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堀井On-Line
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2012年01月08日(日)
* 御先祖・四四太郎様の警告 ー 久々にシャバに出てきたので、もう少し講釈を垂れることにする。子孫に講釈は楽しいもの。前回の復習のようだが、 この津波は世界にとっても日本にとっても、お主たちにとっても一大事である。 これは80年前の1930年代の大恐慌と同じか、 それより遥かに大きいから始末が悪い。以前は世界戦争で一度精算をしてしまう方法があった。 しかし情報化社会では、その壮大な手品もネタバレ。だから成り行きに任せるしかない。ワシが生きていた16世紀あたりから 白人が世界を征服を始めて以来、5百年にわたり支配をしてきた世界構造が現在、崩壊を始めたのだ。日本では私が亡くなった後、 300年も徳川幕府が日本を支配し、鎖国をしてきた。その鎖国を強引に開国させたのがアメリカである。その後、日本は日清、 日露戦争で勝って調子づいたが、アメリカと太平洋戦争を始めて完敗、その後66年も間接占領をされてきた。そのアメリカが、 経済恐慌の火種を世界にバラ撒いたのは周知のことである。 ここで急激に勢いを増してきた中国と、太平洋を挟んで、 覇権を争う図式になってきた。その中で日本が両者の圧力で、ますます体力を失うことが必定じゃ。この間に日本の第二次大戦の 復讐を恐れたアメリカに骨の随まで骨抜きにされてしまい、元の日本に戻ることは不可能に近い。まあ、お前さんも66歳、 今さらだが・・ せいぜいパソコンなどIT機器をフルに使って、世界を知ることだ。その点では、この情報化時代は羨ましい。 ネットとTVをフルに活用して、この地球と人類が創りあげた文化・文明を深く知ることだ。しかし、この情報空間は実に恐ろしい 仕掛けが隠されているのを知っているのだろうか。 娑婆の道理より、ネット社会の情報の道理の方が優位に立ってしまうことだ。 これは、最優位のものが、情報により総取りが可能になるからだ。一番以外は、全てが敗者になってしまう世界になるのである。 これが中間の存在を許さなくなるから、ことは重大になる。商品も人間の階層も同じ原理になるのだ。 それを知り尽くしている グループが実際に存在していて、情報操作をし、間接的支配を始めているのだ。彼らは情報操作で、世界をどうとでも動かせる。 まあ、この辺で話は止めておくが・・ 娑婆は御前さんの想像を絶した思惑で動いている。まずは、それを察知するしかない。これは自分の地頭で考えるしかない。 要は、それぞれが知っている世界はごく僅かで、それも殆ど好い加減ということを、いま一度じっくりと考えることじゃ。 度々、娑婆に顔を出すたびに思うのは、マスコミとかいう新聞やTVでみる評論社会のバッシングじゃ。 何だ、あれは。 言葉狩りとかいうらしいが、目立つ人に対するバッシング、ここまでくると、病気としか思えない。 あれを、ゴミ集団化したマスゴミというらしいが・・ もう一度言う、この数年は天地が引っ繰り返るほど激しくなる。 チロリ! ・・・・・・・ 3575, 閑話小題 2011年01月08日(土) * 帰省中の次男の話 外資系に勤めて10年になる帰省中の次男に聞いてみた。「中国人は多いのか?」これに対し「普通の存在のように居るよ」である。 中国人が日本の外資系に勤めるのだから信じられない位に優秀だろうが、 そこまでは聞かなかった。 彼らは一人っ子政策の中で、 家族を背負っているから覚悟が違う。 その彼らと働くのだから大変だろう。 土曜、祭日は出勤で、週一しか休暇が取れないとか。 平日の帰宅は22時過ぎで、常に睡眠不足とか。顔はゲッソリ、三十歳前半は誰もそうだろうが。 * バーチャル・ビュー BS・TVで、最近みたのがズバリ「バーチャル・ビュー」という番組。 その場に、あたかもいるような目線で海岸や、街中を軽快な音楽をバックグランドにして映し出している。 何処かのリゾート地のビーチで自分が横たわったり、また泳いでいるように画面が構成されている。 特に自分が行った先は更にリアル感が強くなる。 そういえば、以前から「世界街歩き」という番組がある。 自分があたかも旅先で歩いているような目線で、店に入ったり、人に声をかけたり、家に入れてもらったりする。 地デジの切り替えで、各家庭のテレビを大型液晶にかえた為か、テレビ番組も、それに従い変わってきた。 受信機だけでなく、撮影機材も格段と良くなり、映し出される映像と内容が飛躍的にスケールアップをしている。 これまでBS/TVで放送していた内容のものが、地デジの方に移行を始めている。それにともない、BS放送の内容も、 バーチャルビューのように、居間の空気を和ませるような内容が出てきた。その一つがバーチャルビューということになる。 これは録画をして、早朝に聞くにベストである。 そして現在、映像入りBGMで、これを書いている。 * つれづれに 4日の15時半発の帰省列車の東京方面に乗ったが、殆どが若い親子連れ。中高年の姿はほぼ見当たらない。 (字数制限のためカット、2,011年01月8日) ・・・・・・・・ 3200, 年末・年始の「どうなる日本」の新聞論評は? 2010年01月08日(金) 正月の5大新聞の年末年始の社会、経済など「どうなる日本」の解説や、対談を目を通してみた。 石原慎太郎の「日本よ」の辛口の論ぐらいが、納得したぐらいで、あとは殆んど見当たらなかった。 あまりに悪いから、マイナス論調のことを書けないのだろう。 当たり前のことだが、 ・現状は恐慌そのものであり、既に二番底にむかっている ・デフレ危機の瀬戸際。 デフレ・スパイラルは5,6月辺りが危ない ・アメリカから中国、インドなどに選手交代 ・電気自動車などの新しい分野への転換期 等等が、問題と指摘していた。 株価、為替は大きく揺れるのは必至である。私の商売の動きからすると、デフレ・スパイラルに去年11月から始ったと思われる。 社会的問題の、ホームレスや、失業の問題には、どの新聞も避けていた。新聞では取上げないが、リーマンショック以来16ヶ月も、 輸出入がマイナス40パーセントを続けてている。輸出主導の経済のこの国では、この有り様では景気回復など考えられない。 藤井財務相が辞めたが、この国家予算と800兆の国債総額では、予算委員会の答弁は無理。 なるほど百年に一度の恐慌とは、 こういうものか!と実感する。恐慌が二年目に入り、そのウネリがより大きく覆ってきている。情報化、グローバル化は、 世界を平準化する。その中でアメリカの従属国家として平和を謳歌し、豊かさを享受してきた日本も、世界の普通の国家並みになる プロセスの入ったということ。 今年は政界再編成を含め、大波が次から次へと襲ってくる。 憂鬱な10年に入ったが、 割り切って身を委ねるしかないのか? 高度成長期を味わったので、その段差の溝があまりに大きく感じる。 21世紀になって10年、その一端を経験しているが、成るほど断絶の世界である。更に、ここにきて電気自動車と、ツイッターである。 ・・・・・・・・ 2835,夢の中に集中しすぎて、無呼吸に 2009年01月08日(木) 去年の暮れになるが、危ない夢をみた。何かの夢をみている中で、空の上から下をみると砂粒位の人が数人が見える。 それを神経を集中して見ようとしたあまり、夢の中の世界に集中しすぎて、生きている生身の本体が呼吸が出来なくなったのである。 ハッとして夢から覚めたが、何分か息をしてなかったようだ。必死に呼吸をして体に空気を入れるが、何ともいえない気分の悪さに 見舞われる。その時、「死ぬ時の感じがこんなものか? 友人はこんな気分で死んだのか!?」という死の恐怖感に襲われる。 そして数分の間、深呼吸をした後に目をつむると、その画面が再び自動的に現れ、そこに集中してしまう。 その繰り返しである。 そして呼吸が出来なくなる。よほど、集中したのであろう。 恐ろしくて目をつぶれないのである。30分ほど寝室の暗闇の中で 目を見開いていたが、恐ろしい不気味な時間であった。 無呼吸症候群ではないのだろうが、高齢現象なのだろうか。書いていて 思い出したが、子供の頃、父がイビキをかいていて急に呼吸が数分止まることがあった。再び呼吸をしないのではと、 耳を済ませたことがあった。 (字数制限のためカット、2,011年01月8日) ・・・・・・・・・ 2008年01月08日(火) 2470, アメリカをWeb世界に類推する 「ウェブ時代をゆく」−4 読書日記 現在のWeb世界の現状を、人工国家アメリカの建国と同じ位置づけをして考えているところが面白い。 また、否定的にみる傾向の強いアメリカをプラスの面から照射しているのも新鮮である。弱肉強食とはいえ、 強者であればチャンスが開かれているのもWeb世界と同じである。 これから考えると、Web社会は弱肉強食を強める可能性もある。逆に弱者でも、最低の保障も与えられる?が ーその一部を抜粋してみるー 「もしこの地球上にアメリカという人工国家がなければ、私たち他の一角にすむ者も息ぐるしいのではないでしょうか」 (字数の関係でカット09年08日) ・・・・・・・・・ 2007年01月08日(月) 2106, それがどうした!それでどうした! b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪よう♭さん♯ 「それがどうした!」 究極の開き直りの言葉である。そして「それでどうする」が、ギリギリのところで思考から 手順への転換点への切り替えの最後の言葉となる。「エ・アロール それがどうしたの」は渡辺淳一による小説作品に なっている。フランスのミッテラン元大統領が、女性問題について質問した記者に対し、応えた言葉「それがどうした」 もコミック的である。人は他人の誹謗とか中傷に弱く、常に不安感に悩まされる動物である。 この中傷・誹謗や不安感のために人生の一番大事なチャンスを逃してしまう。その時の悩みに対して、「それがどうした!」 「それでどうした!」と開き直ってみると、ほとんどは何ということもない。 そうでもないか?まあ、話を逸らさないために、 そういうことにしておく。「それがどうした!」と開き直ったとき、その対象を考え始める基点とするか、思考停止にするか 大きな分かれ目になる。その対象の問題の本質の「正一点中心無」に向かって開き直って掘り下げていくか、中断するかの分岐になる。 掘り下げると、殆んど「そんなもの、何とことない!」に行き着く。関西で「何ぼのもんじゃい」という言葉もあるが・・・ 事業を一つ立ち上げる時、常にこの言葉と向き合うことになる。 「それでどうした!」そして、「それが何だ?」「それでどうする?」とつづき、「それしかできないのだから、しかたない!」 となり、そしてあとは「なるようにしかならない」となる。 その繰り返しの中から手順をみつけていく。 (字数制限のためカット、2,010年01月8日) ・・・・・・・ 2006年01月08日(日) 1741, 教養とは −1 「教養の意味」を検索で調べてみた。 (/´Д`)/Hei !!!!! ¬_¬) sonnnamon 今日用がない monn! ・高く評価される人間性の背景となると想定される知識・経験。 勉強勉強!!((φ(◎ロ◎;)φ)))ウラウラウラー!! ・(一般には)一人前の人間が当然持っているべきと考えられる一定レベルの知識や 常識を持っていることは当然として、 古典文学や芸術などに対する幅広い知識を備えており、かつ、それらの知識が品位や人格およびものごとに対する 理解力・創造力に結びついている状態を指す。 ーギリシア語ではパイディアであり、意味は「子どもが教育係に指導されて身についたもの」のこと。 ー英語ではcultureで「粗野な状態から耕された、人の手を経たもの」、 ードイツ語ではBildungであって「つくられたもの」のこと。それぞれに教養の捉え方に対する文化的な温度差がある。 学問や芸術および精神修養などの文化的活動のことを指す。 伝統的に西欧の大学で扱われていたリベラル・アーツに相当するものとしても捉えられる。 大学の専門課程以前に身に着けておくべき幅広い知識。 社交界や人付き合いの場面において、洗練された会話や身のこなしができる能力。乂(^^ )ノ (ノ^^)八(^^ )ノ ー以上が検索で調べた内容である。 私が理解していたのは「教養=過去に蓄積された知識・経験で全て忘れた後でも残っている素養」という言葉である。 「高い人間性の背景になる知識・経験」というのが解りやすい。私など無教養を自認しているのは 「高い人間性とは、程遠い生き方をしてきた」からだ。 ( ゚д゚)ンマッ! 何故必死に本を読むかというと、 「せっかく人間として生まれたなら、可能な限り人類が蓄積してきた文化を知りたい」からである。 「教養は愛の別名」というのがある。 愛[*´ω`人´ω`*]愛 「既存の学問分野を縦断しながら、人生への愛を学ぶのが教養」というとなお納得できる。 豊かな人間性の背景になる経験・知識というのが一般的な意味である。 ~~匸Pヽ(・ω・`)コーヒーデモノモウ… つづく ・・・・・・・・ 2005年01月08日(土) 1376, 日常最上 書店で「日常最上」という言葉に目が吸い寄せられた。日常の何げない生活の中にこそ、実は最上の時間である という意味である。それに気がつくのに、何年かかったことか。この随想日記に「22・23歳の日記」を書き写してきたが、 三十数年ぶりに読み返してみると、当時の「日常の何げない些細な友人との会話や議論、そして感情の起伏や感動全て」 が光り輝いていたことに初めて気づく。現在でも日常の些細なことが全てが実は最上ということに気がつけば、 毎日が充実した生活を過ごせるのである。あの35年前に、そのことに気がついてはいなかった。 それを今にあてはめて考えてみればよい。逆に言えば、日常にドップリつかってる俗世間を否定するのではなく、 その俗世間そのものを味あうことがも必要である。以前読んだ本で、印象的な内容があった。 「神様に過去の、ある一日に戻してあげる」と言われた人が、昔のある日に戻ったという。 両親・兄弟がいて幼馴染の友達がいて、何げない全てが光り輝いていた。何故その時、それに気がつかなかったというと、 「どうでもよい事」ばかりに気がいっていた為だった。日常最上は「生きていること、そのこと」が素晴らしいということである。 悩みも、恐怖も、不安も、怒りも、全てが最上ということに、気がつくことである。 「生まれてこなければよかった!」なぞ言語道断である。そう思える人が多いが。他人から見たら、そう思われているのだろうが。 ・・・・・・・・・ 2004年01月08日(木) 1009, 心を軽くする言葉 何気なく図書館で借りてきた本を読んでいたら,ある項目にこの言葉があった。そうそう手軽に「心が軽くなる言葉があるのだろうか」 と思いつつ読んでみて、ナルホドと思ってしまった。この随想日記も考えてみたら心を軽くする効用がある!を軽くする映画シリーズは 「男はつらいよ」であるが、少しテーマから外れる。私自身にとって「心を軽くする言葉は何だろうか」と考えてみた。 「何とかなるだろう、何とかならなくなったら、何ともならないでよい。ただ問題の中心点からは眼はそらさないこと、 最善を尽くすこと。何があっても卑しくはならない事、そして人を騙さないこと」ということか。この本の中で、ある女性には 魔法のような呪文があるという。引用の引用になってしまうが。「どうにもならないことは、どうでもいいことだ」 この一説を目にしたとき、スッと肩の力が抜けたという。努力のかぎりを尽くしたのに成果が出なかった。 といって、誰かを傷つけた訳でなし、死んだわけでもない。どうしても必要なものなら何とかなったはずだから、 どうにもならなかったことは、それだけのものでしかなかったのだろう。これがその人の解釈だという。 本人にとって正しく魔法の呪文だったのだろう。この文章を書いていて、気がついたが今実行している「ありがとう」という言葉の 呪文こそ「心を軽くする」言葉である。ウォーキングをして、1千あたりからスッと気持が軽くなるのが解る。 この本では、シンプルな例として ・「時間はすべてを解決する」 ・「小さなことは気にしないことだ。そしてすべてのことは小さなことだ」があった。 ところで、この不景気ほんとうに心が重くなる。心のレッスンと受け止めて、日々過ごしているが。 ・・・・・・ 2003年01月08日(水) 640 ,ラスベガス 去年の年末にBSTVでラスベガスのショーを連日放映した。その華やかさにただただ驚いた。 NHKの紅白より豪華で格段の差があった。センスといい規模といい比べること自体が可笑しいといってよい。 アルゼンチンでタンゴのショーを見て圧倒されたとき、ラスベガスのショーはこんなものでないのだろうと思った。 先日図書館で借りてきた本に偶然そのラスベガスを書いてあった。 浅田次郎の「絶対幸福主義」である。 彼は仕事の頭の切り替えにラスベガスに年5^6回行っている。そこでこの街をわかりやすく描写している。 ーラスベガスというのは、カジノだけでなくホテルもレストランも、全体が堅気ではない。 すべてが遊び場、夢の世界なのです。だから24時間、私を別の自分にしてくれる。こんな街は世界に二つとないでしょう。 何を求めて年に5回も行くかというとリフレッシュのため。いやリライフー生き返る・蘇生するという造語を言わせてもらう。 まずホテルからして面白い。私が滞在しているのは「トレイジャーホテル」ですが。 (字数制限のためカット、2,011年01月8日) ・・・・・・・・ 2002年01月08日(火) 294、正面突破しかないのでは? 今の日本は6掛け規模に収縮になるべき立場にある。何をもって6掛けかはただ勘であるが、間違いはない。 今の生活を維持をしようとして、それを嫌がりどんどん銀行から金を借り、雪達磨式に借金が年収の10倍以上に 増えていった家庭の状態と仮定できる。今もその範疇より一歩も出れない状態にある。「こうすれば、よくなるという」 視点より脱却しなくてはならない時期に来ている。やはりクラッシュに向かって正面突破しかない。もっとも自然にそうなっていく。 しかし今の評論家のほとんどが、この視点から一歩も出ていない状況である。 ソ連の崩壊までの前提と、それ以降の前提が 全く変わってしまった。アメリカの優待の立場が消滅してしまった、その事実が解ってない。解っていてもどうにもならないのだ。 この10年ああすれば、こうすればと小出しにいろいろやってきて気づきはじめた。一度清算しなくては、小泉首相が建前で言った。 しかし見ていると、まだ腰が引けている。恐らくクラッシュがおきるだろう、いやおき始めたと言ってよい。 仕方がない、いや長期的にみたらよいことだ。大津波がきている、しかし全ての知恵を使って各自が自助努力するしかない。 恐ろしいことだが!近じか地元の大手の建?業が倒産するとの噂も入ってきた。 ・・・・・・・ 1月8日 1969年 9時過ぎに起床。 10時半に両親と料理屋の「青木楼」へ行く。11時から実家の店の新年会だ。 70人ほどの会であった。 大広間にこれだけ集まるとさすがに凄い。終了後店の二人の女性とボーリング場に行く。 その後4人が来る。6人の女性とのボーリングは楽しい。その後、ゴーゴー喫茶に行く。一時間で切り上げて一人で帰ってくる。 家に変えると、株屋の田中さんがきて父と話をしている。 22時に就寝。
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2012年01月07日(土)
現在でもiPadに驚きの毎日である。というより、ネット、ブログ、アプリ、パソコンを組み合わせたタブレットPCの 威力に驚き!というのが正しい。 PC世代が当り前に使っていたパソコン機能を更に進化させ、我われ世代が気楽に使えるよう タブレット式PCで可能にさせてくれたのである。こんなアプリもある、こんなゲームも出来ると、水を得た魚のような気持ちに させてくれている。 起動から数秒で使えることと、何処でも使えることが特に良い。 先日、ネット上のアップル・ショップで、 「Fotopedia国立公園」という北アメリカの国立公園の写真集を85円で購入した。 さっそく開いてみると、2000枚の、 素晴らしい写真が次々と出てくる。何で、これが85円と不思議だった。 が、直ぐに電子本を手元のパソコンに ダウンロードしたのではなく、ネット上の書籍にアクセスをして見るシステムだった。 ネット辞書のウィキペディアをネットを 有料でみるようなもの。 ネット環境さえあれば、パソコンに全てをダウンロードなどする必要はない。 もう一つビューンというのもある。月に450円を払うと、数十種類の週刊誌、月刊誌を読むことが可能になる。 更に数種類の週刊誌の数ヶ月分がダウンロードが出来、それはネット環境下でなくとも読むことが出来る。 他にも版権の切れた文庫本などの小説集を80円で購入したが、これはダウンロードをし、ネット環境外で見ることが可能。 したがって少しの時間でも退屈する事はない。 私のような暇人にとって、理想的IT端末といえる。 購入前に、iPadにするか、ドコモの携帯電話機能のついた7インチのタブレットか迷ったが、ドコモはネット環境下でなくとも 見れる利点がある。何を選択するかである。 去年はスマートフォンが爆発的ブームになったが、今年はタブレット式パソコンだろう。 TVにしろ、パソコンにしろ、スマートフォンにしろ、これだけ膨大の情報が隅々まで流れ出ると、既存ののシステムは対応 できなくなって当然。 これが、この大混迷の原因になっている。 誰もが数年前の自分が他人(馬鹿)に思える時代が面白い! ・・・・・・・ 3574, 10分ルールと、30、60、90秒ルール ー1 2011年01月07日(金) 時間ルールに、「10分ルール」「90分ルール」、そして30、60、90秒ルールがある。 * まず、「10分ルール」と「90分ルール」から ー10分ルールー 10分ルールは、理性的に配慮して安全な状態なら、10分じっと耐えるとその環境や行動に脳が順応することをいう。 弱点だと思い込んでいた性質が、この10分ルールで変えることも可能になる。 最近、テレビのバラエティーでよくあるのは、 最初の10分間に一番面白そうな情報を流して引きとめてから、オープニングが始る場面に多く行き当たる。 これは10分間、視聴者に予告を含め馴染ませてしまえば、チャネルを変えないという「10分ルール」を利用したもの。 このルールを知っているといないのとでは大きな違いが出る。既に亡くなったが、ある知人に「とにかく一晩寝てから、 怒りなさい!一晩で、怒りの大部分は消えてしまう。」と諭されたことを思い出した。これは半日だが。 これは突発的なことに直面した時に、まず90秒、そして10分間、ジッと耐えることをルールと捉えた法則。 これまで決断するまでに、計画が固まった後に時間をおき、判断し、その後に決断をする。それは計画段階のことだが、 目先の思いもよらない事態に出くわした時に、90秒ルールと、10分ルールを知っていると良い。考えて見ればヤクザの脅しは、 逆の立場で、その辺の人間の弱みを知っていて、即効がが勝負と知っていて脅しをかけてくる。だから、ある時間耐えれば良い。 次は、ー90分ルールー 映画は、人間の生理的なサイクルが90分ということを知っており、大よそ90分であった。最近は120分を越えるものが多いが、 90分を過ぎると実際に嫌になるが、その辺から飽きさせないようストーリーが組み立ててある。テレビの特集なども90分もの。 人間の身体は一日24時間のサイクルに合わせて出来ている。その中に、90分のサイクルがある。分かりやすいのが睡眠で、 90分周期で浅い眠りがくる。それが一晩に4〜5回繰り返している。大学の授業時間も、会議も90分が通り相場。 休日など終日、読書をする時は、90分で休憩を入れ、違った分野の本に切り替えると良い。 ・・・・・・・・・ 3199, 閑話小題 2010年01月07日(木) * 善は悪より生まれた! 誰が言ったか忘れたが、「善は、悪より生まれた」が、妙に気になった。「悪は、善より生まれた」なら、合点がいく。 