堀井On-Line



3358.すでに世界は恐慌に突入した ー1

2010年06月05日(土)

「すでに世界は恐慌に突入した
      ーデリバティブとドルはあと数年で崩壊する」ー-船井幸雄 朝倉慶 著
 ーまず、アマゾンの 内容紹介 よりー
いよいよ、資本主義が音を立てて、崩れていきそうな気配。今の我々のシステムはデフレという状態では崩れません。
貨幣への信頼があるからです。ところが、世界的に始まってきた、石油や食糧をはじめとした、今の商品高が止まらなくなり、
酷いインフレ状態に陥ると、やがて貨幣に関する信用が失墜して、経済活動、その他も収集がつかなくなってしまいます。
そうなれば、資本主義の崩壊です。そのきっかけを作るのがドルの暴落です。ドル暴落という引き金が引かれれば、国債大量発行
という借金漬けの日本の状態もそうですが、中国の体制の問題、イラン、イスラエルに見る中東問題、インド、パキスタンの紛争、
さらにはロシアや東欧、書きだしたらきりがないほどの世界を取り巻く矛盾が一気に噴き出てしまう。 ・・・・ (中略)
 恐らく今回の混乱は、経済的な破壊に留まらず、天変地異や、鳥インフルエンザなどの破壊的な疫病も伴うこととなる。 
まさに人類史上最大の困難が幕明けようとしています。しかし、この事態を決して悲劇的なことと捉えないでほしいのです。
豊かになった我々は、実は、多くのものを失ってきているのです。親殺し、子殺し、無差別殺人、振り込め詐欺、こんなことは
なかったことです。豊かさとともに何かが変わったのです。家族や隣人への愛情、屈託のない笑顔、世の中には、お金では
買えないものが山のようにあって、そのものすべてを取り戻す旅が始まるのです。お金や人の地位などは目で見ることができます、
しかし愛情や信頼などは、目では見えませんし、計ることもできません。一番大事なのは、この目に見えないもので、これから、
我々はこの目に見えない、今まで失った一番大事なものを取り返しにいくのです。
 〜〜
しかし朝倉慶の「大恐慌入門」は、たとえ話を多く取り入れながら分かりやすい内容で、非常に多く売れたよう。
その続編といった内容で、6京という信用取引の残高のマイナーは、まだ世界中の企業、金融機関、政府系機関の金庫の中で
ジッと眠っているだけ、必ず、その損失処理をしなければならない時期がくる。それが今や刻々と近づいているのは
誰の目にも明らかである。対処処理で札を刷りまくった結果は、札の価値の下落、ハイパーインフレである。
今年の暮れから2012年には、発生するのは間違いないこと。
・・・・・・・
2983,超円高社会ー 6
2009年06月05日(金)
 現在の年金問題の大きな問題は誰が起こしたのか、そして、その問題点とは何かを簡潔に書いてあった。 
 これによると、田中角栄である。 考える方も考える方だが。 彼の功と罪は、あまりに大きい。
 最後は消費税とは別に、「年金税」という直接税で賄うしかないのだろう。
 ーまずは、その部分を要約して書いてみたー
  * 孫代にツケを回す年金制度の犯人は角栄
【 自分が積み立て、増やしたお金を老後に受け取るという制度は、当初のように続いていたら、
これは公平な制度である。「制度を越えた支え合い」などという政府のマヤカシで洗脳される余地はなかった。
では何時、世代間で極端に不公平な賦課方式に替わったのだろうか。実は、あの詐欺師のような男、角栄である。
田中角栄時代に、日本はハイパーインフレに襲われた。当然年金は目減りをする。年金を引き上げれば喜ばれる。
しかし、下げれば嫌われる。そこで角栄は考えたのである。日本の制度は大福帳会計である。個人個人の会計の
口座の中味を把握できる仕組みになっていない。そこで、年金制度を賦課方式に切り替えれば、年金を掛け金を
値上げすることなく、当面の年金額だけを大幅に増やせるぞ、と。 この決定こそ、身勝手に国民の財産を
奪い取る、悪魔の決定であった。 それを解りやすく説明をすると、若いXさんの積み立てた財産を勝手に奪い取り、
老後期にあるYさんに勝手にばら撒くという案なのだ。自分の積み立てた金は現在の老人に支払われてしまい、
老後は、その時の若い人から支払えばよい、という考えである。負担を後世代に回すことで票を買うという
背信的な政策だったのである。 当時、角栄の熱狂的に支持した層が、現在、老後の世代になっており、
この歪んだ制度の最大の受益者になっている。 彼等こそ角栄超円高社会ー 5の共犯者なのである。
積み立て方式を賦課方式に替え、そして自ら払った金額より大幅に超える年金を受給し、今の若者に
尻拭いを押し付けたのである。角栄は「今太閤」と呼ばれ人気者になって、票を取り、私腹を肥やして、
あの世に逃げていったが、残された国民はいい面の皮である。こうして角栄の手で年金はネズミ講の
システムに切り替えられたのである。このネズミ講の破綻を避けるには、より多くの金を集め、被害者の
数を多く集めて、誰かが尻拭いをしなければならないのである。そのためには人口が増え続けなければならない。】
ーー
以上だが、私たちの年代は、その恩恵を受けるが、その後を考えると大変な負担になる。
これと同じようなことを、自民党が大量国債発行を続けてきた。
更に、この金融恐慌をキッカケに大量に積み増している。 もう手が付けられない手負い獅子。
この総選挙で抹殺されるか、生き延びるか? 自民党を選択してきた国民の民度が一番の問題。
・・・・・・・・・
2008年06月05日(木)
2619, 消費社会から格差社会へ ー3
                      ー読書日記ー
ー若い人は一人旅は流行らないー
 この本によると、10年ぐらい前までは、「深夜特急」とかいう本に啓発されて若者がパックを背負って世界を旅するのが
流行っていた。 が、今では全くといってよいほど見られないという。 いつの間にか時代は変化していたのである。
  まずは、その部分を抜粋してみる。
 ーー
以前、ある研究会で旅行関係の仕事をしたんです。聞くところによると最近の若い子が海外旅行に行かなくなったと。
まあお金もないし、頻繁に海外旅行しなくなったと。でもお金の問題だけじゃなくて、どうもコミュニケーションカが
非常に低くなっているんじゃないか、と。 七〇年代初期に 「団体旅行なんてカッコ悪いぜ、デイパック背負って
行く旅がいいじゃん」っていう、「地球の歩き直的なムーブメントがあったけれど、今は「若者だから一人で旅をしろ」
って言っても、もう行かないんです。早大の探検部は今や存亡の危機だそうです。
しかも部長は東京理科大の女子学生らしい。 なぜかというと親が止めちゃう。「今度こんな所に行くんだけど」って
息子が言うと、親が「危ないからよせ」って言う。 それで探検が成り立たなくなったそうです。
日本以外にもっとおもしろい世界があるぞ、なんていう期待も持ってない。
じゃあ、どうやったら海外旅行をしてもらえるか、という研究をして、一つ出た結論が「新・団体旅行」なんです。
一昔前の「農協パック」みたいな団体旅行でいいんじゃないかと。なにしろ郊外の「下流」の若者は「新しい農民」だから。
ただ、まったくの団体旅行ではだめだから「みんなと一緒に行く自分らしい旅」みたいなコンセプトがいいんじゃないかと。
つまり「島宇宙」を用意してあげるわけね。
  ーー
  若い人の大半が、金もない、覇気もない、夢もない、ということ。 時代の背景に直接反映している
  インターネットや衛星TVをみれば、世界の映像が直ぐに飛び込んでくる。
  しかし実際に行って感じるのとでは雲泥の差があるのが、わからないのである。
  さらに傾向として結婚からも逃避し出している、ともいう。
  若者はノイズに弱いというが、結婚ほど連れ合いや、子供のノイズは煩いものはない。
  中国は「一人っ子政策」のプラス面がある。 両親が、一人っ子に集中して教育をするからである。
  特に主流を占める貧困層こそ、その脱出手段として、将来を子供にかける。だから底辺の底上げになるのである。
  その若者が、そろそろ社会の中核に出てき始めた。 それに日本の若者が太刀打ち出来るわけがない。
  衰退の最も深刻な現象が、若者たちの無力感である。 ある意味、政治の怠慢の犠牲者である。
                              ーつづく
・・・・・・・・・
2007年06月05日(火)
2254, ビョーキな人々探訪記 ?3
                  o(゜∀゜)o オッハヨウ
*鬱病について
依存症とは違うが、これも大変な病である。作家の原田宗典と中村うさぎの対談も絶妙である。
原田宗典は数冊読んだことがあったが、彼が鬱病とは驚きだ!
 (字数の関係でカット09年06月05日)
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2006年06月05日(月)
1889, 閑話小題
             おはよ?!(*^ワ^*)i              
ーインフレの足音ー
 家内の話では、
「スーパーの特価のトイレットペーパーが売り出し直後に売り切れる。
 主婦レベルの買いだめが始まっているようだ」とのこと。
 値上がりを見越して、主婦レベルでのささやかな生活防衛が始まったようだ。
 原油の値上がりからみて当然の現象である。インフレはまだ先のことと思っていたが、
 悪性インフレが徐々に姿を現してきた。2008年から2010年辺りに世界的な大変動があると見てよい。
ーサッカーのドサクサにー
 サッカーのワールドカップのドサクサを狙って政治的な大事件が起こる可能性がある。
 冷静に、それが何だか見てみ極める必要がある。その一つが村上の逮捕か?
 それとも、あの大銀行の手入れか。アメリカの株価の大暴落か。
 アメリカの大手??会社の倒産か。大きなテロも可能性がある。無ければ無いでよいが。
ー自殺が8年連続で3万人超ー
 3万人超の自殺が8年連続とは、異常の数字である。
