」「老衰死」は大部分、がんだった
・モルヒネは太古からの痛み止め剤          ・「在宅での看取り」への動き
・男が長生きしたら、老害でまわりが困る       ・カロリー制限しても寿命は延びない
・死にゆく姿を見せるのは最高の遺産         ・あなたは立派な患者だった
 ▼「野垂れ死に」「孤独死」が理想の死に方とは思いもよらなかった。一番恐れている死に方が、
 実は理想とは。 数年前に独り住まいの孤独死が問題になり、そのTVドキュメントを放映していた。
そこで、誰かが 「孤独死が悲劇というのは周囲の思い込みでしかないのでは?」と疑問視する
見方があった。家族に囲まれても、死に逝く者は孤独である。死に目の立会も、孤独死への恐怖も、
残されたものの思い込み。生き残るものは立場からして違うのである。哀しみの感情を満たすため、
当人の真の辛さが二の次。 で、逝く者は地獄になる。  やはり自分の延命に対する
「事前指示書」を示しておくべき。そうこう死に準備を考えると、65歳が引け時だったか。
・・・・・・・
4136, 閑話小題 ー日記は翌日の午前中に
2012年07月22日(日)
  * 日記は翌日の午前中につける
 ある本に、「日記文学は、平安期に栄え今も古典として残る名作が多くある。当時の貴族たちの多くは、
日記は翌日の午前中に書いた。つまり前の日の出来事を思い出して書いた」とあった。これを知ったのは最近のこと。
前日とはいえ、時間をおいて思い出すのは脳にとって良い上に、起きたことを冷静に見つめることができる。私は日記的
メモとして陰山手帳、10年三行メモ帳、フリー落書帳を、三冊持っており、数日以内に2〜3日分をまとめて書いている。
しかし翌日午前中に書く習慣化しておくのがベスト。改めて考えると手帳お宅、そのものである。内省的性格からして、
これほど自分を落ち着かせる習慣は他には見当たらない。朝4時過ぎに起きて、この随想日記の校正をしてブログに
アップし、ポタリングに出て、食事をしながらモーニングショーをみた後、風呂に入り、自室のパソコンの前に座って、
翌日分の随想日記内容の下書きを書いたり、読書をして午前中を過ごすのが日課。その中の空き時間にiPadで
週刊誌や、世界遺産などの写真集などを見たりしている。今までは、ポタリングの出発前の10分間ほどだったが、
9時過ぎに時間を移行することにする。それほどして書いたものを読み返すのは、ネットに上げた、これぐらいだが。
  * 父親のこと ー2
 父は太平洋戦争前までは、実家の老舗の古道具屋の二代目で、母親が嫁に来たときに父に聞いたそうな。
「家って金持ちなの?」、それに対して父は「資産が7万円位で、金持ちの目安が10万だから、金持ちではない」と。
そして10数年後に戦争が始まり、それから数倍にした財産の殆んどを無くしたという。しかし、その財産の一つが、
空襲で焼けた後の繁華街の四角のあり、そこで始めた商売が当たり一時的だが、全国にも知られた繁盛店になっていた。
父は戦前、道具屋をしていた頃に、その商売柄、津上退助、野本恭八郎( 野本互尊翁)など戦前・戦中の財界人に
フリーパスで会うことが出来て、年に数点の骨董品を買ってもらうだけで商売が成り立っていたという。
そのため世の動きに対する知識や教養が必要ということを肌身で感じていた。コンプレックスだけでなく、
子供には学問を身につける必要性は分かっていた。早寝、早起きがベースにあり、20時半には就寝、5時前に起床し、
新聞を読んでいた。綺麗ずきで、チリ一つ落ちていない家であった。晩年の趣味は骨董品の収集、旅行、株式、旅行。 
怒鳴ることは無かったが、その代わり強烈な皮肉が飛んできた。自分だけでなく家族に従業員に非常に厳しい人だった。
要する地味にして目立たないこと、自己主張をしないことが大家族の掟。兄姉達は、常に父親の顔色を窺って、
側には近寄らないようにしていた。その父親が亡くなったのは満70歳。 私も3年半後に、その歳になる。
ファザーコン、マザーコンは、人間の心の底に誰も抱えているが、その人の原点である。幼児体験は強烈な経験だった。
・・・・・・
3770, 閑話小題
2011年07月22日(金)
  * 時間でみる施設の使用料金
 スポーツセンターや、シネマを一時間あたりの使用料でみると面白い。
スポーツセンターは、月5980円。20日は通っているので、一日300円である。私の実感は三十分500円で、
二時間平均は滞在しているので2千円の価値は感じる。2千×20日=4万円なら行かないが1万2千円なら行く。
それにしても安い。知人が、「スポーツジムは一人当たり一回2千円の計算がベース。これに会員数と稼働率をかける」
と言っていた。私の選んだコースの場合、日・祭日を除いたコースで、特別参加の日払いだと一日2400円。
風呂、サウナ、プール、マッサージ・ルーム(マシーン)、ロビー、もちろんトレーニング・ルームありで、
10時から17時まで使い放題で300円は価値がある。 月に一度は行っているシネマは二時間で千円、一時間あたり
五百円なら充分に価値がある。最近のシネマはデジタル化のため圧倒的に画面も音響も迫力があり、別次元の世界に
我々を引き込んでくれる。年齢もあるのだろうが、スナックや居酒屋は、酒・肴などの飲み食いも入れてとしても
一時間あたり千五百、二千円からみると、圧倒的に映画の方が価値がある。 現在の不景気、ネット化、デジタル化で
情報量が日ごと飛躍的に増えていることにある。大相撲や、プロ野球、行楽地は現地まで行かなくても、家でパソコンや
TVで、情報や、現場感覚が実感できる。それも無料に近い値段で、である。スポーツ・センターも、よく見ると、