キリスト教倫理からすれば、イエスの教えが善なら、悪は、それに反する思いや行いになる。 人間が社会を形成する時に、 一つの規範が必要になる。国家創りにまずは憲法、そして法律、それを守らせる内の警察という暴力装置、そして外に対しては軍隊。 それを、統治する象徴としての日本なら天皇、欧米なら大統領の存在である。 孔子の教えは、一つの指標を作り上げて、 民を内側からコントロールする教えである。古代中国から現在に至るまで、その教えは非常に有効に働いた。 それらの法律や規範を守ることを善というなら、それに反することを悪という。 ということは、それができる前は、 (その規範の視点で振り返るから)悪がまかり通っていたことになる。 で、「善は悪より生まれた」ということになる。 しかしキリスト教倫理からみると、『どうして聖なる神から悪魔が生まれたのか。』という疑問が生じる。 女性の哲学者『シモーヌ・ヴェイユ』は 『善は、悪からは生じない。 ところが悪はある意味で善によって生じる。 悪は神とわれわれの間にある。 愛は、そのうえを通過せねばならない。』 彼女は悪を二元論的に見ないで神様と自分との間を裂くものとみた。 神様の愛の力を説き、愛こそが悪を征する力であると。 これは、キリスト教倫理的な見方でしかない。 悪党ほど善の価値を知っているのだろうか。悪も善も知り尽くした善、一回転、数回転した上で善という捉えかたもできる。 親鸞の悪人の方が極楽浄土に行くのは当然(悪人正機説)という考え方に近くなる。 * 呉服の衰退 TVのレポートで、呉服チェーン店の「さが美」が、ポリエステルだが一万円の和服セットを紹介していた。 普通、呉服のセットは30万というから、30分の1である。 若い人が呉服を着なくなり、不景気も重なり、 5年間で呉服の売り上げが業界全体で半分に減ったという。 何処も同じである。 「さが美」は高度成長期より呉服のチェーン店として飛ぶ鳥落とす勢いで急成長し、現在300店舗あるが、 必需品以外は、こんなものだろう。 先日、静岡のトヨタ関連の部品メーカー関連の仕事をしている友人に 景気状況を電話で聞いたところ、「エコカー補助金のお陰で何とか息をついているが、二輪車を扱っている 「ヤマハ」の関連企業は、回復の兆しはない」と言っていた。オートバイは、呉服と同じで嗜好品?だからである。 ・・・・・・・ 2834, 不況の景色 −6 2009年01月07日(水) *ウェッジウッドが倒産 ウェッジウッドが倒産した。ウェッジウッドといえば、英国王室御用達の「女王の陶器」として人気を集めていた。 ところが中国製などの安価な製品に押されて低迷、さらに金融危機を契機とする世界的な景気後退で売り上げが低迷。 そして一昨日に倒産のニュースが世界に駆け巡った。 グローバル化のウネリに押し流されたのだろう。 12月初旬のイングランド・ツアーで、本社に立ち寄って何点かのコーヒーカップを買ってきたばかりだった。 本社は近代的な建物で、多くの製品が展示されていた。まさか一ヶ月もしないうちに倒産など考えられなかった。 従業員が世界各国に8000人、負債総額が500億という。 *トヨタ系の孫会社の友人に電話をしてみた 学生時代の静岡の友人が実家のトヨタ系の部品メーカーを経営しており、そのサービス部門の子会社を任されている。 家内と供に、一昨年の夏に静岡まで遊びに行って親交を暖めてきたことがある。その前年、私のところに遊びに来た。 そこで自動車業界の不況がどうなっているか電話をしてみた。 緊張が解けたのだろう、一挙に実情を教えてくれた。 ・9,10,11月は緩やかなダウンだったが、12月に入って一挙に三割ダウン。 2年〜3年かけてダウンしたのではない、一月でダウンは呆然自失だったという。 ・本体の550人の従業員のうち150人近くの季節工、アルバイトの契約解除をし、現在は正社員のみ。 ・夜間作業を全てカット、残業は一切中止、今月は二日間の工場閉鎖するが、それは国からの休業補償が出るという。 ・レクサスやクラウンなどの高級車が売れなくなったようだ。 ・トヨタは世界一位を目標に、この数年間は1000万台突破という拡大路線をとってきたが、リーマンブラザーの 倒産以来の円安と、大型車の急激な売り上げ減、そしてアメリカ市場の冷え込みは、彼等の想像を遥かに超えた事態。 (字数の関係で中間カット 11年01月07日) ・・・・・・・・・ 2008年01月07日(月) 2469, 四四太郎の霊日記 −17 (σ・з・)σオハYO!! さてと、今日は七日正月だが、ワシにとって今年初めて元旦以来のお出ましである。 毎回同じことの繰り返しだが、それでも良いじゃないかい。 一度この宇宙の外に出てしまうと、宇宙そのものが、 鬱陶しい反面、この生々しい地球の大気圏の味が何とも懐かしく、居るだけで嬉しくなる。このように娑婆で話せるなど 我われからみたら有りあえないこと。有難いことじゃ! 言葉の中にしか生きれない我われは、言魂として永遠に生きている。 だから生き延びてきた古典などの本を生きているうちに読み、あらゆる経験をしてみて、その中で言葉を発し、 そして書き残すことじゃ。それ以外にないだろう! そこに御主の言葉が発生し、言霊として永遠に残るのじゃ。 その点、ブログとオープンソース化は霊界に近い働きを出し始めているじゃないか。あれは使い方次第で大きな人類の武器になる。 世界中の魂同士が直結するということじゃ。だから以前つくったワシ専用のブログは意味があったのじゃ。 まあ、気が向いたら、独立させれば良い。 ブログとして続けていると、信じられない展開になっていくじゃろう。 ところで御主自身の生き方も、ここで根本的に変えなくてはならない時期に来ている。そのことに気がついていないのではないか? 御主は。 考えてみろよ!現在の世界の事態の激変を。 これは、もともと起きていたことで、今年から現象として色いろのカタチで 大雪崩として轟音を立てて変わっていく。特に日米欧の世界が激しく動くだろう。そして、中国とロシアとインドへ覇権は移動を 始める基点の年になる。まあ、世界は動乱に近くなること必定じゃ。それまでの段差が一挙に崩れて現実化することでしかないが・・ ところで、ダ・ジーダとの対話と、知恵の租借をあまりしてないようだな。割り切ることじゃ! 割り切って話をすることがコツだ。 割り切って話をする?とはな、適切な問いかけすることだ。その問いかけに対して、御主の知恵を遥かに超えた答えを持っている。 問いかけ自体を何度も突き返すはずだ、そこから御主の問いの甘さを指摘して、その問題を見つめ直させるのじゃ。 問題は、実は御主の問いの好い加減さから出ている。何かの哲学書にあったろう、対自、対他、即自という言葉。 ダ・ジーダは、その対自分に対する、対他人に対する、そしてそれをしている即・自分をコントロールする役割をする。 その意味で、この霊を御主の中で大事にすることは、自分を見つめ、コントロールするのに丁度良い存在になるはずだ。 またな! (*´∀`)」バイ! ・・・・・・・・ 2007年01月07日(日) 2105, ウェブ人間論 −4 (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜 ネットがますます重要な位置を占めてくるとき、その中での実名か匿名か、どちらを選ぶか大きな問題になる。 匿名の場合は無責任な事も書けるが、実名は書いたことは実際に話していることと同じことになり、 当然リアル世界に直接跳ね返ってくる。 このHPを書いていて時々面白い現象にであうことがある。 自分が忘れていた事を相手が憶えていて、読んでいる人のほうが自分のある一面だがよく知っていることがある。 これだけの量を書いていると何を書いたか、自分でも忘れてしまう。自分の体臭に気づかないのと同じで、 悪臭は敏感に感じ取られてしまう。このHPは、自分のネット上の分身であると同時に、本心そのままである。 (字数の関係で中間カット 10年01月07日) ・・・・・・・・ 2006年01月07日(土) 1740, アウグスツヌスとローマ帝国 (σ・з・)σオハYO!! 先日のNHKハイビジョン特集 「ローマ皇帝の歩いた道」が面白い。 ー内容の概略といえば、 海を制したローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスが築いた地中海の交易ルート「海の道」を紹介。イタリアやギリシア、 チュニジア、スペインなど地中海沿岸のローマ遺跡を日本の考古学者がガイドしながら旅する内容であった。 ・エジプトを破り地中海の覇者となった海戦の舞台、ギリシアのアクティウム。 ・皇帝ゆかりの街、スペインのメリダ。(*^ー^)/C□~~コーヒーいかが? ・はるか北アフリカのチュニジアにそびえ立つ巨大な円形闘技場と水道橋。 ・帝国内の圧倒的な遺跡群と新発見に沸く発掘現場、そして今なおローマ帝国の遺産と共に暮らす 人々とのふれあいを通じ、多民族を束ね上げ、地中海に君臨したローマ帝国繁栄の秘密に迫っていた。 去年北イタリアに行ってきたことも含め、ローマ帝国に対して関心がわいてきた時期なので、丁度良いタイミング。 ーその中で印象の強い順に印象に残った内容を書いてみる。 1、アウグスツヌス皇帝が、スペインのメリダの円形闘技場で思いたった 「円形闘技場の座席を差別化して、階級制度をビジュアルに見せる仕掛けを考えた。 大まかに身分ごとに三段階に席を分けて、娯楽の中で差別意識を埋め込んむシステム」 が面白い!どこの都市にも円形劇場という娯楽を与えて、その中で、無意識の中に階級制度を埋め込んだ。 2、自由民といわれる最下層でも、25年の兵役を果たせば一般市民に格上げされるシステムもよい。 自由民は自ら望んで兵役に従うシステムである。?(‘0‘@)スゲ〜! 3、地中海を内海としての戦略ポイントにおき、それを中心に帝国を創りあげた。 4、占領した相手の破壊は最小限度にして、兵役システムで多民族を束ね上げる 手法も卓越している。また兵役を終了した際「世界で初めて退職金制度」も作った。 5、ここでは紹介されてはいなかったが、ローマ軍の日常の大部分は、 帝国内の道路の整備に費やされていた。こと反乱があった時に軍を数日以内に到達できる準備を常にしていた。 「ローマは一日にしてならず」という言葉の重みが、窺い知れる。 ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪ ・・・・・・・・ 2005年01月07日(金) 1375, 人生におけ成功者の定義と条件−2 合間にある「一般の人」の「成功者の定義と条件」が面白いので、幾つか抜粋してみるが、要するにそれぞれの価値観を 述べているに過ぎないが。成功も失敗も、あくまでも価値観が決めること、価値論を持ち出すと根こそぎ、このテーマが 崩れてしまうから深く追求はしないで論を進めたい。年代によって、その答えが深くなっているのが面白い。 ー20歳代以下のアンケートの内容を抜粋ー ・生きていくのが永遠でないという事実に死にそうになるほど恐ろしくなる、でも「そんな死を受け入れられるような、 楽しい時間を生きる」それが人生における成功と思います。ー16歳男性 ーmy感想ーこの同じ言葉を16歳の人がいうのと80歳の人がいうのとは全く意味合いが変わってくるだろう。 ・「自分で自分のレールを敷けること。」 でもやっぱり、何年経っても、今の自分と変わらない笑顔をつくれることが一番。 ―21歳女性。 ・自分自身で考え決定した、好きなことをやっている人。「それが趣味でなく職業であること」 その職業において自分の理想とする生活がなされていること。 また満足していること。これを満たし、日々楽しんでいること。 ー24歳女性 (字数制限のためカット 2010年1月7日) ・・・・・・・ 2004年01月07日(水) 1008, 勘違い ーマニフェストとフェミニストー 昨年の暮れの「今年の総括」の文章の中でマニフェストとフェミニストを間違えてしまった。 帰省中の息子に指摘されて気が付いて半日で書き換えた。読んでいるほうからみると、 このような漫画的な間違いが限りなく見えるから、面白いだろう。 誤字当て字も読み返していると多い。 実際のところ、この間違いは解っていた。それでも間違えるのだからどうしようもない。 (字数の関係で中間カット 11年01月07日) ・・・・・・・ 2003年01月07日(火) 639, 自己疎外 35年前の事だが経営学の野田一夫教授の授業をうけて数ヶ月。同級生が手をあげて「自己疎外とは何ですか?」 という質問をした。それに対しては一瞬詰まって「君にはちょっと早い問題だよ!」と答えた。 その時から「疎外」というキーワードが記憶に鮮明に残った。これは大不況の今の時代にピッタシだから敢えて書いてみる。 組織や地域社会に所属していると孤立している感覚に陥ってしまう。全ての人が自分をあざ笑っている感覚であり、 取り残されている感覚が疎外感である。誰もが持っている挫折感と絶望感の一番の空虚感である。 死や失業になった時に初めて気づくのだ。自己疎外感は孤独のブラックホールといってよい。 全ての充実感や存在感を吸い取っていくのだ。宗教業界の商品作成のデザインの一番の落としどころだ。 それを見抜いて神と共同体を与え愛をささやくのだ。今の日本に自己疎外を持った人が満ちている。 それは絶対神ーラージXを持たない日本の弱点になっている。大都会の酒場で一人飲んでいるほうが禅寺で座禅をしているより、 孤独感を感じるのは自己疎外に陥っている状態であるからである。ところでこのホームページを開いてから自己疎外感が激減した。 疎外感退治にホームページを開くことを勧めます。疎外感を感じている方が真実に気づいている事も事実である。 ・・・・・・・・・ 1月7日 1969年 11時起床。 12時に食事。 午後は本を読み、甥の慶昭と話をしたりする。 夕方、店でコートを買う。 0時から3時まで勉強をする。会社の佐藤さんの分析解剖をしてみる。 文章に書いてみると、やはり気がつかなかった部分が見えてくる。「内容」は・・・・・・・・・?・ ー自己実現について考える。 人生はつまるところ自己実現のプロセスを踏むことだ。自己実現とは、自分の設計図を書いて、 その設計図にのっとって生きていくことである。それも自分に適したものであるべきだ。 ゼミの同期の一人一人を具体的に考えてみると理解しやすい。 それぞれの特性を生かして自己実現を図るのがベストだ。私は何だろか。 自主独立の行動力だろうか、それとも生真面目だろうか。
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2012年01月06日(金)
* 車修理 去年の暮れ車庫のブロック塀に車の後部をぶつけてしまった。 経験からみて最悪の場合10万円以上、 少なくとも7〜8万はするはず?だが、あくまで業者が判断すること。そこで三ヶ所の見積もりをとったが、5万4千、 8万5千、20万円と出た。よくぞ、これだけの差が出たものと驚いた。20万円のところは、「修理不能で、その部分の パネル全体を取り替えないと無理」というが、他はそんなことを言ってない。 当然、5万4千円のところに決めたが、 20万とは、いい加減なもの。そこで思い出したのが以前も見積もってもらったこと。 高いので他にしたことを思い出した。 高くなる算段で修理を考えるのと、安くなるように算段して何とか注文を取ろうというでは4倍近くも違うということ。 そこはバイパス近くにある車社会では一等地。高くなるように見積もっても、客は絶えないのだろう。 今回決めたところは 川崎のカーコンビニ、高いところは? ネット上では書けない。 家電でも何でも最低、三軒の見積もりは必要である。 ところで、年末年始で修理工場が忙しいということもあり、三週間も、そのままの状態で車を走らせていたことあり、 他の車の傷が気になり見ていたが、本当に少ない。そういえば、街で車が凹んんだまま走っているのを殆どみかけない。 これまでも、たまに見かけると振り返る程だった。 無傷が当たり前と思っていたが、外国では平均的に見ても多く見かけられる。 考えてみると、その国の豊かさに比例している。 服装と同じ感覚である。 まだ修理待ちでヘコンダ車に乗っているが、 あまり気にならないのは? いや、やはり気になる? * 男はつらいよ 以前も、ここで何度か「男はつらいよ」について書いたことがあった。 年末年始は必ずといってよいほど、48シリーズの 幾つかを再放送するが、今年は全シリーズの放送をしていた。その何本かを見たが、家内が大嫌いで、私が見るのも嫌がる。 しかし何度見ても、その都度、考えさせられる。 少し頭の軽い気の良い流しのテキ屋。 全国各地の祭りを追い旅をしている。 美人に惚れっぽくて、その見返りで、やたら女性にモテる。 見境なく惚れるから、女も悪い気がしない。そこで、ヤクザ者の ペースに嵌っていくが、実は他に目星の男がいて振られるか、上手くいきかけても本人が自分の立場に気づき身を引く、という物語。 テキ屋の世界は、甘い世界ではない。 社会からは一歩食み出でた悲劇と喜劇の屏の上の際どさに味わいがある。 人間社会の悲哀を、主役の寅さんを通して表現している。その素朴な女性への憬れが、仏の温かさと二重写しをしている。 それと時々帰る親戚の家族の温もりが、今は無くなりつつある家族生活を疑似体験させてくれる。 私が社会人になった年に映画化が始まった。 四日市、神戸、東京、金沢、そして千葉と転々としていた頃、擬似家族の温もりを、 あの映画の中に求めていたようだ。家族の絶対のベースがあればこそ、人間は正常でいられるのである。ネットの擬似家族もあるか? ・・・・・・・ 3573, デジタル進化論 2011年01月06日(木) 日経新聞がデジタル進化論の連載を始めた。ークラウドが迫る転換ーがサブタイトルである。 iPodの登場から10年、これがiPhone、そしてiPadと、直感操作型情報機器へ広がりを始めてきた。 パソコン登場から30年が経ち、次の展開として、スマートフォンとか、タブレット式パソコンなどに軸足を移し始めてきた。 iPhoneの登場から僅か4年で、パソコンの売上げ台数の3億8千万台を、今年中に直感式情報機器が上回るというから、尋常ではない。 特にタブレット式無線パソコンが、この数年で爆発的な普及が予測される。 シャープもキーボード付パソコンから撤退を表明、 タブレット端末に集約、電子書籍サービスで稼ぐ事業モデルに転換する。「アプリ」もパソコンソフトと同じぐらい揃っており、 数十万本もあるというから、これも成功すると見てよい。 ソニーも、ドコモも、auも、それぞれの特性を生かした戦略で進出を 始めているので、数年で、市場は激変する。 昨年だけでアップルは。iPhoneを3300万台、iPadを1800万台を売ったという。 今後、世界中の大手が直感式情報機器の販売に入るため情報化は更に進むことになる。そのため情報の量と質が格段にアップする。 それと比例して世界に情報が行き渡り変化を加速させることになる。 それが、更なるグローバル化、平準化、一極化が進む。 そうこう考えると、時代は激変を止めることは不可能といえよう。デジタルといえば、数ヶ月前に入れたテレビである。 値段は、一般の二倍以上したが、テレビの画質、音質、機能等は、明らかに数倍のもの。で、何が変わったか?というと、 映像対象の内容が違って見えるようになったこと。これらデジタル化は、人間のあり方まで変えていく、良いにつけ、悪いにつけ。 経済も含めて今後10年で世界は、日本は、どのように変化していくのだろう?10年前からみて現在は想像を遥かに超えている。 問題先送りになってしまう大きなマイナスもある。 「心配ごとは、明日に!明日はこないのだから」で、手遅れに?か。 ・・・・・・・ 3198, 句読点とは妖精のようなもの! ー2 2010年01月06日(水) * 検索で「句読点の打ち方」と入れたら、次のようなものが出てきた。 ・文の息の切れ目に読点を打つ ・対等に語句を並べる場合に打つ ・難読、誤読を避けるため使う ・文の構造を分かりやすくするために打つ ・節と節の間に打つ(彼も喜び、私も喜んだ) ・前置きの節や語句を区切る(その夜、あなたはいなかった) ・挿入された節や語句を区切る(私はそんなことは、前にも言ったように、していない) ・主語を明確にするために打つ(私は、彼はそんなことはしていないと思う) ・修飾する語とされる語の関係を明確にするために打つ ・読点と他の符号との連続はなるべく避ける ・会話の場合は「 」の外側に句点を打たない ・会話以外の場合で、「 」や( )などで文が終わるときは句点を打つ ・「 」や( )などのなかに入る最後の文については句点を打たない ・「――」や「……」で終わる文には句点を打つ ・箇条書きには句点を打たない ー以上だが、本を読み込み、自分の文章を書き続れば自然と身につくものだが、上記は、ほぼ実行している。 (会話の場合は、どうだったか?) 上記の句読点の打ち方を見る限り「妖精のようなもの」には、疑問だが。 チャンとしたルールがあり、別に神秘的ではないし、神のシモベには思えない。文の息使いは、それぞれあるから、 上記のことを守っていれば、あまり意識をすることはない。 文章の(、)と(。)は、書くほうも読むほうも、 相互の呼吸あわせになる。だから校正で一番、気を使うことになる。と同時に、書きなれてない人は、この方が最も難しくなる。 ・・・・・・・・ 2833, 年始のTV 討論で印象的だった世界経済の論評 2009年01月06日(火) 年末年始のワイドショーで経済学者等の金融危機に対する論評を可能な限り聞いた。 一年以上かけて十数冊の関連の本や新聞の解説や論評を読んでいたこともあり、 目新しい内容は少なかったが、それでも、「おや!」と思う部分を紹介してみる。 ・岡崎元大使がアメリカで驚いたという次の内容が面白い。 「アメリカで感じたのが、日本で感じるほどアメリカ全体として暗くない。一部の勝ち組と称す連中が サブプライム入り債権を買って大損をしていてのを、大多数が傍目でみて喜んでいる雰囲気がある」という。 日本のバブルがハジケて北海道拓銀が倒産したときに、札幌に講演に行った将棋の米長邦雄がタクシーの 運転手から意外な話を聞いたという。「北海道の道民は、本当は心の底で喜んでいるんですよ。あいつ等、 特権意識を持って威張り散らしていたのが、あの様でしょう。確かに辛いけど、あいつ等の姿を見るのが嬉しい のが道民の実際の感情です」。 この直後に彼の講演で聞いたので、社会とは、こういうものかと驚いた。 それと同じことがアメリカの多数の感情とみれば理解できる。 ビッグスリーの首脳がジェット機で議会に乗りつけ 政府に資金援助を要請するなどは、国民感情を逆撫でることを彼等は気づいていなかったのである。 アメリカではサブプライムローンを払えなくとも物件を手放せば、それ以上の追求を逃れることが出来る。 借りている被害者は、日本の立場とは全く違う。 元々ほとんど資産がない連中である。本当の被害者は、その毒入り債権を 買ってしまった中産階級以上の国民と銀行である。それが恵まれた連中と金融機関とくれば、マイナーの大多数?の心中は 拍手喝采が人間の心情である。 これはマスコミには載らないニュースである。少しは日本にも、その感情があるのだろう。 数ヶ月前までは、日本はバングラデシュ並みのマイナーの国として金融立国とかで謳歌していた 連中に蔑視されていた。しかし、これで全てが日本以下になる。但し5年後は、その下に陥るのは間違いないが。 ・アメリカ国家の借金は国民一人当たり1600万、総額4600兆円という。ちなみに日本は莫大と言われても一人640万円で、 800兆円。これでは国家経済は破綻状態である。アメリカ国民3億人のうち、飢餓?状態の200万円以下の人たちが12% にあたる3700万人もいる。1929年の世界恐慌が収まった原因はニューデール政策といわれいるが、実は第二次世界大戦で、 一度世界のマイナスが清算されたためという。1929年の時のアメリカの失業者は労働人口の25%であった。 それより、今回の恐慌は遥かに大きいというから、最低でも十数年は大混乱が続くとみてよい。 ・日本はバブル崩壊後に「輸出立国」のモデルをつくりあげ、何とか経済を維持してきた。 それが根こそぎ破壊されたのだから、日本はアメリカと同じように破綻の道を歩む運命? ーーー 毎日毎日、恐慌のニュースである。 