 ホテルで自殺者が出ると当事者として、その詳細が警察から知らされる。
「おん宿 かわせみ」という時代小説があったが、自殺者だけに限らず、
(長期宿泊者などの事情を聞くと)色いろな人生を垣間見ることができる。
 例えば
・12平米のツウィン・ルームに男女二人が5?6年近く宿泊して(暮らして)いたとか。
・子供連れの女性が二年近くシングル・ルームに住んでいたとか。
・怪しげな若い男が、明らかに純情そうな素人娘のヒモとして、ピンサロで働かせていたとか。
・最近は見られなくなったが、流れのピンサロ嬢も時期になると宿泊するという。
 当ホテルは方針上、絶対に売春などの宿泊は厳禁をしているが、時代のせいか、
 デルヘル嬢を他のホテルは殆んど認めているという。 書けばつきない・・・・
 そういう危ない人が必ず数人は宿泊しているが、必ず警察がチャックをしていて本人の大筋が見えてくる。
 自殺で一番憐れだったのが、窓から飛び降り自殺をした人である。警察が調べたところ、
 最近に同居していた女性が亡くなって、その身元もわからない上に、本人の身元も解らないという。
 何か深い事情があったようだが、身元不明で処理するしかないとのこと。
 誰も好んで自殺するはずがない、死ぬなりの深い理由があるのだろう。
 考えてみれば、20代までは死にたいと何度思ったことか?
 最近は、死にたい!でなくて、もっともっと生きたい!と思うのは老化の現象か?
ー駐禁民間委託についてー
 これは大きな問題となるだろう。今までのように15分の猶予をすべきだった。
 これでは数ヶ月で民意の反対運動で潰されるだろう。 一番影響を受けるのはダウンタウンの商店街や、
 路面のラーメン店などは商売があがったりになる。これでは大反対の合唱になるのは当然で、役人の甘さが露呈する。
 一番嫌われる法的処置である。アメリカでは、通用している処置でも日本では通用しないことがある。
 まあ、結果がどうなるか?
                   。.@(-ェ-)@ノ~~~バイ?
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2005年06月05日(日)
1524, わたしの酒中日記ー3
   金沢編ー1
ー1971年10月某日
会社の寮から50?のところに「トラちゃん」というホルモン焼屋がある。
まわりカウンターの中で、小太りのトラちゃんというに相応しい小母ちゃんがやっている店である。
この店には月に1~2度位、ブラリ入る。寮に近いわりには、会社関係の人はこない。
香林坊には、いくらでも面白そうな店があるので、こんなところでは飲まないし、彼女が大体いるためか、
一人で飲む奴などいない。 香林坊からバスで10分のところにあるが、何時ものようにモツの炒め物を注文して
一人飲んでいると、寮の2年先輩が嬉しそうな顔をして入ってきた。 「おお一人か!実をいうと、
今日は競馬で大穴を当てたんだ。一杯奢るから俺について来な!」断る理由など一切無し、タクシーで香林坊の
少し路地に入った店に乗りつけた。 看板には「平家 落人焼き」とある。店に入ってビックリした。
油で店の中が黒光りしてギトギトである。威勢のよい40歳がらみの親父と、女将が愛想良くむかえてくれた。
カウンターの中に大きな1m四方の鉄板に、魚や肉を野菜と一緒に焼いて出してくれる。メニューは鉄板焼きだけの
シンプルなメニューだけである。ツマミは、手で千切ったキャベツが大きなバケツから手掴みで、皿に入れられて出される。
それを食塩を振りかけて前菜にする。平家の落人が、山に隠れて兜を逆さました中で、山菜や猪の肉などを
焼いて食べていたという由来から名づけたのだろう。ここの名物は何といっても「夫婦喧嘩」とタクシーの中で聞いていた。 
ストレスの溜まったオカアチャンが、いい加減なオトウチャンに切れる。見ていても迫力があるという。
そして何時もの通りに夫婦喧嘩が始まった。両親の赤裸々な夫婦喧嘩もなかったので、その夫婦の迫力に驚いてしまった。
しかし、一戦が終わった後は何事も無かったように穏やかになった。オカアチャンが休みの日など、一人しょんぼり
としているという。その親爺が、今度は会社の先輩の絡み始めた。「お客さんには悪いけど、今日は最高の日のように見えるが、
実際は最悪の日なんだよ! 博打で当たった味が結局は深みにはまり込むんだ。その意味で今日は最悪の日だよ!気の毒になー!」
聞いていてイヤに納得のいく言葉であった。
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2004年06月05日(土)
1159, 「武士の家計簿」
いま話題になっている本に、この「武士の家計簿」がある。激動の時代が、武士の家計簿でリアルに浮き彫りにされている。
現在我々が直面している金融破綻や地価の下落、利権と収賄等々の問題が、150年前に金沢で全部経験ずみなのが面白い。
・仕事は経理ー加賀藩御算用者(おさんようもの)(経理係)、
・小遣い6千円
・幕末の武士は年収の二倍の借金に苦しんでいた。
 禄高(ろくだか)では江戸と金沢との二重生活をまかない切れなかった。 わが子に英才教育を施し、早くから出仕して
禄をもらうことを考える。 他の部署と違って御算用者は経理等の能力がなければ採用されないので、猪山家も必死だ。
 そのかいあって、息子の成之も早く採用されて俸禄は親子で二倍の収入になる。
 幕末の加賀藩士の家計簿を見つけた慶大非常勤講師の磯田道史氏が、地道に書き上げた本である。
平成13年の夏、彼が現金を16万円を持って神田神保町の古本屋に駆け込み買い込んだのが始まりである。
これが猪山直之・成之親子が三十七年間にわたってつけた入払(いりばらい)帳(家計簿)である。
この史料から金沢城下の下級武士の詳細な暮らしぶりが分かるほか、明治維新後に海軍主計として活躍した
猪山一族の隆盛から加賀藩士が日本の近代化に大きな役割を果したことが解る。
漠然としか知られていなかった武家の生活を、家計簿から読み解いたものである。
 天保十三(一八四二)年、高金利に耐えられなくなった猪山家は家財を売り払い、借金を完済。
「もう二度と借金を背負わない」という決心から饅頭一個を買っても記録する”完ぺきな家計簿”をつけ始めた。
以来、明治十二(一八七九)年まで親子二代が克明な記録を続けた。
  (字数制限のためカット 2010年6月5日)
・・・・・・・
2003年06月05日(木)
 792,起業とは-1
 現在、起業家という言葉がキーワードになっている。国家が支援金まで援助して新しい事業を興すことを勧めている。
ベンチャーだけでなく、企業に属している人やすべての社会人にこのマインドが求められるようになった。
しかしアイデアや着想を練り上げて、プロジェクトを立ち上げ、業績をあげて、拡大し、次世代にひき継ぐのは至難の業である。
うまくいっても大体が25?30年で、その生命を終了する。 営業ー不動産などで「千三つ」といわれることがある。
千に三つしか成功しないからだ。これは2分の1の確立で10回当たった数字である。起業で成功する確率も同じ事がいえる。
無から有を生み出すのだから、想像を絶する苦痛を伴なう。コンサルタントの林さんも産能大学での講座では、本当は「起業論」
をやりたかったといっていた。 考えてみたら、小さいながらも27歳から事業の立ち上げを数回経験してきた。
決心をしてから半独立ー27歳、そして完全独立ー34歳、と階段を上るように一歩づつ独立をしていった。
私の知人友人に起業をした人が数人いるが、見ていても壮絶である。想定が甘かったり、少しいうまくいくと拡大ではなく
膨張をしてしまう。自己能力の限界の設定が甘くなってしまうのだ。 他人事ではないが。 私も何回か立ち上げをしてみて
大変であったが、両親の創業を見ていたので、その苦労の数分の一でしかないことをわきまえていた。時代の変化の中で、
それまでとは違った業態を新たに創りあげるのだから簡単なはずがないが、しかし手順は一緒である。
今までの常識を否定して、仕掛けとして違う切り口で組立てをするのだから、覚悟とエネルギーが要るのは当然である。
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2002年06月05日(水)
 428, おしっこをしながら、水を飲む
「おしっこをしながら、水を飲むとそのまま飲んだ水が垂直に排出された感じになる。
 宇宙が身体に流れ込む感じ」という本を読んで、昨日3回も実行してみた。
・まず感じたことは、「こんなことを実際やってみる人は、
 この本を読んだごく僅かな単細胞の人だろうな?」という気持ち。
・世界広しといえども、こんな経験をした人は殆どいない事をしてみた自分の可笑しさ。
・現実にはそうでないが、飲んだ水がじかにそのまま排出されるという
 実感が愉快であった。そこには胃も腸もないそのまま出て行く実感である。
ところでそれがどうしたの?と聞かれても答えようがないが、新鮮な気分と、誰もやったことない体験をしてみた!
という可笑しさで,気分が一新しただけでも価値があった。 何事も経験です!! 貴方も経験してみたら??!
・・・・・・・・・・・
2001年06月05日(火)
[43] オークションサイトについて
今日インテリア山下の社長が来社して、下取りのダンツーの絨毯を1円でネットオークションに出してみた’
と言われたので早速オークションに1000円で入札をしてみた。
またネット上の新しい世界を垣間見た思いだ(e?ビジネスの新しい可能性の一部を)。
これこそ新しい社会の1つの可能性を現している。
ホームページにしろインターネットで毎日が新しい発見の連続である。
確かにネットバブルの部分があることは否定できないが、といってネット社会の方向は事実である。
是非このサイト見てみる事を薦めます。前の頑張ってます!はパソコン教室の練習です。
記念の為残してきます。        http://auction.excite.co.jp/


