堀井On-Line



4736,<つまずき>の事典 〜   ー4

2014年03月03日(月)

                       <つまずき>の事典> 中村邦生編著
    * 言ってはならぬ、闘いが無益などと
  人生の終盤に、あまり良い結果ではなかった?が、自分の人生を全面否定する気持ちは最小である。
 気持ちは「天気晴朗なれど、波高し」だが。 この詩は、誰にでも訪れる人生の終焉で、励ましを与えてくれる。
《  言ってはならぬ、闘いが無益などと
   努力も傷手も無駄などと
   敵はなお息絶えず、怯むこともなく
   事態は相も変らず元のとおりだ、などと。
         ーアーサー・ヒュー・クラフ「言ってはならぬ、闘いが無益などと」よりー  P-44
 アーサー・ヒュー・クラフはイギリスの詩人。ラグビー校でトマス・アーノルドに習い、その息子マシューと
生涯にわたる親交を結んだ。マシュー・アーノルドの追悼詩の傑作「サーシス」はクラフを悼んだもの。
「言ってはならぬ、闘いが無益などと」は窮地にあってなお不屈の心をうたった詩として知られる(引用は冒頭の一節)。
また第二次大戦中にチャーチルがルーズベルトへの放送の結びにこの詩を引用し、イギりス国民を励ましたという逸話を
持っている。クラフには「一度も闘わないよりは、闘って敗れた方がましである」という有名な言葉もある。  》  
  ーネットで、調べたところ、以下の訳があった。   
【 悪戦苦闘しても無駄だ、
  骨折り損だし、怪我をするだけだ、
  敵は一向に怯(ひる)まないし、逃げる気配もない、
           結局元の木阿弥だ、などと言ってはならない。
  希望を抱いて馬鹿をみるなら、心配が杞憂に終わることもある。
           もしかしたら、ここからは見えない戦場の一隅で、
  まさに今、君の戦友が逃げる敵を追っているかもしれない、
           君さえいなければ、勝利は味方のものかもしれないのだ。
  疲れきった様子で浜辺にうち寄せている波も、
           いくら苦労しても一歩も前進してはいないように見える。
  それでも、ずっと彼方の湾や入江では、じわじわと、
           そして、黙々と、大きな潮がみちかけているのだ。
  夜明けの時にしても、東側の窓からだけ、
           光が射してくるのではない。
  東の空に太陽が昇るのが、どんなに遅々としていても、
          西の方を見るがいい、天地はもう明るくなっているのだ。 ー平井正穂編『イギリス名詩選』より 】
▼ 現在の私に、一言一言が実感として響いてくる。 何もしない人ほど、いや出来なかった人ほど、
 「闘いが無益で、努力も痛手も無駄」と言い張る。闘いもない、さしたる努力もない人生ほど、毒が溜まり、
 精神を腐らせている。その毒を、他人に?に向け、吐き出すしかない人々の哀れさを、この節目でタップリと見せて貰った。
 「世界は広い。そして深い!」人類は成功によって導かれてきたが、その背後には99%の失敗と挫折がある。それが人生だ。

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4369, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー8
2013年03月03日(日)

                 「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
     * そもそも書く手順とは
   12年間、毎日書き続けてきた。そして文章作法の本も数冊、読んできた割りに満足出来る内容に全く至ってない。
  しかし、この本には多くの基本を改めて確認することが出来た。以下のルールも量を書くうちに身についてきたが、
  話の筋たてのヒントが理路整然と書き連ねてある。 ー私なりに、要約してみた。
 ≪ ー まずは箇条書き、そして起承転結
 ・ まず頭に浮かんだことを箇条書きにする。そして、それを起承転結の順にナンバーをふる。
  起承転結は漢詩から生まれたもので、起句、承句、転句、決句、
  からなる。起句で文章を起こし、承句でこれを承(う)けて、転句でその単調さを破り、内容をガラッと一転させ、
  そして決句で全体をまとめる。その中で一番大事なのは、「転」である。この捻り、転がしが、その人の特徴になる。
 ・ 行き詰ったら、初めから読み流し最初からの流れに乗ること。これを面倒ぐさがらずやること。すると、すっと
  次の考えが出てくる。 他に、散歩に出ること。頭が煮詰まって何も浮かばないときは、その方が、新しい考えが
  浮かんでくる。 行き詰らない方法として、「また」「そして」「しかし」「おそらく」「たぶん」といった 
  接続詞や副詞も、文章を前進する働きをしてくれる。要は、次の文章が浮かんでくるところで、一休みの働きになる。
 ・ アイデアはすぐに書き留める ー何処であろうと、思いついだ時にメモをとっておくこと。とにかくメモ魔になる。
  書き留めることは、脳に刻み込むことでもある。長期保存された事柄は、書き留めたことが多い。
    ー 現在・過去・未来の順に書く
 ・ 現在は、今の状況、過去は、その今の状況をもたらした背景、そして未来は、その状況が今後どうなるかーですから、
  その順に書いていけば話の筋が組み立てられる。情報伝達で、この3つは欠かせない。・・文章は自由自在に「時」を
  操ることが出来る。文章は現在の状況を書きつつも、近未来、近過去を行ったり来たりできます。
    ー 書き出しで興味を引く
 ・ ハッとすることをズッバと書いて興味を引く。 気の利いた一文で、さっさと終わる
  ▼ プロの書き手には、それなりの定石がある。量を書けば良いのではない。量から質を高めるには基本が必要になる。
   定石を知っているといないとでは大きく違う。「現在」を基点に、「過去」そして「未来」の順を意識する、しない
   のとでは、大きく違ってくる。 この12年間で、論理脳が出来てしまったようだ。 ああでもない、こうでもないと、
   独りで言葉を組み立てている。感じ取り、思い、考える。これを自動的に脳内で誰もがしていることだが、問題は
   文章化をして残すかどうか。 「で、残して、どうなるの?」という問いには、「どうも、こうもなりません!」

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3995, 宇宙は本当にひとつなのか ー2
2012年03月03日(土)
        「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
 先日、「 宇宙論のコペルニクス以来の大転換 」について書いたが、そのタネ本が、この「宇宙は本当にひとつなのか」。
私にとって、世界観がひっくり返るほどの驚きである。オーバーにいえば夜半に目がさめ、これを考えると息苦しくなるほど。
宇宙の果てがあるかどうか、時間の始まりがあるのか、神の存在とは、自由とは何か、どこまで自由になれるのか?などの問いは、この本を
読んでしまうと根底から揺らいでしまう。 前提が宇宙がひとつ、だったのが、10の500乗の宇宙の存在の可能性を突きつけられれば、
今までの宇宙論と、世界観は何だったのか?になる。コペルニクスの地動説が事実と知ったキリスト教徒のようなもの。 
 これは万物の存在に根底から問い直しを迫った宇宙論になる。
「 宇宙で原子でできている目に見える物質は5 %に満たず、残りの約23 %は正体不明の暗黒物質(ダークマター)と、73 %の
  暗黒エネルギーが占めている。それが、どうもあるらしい。ということは、宇宙の約96%は正体不明で、それらは他の宇宙から、
  私たちの宇宙に流れ込んできている 」という途方もない説。 まず、「 第一章 私たちの知っている宇宙 」から、幾つか書き出す。
   * 私たちの知っている宇宙
・ 地球が太陽の周りを回る速さは、秒速 30 km。
・ 星の成分は光を分析することで解る。 温度が高い場所ではどんな物質でもガスになる。
  光がガスの中を通るとガスにより決まる波長が吸収される。このスペクトラムの欠けで元素がわかる。
・ 宇宙の年齢は137億年。宇宙が膨張して38万歳のときに電子と原子核がくっついて光が真っ直ぐ進めるようになる(宇宙の晴れ上がり)。
  このときの光が宇宙背景放射である。 地球の年齢は約46億年。
・ 2006年8月に冥王星は惑星から準惑星に格下げになった。光の速度で4時間。 月は7分。 太陽系の中で恒星は太陽だけ。
  次に近い恒星はケンタウルス座プロキシマ星で4.2光年。 我々の天の川銀河には約2000億個の星がある。太陽系は中心から
  28千光年離れた端に近い場所にあり、天の川銀河では、まだ若く星や惑星が生まれている。太陽系は銀河の中心を秒速220kmで動いている。
・ 銀河団より広い6.6億光年でみると、銀河は一つの点になり、線のようにつながったフィラメント構造と空洞になった泡になる。
  これを宇宙の大規模構造という。
・ 60億光年くらいの範囲で見ると、宇宙はだいたい均質で同じような性質をもっている。 これを宇宙原理という。
・ スイス・ジュネーブ郊外の地下一周27kmの世界最大の加速器「大型ハドロン衝突型加速器」でビッグバンを再現する実験を行なっている。
  ここでは、ブラックホールをつくる計画があり、できれば4次元以外の次元、つまり、異次元があるという証拠になる。 
  そうすれば、異次元の中を運動する物質の暗黒物質の正体もわかるかもしれない。
 ▼ この数年来で最も面白く、ショックを受けた本である。このところ、ショックのことが多い。異次元世界、いや異次元宇宙があるとはね。
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3629, 閑話 小題ー二題
2011年03月03日(木)
  * クライストチャーチ
 ニュージーランドはチョットした旅行やショートスティーには良いところだ。オーストラリアの右下にある日本の北海道と九州が
上下に並べたような島国である。北より南の島の方が見るべきところがおおい。私には非常に良い印象が残っている。
今回の地震があったクライストチャーチは南の島のオーストラリアよりにあり、ロッキーのバンフに雰囲気が似ている。
この国は、こじんまりとした自然豊かだが、冬はかなりの寒さになる。近くにあるクインズタウンの小さな街並みがすばらしい。
クライストチャーチは観光地だが、最近は日本人学生の語学研修に人気がある。クイーンズタウンから6時間ほどにある氷河の
ミルフォードサンドが印象に残っている。山あり、氷河あり、港があり、高原ありで、日本人が好む国である。
一見、豊かそうだが、実際はそうでもなさそうだ。そういえば、現地人の姿は全くといってよいほ見かけなかった。
  ーニュージーランドのバンジージャンプー H7・05
 四十三mの渓谷の吊橋より足首に一本のゴム紐をつけて飛びおりるゲーム。
まさに“身も氷るおもい”そのものであった。あの飛びこみ台は死刑台と同じ感覚ではないかとその瞬間思えた。
立って下を見た瞬間まさに金縛りそのもの。自分は何でこんな事をしてしまったのか。 まさか自分がここより飛びおりる?  
…本当に恐怖のどん底とはあの瞬間であった。そういえば現地の日本人ガイドが私の申し込みに、四回も私の目をみて
念をおしたのも頷けた。また、その後にのったジェット・ボートの現地の運転手が、その事を聞き真面目な顔で“クレージー”。
  * ‘ありがとう’と‘ごめんなさい’
 人間の精神活動の根本に、この二つの言葉がある。 これを使いこなせれば人間関係は、よりスムースにいくのだが。
それが意外とむずかしいのである。 子供に対する躾で、この二つの言葉を素直にいえるようにするのが、まず第一歩。
それと、‘おはようございます’‘こんにちは’‘おつかれさま’‘ごくろうさま’は社会人の初めに訓練される。
そういえば最近の若者に、この言葉が聞かれなくなっている。 今年の学卒の3割は、就職ができないが、正社員とアルバイトの差が、
この辺の一年間の訓練、躾が入っているかどうかの大きな分岐になる。フリーター癖のついている人は、まず挨拶がまともに出来ない。 
これは20歳前後までに訓練されないとなかなか組織人として長年生きていくに難しくなる。 ありがとう、ごめんなさいは、互いの心を
開かせる働きがある。外国旅行では、サンキュー、ソーリーは、イエス、ノーより頻繁に使う。互いに迷惑をかけないが、基本にあるからだ。  
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3264, 哲学者は神について、どのように語ったか ー1
 2010年03月03日(水)
 神について「一神教と多神教について」以外はは書いたことは殆どなかった。 書けるほどの知識も宗教体験もない。
そんな恐ろしいことがかける訳がないし、結果として無知を曝け出すことになる。今さらだが。
それなら、哲学者が神について、どのように書いてきたかなら調べることが出来る。
もし、あと半年しか命がないとしたら、永遠の命の存在としての神について、真剣に考え救いを求めるだろう。
「あの世は、あるのだろうか」「生まれ変わりは」「この私の人生とは何だったのだろうか」
「神が存在するとしたら、自分は、その大元に帰っていくのだろうか」等等・・・・
古代のプラトン、中世のトマス・アクィナス、近代のカントなどの哲学者が、神について書いている。
* まずはプラトンのイデア界(本物の世界)の考えが面白い。
【 我々が生きる、今ここは、人が真に生きる世界ではない。 前世のイデア界の世界で、完全な美や真実を目にしている。
 しかし生まれてきた現世では、そのことを忘れていて、この「世」の美しいもの、真実、良いものをみると、それを思い出す。
 このイデア界の憧れは、この世ならぬ完全なものへの憧れで、この世の中での有限なものの恐怖と表裏一体としている。】
* 次にローマ帝国期のAC3頃のプロティノスは、
【 プラトンの哲学の流れをくんで、プラトンのイデアと同じく、この世に根拠を与えているものを想定し、
 それを一者(ト・ヘン)となずけた。それは絶対的な超越者であり、人間が把握することも、表現することも出来ない。
 それは一者でさえなく、存在に先立ち、すべてを含む完全なものという。一者は完全なるがゆえに、力が満ち溢れ、
 外に溢れ出る。世界は、一者からの流出物と位置づけている。この一者からヌース(精神)が生まれる。
 これが一者の思惟の世界。これがプラトンのイデア界にあたる。そして、プシュケー(霊魂)が生まれる。
 さらにこれが、ヌース(精神)からイデアを受け取り、物質と結びついて、我われが感じ取る感覚の世界をつくる。
 これが世界をつくられる。流出のプロセスである 】【 一者は、流出を行っても完全性を損なわない。太陽の光が
 どんなに照らしても、その力を失わないのと同じである。ただ、遠ざかると太陽のように光も熱も弱まるように、 
  そのレベルが低くなる。ヌース、プシュケ、物質の順に、一者から遠い存在になる。】
【 人間は、物質である肉体を持ち、そこに霊魂を持っている。その物質に逆行して、一者を目指すのが人間のあるべき姿。
 それは忘我の境地でなされ、そこで人は知性の光に満ち溢れる。一者のことをプロティノスは「神」ともいう。
 忘我の境地になれば、人間は神と神秘的な合一が果たせる、という 】
  ー 以上だが、プラトンにしろ、プロティウスにしろ、説得力がある。 
 プロティウスの論理と、そのイメージは、キッチリと頭に叩き込んでいた方がよい。 いざという時の
 生から死へのイメージが沸いてくる。般若心教と同じような感覚として、安らかな気持ちになれる。考えぬかれたイメージ。
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2889,プーチンのリスト
 2009年03月03日(火)
 一昨日の三月一日のNKKスペシャルの「 揺れる大国 プーチンのロシア《プーチンのリストー強まる国家資本主義?》 」が、
今後の世界の方向を暗示する内容であった。米国もまたAIG、シティ、GMなどを政府管理下におき建直しを図ろうとしている。
  ーまずは、NHKのHPより、その番組説明をコピーしてみるー
オイルマネーの流入で、いちやく経済大国となったロシア。 去年秋の金融危機以降、プーチン首相のもとで進む経済対策、
支配の強化によって、財界はかつてない大混乱に陥っている。ロシア経済の繁栄を支えてきた外国資本が一気に去り、
頼りは国家が貯めこんだ資金だけとなった。ソ連邦崩壊後、市場経済化の中で急成長してきた新興財閥は巨額の負債を抱え、
国の支援を受ける代わりに国から送り込まれた監視役を受け入れざるを得ない状況に陥った。
プーチン首相は、国家が蓄えた巨額の資金を振り分ける企業を選別する「プーチンのリスト」の作成を指示。
財閥たちはリスト入りをかけて熾烈な争いを繰り広げ、そのことがプーチンによる財界支配を強化していく。
 (字数制限のためカット 2012年3月3日)
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2525, 国家を斬る
2008年03月03日(月)
「 佐藤優 国家を斬る 」 佐藤 優 (著), 宮崎 学,       ー読書日記ー
佐藤優のみならず、、イーホームズ・藤田東吾社長、そしてヤメ検の田中森一の本を読んで国家の腐敗、
特に官僚の腐敗の実態に、ただただ驚く。それが司法の検察まで及んでいるのだから救いがない。
元々、腐っているのが、露見しただけということも言えるが。
  (字数制限のためカット 2011年3月3日)
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2007年03月03日(土)
2160, 今日は息子の結婚式!          、おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ 
今日は花婿の父である。結婚式のその役割りの一つを演じるのも滅多にないこと。
その辺が面白そうだが! とにかく目出度いことである。 *⌒ヮ⌒*)ゞ        
 まずは、最後の来賓への挨拶のメモより
   ー新郎の父親の挨拶ー           m(_ _)m
新郎の父、堀井です。 堀井家・高橋家、両家を代表し、お礼の挨拶をさせていただきます。
本日はお忙しい中、遠路はるばる 崇史、みな子両名の結婚披露宴に来ていただき誠にありがとうございます。
お忙しい中、ご出席いただきました皆様のおかげで、無事に結婚式を挙げることができましたことを、心より感謝申し上げます。
先ほどより、新郎新婦には、温かいお祝いの言葉、お褒めの言葉をいただき、親としてましては大変ありがたく思っております。
去年、崇史から結婚したいと話を聞いたとき、子供だと思っていた息子が、大人になっていたのだと感じた瞬間でございました。
嫁となるミナコさんを見て、私は人目で品性の良さと堅実な人柄を感じ、二人の結婚をすぐに快諾した所存でございます。
私自身は娘が欲しかったのですが、これでやっと「娘を持つ願い」が叶いました。「自分の家庭で平和を見出すものが、
もっとも幸福な人間である」といいますが、次男の崇史も、その点だけは大丈夫に育てたつもりです。
理想的な家庭人に必ずなることと思います。これから新しいスタートとなります二人に、どうか皆様のご指導、
ご鞭撻をお願い申し上げたいと思います。 本日は誠にありがとうございました。
▼ 自分の息子が家庭を持つというのも不思議で複雑な気持ち。孫ができるち、何か自分が老けこんでしまう感じがするが・・
 花婿の父の役割をただ目立たないように果たすことだ。 こういう役割、実をいうと好きである。それも明治記念館なら、
なお面白そうだ!会社の社員の結婚式の挨拶で、一度もトチッタことがない。しかし自分の息子の場合は、どうなることか? 
少しトチッタほうが場がもりあがるのだろうが・・やってみるか? 13時半過ぎに家族紹介、そして14時半に挙式。 
披露宴15時半、17時半?18時に終了。新幹線に19時半に乗車、21時半から長岡で二次会、23時半に帰宅!予定。
幸せな楽しい一日になりそうだ!  さてと、明治神宮に向け出発の用意だ!     ヽ(゜∀A)ゞ イケー!