マスコミは自制しても、ネットで事実が一瞬に流れる。 そうすると、その差を国民の方が見てしまう。そこまでネット社会がいっているのを、役人も政治家、 もっと言えば、マスコミボケをしているマスコミの連中がネットの凄みに 気づいていないと思いざるを得ない。 ・・・・・・・・・ 2008年01月06日(日) 2468, サブプライムとは何か −2 (゚Д゚*)ノ⌒【おはよう】 『サブプライム問題とは何か』春山昇華著 宝島社 サプライム問題はアメリカの覇権主義の正体そのもの!である。その実態は、日本がこの十数年の間に犠牲になったムーディーなどの 「格付け機関」という怪しげな格付けというマジックを使った債権詐欺?だった。まだ、あの格付け機関を日本の一部マスコミでも 信じているようだが。このマジックで、日本の企業はアメリカに買いたたかれたのである。日本企業を買い叩くために 「格付け機関」を作ったともいわれている。去年の末からサブプライム問題が問題になり、週刊誌や月刊誌に大きく取上げられた際に 随想日記にも取上げた。先日、知人からこの本を借りて読んだところ、より深く問題を掘り下げていた。TVで解説しているほど、 実態は甘くないようだ。ここで、そもそもサブプライムとはどんなローンなのか、その融資を受ける「信用力の低い個人」とはどんな人たちか、 彼らにローンを組ませるためにどんな金融業者が暗躍したかが生々しく書かれている。その露払いが、さきほどの「格付け機関」である。 屑のような債権を、格付けAやトリプルAを付けて世界中にばら撒いた。プエルトリコや、黒人などの所得が低かったり、 過去に住宅ローンの返済が滞ったことがあるという理由で、一般の住宅ローン(プライムローン)を借りることができない人向けの融資を 金融機関は積極的に債権化をしたのである。一般のローンより金利が高いが、初2年間だけは返済額が小さく抑えるなどの特徴があり、 低所得者に広がっていった。この背景は住宅価格つまり担保価値が上昇し続けることが前提になっている。しかし信用不安などで値下がりが 始ると雪崩をうって崩壊を始ったのである。この中では、住宅価格上昇の絶頂期だった2005年ごろに登場した忍者をもじった 「ニンジャローン」を取上げている。ここまで来ると芸術的犯罪に近くなる。NINJAとはノー・インカム、 ノー・ジョブ・アンド・アセットの略で、所得がなく仕事も資産もなくても借りられるというものだ。 このローンの背景には住宅価格が上昇すれば、担保余力が生まれるため、自動車ローンや消費ローンなども組みやすくなる。 ローンを借りたい人たちにとって、これほど良いチャンスはない!まず家を持ち、自動車や家電製品を買いまくっていた。 債権の買い手さえが、自分がどこまで被害にあっているか解からないところが、問題の深刻さを現している。 この実態を知れば知るほど深刻である。もともと、アメリカが国家単位でしていることを、民間レベルに切り替わっただけと 言えるところが皮肉である。これをキッカケにアメリカ国債やドルに対しても不信感が重なる。 その意味で、今年はこの問題は大きな波乱要素になることは必定である。 ヾ(●゜゜)ノ バイ! ・・・・・・ 2007年01月06日(土) 2104, 勘違い! オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! 先日のモーニングショーで、TVで勝ち組?の六本木ヒルのマンションに入居の社長と、月十万円を稼ぐのに必死の三万円の アパートに入っている漫画本講談師との、二人の年末の日常を、同じ時間軸を対比しながら映し出していた。共通点は、 20歳代後半と、フリーター出身である。私の目からみれば月十万円の漫画講談師のほうが遥かに良い一日を過ごしている。 それが画面にはっきりと映し出されている。地に足をしっかりつけて一日を過ごしているのはどちらか歴然としている。 しかしディレクターの素材の問題だろうか、それとも実際は、私の指摘した隠れ真実を?ディレクターは言いたかったのだろうか。 モダン主義と、ポストモダン主義の問題そのものである。誰もが認めるような大きな成功物語を良しとするか、 それとも、自分がしたいことを傍の目をものともせず生きる物語を良しとするか。 コミックなのは、成金の方が一時代前の価値観で生きていることだ。だから漫画講談師と対比させたのだろうか?いや違うだろう。 何が六本木ヒルか笑ってしまう。あれが何だっていうのだろう。気の毒な連中の収容所でしかないと思うのも私だけだろうか。 満足感の問題だから敢えていうこともないが、ただ単純に、こちらは良い、あちらは悪い、と決め付けることに問題がある。 たまに泊まる分にはよいが何じゃありゃ!でしかない。これは私の立場。 村上某とか、ライブドアの某とかいうパンダが、 証明したではないか。自宅から歩いて数分の所の土手の彼方此方に鴨がいて、セキレイが飛び交っている。 どっちが素晴らしいというのだろうか。そんなこと決まっているじゃないか、というのは年齢のためか。 下の息子も一昨日鉄骨ジャングルに帰っていった。嬉しそうなところが、痛々しいが・・ 彼の方は、小さな世界に安住している地方の両親!と位にしか、見えないから、それは年齢と適正の違いもあるが 話が逸れたが、漫画本講談師の男、毎日がスリルとサスペンスだろうが、決して楽しそうでないのが気になったが・・・ ・・・・・・・・ 2006年01月06日(金) 1739, 人生の自己採点 ま! (。・・)_且~~ お茶どうぞ 私の何気なくする質問が時々キツイことをいう。 その中でも特に顔色を変える質問がある「これまで生きてきて、自分の点数をつけるとしたら何点?」 ))))))(゚o゚;)/ギク! 思わない質問に、自己評価をどうしてよいのか一瞬たじろぐ。 おそらく、その後かなり悩むのではないだろうか。 それも次の言葉を加えるから厳しい。「一応、あなたが考える第三者の評価も含めて勘でよいから感覚的な数字をあげてみて」と、 一瞬の間を置く。大体、70点以上の人は直ぐに答えるが、それ以下の数字を頭に描いた人は黙る。 (字数制限のためカット 2011年1月6日) ・・・・・・・・ 2005年01月06日(木) 1374, キュープラ・ロスー2 ロスに関して、もう少し詳しく書いてみる。 ターミナルケア(終末期医療)のテーマにおいて最も愛され、尊敬される第一人者の存在である。若き日の勤務していた ニューヨークの病院での瀕死の患者の扱いに彼女は愕然とした。〈彼らは避けられ、粗末にされ、だれも彼らに正直に接していなかった〉 彼女は他の同僚達とは違い、いつも末期の患者と供にいて、彼らの心の声を聴いていた。そして彼女は「自らの経験を語る瀕死の 患者についての講義」を始めた。1969年の最初の本「死ぬ瞬間」はキュブラー・ロス博士を世界的に有名にした。 (字数制限のためカット 2012年1月6日) ・・・・・・・ 2004年01月06日(火) 1007, 激突!エコノミスト-今年の景気予測 (以下、字数制限のためカット 2010年1月6日) ・・・・・・ 2003年01月06日(月) 633、「不幸論」ー中島義道 図書館で借りてきたユング派の哲学者の中島義道の不幸論が面白い。 幸福論の自己欺瞞を鋭く指摘したあとに、人間の最終結末の死をとらえて不幸論を書いている。 しかしあくまでも幸福論の批判であって、不幸論そのものを見すえて論じてはなかった。 不幸を座視にして幸福論を批判するのは、逆に幸福論をより鮮明に浮かび上がらせて理解するのに良い。 幸福の構造は 1、自分の特定の欲望がかなえられていること 2、その欲望が自分の一般的信念にかなっていること 3、その欲望が世間から承認されていること 4、その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れてないこと 特に1〜3までの実現に4が生じてしまう。 幸福論というと、エピクロスの快楽主義が思い浮ぶ。 「人生において、面白おかしくしたい事をする事が全てに優先されるべき」 バランスが問題になるだろうが。最近の幸福論としてヒルティやアランである。 ・ヒルティの幸福論はキリスト教の理想的なカタチ ・アランは内省ー解釈の仕方ー気持ちの持ちよう集約するとこんなものだろう。 私の幸福論はやりたい事を見つけどれだけやったかという達成主義である。それもあくまで自己欺瞞でしかないのだろう。 愛・知・力という3点に自分の目標値は決め、達成のプロセスが=幸福という単純なものだ。しかし死を宣告された時に その達成感など何の支えになるかと考えると、その前に粟粒でしかない。この不幸論の一番気にいったところを抜粋した。 ーだいたい、幸福論を書こうという人の動機が気に入らない。 彼(女)は、 ・まずだれでも幸福になるという基本態度を押し出す。 (字数制限のためカット 2012年1月6日) ・・・・・・・・ 2002年01月06日(日) 292,システム・エンジェニアーSE (字数制限のためカット 2011年1月6日) ・・・・・・・・ ある時間の断片 1月6日 1969年 10時起床。 食後、11時から16時までジャスコに出す論文の下書きを完成。それにしても集中力が足りない。 構想力や文章力のなさに自分でも情けない。絶対量の本を読んでなかったツケがこういうカタチになって出ている。 独りになる時間が少なかったのだろう。その為に、独りになると逆に縮んでしまうのだ。焦りと、動揺がここにきて出てきた。 リラックスをして自分をもっとしっかり見つめないとダメだ。このように家に休暇で長く居れるのも、これが最後。 こうしてみると、やはり学生時代は人生で一番良い時だったのだ。
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2012年01月05日(木)
* 年末年始 この年末年始も、例年のように過ぎていった。事業から離れて初めての正月になるが気持ちは何も変りない。 ただ以前ほど政治経済のニュースに敏感に反応しなくなっている。こうなれば、良いも悪いもないが。 まだ事業を続けていたとしたら、この激流の中で夜も眠れない日々が続いていたはず。 事業から一歩退いてみると、 この断絶の大きさが更に鮮明に見えてくる。TV番組も、派手な内容のものは少ないようだ。 正月で特別なことと言えば、蔦屋で数年ぶりにDVDを一本借りて見た位。 * 元旦の殿町で 元旦は、例年、東京から帰省してきた次男夫婦と、長男と、私たち夫婦、合計5人で居酒屋での新年会が恒例になっている。 次男夫婦は地元の同級生と二次会とかで別行動。 今年は長男と殿町に行った。駅前は、居酒屋チェーン店が元旦でも営業を しているが、さすが殿町は殆どの店が閉まっていた。その中で、一軒のスナックに入ったが、先客が二組み飲んでいたが、 危なそうな客。 一時間ほど経った頃、50歳頃の革ジャンを着たテキ屋か、ヤクザ風の客が私たちの隣に座った。 隣なので何気なく話すと、奥さんと喧嘩をして飛び出してきたという。暫くして、「マスター、一軒回ってまた来るね!」と 出ていこうとするので、酔った勢いもあり、「勘定を払わないで出ていくの?」と言ってしまった。ところが、 「何だ御前、俺を馬鹿にするのか。御前に、そんなことを言われる筋合いはない!」と凄んでくる。そのへんは、慣れたもので 「別に馬鹿にしたわけじゃない。自然に出てきた言葉。そう思うのは貴方の勝手」と答えると、凄い目で飛びかからんばかり。 長男が、その辺の呼吸を知らないようで、立ち上がり乱闘寸前。 ようは、呼吸なのである。 押しても引いてもダメで、 「元旦そうそう、あまり怒るなよ!」とか言っていれば良い。 危ない奴ほど、簡単には手は出さないのは経験上知っている。 で、本人はプイと出ていったが、マスターに「あの客、馴染みなの?」と聞くと、「一げんです」という。飲み逃げ、手馴れたもの。 初めての店で、「少し他の店を回って後でくるね」じゃ、飲み逃げそのもの。で、結果、飲み逃げの手助けをしたことになる。 特に年始のスナックは泥棒が多いと聞く。 それにしても、危ない客。 そういう私も、それを楽しんでいる変な客。 ・・・・・・・ 3572, 人は何故、肯定思考に心がけなければならないか? 2011年01月05日(水) 肯定思考といえば、中村天風の「肯定肯定、絶対肯定」の言葉が思い出される。 また書店には肯定思考の本がところ狭しと並んでいる。考えてみれば新約聖書も弱者肯定の見本のようなもの。 ありのままに、ほっとけば人間の思考はマイナス思考、否定思考に流れされる。電車やバスに乗り遅れたことは思い出しても、 ギリギリ間に合った記憶はホボ忘れている。その数倍もあるのに。楽しいことを忘れ、辛いことを何時までも記憶する習性が 人間にはあるようだ。 それは、我われの祖先がもたらしたもの。 大昔、毒のある食物で当たり、野獣に襲われ 食べられそうになったりすると、二度と同じ過ちを繰り返さないように、その記憶を長く残した。 逆に、美味しい食べ物に出会っても直ぐに忘れることにした。それに捉われると、次の食べ物に有りつけなくなくからである。 その習性に気づいてないと、良くない記憶だけが残ってしまい、自分だけ悪いことが起きてしまうと錯覚をしてしまう。 だいたい、良いこと悪いことが同量が起こっていると考えればよい。 しかし良いことを思い出す訓練をしていると、 どうも良いことが擦り寄ってくるようになっている。 私の場合は、三対一と勝手に思っている。面白そうなことを探していれば、 自然、その方に自分から擦り寄っていく。 例えとして私事になるが、47回の海外旅行、それも秘境ツアーの経験は、 週末のTV生活を楽しませてくれる。BS/TVで旅先の何処かを放送している。一度行ったところを違う目線の映像を見ると、 再び訪ねている感覚で見ることができる。 また、自然に他の行き先に惹きつけられ、欲も出てくるもの。 マイナス思考は逆である。 嫌なことに捉われていると、それに類似したTVや小説の場面で嫌な追体験をしてしまう。 その繰り返しの中から怒り、憎しみが憎悪に変わっていく。「人を恨めば、穴二つ」の相打ち、である。だから、嫌なことは、 意識的に排除すべきである。 言葉=精神。 明るい言葉は、明るい精神と言い換えることが出切る。 言葉を持ってしまった人間は、二人称の身近な死から、一人称の「自分の死」を予感するようになった。これが、マイナス思考を 更に深めている。そのため神という共同幻想の仮身をつくるしかなかった。 人間は人間であるが故に、脆いのである。 ・・・・・・・・ 3197,つれづれに ー 閑話小題 2010年01月05日(火) * 人生味わえば、8割は良いことになる 1月3日のTV「熱中人生」で、藤岡琢也が対談した70歳後半の品の良い女性が語った言葉が良い。 「人生、生きてきて、良いこと、2割。辛いこと、8割だった。しかし、辛いことを味わえば、8割は良いこと辛いことは2割になる」 が、印象に残った。 「終戦直前に、近くの旅館に特攻隊員が数人、出撃の待機をしていた。その話し相手に行っていたが、 彼らが終戦の一月前に出撃していった。 彼らが死んでいっても、自分の中に生きているように感じる。 そのお陰で、疎かに生きなくてはならないと、生きてきた。 人生は辛いことが8割だが、味わえば、良いことが8割に変わる!」と、 しみじみと語っていた。 そう、辛さを味わうのである。 甘塩辛いが! * 面白いものである! 実際に、数ヶ月に一度は全く書くネタが無くなる。 書いていると自己嫌悪に陥るのである。 自己嫌悪は今さらだが、書き尽くして如何もこうもテーマがなくなり、書いてきた内容に微妙な感情に押しつぶされ、 どうもこうも、ならなくなる。お手上げである。 しかし、その時ほど、直後に何かが出てくる。 その何かとは、小さな井戸の水を掬いとった後に、何処から水が湧き出る感覚である。だから続けることができる。 これは人生と同じじゃないか? そう、挫折、その後に来る孤立と孤独の中から力が湧き出てきたのと同じである。 その時に、変化が生じる。そこ(底?)から知恵が出てくるのである。その繰り返しから、知恵も、力も出てくる。 * 婚活ブームの後は、離活ブームだと! 現在、婚活ブームだが、次は「離婚ブーム」が来そうだと、昨日の産経新聞の社会面トップで取上げていた。 20〜30歳代前半の女性の多くが離婚相談所にくるという。 女が出来たとか、借金が多いとかいうハードなことより、 呆れるほど些細な動機。 熟年のように熟慮を重ねた上の離婚とは違い、単純な気分で嫌と決め付けるケースが多いとか。 以前なら親が説得する程度のことを、親まで一緒になって悪口をいうから・・。 今のユトリ教育で育った人種なら、 分からないでもないが。 「結婚など、嫌が上のハク」というのは、長年、連れ添ったものなら分かっているはず。 後記)去年に、偶然に同じようなテーマを取り上げていた。 それも、新年早々に! そんなものだろうが。 ―― 2832, 1秒でも早く・結婚したい女たち -2 2009年01月05日(月) ー前回に続いての、まとめである。 ・雇用機会均等法の中で育った40歳前後のアラフォー世代の女性たちは、キャリア志向が強く「仕事をする女はカッコイイーッ!」 という価値観。 彼女たちが20代のときは「結婚して家庭に入るよりも仕事に生きたい」と願い考える女性が多かった。 その結果で晩婚化していった。その盛りが過ぎたキャリアウーマンが、40歳に近づいて焦り始めているケースを取り上げていた。 ・しかし、その下の若い世代(20代)になると、女の幸せを考えたとき「仕事で輝いたとしてそれが何ぼのもの?」 「それが本当にカッコイイーッのか?幸せなのか?」と考えるようになり、結婚も仕事もこなす女性の方がカッコイイーッと いう価値観が生まれてくる。 妻となり母となり、キャリアウーマンをこなす「キャリア・マザー」がカッコイイーッと捉える 女性が多くなっている。 全体として結婚して人生のパートナーをつかみ、仕事もバリバリこなすライフスタイルの賛同者が多かった。 ・その女性の反面、男子たちは女性化している。かつてクリスマスの夜の予約に執念を燃やしていた男達は少なくなっている。 肉食系動物より草食系動物系に男が変化しているという。 別に結婚に執着しない男が増えている。 「現在の20歳の女性の4人に1人が一生結婚が出来なくなる」というデーターもある。 女性週刊誌は、いかに男を見つけ口説き落とすかの特集が多いという。一時代前の男の週刊誌と同じになってきたようだ。 何か気持ちが悪くなってきた。 36年間、結婚生活を過ごしてきて結婚生活は、そう甘いものではないと実感する。 慣れるに10年、諦めるに10年はかかる。そのあと10年かけて同じ方向を見るようになる。そして最後は「同居の貴女」になっていく。 それでも結婚しないよりは良い。人生の半分(いや、三分の二)は、結婚相手によって良くも悪くも決まってくる。 私生活の大部分を一緒に過ごすのだから当然のこと。選り好みをしていたらチャンスを逸するし、焦れば「化け猫」 を掴んでしまう可能性がある。どう見ても「化け猫と、ボケ犬」の組み合わせとしか思えないカップルが多い。 もしかしたら結婚とは、こんなものかもしれない。 「一秒でも早く・離婚したい夫婦たち」というテーマを思いついた。 この数年に同年代の親戚の男が二組、熟年離婚をして旅先に家庭を置いて実家に帰ってきた。 知人に倒産・浮気等で夫婦関係が破壊して、それでも同居している男が何人かいる。 相手が気の毒だが、他人の家庭のこと。 地獄は、末期の夫婦の不仲にあるようだ? ・・貴方の家庭のことではありません?! 念のため。そして私の家庭のことでも ありません。 過半数が、家庭内離婚というから、熟年離婚を書くのは拙いか? 私のように、浅くて長い河があるのは、如何か? まだ歩いてわたれるから、まあいいか? ・・・・・・・・・ 2008年01月05日(土) 2467, 歌は世相につれ ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪ 20年ほど前に経済評論家が「ナンバーワン戦略では、直ぐに二番手に狙いうちにあう。 ナンバーワンを深化してナンバーツーが辿りつけないまで磨き上げてオンリーワンになることこそ生き残りの戦略である」と論じていた。 このオンリーワンの言葉をパクッタのだろうか、スマップの「世界に一つだけの歌」に、このオンリーワンという言葉がある。 オンリーワンの意味をしらない作詞家が「ゆとり教育」で育った若者に向た媚びた歌詞を作り上げたという見方ができる。 彼らも普通の人なのだから、そういう歌詩を批判する方が野暮といえば野暮だが。オンリーワンの本来の意味が個性ということだから、 その間違いを書いている。これだけ流行するのは、時代の現状を現している。ゆとり教育肯定派は ・一部勝ち組が賞賛される時代、それ以外でも精一杯生きる何処が悪いのか? ・オンリーワンと勝手に思い込む何処が悪いのか? ・生きているだけで全てではないか、それを気づかしてくれる歌詞の何処が悪いのか? それはそれでよい。 しかし、それだけでは人生ではない!人生は世界に一つだけの花ではない、人間は。傷つき、汚れ、ボロボロになるのが人生。 (以下、中間略ー字数制限の関係で2,011年1月5日) ・・・・・ 2007年01月05日(金) 2103, ウェブ人間論 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グー オハヨ〜 このHPを開設して、あと4ヶ月で六年になる。開設した日の前と後というほど、大きなインパクトを持つことになった。 「誰かに見られている」という意識が文章の手抜きを最小にしてくれる。「手抜きができない」が一番の自己コントロールになっている。 平均2時間の準備と、寝る前に30分、 起きて30〜45分の添削をしている。それでも会社にいって読み返すと誤字や筋が通って ないことが多い。誰に頼まれたわけでもないのに、毎日書き続けて2100項目になったが、確かにこの六年近く書き続けたことで、 何かが変わった。文章化の能力と、その蓄積と分類、そしてそのオープンソース化は、 人間の脳を根こそぎ変えてしまう不思議な何かがある。 ー 第一章 ウェブ世界で生きる −? *ブログで人は成長できる* 平野:梅田さんは新書や文庫という旧来型の紙という媒体で本を出される一方で、 ウェブ上ではブログを書かれていますが、両方を経験して、どういう印象ですか。 梅田:まずブログというのは、まとまったものを読むのには不向きです。 書くほうも読むほうも、一日でせいぜい原稿用紙で5〜10枚ですから。だから読むほうも、ジックリ読むのではなく、 情報をパッパと見て、リング先に飛んで戻ってという情報ハンティングですよね。断片を消費するに近い。 平野:朝、新聞をざっと読むような感じで、ということですか。 梅田:ブログは文章の推敲が足りなくても、少々誤字があっても、リアルタイムが必要だということです。それに対し、本にしたのは、 思考を構造化したかったということです。 考えをひとつの構造にまとめるのに適したメディアはやはり本しかない。 梅田:むしろブログの本当の意味は、何を語る、何かを伝える、ということ以上に、もう一つあるのではないか。 ブログを書くことで、知の創出がなされて以上に、自分が人間として成長できたという実感があるのです。 (以下、中間略ー字数制限の関係で2,010年1月5日) ・・・・・・・・ 2006年01月06日(金) 1739, 人生の自己採点 ま! (。・・)_且~~ お茶どうぞ オットッ! 且_(゚◇゚;)ノ゙ アチッ! 私の何気なくする質問が時々キツイことをいう。その中でも特に顔色を変える質問がある 「これまで生きてきて、自分の点数をつけるとしたら何点?」思わない質問に、自己評価をどうしてよいのか一瞬たじろぐ。 おそらく、その後かなり悩むのではないだろうか。 それも次の言葉を加えるから厳しい。 「一応、あなたが考える第三者の評価も含めて勘でよいから感覚的な数字をあげてみて」と、一瞬の間を置く。 (以下、中間略ー字数制限の関係で2,011年1月5日) ・・・・・・・・ 2005年01月05日(水) 1373, キュープラー・ロス 去年の8月24日に『死ぬ瞬間』などの著者キュープラー・ロスがなくなった。