3357, つれづれに ー閑話小題

2010年06月04日(金)

  * 日銀短観 新潟県の景況感が四半期、ニケ月連続全国最低
 新潟県の日銀短観で、新潟県といえばだいたい中位の上であった。しかしリーマンショック以来、右下がりに転じ、
ついに二期連続で全国最低になったと地元紙が報じていた。 私が地元経済が異常に悪いといい続けてきたが、
過剰反応でないことが実証された。 まずは公共事業天国だったのが、「鉄から人へ」とへ国家政策が変わった。
農業も、輸出産業関連も最悪、日本で一番早く、恐慌の影響をモロに受けているのが実情である。
元もと新潟県人は質素倹約をモットーである。不景気となれば、その本領が直ぐに出てくる。
  * 県立近代美術館には、驚いた!
 一昨日、「奈良の古寺と仏像」展が長岡の県立近代美術館で開催されているので、行ってみた。
期待には反しなかったが、それより初めて入った県立近代美術館の豪華というより、豪奢な建物には驚いた。
半年以上前から、冬と春先を除いて、早朝、電動アシスト自転車で二つの大橋を一周するのが日課になっている。
そのコースの土手にそれがあるが、空気が違うのである。 肯定的にみれば、これ位は市の格からいって当然?、
しかし程度を遥かに超えている。ゼネコンの税金収奪の姿といって過言ではない。戦後バブルの饗宴の建物である
  * 鳩山から管に
 鳩山と小沢が辞任、次は管副総理が首相に決定する。 当初の予定通り。 これで、小沢も選挙に専念できるし、
新しい体制で選挙に向うのはベストの判断である。 管も、果たして一国の首相に相応しいかというと、これまた不安が残る。
しかし鳩山よりはマシか。これだけは、やらせてみないと分からない。民主党が勝利すれば当面の間、思い切った政策を実行できる。
管は参院で勝利すれば非常に恵まれた役回りになる。 ところで私が学生時代にいた寮が、早稲田の理事が自宅の庭の周りを囲むように
25室の部屋を運営をしていたところ。 そこは、民主党の渡部恒造などが寮生だったが、当時も地方出身の政治家志望の学生がいた。
その関係で軽井沢の鳩山一族の政治団体が経営している「友愛山荘」に休みになると、ヘルパーとして遊びに行っていた。 
別荘地の真っ只中にあるため、自分まで、そこの住人になったような気分になれるのが良かった。 当時、鳩山兄弟は、
東大の学生で、鳩山御殿のパーティーのサクラの客として参加したことが数回あった。 当時は弟の方が首相になる人材と、
聞いていた。が、今では人望がないと知れてしまった。 いずれにしても政治家は大変な仕事である。
・・・・・・・・・
2982,超円高社会ー 5
2009年06月04日(木)
* 食料自給率40%は本当か?
 第7章 市場を毛嫌いする官僚システムの罪と罰 ー『食料自給率40%の世論誘導』には驚きである。
 ーその概要をまとめると・・・
著者は、食料自給率40%は農水省が都合よく作りあげたマヤカシの数字という。
農水省の言い分だと自動車の自給率は1%ということになる。 自動車は原料の重量比によって計算をしない。
自動車は出荷額や付加価値で考える。それと全く同じように食料も出荷金額ベースで自給率を計算することこそが、
世界で広く通用している食料自給率なのである。その世界通用自給率で計算すると何と66%なのである。 
日本国内では、カロリーが低く、しかし付加価値の高い商品作物を多く造っている。だが、カロリーベースで計算すると、
故意に無視していることになる。カロリーベースで自給率を算出しているのは世界で韓国と日本だけである。
例えばキノコはカロリーゼロである。『自給率が低いー>これは大変ー>自給率を上げよう』のパターンである。
しかし、この三段論法の二段目が抜け落ちている。自給率が何故高くなければならないか、が抜けているのである。
去年7月の漁船のストは、魚価を上げることが目的ではなく、補助金だったのである。ある業界だけが何故、
特定の補助金が出たのか、不思議な現象である。GDPとは『付加価値』の合計額のことなのである。豚の子どもを親に育てて、
豚の付加価値を与えたものが農業の仕事の筈が、そのところは一切考慮に入れない計算方式である。 
国内で生まれ、大きくなるまで育てた豚の肉でも「エサの90%以上が輸入品だ」という理由で国産にカウントされない。
そのために9・7%になってしまう。それに輸入豚47%を加えると、僅かに5%にカウントされるのである。 
そうこうあらゆる手段で、役人が66%の自給率を40%にするために、あらゆるところで数字の改竄を行っている。 
米の自給率は、実際は108%なのに、この8年連続でジャスト100%ということになっている。
8パーセントは、元々なかったとして切り捨てている。
 ーー
 こんなことを知らされると、読む前まで信じていた「グローバルの時代の自国の食料戦略」とやらも、
何か役人に世論誘導されている実態に、侘しくなってくる。この方式だと、自動車の原材料自給率は1%という。