4735,閑話小題 ー冬期オリンピックも終わり

2014年03月02日(日)

   * 冬期オリンピックも終わり
「オリンピック騒ぎも終わりつつある。お祭りだから、何もいうこともない!」 なら、話が始まらない。
ワールドカップのサッカーと同じように、国家の威信を背負っての闘いだから、熱くなる。
期待とおりメダルを取れた人も、取れなかった人もいた。オリンピックには魔物が棲むという言葉のとおり、
思いもよらないハプニングが起こる。 極限の緊張の中で、プラスにもマイナスにも身体が違った反応をする。
フィギアの浅田麻央、引退表明をしていたのが、ここで急に妙なことを言い出した。もう選手寿命が明らかに
ピークを過ぎたのは、誰の目にも明らか。 幼いのだろうが・・ この娘は、今が辞め時! 葛西選手とは違う。
   * 今年の雪国長岡は、この十数年来の少雪
 表日本を含めた日本中が寒波に襲われ大雪で騒いでいるが、こと豪雪地区の越後長岡は、10年来の少雪だった。
例年は、12月半ばに70〜80cm位積もり、その後、1月半ばから下旬にかけて、1・5〜2m位の積雪になるが、
今年の二度目の積雪は例年の半分以下。この時期、(庭師や建設業者などが副業)除雪業者は、完全に当て外れ。
豪雪は稲作にとって、地下水の貯水源になるため、降らないと何らかの影響が出てくる。
 で、先日、1月初旬以来、一時間程のポタリング(自転車散歩)をしてきた。近くの土手を、自転車一台が
通れるほど、地面が雪間から出ている所を恐る恐る走った。しかし雪に乗り上げ、アワヤ転倒になりかけた。
まさか二月の下旬にポタリングとは・・ さすがに、信濃川の土手は走行不可。 今日の午後も予定している。
・・・・・
4368, 歳を取りそこねる人たち ー2
2013年03月02日(土)
                  「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち」春日 武彦 (著)  
 「老いると独自の当惑や釦の掛け違いによる問題、恥や失望や悔しさが待ち受けている」というのが本当のところ。
 そして最期は死ぬのである。その中で幸福であるために、幸福とは何かを常に自省しなければならない。
   * 幸福のふたつの文脈
≪ 近頃の私は、幸福が二つの文脈から成り立っていると実感するようになっている。
・ひとつは日常における安寧とか平和とか、つまり波風の立たない平穏の毎日である。それは往々にして退屈に感じたり、
 無価値に映る。だが、大病を患ったり危機の状況に追い込まれると、つくづく【当たり前の日常】の有難さに気づく。
 現代社会における大問題として、年齢を重ねたなりに淡々として、維持していく筈の【当たり前の日常】が、老人に
 とって手の届かない危惧が挙げられてないだろうか。
・幸福におけるもうひとつの文脈は、それこそラッキーなこと、嬉しいこと、楽しいこと、満足感を得ること――
 そのよう躍動的で高揚感をもたらす事象との出会いであろう。こちらは個人差が大きく、ある人にとって十分に
 喜ばしいことが、別の人にはむしろ物足りなさや悔しさを惹起することなど幾らである。
 こうしたことも、歳を重ねて肩の力が抜けてくれば、それこそ春の訪れを告げる日差しの変化とか、隣人から土産にもらった
 鯵の干物の美味さとか、窓の向こうに見える教会の屋根の赤い色と自宅で飼っている金魚の赤色とがまったく同じ赤であったことに
 今さらながら気付いた軽い驚きであるとか、学生時代に読んだ小説を再読してやっとその素晴らしさを悟った喜びとか、そういった
 もので十分に幸福の文脈を形成し得るに違いない。ガッツポーズをしたくなるような晴々しい出来事に遭遇しなくとも、さりげなく
 幸福の滴を感じ取ることができる。それが年寄りになることの醍瑚味だと信じてきた(へいや、今でも信じている)。… ≫
▼ 幸福とは、当たり前の日常を受け入れる「受容」と、驚き、楽しみ、満足感をえる「新鮮な事象との出会い」にある。
 自虐的な性格もあり、倒産すら楽しんでいた自分がいる。ならば、老いていく自分を楽しむには、これは最適の本。
  ー次のアマゾンのレビューが解りやすいー
《老いるとはいかなることか、そのかたちの探求を試みる。自己の人生のなかで出会ってきた様々に個性的な老人たちや、
 小説に描かれた味わい深い老人たちを参考にしながら、その探求の過程において示されるのは、著者の考える素敵な老いや適切な
「年寄り」のかたちも若干はあるが、ほとんど、みっともなかったり、哀しかったり、ときには常識をはずれさえするグロテスクな
 老いの姿。他者と生き別れ死に別れた孤独のなかで、死の可能性が充実したゾーンへと入っていく時、空間の戸惑いのなかで、
 人間が抱えている厄介なものが唐突にあらわになる。老いるとは、あらゆる出来事に対する達観した精神の獲得といったような
 ものではなく、人生が与えてくる難儀さに傷つけながら、なんとか過ごしていくことではあるまいか。》
 肉体も精神も老いぼれ朽ち果て、無になる。それで良いではないか。 ただ、噂話や愚痴を言い合う老人の群れに入らないことだ。
・・・・・
3994, 時代が生んだ、ボーカル・アンドロイド
2012年03月02日(金)
    * 初音ミクには驚いた
 最近、NHKニュースや「クローズアップ現代」で取り上げられた「初音ミク」には驚いた。 検索で調べたブログに次にようにあった。
≪  ◎ 思いが伝わる声を作れ 〜初音ミク 歌声の秘密〜
 ステージ上で歌って踊る日本発のCGキャラクター「初音ミク」。 世界中でライブが開かれ、人気が急上昇している。
 人気の秘密は、その自然な歌声。ある声優の声を録音し、その声の素材から合成しているが、人間の脳の認知の仕組みに
 最新技術が組み込まれている。 最近、音声合成技術は飛躍的に進歩し、社会に深く浸透し始めている。特に注目されているのが
 医療の分野。声帯の切除を行う喉頭がんや、ALSなど進行性で筋力が低下する運動ニューロン疾患などで、声をだすのが難しい人たちに、
 音声合成技術によって、再び自分の声を取り戻してもらおうというのだ。音声合成技術の最先端を伝える。 ≫
≪  ◎ 初音ミクーカルチャー&エンタテインメント
 パソコンの音声合成ソフトによって作成されたボーカル・アンドロイド。 札幌に本社のあるクリプトン・フューチャー・メディアが
 2007年8月に発売した『VOCALOID2』で、現実には存在しないバーチャル・シンガーである。 メロディと歌詞を入力すると、合成音声が
 その通りに歌う。YAMAHAが長年研究してきた周波数ドメイン歌唱アーティキュレーション接続法を採用しているので、母音と子音が
 なめらかにつながり、実際の人間と変わらないような日本語になっている。キャラクター・ボイスは声優の藤田咲の声であるが、
 それを元にして、自身でパソコンの画面上のピアノのキーでメロディを打ち込み、歌詞を日本語で入力することで、音声合成された声で
 メロディに合わせて自在に歌わせることができる。強弱の変化やビブラートをつけたいときも、音符をダブルクリックするだけで
 簡単に編集できる。まるで音楽CDのプロデューサーやディレクターの気分になることができるソフトなのである。 ≫
  ▼ カラオケで好きな曲を歌うと、モニター画面に初音ミカの歌声と姿が出てくる。 また初音ミカのライブが開催され、
   会場にはバーチャルの初音ミカが現れ、歌い踊る。 こうなるとSFの世界である。Youtubeには、そのソフトを使った多くの
   初音ミカが歌う音楽が投稿されてある。それはバーチャルのCGキャラクターを通して、自分の曲を世に問うことになる。
   設定が年齢が15歳、身長が158センチだそうだ。 バカみたいと言えば、そうだが、ライブの映像の歌とフリは面白い! 
  ・・・・・・・
3628, 閑話小題
2011年03月02日(水)
* 女子高生が電車内で毛を剃っていた
 先日の朝日新聞(全国版)投稿欄で中年女性の投稿に目を奪われた。
「電車内のこと、小千谷辺りで女子高生がやおら剃刀で脛毛を剃り始め、さらに腿の毛まで剃っていた」という。
化粧をしていたとか、スカートからジーンズを変えている目撃談はあるが、ついに毛まで電車内で剃るとは恐れ入る。
その手順からして、今回が初めてとは思われなかったという。
年々、中高生の質の低下が問題になっている。新幹線内では見かけないが、在来線や駅構内での学生の横暴無人の言動に唖然とする。
こうなると質の低下云々の話では無くなってくる。 携帯電話、パソコンなどから、色いろな情報が入ってくるが、それぞれのレベルに
無制限に入るのだから、プラス・マイナスの拡大が進むことになる。以前、有名カメラマンが電車内の女子高生の荒れた写真を公表した。
魚は頭と尻尾から腐るというが! 「今の若い者は!」という古来からの小言がある。 今さらだが・・・
・・・・・・・
3263, つれづれに 
 2010年03月02日(火)
  * 冬季オリンピックは終わったが
 オリンピックの賑わいも、昨日まで。今日からは現実がまっている。
この商売は不景感がモロに伝わってくる。 実感は、「大津波が静かに荒れている!」というところか。 
狼少年ではないが、狼がいても今さら騒いでも仕方がないと、鍵をかけて家の中でジッとしている、という喩えか。
民主党、これで本当に大丈夫なのか? 革命ごっこはいいけど、社会と経済が壊れてしまえば、もともこうもない。
  * 「津波と高波と高潮の違い」とは
「高波、大波」は、一般的な波で大きな波。「高潮」は、台風などで水面が盛り上がる現象。気圧がさがる事によって、
水が上に持ち上がる現象をいう。 カトリーナの被害はこれである。「津波」は、地震などによる海底の振動や隆起によって
水が持ち上げられて起こる。持ち上がった水が周りに広がっていく現象。震源地の周囲が一様に一時的に水面が上昇、海岸線の海面が
一気に上昇して、津などの内陸まで水が押し寄せる。チリ地震のように地球の裏側まで到達することもある。
「津波」と「高潮」は「水面が上昇する」という現象において同じ。海底の隆起によって起こった水の盛り上がりは、当然元の水位に
戻ろうとするので、津波による水位変化は一時的。高潮は、気圧が上昇するまで続く。津波は地震だけでなく土砂崩れで湾が一気に
埋まってしまったりする場合にも起こる。「津波」が英語で「TSUNAMI」なのは、ハワイの日系人が「津波だ」と言ったことが語源とされている。
潮が一気に引いたのを見て、日系人が経験則から「津波がくる!」と避難を促したことが切っ掛けである。
チリ地震をきっかけに、数年前に起こったインド洋の津波の映像を幾つかiTuneでみた。
現在、100年に一度の恐慌という大津波が世界を襲っていることと重ねると、とんでもない事態がわかる。
まず日本に、そして欧州に、そして、中国に連鎖していくのだろうが。
・・・・・・・・・
2888, 天地人と先祖
2009年03月02日(月)
 現在、「天地人」を日曜日の20時の連続ドラマで放送している。NHKの、このゴールデンタイムのドラマは
20年来見なかったが去年から観始めた。今年は地元越後の上杉家・家老の直江兼継が主人公で、先祖の縁があるので面白い。 
 堀井の家系は小父谷市近郊の片貝に、30代近く続いた総本家がある。4代前の祖先が江戸末期に長岡に出てきたと
子供の頃から聞いていた。その堀井家の総本家に父が亡くなる数年前に訪ねていったという。ご先祖様は上杉謙信が亡くなった後の
起きた御家騒動【御館の乱】で負けた影虎の家来で、その火中に小父谷郊外の片貝の池津の村に落ちてきたという。
  (字数制限のためカット2011年3月2日)
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2524, 酒は涙か溜息か 
2008年03月02日(日)
「酒は憂さ晴らしに逆効果 」ー東大がラットで実験ー という記事が先日の地元紙に載っていた。
 ーまずは、その内容をー
憂さ晴らしに酒を飲んでもむしろ逆効果? 嫌なことを思い出した直後にアルコールを摂取すると、かえってその記憶が
強められることを松木則夫東京大教授(薬理学)らがラットの実験で見つけ、28日までに米専門誌の電子版に発表した。
人の場合なら、嫌なことを忘れようと酒を飲んで一時的に楽しくなっても、翌日には楽しいことを忘れ、嫌な記憶が
強く残ることを示しているという。松木教授は「酒を飲まずに、嫌な記憶に楽しい記憶を上書きしてしまうのが良いのでは」と
“しらふの気分転換”を勧めている。実験で、かごに入れたラットに電気ショックを与え、恐怖を学習させると、かごに
入れただけで身をすくめて固まるようになる。チームはいったん固まった直後のラットに飲酒相当のアルコールを注射した。
 その結果、注射しないラットと比べると、かごの中で固まり続ける時間が長くなった。
その効果は2週間続き、記憶が強くなったと判断されたという。(共同通信社)
▼ 以上だが、20年以上前になるが、ある取引先の営業の人に 「私は、不味い酒は飲まないことにしている。
自棄酒とか、気分を紛らわせる酒は、ますます気分も体調も悪くする。楽しい酒を選んで飲めば気分は更に良くなるが、
その逆を金を出してすると逆効果になる。」と言われた。そして、その日以来、忠実に守ってきた。
10年ほど前に、高校の同級生に「おい堀井、御前な?自室でな酒を飲んで、二日酔いをした経験をしたことがあるか?」
と言われ、そういう経験の記憶は殆どない。色々の挫折の末に独りで部屋に篭って飲みざるをえない酒の味を
言いたかったのだろう。そいうば私の好きな歌に古賀政男の「悲しい酒」がある。
1 酒は涙か 溜息か  心のうさの 捨てどころ   2 遠いえにしの かの人に  夜毎の夢の 切なさに
3 酒は涙か 溜息か  かなしい恋の 捨てどころ  4 忘れた筈の かの人に  のこる心を なんとしょう
 「かの人」を、「かの憂さ」、「恋」を「傷」と置き換えると、中小企業のオヤジや、サラリーマンの赤提の憂さ晴らしと
 同じになるか! これを歌っていると何とも面白く楽しくなるのは如何いうこと?  飲まなきゃ、やってられないことは
 よーく解るが!「しらふの気分転換」じゃ晴れないから飲むんじゃないか!ったく!! ってのが、おちか!
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2007年03月02日(金)
 2159, 閑話小題  (o_△_)oゴロン (o_ _)o.。o○グー オハヨ?
* 都知事選が面白くなった!*
 ・都知事選に前宮城県知事の浅野氏が立候補の意向を表明した。これで見ている分には面白くなってきた。
  石原知事は批判があるにしても、名知事である。少し変節したが許容範囲である。しかし浅野に代わるのも
  タイミング的に良いのかもしれない。二期で充分と言えなくもない。これで三月・四月の面白いイベントが一つ加わった!
  石原都知事も浅野氏が出てくるとは思ってなかっただろう。 一番手ごわい相手である。 浅野の方が勝ちそうな気がするが、
  実績からみて五分五分だろう。 首都圏の為にどちらが有効なのだろう?まあ、楽しみが一つ増えた! 
   浅野氏勝ったらゼネコンは一大事だろう。談合が更に厳しくなるからだ。
* 中国発、世界同時株安*
  この言葉は何処かで聞いたことがある。同じような題名の本の題名が数年前から本屋の平台に積んであった。
  今回の下げは地震に例えるならば、前振れの余震だろう。それが数度つづいた後に、本格的な大地震がくる。
  現在の世界経済は、一度清算をしなければならないところにきている。  以前は、世界大戦というカタチで清算してきたが、
  それができなくなってきた。今は株や債権の暴落から大恐慌が発生、それがキッカケで破壊がおこなわれる。
* 新潟駅周辺が変わり始めてきた*
  日本海側初の政令都市へ移行にともない、新潟駅周辺も変化を始めてきた。今日明日中に新幹線改札口近くの専門店街大改装と、
  その至近距離にあるやはり大型ビルの地下と1Fに大型書店など合計1万平米が開店。駅から6分ほどにある万代シティーの
  SCのダイエー跡も今日、開店。合計一万数千坪の商業施設が新たにオープンするのだから、雰囲気は一変するだろう。
  今までが、郊外のSCに押されて、駅周辺が寂れる一方だったが、これで駅再開発工事も始まりやっと明るさが見えてきた!
 ・・・・・・                                  (o ・д・)ツ  バイ!   
2006年03月02日(木)
1794, 超アメリカ整理日記 ー1       (o´・ェ・`o)♪ぉはょぅ  ー読書日記
 ー スタンフォードから日米をみると・・ ー
野口悠紀雄氏がスタンフォード大学客員教授時代に週刊ダイヤモンド誌の2004年5月1・8日合併号?2005年4月16日に
連載したものをまとめたもの。米国生活からみる日本の政治経済システムの貧困を説いている。
政治経済学者の視点で、米国と日本のシステムの差異の分析が解りやすい。現在の日本の国際競争力の低下、高コスト構造、
年金制度、など、社会システムの非合理性を指摘している。イケア、マイクロソフト、トヨタ、米国デトロイトの盛衰なども登場。
経営、経済、経済システムや、荒涼とした大地に、都市と生活とクルマ社会のアメリカのシステム。それに対する、日本という
国土の狭い国の諸処にシステムとの比較、それによって、浮かび上がってくるシステムの矛盾の指摘がわかりやすい。
 ー印象に残ったところを幾つかあげてみるー
p.43 「能力に応じた役割分担」こそ、アメリカ社会の能率を支える基本的なメカニズムなのだ。
p.190 日本で所得を得て海外で生活すればよい
   →日本の高い物価を回避する手段。年金生活者にとっては、不可能ではない。
   ただし現地のコミュニティに溶け込むことが重要。
(字数制限のためカット2012年3月2日)


4734, 心を上手に誘導する方! ー3

2014年03月01日(土)