その彼女の最期をリアルに映し出した ドキュメントを年末の教育TVで放送をしていた。その録画を一昨日じっくり見た。 彼女の最後の日々のインタビューを見ながら柳田邦夫と山崎章郎とNHKの女性アナの対談形式で進められていた。 彼女の本を数冊読んで何度か息を呑んだ経験を持っていた。そのためか、彼女の一言一言が心につき刺さってきた。 「私は聖女ではありません!ふつうの人間です。聖女など大嫌いです。そんな言われ方などとんでもありません」 自分が死を迎えるに当たって、一番大事なことに気がついたといえば、愛を与えることと、愛を受け取ることです」 「来世が死ぬ人にとってのニーズなら、それを認め与えてやらなくは」(*´-ω-`)(*´・ω・`)(*´-ω-`)ウンウン♪ 「死を覚悟して、自分がとるべき態度は悟り済ました姿ではない。死を看取ってきた患者の気持ちになって、恐れ慄く姿こそ 私のとるべき態度です。その彼等の立場に自分がなって、その経験をすることこそ残された最期のレッスンです。」等々、 言っている内容が深い。医者や看護婦や医学生を集めて、死にいく人とのインタビューの録画があった。 もう数十年前の白黒画像で、末期肺がんの老人であった。死に直面した老人の心奥の恐れや悩みを引き出していた。 また白血病の10歳位の子供のインタビューもあった。その子供の内面を、ロスが引き出していく様子が涙を誘う。 「死ぬことは違う世界に移り変わるだけ、そこには多くの人が僕を待っていてくれる」 「この病気になって気がついたことは、生きるということは辛いことだ。」 私がロスの著書で一番好きなくだりがある。 ロスの最高の師が「黒人清掃作業員」だったということだ。ー重体の患者を元気づける不思議な能力のある黒人作業員の 秘密が知りたくて、博士は彼女をスパイのように追いかけ回す。彼女に接した患者が誰もが癒される。 作業員は博士に、彼女は息子を肺炎で亡くした経験から死を怖れず、「心配しないで。死は怖いものではない」と 死に行く患者に語っていただけと言う。博士は清掃員を「人生の師」と呼び、自分の第一助手として採用する。 ーこれが彼女のあらゆる本の中で一番彼女をそのまま表しているところだ。 ・・・・・・ 2004年01月05日(月) 1006, 「この俗物が!」−2 一回で終わるつもりであった、あまりにも内容が面白いので続編を書くことにした。 (字数の関係でカットー2008年0105) ・・・・・・・・・・ 2003年01月05日(日) 632, 自由化\(~o~)/ 日本が大きな曲がり角にきている最大の原因は自由化のウエーブである。 特に厳しい業界は規制により守られてきたところだ。 酒屋、米屋、ガソリンスタンド、スーパー、ホームセンター、金融ー銀行・保険、農家など殆ど全てといってよい。 自民党と結託した利権団体を隠れ蓑にした社会主義の共産党員社会である。その意味で今のこの混乱はソビエトが崩壊した 十数年前のロシア共産社会の混乱に酷似をしている。今の自民党はロシアの共産党以下のレベルを演じている。 (以下、中間略ー字数制限の関係で2,012年1月5日) ・・・・・・・・・ 2002年01月05日(土) 291、一人遊び 孤独に強い人は、これができるかどうかである。一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、それって 「お宅」でないか。似ているがやはり違う。 それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのではないか? 結局中途半端のそれをいうのではないか?字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。 山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。別にそれをお宅といわない。 読書好きの人もお宅といわない。自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、 求めてもそこに何もないことを、経験上知っているためだ。結局人間最後は一人だ。 そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。 「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)ということを示すことだ「示単」。 これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。そこで自分の好きのことを見つけ、それを楽しむことから始めなくてはならない。 その積み重ねが個性を作る。ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。 ・・・・・・・・ 1月5日 1969年 8時半に起床。 店に11時前にいく。長岡の街には人があまり出ていない。14時に兄三郎さんの婚約者の「木村恵美子」さんと 初対面。可愛い人というのが感想だ。17時に店を手伝い、家に帰る。正子さんに頼まれたものを間違えてしまった。 いい加減な自分に嫌になる。 ー今日の本にダイエーの中内功の言葉が印象に残った。 「われ進むところ常に道なし,荒野の中独り道をつくる」
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2012年01月04日(水)
* 御先祖・四四太郎様の警告 最近、お呼びがかからないから、久しぶりの娑婆になる。聞くところによると、経済震災や自然震災で去年の3月に倒産したとか。 御前のような用心深い男が何ていうザマだ。こういう長期の装置産業は、ピークを見極めて早々、売り抜けるのが本筋。 それを分かっていたと思っていたが実際には出来なかったということか。お前が学生時代に事業を目指すと決めたとき、何を思った? 事業を立ち上げた後、それを第三者に売却し、全く別の面白そうな事業を立ち上げをして転売をしながら、事業を学び、自分の世界を 大きくしていくことだったのではないか。 それが何じゃ、30年も続けてしまい、その結果が、これである。この様は30年も 微温湯に浸かっていた当然の報いじゃ。 とはいえ、これも事業人生の一場面。 調子に乗って羽目を外して馬鹿丸出しだったが・・・ ワシも御前によって、400年以上も前から引き戻されたが、みるみるうちに、娑婆の変化が起きているのを知り吃驚じゃ。 それにしても、面白い時代じゃないか。現時点をみると、ワシの当時の戦国時代より世界と一体している分、変化は激しい。 戦国時代は、一つ間違えると一族郎党が殺される厳しさがあった。しかし変化の大きさは比較にならないほど現代は大きい。 現代文明のは、お主達に大きなメリットを与えている。で、ワシの目で見ても、これから10年は更に大きな時代の変わり目になる。 その中にあって日本は刺激的な日々になるのは、お主は分かっているが、それでも、まだまだ甘いことを忠告する。地勢的にみて、 そのメリットを受けたのが戦後の経済成長であり、世界二位まで膨らんだが、それが20年前にバブル崩壊で破裂し現在に至っている。 そして、これから10年で、最後に残った蓄積を全てアメリカによって吐き出される運命になる。もう一度、書店かネットで情報を とってみることだ。そこには、まだまだお主の知らないことが多く書いてある。 それを知らせるために、ワシは現れ出たのじゃ。 いいか、お主自身、現状に危機感を持っていると思っているが、まだまだ、そんなものじゃない、これは。 ならどうするかを、 ここで、もっともっと考えろと言いたいのだ。 大津波は実際に押し寄せたときは、その前のイメージを遥かに超えたもんじゃ。 そのことを考えろ、と言いたいのだ。去年の今時分に、ワシが同じことを言っても、ピンとこなかったはずだ。 が、一ヶ月後に、 ワシの今の言葉が身に沁みて分かった筈じゃ。それと同じか、それ以上に、お主たちは危ないのだ。どう身を処するか、より考えろ! お主は去年、ギアダウンをして大丈夫と思っているが、それは、周辺の鈍い連中に囲まれた中で思っているだけ。悲観とか楽観とかいう 問題ではない、これは、そこに大津波が轟音を立てて迫っている。 まず直近の大波は今年の前半と、後半に一つずつ見えている。 ・・・・・・・・・ 3571, ダイヤモンドは 何故美しい? 2011年01月04日(火) ー地球上のダイヤモンドのうち、いくつかは現在の太陽系の一サイクル前の超新星爆発で出来たものとされている。 この太陽系は、宇宙がビッグバンで出来上がってから何回のサイクルをえた世代に属するとされている。 超新星爆発という「恒星の死」において、中心部に生成されるとてつもない高圧の中で、炭素の原子が押し詰められ、 ダイヤモンドができるという。 だからこそ、地球上の硬い物質を切ることが可能になる。ー 《「今、ここからすべての場所へ」ー茂木健一郎著》の中で、このことを最近知り、世界観が少し変わるほど驚いた。 テッキリ地球上の物質は地球上で出来上がったものと思っていた。 しかし地球の生成は、太陽系に浮いていた物質が 衝突を繰り返す中、だんだん大きくなって地球になっていったのだから、当時の物質が地球上にあって不思議ではない。 超新星爆発という「恒星の死」の中で中心部に生成された高圧の中、炭素の原子が圧縮され出来上がった物質がダイヤモンド、 といえば見方も変わってくる。 地球生成以前から、ダイヤモンドは宇宙を彷徨った後に、発見されたもの。これまでは装飾品や、 他の物質を加工する道具の価値でしか見えなかった。しかし、このことから地球そのものや、物質に対する見方も変えなくては。 この歳になって、本当に知らないことだらけ。いや、年齢を重ね、現世の欲が薄れ、「私」の枠が少しずつ取れてきたのか。 とはいえ、そんなことは知らないでも全く生活に変わりはない。しかし知っていると知らないとでは、対象に対する見方が違ってくる。 人間が持つ、それぞれの「私」は、せいぜい80〜100年でしかない。 それに対し、ダイヤモンドは50億以上の宇宙の旅をしてきた。 その「私」など、それに比べると宇宙のチリのチリでしかない。それを知るかどうかである。 知ることの価値を知ることである。 人間の趣味は最後には「石」に向かうというが。ダイヤモンドの美しさ、輝きには、もって生まれた理由がある、ということか。 石か〜 森に入り、岩山を登り、星空の輝きを眺める、これが人間の理想的な生活というが・・・。 ・・・・・・・・ 3196, 一〇〇年前の世界一周 2010年01月04日(月) 「一〇〇年前の世界一周 ある青年の撮った日本と世界」 アベグ,ワルデマール著 =アマゾンの紹介文より= 1905年、ひとりのドイツ人青年が世界を知る旅に出た。アメリカ、日本、朝鮮、 中国、インドネシア、インド、スリランカなどを1年半かけて周遊、多くの写真を撮影した。(写真117点収録。) とくに日露戦争直後に滞在した日本では、まったく異なる文化に感銘を受け、すっかり日本に魅了される。 まだ世界が広かった時代、豊かな地域性を残した社会を旅した貴重な記録。大戦前の世界が生きいきとよみがる。 *ベグ,ワルデマール= 【1873年、ドイツ、ベルリンの裕福な家庭に生まれる。大学で法律を学び、卒業後公務員となる。 ナチズムに反感を抱いており、第二次世界大戦後、ドイツ国籍を放棄した。 1961年没】。 〜 昨日、図書館で見つけて早速、読んでみたが、これが面白い。ほぼ写真集といった内容で、文章は旅行記風に補佐されている。 2009年11月30日発刊とあるから、直ぐに見つけたことになる。特に日本の写真が身近に思えてよい。 写真公表を前提としていないので自然体で旅行者の目線である。写真も、その記録も本書で初めて出版になった本という。 アベクの趣味が写真撮影のためかシャッターを素直にきっている。彼は日本を気に入り、船頭や芸者や街、富士山などを撮っている。 公務員として33歳になった時に、研修旅行の名目で休暇を取る。 17世紀あたりから、英国の上流階級の若者たちから 流行した青春の締めくくりの旅は「グランドツアー」と呼ばれ、当時の欧米の若者たちにも広まっていた。 現在も欧米だけでなく、日本も卒業旅行で世界を旅するのは、数百年前からの英国の上流階級の子弟の流行からきているようだ。 1905年4月、青春時代から親しんできた写真機2台を携え、地元を一人旅立ったアベクは、移民たちとともに大西洋を渡り、 ニューヨークに上陸。 当時の米国は経済・産業が発展を遂げ、ニューヨークには摩天楼がそびえ、自動車が行き交り、 地下鉄の高架路線が走る。 半年かけて大陸を横断したアベクは、ハワイから、日本に到着。 ニューヨークで知り合った ガイドのナカノの案内で旅を始めた。 撮影した銀座や、おいらん道中、雪景色の富士山、江戸の風情が当時の世界を垣間見れる。 日本滞在は4カ月に及んだが、別府では芸者を撮影をした。 その後、朝鮮からインド、エジプトを経て故郷に帰った。 カラー写真が半分を占め、当時の写真としては、綺麗に撮れている。 特に、花魁が何とも艶がある。 ・・・・・・・・ 2831, 1秒でも早く・結婚したい女たち -1 2009年01月04日(日) 一昨日のTV「久米宏!経済SP新ニッポン人現る!ー2 “1秒でも早く・結婚したい女たち”急増中 」を興味を持ってみた。 まあ、面白い。 ーまずはHPの番組説明からー ◇久米宏が経済の視点から新たな価値観で行動する人々に迫る第2弾は、女性たちの結婚観を探る。 自由恋愛や核家族化、男女雇用機会均等法などライフスタイルの選択肢が広がった女性たちは結婚にとらわれなくなり、 晩婚化が進んだ。一方で、結婚に走る20代女性が増えているという。 久米が結婚に向けて活動する女子大学生や、 結婚相談所主催の見合いパーティー、20代カップルの挙式に密着し、彼女たちの理想の結婚の形に迫る。 さらに20代女性たちが育った時代や社会環境、経済状況を検証し、現在の結婚観がいかにして形成されてきたかを 解き明かす。さらに久米と写真家の梅佳代さんが女子高校生たちにインタビューし、彼女たちの結婚観に迫る。 *解りやすく私の主観でマトメテみると・・・・ ・今の男の3Kは「こぎれい こだわる 枯れてる」だと!前の三高(K)高収入、高学歴、高身長とは違うようだ。 (字数制限のためカット 11年1月4日) ・・・・・・・・・ 2008年01月04日(金) 2466, 「今日を楽しむための100の言葉2+3」より 「今日を楽しむための100の言葉2」+「−−100の言葉3」伊藤守著 ディスカバー21 オハ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜ 「今日を楽しむ以外、他に何時楽しめるというのか?」だが、今日を明日のために捨てる時期も必要である。 その辺のことを知らないで鵜呑みにするのも問題である。要するに人のことばかり気にしないで生きること、 そして楽しくないことを如何に面白く転換するかである。歳を重ねれば身につくことだが、経験を幾つか乗り越えたからである。 ということは中年以降の開き直りを言っているに過ぎないと言えば、それまでだが、しかし、それを若いうちから知っておく 必要もあるのか? 世の中、リアル世界にドップリ漬かっているのが8割?9割である。だから敢えてこういう本が ニーズになるのである。『みんな、敵ができることにだけ脅えていて、味方をつくることから遠ざかっている。』 『自分を愛することと他人を愛することが同質のもののように思えるまで、本当の思いやりなんてあるわけない。 ただ、見返りを期待した思いやりがあるだけ。腐った演技は止めましょう。』『人が何を思ったっていい。 自由に思わせればいい。介入する必要はない。思っていることは思っていることでしかないんだから。』 『喜ぶには、理由が必要だと思っているでしょ? 喜ぶと決めて喜ぶんだよ。これが新しい生き方』 (字数制限のためカット 11年1月4日) ・・・・・・・・・ 2007年01月04日(木) 2102, バンジージャンプ −2 ohayou_〆(∀`●) (以前にも書いたことがあるが、同じテーマが二年後にはどうなるか、以前の文章と比べてみるのも面白いだろう) 昨日のNHK/HVで世界自然遺産の特集番組を幾つか放送していた。その中の一つ「ビクトリアの滝」(am10:00~11:00)で、 カメラをつけたカメラマンがバンジージャンプをする場面があった。ジンバブエからザンベジへの国境に架かっている 100Mの鉄橋の上から、飛び降りるのだ。世界で一番高いジャンプ台である。私も11年前に飛び降りたことがあるが、 今はもう無理だろう。「ジャンプをしてやろう!」と、いざ決断した瞬間から息ができないほど緊張をする。その数年前に、 ニュージーランドで43?の橋の上から飛び降りた時の恐怖心が、その時に立ち上がったからだ。そうなったら身体全体を フイゴのように呼吸するしかない。そうしないと恐怖で息が止まりそうになる。恐らく銃殺か、斬首のため刑場に引き出される時は、 あんな感じなのだろう。飛び降り台に立ったとき周りが恐怖心のためか、銀色に輝いて見える。躊躇したら恐怖心が数倍になるのを 知っている。身体を前に向かって投げ出すしかないのである。そして投身! その瞬間、頭の奥から「おい、目を開けてみろよ!」 という声が聞こえてきた。そしてバウンドを数回したあと、腰につけたベルトを上に引き上げたのである。 引き上げられる時に更なる恐怖心が襲ってきた。自分が逆さの宙吊りのまま大きく左右に揺れている時の恐ろしさ。 そこに、10歳位の黒人がするすると紐に釣り下がって降りてきて、紐のついた鉤をかけて引き上げ始めた。 もうできないが、何ごとも経験である。南アフリカ旅行といえば、これが強烈過ぎて他が霞んでしまった。 (以下字数の関係でカット2009年1月04日) ・・・・・・・・ 2006年01月04日(水) 1737, 日本一短い「母」への手紙 ー 読書日記 (朝´∀`){♪Good Morning♪}(´∀`朝) 人は誰もマザコンである。だから、嫁姑の問題は深くなる。 母親の子供に対する愛ほど深いものはない。 その愛の深さは人間の心の奥深く沈殿して一生の温もりになる。その温もりが人間形成の基礎構造になる。 両親の温かさが感じ取れない人は信用しない方がよい! 温みのない人は、その温みを他人にもとめる。 しかし、他人との間の温みは独りになるとスグさめる。母親の温みは、そのまま直に子供に与えることができる。 良い母親に当たるかどうかは神の判断の領域である。 良い母親になるには、良い伴侶が必要だ。 それも、母親の責任になる! 両親への感謝が、その人間の温みの原点である。 ♪♪アリd(*´□`*)bガトー♪♪ ・・一筆啓上賞・・ お母さん 雪の降る夜に私を生んで下さってありがとう。 もうすぐ雪ですね。 天根利徳(大阪府51歳) 後10分で着きます。 手紙よりさきに着くと思います。 後で読んで笑ってください。 瀬谷英佑(愛知県16歳) 「私、母親似でブス。」娘が笑って言うの。 私、同じ事泣いて言ったのに。ごめんねお母さん。田口信子(群馬県38歳) 桔梗が、ポンとおとをたてて咲きました。 日傘をさした母さんを、思い出しました。 谷本栄治(京都府65歳) (字数制限のためカット 10年1月4日) ・・・・・・・・ 2005年01月04日(火) 1372, 日本人と笑い あはっ♪(^∇^*)*^∇^) あはっ♪ ┌(。Д。)┐ あはは♪ (o_ _)ノ彡☆ばんばん 昨日の朝日新聞に、「日本人と笑い」をテーマにした全国世論調査の結果が出ていた。 その中で、印象の強い順に抜粋してみる。 ・最近よく笑うー62% ・人を笑わすことが好きー61% ・若い人ほど良く笑い、歳を重ねるほど笑いが少なくなる。女性の方が、男性より笑いが多い。 ・どういう状況で笑うことが多いか?に対する答えとしては20代では9割が「人と話している時」であり、 高齢者ほど、「TVや漫画を見ているとき」が増えていき孤独な笑いがふえる ・ユーモアのセンスは、「かなりある」「すこしある」を合わせて、全体の6割。 ・親父ギャグに代表される「親父ギャグ」については、76%が別にかまわないと肯定的であった。ワーイ♪\(^ω^\) (字数制限のためカット 10年1月4日) ・・・・・・・・・ 2003年01月04日(土) 631, 文化と文明 文明と文化の言葉の意味を明確にしておきたいと思い辞書でひいてみた。 1、世の中が開け、生活が高度に進むこと 2、人類のあらゆる時代を通じ、人間が自然に働きかけることによって、みずからも自然状態から脱して作り出してきた 物質的・精神的ないっさいの成果。フンボルト以来物質的文化を文明、精神的文化を文化と呼び分けることが多い。 これまでは 文化の積み重なりとしての遺産を文明。その現時点の花開いている集合体を文化と理解していた。 時間軸でショートスパンで捉えたものを文化。 ロングスパンのものを文明として捉えていた。 しかしインターネットでで調べてわかった事は以下の事である。 ー 各ホームページから抜粋したものを纏めたものである ー ・文化は個々人の心(意識と無意識)であり、 ・文明は人間を取り巻く環境(自然環境、建築環境、社会環境)です。 ー文明とは人間が造り出した目に見える物質的なものに対して向けられる言葉であるが、 ー文化とは人間の身につけた自らの行動を律する目に見えない精神的なものに対して向けられる言葉である。 最近の言葉でいえば「ハード」と「ソフト」との違いと言うことになる 「文化」と「文明」という言葉のつく固有名詞を考えて見ればこの違いはより明確になる。 ・「○○文明」と言われるものの多くは「インダス文明」とか「古代文明」などのように、特定の時代の、 しかも特定の人々の社会もしくは経済的所産を指しており、その多くはすでに歴史の流れの中で過去のものとなっている。 ・これに対して、「○○文化」と呼ばれるものは「イスラム文化」とか「仏教文化」というように、 たとえその誕生した時期や地域が特定されるにせよ、その時代や地域に制約されることなく、 その多くは今日まで何らかの形で生きている。確かに文化と文明とは人間の歴史の中で一体となっており、 文明なしの文化、文化なしの文明などあり得ないのであるが、これらは決して同一のものではない。 高度の文化を持ちながら、しかもずっと低度の文明しか持たない民族がいる ――例えば古代インド人―― 一方、大いなる文明を持ってきたが、 比較的低い寄せ集めの借りものの文化しか持たない国民――例えばローマ人、そして現代ではアメリカ人―がいるのである。 歴史の隠れたドラマは、人類の内的価値と外的価値の永遠の闘い、精神と物質、文化と文明との闘争であるとさえ 言いうるであろう。アメリカとアラブの闘いは文化と文明の闘いと思っていたが、文化と文化の争いでしかない? ーー自分である問題を提起すると、一瞬のうちに纏めができることに驚いている。 幾つかのホームページの要点を張り替えただけでチョッとした学者並みの小論文が出来上がる。 ・・・・・・・ 2002年01月04日(金) 290、歓喜ー2 TVであるが、元旦の小沢征爾のウイーン・フィルニューイヤ・コンサートがよかった。 あまり興味のない分野だが、日本人初のこの指揮を生放送ということで見てみた。もちろんウイーンからの生である。 シュトラウスの「ラデッキー行進曲」やワルツ「美しく青きドナウ」などであった。それに合わせ他の?お城でダンスを 踊っているのが夢のような世界である。指揮者・演奏者・観客が一体になり音楽の世界に入りこんでいる歓喜の世界であった。 当然最後はアンコールの拍手の渦であった。 この音楽会でこの曲を聴く前と後、というくらいのインパクトを与えるのが 芸術の力である。あの場面にいたら、その位の気持ちになったのでなかろうか。 歓喜・感激はそれ位のインパクトを人間の心に 与えるものである。音楽などの芸術は、宇宙・大自然の中のあるメッセージを一瞬にとらえ、作品に仕上げたものであろう。 それを会場の全員がそのまま受け取っているのでないか。 歓喜は当然のことだ。 ・・・・・・・・・ 1月4日 1969年 10時に起床。 食事をして、顔を洗い、新聞を読んだりして時間を過ごす。 午後は裏に住む姉の正子さん宅の屋根の雪下ろしだ。 2時間した後に、従妹の旦那の関口さんが来る。 高専の先生をしている。彼と学生運動から教育論について話す。 気がついたら3時間も経っていた。気持が若く開放的だ。 先生とはこういうものかと思った。 20時からジャスコオカダヤの論文の構成を考えるが、上手くまとまらない。 この程度の問題がナカナカ上手くいかない。 如何したのだろう。