 ーーー
2618, 消費社会から格差社会へ ー2
2008年06月04日(水)
                        ー読書日記ー
ークルマが社会に与えた影響ー
 車が社会に与えた影響について書いてあるが、若い女性が新幹線や電車の中で鏡を出し化粧をしている理由が、車の中と
混同していることが解った。 新幹線といえば毎年の4月の恒例の姿がある。新社会人の女性が平気で待ち行列で
「うんち座り」をしている姿である。学校の校内の習慣を続けているに過ぎないが、若い女性はひときわ目立つ。
半年で流石に止めるが、それでも半年は続けるのである。これとは関係ないが。乗用車に電子レンジと冷蔵庫が付く時代になった
ということである。内と外の境目が曖昧になっている。そのこと自体がホームレス化ということではないか。
   ーー
上野 もう30年も前のことですが、滋賀県の大津の西武百貨店の駐車場で、車から降りてくる人の調査をしてことがある。
 履物の大部分が{つっかけサンダル}ということがわかった。夏ということではなかった。
 私領域の顔で降りてくる。車は長距離を移動しても私空間を出前する乗り物だということがわかった。
三浦 クルマが人々の潜在心理に与えた影響はすごく大きいですよ。あまりそれを指摘する人はいませんが、
 クルマで育ってしまうと、電車に乗っても化粧をする。「クルマに乗ってると、なんで電車でやっちゃいけないの?」
 っていうことだと思うんですね。 僕もクルマの調査したら、若い男の子がカップラーメンを食いながら 運転していたし(笑)。
 あと信号待ちでマンガ読んでいるんですけど、信号が青になると、読みながらそのままブーンって出すんで驚いてしまいました。
上野 怖え?(笑)。
三浦 もう、なんでもやってますよ。実際、ロサンゼルスの通勤サラリーマンは、朝ご飯を食べ暇がなくて、
 クルマに電子レンジ積んで、テレビディナーを食べながら通勤するらしいですよ(笑)。
 トヨタの「エスティマハイブリッド」っていう車種も、コンセントがついていて電子レンジを搭載できるらしいですから。
山野 ええっ、ホント?
三浦 ですから、電子レンジと冷蔵庫をクルマに完備してあげれば、今の若い子はもう大喜びですよ。
 コンビニが走っているようなものですから(笑)。
上野 "ゴーイング・マイホーム"、つまり「走るわが家」ね。
三浦 そのうち仕事がなくなって、トレーラーハウスに住むようになってね。
 最近、犯罪を起こして人を新聞で見ていると、住所不定・無職でクルマにズットすんでいる人がけっこいる。
  ーー
   アメリカが、既にトレーラー・カーに住み込むプアーが多く見られるという。日本の地方は車がないと生活が非常に不便で、
  一家に一台から、一人の一台の時代に入っている。  これは車がモバイル・ルーム化したともいえる。
  携帯電話にワンセグの機能と、ステレオ機能が付いていれば、充分満足のいく空間になる。
  さらに、コンセントまでついていれば・・・ 家庭など消滅するのは当然のことである。
                     ?つづく
  ・・・・・・・・・・
2007年06月04日(月)
2253, 倒産にも色いろあるようだ!
              ヾ(´∀`o)+。才ノヽ
一昨日、兄夫妻が倒産以来、初めて報告を兼ねて遊びにきた。内面は複雑だろうが、金に追われた困窮の日々から開放され、
さっぱりしたようだ。倒産のマイナス・エネルギーだけは経験した本人しか解らないこと。
傍で見ていて解ったことだが、倒産にも良質か悪質かどうかがある。
 ーまずは悲惨な例からー
幼馴染の兄弟の倒産と、その後の成り行きを数年に渡り身近で見聞きした。倒産直後に弟が建設関係の営業で私のところに訪ねて
きた時、20歳以上も老けた70代半ばの風貌になっていた。想像を絶した経験をしたのだろうが、それそのままが顔に出ていた。
自覚していたかどうかは別だが営業手法として「倒産ネタ」を使っていた。 そのネタなら、どのトップも自ら聞いてくれる、
トップにとって明日は我が身だからだ。しかし本人はつらかっただろう! 彼の話によると、兄の会社の借金の保証人になり、
連鎖倒産をしたという。そして離婚。その後、半年間の引きこもりなど死線を彷徨った後、知り合いの会社の社長に声をかけられ、
営業をしていた。その後、年金年齢になり、働いていた会社を辞めると同時に酒びたり、そしてアル中に近い状態。
一人暮らで際どい日々を送っている。 厚生年金が入るので、生活は成り立っているというが・・ 二十年近く前、婿取りの姉夫婦が
経営していた会社が倒産。それも私と同敷地内の家に住んでいたのでプロセスがまる見え!  生々しい迫力があった。
一度??保証人の封筒を持ってきたが・・「貧すれば鈍する」のが、倒産である。 そのときは母と金を出し合って、整理専門の
コンサルタントの先生に頼んで、後始末をしてもらったが・・その時に姉夫婦の友人・知人の借金の明細のコピーをみたが、
億以上であった。致命傷ではなかったが、??もやられていた・・・人徳というか、長岡的というか、よく貸すよ?である。
私など誰一人として貸してはくれないし、借りる気などさらさらない。
それより、驚いたのは????である。 亡き姉への悪口になるか!  人生色いろある!
ー良質か悪質かは、以下がラインとなるー
・親戚への請け判、借金があるかどうか。         ・高利貸から借金があるかどうか。
・痴呆名士様の世界から脱皮しているか。         ・手形を出しているか。
・夫婦関係が崩壊をしているかどうか。          ・アルコール依存症か女性依存症になっているかどうか。
・事業をしている場合、厚生年金に二人とも入っているか。 ・倒産資金の150万が用意できるかどうかー弁護士費用。
今回の兄夫婦の場合は、全てをクリアー?していたから、良質倒産?である。二人とも厚生年金に入っていて、
義姉は二年後に到達、それまで凌げばよい。厚生年金は法律で守られているから、普通より恵まれた年金生活が保障されている。
今回、聞いて驚いたのが、悪質でない限り法律で手厚く守られていることだ。あとは城下町の陰湿な目を割り切れば、
何ということはない。 そんなものアフリカや南米の土人部落と同じと、割り切っていればよいだけ!
「あちらの方が実際のところ文化度が高い?」それもこれも如何でもよいことであるが、一つ間違えば、明日は我が身。
兄夫婦の件から学んだことは、ー如何にもならなくなったら良質の倒産をすればよい!ー
今の世界は、そして日本は何があっても不思議でない状況であるが、
それが面白い!といっていられるのは、まだ世界同時株安とかが、起きてないからである。
               (*・ω)ノβψε★βψε
・・・・・・・・・
2006年06月04日(日)
1888, 井村雅代
              才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
シンクロナイズド・スイミングのコーチ「井村雅代」という存在を、ある本で知った。
あまりの型破りの指導のため組織から追放され、練習場も失い、選手に次々とさられた。
そのどん底の中から立ち上がり次々と名選手を育て上げていった人の言葉は深い振動を感じとることができる。
 (字数制限のためカット 2010年6月4日)
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2005年06月04日(土)
1523, わたしの酒中日記ー2
    ー長岡殿町         2005年5月31日
今日は父の33回忌の法事である。 法要の席を長岡駅前の『田村』で開く。坊様がまた例の調子で・・・・?
その席で、数年前に亡くなった姉に似ているママのスナックがあるという。今朝、千葉から来た姉と亡き姉の墓参りを
してきたこともあり、その店に行くことになった。姉と兄夫婦と、私たち夫婦5人で行く。18時なのに既に3人も来ている。
ママは期待していたほどは似てはいないが、まさか亡くなる直前の姉に似ているとも言えない。
30分もしないうちにお客で満席である。一時間ほどいて、そこを出る。 千葉に帰る姉を駅に送りながら次の店「ヒロ」に行く。
そこで3時間ほど、全員で歌うが、かなり盛り上がる。年に3~4回ほど兄夫婦と飲むが、いつも盛り上がる。
その後、10年ぶりに一月ほど前に行った「禮」という名のスナックに行く。私以外、初めての店なので冗談で
「ここは、オカマバーだよ!」というと、全員が信じる。少したって気がついたことだが、ママの機嫌が悪い。
他の全員が「オカマバー」ということを信じていたからだ。帰るまでママに徹底的に無視をされてしまった。
家内は何でママが機嫌が悪い理由がわからなかったようだ。そりゃ怒るだろう! とにかく兄夫婦と飲むと盛り上がる。
 丁度0時に帰る。
・・・・・・・
2004年06月04日(金)
 1158, 年金の話
これだけ不景気になってくると気になるのが老後である。そのためか、年金がここにきてクローズアップされてきている。
今年から、58歳を過ぎると年金の予測の数字を希望者に郵送される。半月前にその内容が送ってきた。
こういう時代、明日何がおきても不思議ではない。とくに事業をしている立場上、不安の要素があまりにも多い。
ある日ハイパーインフレがおきて金利が2倍にあがる可能性がある。また、上越新幹線でテロの爆発がおきても不思議でない。
(新潟駅の新幹線のホームでは、各階段に警察官が二人ずつ合計10人近く張り付いている)新潟にアルカイダーの幹部が
一年半潜伏していたとかいう情報があったことと関係しているのだろう。ハイパーインフレやテロで、会社は一瞬で倒産してしまう
可能性を含んでいる。経営者は何も保証されてない立場にあるから、万一のことがあれば明日からの生活に事欠くことになる。
倒産をした最悪の人を何人も現に見てきているから、時々凍りつくような不安に落ちいることがある。 
それが逆にエネルギー源にもなっているが。社会保険センターから送ってきた年金の数字を見て少しホッとした事も事実である。
年金支給が63歳と思っていたが、今回の郵送で60からでももらえることを初めて知った。
・1年7ヶ月経つと(60歳)全く他に収入がない場合で、190万円の年金支給。・4年7ヶ月で(63歳)で、260万円。
・6年経つと、家内の分を加算すると3?0万位という。ー何とか人並み?に生きていけそうな金額である。
家内に説明をすると「丁度よいようになっているのね!」セフティーネットとして、あるとないとでは全く違う。 
こういう年齢になったのだ。
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2003年06月04日(水)
791, 鎌倉がよかった
 林さんに大学の授業が終わった後、鎌倉を案内をしてもらった。家内と私にとって素晴らしい思い出になった。
鎌倉は父方の親戚が駅前で古美術(堀井古美術)の店を開いて、法事などで数回行っていた。
しかし鎌倉の大仏以外は全く未知の世界であった。 今回初めて解ったことだが、鎌倉にも五山があった。
鎌倉時代に中国の五山制度にならって、鎌倉の禅寺に設けられた五大寺をいう。室町初期には鎌倉・京都
それぞれに五山が定められた。その後たびたびの改定を経て、足利義満のとき、五山の上に南禅寺がおかれ、
・京五山として天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺、
・鎌倉五山として第一位 建長寺 第二位 円覚寺 第三位 寿福寺 第四位 浄智寺 第五位 浄妙寺 がおかれた。
 それぞれに深い歴史があることがはじめて解った。
私達が案内されたのが、第一の建長寺と第二位の円覚寺、それと長谷寺と‘あじさい寺’の名で親しまれている名月院である。
全て印象的であった。 その中で名月院を書いてみるとー北条時宗が建てた禅興寺の塔頭の一つだったが、のちに足利氏満の
命令で上杉憲方が時宗の父、時頼の墓所として中興した。1394年上杉憲方の没後、上杉憲方の法名 をとって明月院となった。
アジサイだけでなく スイセン、ボケ、モクレンなど草花の種類も 多い寺である。
それぞれが、味わいのある素晴らしいお寺であった。鎌倉がこれほど良いとは実際のところ知らなかった! 
 昼飯を御馳走になった老舗の中華料理店がよかった。横浜の中華街にある中華料理店の支店として60年前から
営業をしているという。由緒ある別荘がそのまま店になっている高級料亭風であった。中華料理も絶品の味であった。
林さんとでなければ、間違っても入れない店である。 話は変わるが鎌倉でタクシーに乗った運転手が「景気が悪い!」
といっていた。特に今年に入ってから、かなり悪いとか。鎌倉の一人当たりの地元に落とす金は平均700円?
と冗談で林さんが教えてくれた。ウォーキングスタイルにリュックを背負いコンビニで弁当を買ってベンチで
食べるのが鎌倉の一日観光のスタイルとか。 母校の講義と鎌倉の散策、一期一会の素晴らしい二日間であった。
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2002年06月04日(火)
 427,世間とはー3
世間に住む人々を喩え話で挙げてみると面白い! 娑婆の集約の姿であろう。
・まずはー どぶに浮くボウフラ!!
・そしてチンドンヤー自己宣伝に全て注ぎ込んでいる倒産寸前の!!
 ーとくに地方は?痴呆になってしまうのだろう!! 小さい世間の中の地位などの幻想に血眼 ー 痴呆症。
・太鼓もちー芸者と組み合わせ!!!
 -夫婦で、名士に対して夫婦漫才をして売り込む!!
 あの角栄の組織を乗っ取った竹ちゃんも!! ただただ太鼓もちの世間士???
・鳶ー不動屋やマイナス情報を探し回るあの男。
・ガマカエルー王様カエル ノータリンクラブとかに入って偉くなったつもりの人
・宅上犬ー??
世間という心の壁は、自分と他者の問題になってくる。あいまいな甘えの世界ともいえるし、
自分を持ち得ない群集の世界ともいえる。 島国のような固定化社会では、その甘さがお互いのクッションの働きになる。
(字数制限のためカット 2010年6月4日) 
・・・・・・・
2001年06月04日(月)
[41] 20年の通勤
新潟と長岡を20年通勤している。1年に250日*20年=5000  5000*2800円平均=1400万円になる。
マンションの一つも買える。2つの地方都市の30分の新幹線の通勤も悪くない。
仕事と私生活をきっちり分ける事が、より可能になるからだ。長岡と新潟の気質がまるで違う事も見えてくる。
あくまで対比の話だが新潟は鷹揚だ。そして明るい。かつクールだ。反面こと商売という意味の仕事は甘い。
反面長岡はマクロという意味で仕事がいいかげんだ。人間関係‐付き合いとかなにかで誤魔化してしまう。 
長岡で住んで仕事をしていると、陸の孤島の住人の感覚となってしまって当然だ。特に中年から老年に至ったとき毒
(ストレスのヘドロ化)がとっぷりたまらないかと?それなりに知恵で解毒しているはずだが。5〜6年前までに
4回新幹線を乗り過ごした。3回湯沢で泊まった。それぞれにミニドラマがあった。飲んだ勢いで湯沢でも飲むからだ。