              「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著)
   *「凄くプライベートのことを質問してよいですか?」
 この本にあった、人の心を惹きつける一言「凄くプライベートのことを質問してよいですか?」である。 
同じ質問でも、この一言を置くと、質問された相手も、周囲もエッと注目をする。たったこれだけで、である。
「あなたの趣味は何?」というより、「凄くプライベートな質問だけど、あなたの趣味は何ですか?」と聞かれれば、
エッと思ってしまう強烈な添え言葉が、これ。「凄くプライベートのことだけど、(間をおいて)昨日、偶然入った
ラーメン店が大当たりで・・」というと、ありきたりな話でも、凄くプライベートの話を聞いてしまった気持ちにさせる。
「凄くプライベートの質問だけど、どうして、そんなに綺麗なの?」と、今度、誰かに言ってみようか? 冗談だが。
 ところで「凄くプライベートのことだけど、私、堀井さんのファンなの」と、言われたことがある。当人にフィアンセが
いたので、気楽に言ったのだろうが。その時は何とも思わなかったが、40年以上の年月が経った現在、この一言が、
これを書いていて、遠い記憶の底から湧き上がってきた。当時、失意のドン底の時だから、少し光っていたのだろう。
今度は、その引き継ぎで、若い女性にでも言ってやりたいが、若い時分に若い人に言われたから良いのであって、
この年齢だと誤解されかねない? スポーツジムか、趣味の会で、誰かが突然、「凄くプライベート・・」と前置きして、
「貴方の趣味は何ですか?」と聞いてきたら、〈よくぞ聞いてくれた(内語)〉と、勿体なぶった上に、喜んで話すはず。
まず秘境ツアー、ブログ、週一のシネマ通い、そしてポタリングに、酒の失敗談にと材料は幾らでもある・・ 
 とすると、ブログで毎日書いているのが実は、これ。だから見る方からしたら面白いのだろうが、結局は自慢話?
それを知っているから、書く方も、偽善より露悪、いや偽悪の内容になっていく。でも、それが自分の心の傷を癒やす?
 ところで、凄くプライベートのことを質問してもよいですか?
・「あなたは、何ものですか?」
・「何で、ここにいるのですか?」
・「いま現在、充実してますか?」
・「自分の人生、肯定できますか?」
・「今の答えは、本当ですか?」     これを何度か、考えてみると、底の浅い自分の心が透視できる!
・・・・・・・
2003年03月02日(日)
 697, ルーツー2(縦人脈)
  ーその資料によると
 先祖を遡ると「平家の侍」であったが「源平の戦」で負けて、落人となって富山から上越と逃れてきた。
そして「上杉家の家来」になった。上杉謙信の時代に、上越の高田の先にある新井市の郊外にある「鮫ヶ尾城」
という出城の城主であった。謙信の死後、跡目相続の争いの「お館の乱」に巻き込まれて、小千谷の郊外の
片貝の近くの「池津」の村に知人を頼って逃れてきたという。その時の先祖の名前が「堀井宗親」と「堀井四四太郎」という。
一緒に逃げてきた名前が馬場、小黒、大矢とか。その後、そこで百姓をしていたようだ。ルーツというほどのものではないが、
平家・上杉という流れと、関西ー富山ー新井ー小千谷ー長岡の流れがある。また、武士ー百姓ー商人という流れも時代によって
変わってきている。金沢にいた時(25歳)によくいった店が落人焼きの「平家」であった事を思い出した。
また第二新館の鉄骨が富山の「堀井鉄工所」であった。その検査に富山に行った時に会った社長は正しく「堀井ヅラ」。
その時入った食堂の電話帳で堀井の名を調べてみたら、三桁に近い堀井の姓があった。上越市も新井も小千谷も本当に多いのだ。
長岡は10あるかないかで、新潟市では数人だけ。20年近く前に家内と子供と、ドライブがてら鮫ヶ城に行ってきた事を思い出した。
車を止めて独りで歩いて城跡に行ったが、そこに立った時に何ともいえない気持ちになった。何か昔の記憶が沸き立ってくるような
フワ?という感覚で、何かオーラに包まれたような気分である。この気分は柏崎の「極楽寺」に行った時に同じ気分になった事があった。
そこで亡くなったある僧の墓を訪ねた時だった。人間の脳には全く知られてない領域を感じた瞬間であった。家のルーツ探しから
500年ー1000年スパンの鳥瞰ができたのが最大の収穫だ。それと「自分とは何か?」を考える一つのヒントになったことだ。
・・・・・・・・・
2002年03月02日(土)
347,心の陰
人を指さしたとき、他の指は全て自分のほうを向いている。人を非難するのは、結局自分の影を非難しているに過ぎないことを、
いっているのだ。「他者認識は不可知」という論がある。ー他人のそれを認識はできない、認識したらもう他者のそれでなく
自分のそれを認識しているに過ぎないー
これが理解できるかどうかで、「人生に背負っている人間関係の重荷」が半分か三分の一に軽減する。
特に「嫌いな人間」に対しては「自己の嫌いな部分」をみているにすぎないからである。
自己脱皮のできない「子狐」どもを嫌っているのは、今でも脱皮できなかった自分の部分を見ている。
自分もその「子狐」で、少し程度がいいだけだからだ。
私の嫌いな「教養のないオバサン」結局教養のない現実志向も、自分のある一面であるからだ
・・・・・・
3993, 閑話小題 
2012年03月01日(木)
   * ペットのインコ
 雀ぐらいの大きさのルリハインコのピーが我が家に来て一年あまりになる。 前のインコの存在感が大きくケタタマシかったので、
今度は小さな大人しいインコにした。 とにかく可愛い。少し攻撃的だが人懐こく、常に鳴き声で呼びかけてくる。そこでガラス越しの
ベランダに目をやると、止り木でデスプレイの連続回転を続けて7〜10回はする。とにかくかまって欲しいようだ。前のインコを
風邪で死なせたこともあり、この越冬は注意しているが何とか越えそうだ。 ペットも家族に同化してくると心があるのが分かる。
カゴを置いているベランダにはサッシの囲いがあり外気とは一応遮断されているが、それでも殆ど寒さは変わらない。
障子を開け姿がみえている時は大人しいが、閉めると騒ぎ出す。二日か三日に一度はヒステリックが起き、狂ったようにカゴの中で
飛び回る。本来なら餌を求めて森を飛び回っているのが、小さな空間に押し込まれ、飽食なら、さもありなん。
   * 「貯蓄ない」世帯、過去最高の28・6%
 ネットのニュースに、次のような記事があった。
【 金融広報中央委員会が22日発表した2011年の「家計の金融行動に関する世論調査」によると、2人以上の世帯で「貯蓄がない」
 と答えた世帯の割合が28・6%に上り、調査を始めた1963年以来、過去最高となった。 貯蓄の平均値は1150万円で、
 前年より19万円減った。 人々の実感に近い中央値(答えた世帯の中間の値)は前年より80万円少ない420万円だった。 
 貯蓄残高が1年前に比べて「減った」世帯は40・5%で、「増えた」世帯(21・3%)の2倍近くになった。
 減った理由は「収入が減ったので取り崩した」が43・3%で最も多く、景気減速が家計に大きな影響を与えている。
 調査は11年10〜11月に全国8000世帯を対象に訪問と郵送で行い、回収率は47・5% 】
  ▼ 家電などの一般ローンと住宅ローンの残債もあるので、実際の家計は苦しいはず。平均値と中央値の大きい乖離は、
   老齢化した金持ちに預金が偏っているため。 世代間格差も、今後ますます広がる傾向にある。失なわれた20年で、
   急速に家計が苦しくなった実感がヒシヒシと伝わってくる。二人以上の世帯で貯蓄ゼロが三割、中央値が400万は厳しい。
   持家があっても、資産価値が暴落ときたら、家計をしめるのは自然の理。それに地震列島が大きく歪んで動き出したときたら・・
・・・・・・・
3627, 「生きがい」について
2011年03月01日(火)
「生きがい」という言葉を最近、以前ほど聞くことが無くなったが、私の学生時代は「生きがい論」ばやりであった。
「この子は、私の生きがいなの」と母親が子供に対していうケースとか、趣味に没頭している時などに対していう。
「現在している仕事に生きがいを感じない」と聞くこともある。この不況の中では生きがいより、食べていく方が優先される。
 やはり生きがい論は経済成長の時代にあっている。 「生(活)きている、かい!」ということ。
*この子が生きがい、という時は、この子の幸せのため骨身を削って働いている時にいう。自分の子供、家族に献身している幸せである。
*夢や希望に向かって没我をしている時にも「生きがい」という言葉が出てくる。両者とも未来に向っている時の充実感がある時である。 
 また、そこに価値=意味を感じ取ることが出来る時に「生きていて良かった」「生きている価値がある」と思うのである。 
ところで、「生きがい」という言葉は、日本だけの特有の言葉という。 哲学は人生の意味、価値は論じるが、それを主体的に感じとる
「生きがい」は、日本人特有のもの。 ネット辞書には、「生きるに値するもの。 生きていくはりあいや喜び」とある。
「生きるに値するもの」とは、対象の中に見出すことだから、まず自分の価値を見定めていなければならない。
そのためには時間をかけエネルギーを注いで、多くの困難を乗り越え満足出来た結果、心の底から「生きがい」が生じる。
従って、若い人が「生きがいを見出せない」というのは、当然のことで、それほど薄っぺらなものではない。
しかし若いうちから「生きがい」に足る目標、対象を探すことは必要。 基準は好きになれるかどうかである。
 何ごとも無我夢中になれる対象に向かっていけば、それが生きがいになる。
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3262, 久々のジョーク −8
 2010年03月01日(月)
* レストランで財布を落とした男「千ポンド入りの財布を落とした。
  見つけた人に百ポンドはらうぞ!」というと、奥のほうから「俺は二百ポンド払う!」
* 教会での結婚式に参列していた小さな男の子が小さな声で母親に訪ねた。「ママ。あの女の人ドレスはどうして白いの?」
 「白いウェディングドレスは,幸福の色なのよ。人生で一番幸せな日に着るのよ」
 「フーン」男の子はしばらく考えて,また聞いた。「じゃ、ママ。なんで隣の男の人は黒い服を着てるの?」
*「ママ、新婚旅行って何?」「結婚したばかりの男の人と女の人が一緒に旅行することよ」「ふうん、ママもパパと行ったの?」
 「行ったわよ、とても楽しかったわ」「その時ボクも一緒に行ったの?」「もちろん行きましたとも。
 「行きはパパと一緒に、帰りはママと一緒にね」
* A子が久しぶりに車を運転していた。 その時、母親が心配そうな声で彼女の携帯に電話を掛けてきた。
 「もしもし、A子?母さんよ。今どこ?」 「東名高速に入ったところ」 「東名高速!?気をつけて!
  今ニュースで言ってたんだけど、そこを逆走してる狂った女がいるんですって。あなた見なかった?」
 「見た見た!でも一台じゃないわよ」 「え?」 「さっきから何百台も逆走してるわ」
*「どうしたんだ?そんな暗い顔をして」 「ああ…。実は俺、もうすぐ父親になるんだ…」
 「本当か! おめでとう! でもなんで喜ばないんだよ?」 「妻にまだ話してないんだ…」
* 週刊誌の人生相談のコーナーに、男性読者から次のような手紙が送られてきた。
 「ボクは20歳の独身男性です。六ヶ月前から、誰が見ても魅力いっぱいの女性と同棲しています。
 彼女は美しくて、利口で、愛想がよく、かわいらしくて……。僕たちはお互いに声を張り上げたことなど
 一度もありませんし、口げんかで二人を包み込む青空にかげりがさすなどといったこともありませんし、
 そこでお伺いします。僕は彼女と結婚するべきでしょうか?」 回答者はただ一行、こう返信した。
       「そんな素晴らしい関係を台無しにするのは、おやめなさい」
ー字数の関係でカット(2012年0301)
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887,日本は輸出立国か?
2009年03月01日(日)
野口悠紀雄は、その著書で、
「アメリカの金融立国に対応して、日本も円安に誘導して資金をアメリカに供給し、かつ円安メリットを最大限利用し輸出立国を
つくりあげた。 金融恐慌は日本も同罪である」と断じている。しかし統計の数値からみて、果たして日本が輸出立国かという
素朴な疑問が生じるのも事実である。 他国のGDPの輸出比率をみてみると、意外なデーターがある。
・中国 37パーセント ・韓国 37パーセント ・ロシア 30パーセント
・欧州平均 50パーセントの数字。(中は大きなばらつきがあるが)
・原油輸出国のクエート 56パーセント。 他の産油国では90以上だろう。
 対して日本は 15パーセント なのである。間違いだろと思ってしまう数字である。
 これからみると、日本は輸出立国と果たしていえるのだろうか。しかし輸入も13〜4パーセントがあるので輸出は必要である。
ー字数の関係でカット(2012年0301)
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2008年03月01日(土)
 2523, 賢人の知恵 ?2
 面白そうなところを幾つか選んで、考えてみる!人間や、それを構成している社会などは数百年経っても、
 簡単に変わるものではない! 人間は全て、飯くって、?!して、寝て、死ぬのだからだ。    
    ーー
“知恵を備えていることが最大の幸運であり、それがないことが最大の不運だ”
  ー解ー 知恵は知識が醸成され出てくるもの、そうでないのは浅知恵でしかない。
“言葉は飼いならされてない野獣と同じ、一度解き放つと戻ってこない。”
  ー解ー 全く、これでどれだけ無駄をしてしまったか!
“第三者の悪口を言うのは、下手な駆け引きでしかない。”
“運のいい人を見分け、ついていない人からは逃げるに限る。”
“大事なのは知識より知人である。”
“落ちぶれた人とはかかわりを持たないほうがいい。”
“友人に貸しがあるなら、つまらないことで返してもらわないこと”
“うそをついてはいけないが、すべてを明らかにする必要もない。 ” うそも方便だが、その方便がつけないから・・・?
“敬愛される立派な人と行動を共にしていれば、その威光のおかげで、こちらまで輝いて見える”と言う反面次の次のページで、
“「自分より光っている人は、・・相手の方が常に注目や栄光を集め、こちらはそのおこぼれにありつくだけだ。
 ・・自分より優れた人とではなく、平凡な人と肩を並べて歩くこと”
“平凡な人と付き合おう。自分より優れた人と一緒にいると自分が目立たないから。”など、矛盾もしている。
“みんなが王になれなくても、一人ひとりが王にふさわしい行動を目指すことが可能だ”
  ー解ーこれが少し分かりかけたのが、ごく最近になってからだ。神と言い換えてもよい。
“自分という作品を完成させようではないか”
  ー解ー この人は、牢につながれたのが完成か?でも、この方が素晴らしい!
”賢人は、何ごとも偶然はないことを知っている。ただし運命に身を任せるより、自ら運命を切り開いていく人になろう。
 よく考えればチャンスに敏感でいること以外に成功の道がないことがわかるはずである。”
  ー解ー 何がチャンスか、それを常に問いかけていないと敏感になれない。
“持てる資源を一度に使い切らないこと。今の境遇を保ちたいなら、後方に備え・蓄えを用意しておこう。
 失敗の恐れがあっても、利用できる援軍があれば力は倍になる。後方部隊は、前線より重要といえるだろう。
 彼らは信頼と不屈の精神で成り立っているからだ。常に大事をとることを考えよう。
 ー解)当時の彼に孫子を知るはずもないが、孫子の兵法と同じことを所々で述べている。
“人には七年ごとに転機があるという。これを精神向上のためのしよう。
 最初の七年は知性の誕生で、その後七年ごとに新しい美徳が輝いてあらわれるのだ。
 この間に起こる変化を意識して、うまく手助けしよう。 変化は新しい地位や仕事などの形で
 ごく普通にあらわれるかもしれないが、かなり大きくなるまで気がつかないときもある。
 人は、二十で孔雀のように気どって歩き、三十で獅子のように吠える。
 四十で酪駝のように節制家となり、五十で蛇のような陰険さを身につける。
 六十はくだらない犬、七十はする賢い猿、そして八十は……、何も言うまい。”
 ー解)ーくだらない犬のとしになったか? それにしても辛辣である!
・・・・・・・・・
2007年03月01日(木)
2158, 幸福に驚く力 ー4          (~Q~;)  おはよう?? キョウハ スゴク サム? 
ーまずは、要点の抜粋から
  *日常の幸福に驚く力*
 何かを買ってもらった喜びと、何処かに連れて行ってもらった喜びを除いた子供時代の一番幸福な思い出は
何だろうかと考えると、チョッとしたことの中に喜んだことを多く発見することができる。
つまり日常にあるそういう幸せをしっかり受け取る力が子どもにはあるのです。しかし、それを放っておくと、
イベントや買い物の方にいってしまう。そういうものに邪魔をされて見えなくなってしまう。
そして「凡庸で退屈なことは悪だ」という情報社会の空気の中で自分たちの日常なんてつまらないものと思い込まされていく。
ー字数の関係でカット(2012年0301)
  *凡庸や退屈が悪と思わせられる社会*
 ー字数の関係でカット(2009年0301)


4733,心を上手に誘導する方! ー2

2014年02月28日(金)

             「心を上手に透視する方法 」トルステン・ハーフェナー (著)
   * 「思い込み」だけでも減量(何でも)できる!
 「思い込み(バイアス)に縛られ、何も考えないで一生をおくってしまう」マイナス面もある。が、その思い込み
「世界は、あなたが考える通りにある」を、プラスに転用すればよい。人間の思いには膨大な可能性を含んでいる。
その思い込みを科学的にやろうというプログラムの本が数多、販売されている。 ーその辺りを抜粋するー
《 ある調査によって、こういった現象の結果が身体にも影響して出てくると証明された。
 その調査では、ホテル勤務の肥満ぎみの部屋係の人々が二つのグループに分けられた。
肥満方のグループには、部屋の掃除をするとスポーツをしたときと同等の負荷が身体にかかり、客室を掃除する
だけで痩せる効果があるという調査結果を伝えておいた。もう一つのグループには、そのことを伝えなかった。
結果はどうだろう。「スポーツ」効果を伝えたグループの被験者ほぼ全員が、それまでの生活を変えることなく三週間後に
減量に成功したのだ。もう一つのグループは、体重が減らなかった。この調査結果にもとづけば、「被験者は自分が痩せると
期待していた。だからその効果が表れた」という研究者の主張は正しいだろう。我々のもつ期待は、ほかの人のことをどう
思うかにも影響する。初対面の人を紹介されるとき、非常に成功した重要人物として紹介された場合と、どんな人なのか
説明なしに紹介された場合とでは、相手に対する私たちの反応はまったく違うだろう。私たちは無意識のうちに相手の
イメージを自分の期待に合うようにつくり上げてしまうのだ。この現象は、研究によって裏づけられている。・・・
 また、ある学校の教師たちに、あるクラスから無作為に選んだ生徒のグループに、ほかの生徒と比べ、成績が平均以上
だったという情報が与えられた。すると年度末になって、ある結果が出た。成績がよいとされたグルーブの生徒は、ほかの
生徒より格段によい成績をとった。ほかの生徒よりもよい成績が期待されたグループの生徒は、より好意的に評価された!
もしかすると、教師はこのグループの生徒に甘くなっていたのかもしれない。そして、ほかの生徒に対するのとは異なる
口調で話しかけていたかもしれない。とにかく教師の期待だけで、そのグループの生徒が変化したことは事実である。
つまりこういうことが言える。私たちが受け取る情報がどんなものであれ、それを受け敬ったことの結果がいつでも表れる!
 私たちの文化、経験、五感、期待が、私たちを取り巻く世界を唯}無二のものにしている。 だから、世界は誰にとっても
同じというわけではない。先に触れたように、世界は私たちがとらえるままにある。》
▼ リタイアをして、つくづく気づいてことは、「思い込み」にガンジガラメに縛れれていた、それまでの自分。
 それはプラスにもマイナスにもある。「人間は、思い込みの中でしか生きられない」ことも確か。思い込みを、一度、
 離れるために、読書、瞑想が必要になる。思い込みを、冷静に見つめるために、「良く遊び、良く学び、良く働く」
 を基準にしているが、もう一つ、空をイメージしている。前者をドーナツとすれば、真ん中の穴が、空と例えると、
 少しは理解できる? で、「思い込み」をドーナツとすると、穴は内的無意識で、ドーナツの外側の周辺が、がユング
 心理学のいうところの「集合的無意識」。他のドーナツも、コーヒーもある。
・・・・・・
2013年02月28日(木)
閑話小題 ー熱気球事故
   * 熱気球事故
 一昨日、エジプトで熱気球が墜落して日本人4人を含む19人が死亡した。ルクソールといえば、屋外博物館といわれるほど
多くの遺跡群がある。そこは、古代エジプトの都テーベがあった場所で、市域はナイル川によって分断されている。日が昇る
方角であるナイル川の東岸には、カルナック神殿やルクソール神殿など生を象徴する建物が、日が沈む方向のナイル川西岸には
死を象徴する、王家の谷や王妃の谷などがある。王家の谷にあるツタンカーメン王墓は有名。 先週、シネマで「ヒンデンブルグ」
をみてきたが、これも超大型の熱気球である。 熱気球は、初めて行ったケニアのマサイマラで、乗ったことがあった。
7〜8人の定員で、カナダ人のペアのカップルが船長と副船長だった。オプションで、草原での朝食付きで2万5千円。
早朝も真っ暗な中、迎えのジープに乗って気球のところまで行く。ジープは、我われを置いて直ぐに気球の到着する場所へ直行し
我われを待つ。出発基地の広場にある気球に、ボンベの熱風を吹きつけ、膨らます。 温風が空気より軽い原理で風船は上昇する。
吊らされるバスケットは垂直になっていて、その手すりの内側にしがみ付く。そして、飛び立つと垂直のバスケットは水平になる。
一度浮いてしまうと、安定をして乗りこごちは良い。それもマサイマラの草原の日の出が見れるように時間に設定しているため、
景色はこの上ない。着陸地まで一時間近くの御来光と大草原を見る空の散歩である。シマウマやヌーの群れが眼下にみえる。
目をこらすとライオンが二匹、気球に驚いたのか走っている。 改めて感動がよみかえってくる。
 ルクソールに一歩、足を踏み入れた時の衝撃は今でも鮮明に残っている。5千年の歴史が、そのまま伝わってきたからだ。 
この気球からの景色も絶景だろう。私が行った時は時間的に余裕がなく、乗らなかったが、一万円なら安いし、価値は十分ある。 
今回の事故は、着陸時にガスバーナーの管が折れて3Mの地点から300Mまで上昇して爆発し墜落。船長は、飛び降り命に別状は
なかったが、他の19人は亡くなった。300Mの上空では助かるわけがない。
 旅先で、セスナやヘリの遊覧飛行のオプションがあるが、これが絶品である。 他にマッキンレー、イグアスの滝、アスカの地上絵、
テーブルマウンテンなどで乗ったが、人生の絶頂のトキである。残念なのは、エベレストの飛行が天候が荒れて中止になったこと。
あまり書かないが、かなり際どいことが何度もあった。だから面白い。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」である。 不運は仕方ない!
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3991, パチンコ店が何故、廃止にならないのか ? −2
2012年02月28日(火)
* パチンコ屋の仕掛け
 パチンコの売り上げ、10年前に30兆円、現在では20兆円という。ギャンブル総額が30兆というから、大部分がパチンコ・スロットの
売上げが占めている。子供を含めて一人あたり15万円にもなる。これは明らかに賭博であるが、どういう訳か廃止論が出て来ない。
この国は、政界、警察、広告、メディアがパチンコ業界と癒着?の実態がある。それがあって当然というのも異常。 チョットした
市の郊外には必ずパチンコ屋がある。 ギャンブルと見なされてない遊びの文化のようで何の規制もない。 受験が終わって、友人と
初めて行ったのがスロットマシーンとパチンコ屋。 やっと大人を感じる時である。 人がギャンブルに嵌りこむのは、大損しても、
稀に勝った快感の記憶が残り、その味を求めて繰り返す仕掛けがある。 業者の方は、勝った際の高揚感や恍惚感を高める工夫をする。
パチンコ店の音楽やパチンコの光と音などである。 そして勝つための技術が必要と錯覚させる仕掛けをつくる。 負けたのは、
勝つための技術料金と錯覚させる。 もう一つ巧妙なのは、ニアミスの仕掛け。スロットの場合、AAAが当たりの場合、ABAや、
AABが出ると、「当たり損ねた」と考える。 しかし、外れは外れでしかない。その辺の気持ちを逆用するようゲームは出来ている。
 ギャンブル依存症の人は、脳内に勝った時に出るドパーミンが長年の間に多くなっている。 それは麻薬中毒の似ている。 
iPadを購入して以来、パソコンゲームに嵌っている。 あるゲームの場合、達成すると、音楽と金色の星が三つでる。失敗すると、
グフフ!とバカにしたような笑い声と軽蔑の絵が出てくる。 それも、あと一歩のところで達成できないようになっている。 
金を賭けている訳でもないのに、やり始めたら、止めるタイミングが無くなりトイレさえ行けないほど熱中する。
難しい本を読んだ直後には非常に効果的である。 私の周辺の人でパチンコが趣味というのは一人もいないため、20〜30兆円が
ピンとこないが、この金額は国民の何割の人は中毒に近いと伺わせる。 韓国は、悲惨な悲劇の続出で禁止されてしまった。
 この不景気で、業界は壊滅的打撃を受けているはずだが、何故か倒産の話は聞こえてこない。
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2011年02月28日(月)
3626, デトックス
  ーまず「デトックス」を、ネット辞書で調べるとー
【 「解毒」や「浄化」という意味で、人間の体内にたまった重金属や、余分なミネラルなどを取り除く健康法。
 体調がよくなる、肌が若返る、生活習慣病の予防となる、などの効果があるといわれている。
従来の健康法はサプリメントなどによって足りない栄養素を補うという足し算方式だったが、これは余分なものを取り除く引き算方式。
人間の体内には、食品や水道水などを通じて鉛やアルミニウム、ヒ素などが細胞のタンパク質などとくっついて蓄積されており、
これらはわずかな量でも体に悪影響を及ぼすことが、最近の研究でわかっている。 脂肪を分解する酵素の働きを妨げるため、
ダイエットがしにくくなることも指摘されており、これらを体内にためないためには、効率よく排出する食事に心がける必要があるという。
ゴボウやコンニャクなどに含まれる食物繊維は、余分なミネラルが体内に取り込まれるのを防ぐ働きがある。
タマネギやリンゴ、コリアンダー、ニラ、ニンニクなどは、重金属をとらえて体外に排出する。
肝臓の解毒力を高める亜鉛やセレンを含む緑黄色野菜などを組み合わせて、取り込まれた毒素を排出するのが効果的である。
また、不要な成分を取り除く「デトックスサプリメント」も発売されている。 】
 ー以上だが、これとは別の話になるが、活性酸素が人間に溜まると、これが病気を誘発する。冬を除いて毎日散歩を続けているが、
 雨などで数日休んだ後に、久々に歩くと身体全体に溜まった毒素が体外に排出していく感じがする。
 これが身体に溜まった活性酸素の排出か?と思ったことしばしば。 身体に新鮮な酸素を入れると血液が洗われる。
 またストレスも毒素になる。知らないうちに溜め込むと病気を誘導する。毒を入れないことと、溜めないことである。
 インスタントや冷凍食品の防腐剤、そして米や野菜にふりかけられた防虫剤などが長年にかけ我々の身体に蓄積されている。
 体内の毒素のデットストックをデトックスするということ。私もデトックスサブリメントとして二種類の酵素を飲み続けている。
 とはいえ、毒はたっぷり溜まっているのだろう。子供時代はインスタント食品や、防虫剤がふりかけられた米・野菜は無かったので
 良かったが、団塊世代の後の世代の人たちは、これから後遺症が出てくるはず。だから、この言葉が注目されているのである。
・・・・・・・
2010年02月28日(日)
 3261, 日本の将来が暗いのは?
現在の日本が目先に直面している問題は大よそ
 ・二番底は回避できるか ・財政破綻は防げるか ・米国と中国のどちらに頼るか
 ・企業経営は長期低迷を脱するか ・民主党に期待できるか ・政界再編成が、どうなるか
 ・当面の少子化をどうするか  ・消費税を早急にアップできるか
日本人の平均生存年齢が80歳以上で、世界で一番高いのは知っていたが、
年齢の中央値が44歳とは驚いた。
 各国の年齢の中央値は
  日本 43.9歳    米  36.7歳    中国 35.2歳    ベトナム 27.5歳
  メキシコ 26.7歳    ブラジル 28.8歳   ロシア 38.5歳
日本だけが異常に高い数字となっている。 これは国民の年齢と捉えることができる。
これでは日本の将来に対して不安が生じるわけである。
この恐慌の中で、結婚適齢期の人たちの結婚時期が遅くなり、結婚しても、せいぜい一人っ子。
当分は平均値が上がるだろう。 それは、即、国家税収の減少につながる。 暗くなるのは当然である。
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009年02月28日(土)
2886, ハリウッド映画のような「アメリカ物語」
2009年02月28日(土)
 今回の金融危機は、歴史の残る大事件であることは言うまでもない。そして、この金融クラッラシュは、起こるべくして起こった出来事。
史上最低?のブッシュ大統領を8年間に渡って我われは毎日のように見せつけられた。そして最後の置き土産として、これまで無かった
世界恐慌を遺してくれた。 何か安物のハリウッド映画を見せられているようだ。その悪役ブッシュに替わり、善人を演出して颯爽と
オバマという史上初の黒人大統領がデビューしてきた。出演のスターは悪党のブッシュ元大統領、その補佐としてポールソン商務大臣、
ラムス元国防大臣、黒人女の国務大臣のライス、前大統領のクリントン、その奥様のヒラリー、ブッシュの親父の大ブッシュ元大統領。
更に、その前のレーガン大統領と役者が登場。 彼らにとっての悪役は、アルカイーダのオサマ・ビン、イラクのフセイン大統領、
北朝鮮の金日生に金正日、ロシアのプーチン。脇役は日本の小泉、イギリスの歴代首相、などなど、書けば限がない。
30年をかけて完成したアメリカ金融帝国(大統領ブッシュ)に、アルカイーダのオサマ・ビンが2001年9月11日、乗取った旅客機三機で
ニューヨークの金融ビルと国防省に突入。アラブ対ユダヤの対立項をつくる。それに激怒したアメリカは、その本拠地のアフガンと、
疑惑の深いイラクに戦争を仕掛ける。イラクに関しては、その実、油田狙いと、原油決済のユーロへの転換を阻止することが後で判明。
その戦費捻出のためアメリカを牛耳ってきたユダヤ人を中心に、秘策を考え出す。 さらなるアメリカ需要拡大のために黒人や中南米から
流入してきた貧しい人たちに住宅と自動車を売りつけ、それを証券化して(格付け機関の偽ラベル張りをして)世界にばら撒く。
その上に世界中から輸入をして、見返りに、紙切れのドルをドンドン刷って交換する。 一度支払ったドルを、今度はアメリカ国債と
交換させて回収すれば、戦費を稼ぐことが出来ると・・・国家謀略である。そこで目をつけたのが、日本と中国である。まずは日本に
円安を誘導して日本の輸出産業にとって優遇を与えて、紙切れと交換する計略を練りあげ、間接誘導。そして中国には自由主義経済圏への
参加費として、外貨準備金としてのドルの備蓄を誘導。 ドルの替わりに中国製商品を輸入することに、まんまと成功。
しかし、それにも問題が発生してきた。 右上がりに上がりするはずの住宅価格が値下がりを始めたのである。 そこをキッカケに、
そのシステムが根こそぎから崩壊が始る。 そして、この金融危機である。そこで対立党の民主党に黒人大統領を選出させて
「チェンジ、ウィ・キャン」とか言わせて、その影で国債を強引に、これまでのように押し付けようとする。
 特に日本は丁度良い隷属国家...
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2008年02月28日(木) 2521, つれづれに
  *新大学生の同棲率が6割だと!
 先日、長岡の知人が事務所に訪ねてきたときの話
「来るときの車の(地元局の)BSNラジオで、新潟大学の150人の学生のアンケートの結果、友人を見ていて同棲率が、6割という。
筑波大学に続いて日本で二番目というから驚いた。自分は早稲田だが、殆どいなかった。それにしても地方大学とはいえ
一期校だった新大の学生がね〜。信じられない」と、憤っていた!  
 (字数制限のためカット 2012年2月28日)
  *新潟の景気が底抜けした?
 (字数制限のためカット 201年2月28日)
  *新潟空港までのアクセスについて
 (字数制限のためカット 2012年2月28日)
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2007年2月28日(水)
2157, ワンセグ携帯・二つ!
   オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン!
夕飯後の団欒で 家内が買ったばかりのauと、私が買ったばかりのNTTドコモの携帯のワンセグなどの機能を
試しながら、互いに「凄い・凄い!」と連発。昨日はドコモの方がよい!ということだったが・・・
(字数制限のためカット 2010年2月28日)
ーーーーーーーー
2006年02月28日(火)
1792, 冒険投資家ジム・ロジャーズ
   世界バイク紀行−2             才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
一度きりの人生、極限に生きてこそ人生の面白みが出てくるのだろう。アメリカの現代的なエリートの人生の一つの
カタチを見せられたようだ。徹底的な自由主義者である。履歴からみて、間違いなくエリートコースを歩んでおり、
人生の設計図も緻密にたてている。 ー印象的な部分をランダムに抜粋した。  +。゚φ(ゝω・`○)+。゚
・「まず第一に殺されないようにすることです。 二番目には人生を楽しむこと。 三番目には世界を知ること」
 「人生は短い、遠くまで行け!そして深く考えよ!」 人生を勝手に難しくしているのは、我われ自身である。 
   解)深く考えつくした上でシンプルにすること。
 「殺されないようにする」は、旅だけを言っているのではない。 生活レベルの生存の確保もある。
・「大きな変化」
 −これがキーワードである。大きな変化とは、100年に一度の変化である。
 それを読み取るには徹した研究と調査と分析が必要である。そのベースとして、「歴史」と「哲学」が大切である。
   解)その潮流は情報社会の到来である。
・歴史のひとつの教訓は、真に虐げられた人間は立ち上がらないが、抑圧された人間が期待を目覚めさせられたときほど
 恐ろしいものはないということだ。そして共産圏の人々は期待を裏切られ、憤怒はその標的を探さなくてはならなかった。
 それぞれの地域を悩ませた民族や国家や宗教の対抗意識は再び噴出するだろう。もともと国境は合理的なものでなかった。
・政府はゲームのルールを変えることなど何とも思っていない。政府のおこなったことを個人がおこなえば監獄いきだ。
 たとえば投資家たちと契約を結び、後でルールを変えれば、一般的には詐欺と呼ばれる。S&Lの危機は記憶に新しい。
 S&Lはせいふに泣きついて 「大問題を抱えている。利益は吹っ飛んで、深刻な資金不足になっている」といえば、
 政府は、「では、会計規則を変えよう。本当におきていることは口外しないこと」と言った。
 政府は会計報告を操作できるようにしたのである。もし、私人が同じようなことをしたら、監獄いきになる。
 政府は「詐欺行為をしたのは少数の貪欲な奴らが起こしたことだ」と言った。政府はその貪欲な奴らの一部である。ヾ(´_`ノヾィ♪