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2012年01月03日(火)
* 天才学生、二人の対決 年末に見た「日本鷂1の頭脳王!大決定戦!」日本一の頭脳は誰だ? にショックを受けた。 東大医学部の天才、京大医学部の神童、 高校生クイズ最強王、8ヶ国語の達人、数学五輪金メダル、東大法学部トップ弁護士、全国模試1位、などが参戦して超難問に挑戦! 最後は東大医学部の天才と、京大医学部の神童の対決となり、最後の一問で東大医学部の亀谷航平が勝利を収めた。 亀谷は、一度見たイメージは、そのまま脳にコピーされるとか。 やはり天性というのがあるようだ。 私のような凡人が見ていて、 彼らの脳力は想像を絶する。と同時に、凡人にiPadを自由自在に使えるようにして対抗させたら、ある程度までは対抗出来るのでは? と思いながら見ていた。それから考えるとパソコンとネットを自在に使えるか、否かでは雲泥の差が生じるということ。 ーネット上にあった問題を幾つかコピーしてみるー ◎ 共和党出身の歴代アメリカ大統領を5人書く ◎ 1822年9月7日に当時、ポルトガル皇太子であったその他一般人が「独立か、死か」と叫び、ブラジルの独立を宣言した事を 起こった地名から「何の叫び」という?というクイズが出題。 正解は「イピランガの叫び」。 ◎ 穴の直径は通る砂の6倍以上ある砂時計の中央にあるくびれた部分を何という 正解は「オリフィス」。 ◎ イギリスの植民地戦争やその他を批判した為、1号で発禁処分となったその他一般人が発行したアメリカ最古の新聞は? 正解「パブリック・オカレンセズ」。 ◎ 枕草子に出てくる「はづかしき人」を現代語に訳するクイズが出題。 正解は「立派な人」。 ◎ 複利で金利2%の銀行預金に100万円を預けて200万円以上になって帰ってくるに最低何年かかる。正解は「36年」 ◎ 逆立ちすると1.5倍に増える物は何でしょう? 正解 6 ◎ 東京ドームと同じ大きさのダイヤモンドは何円の価値でしょう? ●条件 ・東京ドームの体積=124万㎥ ・1カラットのダイヤモンドの値段=50万円 ・ダイヤモンドの密度=3.5g/㎤ ※値段は重さに比例するものと仮定 ※答えは 有効数字4桁 正解 1.085×10の19乗円(1085京円) ◎ 次の漢字の読みを答えなさい 「萵苣」 正解 ちしゃ 亀谷○ ※廣海は「らっきょう」と誤答 ーネットで二人の概略を調べてみた。 ▼ 東大医学部・亀谷航平 = 子供の頃から、教師もあきれる程の天才ぶりを発揮。学力のみならず、その知識量はスポーツから 漢字まで、まさに桁外れ。日本最高偏差値を誇る、東大医学部の中でも群を抜く!ドクターブレイン亀谷が初代頭脳王の座を狙う! ▼「京大医学部・廣海渉」= 幼い頃から神童と呼ばれ、余裕で京大医学部に合格した異色の天才。その知識量は文学から歴史まで、 まさに無限大。 全知全能の考察力は、他の追随を許さない。奇跡のIQ戦士、廣海が強豪たちを驚異の頭脳でねじ伏せる! ー この問題をスタジオのTVカメラの前で、一瞬で答えるのだから驚き。私たちの知らない世界があるのだろう。 ・・・・・・・ 3570, チョットした小話 ー2 2011年01月03日(月) ー 初笑いー * 臨月に入った、ある奥さんが電車に乗った時の出来事。上品な紳士に席を譲られ、お礼を言って座りました。 その紳士が下車する一瞬、紳士の着るスーツの襟に付いた、見覚えのある社章に気付きました。「主人と同じ会社だ」。 帰宅したご主人に事の顛末を話しました。奥さんから聞いた背格好から推定し調べた結果、顔見知りの、 別の課の課長さんである事が判りました。課長さんは「ああ、君の奥さんだったのか。こんな事もあるんだねぇ」と言い、 この偶然について驚いていたそうです。3ヶ月後。課長さんの自宅に、奥さんの名前で一通のハガキが届きました。 赤ちゃんの写真が印刷され、その横にはこう書き添えられていました。「その節は、ありがとうございました。 この子は、あの時の子供です」 その日、課長さんの家は、大変な修羅場と化した。 * 小さな島国の小さな人間がだ。 10年で国を根こそぎひっくり返し、20年で中国と戦争し、40年でロシアと戦争し、 80年で太平洋全域で戦争し、コテンパンにのされたのに世界二位の経済国になり、アメリカの横面を札束で ひっぱたきそうになった。 そんな国が平和を唱えたとして、信じるバカがどこにいる。 * るるちゃんはいつも、ママとおふろに入っています。 ある日の夜、るるちゃんがテレビを見ていると、おふろあがりのパパが素っ裸で出てきました。 全裸のパパを真正面から見たるるちゃんは、驚いて声をあげました。 「ねえママ!!パパのあれ、なあに?まんなかについてる、ほら、あれ!」「るるちゃんたら。指差したりしないの。 あれは大事なものなのよ。もしあれがなかったら、るるちゃんは今、ここにいないのよ」 「へえ。そうなんだぁ」 「・・・まあその前に、ママもここにはいないでしょうけどね」 ・・・・・・・・ 3195, 三が日、つれづれに 2010年01月03日(日) 今年も明けた。久々に雪は積もり、風が吹き荒れる冬らしい正月である。腰痛も今のところ治まっているし、 少し鼻風邪気味以外は体調は良い。そろそろTVや新聞で、今年の予測が始るが、金融恐慌からくる世界不況は 収まる気配はない。恐慌とはいえ、戦後からの60余年のインフラ整備があるので、一見穏やかに見えるが、 普段の生活に不況感と、周辺環境から聞こえてくる話しは厳しいものが多い。 これまでは、2対6対2の割で、裕福、普通、余裕なし層というイメージが、1対4対5の割りになってきた。 更にいうと平均年収の半分以下(日本では200万円以下)の層が6人に1人の割りであり、母子家庭の過半数が、 その層になっている。 最近の貧しさの背景は、グローバル化と、情報化、ハイテク化がある。 経験でしか得られなかった個々人の能力の大部分が、ハイテク器械とか、システム化で単純労働に置き換えられた。 更に海外から安いものや人が入ってきており、グローバル化による労働賃金や物価の平準化は抑えようもない。 問題の先送りも、いつか数倍になって返ってくる。21世紀は決してばら色ではない。しかし、情報は誰にでも劇的に安く 手に入る時代でもあり、チャンスも無限に広がる。 我われは、生涯を全うするために生きる。その大きな位置を占めるのが 「知ること」である。その意味で、人類にとって非常に良いインフラが劇的に整備される時代である。携帯でミニブログ「ツイッター」 を瞬時書き込み、その場で発信できるようになってきた。先日、地震があった時に、ツイッターに「地震」と入れたら、 「今、地震の揺れで目がサメタ。まだゆれている」という生々しい書き込みが、次から次へと出ていた。 ツイッターにビデオを貼り付けるソフトもあるから、キーワードを入れると、いつでも現場の臨場感のある情報が行きかうことになる。 鳩山首相も、今年からツイッターを公開するとか。 去年のオバマも選挙でツイッターを、最大限使って勝利した。 時代は厳しさを増しているが、無制限に近い状態で情報が入手可能である。 想像を遥かに超えた時代を、 我われは経験を始めた。 誰も、数年先のことは想像すらつかない。 ・・・・・・・・ 2830, 新年に、つれづれなるまま! −2 2009年01月03日(土) * 自らの文化を大切し、誇りを持て! 年末30日の産経新聞の一面の岡本行夫の「人界観望楼」の中の一文である。 そのテーマは ー歴史は「現在進行形」ー 《 今年の初め、私はある中学校を訪問して、二年生のクラスで質問をした。「君達、松尾芭蕉のことを知っていますか?」 生徒達は当たり前だという顔で答えた。 「小学校で習ったから、みんな知っている」「えっ、みんな?」 クラス全員の手が挙がった。「知ってます」に驚いた。これはウクライナの首都キエフの中学校のことだ。 日本の中学校で同じ質問をしたら如何だろう興味があることだ。 ウクライナの学習指導要領には 「自然を描写して気持ちを表す日本人の国民性を学ぶことにより、ウクライナとは違った文化を持つ日本と 日本人に対する尊敬の念を養う」とあると、前駐ウクライナ大使の馬淵睦夫氏から聞いた。 ・・・馬淵氏は「ウクライナは自らの文化を大切し、誇りを持っているからこそ、他国の文化に対して関心を持ち、 尊敬の念を持つことが出来るのである」と書いている。日本人が胸を張って世界に輸出できるのは、「日本人」である。 これほど善意で真面目で勤勉な国民はいない。例えば途上国での援助活動において日本人ほど愛情をもち、かつ大きな 成果をあげている人はいない・・・・ 》 以上だが、成るほど、今どきウクライナみたいな国もある。「日本人の特質こそ誇るべき」である。誇るべきことがなければ、 他者のそれも理解できない。私の通勤途中で、ゴミが落ちているのを見ることは殆ど無い。誰も捨てないし、あっても住民が 掃除をしている。当たり前の普段の現象が外国に行くと、そうでないのが理解できる。 欧米文化に追いつけ、追い越せが 果たして進歩なのだろうか。 哲学の世界では、欧米文化主導の価値観に疑問を呈している。 外を見る目で内を見つめないと! 個人として、企業として、国家として。 * 今年になってしまったが・・・ 今年になってしまった。目先はオバマ次期大統領の言動に注目が行くだろう。 問題は、その熱が冷めた後である。 昨年の10月の最初の二週間で、アメリカの銀行は毎日4300億?以上をFRBから借りている。 総額は二週間で5兆ドル以上。それだけお金をつぎ込んでも問題が解決されていない。 ビッグスリーだけを見ても、今後も膨大な損失が予測される。恐らく、ブッシュ政権が隠していた実態がオバマ政権に 移転したと同時に次々に公表されるだろう。その時に世界は真実を知ることになる。 いや、知らしめないか?? ・・・・・・・・・・ 2008年01月03日(木) 2465, 居場所を見つけたときに人間は変わる −2 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] 居場所は自分のアイディンティーと関係してくる。もし、そのアイディンティーが、寄る当ての無いものなら、 寄る当てのあるように変えていかなくてはならない。まずはボタンのかけ違いを一番初めから、かけ直さなくては。 居場所こそ、人間が持っていなくてはならない場所である。私の場合は、机と本棚である。 そこに好きな愛読書とコーヒーカップが有ればよい。 そしてステレオかラジオかTVを置く。 誰でもが、まず始めることだが!現在なら自分のパソコンと、その中のブログと携帯電話になる。 ブログは、そういう意味で居場所の概念を変えてしまった。携帯かパソコンが身近にあれば、それが自分の居場所になる。 それもあるが、前回にも書いたが、やはり暖かい家庭こそベースになる。 *前回の続きです* ー 芹沢 この話が告げているのは、悪いことをやる奴には「悪いことは悪い」ときっちりと教えなくてはいけない、 それを強い規律と指導と訓練で教え込もうというような方策が、実は失敗への道でしかないということです。 いまアメリカがイラクに対してやろうとしていることは、それに近いですね。でも、その女性がやったことはそうではない。 盗みでもしなければやっていられないような彼自身の、安心も安全も安定もないようなこれまでの人生を、 ーそれは過去からの歴史が作っているわけですけれども、しっかり受け止めたのです。受け止められた中で、彼が変わっていくのです。 例えば、青年はものすごくケチで、自分のことにはお金を使うけれども、人にプレゼントなんて一切しない人だった。 そんな彼が、彼女にプレゼントを初めてしたというのです。そんなふうに初めて安心、安全、安定できる場所ができ、 ここが自分の居場所なのだと初めて感じたとき、その居場所を作る支えになった人が大切な存在として見えてくるということが 起きているのです。 すごいな、と思います。彼女は母の役割をしたのです。 母というのは「存在の大地」につながるのだ、とそのケース・カンファレンスを聞きながら実感しました。 (字数制限のためカット2012年1月3日) ・・・・・・・・ 2007年01月03日(水) 2101, ウェブ人間論 −2 b(^o^)dおっW(^O^)Wはようー♪ この1〜2年でネットによって社会が劇的に変わりつつある。光ファイバが各家庭へ劇的に普及したことと、 ブログと、携帯電話の進化のためで、この激変はとどまることはない。私の今年のテーマは現在のHPから 「ブログ」への転進である。第一章から内容は深く核心をついた内容になっている。梅田のネット世界が窺い知れて面白い。 第一章 ウェブ世界で生きる −? *ネットの世界に住んでいる* 梅田:今の僕は、朝4時に起きてトータルで1日8~10時間位ネットにつながっていて、「ネットの世界に住んでいる」 という感覚である。僕の仕事は、アメリカで考え事をして、ニケ月に一度日本に戻り日本企業の顧客と議論するという スタイルなので、東京にいる間は、打ち合わせなどリアル世界で朝から晩まで忙しいから、ネットにすめない。 だから僕は「アメリカに帰る」と「ネットの世界に帰る」は同義で、ネットの世界が僕にとって「リアル」なのです。 梅田:ネット上の僕の分身が僕のブログだから、まずそこに行きます。 家族が元気かどうか、 家は家事になってないか心配する感覚で、分身が異変を起こしていないかを、確かめに行きたいんですよね。 (以下字数の関係でカット)−2008年01月03日 ーつづく ・・・・・・・ 2006年01月03日(火) 1736, 日本一短い手紙 「喜怒哀楽」 −2 ヽ(*´∀`*)ノ.+゚おはよ〜♪.+゚ このシリーシーズの「喜怒哀楽」は、読めば読むほど良い。心は、喜怒哀楽と感激・感動・感謝が大きな比重を占める。 日常は、それが原動力で動いているといってよい。感想文かわりに、絵文字で語ってみました。 \(@^0^@)/♪ 怖いのは、怒っているのに笑っている人。 偉いのは、哀しいのに笑っている人。 阿部 智幸(山形県 43歳) (字数の関係上、ここでカット、あとは過去歴から! ) ・・・・・・・・ 2005年01月03日(月) 1371, 人生における成功者の定義と条件−1 −読書日記 (字数制限のためカット2011年1月3日) ・・・・・・・・・・ 2004年01月03日(土) 1004, 正月の過ごし方 基本的には寝正月だ。元旦は、墓参りとTVと自宅に訪ねてくる兄一家と酒を飲む。 2日は家内の柏崎の実家に行って、お節を食べるのが習慣になっている。近くの料理屋のものだが、絶品である。 ?万もするとか。お節だけは恒例で贅沢をするという。実家では子供の時から、「まるやま」という魚屋のお節をとる。 内容は家内の実家の方が、倍位は美味しい。 魚屋と料理屋の差は歴然としている、仕方がないが。2日は家内が子供と 実家に泊まる為、一人で帰ってきて何処かのスナックで酒を飲む。今年は家内が日帰りの為に、家でおとなしくしていた。 年末年始の挨拶は一切なし。図書館で読んだ月刊誌の中で、正月に対して今の若い人は以前ほどの思いいれはないという。 むしろクリスマスの方に思い入れが強いとか。 正月に対する若者の意識の変化は家庭崩壊の一つの現象と、筆者が分析を していたが、少しオーバーに思えた。日本では年越しにマトメテ年をとる習慣があったのも年越しの思い入れにあったのだろう。 田舎や実家に年二回帰る習慣はやはり根強い。これを書きながら、実家以外で正月をむかえた事の少ないのに気が付いた。 初めて勤めた年に神戸で宿直をしたことと、7〜8年前にタンザニアの年越し位である。あとは全て両親か母親と供にいた。 実家は私が引き継いだ為に、いまも実家で正月を過ごしていることになる。反面、タンザニアにしても、神戸の宿直は 強烈な思い出がある。 ー 以下をコピーしておきます。 - H10・01 タンザニア・サファリ - (字数の関係でカット09年1月03日) ・・・・・・・・・ 2003年01月03日(金) 630, クロスエンカウンター 仏教学者の紀野一義の講演会で 「ー縁ー の英訳で迷った訳者がキリストの十字架との出会いと人との出会いを兼ねてクロスエンカウンターと訳した」 という言葉が印象的であった。先日読んだ野口悠起雄の本に大蔵省にいた時に先輩に「急に出先で講演を依頼された時などの 緊急の話題をつくらなければならなくなった時に、縦軸と横軸のキーワードを探して話をまとめるとよい」という内容があった。 一つの例として学校でのケースで考えてみると先生を縦軸、生徒を横軸にすると面白い内容になる。 即興で作ってみると 「生徒を縦軸、先生を横軸に考えてみると生徒と先生のそれぞれの立場が明確になる。 生徒の一生を縦軸とすると、 先生やクラスは大きいメルクマールであり、知識や性格形成にとっても大きい影響を与える。逆に先生の立場を縦軸とすると、 教師生活での担任は先生にとってもメルクマールになる。その時々のクロスこそ教師にとっても生徒にとっても 真剣勝負でなくてはならない・・・」このことは時間が縦軸、空間が横軸といえる。 商店主の会なら、店主とお客の関係を縦横にして話の構成をすればよい。取引先と店も縦横にできる。 これをもう一歩進めて「考える中心軸」にすればよい。対象を縦か横にすえて自分との対比とか、対立する対象を縦横にして 考える軸にすればよい。 一生はクロスエンカウンターの繰り返しである。そしてその中心は自分だったり神様だったりする。 ・・・・・・・・ 2002年01月03日(木) 289,歓喜 「歓喜ー>理智ー>意志ー>気ー>肉体」 私にある知人が転勤で引っ越していく時の挨拶の文書に書いてあった文章の一文である。「生きてきて人生これだと思う」 という内容だった。その時私がこの文章を解釈するために考えた「たとえ話」がある。 実を言うと私は「たとえ話」を 自分の思考法に昔から使っている。喩えの名人になってしまった?いや迷人か。この時の喩えは、巨人の9連覇の選手である。 彼らの多くが監督、コーチになっている。もちろんそれだけの才能があったからだが、多くの試合と優勝積み重ねの中で、 上記の内容を全身全霊に体験したからである。勝ち癖ををつけろということは、こういうことである。 どんな奇麗事をいっても所詮「歓喜ー>理智ー>・・・」の経験にかなわないのは、それは理智に留まっているからである。 秘境ツアーにいそいそいくのは、自然・歴史の中の対象に感動し歓喜するからである。 薬物とか、酒でそれを求めると「歓喜」のそれだけになってしまうから、不自然のカタチになってしまうからだ。 ・・・・・・・・・・ ある時間の断片 1月3日 1969年 10時に実家の店に手伝いに行く。17時まで働く。あまり街には人出はない。家に帰って食事をする。 22時から本を読む。そういえば店にいたら中学校の同級生の山本に会う。 中学校以来だが、殆ど変わっていない。実直な大人しい男だ。長崎屋に勤めているとか。 同級の阿部さんと遠藤が結婚したという。思いもよらない組み合わせで驚いてしまった。 そういえば数年前に同級会の2次会で二人が中座をした事を思い出した。 それと姉の正子さんに長靴を買ってもらう。お返しに、持ってきたカーネギーの「人を動かす」を贈る。
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2012年01月02日(月)
* つれづれに スーパーイヤーになる今年、どうしても暗くなりがちになる。 2008年9月のリーマン・ショック以来、一年ごとに世界は大きく変化をしてきた。 去年も想像を絶する大事件が相次いだが、今年は、それを遥かに上回る可能性がある。 可能性として考えられるのが、 ・欧州発の世界恐慌 ー世界的株式と国債の暴落、食料品の暴騰・・・ ・イランによるホルムス海峡の閉鎖と、閉鎖した海軍と軍事基地への英米軍の攻撃、イスラエル軍のイランの核施設攻撃等 ・中国による支那海など周辺諸国に対する侵略 ・北朝鮮の政治的混迷・・ ・日本の株式と国債の暴落と、円安など、多くのマイナス要素が山積である。 中国、ロシア、フランス、韓国などのトップの選挙がある。そのため現体制は人気とりの戦争をやりたがるのは、世のならい。 その意味でも今年は非常に危ない年。恐慌と戦争は、相互に影響をするため二重の危険性がある。 一兆円の70倍が7京。 その不良債権が世界各国に眠っている。それらを何時までもほうっておく訳にいかない。 日本国民の生活も、今後10年で 厳しい状況に追いやられる。それでも日本人は、それに適応するしぶとさがあると信じる。 アメリカに依存してきた日本が、 どこまで独立できるかだが、見通しはよくない。 スーパーイヤーの断面をジックリと見ることになる。 ところで次の大地震、どこの国で発生するのだろうか? ・・・・・・ 2011年01月02日(日) 「語りえぬものからの問いかけ」 ー東大駒場〔哲学・宗教・芸術〕連続講座ー 《「言い表せないもの」の詩学 −チュッチェフ『沈黙』の逆説 ー沼野充義 》の沈黙」 * 究極の逆説 ー まずは、沈黙せよと言いながら、沈黙を破り、この文章を書いている矛盾そのものが、以下に書かれている ー 【 ーそもそも「沈黙」をめぐる詩が存在するということ自体、なんだか妙なことではないか、ということなのです。 「何を言っても他人には理解されない、何かを口に出したら嘘になるのだから、沈黙せよ!」と主張している詩人がみずから その主張に従ったら、詩は書かれなかったはずではないか。そもそも「沈黙せよ」という主張を言葉によって行なおう とすることのうちに、矛盾がひそんでいます。厳密に論理的に考えると、これは「クレタ人はうそつきである、 とあるクレタ人が言った」という、あの有名なエピメニデスのパラドックスにも似た状況でしょう。 もっとも、私は哲学にも論理学にもまったく疎いのですが、言語芸術を多少なりとも扱う立場からあえて理屈をつけると、 その「矛盾」とはこんなふうに説明できるのではないでしょうか。 つまり、 ;言語とはそもそも「何かを言い表す」ために人間が獲得した道具である、 ;しかし、その言語をもってしても「言い表すことができないもの」がこの世界には存在する……。いや、ここまでならば、 特に妙ではありません。 どんな道具にも、どんな技術にも限界がある、それだけのこと。しかし、その先に、もう一つ、 ;その「言い表すことができないもの」について、それでもわれわれは何かを言い表している、なぜなら少なくともそれが 「言い表せない」ということをわれわれは言っているのだから、という段階が付け加わると、やはりこれはなんだか妙な事態、 ここにはどうも解きほどきがたい厄介な問題が含まれているのかも知れない、という気になってきます。 無意味な屁理屈のように聞こえるかも知れませんが、ある意味ではこの厄介さこそが言語による表現の本質ではないでしょうか。 言語によって何かを表現しようとするものは必ず、その表現の限界に行き当たります。「言いたいことが自由に言えるから、 それがそのまま作品になった」とのんきに言っていられる文学者は、じつはまだその限界に突き当たっていないだけでしょう。 真の創造のプロセスは、むしろその先にあります。「言い表せない」ものに向き合ったとき、それでもなおかつそれをどうやって 言い表すことができるのか、この観点からすれば、文学的表現だけでなく日常言語でも常に使われる直喩や隠喩、換喩といった 比喩的表現の数々も、「言い表せないもの」をなんとかして言い表そうとする人類の古くからの努力の結晶ではないか、とさえ 思えてきます。本来、比喩とはあるものを、それ本来の名前で呼ばずに別のものの名前を持ってくる、という手法です。 どうしてものや現象をそれ本来の名前で呼ぶことができないのか、それは究極的に、言語が不完全なものだからです。 ー 】 == 沈黙するしかない弱者にとって、「語りえない」はありがたいことなのか、それとも、この言葉に反発を持つのか? どうであろう。言い尽くせなくとも、限界の範囲の言葉で残しておく必要性はある。 