3356, 風の画家・中島潔

2010年06月03日(木)

 「風の画家・中島潔“いのち”を描く」
                   ー NHK クローズアップ現代(5月31日19時半〜)
 ーNHKのHPよりー
 日本画壇で異彩を放つ“風の画家”中島潔(67)。NHKみんなの歌などで親しまれたノスタルジーあふれる童画にはじまり、
源氏物語や詩人・金子みすゞの世界を描いた絵などで、国内だけでなく、海外でも高い評価・人気を誇る。
その中島が「生涯で最高の仕事」として取り組んできた46枚のふすま絵が完成。京都・清水寺の成就院で4月末、公開された。
日本画の伝統とは無縁の画家が、1200年の歴史を誇る名刹でふすま絵を描くのは極めて異例。 
中島は、ここで、終生のテーマでもある「いのちの無常と輝き」を表現するため、過去何度も描いてきた
金子みすずの代表的な詩「大漁」を4たびテーマに選んだ。中島が5年をかけてひたすら描き続けた
イワシの大群の絵は、圧倒的な存在感を放つ。「風の画家」が現代に発する「いのち」のメッセージに迫る。
 ーー
 先日、「クローズアップ現代」で、中島潔の清水寺の成就院の46枚の襖絵をみて、息を飲んだ。
日本画とは無縁の漫画的な絵だが、その存在感と溢れ出るエネルギーに圧倒され、その絵について語る画家・中島潔の
言葉の一言一言の思いの深さに引きこまれてしまった。雑誌などで何度か見たことがある画風。その絵の暖かい風を感じていた。
本人の終生のテーマが「いのちの無常と輝き」と、番組で知ったが、それぞれの絵から湧き出してくる明るい暖かさは,
母に対する慕情という。 さらにいえば仏さまの世界とも言える。 それにしても生命感の溢れた絵である。
清水寺が、童画的絵画を襖絵に取り入れる大らかさに恐れ入る。
中島潔が、「金子みすず」の詩を幾つか絵にしていることを初めて知った。
金子みすずの悲しみと、母への思いが、重なっているようだ。  
 この人の画集は、多くは出版されてないようだ。 
 