殆どマシーンである。映画も、現在では殆どデジタルでつくられている。 
考える時は考え、休む時は休む。その時に道具としてマシーンを使えばよい。 
・・・・・・・・
3405, この国の終わり ー2
2010年07月22日(木)
   * 考える遺伝子の不在 
 日本の現状に対して、殆んど誰も考えてない国家に絶望をしながらも、何とかしたいという著者の気持ちが伝わってくる。
これでも考えて生きてきたつもりだったが、この数年来、何を考えて生きてきたのか反省しきりである。
10年来の哲学等の学習効果が少し考えに厚みが出てきたが、そうすると人生全体に疑問を持つようになる。
こと日本人全体をみれば、ほぼ99パーセントは考えてないように見かけられる。「考えて何になるの?」という質問が帰って
くるのが落ちになる。 欧米、特に欧州では中学校の段階で哲学の授業があるという。考えるとは、陸続きの他民族の侵略の
恐怖や不安がああるからだ。 それを真剣に考える時に、それが立ち現われる。海に囲まれて当面の攻撃が考えられない
日本民族にとって、考える必要がそれほどないから、考えられないのである。
  ー 以下の、箇所は辛辣だが、的を得た内容である。ー  −P34 
 要するに「脳が足りん」のだ。 考えるー、という脳の機能が、少なくとも他の民族と比べ極端に欠乏している。
猫でももう少しましに考えて行動しているのではあるまいか。 それは一方において、日本人があまりにも鋭敏で潤沢な「感じる」
という機能を持っているために、考える機能のほうが圧倒され、脳の土俵から押し出されてしまったせいなのかもしれない。
つまり右脳と左脳、ロゴスとパトスの千秋楽の結果である。この事実への感慨は、母国の中の異郷、身寄りが一人もいない九州の
山中に住み着いたこの六ヶ月、日々ショックを新たにし、今日も変わらず、修正できず、ますます強まる一方である。 
 国家は芯の芯まで腐り果て、民族は脳死状態で、植物人間化している、ということを、ほとんど誰も考えていないのである。
いや、考えることができないでいるのだ。うすうすは感じてはいるらしい。そもそも思考力よりも直観力の鋭かった民族である。
なにやら日本の全体がおかしく、どこかが狂っていて、怖ろしい結果が近づいている、といった漠然とした恐怖は、なんとなく
感じてはいるらしい。何しろかつてこの国には起きようもなかった異常な犯罪は、それこそ日常茶飯といった感じで起こり続けている。
帰国してからのこの半年間でも、すでに数え切れない。 あまりの立て続けさに、私も忘れるし、人々も覚えきれず、次々に忘れて
いくようだ。確かに世界中で犯罪は起きている。ニューヨークだって、パリだって、私が十八年暮らしたオーストラリアだって、
犯罪は起きる。しかし、これほどの異常な内容の犯罪は聞いたこともない。どこであろうと、起きているのは「並みの犯罪」だ。
並みの犯罪とは、犯人は、それがどんな種類の犯罪であろうと、何かは考えている。
どんなにバカな考えでも、異常な考えでも、愚かな考えでも、邪悪な考えでも、要するに、ナニカは考えている。
≪恐慌以来の日本国家の存亡の危機に対し、国民の危機感の希少さに驚き唖然としている。それが考える遺伝子の不在としたら≫
・・・・・・・・
3030、卒業40年周年か〜 −2
2009年07月22日(水) 
  * 卒業40周年記念に参加してみた人間模様。
 1〜2年次の教養課程の同級生では、TVでよく見かける服部学園の服部幸應と、大阪学院大学の白井総長が面白い存在。
・服部幸應は実名が染谷で、当時は存在感が殆どなかったが、常に財布に10万円を入れているという話はあった。 
 一年留年をしてアメリカに行っていたのか、留年をしたためアメリカに行っていたのかはファジーである。 
 二次会のクラス会が彼のために開かれているかどうかは定かではない。 
・私が学生時代で一番親しくして、卒業まじかで大喧嘩をした○○譲○。ハッタリ屋だったが20年前のバブルの崩壊で倒産。
 借入金が280億で、ビルが17棟だったという。 前回は身を隠している状態で不参加だった。三次会の最後は彼と飲んだが、
 二棟だけビルを隠して持っていて現在は、それが生活のベースになっているとか。更に、この恐慌で、経験を買われて
 コンサルタントもしているという。 バブル時の倒産劇は、人生の大きく覆いかぶさっているというが、そうだろう。
・クラブ関係では、神田周辺の菓子問屋に養子に行った男が土産として、仰々しい包みのお菓子をくれたが、家内が言うに、
「これって、前週に買おうと東京駅の地下の店のカリントウ。すごく有名だけど、わざわざ並んで買ってくれたのかしら」
 と言っていた。「まさか、そこの社長じゃないと思うけど、少しは有りえるかも」と答えていた。お返しで、新潟の酒を送った
 ところ、自宅に電話があり家内が出て「そこの社長なんですか」と聞いたら、そうだという。「先週、買おうと店まで行ったら
 行列で買えなかった。奇遇です・・・」家内は、本当か嘘か?その辺は調子が良いが、相手も悪い気がしないだろう。
・卒業してから数年後に、先ほどの石○譲○と、私の自宅に遊びに来た伊香保温泉の「村松屋」に婿養子に入った友人の根岸君。
 十数年前に脳溢血になって、九死に一生を得たとかで、半身不随になっていた。それでも朝一の高速バスで來京し、
 最終のバスで帰ると言う。以前に一族の「いとこの会」を、その旅館で開いたことがあった。
・亡くなっている人はクラスの約一割である。還暦を越えると、社会的に如何こうは、三番目か四番目。10年後には出席できる?