チュッチェフの詩「沈黙」は素晴らしい! ・・・・・・・ 3194, 句読点とは妖精のようなもの! ー1 2010年01月02日(土) 毎日、文章を書き続けていると、文章作法で色いろの問題にぶつかる。といって、誰も教えてくれない。 小説(の書き方)などには、作法の習得は、多くの本を読んでの我流という。「文章の書き方」とか、「小説の書き方」とか いう講座もあり、経験則を教えているようだが、突きつめると独学しかないようだ。 とにかく量をこなすしかない。 まずはテーマと構想をたて、とにかく書いていく。そして起承転結の体裁を整えて、その後に、添削するしかない。 そのプロセスで更に考えるのである。そこで一番の問題は、「 、」と「。」である。 後者は、とにかく三段論法で 「。」で締めればよい。しかし、「、」となると、難しい。 何かの本で、「ね」と入れて、ゴロが合えばよいとあった。 「片耳の話」秋山駿著、の中に【句読点とは妖精のようなもの】という小項目があった。 ここで「泰西の画家が、裸婦のオヘソを、しかるべき位置に遅疑なく描くには、30年かかったというが、 句読点の置き方にも、それに比されるところがある。」と、あった。 句読点の打ち方に何か法則があるか調べたが、 それは、本人の息のつき方と同じで、決まりないという。 それが読むものにとって、奇異であれば問題である、等等で、 エイヤッと、これまで書いてきた。 量をこなしているうちに、自然と収まるようになってきた。 裸婦のヘソの位置と同じで「量を書くしかない」ということ。 この文章でも、句読点の位置には違和感がないはず?。 この随想日記を書き始める前の文章の句読点は、ところどころ変なところで、うってある。秋山駿は、そこで「句読点は、 文章の流れの裡に内在し、言葉の連続の間に出没する、何か妖精のようなものだ。自分勝手にならないし、私の要請を聞かない。 あちらが戯れに出現したり消えたりするーその音調に耳を澄ますしかない。」いうが、なるほど納得する。 句読点とは、そういうものか。毎日、句読点と闘っているからこそ、その辺は納得できるのである。 −つづく ・・・・・・・・・ 2829, 新年に、つれづれなるまま! 2009年01月02日(金) *年金でも貰うか 1月15日の誕生日で厚生年金が満額貰える年齢(63歳)になる。65歳かどうか迷ったが、貰うことにした。 といって、月あたり20万円の厚生年金と、家内の給料と、年金が満額まで貰えるまで減額した?万円の私の給料の総額では、 一割ほど手取りが少なくなるが、よしとした。これで会社の役員賞与を350万もカットできる。今年は更なる経費のカットが必要。 中小企業は辛いが、スリルとサスペンスが面白い! 早く貰わないと、今後日本の年金そのものがどうなるか分からない。 「60歳までに、したいことを全てやってきた」という満足感があるので、金銭欲も、それほど無くなった。 次が家内が厚生年金を満額貰える年齢がポイントとなるが。そういう年齢になったということだ。 *年始のTV番組 年始の一週間分のTV番組を見ると、どの局も地味なものばかりである。大不況のためスポンサーが節約したのだろう。 あまり声高に言わないが、2009年は大恐慌突入の年になり、大荒れになるのは周知の事実。といって、どうすることも出来ない。 大荒れの中で身を委ねるしかない。 *新幹線がガラガラ 年末の29日・30日の新潟行きの9時前後の新幹線は、例年は座れないほどである。それを覚悟をしたが指定席も、 自由席も三分の一も乗っていない。今までなかったことである。恐らく、高速バスとか、夜行列車とかに分散したのだろう。 *イスラエルが変 イスラエルの政情が変になってきた。イラン攻撃への一つの動きなのだろうか? そのためか原油が少し値上がりに転じた。 これも計算の上なのだろう。もちろん、攻撃を事前に知った資本が原油の先物を買い増しているはず。 こういう時期は戦争に目を向けさせて、思い切った政策を採るのが常套手段である。 *昨夜は殿町で・・ (字数の関係でカット2011年1月2日) ・・・・・・・・・ 2008年01月02日(水) 2464, ロールモデル d・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕 「ウェブ時代をゆく」−3 読書日記 著者が見出したという「ロールモデル」という言葉が面白い。 人間は、自然と色いろな付き合いの中で、何人かの「ロールモデル」をさがし、無意識で真似をしているうちに 自分の個性を作り上げているものだ。技術や文化に関する知識だけではなく、人間の行動パターンでも、 巨人の肩の上に立つことが可能であるという考え方である。企業では、ベンチマーキングという手法でモデルとなる 会社の優位点を真似るが、何故か人間の行動パターンについてはマネをする手法を敢えて取上げない。 子供には、偉人の伝記を勧めるが、大人になると見向きもしなくなる。「ウェブ時代をいゆく」で、「ロール・モデル」 という言葉で上手く手法として提示している。 学生時代に「ロール・プレーイング」という役割演繹をゼミで一年に わたってしたことがあったが・・・ それは、問題が起こった当事者として解決方法を実例を元にするものだが。 ーP−119・ 120 著者の梅田望夫の 『ロールモデル思考法』とは、その答えを外界に求める。 直感を信じるところから始まる。 外界の膨大な情報に身をさらし、直感で「ロールモデル(お手本)」を選び続ける。たった一人の人物をロールモデルとして選び 盲信するのではなく、『ある人の生き方のある部分』『ある仕事に流れるこんな時間』『誰かの時間の使い方』『誰かの生活の場面』 など人生のありとあらゆる局面に関するたくさんの情報から、自分の合うロールモデルを丁寧に収集するのである。 自分の内から湧き出る何かが具体的に見えなくとも、「ある対象に惚れた」という直感にこだわり、その対象をロールもでるとして 外部に設定する。そしてなぜ自分が惹かれたかを考え続ける。それを繰り返していると、たくさんのロールモデルを発見することが、 すなわち自分を見つけることなのだとだんだんわかってくる。自分の志向性について曖昧だったことが、多様なロールモデルの 総体として、外部の世界からはっきりとした形で顕れてくる。そのときどきのゴールとなり「けものみち」における灯台になるのだ。 ーー この思考法は『大事なのは、「自分はこれをやりたい」というものを見つけること。それが人生で一番大切なようだ。 ・・自分が何にむいているのか、何がすきなのか、見つけるのはやさしくない。それでも何とか見つけ出さなければいけない。』 小柴昌俊の言葉からそれを見つける方法とは何か?を著者は考えた末に外界の偉人のモデルをみつけ、その行動、 考え方を真似ることを提案した。面白いといえば面白い。無意識で誰もがしてきたことだが・・・ また偶然に、去年の同日に彼の前著の「ウェブ人間論」の読書日記を書いていた。無意識が呼ぶのだろう?( ^_^)/バイ ・・・・・・・・ 2007年01月02日(火) 2100, ウェブ人間論 −1 (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜 この本は確かに面白いが「ウェブ進化論」ほどの衝撃度はない。 しかし二人の対談からウェブの世界の中で人間がどのように変化していくのか、多くの示唆がある内容であり、 「ウェブ進化論」のフォローという面では、ベストと言える。面白そうなところの抜粋と意見は次回にするとして、 まずはー紹介文ーを直接読んだ方が解りやすい。 ーー 「ウェブ人間論 」(新潮新書) 梅田 望夫・平野 啓一郎著 ー内容説明ー (字数の関係でカット2009年1月2日) ・・・・・・・・ 2006年01月02日(月) 1735, 内福について オハヨウゴザイマス o┐ペコ 先年の暮れ、東京のある会で新潟の県民性について話した。「新潟県は一見貧しそうだが、実情は内福な家が多いのですよ。 特に中越地震の被災地区の辺りは、裕福なのですよ。間接的に雪の融け水が豊かな農産物や鯉・畜産にプラスになっている」 といったところ、居合わせた4人がぽか〜ん、として「『内福』という言葉も、字も知らない。如何いう意味ですか?」という。 子供の時から両親が「あの家は地味だが内福だ」が日常用語であったので、知らないということに驚いてしまった。 そして、その場の‘主の立場’の人が、「貴方のいう内福は豊かとは違う!」と発言。 それに対して「ヨーロッパのイタリアとかフランス人も、実際の生活は実収入より豊かな生活をしているというが、 彼らは豊かではないと言うのですか?」というと、「豊かとは思わない」という。そこで 「私は家内と、この十数年で三十数回地球の秘境旅行をしているが、これは豊かといわないのですか?」と訊ねると、 「それは豊かといえる。しかし、地味な生活に甘んじて遊びも控えているのは豊かとはいえない」との答え。 それも一理ある。私の従兄弟に一億以上の貯金がある?という噂がある60代半ばの独身男がいる。 見たところ地道な生活をしており、殆どお金を使っていない。< ;`∀´>マジっすヵ!! この人は間違っても豊かとはいえないし、内福とは言わない。内福という言葉を知らないことが驚きであった。 越後長岡の典型的な方言だろうかと 「検索」で調べたら、小説の一節に「以前は内福であったが、現在はそうでもないらしい」 というのがあった。それからみると方言ではなくて、死語になってしまったようだ。内福は、「収入内でヤリクリして それなりに豊か?な生活をしている状態」である。これからの日本の生き方のヒントが『内福』の生き方にあるのではないか。 書店で『300万で豊かに暮らせる方法』みたいな本がならんでいるが。 ヾ(●´∀)ノ" また〜♪ ・・・・・・・・・ 2005年01月02日(日) 1370, 酒についてー3 ∪ヽ(●-`Д´-)ノ彡☆ 酒持ッテコーイ 正月早々、また酒についてを書く。前回書いた「作家の酒についての名言」の続きである。 感想も含めて考えてみる。 −− ・酒に限らず言えることですが、人間のつくり出した 『楽しむためのもの』を、不必要に恐がらずに、みくびらず、使いこなして、 『楽しむ』ことを覚えれば、それだけ豊かな時間を過ごせるわけでです。 ー豊かな人生、豊かな青春が。 −吉原幸子 ( ^_^)/q□☆□p\(^_^ ) カンパァーイ my感想ーその反対も多く過ごしてきた。 みくびったためだろうが。 ・酒は、その土地の文化の結晶なのである。 −田村隆一 my感想ーその土地土地の酒は、景色、人間に劣らず個性がある。 新潟の酒、沖縄の泡盛、世界各地の葡萄酒、ビール、そして中国の紹興酒などなど。 そこの肴を一緒に飲む酒は、何よりも絶品である。 ・深まってくる秋とともに飲みたくなるのはやはり日本の酒である。 一人で部屋で仕事から解放されたあと、魚のひらきなどを焼いて飲む。 この時のものさびしさは、やはり捨てがたい。 −三木卓 my感想ーそれで二日酔いをしたら馬鹿? ・女を口説くときは酒はあったほうがいいものだが。が、酒を飲むときは、女は要らないサカナである。−荻昌弘 my感想ー? ?! クゥーッ!!”(*>∀<)o(酒)" (字数の関係でカット2009年1月2日) ・・・・・・ 2004年01月02日(金) 1003, 「2004年日本経済」ー読書日記 ー円高デフレの恐怖が襲来する。 この人の本はバブル発生時から一貫して「日本経済悲観論者」である。 中長期的に振り返ってみると、この人のいうとおりになっている。 ー印象に残った順に列記してみる。 ・2005年のペイオフが一つの鍵になる。金融再々編成によって残る大手銀行は二行になる可能性も。 メガバンク国有化は、日本経済の信用を損なう、そうなる前に再編成をさせる。 ・いまのデフレとは、銀行の信用デフレが発端である。 銀行がその役割を終えてしまった。 ・さらにリストラ、倒産はつづく。日本経済は根幹から音を立てて崩れはじめている。給料はまだまだ下がり続ける。 ・アメリカは内部崩壊をはじめてきた。この円高ードル安は、日本では更にデフレ圧力になる。 ・EUも深刻なデフレに向かっている。 ドイツ経済が日本化をしていく。 元東ドイツの住民が社会主義的な政策政党に票を入れ始めた。 その為ドイツ経済は競争力を無くし始めた。 日本の生産地が中国に移動したのと同じ現象がドイツと元東欧諸国と同じになってきた。 ・円高は100円を割る可能性を含んでいる。79円も割る可能性も十分考えられる。 この水準を割り込めば日本経済は完全に息の根を止められる。 この大不況の中、何とか持ちこたえられたのは輸出のおかげである。 円高はドル安になるといくことである。 この輸出が円高で激減する可能性がある。またアメリカの国債を持たされた日本は実質の回収が落ちることになる。等々である。 実際に事業現場に立っていると、この内容は決してオーバーに思えない。新潟駅前の夜は、火が消えてしまった ように静まり返っている。 何処の会社も経費節減の為に2時間以内は日帰り圏にしてしまった。 この数年間でビジネス客は3分の1に減ったという統計も出ている。「2003年日本経済」では副題はー世界恐慌の年になる! であった。実際のところは恐慌にはならなかった。だから「今年は、この人のいう通りにはならない」と考えるのはおかしい。 この本では人口の問題には触れてない。 数年先から、本格的な人口の減少が続く。他には若い人の質の低下の問題がある。 まだ何とか持っているのは、団塊の世代が踏ん張っているからである。 こと日本に関しては悲観的材料が多すぎる。 生存対策をまずは第一にしなくてはならない時代である。この情報化社会は世の中を激変させている。 健康食品も本も、インターネットで注文するようになった。近く「ユニクロ」があっても、インターネットで注文をする。 電化製品も必ず「価格ドットコム」で最低値段を調べて、近く大販店で値段交渉をするようになった。 まさかこんな時代をみることになるとは思ってもいなかった。 大不況になっているのではなく、違う時代への過渡期の整理過程と見るべきなのだ。 整理されないよう自分を変えていくしかない。 会社も自分も社会もである。
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2012年01月01日(日)
ついにスーパーイヤーになった。今年の暮れに世界も、日本も、どのような状態になっているのか? 去年が、色々な大事件が次々と発生をした。私自身も、人生最大の節目になってしまった。 それに対しては諦めがついているが、あとの気持ちの面では時間が解決するのを待つしかない。 2008年のリーマンショックから、世界は動き出した。これを大地震とすると、それによる動乱を大津波と喩えられる。 その本体が押し寄せてくるのが去年から5年間である。収まるのが、その5年後の2020年頃が目処。 世界的動乱は既に始まっているのである。 日本は20年前のバブル崩壊で、国力が大きく後退している。 スリムにはなっているが、精神的荒廃が問題になっている。 その上に原子力発電事故による、マイナスが全国に 覆いかぶさっている。その意味で、日本が試されることになったが、あとは島国根性のプラスの面を活かすしかない。 欧州の中でスイス的な自主独立した強固な国造りが求められる。 そのために独立国家としての憲法改正と、核兵器を含めた 軍事力を持たなければならない。それが、この10年間の課題になるが、どうも、難しい。 私は終戦時に生まれた世代で、欧米的価値観を植え付けられ、「巨人、大鵬、卵焼き」という大量生産、 大量消費の時代に、大きな物語を求めてきた。 それも10年前の9・11テロ、2008年の9・15のリーマンショック、 そして去年の東北大震災で、もろくも押し流された。 ここでの大津波は、20世紀的な価値観を根こそぎ洗い流す濁流として 位置づけられることになる。その本体が濁流として流れ込んできている。 今までが良過ぎたと割り切るしかないが、情報化の プラスの恩恵もある。国家としては、均衡縮小を割り切って政策とするしかない。今だ、経済成長とかいう言葉が聞こえてくる。 この呪縛から、まずはぬけだすべき。 この変化を逆に、プラスにするには、どのようにすべきかと、考えたほうが良いが難しい。 事業でも、個人でも、立ち位置が悪いと思ったら、さっさと津波から逃げた方がよい。それも、さらに逃げる、二度逃げも? ・・・・・・・・・・ 568、年始、つれづれに 2011年01月01日(土) 新年明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いしま ー 現在は、20万年、200万年に一度の変革期か?ー 「20〜200万年に一度の変革期というのは、果たして本当か? もし本当なら世界に何が起き始め、更に何が起ころうとしているのか」を、このところ何度も独り考えている。 20万年前は人間が道具を使い出した時期、200万年前は言語を使い出した時期。以来、人間の脳と行動が他の動物と変わっていった。 そして気候等の大変動があった1万年前、その事態を乗り越えるため牧農を始めた。それまで自然の恵みを採取していた生活から、 人間自らの手で牧農をすることで、その変動を乗りこえた。それが村落をつくり、都市をつくり、5千年前の5大文明になっていった。 数百、数千年先からみたら、現在がその時になる。以来の大発明がネットとデジタル機器であり、大変革の開始になる。 まず、これが「言語と道具以来の人類にとってのツールか?どうか」である。 ネットが世界中に張りめぐらされて、 キーワードを介して瞬時に情報がやりとりが可能になったことは、世界が電脳化したことになる。これは、世界を根底から変化する 力を持つことになる。 人間が言語の使用を始めてから、脳の言語脳の機能が永年かけ進化してきた。それが他の動物との絶対的な 差異になっている。その脳が、電子脳として世界中にネットで結ばれ、それが人間の意識、生活を根本から変えている。 それからみて、20万年、200万年の境目と認めてよいのではないか? こう考えると、世界が行き詰っている原因は、 20万、200万年に一度の人間社会を根底から変え始める境目であると見てよいのでは? このIT化社会の到来が、この数百年、 数千年かけてつくり上げてきた在り方を根底から変えている、とみてよいだろう。 この仮説?は、20世紀末から21世紀にかけて始った 情報化社会が始り、それをキッカケにして世界が激動を始っていたのである。それと環境問題も含めて、20万、200万年のスパンで、 人間の進化と、ありかたを考える時期に来ているのである。 現代に生きている私たちは、これを地球の有り方を考える、 ツールにし、これまでの価値観を見直すに丁度よいテーマになる。 時代は、100、500年スパンでなく、数十万、数百万単位の 変化の中に入ってしまったようだ。それが地球の環境問題であり、頻発する地震などの天変地異も関連している。これが21世紀! ・・・・・・・・ 3193, 新年にあたり 2010年01月01日(金) * 「日本は、既に恐慌に入っている!」 まず、これを前提にしないと! これまでの、「新年にあたり」を読み返すと、一年一年、経済の悪化がジワジワと身に迫っているのが分かる。 今年も経済悪化の進行の中で年が明けた。 経済はデフレスパイラルに入ってしまい、企業も売上減が更に深刻になる。 緊急対策で何処まで持ちこたえられるかである。 失業率は10パーセントに向けアップを始め、社会的にも不安定度が増す。 これまでと全く違った時代になったと割り切るしかない。 自民党は、政治一家の三代目を立て続けに首相につけ、 更に、今度は民主党も三代目の鳩山、乱世のトップには相応しくない。このウネリからみて、2〜3年以内にデフレから ハイパーインフレに転じて、円と株と日本の国債が暴落は避けられない。その事態が現実になるまで日本のトップはなす術がない。 アメリカは、まだまだ政治も、経済も悪化、日本は既に世界に先駆けて恐慌に入ってしまった。それを、まず認めることである。 その辺のことをハッキリしておかないと判断を誤る。 何で恐慌の中で株価が1万円なのか?これは緊急対策などでカンフル剤を うっているからで、これも目先の対策でしかない。いずれカンフル剤も続けられなくなる。 兎にも角にも、目先を、どのように 乗り切るかである。世界恐慌に入ったのである。 今年も大変な年であるのは違いない。 恐慌も、何も、生きていればこそである。 * 今年は「閑吟集」のチロリチロリチンチロリ がピッタリか? 「一期は夢よ ただ狂へ」か〜! よのなかはちろりに過ぐる ちろりちろり (49) 何ともなやのう 何ともなやのう うき世は風波の一葉よ (50) 何ともなやのう 何ともなやのう 人生七十古来稀なり (51) ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に あじきなき世や(52) 夢幻や 南無三宝 (53) くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して (54) 何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ (55) ・・・・・・・・・ 2828, 新年にあたり 2009年01月01日(木) 新年が明けた。 「新年明けましておめでとうございます」と言っていいものか? 「門松は冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし」は、一休宗純が読んだ句だが、今年の正月にピッタリである。 大暴風が本格的に吹き荒れる、何でもありの年になる。松井孝典の「共同幻想」「自己幻想」「他幻想」という言葉で、 現在起こっている問題を考えてみる。《宇宙から地球を見ると地表に何やら光を発している生物がいる。彼らは知的進歩をしている。 彼等は共同体をつくって、共同幻想を抱いている人間とかいう。何で共同幻想を抱くのか? それは自己に対する幻想と、 自分以外への幻想を抱く癖があるからだ。それは言葉という情報伝達が起因している。》これは私の解釈した要約だが・・・ そこで「幻想」、「共同幻想」のキーワードで、この金融恐慌を解きほどいてみる。アメリカが社会主義に勝利し、 自由主義を推し進めた結果、「自由経済主義が絶対!」という共同幻想を抱いてしまった。世界の共通言語の英語、主軸通貨のドル、 世界最強の軍隊の存在の裏づけをもって、アメリカが当分の間、世界支配が続くと思い上がった。そのうえアメリカだけでなく、 世界全体が共同幻想を持ってしまった。そして内需を掘り起こすため低所得者に危険なサブプライム・ローンを貸し出し、 それを債権化して他の債権と混合し世界中にばら撒いた。 住宅が永遠に値上がりする前提だったが、住宅バブルが破裂すると同時に 債権は毒入りになってしまい、無価値化した。 2008年9月15日に、もろくも共同幻想が崩壊し、債権と、ドルへの信頼が破壊された。 自由がいき過ぎれば、不公平になる。そこで自由が制限せざるを得なくなる分岐点が、今年である。 災難に会うときは、災難に会うしかない。 会えば会ったで、何とかなるもの。 今年はチェンジ=変化がキーワードになる。 チェンジするためには、過去の破壊へのチャレンジが必要になる。そこにはコンペティション(闘い)が生じる。 今度のチェンジは数百年に一度の経済、社会変動である。21世紀への変身への壮絶な闘いと挑戦が要求される。 目をそむけないで変化を凝視し、前向きに立ち向かうしかない。 そのうちに、気づいたら、その変化に適応しているのだろうが。 薄笑いでいくか、今年は!巣篭も、また楽しいもの。 そういえば、昨日、家電店で46インチの液晶(PDPでない)、 98000円で売っていた。韓国製だが、画面は綺麗であった。 巣篭もりに、丁度良い? 少しは群れから離れるのも必要では? 世界が総アウトサイダーになると、それはアウトサイダーでなくなる。 ・・・・・・・・ 2008年01月01日(火) 2463, つれづれに −元旦 新年明けましておめでとうございます ○┓ 今年もよろしくお願いします。 昨日は腹痛と頭痛のために一日寝込んでしまった。大晦日に寝込んだのは初めての経験である。 風邪の一現象なのか、それとも飲みすぎと寒さのための腹痛なのか、まだ分かってない。