 ・・・・・・・
2981,超円高社会 ー4
 2009年06月03日(水)
日本国家の財政が破綻しているのは「短式簿記方式のため」という論は知ってはいたが、
この書に明快に表現してあるので、改めて考えてみよう。  
ーまずは、その辺の部分をコピーしてみたー  
 *日本国家が借金漬けの元凶は単式簿記のため
今の政権=自民党+公明党に多額の借金を貸し込んでいるのが、我われ国民である。この政府が抱える本質的な欠陥は、
会計に単式簿記を採用していることである。大福町会計あるいは家計簿方式といってよい。この元では、税収と借り入れを
区別することなく【歳入】と一括りに計上する。国債の利子支払いを、元金の償還と区別も出来ず、国民に対する
社会保障の支払いや公共事業などと一括して【歳出】の一言でまとめてしまう。そういう把握しか出来ない法人なのである。
何故今でも行われているか。理由は簡単。明治政府が発足した時には、日本では複式簿記を知らなかっただけ。
何故に、それを改定しようとしないのか。その方が政権を持っているほうが都合がよいからである。
社会保険庁の帳簿の改竄も、原理的に見抜くことが出来なかったのは、それゆえである。中部国際空港を作ったのは、
トヨタである。 これまでは巨大公共事業は、予算も目標期日もオーバーするのは当然と思われていた。
今の大福帳会計の政権法人が行う限り、ほぼ全ての公共事業が、必ず予算も期日もオーバーする。ところが、
トヨタが引き受けた中部国際空港は、驚くべきことに、目標よりも実際の開港が一ヶ月も早く前倒しされた。
しかも予算は7680億円に対して、実に1000億円も下回り、国民の負担を節約されたのである。 
関西国際空港の惨状を見れば、トヨタの凄腕はいっそう明らかである。関西空港は当初予算1兆676億円に対して、
1兆4582億円と、実に37パーセントもオーバーしていた。理由は他にも多くあるだろが、最大の理由は、
民間企業が複式簿記を採用しており、赤字と黒字の理由を把握する能力が備わったいた点に求められるのではないか。 
ーー
国家とは、この程度のものなのか? 代議士たちが、その方が都合がよいと、この制度を守ってきた?自分達に都合の良い
実態が明るみに出るのが恐ろしいのか? この論だけでは判断できないが、もし本当なら、この国は根から腐っている。 
民主党が政権能力がある無しではない、交代で前政権の不正を叩き壊すことに意味がある。
そのシステムをつくらない限り、明治来の官僚体質も変わらない。
.........
2617, 消費社会から格差社会へ −1
2008年06月03日(火)
「消費社会から格差社会へ―中流団塊と下流ジュニアの未来」
            三浦 展 (著), 上野 千鶴子 (著)
 とにかく面白い本である。社会学部出身ということもあり、その系統の本を40数年読み続けてきたこともあるが 
 最近の格差社会については、非常に興味があった。「下流社会」の著者が対談の一人で、かつ上野千鶴子は私が20代の頃から、
 本を目にしていた。この二人の対談なら面白くないわけがない。 面白そうなところを抜粋して、感想を書いてみる。
・上野が(今の「下流」と言われるコミュニケーション能力の低い、ノイズに弱い若者が出てきたことに対して)
「『日本の保守本流が望んだとおりの国民形成を、あなたたちは3世代に渡って達成したじゃありませんか。
 これこそあなたたちが望んだ結果ですよ』って、『教育基本法改正』なんて言っている自民党のオジサンたちに
 言ってやりたい気分ですよ」
  〜感想ー強烈な皮肉が政治家と現代の若者、それも下流社会の若者に対して言いあてている。
 反面、ノイズの向こう側には彼らの好む音楽などの世界もある。
 これで対人恐怖症とか、トラウマとかいって、社会の面倒な世界を拒否する。
・団塊が中流で、団塊ジュニアは下流。
  〜感想ー これもまた、大方三分の二が団塊世代が中流、そのジュニアが下流である。
 何故、そうなったか、時代がそうさせただけである。
・三浦 「堤清二が破滅型経営者で、西武破綻は起こるべくして起こった。
  〜感想  堤義明は、どうだったか? 似たようなものか。
・{ 中村うさぎ何故ショッピング中毒になるかというと、何ものでもない自分が、女王様になれるから。
 うさぎが、自分のことを『女王様』といったのは象徴的でしたね。ショッピングも、そのものを買った瞬間、
 ガラクタになってしまう。アルコール依存症や薬物依存症と同じ一種の病気として『消費』は「もっと刺激を」
 とエスカレートしていくわけ。渋谷の「109」が「表参道」、「ユニクロ」が「プラダ」になり、
 「エルメス」になっていくのです。消費によって人は王様になれるのです。でも、誰からも感謝されない。
 存在としては必要とされない。それが消費の限界です。 それに気づいた人が、消費以外の何かを探し求めた。
 それが自分探しである。}−上野
  〜~感想ー 突き詰めると、記号の消費でしかないのでは?という見方が面白い。
 「ブランド」というマーク=記号を消費し、王様気分になっている幼稚さ、精神症は、言いえて妙である。
・国家の安楽死説ーグローバリズムで外国人が来てもらわなくてよいようにするには、
 景気を悪くすれば良い。不況になれば潮を引くように自然に居なくなりますよ。逆に言えば、
 外国人が来ている間は、その社会が経済的に魅力があるということです。 そういう豊かな社会で
 育った子供達が競争力を無くすのを別に抵抗することは無い。{平和に滅びていってくれれば」
 というのが私の説です。ー上野
  〜感想ー ここまで書くだけ社会が変になっているのだろう。情報化に適応できないからである。
                                                 つづく
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2007年06月03日(日)
2252, ビョーキな人々探訪記 −2   o(゚∀゚)o オッ ヽ(゚∀゚)ノ ハー
恋愛依存症の人といえば、過去に多く見てきた。 私の知る限り10〜20人に、若いときは5〜10人に1人というところか? 
いや実際は、もっと多いのかもしれない。恋愛依存症とは聞こえが良いだけ、色気違いじゃないかい?
でも、ある時期誰もなってしまうから、他人を責めることは出来ない。これに絞るのも人生、楽しいのだろう。
美人に人間性が良いのが多いのは、女性の職場で確認済み。 例外は何処にもいるが、バランスー平衡感覚は顔に現れるということ?。
とにもかくにも「色気違い」を「恋愛依存症」とは面白い。ヤリマン、アゲマンの凄いのは、何処にでもいるが、いざ自分が
出会ったら腰?が引ける。腰から下はコントロールが効かないから困ったものだ。 しかし出来ないヤツほど、解ったことを言う!
 恋愛依存症など、憧れてしまう! まったく!何ごとも巧くこなせれば、楽しいものだ。負け犬の遠吠えか、悔しいが!
*恋愛依存症の女*
  ::*゚(愛´3`愛)/゚*;;。
ー出会った瞬間に、頭の中で鐘が鳴るー キンコンカン ドッキン(?∀?)ドッキン
島村洋子;恋愛の快感はさ、全肯定の快感なの。もう大好き!何をしても好き!
 ダメなところも好き!君のその汚い部屋も好き!みたいな。  ┣¨キ(*゚д゚*)┣¨キ
中村;言われたことないな。部屋はかたずけろ!とは言われるけど。
島村;それはダメ。相手のすべてを肯定しなくては。あった瞬間に ポッ♪(っω\●)£оvё
 全肯定のドアがバーッと一気に全開する・・・それが恋愛の醍醐味さ!
中村;しかし肯定できない部分があるでしょ。どんな男にも、鼻毛が出てたり。
島村;そんなの、全然。私が切ってあげるわ、その鼻毛ー!
中村:すげぇー、でもさ、人間、恋愛の場数を踏むと、男に対する幻想も薄れるんじゃないの。
島村;うすれないね。だって、それが恋なんだもの!恋は幻想だから。相手は王子様だよ  愛してるょハニー(●≧3≦)王子様
中村;どんな王子様だよ。
島村;私の王子様よ!男って「俺像」を大切にする生きものじゃない?
  その「俺像」の幻想を、私も共有してあげるの。凄い凄い、あなたは凄いと。
中村:つけ上がるんじゃない、男が。
島村;いや、いい男になっていくよ、これが。6段しか跳べない跳び箱も、7段跳べるようになるよ。 
 あげまん効果よ。そうやって男は良くなるし、こちらも幸せだし。 いいことずくめでしょう?
(字数の関係でカット09年06月03日)
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2006年06月03日(土)
1887, 100曲CD
           ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★
最近、100曲CDをたて続けに買っている。3千円前後というのが気楽で良い。還暦の時に祝いで2セット貰ったものを
含めて7セットになる。事務所の数軒先にある石丸電気のソフト館に100曲CDの特設売り場があり、そこが買うか、
Web上のアマゾンで買う。 一年前に(私にとって)高価のコンポを買ってから、就寝時は必ず聞きながら寝入る習慣になった。
コンポの横にセットを置いて順番に聞いているが、寝入り時のクラシックは気持ちを豊かにさせてくれる。
土日は居間に移動してTVの合間にBGMとして聞いている。 クラシックのある生活というところか。
丁度その折、この毎日新聞/文化欄の What’new が正に自分にとってピッタリの内容の記事があった。
小市民的の典型だが・・・ この値段(一曲30円)だからこそクラシック・ビジターでも聴いてみる気になる。
この記事を見て、さっそく6月の21日発売予定の「スウィング100」を買う気になってしまった。
 ー以下は、その記事をネットでコピーしてみたー
 ほわっつにゅう?:100曲CD競争、過熱 各社が発売、伸び続ける売り上げ
 <最新エンタメ事情 What’s new?>
 −−   
レコード店に入って昨年来気になるのが、大きく「100」「200」など数字がプリントされたCDボックスセットコーナー。
東芝EMIが6枚組3000円で発売した「ベスト・クラシック100」で火がついた廉価CDセットは、
他社・他ジャンルにまで広がり、レコード店の大きなスペースを取るまでになった。その裏側は……。  【川崎浩】
 ★昨年の「ベスクラ」から火
(以下、字数の関係でカットー2008年6月03日)
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2005年06月03日(金)
 1522, 将来の不安
将来に対して誰もが漠然とした不安感を持っている。特に激動期において、大きな不安が曇り空のように横たわって見える。
ある哲学書に面白いことが書いてあった。「将来の大きな不安は、現在が不安定である投影でしかない。このことに気が
ついてないことが大きな判断ミスを犯してしまう。将来のことは、現在考えている予測や不安とは全く違うものだ。
いや、明日のことでさえ。問題は現在の不安定が前向きかどうかである。将来の不安は、今の問題の不適合(目をそらしている)
でしかない」という主旨である。
準備を含めると、26歳の時から新事業を幾つか立ち上げてきた経験から、不安に対しては自分を上手くコントロールをしてきた
(せざるを得なかった)。最善を尽くしたつもりの計画を実行するにあたっても、不安はつきものである。
その不安感を、逆にエネルギーの元にするしかない。一人震えていても仕方がない。事前に考えていることと実際は違うが、
その違いに出会った場面でフィード・バックするしかない。いま一つは目標と目的が明確でないことも不安要素になるが、
その信念への揺さぶりと考えるしかなかった。不安になったら、最悪を想定して紙に書き出してみた。
そのプロセスで問題に対して冷静に考えることになる上に、客観視を持つことになる。これはマイナス思考のようだが、
実際はプラス思考になる。問題の中心点にマイナスの視点から突き詰めることになるからだ。とことんマイナスを考えれば、
漠然とした不安を具体的に想定することになる。その過程で、プラスの視点が自動的に出てくる。
それをしないから中途半端のところを行ったりきたりする。そこまで考えてないから不安が出てくる。 
プラス思考と軽く言うが、マイナス思考を背後に持ってないプラス思考は中味は薄い。だから不安感が付きまとうのだろう。
将来への不安感は、現在の変化への不適合の自己逃避がもたらすものである。変化への不適合が将来の不安の問題に
摩り替わってしまう自分の心理を全く気がつかないのが、自滅というカタチに自らを導いていく。将来が不安であればあるほど、
現在の問題の中心点にエネルギーを集中しなくてはならない。 むしろ人によっては自滅も必要な時もあるが。
・・・・・・・・・
2004年06月03日(木)
 1157, 60対10の法則
1昨日、NHKのTVを見ていたらニューヨークの市警が取り入れた「60対10」の法則の取り締まり方法を紹介していた。
「10?の地区を集中して取り締まれば,60?の犯罪を未然に防ぐことができる」という法則を使って、ニューヨークの犯罪を
激減させた事例を紹介していた。 これは「80対20の法則」の応用であろう。20?の要点に80?の要素が集中しているというのを、
もう一ひねりをして10?の要点に60?の要素が集中しているという原理だろう。20?の半分の10%で60?なのだから、
さらに効率的になる。本でいうと、「目次」と「前書き」と「終わり」と、太字と図と箇条書きのところが20?の要点とするなら、
「前書き」と「終わりに」と箇条書き部分が半分の10?としてみるなら、そこに60?が含まれているという見方だろう。
その本によって使い分ければよいことになるが。犯罪のように80?より、60?の防犯の方が現実的なケースの方が良い場合がある。
100?使わなくてはならないケースもあり、ケースバイケースである。80対20という法則だけでなく、60対10の法則もあると
いうことを頭にあればよいが。200?で100?の効率の場合が必要な場合もあるから念のために!
仕事や受験などのように効率を求められている場合、平気でこれをする場合がある。人生はこの場合の方が多いから
困ったものだ。経営もマイナス10にエネルギーを集中して気がつかないから、本当に困ったものだ。誰だそのバカは?自分のこと?
・・・・・・・・・
2003年06月03日(火)
 790, 産能大学講義
何事も経験と、会社のコンサルトをしてもらっている林さんの産業能率大学の授業の臨時講師を受ける事にした。
授業70分のうちの60分が持ち時間であった。場所は新宿より箱根に向かう小田急電鉄で一時間のところにある伊勢原である。
 気楽な気持ちであったが、二日前に講義をいている夢をみた。あまりにも力みすぎ空回りをして一人芝居をしている夢であった。
何処かで緊張していたのだろう。ゆっくり話すのがコツというが、力みを抜く事を忘れてしまって空回りをしてしまった夢だ。
 ところが当日は緊張感はゼロであった。「相手は学生で、実体験をそのまま実感で話せば問題はないだろう」
という気持ちと十分の準備があった為だ。いざ壇上に上がって驚いた、学生のほうが緊張をしているようであった!?
抽象的な話しばかりの授業が多い中、具体的な異様な話に逆に興味を持ってくれたようだ。まあ実務家の話は聞いたことがないから、
珍獣でも見ている気分ではなかろうか。 出席者は50人位で、女学生が半分近くいた。私語をする学生はゼロ、少し居眠りを
している学生が2名いた。講義は先日のレジメどおりに進めたが、カタチ、心観学術態、好きな事を今のうちに見つけて職業に
しなさい、ダンスと歩行、般若心教を暗記しなさい等を話している時は全員の目が光っていた。
「私の人生で得たエキスを誰か一人でも理解してくれればよい」という気持ちが少しは伝わったようだ。
しかし禁止用語も使っていたようだ。また大学で講義など変わった貴重な経験を一つしてみた。そして面白い経験であった。
・・・・・・・・・
2002年06月03日(月)
 426,富豪の館
昨日ラーメン屋で見た週刊誌に、マリナーズのイチローの新しい屋敷が載っていた。2億5千万にしてはプールはなかったが、
豪華な建物だった。南ベトナムに行った時、サイゴンの元南ベトナム大統領府が公開されていた。やはり広大で豪華なものだった。 
その時の説明で、豪邸の条件の話しが面白かった。
 1、映画館を備えている事ーいつでも見たい映画をすぐ見れる状態
 2、プールがあること  3、バーがある事ーホームパーテーが開ける事
さらにヘリコプターの離発着の機能がついていれば、さらによしという。大統領府にその条件が揃っていた。ホームバーと映画館は
一般の家庭に形を変えて入りこみつつある。TVのホームシアターでいつでも見たい映画を取り込める時代の到来だ。 
プールだけは無理のようだ。以前の日本では大きい庭と池と茶室、法事や正月に親戚が集まった大きい部屋だ。
こんなものより自由に世界を飛び廻っているほうが好きというのも、「物より事の時代」のせいか!
・・・・・・・・・・
2001年06月03日(日)
 昨日ホームセンターのムサシの外食部門のやき肉の店の‘赤大門’に行った。
‐大ジョッキーの生ビールとカルビ定食とカルビとロース四品で2100円。二人だから一人1000円あまり!
安いと思った。長岡の郊外に焼肉の店がここで増えた。日本人は誰かがやるとそれに集中してしまう。
焼肉は5〜10年前までは3000円以上だった。それが合理化により半額ちかくなってきたため、新しい客層が増えてきた。
目安のカルビ680〜780円が350〜500円に下がってきた。焼肉や同士の闘いは高額の店をますます追い詰めていく。
‐写真日記に撮ってあります。
−2004年6月3日記ー
先日いったら、その店はもう潰れていた。狂牛病騒ぎでお客が激減したのだろう。