4732,閑話小題 ー年金生活者になって垣間みえてくる貧困問題? 

2014年02月27日(木)

 年金生活に入って、事業人生の気の張りも緩み、かわり映えのない日々が続いている。年金生活になれば、娑婆ッケも抜け、
今さら欲しいモノも、してみたいコトも然程ない。還暦までが人生の面白いところ。あとは、自然の流れに身を委ねて、日々、
面白、可笑しく生きることを心掛けるしかない。生活に心配ない収入があるかないかだが、自然に適応するから不思議。 
同世代が、二ヶ月後から古希になる。 残された人生の期間が、あと平均10年になる。そのうち9年間が介護を必要とする、
というから、そう甘くはない。比較的恵まれた環境の生涯だったが、ここにきて、周辺が寒々とした空気になってきた。
貧困問題である。以前も書いたが、世界と比較した相対的貧困問題である。この東北震災の影響が今後、さらに深刻になり、
日本は貧乏国になることは避けられない。 以前にも少し取り上げたが、ーその辺りをネットでみるとー
《 日本の貧困率についての最新のデータ、OECDの2009年の統計によれば、日本の相対的貧困率は16.0%で、この年に調査
 された中では、イスラエル20.9%、トルコ19.3%、チリ18.5%に次いで4番目に相対的貧困が高い。同年調査された韓国
(15.3%)よりも高い率である。2009年には調査されなかったが、かねて貧困率が高いアメリカ合衆国が17.3%(2010年)、
メキシコが20.4%(2010年)である。 日本より貧困率が高いメキシコ、トルコ、チリはいずれもOECDには加盟しているが、
先進国と言える経済力ではないため、日本は先進国の中でイスラエル、アメリカに次いで3番目に貧困率が高い国になる。
逆に西欧諸国は大半が10%以下、全調査国中最も低いスウェーデンとデンマークの5.3%を筆頭に、北欧の貧困率が低い。
 厚生労働省の調査では、日本の相対的貧困は2009年の時点で16.0%は、データが存在する1985年以降で最も高い数値。
2007年の国民生活基礎調査で、日本の2006年の可処分所得の中央値(254万円)の半分(127万円)未満が、相対的貧困率
の対象となる。これは、単身者では手取り所得が127万円、2人世帯で180万円、3人世帯で224万円、4人世帯で254万円に相当。
日本は、かっての調査では北欧諸国並みの水準で「一億総中流」と言われたが、1980年代半ばから2000年にかけて貧富格差が
拡大し相対的貧困が増大した。なお、ジニ係数と相対的貧困率は定義が異るので一概に比較は出来ないが、単身世帯を含めた
すべての世帯における年間可処分所得(等価可処分所得)のジニ係数で国内格差をみると日本はアメリカ・イギリス・カナダ
・オーストラリアの英語圏諸国より格差が小さく、フランス・ドイツとほぼ同程度の格差であった。
 相対的貧困率は、1980年代半ばから上昇している。この上昇には、預貯金や不動産を所有しつつも収入は年金しかない
「高齢化」や「単身世帯の増加」、1990年代からの「勤労者層の格差拡大」が影響を与えている。「勤労者層の格差拡大」
を詳しくみると、正規労働者における格差が拡大していない一方で、正規労働者に比べ賃金が低い非正規労働者が増加、
また非正規労働者間の格差が拡大しており、これが「勤労者層の格差拡大」の主要因といえる。》と、やはり深刻である。
▼ 年金生活に入って、家にいるケースが多い上に、見栄など、どうでも良い年齢だが、それでも思わぬ出費が次々かさむ。
 リーマンショックによる静かな恐慌と、大震災による影響で、マイナスの影響を受けるのは、貧困層。 我われ世代は
「良い時代」を生きてきたが、これからは「悪い時代」に生きることになる。 良い時代を知らないから、それが当り前?
・・・・・・
4365, セックスがあいさつ代わりの類人猿
2013年02月27日(水)
              『あなたのなかのサル』 フランス・ドゥ ヴァール
 読書の合間に、Youtubeの他に、最近、アマゾンのネットサーフィンをしている。で、見つけたのが、この本である。
ボノボの、この習性を知ってはいたが、立ち読みでも面白い! これが人間の隠された本質かもしれない。
  ーまずは、ともあれ、この中の一節からー
≪ セックスがあいさつ代わりの類人猿ボノボは、発見が遅かったにせよ人間のタブーに接触のためか、あまり知られていない。
何と一時間半に一回セックスする。体格的にもずん胴なチンパンジーよりスマートで、より人間に近いと思われるこの類人猿は、
そのため動物園にもTVのお茶の間にも登場しない。このフリーセックスというか、挨拶代わりのセックスは、子殺しを防ぐことから
起こったのかもしれない。 父親がわからなければ、外から来たオスに殺されることが防げる。セックス相手のオスから庇護を
与えられるからお得である。ボノボでは若いメスは相手にされない。熟女が歓迎される。若いメスは性皮の腫れをパスポートにして、
新しい集団におちつくのである。 ボノボはメスのほうが権力をもつ。メスはほかの集団のオスともセックスすることによって、
オスの縄張りの意味をなくして、ボノボは平和な社会の可能性を開くのである。
 人間はセックスを社会生活から隠す。あいさつ代わりのボノボと違って、セックス相手をひとりのオスに絞ることによって、
育児の支援を受けるのである。ために家が必要になった。チンパンジーなら劣位のオスはセックスをとがめられる。
 人間はチンパンジーのように縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、メスを囲い込む。子孫や経済の共有がないから外集団との
争いが絶えないと思われるのである。ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる必要があるのではないかとヴァールはいう。
人間はチンパンジーのように縄張り意識や外集団に対する攻撃心をもち、メスを囲い込む。子孫や経済の共有がないから、外集団との
争いが絶えないと思われるのである。ボノボのように子孫と食物の共有が広くおこなわれる必要があるのではないかとヴァールはいう。
 チンパンジーには集団での権力闘争や序列関係があり、観察記録には如実にそれが現れる。人間はそれがあたかも存在しないか
のように暮らすから、動物たちの観察記録が参考になる。
 動物たちは序列を明確にする。それをボティランゲージではっきりとわかるように表わす。劣位の者は腰を低くしたり、腹を見せる。
人間には序列があるはずだが、それを明確に表わさないし、ときには無意識に行っているのに意識の底に潜りこませるのである。
それを明確に意識の昇らせるために、このようなチンパンジーの観察記が役に立つのである。≫
 ▼ Youtubeに、この映像がある。(今日のバードウォッチに掲載) これをTVで放映は出来ないのは当然。
  人間に最も近い類人猿の永年かけた知恵というから考えさせられる。食肉系女子を重ねると、いやに納得する。近親間では
  どうかは、分からないが、恐らくないのだろう。考えてみれば、これが桃源郷の世界ということ? 一時間半に一回ですか!
・・・・・
3990, 日本の、今そこにある危機
2012年02月27日(月)
  産経新聞一面に世界協力銀行の企画部長の論説、【日本の、今そこにある危機】の論説が現在の日本の
 実態を分かりやすくまとめてある。 これが現在の日本である。
* 日本のGDP(一人あたり)2000年には世界第3位だったものが2008年には23位に低下
* 国際競争力は1990年には世界1位だったものが2008年には22位に低下
* プラント(生産設備)輸出では2006年に韓国に抜かれ、今や成約実績で3倍以上引き離されている
* 貿易収支は31年ぶりに赤字転落
* イギリスエコノミストは『自動車の海外生産比率が2003年の49%から2014年には76%まで上昇する』と予測。
* 日本の国と地方の債務の対GDP比率は213%でイタリアの129%を大きく上回っている。
* サマーズ元財務長官(オバマ政権経済顧問)は『日本はもう終わっている』
▼ 莫大な借金を政府部門が抱えているのに金利が上昇せず、円高が続くのは、債務の95%を国内で保有しているため。
 このマイナス・スパイラルも、ますます加速しているが、これに対し政治が混迷をして思い切った対策が出来ない。
 もう「日本は終わった」のか? 更に東北大震災と、首都直下型地震と、東海、東南海、南海地震が待ち受けている。
 これから10年間は、日本は激しく衰退するしかないのか。 首相は一年しか持たないで交代するパターンを繰り返し、
 ある日突然、国家破綻の道をひた走り、国内は空洞化。国民は今そこにある危機にさえ鈍感で、ゆで蛙状態。
 国が滅びるとは、こういう姿か。充てがわれた民主主義の行き着いた結果が、これ。少し早めの?会社整理は、正解だった。
 ・・・・・・・
3625, 人は人生に何を求めるのか
2011年02月27日(日)
 人生の終盤に差し掛かり、ふと「人間は一生を何のために生きているのか?」という学生時からの問いが再び俄然と立ち現れてくる。
何度も問いかけ、問いかけられてきた問題だが、この年齢の、その問いかけは自分の人生の奥から沸きあがってくるから学生時代の
それとは違ってくる。 「己の魂を磨くため、高めるため」というのが、現在のアリキタリな答えになる。キュープラー・ロスのいう
レッスンとは魂を磨き高めるためである。 それは社会的に成功したとか、何かを残したとかいうことより、内側に一歩踏みこんだ
自分独りだけの醒めた問いかけと、その答えになる。 そこで、何度も問かけてきた、「魂とは、そもそも何ぞや?」という
根源的な話になる。 魂とは= 物理的には、大宇宙の中の微細な最大100年間与えられた肉体。それに対し、魂は、己の心の
背後に広がる内的宇宙と、そこに繋がっている己をいう。 それは「いま、ここ」から過去・未来に広がり宇宙に通じている。 
それを人間は一生をかけ心を通して広げ、高め、開放していくことが、人生が求めること。 自分の人生が半年、三ヶ月と、区切られたときに、
己は果たして何を求めていたのか、問題が立ち上がる。 「人生は魂の研磨を通して己を高めること」とすると、そこに知識と経験が必要になる。
求める対象にエネルギーを集中していく過程で己を高めることそのことが人生である。 よく遊び、よく学び、よく働く、こと。
その3つを心がければ、自動的に求めているところに近づくはずだが。人生が何を求めているかというフランクルの哲学になっていくが。
 そんな難しいことを考えることもない。 今ここ、を大事にすればよいのだが!
 ・・・・・・・
3260, 日米「振り込め詐欺」大恐慌    ー2
 2010年02月27日(土)
  ーこの本の論旨というと
「アメリカ発の世界恐慌」がこれから始まるが日本はアメリカに洗脳されたままなら、アメリカと一緒に崖から落ちて行くだけ。
オバマは2年で大統領を辞任し、ヒラリー大統領が登場する。 現在のままでは「日米振り込め詐欺構造」では日本が潰される。
既に「日米振り込め詐欺」で私たちの年金が吹き飛ばされたも同然で。日本の年金が国債などで吹き飛んで、近い将来には、
3分の1しかもらえない事態になる。しかし、これからはアメリカ処分案が実行される。アメリカが処理しなければならない
金額は4千兆円。 巨大バブル崩壊で失われた世界の富は総額6〜8京円。 その10分の1の処理が必要になる。 
その中で、日本はアメリカの洗脳から脱却しなくてはならない。ここで更に日本から60兆円を貢がせようと策動する。
これからアメリカは横柄な態度で次から次へと日本に政治謀略を仕掛ける。
 ▼ 以上だが、隷属国家の日本は、民主党への政権移管でアメリカと日本の官僚たちからの呪縛から解放される時である。
日本が稼いできた金は、ドル本位制度とかいうシステムで殆んど絞りとられてきた。 この著書は一年前に書かれたが、
著者の言うとおり、鳩山の脱税、小沢の政治資金疑惑など、明らかに日本の官僚がアメリカに策動された動きになっている。
そして、今度はトヨタバッシングである。 現在が日本にとって大きな節目。思い切ってアメリカと間を置くチャンス。
アメリカは露骨に日本の貯蓄を狙っている。 この数年が経済危機に見舞われるが、大元のアメリカの傷は最小で済む。 
「振り込め詐欺」というより、「抱き込み詐欺」に戦術を変えようとしている。 ドルを大幅に刷って、
世界中のドルの価値を一方的に下げればよいだけ。 それがドル本位制の正体である。アメリカは軍事だけではない、
小麦、トウモロコシなど、食物の生産国である。軍事と食料で日本など簡単にコントロールできる。
だから、いざとなると日本は腰が引けるのである。 人口減少と、戦後教育、とりわけ「ゆとり教育」で日本人は、
確実に骨抜きになってしまった現実がある。 頭と尻尾に、その傾向が大きく現れている。 
 ここで、政界再編成を早く実施して、新しい時代に向けた体制をつくらなければならない節目にきている。
今さら鎖国もできないだろうし。 欧州、アメリカが駄目ときたら、紆余曲折はあっても、中国、インドの時代か!
・・・・・・・・
2885,「思い出婚」というが!
2009年02月27日(金)
芸能関係の話も、たまには良いだろう。
ーまずは昨日の芸能界でのサプライズニュースの内容から
《 歌手玉置浩二(50)と女優石原真理子(45)が復縁し、東京近郊で同居生活を始めていることが24日、分かった。
 2人は85年に不倫愛が発覚したが、紆余(うよ)曲折があり翌86年には破局。 06年は石原が自伝で玉置の暴力癖
 などを暴露し絶縁したと思われていたが、2人は自伝の出版後も連絡を取り合っており、再び恋に発展したという。
 今月に入って同居を始め、玉置の自宅周辺では、買い物に出掛ける姿も数多く目撃されていた。
 80年代後半には泥沼の不倫騒動を起こし、06年には石原が自伝「ふぞろいな秘密」の中で「(玉置の)暴力が原因で別れた」
 と衝撃の告白をした。2度と顔を合わせるはずもないと思われていたカップルが、20年以上の時を経て再び愛をはぐくんでいた。》  
  (字数制限のためカット 2010年2月27日)
・・・・・・・・・
2008年02月27日(水)
2520, ライバルはディズニーランド!     ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
*IKEAの日本進出
 欧州を旅行をすると、首都の郊外で「IKEA」の店を見かける。
 何度か入ったことがあるが、組み立て家具の店でゴチャゴチャと雑然としているが面白い店である。
 本社はスェーデンにあるが、とにかくセンスがよくて、その割りに(欧州としては)値段が安い。
 北欧は家に招待しあい家具のセンスを競い合うのが互いの楽しみという。
 そのインテリアはシンプル&スタイリッシュで洗練されて、手頃な価格になり、日本の消費者にも
 支持されるのではないか。それか店としてのエンターティ-メンか!100円ショップも似たようなことを言っていた!
 そのIKEAが数年前に船橋に開店したことは知っていた。その後のニュースは聞いてなかったが、
 数日前の産経新聞の生活欄に記事が出ていた。日本でも本格的に出展を始めるようだ。 
 ーーーー
 ーIKEAの日本進出ー
*ライバルはディズニーランド
 それはIKEA日本進出の記者発表会でのことでした。競合はどこですか、という質問に対して、
 イケア・ジャパン代表取締役はきっぱりとひとこと。「ディズニーランドです」
 (字数の関係で中間カット2009年02月27日)
 ーー
 日本では、ニトリ、大塚家具、東京家具あたりが、当面の大きなライバルになる。
 日本人に組み立て家具が受け入れられるかどうかだが、私は大丈夫と思うが・・・。
  まさか、日本でIKEAの店が見られるとはね!               (。´_`)ノホンジャ!
・・・・・・・・・
2007年02月27日(火)
2156, 幸福に驚く力 −3               (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜
*「物語」の持つ力*           ー読書日記ー
  ーまずは、この本の中の「物語」の持つ力と不思議についての面白いところを抜粋してみようー
河合隼雄の「物語とふしぎ」の中で、「〇〇にとって納得のいく答えが物語になるのだ」
「正しい知識を供給しても人は納得できない場合がある」「人間の体験した不思議とか驚きを心に収めるために物語はある」
といっている。人は科学的、客観的にはおかしくても、それでも納得できる方を選ぶということを遠い昔からしてきたのである。
河合さんは、それを、「その人と世界との関わりを示すものとして物語はある」といっている。
「物語とは何か」を根源に立ち返って考えさせてくれる、あるエピソードがある。ある人が、南フランスに出かけていって、
一面のヒマワリ畑の中にたったそうです。ところが、彼はヒマワリに圧倒されて、ほとんど気が狂いそうになったといいます。
その時彼は何をしたか。ゴッホのヒマワリの絵を必死になって思い浮かべたというのです。
そしてその目の前のヒマワリと自分の間にゴッホのヒマワリおいて、そうすることで初めて精神の均衡を保つことだできた。
そう話してくれました。つまり、私たちは本当に対象となるものに直に触れているように見えるけれど、いつもそこに何か借りてきて、
それを通して対象と触れ合うことを無意識のうちにやっているんじゃないか。 自分と世界と直接結ぶということは物凄く大変なこと。
だから、こうだよという物語、それを借りてくるんじゃないか。 いま私がいう物語には絵も音楽も入っています。
つまり自分は世界とどう関わったかに答え、それを一つの形にしたもの。それを聞いた時に物語とは何か、ふっとつかめたような気がします。
ある波頭を見ていると、「あっ、北斎の波頭だ」と思わずつぶやく。もし、北斎のあの版画を見ていなかったら、本当にあの波頭を
捉えることができたか? ある人がこうつかんで、物語にした。その物語を借りてくることによって、対象と向き合う。
  (字数の関係で中間カット2009年02月27日)
・・・・・・・・・
2006年02月27日(月)
1791, 全日本ラグビー選手権が面白い!      (☆-v-)。o○《Gооd Мояйiиg》○     
昨日の全日本選手権の「NEC]と「東芝府中」が面白い試合であった。 最後の瞬間まで攻防が続き、6対6の同点引き分けで両者の優勝。
後半は東芝が一方的な攻撃になったが、終了間際のワンプレーが届かず、NECが守りきり同点優勝になった。
目の前のボールを拾えばゴールで東芝の勝ちだったが、するりとボールが前に滑ってしまった。(p>□<q*))          
去年がNECの優勝の為、宦官びいきで東芝を応援していたが,近年まれなる好試合であった。
表彰式では、お互いに笑顔が多かったのは、持てる力を存分出したからだろう。 (^―^) (*^-^*)
ラグビーは延長戦は無く、両者の優勝になった。これでNECにとって昨年に続いて連続優勝ということになり、
東芝はマイクロソフトカップと、トップリーグの合せて三冠をとった。 観ていて両者が全力を出し合った
後味の良い試合であった。今年は学生の優勝チームの早稲田大学がトヨタに勝つハプニング?もあった。
ラグビーは集団格闘技(乱闘)といってよい。よく観ていると激しい殴り合いを審番の見えないとこでしているのがみる。
体力勝負のところが面白いが、闘っている選手は恐ろしいという。まあ、観るぶんにはよいが!     