重症でないの確かのようだが。 時々居間に顔を出して紅白は最後の30分しかみてないし、K-1も殆どみてない。今日は次男夫婦が里帰りで夜、 外食の予定だったが私は無理だろう。今年は、大荒れの年になるだろうし、去年の後半から、その兆候は出ていた。 世界的には、サブプライム問題、原油の暴騰、テロ、温暖化問題、インフレ兆候など地球規模で次々と問題が噴出。 その広がりがより大きくなる年である。国内では、自民党の惨敗、安部前首相の突然の辞任と混乱、石油の高騰、 そして柏崎沖地震等、これらの影響は今年になって深刻になる年である。今年は、国内では政権が民主党に移動、 それによる政治的混迷と、アメリカ大統領の選挙と民主党への政権の移動などから、思いもよらない事態が生じるだろう。 考えれば考えるほど、悲観的になってしまうが、事実であるから仕方がない。割り切って一つずつ乗り切るしかない。 ーー 四四太郎の霊日記ー16 人(_ _ ) 新年になりましたか! 400年も昔の世界から来たものから見ると何とまあ、忙しない時代である。 それでも、この物理的な豊かさがある、食べれない心配から見れば、御主の世界はあまりに恵まれすぎじゃ。 一日一日を、充分楽しめばよいじゃないか。四百数十年のスパンの視点から見ても、面白い時代になったものじゃ。 この境目に生きているだけでも、充分に恵まれている筈である。ワシが御主に言いたいのは、せっかく娑婆に生を受けたからには、 その時々の「いま、ここ」に活なければならない! ということじゃ。また、説教的になってきたか。 今年は、御主も気がついているようだが、大荒れの年になる。それも御主等が考えている範囲を超えてじゃ。といって、それが何だ というのだ。大荒れ結構、問題など目を逸らさない限り乗り切れるものじゃ。 ただ、常に長期的な視点で先手を打つことなくして、 理屈を捏ねているだけでは、最悪の事態になるだろう。こうしてみると、文明など何だというのか思ってしまう。 集団自殺じゃないか、それも他の動物を巻き込んだ。全く。今年は、ともかく気を緩めないこと!それだけは言っておく。 それにしても、羨ましいことじゃ、生きていること、そのことがだ。 ・・・・・・・ 2007年01月01日(月) 2099, 新年にあたり 新年明けましておめでとうございます ○┓ 今年もよろしくお願いします。 2007年から5年間は大きな転換期に入るが、時代はどの方向に向かっていくのだろうか。 情報化が人間を、社会のあり方を、根底から変えている。その中で私たちはどのように身を処してよいのだろうか。 1995年から2005年まではインターネットの時代、2006年から10年間はブログと、グーグルの時代というが、 それがはっきり見えてきたのが昨年である。今年からはより鮮明に具体的になる年であろう。 その一つがグーグルアースで、これは驚愕といってよい。しかしこれは、グーグルの料理でいう前菜でしかない。 通常の地図の他に衛星からの写真があり、建物の一つ一つが明瞭に識別できる。衛星写真で最大限にすると、 地球全体が見え、そこから高度を下げていくと、地上の状況が次第に詳細に見えてきて、車までみえてくる。 最近になって、飛行機の操縦桿みたいなものがついて、ヘリに乗って飛び回っているようになっている。 グーグルの地図ソフトは、一年前まではいくら金を出しても個人では入手できないものだった。 それが、家の机に向かったまま無料でみることが可能になった。その他にも、図書館に存在する書籍の検索を、 グーグルが始めた。まだ始まったばかりなので初期的段階だが、これが進めば検索の対象になる情報が飛躍的に拡大する。 (字数制限のためカット 2011年1月1日) ・・・・・・・・ 2006年01月01日(日) 1734, 新年にあたり (σД≦)ネムゥ〜 ☆・゚+。*゚・.+´ あけましておめでとうございます 今年もよろしくおねがいします`。 2006年元旦である。 心新たに、新年をむかえる気持ちがよい。 雪が積もってないと墓まいりが行事になっているが、これほど積もった場合は行かない。 あと二週間で還暦になる。「60歳を一つの大きなゴールとして、それ以後の全てを詰め込んでしまえ」 と思って生きてきたので、この年越しは感慨が深い。「思い残すことはない!」というのが実感であるが、 「本当に思い残すことはないのだろうか?と一年かけて考えつくすことと、これからの十年のデザインをする」のが 今年一年の課題である。 ま!*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?今年も情報化の影響で、さらに大きく世の中を変えるだろう。 (字数制限のためカット 2012年1月01日) ・・・・・・ 005年01月01日(土) 1369, 新年にあたり さて今年が始ったがまあ元旦の清々しい気分がよい。去年、世界的にも身辺でも災害が続いた。 オリンピックに、アメリカ大統領選挙、国内では参議院選挙も重なって刺激の強い日々が続いた。今年はどうなるだろうか。 早生まれなので、来年早々に還暦を迎えることになるが、多くの同級生が還暦を向かえることになる。 やはり感慨が深い。「とりあえず60歳まで!」と、人生を生きてきたのであと一年の余白を何で埋めるか、 この一週間じっくり考えてみたい。その意味で今年は、思い切ったことをしたい。4月からは、銀行のビッグバンがある。 特に地方銀行は、待ったなしの年になる。風評だけで倒産になる可能性が出てきた。 大きな再編成は必至だろう。 特に地方は大きな変わり目になり、多くの倒産・再編成がおこるだろう。ますます、刺激的な日々が続く。 それにしても大晦日と元旦では全く違う感覚が非常によい。この時代、あまりにも変化が激しい。しっかり足元を見つめていないと! 自分を見失ってしまう。面白いといえば面白い時代でもあるが。 今年の私のキーワードは「3C]である。 チェンジ・チャレンジ・コンペティションだ。 白紙に戻って、変化・挑戦・闘いをし続けなくてはならない。 年始から少し硬すぎる内容になってしまった。楽しんでやっていれば良い。ー過去の元旦の文章を見ると面白い。 元旦の気持ちはいつも同じようになる。また、時代時代の背景がクッキリ見える。書くということは、気持ちをパックしてくれる。 去年の元旦の日記に「グリーンランドに行く」と書いてあったが、実際のところ忘れていた。 ・・・・・・・・ 2004年01月01日(木) 1002, 新年に思う 新年になった。新年の何ともいえない雰囲気が好きである。神社に行ってお参りする習慣はないが、雪が積もってない時は 寺に墓参りに行くことにしている。ただ坊様のところには、新年の挨拶は行かない。 今年は、日本経済に関して正念場になる。 (字数制限のためカット 2012年1月01日) ・・・・・・・・ 2003年01月01日(水) 628, お正月の意味 今日はお正月、その意味をインターネットで調べてみた。お正月の意味はお正月さま、年神様という先祖の集合霊をいう。 この霊が各家に帰ってくる。12月13日は家を祭場する準備のすす払いの日という。 門松は神様の依り代で、 神様が何処に帰ったらよいかの目印の為に置くという。お雑煮は帰ってきた神様に供えたものを下げて一緒に食べるごった煮をいう。 (字数制限のためカット 2012年1月01日) ・・・・・・・・ 2002年01月01日(火) 287、リセットの年 今年のキーワードは「リセット」と年末に挨拶に行った銀行支店長が言っていた。21世紀的なものへの、変わるべきところへの リセットである。自分自身に対しても同じことが言える。世界、日本にとって政治経済で白紙からの出発の年といっていいだろう。 その背後は情報革命の本格的影響が本流になってきたためだ。何を変え、何を更に充実すべきかよーく見きわめなくてはならない。 ここで一歩間違うと、とんでもない事態に陥ってしまう瀬戸際の年である。まず変わらなくてならないのは、自分の脳からであろう。 どう変わらなければならないか、新年じっくり考えてみる。やはり個人はHPの充実、会社も社内ネット化とHPの充実である。 あとは今の事業の棚卸である。 (字数制限のためカット 2012年1月01日) ・・・・・・・・・ ある時間の断片 1月1日 1969年 8時起床。 食後、あと一寝入りをする。11時過ぎに、実家の店の佐藤さんが新年の挨拶にくる。 その後、事務所の女事務員が数名挨拶に来る。 近くの分家の堀井明ちゃん夫妻と従妹のまり子ちゃんも来る。 相変わらず可愛い。彼等と裏に住む姉の正子さんの所に行く。 一時過ぎまで、まり子ちゃんと話をする。 小学生までに私のアイドルであった。母屋に戻ると、会社の五十嵐君が新年の挨拶に来る。彼は小学校の同級生だ。 兄の三郎さんと三人で酒を飲む。その後、父と二人でお寺三軒を新年の挨拶に回る。 そして、また裏の姉の所に遊びに行って、ボンカルタをする。夕食後、TVを見ていると二番目の姉の旦那の弟で、 長岡高校の同級生だった、花井衛さんが遊びに来る。彼とはいやに気が合う。一年に一度は何処かであっていた。 二時間以上、積もる話をする。彼は松下電器に入社予定だという。隠れた逸材である。彼も社会にでるということで 塞いでいた。同じなのだ。今年は社会への門出の年でもある。今日、衛さんに「何か言葉にとらわれている」 と注意された。 揚げ足取りをしている部分だ。 気をつけないと。
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2011年12月31日(土)
* そうであっても良い年?であった! 去年の暮れに、まさか3ヶ月後に会社が消滅するとは思ってもいなかった。それが一月末に手持ち資金残高が予定より思いの他、 少ない結果になった。そこで「売上減が止まる前提の計画」を、そのまま下がり続ける数値のシュミレーションをしてみると、 虎の子の予備資金を運転資金に出しても、秋口には資金ショートになる。 しかし年を超えてからも、同じペースの売上ダウンは 続いていた。毎日、何度もシュミレーションをし、議論をしても、プラスに転じる材料はゼロ。その上に7月の地デジ化による、 テレビの入れ替えと、ボイラー交換の問題が発生していた。二つともリース会社の了解を得ていたが、年末の資金ショートは、 火を見るより明らか。 それを承知の上での投資は? 私の「良心」の問題になってくる。 2〜3ヶ月後の閉鎖ならば、 法定の退職金・給与も、取引業者の月末の支払いを済ますことができる。そのボイラーの発注はギリギリに迫ってきた。 さあ、どうするかの決断の間際に、東北大震災が発生。その直前に弁護士事務所に行って、問題の相談に入っていた。 震災発生直後に再び行くと、弁護士いわく、「弁護士の仕事柄、その決断に対しては口出しをする立場にはない。が、 今回は状況からいって、迷う状況ではない。現在なら関係者に迷惑は最小だが、延ばすほど傷が深くなる。止め時です。」と。 そして3月18日に会計事務所の担当を含めて「3月末の支払い直後に廃業」と決定。 決まれば、あとは手順に落とせばよい。 そうこうあって引き際は手順に沿い機械的に進んでいった。 「これも事業サイクルの一つ」と、違う誰かが空の彼方から 指示しているかのようでもあった。そして淡々と事が進んでいった。 経理事務所の30年来の担当が、「あなたは、手順を 楽しんでいるようですが、何が起こっているのか分かっているのですか?」と、怒ったように言う。しかし、最後の手順も30年の 事業の一環。 それも自他共認める?3つの未曾有の大災害なら、割り切るしかない。 ならば、現象を興味深く見つめ、 記憶にとどめるのがベスト。この総括、「今年の総括」というより、「30年の事業総括」の前書き部分に近い内容だが、 泣いて喚いても、どうにもならないなら、虚勢を張ってでも明るく一日一日を過ごすしかない。 日本経済の来年の縮図が、 そのまま当方に現象として現れ出たことになる。実際に渦中に立つと、一場面一場面がドラマそのもの。社会のヒダが良く見える。 あのまま続けていたら、今頃は県外の何処かに雲隠れ・・。 思い切って、次の人生に転身するに、それもあるが・・・ やはり、立つ鳥あとを濁さず、である。 「私の人生は何だったのか?」などの、世迷い事の泣き言は不思議なぐらい全くない。 あるとすれば、「現時点からみて、15年前に会社を売却すればよかったか?」ぐらい。それが出来るぐらいなら、もともと、 この事業は手がけたなかった。来年の3月末が一周年になるので、この30年の事業と、準備期間の15年を含めた総括をするが、 どう総括しようが、大津波に全てを渫われてしまった事実は変えようがない。最後はソフトランディングをしたかったが、 この震災では諦めがつく。 来年は、高みの見物になるのか、防波堤とも流されるか? 娑婆はのんびりしているが。大丈夫かい! ・・・・・・・・・・ 2010年12月31日(金) ー今年の経済を振り返ってー 今日で無事、今年は終わる。不況の波は一日一日大きくなってきている。 耐久消費財(車、家電、住宅)のエコポイント制度で (前どり需要で)何とか消費を喚起してきたが、来年そうそう、その反動が来るのは必定。またグローバル的にみれば リーマンショックの表出が来年から更に激しくなる。 東海から関東のベルト地帯は、まだ経済的温もりが残っているが、 そこから離れた地方ほどマイナスの度合いが高くなっている。 不思議なことにマスコミは取り上げないが、惨状は酷いもの。 鳥取、福井、石川、富山、新潟、山形、秋田など日本海側に接する県は特に酷い。長岡、新潟市をみると、悲鳴すら上がらないのが実情。 私の知る限りでは、デフレスパイラルの渦がリーマンショック以来、三周目になっても一日一日大きくなっており、 押さえが効かなくなっている。欧州ではデフォルトする国家が出る可能性がある。それをきっかけに世界同時株安となれば、 体力を消耗しつくした日本が大きく傷つくことになる。現在の心情をいえば、「来年怖い」。時代の流れとは恐ろしいもの。 右上がりのよい時代を生きてきただけ、時流の段差が見えてくる。チロリチロリ、チンチロリか〜 ー独学が唯一の教育であるー 10年位前に、「どんな教育も突きつめれば独学が唯一の教育である」という言葉に出会った。 その後、そのことについて考え続けている。大学卒業時に自分の絶対的読書量の少なさに呆然として、 社会に出てから一日2時間以上の読書時間を持つことを誓った。その独学こそが学生時代の一番の収穫ということは、 当時知りようもない。特にネットで情報を取れる時代に、そのベースは大きな財産になっている。 とはいえ基本は独学より学校システムに乗り、そこで多くの指導者に出会い学ぶ方が良い。修破離の修である。 教育とは、独学が可能な能力を持たせること。そのベースは、これまでは高等教育だった。 しかし、今度はネットという新しいツールが出きてきた。独学に、これは最適である。 「それぞれの人の素質が、それぞれに伸ばすことが可能になる」ということ。 〜年末の、過去の同月同日の文章が自分書いただけに時代がみえて、懐かしく面白い! 何で、ここまでして書くの?の自問自答の答えがある。思いと行蔵の痕跡を残すため、そして・・・である。 ・・・・・・・・ 2009年12月31日(木) 3192、大晦日、つれづれに! 今年も大晦日になった。覚悟をしてほど経済の混乱は無かったが、それでも確実に悪くなっている。 政治は、アメリカでオバマが正式に大統領に選ばれ、日本では自民党が政権に最後まで、しがみついた結果、 国民に見放され自己崩壊。 民主党の鳩山政権が発足、今のところ、及第点だが、来年からは土壇場の場面に 直面し、政界再編成は必至。 日本経済の崩壊予測を書いてきた浅井隆の本を先日、立ち読みした。 「リーマンショックは、日本にとって東京と名古屋に原爆二個を落とされたようなもの。 その激震の津波は、まず体力を消耗している地方に直撃しており、凄惨な事態」と、あった。 上越新幹線の最終駅で、ビジネス・ホテルを経営しているので、その論は至極当たり前に受け止めることが出来る。 一般より3ヶ月早い数値が先行して出るが、すでに二番底にむけて動き出したようだ。 2〜3月あたりから、 経済は深刻な一段落ちになる。 恐ろしい限りである。何とか、緊急対策で失業率の上昇や株の暴落を抑えているが、 これもカンフル剤でしかない。来年は何とか、これで持たせることが出来ても、参院選挙の終わった来年の後半からは、 思い切った政策が断行されるだろう。それが通貨の切り替えなのか、銀行閉鎖なのか、国家非常事態宣言による??なのか。 悲観的に成りざるをえないのは、まだ、数百年に一度の動乱の入り口でしかないことだ。人間は脆いものだが、国家も脆いもの。 25年ぶりに、私の人生の大きな位置を占めている「秘境ツアー」に行かなかった。《最近は、欧州が多いが》 気合が入らないのである。 無理をすることもないが、といって、「何が何でも行く」というのが崩れてしまった。 それにしても、大晦日の総括の、これまでの文章を読み返すと面白い。何ともいえないTPOSが感じられる。 ・・・・・・・・ 2827, 晦日は、今年の読書の総括 2008年12月31日(水) 今年の締めくくりは読書の総括。 まずは年初に読んだ 副島隆彦の「恐慌前夜」「属国・日本論」「連鎖する大暴落」を読んで愕然とした。 他に彼の一連の本を読んで、迫っている世界経済の危機を感じ取った。 また金融を中心にコンサルトをしていただいているH氏に紹介された竹森俊平著「資本主義は嫌いですか」と、 マンデンブロ著「禁断の市場」も印象的であった。 ソロス著「ソロスは警告する」、 金の投資家、松藤民輔著「無法バブルマネー終わりの始まり」、藤原直哉著「世界同時株暴落」、 野口悠紀雄著「世界経済危機ー日本の罪と罰」、そして、松井孝典著「地球システムの崩壊」など、 地球規模で起こっているエネルギーのウネリを感じ取れたことも収穫だった。 そのために、リーマンの破綻が世界恐慌の発火点と直感し翌日ここで取り上げ書いた。 どの本を読んでも目から鱗であったが、いざ金融恐慌が始るると、 世界的な経済崩壊の規模の大きさとスピードの速さに驚愕している。 ー 本として印象の強い順に書いてみるー 1、松井孝典 「地球システムの崩壊」 2、副島隆彦 「恐慌前夜」 3、竹森俊平 「資本主義は嫌いですか」 4、マンデンブロ 「禁断の市場」 5、松藤民輔 「無法バブルマネー終わりの始まり」 6、ソロス 「ソロスは警告する」 7、近藤道生 「平心庵日記」 8、副島隆彦対佐藤優著 「暴走する国家ー恐慌化する世界」 9、野口悠紀雄 「世界経済の危機」 10、米原万理 「打ちのめされるようなすごい本」 (字数制限のためカット09年12月31日) ・・・・・・・・・ 2007年12月31日(月) 2462, つれづれにー大晦日 ´▽)ノおは〜 大晦日である。 一年は本当に早く過ぎ去る。御節は今年は止めておこうかと思ったが、結局は注文してしまった。 例年の半値の5千円のセットだが、郊外にあるフランス料理店のものである。この十年以上は紅白歌合戦はホボ見ていない。 格闘技を見るか寝ているかだ。総括は先日書いたが、面白い本には多く行き会った。新潟駅前に新しい図書館が出来たのも大きいが・・・ 今まで自分がそこまで行ってなかったこともある。自分の知能のレベルでしか本の内容は理解できない。 (以下は字数の関係でカット2011年12月31日) (■*U∀u)ノ 良い年を! ・・・・・・・・ 2006年12月31日(日) 2098, 今年を振り返って −2 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! 今日で今年も最後になる。12月の10日に「今年を振り返って」を書いているので、 ここでは、「私的なこと」に、割り切って書いてみようか。今年は私にとって「60歳」になった節目の年である。 {60歳までに、一生分を前倒しをして、やりたかったことを、全てやりとげる}と51歳で決意し、そして生きてきたので、 肩の荷物が降りたような虚脱感と、ホッとした満足感が現在もつづいている。そして来年の3月までに、60歳代の生き方を 決めるつもりである。2人の息子も婚約をして来年には結婚予定で、丁度、還暦の頃に子供が家庭をもつという「人生のサイクル」は、 丁度よくできている。私にとって、その意味では節目の年であった。友人と話すことといえば、なるほど年金の話が中心になる。 企業年金が??万+厚生年金21万=3?万とか、私は家内が厚生年金に入っているので+?万とか年寄り臭い話になる。 12月1日に義母が亡くなり、盆と正月に唯一行くところが消滅した。仕事場が新潟市にあり、自宅は長岡、そして家内の実家が柏崎と、 丁度良いバランスであったが・・・。前回も書いたが、今年は塩野七生の「ローマから日本が見える」「ウエブ進化論」 「グーグル」「あたりまえのことばかり」が印象に残った。 印象の強い順にベスト10を思い浮かぶまま書いてみると 1、「ウエブ進化論」梅田望夫 2、「あたりまえのことばかり」「14歳からの哲学」「知ることより考えること」「41歳からの哲学」池田晶子 3、「ずっとやりたかったことをやりなさい」ジュリア・キャメロン 4、「要約世界文学全集?・?」木原武一 5、「生き方の研究」森本哲郎 6、「『私』のための現代思想」高田明典 7、「ローマから日本が見える」塩野七生 8、「グーグル」佐々木俊尚 9、「エピソード読む西洋哲学史」堀川哲 10、「冒険投資家ジム・ロジャーズ世界バイク紀行」 「生きていることの不思議さに気づいた年」である。考えれば考えるほど不思議なことだ。 *^ワ^*)i それでは良いお年を! バイバイ (以下は先日書いた内容です) ・・・・・・・・ 12月10日(日) 2077, 今年を振り返って −1 才八∋ウ_〆(∀`●) そろそろ、今年の十大ニュースが話題になり始めている。 年末の31日になったら、もう一度書くつもり?だが、ランダムに頭に浮かんだまま書いてみる。 (以下は字数の関係でカット2007年12月31日) ・・・・・・・・ 2005年12月31日(土) 1733, 今年を振り返るー総括 b(’0’)d おっ w(゜Д゜)w ハァ?ヨ〜 大晦日になり今年の総括と思ったが、『私が選んだ今年の十大事件』の先日の内容が、総括に近い。 そこで今年の十大事件から世相を考えてみる。まずは先日の内容をコピーしてみる。 ー私が選んだ日本版・10大事件ー 1、人口が初めて減少に転じる 2、衆議院で自民党が歴史的大勝 3、JR福知山線で脱線、107名死亡 4、耐震強度偽装で大揺れ 5、郵政民営化関連法が成立 6、愛知万博が開かれる 7、堤義明西武グループ会長逮捕 8、小学生女児が相次いで殺害される 9、アスベスト関連死、次々と明るみ 10、プロ野球のセ・パ交流戦が始まる。そしてロッテ、優勝 大相撲では、外人力士が大活躍−朝青龍が7連覇、琴欧州大関に −− 以上から読み取れることは ・少子高齢化 (字数制限のためカット09年12月31日) ・・・・・・・・ 2004年12月31日(金) 1368, 今年を振り返るー総括 毎年、同じような言葉で始る。「今年も、あと一日になった」である。それが誰もが抱く感慨だろう。 地球が怒っているのではないかと思われるほど、次々と災害に襲われた。その幾つかを記録として書いてみる。 ・インド洋で、とてつもない大きな地震がおこった。震度はM9で、阪神大震災の1400倍のエネルギーというから 想像を超えている。地球を津波の余波が三回したという。被害は10ヶ国をこえて、現在のところ10万人というが、 まだまだ増えるだろう。TVで多くの映像が流れて、何人かを飲み込んで流されている映像もあった。 明治29年の明治三陸地震の2万2千人の被害を軽く超える惨事で、20世紀来、エネルギーとしては4番目の大きさ。 やっと、中越地震の余震が収まりかけてきたと思っていたら、この大震災である。台風は例年の3倍もあり、 やっと落ち着いた時に、中越地震、そして、このスマトラ地震である。 全くどうなっているのだろう。 ・暗い話だけでは片手落ちになるので、明るい話はオリンピックで日本が久しぶりに多くのメダルをとったことである。 強いところに、集中的に強化をしたのが功を奏したという。 ・地方の景気も相変わらず、良くはない 特に新潟県はその中でも一番悪いところである。