3355, 人みな骨になるならば ー13

2010年06月02日(水)

 * なぜドラマみたいでないのか
これがシビアで面白い。 自分はいうに及ばず兄姉などの人生を覗くと、決してドラマのような人生などない。
そこにあるのは夢も希望もないリアルの人生である。時にドラマみたいなのもあるが、それは喜劇か滑稽な悲劇である。
 ー まずは Pー27から抜粋してみる ー
≪ 前から不思議に思っていることだが、われわれの実人生はどうしてこうもドラマみたいでないのだろう。
なぜ次々に恋愛や心ときめく出会いがないのだろう。これは容姿がいまひとつといった大多数の平均的な人にとって、
そうしたラヴ.アフェアエアは青年期にそれらしいものが二、三あれば御の字で平凡でみすぼらしいものである。
かりに大恋愛の末に大団円を迎えたにしても、そのあとに退屈な毎日がだらだら続くであろう。そのうちヒーローは歯周炎を病み、
ヒロインは亭王の前で平気で放屁をするようになる。もし現実の男女が数奇で劇的な大恋愛に陥っても、かれらの日常をずっと
カメラで追っていけば映画として最悪の作品になること必定である。洗顔歯磨きに十分もかけるし、風呂には二十分も入る。
くちゃくちゃ咀噌し、いきんで排泄する。最悪なのが睡眠で、数時間も横になったままである。絶世の美男美女が演じたとしても、
観客としてとても半時間以上はつきあいきれるものではない。そこで編集が必要になる。 だらだら続く日常性の部分をカットし、
しかも肝心のストーリーがつながるように見せ場だけは拾い上げていく。これを工夫すれば、われわれ凡人の一生であっても
一作や二作ぐらいはドラマ化できないものではない。 映画なら二時間前後にまとめないと観客の集中力を保てない。
ということは七十年の時間から二時間だけをピックアップするのである。しかし、実人生とかリアリティというのは
七十年のほうにあって二時間のほうにはないのである。 だから二時間にまとめられたドラマは作りものであり、退屈な散文的な
七十年のほうがリアリズムなのだ。 活劇や冒険となると、そもそも凡人が経験できないもの、いや経験したくもないものである。
現実の警部補だと担当できる殺人事件は数件か、せいぜい二、三十件どまりで、そのほとんどが単純な激情犯ゆえすぐつかまる。
しかるに小説やドラマの名探偵名刑事たちは数十から数百の殺人事件にでくわし、そのいずれもが奇々怪々な難事件なのである。
しかも、どういうわけか解決する。SFの宇宙船で事故や怪物にでくわさないものはない。フィクションだからしかたがないと言えば
そうなのだが、ノンフィクションやドキュメンタリーであっても編集してあるからには、実人生から遠いこと恋愛物と大同小異。≫
  〜〜
 逆に「なぜドラマみたいでなければならないか」という問いが立つ。自分の人生を脚色して自分を納得したいのが人間の弱さ。
すべて仮想でしかないと冷めた目で周囲を振り返れば、ドラマも何もあったものではない。ドラマはつくりものだが、そっちの方が
現実と思いたいのである。 実際にカントは、対象を認識するのではなく、自分の認識が対象を決めると看破した。
ドラマはつくりもので、ストーリーを主にした抽象画のようなもの。 敢えて言えば主体的に生きていることがドラマみたいに
してくれるのである。だから主体的に生きなけれならない。人生を振り返ると、緩慢だがドラマのようにも思えるのは記憶が
ドラマ仕立てに都合よく変えてくれるから。それでもヘロヘロ・・。精一杯生きていれば、それだけでドラマになると信じたいが。
  ・・・・・・・・
2980,超円高社会  ー3
 2009年06月02日(火)
                      「超円高社会」 水澤潤著 ー読書日記
* 危篤状態の日本の実態
《第5章 政府が破綻しても日本は生き残る》の ー危篤状態に陥った日本政府ー
    が現在の実態を捉えるに解りやすい例え話である。
国民もマスコミも、その深刻な事態の実感が薄いようである。NHKが毎週のように土曜日などのゴールデンタイムに、
特番を組んで報道しているが・・・。頭の軽い、その辺の人が?「マスコミは騒ぎすぎだから消費が冷え込む」とかいうが、
そんな事態とは違う。 明治維新で幕藩体制が終わり、日本という国家ができた、あの節目より大きな変わり目である。
現在の日本は危篤状態の重病人。 そこに急に大嵐が来た中で重病人に、火事場の馬鹿力を出せという。 
そうしないと死にますよという。 しかし、この20年近く、もう力を使い尽くして、重体になっている身。
 その辺を、上手い例え話で説明しているのである。 ( P-112ー )
【 ブライマリーバランスという意味不明の言葉を、おそらく多くの人が耳にしたことがあると思う。
日本政府が「2011年度に回復する」ことを公約として掲げてきていたこの言葉だが、いったいそれが回復すれば、
どんな良いことがあるのだろうか。 国債の発行や支払というのは日本の国家予算の中でも巨額なのだが、
これをとりあえず無視して、税収と歳出のバランス取れる状態をプライマリーバランスがとれていると言う。
だが、こんな説明では、まだほとんど理解不能だろう。 そこで、不謹慎を承知で人間の症状に喩えて説明してみよう。 
重体の患者がいて、下血が止まらないとする。 輸血(新規国債発行)を行いながら、下血を止めようとしても、
下血の勢いが強いと体内の血液量がどんどん減っていく。このまま行けば、ほどなく臨終を迎えることになる。
そこで、親族を呼ぶように指示をするはずだ。危篤状態である。日本政府は今、まさに危篤状態に陥っているのである。 
医師団の緊急治療がいちおう成功して、下血をある程度抑え、輸血量と下血量とが釣り合うようになる状態が、
最初の目標となるだろう。この目標を達成できたら、医師団はホッと息ついて、患者の家族に
「ひとまず危篤状態を脱出できた」と言うはずだ。もちろん依然として輸血は必要だし、監視の目を緩めることは
一瞬たりともできないが、体内の血液量は一定状態を維持できる容態となったのである。
つまりこれがブライマリーバランスが回復された状態なのだ。 ブライマリーバランスの回復を目指すというのは、
危篤からの脱出を目指すということなのである。 輸血と下血が釣り合った状態を目指すことなのだ。
今の日本政府は依然としてプライマリーバランスを取り戻すこともできず、枕元に親族が集まって涙をこらえながら、
「がんばってねアナタ」と呼びかけ続けている状態なのである。
できれば2011年度までには、なんとか危篤状態から脱出したいものですねえ、と医師団は言っていたわけだ。
2011年度に健康体を取り戻そうというわけではない。 退院はおろか、輸血をやめる日すら、まったくメドが立たない。
とにかく三年で危篤から脱出したいと言っているだけである。】ー
 実際は、こんなものではないほど、痛んでいる。 この一現象が1〜3月期の▲15・2パーセントのGDPである。