4731,閑話小題 ー結婚生活は、忍耐、努力、諦め!

2014年02月26日(水)

    * 結婚生活は、忍耐、努力、諦め!
  朝日新聞の土曜版に、美輪明宏の人生相談‘悩みのるつぼ’があるが、
これが面白い!先週は、結婚歴33年の57歳男性の「妻に振り回されているのですが・・」の相談。
《・質問 <私はマイペースの行動して個人の時間を大事にしているが、妻は何時も他人のことを気にし、
  何か不安があると、口にし、私に共感を求めます。総合的に私は、その妻に振り回されています。> に対して、
 ・答は <いい歳をして何もわかってない。男女は精神的にも、生理的にも違っていて考え方が根本的に違うもの。
 結婚生活とは、忍耐、努力、諦め以外のなにものでもない。これが、その正体であり、本質。現在、日本の若者たちの
 間で「シェアハウス」が流行している。言わば共同下宿で、一人で生活するのが経済的、精神的に難しかったりする若者が
 暮らしている。他人を必要としない時には、離れた部屋にいて、人の息づかいを感じたい時には、共有スペースに出て
 いって話をしたりする。結婚とは、そういうものでは? 還暦過ぎて、家に一緒にいるケースが多くなると、この姿勢が
 必要になる。妻を亡くしたことをシュミレーションしてみて、そのプラスマイナスを考えれば、自ずと答えが出るはず。
 妻のマイナスだけを見ずに、プラスもを考えて、感謝をしてみれば!> 》と、ギレがよい。
  家に入って3年近くになるが、互いに我が強いため大変だが。その間に、いや40年以上の結婚生活で至った結論が、
 上記の「シェアハウスと思えばよい!」 この三年間では、互いの居間の滞在時間を半々にすること。私がいる時間帯は、
 家内は食事の支度など家事をして、私が書斎で読書とパソコンや、寝室でドラマなどを見る時間帯は、家内が居間と、
 棲み分けている。 就寝時間も私が20時過ぎ、家内が0時。起床時間は私が冬場4時半、夏場が4時。家内は7時過ぎ。
 結婚以来だが、互いに自分のスケジュールを淡々とこなすが、2〜3ヶ月に一度は恒例の喧嘩になるが、数日で元に戻る。
 そこに自然と「忍耐、努力、諦め」が滲み出る。 色いろ見てきて「独り暮しの厳しさ」が分かるため、まず我慢、忍耐!
 だから、互いに違ったライフワークと、共通の趣味が必要になる。定年期を向えた日本中の団塊世代が、家庭内では、
 忍耐、努力、諦めの鍛錬の諍いが生じている。私のように、立場が180度も逆転した者にとっては、この実感が強い!
 m(。・ε・。)mスイマ-m(*- -*)mス・スイマセーン (≧◯≦)(-゛-;)~(TmT)ウゥ・・
   :/   u\;   コノヤロ(☆_@;)☆\(`-´メ)  
 ;/   ノル(<)\;   / ;u  ノ \   
 ;|  (>)  _)  \;/   ⌒   \    
 ;|::: ⌒(__ノェソ   /       、   
 ;.\ u ´   ソ /   ^     |
    ;\     ,  |             
   ,ヾ \_ n^^- \     j; __/
  ;/  ∠_;i  ̄丶/ ̄      \  ´          
・・・・
4364, 嘘と真実 −3  
2013年02月26日(火)            
               ー『「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲著』よりー
  嘘といえば、超能力と霊媒である。少しは本物もあるのだろが、99%はタネがある。所詮は、思い込みでしかない。
 世の中の現象、嘘と真実が丁度よい塩梅で混合している。営業活動は9割方は、これを知り尽くしたもの。絶対量と
 質を持ったものが、知らないものへ都合良く誘導する。政治など、まさにこれである。
   * サイキックマフィア
≪ 50年前の1961年の頃、世界心霊主義者協会の理事で、世界で最も金を取る霊媒師の一人だったラマー・キーンは、
全米各地で交霊会を催し、神秘体験を求める人たちの前で霊視能力や念動作用、心霊療法などさまざまな奇跡を演じてみせる。
スター霊媒ともなれば湯水のごとくカネが流れ込み、王侯貴族のような豪邸に暮らし、美女をはべらせて最高級のレストランで
食事をし、一流のナイトクラブで札束をばら撒く夢のような生活が待っている。彼がほかの霊媒とちがっていたのは、虚飾の
生活に倦んで正直な生活に戻ろうと思い直したことだ。彼は『サイキックマフィア』(太田出版)という本を書き、‘幽霊ビジネス’
のカラクリを暴露した。 交霊会では、さまざまな"奇跡"が演じられる。物体移動の実演も、そのひとつで、こんな感じだ。
会場から指名され壇上に上げられた男に、霊媒が訊く。「免許証をなくされたんじゃない」怪訴そうな顔で、男は反論する。
「そんなはずはないよ。免許証はいつも財布に入れていたんだ」 「だったら、確認されたらどうですか?」
男が財布を開けると免許証はどこにもない。「お捜し物はこれですか?」霊媒は、胸ポケットから男の免許証を取り出してみせる。
もう少し手の込んだものがある。交霊会で、年配の女性に霊媒が尋ねる。「最近、大切なものを無くされたのではないですか?」
そして、それを出してみせる。何ということはない。スリを雇って予め抜き取っていたのだ。交霊会の前に、広告などで参加者を
募る。霊媒は、その中から適当な人を選んで、人を雇って花を届けさせ、家の中の様子をうかがい、情報を取る。そして、
あたかも霊感があたったように、その詳細を全員の前でいう。 ≫
 ▼ 要は事前に情報をとっていて、手品のように効果的に使えばよいだけ。どんな社会にも、神秘体験に惹かれる人たちがいて、
 ‘本物の神秘体験’を求めてオカルト世界を放浪する。そんな彼らのために、‘超能力’を演じ、効率的に搾取する仕掛けが
  できている。そしてサイキックマフィアが、そういう連中の情報を互いに流している。キーンが、活躍したのは1960年代。
  あれから半世紀が過ぎ、科学は進歩してが、そのテクニックは更に進歩した。手品師が、こぞって霊媒師に変身していった。
・・・・・・
3989, カーネーション
2012年02月26日(日)
 朝の連ドラの「カーネーション」、初めから見続けてきたが、なかなか面白い。デザイナーのコシノ三姉妹の母親と実家の商家を
題材にしたドラマ。初めの触れ込みは、「NHKの朝ドラで、一番がらの悪いヒロイン役」だった。 これを見るにつけ、私が育った
実家が思い出される。このドラマの数十倍の濃さと激しいドラマがあった。父が亡くなった後の私の代も次々と問題が起きていた。 
商家の家族には、あらゆる問題が全て現れ出る。この連ドラには、ヒロインの三姉妹の母親の業が、赤裸々に表現されている。 
和装店から洋装店への業種の転換と、親娘の商売上などの葛藤などの実話が背景にあるため非常にリアル。また主役のタレントも
役に憑依したような熱演。ヒロインの思い込みの強さと、目の前の障害に身体ごとぶつかっていく姿は、私の20歳、30歳の頃の
姿を見ているようである。 あの赤裸々の柄の悪さ?は、時代の変化に対応するに自然に出てくる姿。 時代は商売に関係なく先に
動いていく。その変化対応には捨て身で取り掛からないと難しい。 その辺を、このドラマは上手に脚色をしてある。 
 実在のコシノ三姉妹の子供の頃からの取っ組み合いの喧嘩も、リアル。 私が事業を始め気づいたことは、事業に家族や親戚を
入れてはならないのが鉄則。 事業は極限の限界の連続。そこで相打ちになる。コシノ三姉妹は、そのことに気づいていたようだ。 
三姉妹の母親の子育ては、殆ど祖母が担っていた。 浮き役としてのオバアサンの役割が、そこにある。人類の進化にオバアサンの
存在の役割があったという説がある。経験の知恵伝達をオバアサンを通して、子孫に教えを伝える役割である。 
その役割を、とぼけたオバアサン二代が、巧妙に果たしている。 それぞれが主体的に生きてこそ人生ということか。 
いずれにしても同じことだが・・・
 ・・・・・・・
3624, 自己の探究 ー1
2011年02月26日(土)
 「 自己の探究 ―自己とつきあうということ 」 和田 渡 (著)
    ーアマゾンの内容
 悩む人にも、悩まない人にも。偉大な思想家たちの思索をたどりながら、他者や世界と繋がる自己発見への旅。
 モンテーニュら偉大な思想家たちの思索を辿りながら、誰もがそこから逃れられない厄介な「自己」とのよりよい関係の構築を模索する。
   ーー
  哲学史から、世界との関係より、自分自身との関係を重視した思想家たち、ソクラテス、モンテーニュ、パスカル、アミエルなど、
  を取り上げている。「自己」の哲学的意味を知りたい人が、その思想家を見つけるための「カタログ」でもある。
  どのページを開いて、4〜5行を読むと自己に対する意味が自己完結しているように書いてあるのが良い。 
 ≪ 自己への問いは、いわば、われわれに課せられてくる問いなのである。日常に亀裂がはいり、自己の存在そのものがひとつの問題で
  あることに気づかされる時が、われわれに訪れるのである。ひとたびこの問題に遭遇すると、自己は一種の棘となってわれわれを
  苦しめることにもなる。----- しかし、その歩みを通じて、自己がどのような存在であり、自己として生きることがいかなることかが
  少しずつ見えてくるであろう。 自己への旅は、われわれが自己の多様な側面を解きあかしていく思考の経験であり、自分との対話や
  反省の試みを介して自己を掘りさげていく経験である。 ≫
 ≪ 自己探究という冒険には、終わりがない。それというのも、自己は不断に変化することをやめないからであり、自己を探究する
  視線にも変化が伴うからである。 それゆえ、この冒険は、変化するものをめざす視線と、それ自身が変化する視線とが交錯するなかで
  くりひろげられる絶え間ない自問自答の過程である。 そこでは、見えていなかった側面が見えてくる、自分に疑いなく見えていたと
  思っていた側面が疑わしくなる、自分の見方の狭さ、窮屈さが見えてくる、もうひとつ先を読む見方が自分に求められてくる、
  というようにして自分を軸にした思考がくりかえされる。 この思考は・柔軟性を欠けば、こり固まって偏狭な自閉的世界へと
  入り込んでしまうのかもしれない。 ≫
▼ 60歳を過ぎてから、自分では見えていたと思っていた側面が疑わしくなってきた。 老化とは偏狭な自閉的世界に入るプロセスでも。 
 最近、自分の中に以前から下町などで見てきた歪んだ顔の老人の姿が合せ鏡になってきた。 自分の老いを見つめることも自己探究。
・・・・・・・
3259, 世界の深さは、世界を読む人の深さにかかってくる
 2010年02月26日(金)
  *蒟蒻問答
八五郎。昔の伝で上州は安中で蒟蒻屋を営む六兵衛を頼ってやって来た。 六兵衛さん曰く「丁度村の寺に住職が居なくて困っていた所だから、
そこの住職になれ」と勧められた八五郎、気楽に過ごしていたが、ある日、諸国の僧侶が問答をしたいとやって来たから、大変。
当時は、問答をして負けた方が、寺を明け渡して出て行かなくてはならない決まりがある。八五郎は、仕方なく、その日は住職は留守だとして
旅の僧を引き取らせますが、また来ると言われ、困った八五郎六兵衛に相談、六兵衛は自分が住職になって適当に追い返すと言うので八五郎は
代わってもらう。次の日、早速旅の僧がやってくると、住職になりすました六兵衛。 僧の前に座ったきり口をきかない。
旅の僧は住職が無言の行をしているのだと勝手に思い込んで、身振り手振りで問答をしようする。自分の胸の前に、指で小さな丸を作って
前に突き出すと、住職に成りすました六兵衛、若い僧を睨み付け、両手を大きく動かして円を書く。
(字数制限のためカット 2012年2月26日)
・・・・・・・・
2884, 被膜で隔てられて
2009年02月26日(木)
          「ことばの顔」ー鷲田清一    中公新社
  被膜に隔てられてー ミッシェル・セールの哲学
    ーもし君が身を救いたいと思うのなら、君の皮膚を危険にさらしなさいー
 何気なく読んでいたら鋭い指摘に、深く納得。
   ーその一部をまとめてみるー
 私たちは傷つくことを深く恐れているらしい。いつも被膜越しに、防禦壁ごしにものに、出来事に関わろうとする。
 関心がないわけではない。強く惹かれるけれど、それにふれて、ぶれてしまうことを恐れるのだ。そう、火遊びをこわがるのだ。 
 とりかえしのきかない痕跡が残ることを怖がるのだ。TV、ビデオをまるでマジックミラーをのぞくかのように、まるで透明人間のように、
 他人のプライベートな空間に入って行きたいと思う。あるいは殺人事件の現場、他人のセックスを身近でみたいと思う。
 それも自分がその場に身体をもつことなく。
 ・ホラーや怪奇のビデオは今も人気がある。 バラエティ・ショーも、この場合は、自分も実は観たいし
  参加したいが、画像を通せば簡単に参加した気分になれる。
 ・TV、インターネット、携帯電話、など全てが被膜を通している。
 ・透明ラップ ー> スーパーの魚や肉も同じである。 調理済みにしてパックされている。
 私たちは、自分の皮膚をさらさない、避難所に立てこもったままで、しかし他者に、異物に関わりあいたいと願う。 
 いや、現代ではその被膜こそが、唯一の対象なのかもしれない。物ではなくて媒体そのものが最初の、異物と思われない
 異物なのかもしれない。そうすると、他人でも物でもなく、媒体という遮蔽膜が私の環境になっているかもしれない。
  セールは、(内部)を皮膚という表層の効果としてとらえた人だ。皮膚と皮膚とが接触するところに〈魂〉が生まれると考えた。 
 唇を噛みしめる、額に手を当てる、手を合わせる、括約筋を締める、そうすると〈魂〉が生まれる、と。そう〈魂〉をさらした
 ゲームの中で、ひとはじぶんの存在に触れる。そう、傷の中で、時間がなにかのきっかけで思い出したように疼かせるあの傷の中で、
 そう、負った傷だけ、たしかに〈わたし〉は存在する。少なくとも「美には傷以外の起源はない」。そういったのはジャン・ジュネである。
  ーー
 以上だが、中高年になって人生を振り返ると、この言葉の深さが思い知らされる。 最近になって、傷の痛みが深く疼く。
 忘れていた嫌な記憶がフラッシュのように蘇る。しかし、その痛みの分だけ〈わたし〉は存在してきたのである。
〈魂〉をさらした分だけ、自分は生きてきた。 そして、その痛みに疼くこと、それが生きていることになる。
 情報機器で私たちは何時の間にか囲まれてしまい、我が身を危険にさらすことが少なくなっている。それが、
 自分自身の真の危機であることをしらないで・・・  そういう私も年齢を重ねるごとに(皮)膜が厚くなる。 
 それが老いるということなのだろうか?  この恐慌で世界中が情報機器の便利さも重なり、内籠り傾向になってきた。 
 それが実は恐ろしいことである。 充分に皮膚をさらした後なら、まだ良いが。 中年クライシスや、初老性鬱病は、
 その過剰や過小を起因とする。 充分すぎるぐらい曝してきたか? こんなものか? 傷の疼きに聞いてみよう!
 ・・・・・・・・・
2008年02月26日(火)
2519, ジム・ロジャーズの講演 −1
2年ほど前にジム・ロジャーズの本を二冊読んだが、なかなか面白い内容であった。
その彼が日経新聞の主催の講演会で述べた内容が、この日曜日に載っていた。
 大まかの内容をまとめてみた。
 世界の大きな流れとして、
*21世紀は中国の時代。= 中国で何か問題が起きたときは投資のチャンス。20世紀はアメリカの、21世紀は中国の世紀である。
 私の娘は完璧な中国語を話せる。2003年生まれの娘にとって一番身に付けさせたいスキルだったので覚えさせた。
*アメリカ離れ進む= 私の娘はアメリカドル預金を持っていないし、私も資産をドルから撤退させるつもり。
 株式もアメリカ及びアジアで現在株価は下がっている。 配当利回りなどいかなる指標を使ってもアメリカの株式は割高。
 3〜4年周期で上がったり下がったりするだろう。短期売買で儲ける人々もいるだろうがすすめはしない。
*日本株= アメリカ株に投資するよりは良いので多少持っているが、アメリカの影響を受けない会社に投資したほうがいい。
 アジアの 水・農業関連また中国人の観光に関する会社ならアメリカの影響を受けないので有力。私は日本では高齢化関連の会社、
 幼児関連の会社などをもっている。 日本の商品のブローカーはこれからリターンが楽しみだ。
 日本は現在少子化対策をあまりしていないが、やがて少子化対策に動くと信じ幼児関連の会社に投資している。
*通貨= 私は10から20ぐらいの通貨をもっているが、最近は、人民元・日本円・スイスフランに投資している。
 人民元は交易量がどんどん上がってきている。人民元は非常に割安で安全な投資先。 日本円やスイスフランは何かがきっかけで
 キャリートレードの巻き戻しがおこり上昇するだろう。オーストラリアドルやニュージーランドドルに投資している人は
 日本の低い利率が変わるときに注意すべき。利率が変わると他の国の人が円を買い戻す動きが起こる可能性がある。
 利率だけにこだわってアメリカドルに投資するな。長期ではアメリカドルの価値は下がる。それをふまえたならもっていてもよいだろう。 
 商品の時代に1999年からはじめった商品の上昇相場はおそらく2020年まで続くだろう。企業を分析して株式に投資するより商品は簡単な投資。
 需要と供給をみればいい。オイルをみると、供給はここ25年間減っている。40年間、大きな油田の発見がなく、アラスカ・メキシコ
 ・北海など既存の油田も産出量が減っている。 国別で見ればイギリス・マレーシアは10年以内に輸入国になる。
 中国・インドネシアはすでに輸出国から輸入国になってしまった。またどのオイル会社も埋蔵量が減っているというデータもある。
 一方需要は、世界全体が成長し続け増え続けている。一人当たりのオイルの使用量を国別で見ると中国は日本の約10分の1、
 インドは約20分の1。 中国・インドの人達はいま日本のような暮らしがしたいと思い働き・投資をしている。
 特に現在30年〜50年来割安な農産物への投資がおすすめする。最高値より砂糖は85%・コーヒーは60%・小麦は50%安い。
(字数の関係で中間カット11年02月26日)
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2007年02月26日(月)
 2155, 格差社会        (~Q~;)  おはよう〜〜ファ〜
先日TVを見ていたら格差社会について報じていた。事業者の立場の実感として、その拡大をヒシヒシと感じているが、
さらに加速しているようだ。自由競争が情報化やグローバル化により、激しさを増した結果である。「20対80」の法則が、
「5対95」の法則に変化したということだ。(20の要素に80が集中する法則が、5に95が集中)
  ー以下の数値は「格差社会」で検索した結果であるー
就業者の33%が200万以下の収入で、30佑非正社員。その雇用形態による所得格差は、リクルートワークス研究所の
04年7月の調査によると、正社員の平均年収は532万円、派遣社員は227万円、定職に就かないフリーターは167万円。
派遣社員やフリーターがこの三年で更に増えてきて、それが格差拡大につながっている。
 −−
先日の新聞によると、「生活保護世帯の補助金に満たない就業者が25%になった!」と報じていた。
その影響は結婚にも表れている。大学を卒業して1年後に正社員だった男性は10年後に71%が結婚しているが、フリーターは
35%しか結婚していない。背景にはフリーター期間の長期化による現在や将来の経済的不安がある。
  (字数の関係で中間カット14年02月26日)    