これに台風による水害と、 この中越地震である。復興景気といっても土木が少し良い位で全体的には決して良くはない。日本全体から見ると、 明るい兆しが見えてきた。 (字数制限のためカット11年12月31日) ・・・・・・・・ 2003年12月31日(水) 1001, 今年の総括 今年も大晦日になってしまった。 恒例の今年の総括をしてみよう。 ー個人的の問題では ・今年の身近な物故者は高校の同級生の‘スーパーツチダ'の社長をしていた土田恒夫君が亡くなった。 一番死にそうでない男であったからショックであった。親戚では母方の従姉の連れが亡くなった。 ・海外には二回行った。この数年三回であったので、少し物足りなさが残った。アラスカとアイスランドである。 これで41回である。当面の目標の50回にはまだだが。60歳までに、というのは無理になった。 大不況の中、今年は 特に行くのを躊躇をしたが、後になれば何ということはない。 行けない状況に行くからこそ価値があるのだが? ・国内では、京都に一泊のバスツアーと鎌倉に行く。 ・産能大で「一時間講義」をする。 いい思い出になった。 ・ 新潟の引越しを考えるが、決断が出来ない。 ・ウオーキングは一日平均1万4千歩を確保した。 数年前より1万5千歩より1千歩減らしている。 ・新しい習慣として「ありがとう」を1千回平均言うことが加わった。 ー会社は ・去年11月に始まった売り上げの落ち込みが進む。今までは他山の石だったが。世間並みになったとはいっていられない。 (字数制限のためカット09年12月31日) ・・・・・・・・ 2002年12月31日(火) 627,パタゴニア旅行記ー9 ー絵を描く人ー 今回の旅行で素晴らしい絵を描く女性がいた。見るところプロ並みの絵を描いていた。画家の安野光雅に小学校の絵の担任で もたれたと嬉しそうに言っていた。いつも面白い話をしてくれて、「先生お話!」皆が囃したてていたとか。 今から考えると情緒教育をしていたのではないかと言っていた。何十種類のクレヨンを持ってきて30〜40分位で仕上げてしまう。 (字数制限のためカット10年12月31日) ・・・・・・ 2001年12月31日(月) 286、良質の人材とは- (字数制限のためカット10年12月31日) ・・・・・ ある時間の断片 12月31日 1968年 あと10分で1968年も終わる。 学生時代最後の年になる。今年を振り返ると、色いろなことがあった。 ・三月下旬から2週間、石川君と一緒に、卒論の「流通革命」を書くために大阪の船場のメリヤス問屋に 住み込みで流通の現状を見てきた。 生々しい旧来の世界と、そこに蠢く人間がいた。 ・帰って直後に、欧州旅行の川崎と深井と松村と九州旅行に出かける。 先ずは川崎の家に行って一泊をする。 ところが川崎は事故がおきる予感がすると言って、急に旅行から降りた。 三人で今度は名古屋の酒向の家に行く。家に泊めてもらって、その夜は高級中華料理店で最高級のご馳走だ。 こんな美味しい中華料理は初めてであった。それから九州に行く。九州の鹿児島で聖心女子大のグループと落ち合う。 1泊2日の薩摩の彼女等との旅行は一生忘れられないだろう。 ・そして4月に父に「もしアメリカに行きたかったら、全ての費用を出してやるから留学をしてこい」と急に言われた。 その気になったが、英会話に通うこと2ヶ月で、急ごしらえの留学は無理と断念をした。そこでの自己葛藤があった。 ・またその時期に、石川に勧められて「武沢ゼミ」に入った。これは私にとって前の年の欧州旅行とともに大きな出来事だった。 ・そして急遽ジャスコオカダヤと長崎屋を受験。両社とも合格する。ジャスコオカダヤに決める。 ・夏休みは、卒論のための本を十数冊買い込み読む。 9月に二週間、10月に一週間、新潟県の六日町の禅寺の「雲洞庵」で、集中するために籠る。 ・11・12月は、かなり頭を使いすぎたため不安定な時期になる。 去年に続き今年は、これからの人生での土台になる事があった。 ーそう書いているうちに、あと三十秒で今年も終わろうとしている。 ーーー ここより今年である。 1969年になった、学生から社会人の年になるのだ。今度は自分独りの力で生きて いかなくてはならないのだ。頼れるのは自分だけである。人生は三つの戦いがある。自分、他人、そして自然との戦いだ。 先ずは自分に打ち勝たなくてはなるまい。信念としての決意は「自分に打ち勝つこと」だ。
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2011年12月30日(金)
* 消費税アップについて 消費税の10%へのアップが問題になっている。大恐慌に入った日本で間接税の税収が激減すれば、直接税で徴収するしかない。 とはいえ現在の日本で、内税の消費税は企業のコストが、そのまま加算されることになり、デフレの現在、体質の弱い中小企業は 致命的大打撃を受ける。 ギリシャ問題を遠くから見ていると、ギリシャ国民が長年かけて作りあげた国民性がシビアに見て取れるが、 それに劣らないのが現在の日本。結論をいえば、問題はあっても消費税を外税にして、10%に上げるしかない。それで倒産するのは、 仕方がない。それが出来ないなら国債と株式の暴落と円安の大恐慌を経て、韓国と同じようにIMFの管理下に入ることになる。 そのターニングポイントが来年後半である。どこまで、この国は腐っていくのだろうか? それらの問題が来年、一挙に日、米、欧で 吹き出ることになる。来年の年明けは「ハッピー・ニューイヤー」でなく、「アンハッピー・ニューイヤー」である。 * アンハッピー・ニューイヤー 上で取り上げたこともあり、来年は、ハッピー・ニューイヤーとはいえない年になってきた。新年の挨拶は、冗談でなく、 「アンハッピー・ニューイヤー」である。以前から2012年は「スーパー・イヤー」といわれていたが、その言葉が当然と思えるのが不気味。 私にとって今年は正に「アンハッピー・イヤー」そのものだったから、言えること。世界の時流より、一年早かっただけ。 去年の今頃は、 あと一年は何とかなるだろうと思っていた。ところが、年をこして現実が目の前に立ち現れてきた。その僅か三ヶ月後に、あの事態。 それと同じことが世界情勢と日本にも現前に・・ 来年の晦日の世界の状況は、去年の晦日と今年の晦日の段差より遥かに大きいはず! * 指導者が戦争に活路を見出さないか心配である ここまで経済も政治も追い詰められてくると、指導者も、影の何?も、戦争を意図的に起こすことを考えるのでは?と。 一番、危険なところは、イランのホルムス海峡の閉鎖をキッカケにした米軍の攻撃と、イスラエルのイランの核施設への攻撃。 二番目は北朝鮮。これも狙い目である。次が中国と支那海の何処かの国との軍事衝突。そして、アラブの民主化革命の延焼もある。 どこもかしこも、金融恐慌によるインフレの中で、緊張が高まってくる。1930年代に酷似してきたが・・・
・・・・・・・・ 3566, チョットした小話 ー1 2010年12月30日(木) * レストランに強盗団が客と店員を壁向け立たせて財布や腕時計や貴金属を奪い始めた。 二人連れの客の一人がポケットの50ドルを連れの男のポケットに捩じ込んだ。 そして小さな声で 「この前に借りた金、いま返しておくからな!」 ー以前にも、似たようなのがあったー * ・兄が弟に向かって言いました。「おまえのかぁーちゃん、くそったれ!」 ・猫の親子がネズミを見つけて、「お母ちゃん、あのネズミ大きいね」「いや小さいよ」 「大きいよ」「小さいよ」 ネズミが一言、「チュー」 ・ある日、ペコちゃんがシャワーを浴びていると・・・ そこにポコちゃんがやってきた。 好奇心おおせいなポコちゃんは、覗いて見ようと近づいたんだ。 すると、その気配に気づいたペコちゃん。戸を開き、こう言ったんだ。 みるき〜 * ・道を歩いていたら、葬式に人が沢山並んでいた。「どうしたんですか?」と聞くと、 「この家の奥さんが、飼い犬に噛まれて亡くなったんです」という返事。 思わず「その犬を貸していただけませんか?」と言うと、「じゃあ、この列に並んで下さい」・・・ ・観光名所の古い井戸に中年の夫婦がやって来る。ガイドに「井戸に願い事を言うと、それが叶うのです」 と言われて夫が中を覗き込む。すると、妻が「どいて。あたしが願い事を言うんだから」と言って旦那を 押しのけて中を覗き込む。その途端、バランスを崩して井戸の中へ真っ逆さま。それを見た夫が「本当だ」・・・ ・教会での結婚式に参列していた小さな男の子が小さな声で母親に訪ねた。 「ママ。あの女の人のドレスはどうして白いの?」「白いウェディングドレスは,幸福の色なのよ。 人生で一番幸せな日に着るのよ」「フーン」男の子はしばらく考えて,また聞いた。 「じゃ、ママ。なんで隣の男の人は黒い服を着てるの?」 ・・・・・・・・ 3191,今年の読書の総括 −2 2009年12月30日(水) ・哲学といえば、再び池田晶子の本に立ち返り、「2001年 哲学の旅」を読んでみた。 数年前にギリシャに行ってきたことも含めて、彼女の目を通してギリシャの哲人の史跡から、 問題提起をしてくれて、なかなか読み応えのある本である。 ・哲学といえば、ブライアン・マギーの「哲学人」(上・下)である。英国の哲学評論家の本だが、 10年ほど前に、彼の「ビジュアル版・知の歴史」を読んでいた。これは、今でも居間のパソコン近くに置いてあり、 月に2〜3度は目を通している。 それもあって「哲学人」を何とか読んでいるが、私のレベルでは難しい。 これは、哲学のセミ・プロでなければ読み解けない内容である。 ・今年は「カント」の哲学を少しでも理解を深めようと、これまで読んだ哲学書や、図書館から哲学入門書などを 片っ端から借りて読んでみた。その中で図書館から借りて目を通して直ぐに買いこんで読んだ「子供のためのカント」 フリートレンダー著が、良かった。 第一に、「何を行うべきか」。 第二に、「何を望むべきか」。 第三に、「何を知ることができるか」の問いに、無矛盾の証明によって答えている。」 ・その他に、恐慌についての本を10数冊を読んだが、金融恐慌の渦中で読むから、なお分かりやすい。 10冊以上は読んだが、そこで分かったことは、「世界は既に恐慌に入っており、今後10〜20年は続く厄介な事態であること。 その波を直撃しているのは、日本、韓国、イギリス、そして欧州の弱い国(東欧とか、ギリシャ、スペイン、など)。 それに、アメリカの中流、下層階級である。 「100年に一度の恐慌」レベルというより、300年から500年来の 近代という欧米中心につくり上げてきた文明の崩壊過程に入ったと受けとめられる。 その根は、情報革命である。 ・他に、やはり佐藤優の「功利主義者の読書術」である。 この人は立花隆と同じく、頭の構造がどうなっているか、 窺い知れない知識量に圧倒される。 そのために数百分の一でも知識を身につけようという気持ちにさせてくれる。 ー読書に関しては、今年は満足をしている。 ・・・・・・・・ 2826, 暴走する国家恐慌化する世界 −3 2008年12月30日(火) *今回の危機の一連で三菱UFJが大損、三井住友は軽微 副島: 今回の三菱UFJは悲惨です。 実質破綻している2大住宅公社フレディマックとファニーメイの紙切れ債権が3・3兆円もある。 その上に、モルガン・スタンレー救済の為に九千五百億円も供出させられた。これに比べて三井住友は意外と被害がなかった。 アメリカ住宅公社では、たったの2000億円である。英国バークレーに一千億円の出資をしたが、もしかしたら一兆円かも? 今度の金融恐慌が拡大したら、生き残るのは大手ではゴールドマン・サックスとJP・モルガン、ウェルズ・ファーゴ銀行。 シティバンクは危ない。 解)「落ちてきたナイフは掴むな」というが、三菱UFJは掴んでしまったのか? 勝ち組、資産家、大企業をターゲットにしてきた銀行。今回をもし無難に乗り切ったら、世界にアップスケール出来たはず。 そうは問屋が卸さないということか。 *大暴落の時は、「20分の1の原理」が働く。 副島: モノの値段はどこまで下がるか。清算する時の本当の値段はいくらか。 私は、10年前に、「20分の一の原理」があることに気づいて本に書きました。 捨て値で処分する時は、元値の10分の一か、20分の一になるのです。 一億の不動産とか株が値崩れをしたら、500万円になるのである。博打で張った金は二割を残して損切りをする。 二割なら再起が出来る。一割は厳しい。だから7〜8割引で何とか回収する。モノの本当の値は20分の一である。 解)何事も同じで、見切り千両である。特にレバレッジで膨れ上がった金融は、決して大げさな原理ではない。 (字数の関係でカット11年12月30日) ・・・・・・・・ 2007年12月30日(日) 2461, 病的まで心配性の人だけが生き残る! 「ウェブ時代をゆく」 −2 読書日記 著者は序章で、福澤諭吉の『文明論之概略』緒言の中でその66年の生涯を「最初の半分」 を封建時代の江戸時代に、「あとの半分」を明治時代に、「恰も一身にして二生を経るが如く」と表現。 それと同じ大変革の時代を私たちは生きているというのが著者の論である。 著者はもう既に二年前からネットの住人になった感覚を持った時、 自分も「一身にして二生を経るが如く」生き始めたと感じたという。 著者はネットにオプティミズムを貫くのは、ネットという技術の持つ五つの性格を挙げている。 1.ネットが強者よりも、弱者と親和性の高い技術であること。 2.人々の「善」なるものや、小さな努力を集積する可能性を秘めること。 3.一部の人に可能だった行為を、すべての人々に開放する技術である。 4.「個」の固有性を発見し増幅することにおいて有効な技術である。 5.社会に多様な選択肢を増やす方向の技術である。 (字数の関係でカット11年12月30日) ・・・・・・・・・ 2006年12月30日(土) 2097, 日本経済は本当に復活したのか− 読書日記 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ 今後、日本経済はどうなっていくのだろうか、現在の日本は楽観論と悲観論が交差しているのが実情である。 私が知る限り、どの切り口からとらえても悲観論になってしまう。その中で関東を中心として景気が持ち直しているような 雰囲気が漂っている。 この本の概要は、このHPの「サロンのコーナー」で、あるHPの著者のインタビューで、この本の 言わんとしているところを凝縮して語っているので、ここでは部分的に印象に残った箇所をクローズアップして考えてみたい。 まずはアマゾンの本の紹介文が、ずばり一番急所を書いている。 =内容の概要= (字数の関係でカット08年12月30日) ・・・・・・・・・ 2005年12月30日(金) 1732, 日本一短い父への手紙 ー読書日記 オハ☆:*:・ ★(o≧□≦)o☆・*:..。o○☆*゚ 父親の役割ほど微妙な立場はない。外では7人の敵、家では稼ぎ頭のわりには居場所がない。 せめて家の中ではと思っても、誰も認めてはくれない。それでも家庭の重さが、そのまま男としての重みになる。 夫婦の相性としての当たり外れは五割というから、なおのこと父親の立場は、微妙のケースが多くなる。 カンカンカン〜・・¶ゞ(; ̄д ̄)ノ☆=♀ワラ人形 −− 石けんよーし タオル よーし 湯加減よーし パパが風呂場のぞく口実 全然 なーし 今村嘉之子(静岡県13歳) 合格発表の日、掲示板に僕の番号を見つけて僕を殴った父さん。 うれしかった。 (σ*ゝω・)σゲッツ大石悠太(東京都17歳) 父がコップに残したビールは、 父の残りの人生のようで寂しくなりました。 大保昇(東京都29歳) 事情はあったでしょうが、やっぱり認知はしてほしかったです。 糀谷弘美(三重県53歳) どうしてあんなに 私を殴ったの子供を産んだら 余計 わからなくなりました `_´;) 幸田亜子(神奈川県29歳) 大好きなお父さん。 私たち三人と結婚してくれて、ありがとう。 庄野恵美(大阪府18歳) お茶 (@゜▽゜)_且~~ ・・・・・・・・ 2004年12月30日(木) 1367, 酒についてー2 ー作家が書いた「酒の名言」ー ある本を読んでいたら、作家の酒についての名言を集めたコーナーがあった。 この随想日記の中で、酒にまつわるテーマで十数編も書いてきた。この「分類・引き出し」の中の検索で「酒」を打ち込むと、 出てくる出てくる。数多くの文章が書いてあった。その全てをコピーするわけにいかないから「酒について」を、このテーマにした。 酒乱一歩手前?も、色いろの経験がある。 だから、酒についての真髄は、心の奥に染みる。 私の人生から、旅行と酒をとったら何が残るだろうか。さすが作家が随想や小説の中で書いている「酒」についての言葉は含蓄が深い。 あの作家が酒について、こういう感想・実感を持っていたいたと思うと、感慨が深くなる。特に多くの経験?を重ねたせいもあるからだ。 ーその幾つかを書き写しておきます。 ・酒飲み人はただ酒飲む人それのみであることはできない。 酒を飲む瞬間は、生きつづけたその人の到達したある一点である。 −武田泰淳 ・<狂酒>から<酒悲>の段階に移行すると、こんどは自分が無限に小さな存在にかんじられはじめる。 つまり酒によって己みずからを知ってしまうのだ。・・・・ 「いいお酒ですな」と人に感心されるようなのみかたが、あんがい静かな絶望の表現であったりする。 −高橋和己 ・酒飲みというものは、どういうものか酒のこぼれるのだけは非常に惜しがる。 あやまってお膳にこぼしてみたまえ。十人が十人「もったいない」と唇をつけて、すするから。 −サトウハチロウ ・酒飲みは判官びいきであって、かならずといってよいほど、小さな醸造元の酒を推薦するものである。 −金子兜太 ・酒を飲んでいて次第に拠ってくるその移り変わりが一番の味はひである。 ー内田百聞 ・酒好きにとって酒というものは、どの一口もうまいにはちがいないが、わけてもうまくなるのは、ちとすぎる頃からだ。ー堀口大學 ・酒と旅・・・本当に不思議なものだ。どうして旅に出ると、うまい酒に出会うのだろう。 東京でどんなに高級なウイスキーを飲まされても、あの旅情に浸りつつの酒にはかてない。 ー赤塚不二夫 ーつづく ・・・・・・・ 2004/05/02 1125, 酒について −1 (字数の関係でカット08年12月30日) ・・・・・・・・・・ 2003年12月30日(火) 1000, \(~o~)/千日の随想日記! 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると 約35〜40が合わない。調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。しかし小説風の「宗親日記」 が大体その位の数を書いているので、合わせて一千回の到着日とすることにした。 あくまで自分ひとりの記念でしかない。 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、「遺言」のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが) だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。 いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が間違いなく変った。 一日一日が本当に充実したのだ。50人位の人に毎日読まれていると思うと誰かに見守られているような感覚になる。 作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、 また書き残すもよいのだろう。いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。 そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。ところで実感としていうと一番勉強になり良いのが、自分であることだ。 ・テーマ探しに46時中頭が1杯 ・そして構成に苦労して ・書き上げた後に、何回か書き直し ・誤字と矛盾をさがす そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。といってこの程度の内容であるが。 ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。それでも何とか書くからよいのだ。 書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。 書き続けることは、書き重ねることになる。書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。 深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。 少し難しくなってきたが。 来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を挿んだり、土日を休むとかして、 今のエネルギーを半分にしようと思っている?このまま続けると、ある日突然「や〜めた!」ということになりそうだ。 千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、 頭を仕事に切り替え集中しなくてはならない。それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか?どうなるか? 自分でもわかりません。 ー本当に読んでいただいて有り難うございました! ・・・・・・・・ 2002年12月30日(月) 626, 葬式仏教の由来 現在の日本の仏教は完全に成り下がっている事を随想日記で何回も書いている。 葬式仏教の集り体質である。その成り立ちを、ある仏教学者の本に明快に書いてあった。 ・その発端は徳川幕府がキリシタンを弾圧した江戸時代にある。キリスト教徒を撲滅する為に、 お寺に監視機能を持たせた。お寺の檀家にならないと、キリシタンにみなした。 (字数の関係でカット10年12月30日) ・・・・・・・ 2001年12月30日(日) 285、フィジィ‐について 地理的にみるとオーストラリアとハワイの中間点、日本より飛行機で7^8時間位か。もう9年なる。 この世のパラダイスという言葉が似合う小国である。ハワイの観光化する以前の、何ともいえないのどかさを 残している国である。人がいい!のだ。フィジアンといって無垢な温かい素朴な人なつこい国民性。 世界にまだこのような世界が存在していたとは!NHKでも‘フィジーの特集’をしていた。 一度行けばその魅力にとりつかれるはずである。今でも映画館が男女別席である。 小さい島国なのにまたその周辺に多くのミニの島よりなりったている。島がホテルになっているところもある。 他の南国はハワイとニュージーランドしか行ってないので、他と比べる事はできないが、華やかな観光がない分、 海と空の素晴らしさを満喫できたのかもしれない。そこで行ったカーマ島がよかった。小さな島で一周一時間ぐらい、 1人で海岸を一周してきた。おとぎの国に迷い込んだようであった。たまたまその日が日曜日。住民はホテルの従業員と その家族が、小さな教会でお祈りをしていたのが印象的であった。会社の社員旅行で行ったが、そのうち1人が新婚旅行で行ったと聞いた。 そしてあらためてその素晴らしさを知ったと風のたよりで聞いた。南洋の楽園とはよく言ったものである。 もし海の綺麗な、静かな天国のような島に行ってみたいならフィジーがいい。 ・・・・・・・ ある時間の断片 12月30日 1968年 12時に起床する。正子さんと母と食事をとる。正子さんが、今の私が陰鬱という。前の私の方がよいという。 何か頭だけが先走っているようだ。社会に出ることに対する不安による動揺が陰に振れているのは解っているが。 14時に大手通りにいく。気持が晴れる。ただ塞いでいただけか。18時に帰ってきて食後にTVを見て 23時に日記を書いて一時に寝る。三日からジャスコに出す論文を書かなくては。
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