・・・・・・・・・
2665, 人生は儚いのか?
 2008年07月22日(火)
 知人の墓に、亡くなってから隔月にお参りをしている。たまたま散歩をする土手の折り返しの近くに墓がある因縁のためだが。
習慣とは面白いものである。両親の墓には年に三度ほどしか参らないのに。その都度思うことだが、「人生は儚い」ということだ。
必ず、心の中で話しをするが、故人が語りかけてくる言葉は「生きているうち、こっち(あの世)は、ただ空」そしてダメ押しに
「もっと墓参りに来てくれ!」勝手に沸いてくる言葉でしかないが、それでも何かがあるのだろう。故人と話しをしながら、
思うことが、娑婆のことなど全て儚い夢でしかないということ。そこで「儚いとは、如何いうことか?」を考えてみよう。
それは生まれる前の無限の時間と、死んだ後にも続く無限の時間を、死ぬと覚悟をした時に「あまりに小さな時間」を思い浮かんだ
実感である。だから、「幸福の4Fは克服できない苦難と悲しみ」というのも、言い得ている。故人から学ぶことは、そのことである。 
達成した幸福の喜びなど、酒を飲んで盛り上がれば、出来ること。そこには、生きているうちに感じる儚さしかない。
しかし、それを言えるのは達成をした経験のある人間しかない。それも、これも、如何でもいいことだが!儚さと感じるのは、
4Fの克服できない苦難と悲しみの意味を知らないからだ。儚いというのは「わたしの儚さ」である。「わたし」という有限の自分の、
小ささをシミジミ知ることである。その小ささの一番の意味は時間の小ささである。それも、他人と比べるのではなく、生前、
生後にある何処までも広がる時間に対してである。自分を取り巻く永遠の広がりの時間である。そう感じる「わたし」は、
実は過ぎ去った時間を振り返った時に「これ」から「わたし」になった言葉。そうすると、「わたしの人生は儚い」は、
その言葉に縛られた感情でしかないということになる。人生を振りかえって長かったような、一瞬だったような気がするが、
それは現在、そう思っている「わたし」の言葉ということだ。  
 (字数制限のためカット 2011年7月22日)
・・・・・・・・・
2007年07月22日(日)
2301, また地震!どうなっている?まったく! ー5
 まず今回は原発に絞って、これまでの問題をまとめてみる。
・世界最大規模の刈羽原発の真下に、実は活断層が直下に走っていて震度6強、
 マグネチュード6・8の地震が発生した。それは、日本の国家として最も恐れていた非常事態である。
・海岸線のため、それは普通の地震とは違い、一般住宅が1000世帯、半壊はその倍の2000?
 被害家屋が10000世帯にのぼった。それは直下型地震の上、地盤が弱いことが原因である。
 それからみて、原発の施設は想像を遥かに超える損傷を負ったと考えるのは妥当である。
・原発は最大マグネチュード6・5を想定して設計されており、6・8とすると2,5倍の衝撃が
 かかっている。もし、中越地震並みに震度7だったら、マグネチュード7,2だったら、と想定すると、日本はチェルノブイユの
 ような事故になっていた、と考えられる。 日本壊滅?は、決して小説・映画の世界ではない!ということになる。
・マスコミで「この事件の結果、過去に原発反対運動の住民が言っていたことが、ほぼ正しかったことが改めて検証できた」と報じた。 
 ということは、利権で推進した連中は、国家をあわや滅ぼそうとした輩として断罪に値する、ということになる。 
 想定外でしたとは、言いのがれはできない! そのトップだったのは誰かは周知の事実である。その利権に屯したマフィアは誰か!
  (字数制限のためカット 2011年7月22日)

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