4730,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー4

2014年02月25日(火)

   * 口ーマ帝国の繁栄と共通する国際巨大資本 〜   ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
  少しテーマと違う内容だが、国際巨大資本が、ますます肥大化をしている反面、その恩恵を受けてきた新興国も
 変調の兆しが出てきた。巨大資本とローマ帝国の繁栄と衰退を類推して、その将来を見通すと・・ ーその辺りからー
《 ローマ帝国が衰退した第一義的な原因は、ゲルマン人の侵攻とされています。しかし、その背景をより深く洞察すれば、
 .殴襯泪鷽佑帽颪鮗茲螳呂泙譴董⊃靴燭蔑療擇粒容世困難となったこと、△修侶覯漫∪鐐菘枸譴魍容世任なくなり、
ローマ帝国の経済基盤であった農業が衰退したことーのふたつが、実質的な衰退の原因となったことがわかります。
欧州から小アジア、北アフリカまでを制覇した巨大帝国は、ゲルマン人の武力ではなく、自らの経済力の弱体化によって
歴史から姿を消したのです。 この構図は、現代の国際巨大資本が、新興国や途上国で資本主義の領上を拡大している姿と
似ています。欧米の巨大資本は、労働力の安い新興国や途上国に工場を設け、安価な製品を先進国に送り出すことによって
巨額の利益を上げてきました。
 ローマ帝国が領土を拡大できなくなってから衰退したのと同じように、労働力が安価な国を追い求めるフロンティア
開拓式の資本主義は、いずれ限界にぶつかります。実際に中国では、急激な経済成長によって沿岸部では人件費が高騰して
おり、価格を武器に輸出を拡大することが難しくなりつつあります。
 また、「リーマンショック」による世界不況で、欧米の消費は冷え込み、先進国への輸出によって高成長を実現してきた
新興国や途上国は、かつての高成長を保てなくなってきました。これらの国々に工場を建設して製品を輸出していた欧米の
巨大資本も、同様に成長を保つに四苦八苦しています。農産物の生産が立ち行かなくなって崩壊に追い込まれたローマ帝国と
同じように、国際巨大資本も"国際分業体制"というビジネスモデルの限界にあと10年か20年で到達しようとしている。
 時代や場所が違っても、同じ状況と条件がそろえば歴史は繰り返すのである。・・・ 》
▼ 世界はアメリカによって実質支配されており、グローバル化などは、アメリカ規格の基準の順守を前提としている。
 情報化によるネット世界も、その大元はアメリカが握っており、おお方がコントロールされている。近代化=西欧化だが、
 それが果たして幸福を意味するか?というと、どうもおぼつかない。金=神では、幸せになれる訳がない。
  私自身を振り返ると、一日の三分の一以上は、テレビかパソコン生活。確かに面白く、便利だが、少し不自然。
 スポーツジムや、電動アシスト自転車にしても、これまで無かったマシーンを使った文明のリキ。せっかくだから、
 使わない手はないが、それに比例して幸せになったかというと疑問である。 しかし、私自身、毎日が面白く、楽しく、
 時間が足りないほどで、一日がアッという間に過ぎ去るのも確かで、近代化の恩恵を充分に受けている。 
 幸不幸は、近代化が云々の問題ではなく、生き方の姿勢の問題である。 現代のローマ劇場が情報機器ということか。
・・・・・
4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー7
2013年02月25日(月)
           「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
   * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話
 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景のワンシーンは抜群。
その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。
≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を買ってきてくれた。
 笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。
その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、最後の一切れが私に配られる。それに醤油を
一タリつけて食べると、それが美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。 それから何年後に、義兄が、車内で
思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて
買い求めて、早速、食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、「それほど美味くないが、
どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら
食べるから美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、その人も納得していたという。≫
 ▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、鮮明に思い出てくるから不思議。
 ウィキペデアによると、【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を用いて発酵させずに
 酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。 今では、スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。
 小学校の5年から高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、いやに懐かしい。
 母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や
 文鳥、カナリヤを飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 読書を薦めてくれる人はいなかった。
・・・・・
3988, 閑話小題 
2012年02月25日(土)
   * アマゾンの「なか見!」が良い
 ネットの立ち読みとして最近、アマゾンのサイトの「なか見!」を覗いているが、これで本一冊の半分以上の情報を得ることが可能。
その上に類似本が自動的に紹介されるので次々とチラ読みができる。さらに、読者からの感想投稿文の要約が幾つかある。
iPadで、月々450円を払うと多くの週刊誌や月刊誌を立ち読みでき、毎日の楽しみの一つである。 その何冊かはバックナンバーを
ダウンロードすることが出来る。バックナンバーでも、コラムとか、趣味のコーナーに面白いのが多くある。去年の春にリタイアーし、
気持ちに余裕ができ、腰を据えてネットや書籍を読む環境が出来たのと、40数年の縛りから外れたのが大きい。
アマゾンのチラミの「なか見!」も、慣れてくると濃厚な読書タイムになる。 あらためて「本はすごい!」「ネットはすごい!」と、
実感する。本屋の立ち読みをネットで可能になるのである。図書館と、近くのSCにある蔦屋の書籍コーナーと、アマゾン内の書籍検索が、
現在の私の情報収集のネットになっている。 ネット上に、まだ知らない有効なサイトが溢れているのだろうが、私のレベルでしか、
有っても、理解できないことも確か。その人の経験と知識の範囲でしか、物事は理解できない。だから好奇心と実行力が必要になる。
  * 生涯単身者
 私の従兄弟と私の兄を含めた17人のうち、早死にした私の兄三人を除いて14人が結婚している。
兄三人は既婚年齢を超えないで亡くなったので、全てが既婚といえる。しかし私の息子を含めた甥っ子が9人にうち未婚が4人。
これから一人が結婚しても、三分一が生涯未婚の可能性がある。50歳まで未婚の人の割合を「生涯未婚率」というが、1985年までは
1〜3%で推移していたのが、5年後の1990年に二倍の5・6%、2005年には16%で6人に一人の割合に、現在30歳が
50歳になる2030年には男30%が、女22%と予測されている。今までの家族単位に重きを置く社会通念が、個人単位になり、
生活もコンビやスーパーで調理品や日用品を手軽に買うことが出きる。目先、結婚する必要性がないのも大きな要因になっている。
ペットの犬は、子犬から飼わないと飼い主とはシックリいかない。人間も同じで、適齢期を超えた者同士は、丁度良い相手と出会う確率は
歳を重ねるごとに低くなる。 30歳前後の男女と、40歳を超えた男女とは、相性が年々悪くなっていく。
 ・・・・・・
3623, 日本人発明の食べ物
2011年02月25日(金)
 カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを作ったのが日本人である。
日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために
天皇が肉を食べてみせた。そして、仮名垣魯文がカレーのレシピを作ったのが始まり。カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは
有名で、香りが何ともいえない。これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、インスタントカレールー。 
これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれるようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に浸透していった。
更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンにアンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に
日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。
 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。日本というより世界屈指の発明である。
これは日清食品の、創業者の安藤百福がつくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たりにつき、
15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食として、世界中の津々浦々まで浸透している。
最近では、回転寿司である。酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。古来からあるもの食文化を、
外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに変えてしまったもの。最近では米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。
 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客にサービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)
する業種は日本だけという。外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは日本だけ。
これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。
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3258、日米「振り込め詐欺」大恐慌 −1
 2010年02月25日(木)
  日米「振り込め詐欺」大恐慌 
    ー 私たちの年金・保険は3分の1に削られる  副島隆彦/著
[要旨]オバマ大統領は2年で辞任し、世界は緊急の金融統制体制(預金封鎖)に突入する。日経平均は4500円を割り込んで
  最安値を更新。金(ゴールド)も買えなくなるから、今のうちに金にしがみつけ。これから2012年までに何が起きるのか?
  「9.15のリーマン(破綻)ショック」を事前に言い当てた著者の提言。 年金などもらえると思ってはいけない。
  ドルは大暴落し、日本もアメリカと一緒に沈む。暗黒の世界に突入して以後の3年を予測。
 ーカバー裏
・ 米国債とドルの大暴落でこれから「アメリカ発の世界恐慌」が始まる
・ オバマ大統領は2010年にドルを半値まで切り下げて辞任する(後はヒラリー)
・ FRBと米国務省は今から2000兆円のドルを刷り散らす
・ アメリカの「振り込め詐欺」(ネズミ講)で日本の700兆円が奪われた
・ 日本の年金資金の半分が吹き飛んで、もう年金は3分の1になる
・ NYダウ平均は3000ドル台へ、日経平均は4500円を割り込む    
・ 大銀行、大証券といえども潰れないという保証はなくなる
・ 日本も緊急の金融統制体制(「預金封鎖」)に追い込まれる   
・ 金(ゴールド)もいずれ買えなくなる
  〜〜
 この本は、去年の4月30日に発刊されている。アメリカの執拗な日本に対する謀略は、著者が言うとおりになっている。
鳩山の脱税容疑、小沢の政治資金問題で、元秘書の逮捕など、あまりに露骨な日本攻撃である。ここで、さらにトヨタの狙い打ち。
そして、裏ではアメリカ国債の押し付けが行われている。そのアメリカは、何処も買う余力がないので、日本にアメリカ国債を
買うように執拗に迫っている。それが、アメリカ「振り込め詐欺」である。実際のところ、何処が違うのか? 同じである。
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2883, 現在のクラッシュは全面事故そのもの
 2009年02月25日(水)
 「現代思想」ー金融恐慌特集ー の中で、
都市学の研究家が、スリーマイル島や、チェルノブイユ原発事故などを取り上げている仏国のジャーナリストが、
今回の金融危機を一連の原発事故と同じ視線で捉えているところが新鮮である。「歴史」の加速現象が、これらの重大事故の
主要な原動力として捉える。 これらは偶然ではない。「歴史の加速」より、現実的なものへの加速への移行ではないかと。 
このことを「進歩」という。我われは、「現実主義」の時代を生きているが、一歩ふみこんで「瞬間の時代」に入ってしまった。
このような「できごと」を、切断という特異《唯一無二》の出来事の分析をすることを勧めたい。《事故》は一つの発明であり、
創出された作品である。「金融活動」は一つの仮想世界を創出した。しかし、これも現実の一部。 この仮想世界は、
植民地に喩えることが出来る異邦性の一形態である。 移住可能な遊星の神話である。今回の金融クラッシュの被害者は、
サブプライム・ローンをかけた人々である。彼らは住拠を失いつつある人々である。金融クラッシュは、国家そのものを
不安定にしつつあり、株価や土地などの価値を落としていく。我われは未来の生きられなくなってきている。 
そこで、現在しか生きられないが、現在にさえも生きられなくなっている。それが我われが現在経験していることである。 
これは、原発事故が現に起こったときと同じこと。人は「起きていること」を見抜かなければならない。無理解は恐れを大きくする。
私たちには恐れている暇など与えられていない。最も恐れるべきは、生活の全領域まで及ぶ、
個人的で内密的やる気無さです。あれやこれや、個人として行うことに及び腰になることである。
ーーー
解)解ったような解らないような内容だが、要は地球全体に大きな影響を及ぼす大災害と捉え、
 割り切って手を打つべきということ! とにかく次の爆発を最小限にし、多くの教訓を吸収すべきである。
 従って、チュルノブイユ原発事故と同じく二度と起きないように原因を展覧すべきである。
 ところで、昨日の昼飯で寄った喫茶店にあった「週刊ポスト」の中で‘たけし’が「今回の大不況は災害だから、
 派遣切りにあったホームレスに仮設住宅を与えろ、っちゅうの!」と、のたまっていた。もしかしたら、
 誰かが知恵を与えたのでは?と思ってしまった。世界を覆った大惨事と捉えれば、 日本中に一人当たり1万2千円を
 ばら撒くより、緊急宿泊施設こそ優先すべきことである。 そこで、麻生のズレタ感覚を面白おかしく茶化していた。
 職安で、仕事を探しに来た若者を相手に「自分の目的を持って仕事を探しなさい」と言った世間知らずは、あまりに御坊ちゃまと! 
 今さらだが、シェルターぐらいは作った方がよい。アメリカは教会が、その役割を果たしているというが。
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2008年02月25日(月) 2518, 閑話小題 
 *アース
 一昨日、最近出来たばかりの長岡の映画館で「アース」を観てきた。一人で映画を観るなど数年ぶりである。
新潟では、よく観たが・・・画面が小さいのがきになったが、それぞれ大きさが違うようだ。
この映画の中のカジキマグロが魚の群れを襲っているところと、鯨の親子の南極への数千キロの
長い旅路が印象的であった。二時間近い上映が半分近くに感じたのだから、内容があったのだろう。
還暦を過ぎると1000円というのがよい。1〜2ヶ月に一度はいくか?
 *何で今になって三浦?
 27年ぶりに。「ロス疑惑」の三浦和義がアメリカで逮捕された。誰の目にも彼が犯人というのは明らかだったが。
あれから27年とは! 今の若い人なら「誰?」ということだろう。米国の連続ものTVドラマに「コールド、ケース」
が面白いので見ている。 この紹介文に日本とアメリカとの司法制度の違いが紹介されている。
 −“コールドケース”とは未解決凶悪犯罪のこと。
アメリカでは原則的に殺人罪に時効がなく、未解決事件がいきなり再捜査されることもある。何十年も前の事件も、
当時まだ無かったDNA鑑定など、現在の最新テクノロジーを駆使すれば、解決の糸口が見つかる可能性は大きい。
また当時の関係者が重い口を開き、意外な真相を語り出すことも……!「コールドケース」が「CSI」シリーズと異なるのは、
回想場面で事件発生当時の時代背景を細かなディテールに至るまで再現する点。 よって普通の犯罪ミステリーを超えた、
濃密なヒューマン・ドラマがそこに浮かび上がるのだ。 −− とあった。 本人(三浦)も「青天の霹靂」であろう。
三浦の殺人の無罪判決は検察とマスコミの敗北だった。今回もアメリカが何時、無罪放免するかもしれない。
その結果、三浦が告訴による生活費確保の餌食を恐れて、報道の腰が引けているのが面白い。
この時期の逮捕は沖縄の暴行事件に対するアメリカの政治的な思惑と考えるとタイミングとして辻褄があう。 
また三浦騒動の始まりである。それより日本の司法の問題点が大きくクローズアップするだろう。
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2007年02月25日(日)
 2154, 立川談志             (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜
先日のハイビジョン特集 「立川談志 71歳の反逆児 」( 2月20日(火)後8:00〜)が面白い。
  まずはNHKのHPにあった ー内容ーから、
立川談志といえば早くから「天才」と賛辞を浴び、鼻っ柱の強さで落語界、落語だけでなく政界でも大暴れ。
落語協会に公然と反旗を翻し、脱退して立川流を立ち上げ、まさに「破天荒」を絵に描いたような人生を送ってきた。
  (以下、字数の関係でカット 2011年02月25日)
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2006年02月25日(土)
 1789, おやじ、ありがとう ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]      ー 読書日記
 母親は家を象徴しているが、父親は社会の象徴になる。母親に対する思いの本は数多あるが父親に対する思いの本は数少ない。
男にとって父親は煙たく、恐い存在であリ、人生の乗り越えなくてはならない大きな壁でもある。私にとって父親は最大の恩人であり、
教師であった。この世で私を誰よりも愛してくれたのは、間違いなく父親であリ、次に母親である。
故人も含めて一人だけお礼の言葉を残すとしたら、「おやじ、ありがとう」である。     ´Д`*)ありがとぉ☆            
母親の夢は見ても、父親の夢はその数十分の一しかみない。でも、この世に生まれて一番恵まれたのは「父親」であると確信をもって
いえるのが幸せある。男が父親を語るとは、自分自身を語ることにもなる。父親を否定するほど惨めなことはない。自己否定になるからだ。
親元を離れて初めて両親の愛情を感じるものである。私の父親に関しての思いは、この随想日記で何回か書いてきた。
「商売が好きで好きでたまらない」が、父の姿であった。仕事が好きかどうかがプロとして一流化どうかの分岐点だろう。
父は、戦前、戦中、戦後と時代の変化に従って事業を変えていった。父親の姿を見ていて仕事の厳しさと人生を学んだ。
特にお金の哲学は家訓的に叩き込まれた。それにしては  ??
・仕事を楽しむべし!       ・人間を選んで付き合え!
・質実剛健の生活を忘れるな    ・小金をつかうな!大金を使え
・肩書きを求めるな、実利でいけ  ・変化をみて、思い切った変身をすべし その為に情報に敏感であれ!
・人間は、まず疑ってかかれ!
 以下は、検索で調べた内容の紹介である。
  (以下、字数の関係でカット 2012年02月25日)


4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3

2014年02月24日(月)

    * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜◆   次峽从冤渋脳で人生が変わる!」中原圭介著
  自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペアが多い? 私が?パラノで、家内が?
 「パラノ」と「スキゾ」について、浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。
《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分統合化して背負いこみ、それにしがみついている
  ようなのを言う。パラノ人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に進もう、少しでも多く
  蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」(『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した
 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表しています。
 ・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど時点ゼロにおいて微分ー差異化
  しているようなのを言う。スキゾ人間は、「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ
  あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り
  続けるパラノ人間に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間であるということです。
  浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。
  頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、《追いつき追いこせ》の運動が活発化する
  のであり、それを否定するスキゾ人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」です。
  しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》
   ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー
【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間にはパラノ型とスキゾ型の二つがある、と説。
 ・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。
 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬にすべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。
 もっとも基本的なパラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこをセンターとしてテリトリーの拡大を
 図ると同時に、家財をうずたかく蓄積する。妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。
 このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、パラノ型になってしまう。これビョーキだが、
 近代文明はまさしくこうしたパラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、それなりに
 安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。
 ここで《住むヒト》にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。ふみとどまらず、とにかく逃げる。
 そのため身軽じゃないといけない。家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためこんだり、
 家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので用を足し、子種も適当にバラまいておいて
 あとは運まかせ。頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】
▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。 
 私自身は、50歳まではパラノ型で、それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 
 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? 
・・・・・・
4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4
2013年02月24日(日)           
   * 親しい友人は何もしてくれない理由    「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著
 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる事実がある。当たり前のことだが、
親しい友人に物事を頼ること自体が間違っている。 が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている
≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が伴うため淘汰されることを経験上知っている。
 また強い親しい友人は似たような仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。 知人の方が弱い絆で責任も伴わないし、
違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、
人と人を結ぶことに喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に資産を加えることが出来ることを
経験上、彼らは知っている。 紹介された方は心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人と
6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル
時代のビジネスでは、その‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る。・・・ ≫
 ▼ ビジネス社会をみると、有能の人の人間関係の貸借対照表の資産が本当に多い。私など人間関係論を専門にしてきた割に
  全くというほど資産がなく、逆に負債もない。独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、
  その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、
  もしくはそういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それはすべての友達にあるものではなく、
  自己犠牲ができるほどの友達関係の中に存在する。》とあった。 基本は、「人は人 我は我 されど親しく」である。
  群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって「半グレ」が話題になっているが、
  自立できない半ガキの群れそのもの。半子供だから群れるしかないのも分かるが・・ やはり法律で締め上げるしかない。
  何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす貨幣空間も、これまた面白いようだ。
  逆に、それとは全く違った資産勘定も必要だが、歴史上の偉人とか、小説上の人物でも親しい人は作ることが可能である。
・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか)
2012年02月24日(金)
      宇宙は本当にひとつなのか ー1
 * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
 2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵する以上に大きく変わった。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、その周りを地球が周っているに過ぎないと
主張した以上の大きな衝撃的進展という。 それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの
一部分でしかないものだった。 ここで、残る96%は何か? というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒エネルギー。
それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。 ところが、その暗黒物質が分かる一歩手前まで来たのである。
この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙はもっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものがわずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。
殆んど宇宙のことが分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つでしかない裏ずけがで始めてきた。
 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、
宇宙のことが格段に知られるようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないかという説。
それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったというのを最近、知ることになった。
哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、
多元宇宙論を知ると、所詮は、そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。137億年前のビッグバンで
我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる
通路と思われる。これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
  ・・・・・・・
3622, お姥捨てるか裏山へ
2011年02月24日(木)
            「日本の名著名言事典」より ー1
* お姥捨てるか裏山へ    「楢山節考」 深沢七郎著
  ーまずウィキペディアの「あらすじ」からー
 山に囲まれた信州のある村。今年も楢山の歌が歌いだされる季節になった。村の年寄りは七十になると楢山まいりに行くのが習わし。
 六十九のおりんはそれを待っていた。息子の後妻も無事見つかって安心したし、山へ行く時の支度はととのえてある。
 済ませることはあともう一つ …。
 −塩屋のおとりさん運がよい 山へ行く日にゃ雪が降る−
 自分が行く時もきっと雪が降る…おりんはその日を待ち望む。孝行息子の辰平は、お供で一緒に行くのだが、気が進まず元気がない。
しかし家計を考えて年明けも近い冬の夜、誰にも見られてはいけないという決まりで背中に母を背負って楢山まいりへと出かけていく。
辛くてもそれが貧しい村の掟なのであった。
  ー以下の部分が凍りつくようである              ―「日本の名著名言事典」紀田順一郎著より
「 お姥捨てるか裏山へ  裏じゃ蟹でも這って来る  這って来たとて戸で入れぬ  蟹は夜泣くとりじゃない 」
 山深い村で昔、年寄りを裏山に捨てた因習がある。或る時、老婆を捨てたところが這って帰ってきてしまったので、
家の者たちは「這って来た、這って来た、蟹のようだ」と騒いで戸をぴったりと締めて中へ入れなかった。
家の中では小さい子が蟹が本当に這つて来たのだと思い込んでしまった。 老婆は一晩中、戸の外で泣いていた。
その泣き声を聞いて子供が「蟹が泣いている」と云ったのである。家の者が「蟹じゃないよ。蟹は夜泣いたりしないなよ、
あれはとりが哺いているのだ」と子供などに話してもわけがわからないので、そう云ってごまかしてしまったのである。
この村では、白米は年に一度の楢山祭の時や、重病人でなければ食べられない。 早くに嫁を貰うことは愚かなことで、
それは少ない食料が減るからである。「曾孫が生まれる」のは多産や早熟の者が続いているということで、嘲笑の対象。
老いても丈夫な歯を持っているのも恥ずべきで、食い意地が張っていて、浅ましいと見做される。この村は七十になった老人は、
裏の山へ捨てられる。 息子が背板に老いた親を乗せ楢山に登っていく時に一言も喋らず、後ろを振り返らないが山の掟である。
 ▼ それほど遠くない時代に日本の山間部には、こういう風習があったようだ。現在の日本は不況不況と騒いでいるが、実際に、
  こういう時代が来ないとはいえないことを知らない。隣国の北朝鮮が、これに近い惨状といっても、現実としては考えられない。
  それにしてもリアルである。都会などの餓死などの孤独死があるが、楢山考と何処が違うのだろう。
 ・・・・・・・
3257, 閑話小題
2010年02月24日(水)
 * つれづれに
  半年に一度ぐらい、この随想日記、書くネタも何も尽きて呆然とすることがある。
  この数日が、それだろう。 そういう直後に多くのネタが湧き出てくることも経験的に知っている。
  書き続けることの効果を実感しているから維持できているが、書く気力が萎えるのは如何しようもない。
 * 消費税のアップ
  今年度の国家の税収が、予算より2割のダウン。 90兆の支出に対して37兆の収入しかないという異常事態。 
  こうなれば、消費税のアップしかない。 ということで、緊急に「来月から議論に入る」という。
  それしか目先の増収の手立てはない。それにしても、あれだけの綺麗ごとで支出をしておいて、何おかいわんである。
  パーセントのアップは、我われの収入が5パーセントダウンと同じことである。これでは、ますます消費意欲が減る。
  消費税分を値上げはできないところが大部分だろうから、恐慌にますます拍車をかけることになる。
  5年先は、いや3年先の景気を考えると背筋が寒くなる思いである。
 *政界の再編成が動き出した
  民主、国民新党の自民党切り崩しで、二人が移動し、参院の過半数を確保した。これで社民党の連立からの
  離反が時間の問題になってきた。次の仕掛けは、公明党との連立か、自民党の若手をゴッソリと狙うかである。
 *保険業界の現状
  昨日、取引先の保険会社の社長が来社、少し早いが長岡まで車でおくってもらう。保険業も3〜4社の大手の寡占化が始り、
  弱肉強食が鮮明になりつつあり、保険のオバサンや、中小の保険会社の淘汰が激しくなるという。
  5年で200万人が40万人に激減し、保険屋難民が彼方此方で溢れるとか。 何処も同じである。 
・・・・・・・
2009年02月24日(火)
 納棺師ーおくりびと
米ロサンゼルスで行われていた「第81回米アカデミー賞」の外国語映画賞部門にノミネートされた「おくりびと」が
外国部門賞に決定した。 この映画の概要といえば、ひょんなことから遺体を棺に納める“納棺師”となった男が、
仕事を通して触れた人間模様や上司の影響を受けながら成長していく姿を描いた作品である。
 10年ほど前に長岡市内の叔母が亡くなった。分家でもあるので葬式の主催者として準備を手伝うことになった。 
たまたま喪主の弟の知り合いが葬儀場の担当者で納棺師であった。 納棺師という職業に興味をもって、
色いろたずねたところ、転職の経緯から、納棺師からみた色いろの人生模様を詳しく聞くことができた。 
以前に火葬場の火夫の手記を読んだことがあるが、納棺師の話は初めてである。
 印象に残ったまま書いてみると
・小さな子どもが亡くなった葬儀は、正視できないほどの哀しみが満ちている。
(字数制限のためカット 2012年2月24日)
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2008年02月24日(日)
 2517, カキクケコの精神
 何気なく本棚に塩月弥栄子の「冠婚葬祭入門」を手に取ったら
「カキクケコの精神」があったが、それが面白い。  「カ」は 感謝することに照れない。
  「キ」は 緊張感を楽しむ。          「ク」は くつろぐ。
  「ケ」は 決断力。              「コ」は 好奇心を持ち続けること。
  美空ひばりも、この言葉気にいっていたというが、他にもカキクケコの精神として
 「カ」感動、感激。神の心 。           「キ」聞く、気配り、協力。
 「ク」クエスチョン(疑問をもつ)。クリエーティブ 「ケ」健康。ケセラセラ(なるようになる)
 「コ」行動。向上心。
(字数制限のためカット 2012年2月24日)
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2007年02月24日(土)
2153, 幸福に驚く力 −2
     オッ(*^○^*)ハ〜ヨウ!         ー 読書日記
幸福に驚く力とは、日常の中にある見落としている幸せに気づくことです。
それは大自然の中で己の小ささを自覚すること、その小さな自分の中の、小さな幸せに気づくことが第一歩である。
まずは、その抜粋から ー自分の小ささを知るということー
 *世界の広さと深さを感じとる
子どもって小学校も高学年になれば、大人たちを冷徹な目でみますよね。
卑しいなとか、えげつないとか・・・・。でも本の中にはもっと卑しい、えげつない人がいっぱい登場してきますし、
周りに素敵な人だなと思う人がいても、物語の中にはもっと素敵な大人がいっぱい出てくる。イメージできる
人間の幅がぐっと広がってくるわけです。これは今にして思えば本当によかった思います。何故そう思えるかというと、
今の学生は人間を殆ど知らないと思うからです。生の人間に会っていないのではないかと思う位です。
すべてあるのに、何もないって感じ。学生たちは「どうせ大人なんて」とか、「どうせ社会なんて」とよく言うんですね。
「そんなことはない。大人の中には凄い人はいる。人間ってそう簡単にタカをくくれるものではないぞ」と知らせたいのです。
人間の素晴らしさを知り、世界の広さを知ることで、自分が限りなく小さい存在だということがわかってくる。
でも、小ささを知ることが、喜びにもなる。そういう体験を、無意識だったかも知れないが、私は子どもの頃より
ずいぶんしてきたような気がします。学生たちに、「自分がうんと小さいことが、喜びになるような体験をしたいね」
というと、「そんなことをしたら、生きられなくなる」と言いますが、それは、言いかえると、人間というものは
こんなに素敵なんだ、世界はこんなに奥行きあって広いんだと知っていくことなんですね。
苦しみや悲しみは生きているかぎりあって当たり前。それらと闘うことは、その時は苦しいが、でも面白い体験なんだ
ということを、本を読めば徐々に知ってくることができる。自分と周りのわずかな世界しか知らないと分らないんですね。
学生たちは情報が大切というが、でもいくら情報を集めても生きたことにはならない。
しかし物語は読み方によっては疑似体験ができるし、体験を積み重ねることができる。
 解)ライフワークの秘境旅行に惹かれる理由の一つは大自然との一体感の感動の中で「自分の小ささを思い知らされる」
  ことである。その実感が歓喜に変わる瞬間、この一ポイントが永遠への窓である。
  求めなければ何度でも永遠を感じとることが可能なのが、人生の面白いところである。人間はアナザー・ワンで
  あると同時に、オンリー・ワンであることを知らされるということです。
 *「傷つく権利」と「怪我する自由」
若い人たちは、愛することを知らないで、愛されることばかり願っている。悩む力、悲しむ力、あるいは苦しむ力が最近
非常に弱っているように感じられます。現実的に難しいなら、せめて文学を読んでこういう力を少しでも養わなければ。
 (字数制限のためカット 2011年2月24日)
・・・・・・・・
2006年02月24日(金)
1788, 愛のアフォリズム−3     ≪( \(・ω・)/ )≫オハヨゥ☆  −読書日記
ー情熱
情熱はさめると氷より冷たくなります。  (ジャ・シャガール)
情熱を癒すことができるのは分別ではない。 別の情熱だけである。(ルートヴィッヒ・ベルネ)
私たちが情熱から解放されるのは、その情熱をとことん味わいつくした場合だけである。(マルセル・ブルースト)
                    ーそりゃそうだ!でも、そうでもない場合もあるが!
(字数制限のためカット 2014年02月24日)


4728,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー2

2014年02月23日(日)

   * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜    次峽从冤渋脳で人生が変わる!」中原圭介著
  時代はバブル崩壊辺りから変わってしまった。と共に人間の生き方も、ここで大きく変化を始めてきた。
 資本主義の論理の限界もみえた中で、貨幣に縛られ振り回されている枠を見直そうという動きも出てきている。
 先進国といわれてきた人たちと、後進国といわれる未開の地の人たちの文化と、果たしてどちらが優れているか? 
 それが構造主義である。  ー以下の解釈が、明快であり、納得できるー
《 「脱コード化」社会においては、貨幣が王に代わって社会の頂点に君臨するわけではありません。
 貨幣は、頂点と底辺の間(言いかえれば「王座」と「世俗」の間を行ったり来たりと、めまぐるしく回転運動します。
 人々は貨幣を追い求めるため、それを資本として活用することで商品やサービスに換え、より多くの貨幣を手に入れる
 という生産活動を繰り返します。「もっと豊かに」「他人より幸福に」という人々の思いに突き動かされて、貨幣は資本と
 なり、資本はさらに貨幣を生み出し、それが資本として再投下されます。貨幣はそのような無限の運動を 繰り返すのです。
 このように、貨幣が「王座」と「世俗」の間をぐるぐると回り続ける様子を、浅田彰氏は『構造と力』の中で、
 「クラインの壺」をモデルに使って解説しています。「クラインの壼」とは、境界も表裏もない壺のことです。 
 実際の三次元世界では存在しえない形状ですが、円錐形である「超コード化」社会との対比として、動的な「脱コード化」
 社会のイメージを明確化するために、このモデルを採用した。 ここで注目したいのは、「脱コード化」社会においては、
 「貨幣が、人間の欲動をクラインの壷における反復運動のエネルギーに転換させることによって、秩序を維持するための
 装置として機能している」ということです。・・・
  ここの狙いは、哲学的な「ものの考え方」や「もののとらえ方」を身につけ「経済予測」に生かす方法を説明することに
 あります。 ・・現代の資本主義社会は、人間がお金によって動かされ、生かされる社会であり、人間が幸福になれない
 理由はそこにある、という話をしました。では、どうすれば人間は幸福になれるのでしょうか。そのひとつの答えとして、
 浅田彰氏が『構造と力』に続く著書『逃走論』で提示しているのが、「パラノ」人間から「スキゾ」人間への転換です》
▼ 最近、シルクロードの一つの村々の人たちの姿と、アメリカの都会の人たちの姿を比較すると、果たして、彼らが
 先進をしているのか疑問に思わざるをえない。フンザの老人と子供たちの澄んだ姿と、あのファッションの姿を比べれば
 一目瞭然。アメリカの主軸通貨のドルと、米国債を、貨幣と資本に当てはめると面白い。アメリカ資本が二種類の紙切れで
 世界を牛耳ってきたことが見えてくる。その循環の大元を握っていれば、紙切れの発行をするだけでモノが手に入る。
 パラノ人間が、スキゾ人間から、ものを収奪してきたのが人類の歴史といっても過言ではない。ブータンのように、
 地政学的に隔離されていれば、それはそれで良いが。だから、生き方として、実社会人の時は、パラノ型で、50歳を
 過ぎた辺りから、スキゾ型になる、そのために定年がある。森からサバンナである。  ーつづく
・・・・・・
4361, 嘘と真実 −2
2013年02月23日(土)          
   * うそつき        「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著
 この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の
行蔵がみえてくる。そこには、自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がってくる。
特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたくないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。
身勝手の本性に小理屈をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。だから生きていられることもある。
  ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言といわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。
「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》
「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』ときに、より効果的にうそをつく」《犯罪者の起点は、ここから始まる》
「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》
「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 
 《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》
「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞きたがっていることを語る。この関係は双方的なもので、
 政治家が有権者の自己欺まんを代弁することもある」《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。
 これ、恋愛もいえること。 人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」
 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 現在の国内政治にも心当たりあり! 》
「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》
「幸福というものは、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》
「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力がある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》
「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」
「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしいように思われるものであっても、
 その人の過去の歴史的事実とはあまり関係のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》
「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、正確な歴史的事実など重要ではないということもある」
「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なものでもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。
 その道徳的価値が判断されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」《リアルのウソが効果ある》
「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、人間は自分の真実の実像を見ていたら
 耐えられないのは自明である。そして、「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。
「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として栄えるために不可欠の要素」がある。
 自分が「不完全である」という事実を受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、
 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。
  ▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、自分を見つめれば分かること。本当のことって
   あるのだろうか? 本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、本当もうそになる。
   利口者の自己欺瞞と、馬鹿の正直者、その間に揺れているのが心。利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。
 ・・・・・・・
3986, 生保に入るバカ、入らないバカ ー3
2012年02月23日(木)
  ここで、著者は、保険会社の危なさを次のように書いている。
 ≪ 「生保」という商品は不思議で、ふだん買い物をして、商品を持って帰る段になって、買ったものが買い物袋に入っていない
   (しかも10万〜15万円分足りない!)のに気がつかないのは、変だろう。(p.144)≫と・・・
  セールスは顧客のためにというのは嘘で、会社のために、顧客の無知に付込んで契約をする。それも弱者の不安を掻き立てて。
  最近は、成人病でポックリというのが多いが、40歳後半までに死ぬ確率は非常に低い。65歳まで亡くなる確立は2割である。
  それを死ぬか死なないかの5割の確率で命をかけた博打をするのだから、保険屋が儲かるのは自明。 (詐欺的)要素を
  持った商品をセールスが言葉巧みに、貧しく無知の主婦を狙い撃ちにさせる。保険会社のビルが立派なのは、顧客を信用させる
  小道具のため。国家予算と保険の売上が同額というのだから呆れる以前に、むしろ感銘を受ける。
   ー それでも生命保険に入りたい人に「生命保険のカラクリ」著者の岩瀬 大輔は次のような心掛けを勧める
  ◎ 生命保険にかしこく入るための7か条
 一、死亡・医療・貯金の三つに分けて考えよう      二、加入は必要最小限、を心がけよう
 三、まずは中核の死亡保障を、安い定期保険で確保する  四、医療保障はコスト・リターンを冷静に把握し、好みに合ったのを選ぶ
 五、貯蓄は金利が上がるまで、生保で長期の資金を塩漬けにしてしまうのは避けよう
 六、すでに入っていても「解約したら損」とは限らない。見直そう  七、必ず複数の商品(営業マンではない)を比較して選ぼう 
  ◆ 数年前のことだが、家内が街中で見知らない女性にスカウトをされたという。それが保険勧誘員。
  「何か保険セールスに御似合いのようで、如何ですか」と勧誘されたと嬉しそうにいう。 「典型的な保険セールスの
  キャッチじゃないか。カモがネギをしょっているように見くびられただけ。まさか乗ってしまったんじゃなだろうな」と、私。
  もちろん断ったというが、なる程!幾らでも手があるもの。保険のブラックボックスは、あの契約書。好き放題、手前勝手でも
  法律の限界を守って、全国レベルの経験則が入っている。相手は単独の無知の大衆。マスコミも広告もあるので、それに触れない。
  私の両親は、数千万はゆうに払ったがバックの話は聞いたことがない。Oとかいう関西系の保険屋の男に食い物にされていた。

・・・・・・
2881,アメリカの住宅金融の惨状とは −2
2009年02月23日(月)
 ーサブプライム金融恐慌の構造と意義ー 伊藤 誠  −2
                        (現代思想ー金融恐慌特集)

ここで著者は二階の建物で、このサブプライムローンを分かりやすく説明している。
1Fが、借りてと貸しての間の第一次住宅金融市場をめぐる問題
2F が、一階部分で形成された住宅抵当権を集めて抵当担保証券として束ね、
 販売し取引する第二次市場の問題としている。
ここでは書かれてないが、隣のビルに格付け会社があり、隠れ通路でつながっている。
格付け会社の直ぐ上の階には保険会社があって、そこが保険をかけることで格付けを上げる仕組みになっている。
そして、それを世界の金融機関にばら撒いていったのである。
本人たちはプロの金融マンという自覚だったが、その実態は態の良い詐欺でしかなかった。
本人達の何割かは気づいていたが、とにかく歩合を稼ぐことしか頭にない連中であった。
特に世界を壊滅的にまでしたのは2Fにおいて重層的証券化をしたことに関わっていたことである。
 −−
このように視覚化して、この問題を考えると分かりやすい。
この問題の性質の悪いのは、2Fの連中が、一階に御客を選ばず住宅を売りつけることを推奨したことである。
1Fのものにとって、誰でも良いといえばホームレスでさえ住宅を売りつけていった。
更に、住宅の値上がりを前提として、車のローンまでつけていたのである。
その毒に変わる可能性のあるサブプライム・ローンを、他の債権に一割の割合で混ぜて束ねて売ってしまったから、
他の9割の債権まで、腐った債権になってしまったことは、何度も書かれてきたことだ。
その債権は、世界中の金融機関、そして資産家、中産階級の資産運用として売られ不良債権化しつつある。
この金融恐慌は、世界恐慌に発展・転化するだろうが、「世界恐慌」を専門とする学者は、1929年の世界恐慌より
遥かに大きい者になるという。この恐慌は三年にわたり深化して、株価の暴落に続き、銀行恐慌の三次にわたる
波状的な大波に見舞われ、アメリカの全銀行の四割の倒産、失業率25パーセント、デフレスパイラル、
世界農業恐慌、再建金本位制による国際通貨体制の崩壊、国際貿易の収縮、経済生活の崩壊をもたらした。
今回は、これに近い、いや、それ以上ではないかという恐怖が広がり始めている。
しかし、日本の巨大なバブルの破裂、アジアの経済危機、ITバブルの破裂に加えて、今回の経済危機でも
何とか大崩壊が現在でも免れているのは何故だろうか? 諸説あるが、今度考えてみる。

・・・・・・・・・・
2008年02月23日(土)
2516, 人は何年先に標準を合わせるべきか?
                     (。´_`)ノおはぁ。
以前、経営セミナーに通っていたとき、
ー経営とは短期目標は5年先に焦点を合わせて現在の戦略を立てるべきである。ー
という言葉が印象的であった。しかし、それを実行しただろうか?というと非常に疑問である。 
9・11事件など思いもよらない事件が起きるご時勢であるが、逆に5年というと、読めるのではないだろうか。
現在の世界情勢と日本情勢からみて、この5年間は間違いなく大乱である。
根っ子は情報化を起因としたグローバル化からくる、民族、国家などの既存の体制の崩壊と、
創造が始まるからである。 その意味で、それぞれが選択と集中をした生き残りを
しなければならないのである。 まずはアメリカと中国が大きなポイント。

人間にとっても5年先を読んで現在は何をすべきか考えるべきである。
大方の人は7年と、10年か、どちらかがサイクルである。
それは、その人によって違ってくるが、7年をサイクルとするとき3年、5年を中で切るとよい。
「へ」を7年とみると、三年が右上がりで、4年が下がりになる。これは商売を始めたときの目安となる。 
だから、売り上げや利益を維持しようとしたら翌年から新たに「へ」の字の初年目を始めていなければ
三年目のピークを維持が出来ない。毎年、創業を始めるような革新をしなけらばならないということだ。
「日々新たに」革新してないと現状維持が出来ないということである。
その辺を、しっかりと見極めてないと、右下がりから逃れることが出来ない。これが意外と出来ないのである。
50歳の人だったら57歳の自分を想定して、現在何をすべきかを考えなければならない。
60歳でもよいが・・・私の場合は+7年=69歳の自分、そこから逆算して現在は何をしたらよいか考えるべし!
ということになる。 それもこれも、どうでもよいか?という声が、聞こえてくるが!
                         (●´Å`)ノ ホナ ・・・・・・・
2007年02月23日(金)
2152, スピリチュアル・ブームを考える −3
     b(^o^)dおっ W(^O^)Wはようー♪
 
香山リカ(精神科医)も現場の様々なケースを見ているから説得力がある。
生まれかわりを前提に生のリセットを真面目に考える人がいるというから、来世などを
吹き込むと間接自殺幇助になってしまう。騙すほうも騙される方も命がけである。
スピリチュアルだけでなく、判断をすべて人に委ねる人を見かける。
本当に多いのだ。携帯電話がそれを助長する道具となっているから、ますます他人志向的になる。
その連中が安直に求めるのがこのブームの背景にある。
ーー
現在の風潮に「これって本当?」とすべてを疑うのは野暮!という価値観の広まりは、
TVの捏造問題とも強く関係している。精神医療の現場では最近、「死後の生」を前提とした上での子供や
若者の自殺を企てる者をみる。彼らがこういった番組の影響を受けてないと、考えにくい。いま売れている、
こういった類の本に「すべてのものはあなたの意志を超えたところで決まっている必然なのだ」
というメッセージが溢れている。

この意志を超えたものは「前世」であったり、「宇宙の大いなる力」であったりするが、
これらの中に重大なメッセージがある。ひとつは「だから、今が不本意なのはあなたの努力不足ではない」
いまひとつは「だから、いくら頑張っても何も変わらない」ということだ。
つまり、「あなたは悪くない」と個人を免責しておいて、「少々頑張っても何も変わらない」と、
努力の放棄や不満の受容を勧めている。少しでも状況を改善したければ、「守護霊」や「宇宙の果て」からの
メッセージを媒介してくれる霊媒師や超能力者の声に耳を傾け、それに従うしかない。

何とかして欲しい」と願う個人が霊や宇宙といった超越世界と直接、つながって
救われようというしておきている、いまのブームは
「組織は世の中を自分たちの力で変えることで何とかなるかもしれない」
といった社会的な視点がまるっきり抜けている。もちろん人生のかなりの部分は理不尽で
不本意なものであり、怒りや悲しみを乗り越えるためには「目に見えないもの」の力も時として。
必要なこともある。しかし、それは苦から身を守る最終手段であって、
日常的に安易に「死後の世界」や「宇宙の力」を持ち出して解決しようというのは、
決して社会の進歩ではなく、むしろ退化と考えた方がよい。

 ーーー
 なるほど、そりゃそうだ。運命論ほど馬鹿馬鹿しいものはないが、
 スピリチャル・ブームの批判につかうとは、さすがである。
 神社のお土産品の「お守り」も、古典的なグッズである。
 お賽銭って、神様への賄賂というが、100円?というのが可愛い!
・・・・・・・
2005年02月23日(水)
1422, 新型MPUについて

最近よく新型MPUの記事を目にする。MPUといえば、超小型演算処理装置をいう。
  (字数制限のためカット2014年02月23日)
・・・・・・・
2004年02月23日(月)
1055, TVが面白いー上海建築家コンテスト
  (字数制限のためカット2014年02月23日)
・・・・・・・
2003年02月23日(日)
690,「わたしを認めよ!」
・・・・・・・
002年02月23日(土)
340,ある時間の断片ー3 
1968年9月2日  六日町 雲頓庵

朝6時に目が覚める。6時半に顔をあらい掃除をする。
食事の後、「流通革命」を後半100頁を読み終える。
そして昼飯。小千谷の根本医院の長男がやってくる。二浪とか「つらいだろう!」
13時から17時半まで「流通機構の話し」を読む。
中央公論の流通の切り取りも読む。 何か集中が足りない。
21時半に禅堂にいって座禅をくむが、何かごそごそという音がする。
こわごわ見ると猫みたいなのがいる。一瞬凍りつく!
よく見ると小さなイタチみたいだ。皆を呼びにいく。全員でそれを追いかけまわす。
逆に歯をむいてくる。とりあえず戸締りをして、次の日にする。


4727,閑話小題 ー「受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり〜」

2014年02月22日(土)

   * 受け継ぐ〜京都 老舗料亭の代替わり  <プレミアムアーカイブス 2/19 (水) 9:00〜11:05 >
 最近の日常生活に、午前中のNHK・BSの過去の名作番組を見ることが多い。これが未知の世界を垣間みることができ、
 下手な読書より遥かに良いことに気づいた。 今回は7年前の番組。 ーその番組内容によるとー
《400年の歴史を持つ京都の老舗料亭「瓢亭」が、転機を迎えようとしている。14代目主人で日本料理を代表する
 重鎮・高橋英一から、15代目となる息子・義弘への代替わりである。 挑戦することで新鮮な魅力を生み出し続けてきた
 京料理の魅力の神髄を、新しい和食を捉えようと格闘する15代目と、彼を励まし育てていく周りの老舗料亭の主たちの姿を
 通して描き、京都の伝統文化の奥行きと幅の広さを浮かび上がらせる》
▽「京都の老舗料亭の代替わり」となれば、静かな寝室で二時間かけジックリと、その世界に入ってみた。
 京都の歴史が作りあげてきた独特の京料理の世界は、奥行が深い。ライバル店の主が競合店の調理場に、平気で入って、
 料理場の様子をみる。お互いにフリーの長年の京都独特の慣習という。また、先代が亡くなった場合、その知りあいが、
 他店の後継者の面倒をみる。京料理の世界が共同体のようになっている。また100店以上の料理店が互いに腕前を競い
 合う展示会が年一回は開かれ、それぞれの新商品を展示する。これぞ京都の古くからの原風景の世界が映し出されていた。
   * 記憶のモザイク
 以前行った旅行先の写真をネットで探し、気に入った何枚かをファイルに入れ、改めて見ていると、タイムスリップを
したように、当時の光景が蘇ってくる。 その先が異郷・秘境のため、強力に脳に焼きつき残っているが、撮ってある写真は、
さほど良くない上に、記憶が年々薄れていく。しかし、その時の感動を思い出しながら、画像検索にキーワードを入れると、
忘れていた記憶が鮮明に戻ってくる。その写真が磁石の役割を果たしてくれる。情報機器の進化が、同じような体験をしてきた
人たちの画像がネット上に溢れ、次々と新鮮なそれぞれの瞬間が現れ出てくる。現地で実際に見ていた光景が、きめ細かく、
広範囲に、新たに追体験が可能になる。例えば長岡花火のフェニックス。自分が撮った写真よりネット上の写真の方が遥かに
臨場感がある。「パンプローナの牛追い祭り」や、「リオのカーニバル」のなどの熱狂は、現場に実地に行かないと味わえない。
しかし、当時の感動を思い浮かべながら、検索で現れ出てきた写真を見ていると、当時と同じような追体験が可能である
当時の朧げながらの記憶も、ネット上の写真から生々しい記憶に置き換えることができる。 ケニアの丘で見た夕景。
そこに足の骨折で取り残されたヌーが印象に残っている。いつ猛獣に襲われるかもしれない恐怖で立ちすくんでいる姿が、
痛々しいが、何とも美しい。それらの記憶が脳の染み込んでいるためか、ネット上のアフリカの夕景が違って見えてくる。

・・・・・・
4360, 閑話小題 ー久々の百均ショップ
2013年02月22日(金)
   * 久々の百均ショップ
  仏壇用のライターと、チャックが壊れたのため、衣服用の両面マジックテープを探しに『百円ショップ』にいってきた。
半年ぶりである。「日本の主婦は世界で一番、頭が良い」というテーマのTV番組があった。 百均ショップの商品を、
材料にし、組み合わせて新たなインテリアを作ることを趣味にしていた主婦を紹介していた。恐らくネット世界で情報が
流れているのだろう。 私の周りには、この数年来、買い集めた百均の小物が100はくだらない。100円だから欲しく
なるものは数多ある。 以前より、針に糸を通す道具があれば、と思っていた。子供の頃、市場で針通しの小物を売って
いたのを見たことがあった。で、探すとあった。極細の針金が二つ折りになっていて、それを針の間に入れて、出た先で
糸が通る位の空間ができ、そこから引き出すことで糸を通すというもの。成るほどである。 家内が目が悪いので、ボタンの
縫いつけや、ほつれ等は私がすることが多い。 これも慣れると面白い。 あと、iPadのスタンドがあった。ネットで
買ったものがあるが、かさ張る。 単行本用の書見台にも使えるので衝動買いをしたが、実際使ってみてなかなか良い。
30分、5百円のディズニーランドと思えば良い。で、要らない物が、溢れかえっている。
   * 久々の夢の中の母
 そういえば、最近あまり母親の夢をみてなかったが、一昨日の朝方、母が出てきた。それもリアルに。 ふと眠りから
覚めると、居間の炬燵で母が隣に寝ていた。夜半に私も転寝をしていて、母親に声をかけた。80歳代半ばの年令で、夢では
呆けてはなかった。夢は現実との境が無くなっている。毎晩、寝ている場所が母親が寝ていた同じ位置にあるためである。
末っ子ということもあり両親から特別愛され育った。また、その後姿から多くのことを学んだ。父親の死亡年齢に、あと4年
足らずになった。本当に良い両親に恵まれて良かったと年齢を重ねるたびに思いが深まる。 父親との差はあまりに大きい。
両親とも、常に何かテーマを見つけて追い求める人だった。意識として両親から出発して、最期は、そこに戻っていくのか。
・・・・・・
3985, 生保に入るバカ、入らないバカ ー2
2012年02月22日(水)
 生命保険は生命を賭け対象にした博打。 保険屋が騙すのも悪いが、騙される方も問題。確率論を背景に不安心情につけこんだ
悪質?商法が生命保険の本質。 彼らは必要悪と嘯くが、それも程度の問題。 欧米の二倍の9割の世帯が、3倍〜8倍の額の契約、
というと10倍以上の額を生保に支払っている異常さに誰も気づいていない。 国家予算と同額が生保の餌食とは、日本沈没も当然。
愚かさという点では、他人にいえた柄でないが・・・ 私が生命保険嫌いのため、家内は、こっそりと家内名義の給料の全額を
40年近く預金をしていたことを、後で知った。ある意味、それが正解だった。死ななかったこともあるが、塵も積もれば山。 
それが現在の命綱になっているが、それを生命保険に注ぎ込んでいたら、数分の一も手元に残っていなかったはず。
  その辺の詳しい内容は、≪生命保険のカラクリ (文春新書)  岩瀬 大輔 (著)≫に詳しく書いてある。 その一部を抜粋する
【 ▼ この仕事を始めてわかったのだが、生命保険を理解できていない人は、決して少数派ではない。ビジネスパーソンも主婦も、
   若者も年配の方も、そして金融のプロでさえも、同じように生保の仕組みについては理解できていない。(p.70)
   * 多くが巧妙に近づいてくる女性セールスとの「付き合い」で契約し、「月々いくら」という状況で気楽に契約しているが、
    1,500万円近い商品に関して理解していない。
  ▼ 日本の生保業界の現状といえば、専属のセールスの人海作戦のネットを張り巡らせがビジネスモデルのために、組織として
   高収益の保障性の商品を販売してきた(p.43)
  ▼ 生保業界では長きにわたり、「顧客のニーズに合った商品は何か」でなく、「既存の販売組織を維持するために必要な商品は何か」
   という観点から、高収益を確保できる商品開発がおこなわれてきた。(p.46)
  ▼ 売り手である保険会社と買い手である国民との間に、大きな情報格差があることを前提とした既存のビジネスモデル(p.189)
  ▼ 生命保険商品の3つの機能(p.81) 1. いざというときに、残された家族のための所得保障→遺族保障(死亡保障)
   2. 病気・ケガによる入院・手術のための保障→医療保障  3. 将来に備えるため→生存保障(貯蓄・年金) 】
* 家庭の大黒柱が死んでも生活に支障のないのに保険に入っている人をバカという。 それを積立にしたほうが、二倍も得になる。。
 その本質は「弱者救済を建前としたタカリの類」で、貧困ビジネスそのもの。豊かな人は、そんな不安は本来、全くないのと、
 保険のいかがわしさの情報を持っている。いずれにしても情報格差で搾取を業にしていることは事実。千五百万の買物の中身はカス。
  ・・・・・・・・                                           ーつづく
3620, ちょいとした 小話
2011年02月22日(火)
  経済学会にて、ある重大な定理について、多くの質問があった。
 イギリス人: 「その定理は経験によって裏付けられているだろうか?」
 ドイツ人 : 「その定理はいかなる基本定理から演繹されたものであるか?」
 フランス人: 「その定理をフランス語で言ってください」
 日本人  : 「あなたの先生は有名ですか?」
   ――
 ・賢い男 + 賢い女     = ロマンス       ・賢い男 + アホな女    = 妊娠
 ・アホな男 + 賢い女    = 不倫         ・アホな男 + アホな女   = 結婚
 ・賢い上司 + 賢い部下   = 業績順調       ・賢い上司 + アホな部下  = 余剰人員即削減
 ・アホな上司 + 賢い部下  = 能力主義昇進     ・アホな上司 + アホな部下 = 長時間残業
   ――
  なんでもゲームにしてしまう夫婦がいた。何事につけ勝負を競い、たがいに掛けあうのだ。その結果、夫は常に欲求不満だった。
 というのも、結婚して以来彼は妻に一度も勝つことができなかったからだ。だが夫は自分が負ける心配のないゲームを思いついた。
 子供の頃よくやったオシッコ飛ばしだ。壁に向かって、どちらが高くまで飛ばせるかというあのゲーム。
 構造上からいって、自分が勝つことは確実だった。 「さあ、ごらん」彼が言った。
「あの壁に向かってオシッコをするんだ。高くまで飛ばしたほうが勝ちだ」
「分ったわ。面白いゲームね。私に先にやらせて」妻は足を広げ、スカートをまくりあげて狙いをつけた。
 壁の約二十センチの高さの所に彼女の痕がしるされた。「よし」男が言った「今度は俺の番だ」
 彼がジッパーを引き下ろし、モノを取り出して準備を整えたとたん妻が声をかけた。「ちょっと待って。手を使うのはナシよ」
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3255, 「都市主義」の限界  −1
2010年02月22日(月)
   「都市主義」の限界 養老 孟司 著    〜読書日記
 ーまずは、概要となるポイントの文章を書き出してみたー
*仮想社会とは、ネットやTVなどのバーチャルなものではなく、我々の脳内に作られた社会(=都市)であり、
 脳による判断のみで社会を構築していくことへの恐怖が伝わってくる。
「戦後社会の変革を、私は『都市化』と定義してきた。・・・ 戦後の日本がいかに都市化されたか、それがいかに行き過ぎたか、
 それはもはや歴然としている」 『都市化』を脳化ともいう。 都市の全ての物は脳が作り出した意識の産物であり、
 それと対局にあるのが都市生活者が全く意識の及ばなくなった自然である。 日本もヨーロッパもアメリカもその状態にあり、
 現代社会に起きるありとあらゆる問題はそのことに帰結するという。 少子化に決定的な解決がないのは、子供は「自然」である、
 と著者は主張。 自然は都会で排除されるものである(子供も然り)という。
 また、都市で起こる(悪い)ことはすべて「他人の所為」という視点があるからだ。
*文化大革命では「批林批孔」を行っていた。このとき、中国の二大思潮は儒教と老荘思想であり、「文化大革命=老荘思想」
「中国旧体制=儒教」なのだとおぼろげに感じた。「都市主義」対「田舎主義」として、儒教対老荘思想、文化大革命も説明している。
*日本で学園紛争がおきたが、同時に中国では文化大革命が、フランスでも「ラテン区」の騒動がおきている。これらの学生の動きが
 世界で同時におきたのはなぜか? それを氏は「都会と田舎の対立」だったと規定する。都会化するためにはエネルギー供給が
 不可欠である。そのころ石油が安価に供給できる体制が整ったことにより、世界中で都市化が急速に進展した。
*急激に進展する「都市化への反応」が世界各地でおきた学生の反乱だった。 当時の運動は、反体制を標榜した。 体制」とは、
「人間が意識的に作り出したもの」である。しかし、当時の若者自身が「田舎」を引きずっており、大学は「封建的」で「田舎」的。
 当時の若者は「都会」的であることを志向して「田舎」的である大学に反発、同時に彼らは「都会」主義に反発もして、文化大革命の
「田舎」主義にも共鳴した。
▼ なかなか、面白い切り口である。多くの国ではの人口の三分の二が大都会の周辺に住んでおり、その半分〜三分の一が首都圏に住む。
東京都民の増加が止まらないで、何時の間にか1300万人を超えてしまった。首都圏には大よそ三分の一が住んでいる。
彼等は、異常な位にそれ以外に住む人を「田舎もの」と差別をする。 自分たちは文明の最先端で文化的な生活をしている。
彼方此方で催事があり、それに触れる機会が多いのは事実だが、不自然な生活環境である。 「都会人が優位という感情が、
目くそ鼻くそを笑うレベルでないことは学生時代から認識をしていた。そこで産まれ育った人の固定観念は想像を絶したことを知った。
機能を優先させて不自然な環境に住んでいることが自覚できない。
偶然に、下記の同月同日の上海のターミナルの文章が間接的だが、同じ問題を提起している。    ー つづく
  ・・・・・・・
2880, 上海のバスターミナルにて
2009年02月22日(日)
19日の「NHK・BSの世界のドキュメンタリー」が、迫真に迫っていた。
今年の中国の正月にあたる「春節」に、上海で撮られたもので、中国の出稼ぎ労働者の現状を生々しく追ったもの。
  ーまずは、その部分NHKのHPの番組紹介からコピーしてみた。
 《 再訪・上海バスターミナル 〜不況下の帰省ラッシュ〜 》
 中国の人々が年に一度、故郷の家族と水入らずで旧正月を祝う「春節」。NHKが2年前に取材した、
好景気に沸く上海の長距離バスターミナルは、春節の直前90万人もの帰省客が押し寄せ大混乱に陥っていた。
人々は貧しいながらも明日への期待を膨らませていた。しかし今年のバスターミナルは、打って変わり閑散としていた。
世界経済危機の荒波を被り、出稼ぎ者の多くが仕事や生活の基盤を根こそぎ奪われ、すでに帰郷していたのだ。
それでも大晦日のバスターミナルには、追いつめられながらも故郷で春節を迎えたいと願ってやまない人々の姿があった。
バス代を工面するのがせいいっぱいで、土産も買えず身一つで帰省する農民工。給料が支払われず、妻子だけを帰省させて
一人上海に残る工員。故郷に残した我が子に会いたくて、リストラされた夫の反対を振り切って来た母親。
(字数の関係でカット2012年02月22日) 
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2008年02月22日(金)
 2515,  iMacの感想! −2              オッ ヽ(゚∀゚)ノ ハー
Macを買ってから一月ほど経つ。
これを入れてから2週間もしないうちに4棟のホテルのロビーに6台、事務所に二台、自宅も含めて9台を導入した。 
とにかく画面が綺麗なことと大きいことでパソコン環境が一変した。そのキッカケが年に数回事務所に訪ねてくる知人が
三年前のパソコンを見て、「そんな古いパソコンなぞ使っているのは如何なものですか?」といわれたことである。
何かピンとくるものがあり、直ぐ近くある「ヨドバシカメラ」に、パソコンを見に行ったところ、最新のオール・インワンの
「iMac」を見て気に入り、即座に事務所に一台入れた。旧来のノートパソコンの隣で比較をしてみて驚いてしまった。
   (字数の関係でカット2010年02月22日) 
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2007年02月22日(木)
2151, スピリチュアル・ブームを考える −2    オッ(*^○^*) ハ〜ヨウサン
溝口敦の批判も当然ながら鋭い。最近は著書「細木数子ー魔女の履歴書」で、怪しげな女占い師を切り捨てている。
(字数の関係でカット2010年02月22日)             
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2006年02月22日(水)
1786, 誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密
       才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)  ー 読書日記
 図書館で借りてきたが内容が深いので、中古本だが、ネットのアマゾンで取り寄せた。
それぞれが味わい深い内容で満ちている。ヨーロッパの郊外にある公園に行くと、必ずといってよいほど、
ウオーキングやジョギングやサイクリングをしている人を見かける。その度に生活の豊かさを感じ取っていた。
ウォーキングの本は数多あるが、これだけ詳しく書いてあるのは珍しい。
  ーこの本の概要をまとめてみた。    _φ[・ω・`*]メモメモ♪
 英国では1800年代にフットパスと呼ばれるウオーキングのための小径が誕生し、現在では20万キロも整備されていて
生活の一部となっているという。イングランドとウェールズ地方だけでも、なんと16万キロメートルの歩くための道が、
公道だけでなく、私有地の農園、庭先、工場の敷地内をも繋ぎ、そこで人々は自由に通行ができる権利を有している。
国民の45%がウォーキングをスポーツとして実行し、何処かへ着くということよりも歩く過程そのものを楽しんでいる。
「フットパス(footpaths)」とは、「人の足によって踏み固められた歩行路」のことで、人だけが通れる道のこと。 
他には「ブライドルウェイ(bridleway)」があり、これは手綱(bridle)のとおり 人、馬、自転車が通れる道のことをいう。
この本では、英国のランブリング(逍遥)と、日本における散歩の歴史を紹介している一級の内容である。
人は‘歩くこと’という肉体の運動としてだけでなく、精神を様々な様式で駆け合せてきた。
 その枠組みを以下のように提示している。
(1)思索のウォーキング 歩きながら考える、アリストテレスからルソーなど思索を深めるために歩く
(2)宗教的ウォーキング 悟りへの歩行、空海の山野行、修験道、八十八個所巡礼、富士山登山講など
(3)自然観照のウォーキング 静かな心で自然に向かい、その本質を見ようとする態度、
   芭蕉、ベートーベン、ワーズワース、国木田独歩などロマンチックな歩行の原点
(4)達成へのウォーキング  アルピニズム、長距離を踏破する
(5)訓練のウォーキング 歩行のなかで体や根性や団体行動の技能の訓練をするための歩行、
   ワンダーフォーゲルや軍隊などの教練、鍛練など「やらせる側の意図」による歩き
(6)余暇活動としてのウォーキング 暇な時に目的もなくぶらつく歩き、無為という行為を楽しむ、
        夏目漱石の散歩、長井荷風の夜歩き
(7)コミュニケイションのためのウォーキング 友人、恋人、家族がコミュニケイションのために歩く
(8)教育のためのウォーキング   自然学習、社会学習のための歩き
(9)見せるウォーキング   繁華街を見せるために歩く
(10)健康のためのウォーキング  フィットネスウォーキング
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 20年近く近くの土手をウオーキングをしてきたが、散歩をしている人が少ないのが不思議である。
生活に取り入れている人は5�にも満たないようだ。 初めは腰痛対策と運動のため歩いていたが、現在では
「歩くために歩く」に、目的が変化してしまった。この本を読むかぎり、英国は生活天国の国のようだ。 -,_っ-)ゥンゥン
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山と渓谷社    市村 操一【著】      =☆(((((((((・ω・。)バイバイ!

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