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2616, サルトルを考えてみる  ー3
 2008年06月02日(月)
ーまずは、あるサルトル入門書に書いてあった、
 サルトル批判と人気衰退の理由の箇所を抜粋してみよう。
 *サルトルへの批判と、忘却の原因とは
サルトルの影響力は、サルトルの死後急速に低下したが、それは「構造主葉」という新しい思想が現れたことが大きい。
構造主義は、スイスの言語学者ソシュールの言語学と文化人類学などが結びつき、1960年代に作られた新しい思想である。
レヴィ・ストロース、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、アルチュセールらがその代表者とされた。
構造主義は、モノではなく関係を重視するところに特徴がある。
またこの思想は、主体(私)としての人間に、たとえば言語のような、関係の網の目としての構造が先立っている、と考える。
構造主義は、西欧近代哲学全体を、主体としての人間を中心とする人間主義(ヒュー・マニズム)として批判した。
またそれは、人間を作るのは歴史ではなく構造だとして、マルクス主義に代表される進歩的歴史主義を批判した。
サルトルの思想は、実存における選択を強調する点で「主体主義」「ヒューマニズム」の哲学とみなされ、
またマルクス主義を評価していた点で「歴史主義」の哲学ともみなされた。
要するに、サルトルは、それまでの古い西欧哲学の代表としてやり玉にあげられたわけである。
構造主義の後には、ジャツク・デリダやジル・ドゥルーズらの「ポスト構造主義」が話題となったが、
サルトルはしだいに批判されるというよりも忘れ去られるようになっていった。
デカルトやヘーゲルの哲学は西欧近代哲学を代表するものであり、批判されながらも古典として今も読まれ続けている。
ところが、サルトル哲学は、古典にもなりえない二流のものとされてしまい、ほとんと読む人がいなくなってしまった。
サルトルは、もう時代遅れの思想家なのだろうか、そして本当にサルトルを乗り越えたのだろうか、
この二つが、サルトルを見直した後の疑問である。 サルトルは「偽の知識人」を徹底的に批判した。
「偽の知識人」は普遍性の番人を自称し、高みから大衆を導く気になっているが、個別的などの戦争を停止させようとせずに
ただ一般的な平和の望む、などという。 彼らは植民地の人たちを人間以下のものとして排除することで成り立っている。
こういう知識人の問題は、我々の問題である。 閉じた場所の外へ、世界へ関係するとき私たちは真の知識人になるのである。
 ーー
以上だが、この批判を読むと、サルトルは時代遅れの鼻持ちならないフランス人と切り捨てられるのも解る。
人間を作るのは歴史ではなく構造だと主張し、西欧近代主義=白人中心主義自体ということを看破したした構造主義の土台に
なったことも見逃すことはできない。 現フランス大統領サルコジが、サルトルのマイナスの現象とみることも出来る。
 30数年ぶりに、サルトル入門書を数冊読んでみたが、現代にも十分通じるところがある。
果たして、サルトルを現代社会は乗り越えたのであろうか? NO!であることだけは事実のようだ。 
  構造主義と、ポスト構造主義について、今度取り上げてみたい。
・・・・・・・
2007年06月02日(土)  
2251, ビョーキな人々探訪記  ー1    才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪
             ー読書日記ー
 「変? ビョーキな人々探訪記」 著者・中村うさぎ・扶桑社
またまた「中村うさぎ」である。買い物依存症の中村が、他の依存症の人と語る、際どい話である。
この変な人が、それに劣らないほどの変な人の病巣を浮き上がらせる。やはり両親、特に父親との愛情不足の問題がある。
色いろ反省することが多い。両親から愛情をたっぷり注がれたわりに子供には?等々・・・
ーまずは、その目次からー
*私たちって「変」ですか?うさぎと語る12人
ー目次
(字数の関係でカット09年06月02日)
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2006年06月02日(金)
1886, 友、遠方より来るー2
              (。・ω・)ノ☆゚+.オハヨゥゥゥ
訪ねてきた友人と話していて、37年ぶりの忘れていた昔のエピソードの中に、若い時の自分の姿が垣間見ることができた。
若いときは神経質で、プライドだけは高くピリピリしていた。振り返ってみると、家庭環境が大きく自分を支配していたのが解る。
自由になるということは、家庭環境などに植えつけられた価値観や思い込みから解き放たれることである。
一生かかって、その壁を乗り越えるのが人生である。前にも書いたが、中学の担任の先生が停年退職の祝いの同級会の二次会で、
私に悩みを打ち明けたことがあった。 「俺には、俺の人生がなかった!」と。昔の学生時代の友人とのエピソードの中に、
当時はまだ支配されていた両親の価値観や躾などから発する喜怒哀楽などに、その壁を見ることができる。
私の記憶には全く残ってないが、その友人が言うには、「欧州旅行時に、船の甲板でセーターを私から借りた。
そして返そうと手渡したら、烈火のごとく怒った。‘たたんであったセーターを返す時は、たたんで返すのがスジだろう。
それを、そのまま返すのは失礼じゃないか!」 と。今なら、まあいいや!位にしか思わないが、10才位までの家庭環境が
10人の大家族のうえに、従業員が7~8名が住み込みでいた。そのため人に対する気配りを幼児の時から仕込まれていて、
金の貸し借りは厳禁、ものの貸し借りも非常に厳しく制限されていた影響が残っていたのだろう。当時も25人の寮生活をしていて、
他人に対する気遣いが要求されていた。合気道というクラブにも入っていた。当の本人(友人)は集団生活などしたこともなく、
友人から怒鳴られたこと無かった。「その時、初めて相手に対する気づかいを教えられた」という。それ依頼、
現在でも他人に対する気遣いの教訓にしてきたという。「ふーん、昔から怒りっぽいかったのだ。それと、躾がチャンと
身についていて、知らないうちに友人に押し付けていた」と、改めて思い知った。しかし当時、島田の彼の家に泊めて
もらった時のこと。朝食を食べている時に、箸を持った手で味噌汁の御椀を持ったら「何で、そんなミットモナイことをするのだ」
と怒鳴られたことがあった。私の家では、箸での引き膳などに対して注意されることはなかった。それぞれの家庭文化があるのだ。
それは結婚した時に、互いに実感することであるが。寮生活でも、全国から集まっている多種の人と共同生活をしていると、
それぞれの人の背後にある家庭まで見えてくる。そして異種の人との軋轢が、現在になって勉強になっていたと恩い知らされる。
その点で軍隊生活の経験も必要ではないだろうか。 変な洗脳がなければ、の話だが。
        (o´・ェ・`o)ノ♪ バイバイ!
・・・・・・・
2005年06月02日(木)
 1521, お人よしニッポン
昨日の産経新聞4面の「北京春秋」というコラムーお人よしニッポンーというコラムが、言いえて妙で面白い内容であった。
日中関係の悪化のおり、この紹介してあった小話が「日本人のお人よし」を旨くあらわしている。
先日書いた、『知らないことを知らない恐ろしさ』に内容は通じるが!
 その内容とは。
ー小話ー1
「・アメリカ人は殴りたい奴を殴る。  ・イギリス人は殴られている奴を殴る。
 ・ロシア人は殴られたら殴り変えす。 ・中国人は殴られたら抗議する。
 ・日本人は殴られても愛してしまう。 ・中国人は殴られなくとも抗議するというところか」
ー小話ー2
「六ヶ国協議で日本人がトイレに立った後の会話。
・中国「日本を本気で怒らせようと思っても難しい。潜水艦で領海を侵犯してもおこらない
・韓国「独島を占拠しても怒らない。」
・ロシア「北方領土を占拠し続けても怒らない。
・北朝鮮「なら俺がミサイルを撃ち込んでみようか。」
・アメリカ「よせ、もう60年前に原爆をうちこんでみた。」
 まあ強烈な皮肉の小話だが、今の日本の弱腰の外交を そのまま言い表しているようだ。
 まずはアメリカの属国であることを直視すること。
 そして今後も属国であり続けるのか、真の独立を図るのか? 前者を選択をしているのが現状である。
  現在の事態では真の独立は無理?!
・・・・・・・・
2004年06月02日(水)
 1156, 世間とはー4
「世間さま」という、我々を取り囲んでいる妄想について何回も書いてきた。世間とは、いつの間にか自分で作りあげてきた
「バカの壁」でもある。といって、日本のような島国では、どうしてもお互いに気を使いながら藤沢周平の「海鳴り」の中で、
ある商人の世間に対する気持が正直に書いてあった。作家は、世間というものを鋭く観察するものと感心をした。
私の世間感とほぼ一緒である。それぞれの世界では、世間の妄想とはこんなものだろう。
ーたしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。
世間は時には悪意をむき出しにして襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来たのである。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。だが善意の人も、一たん利害が対立すると、
手のひらを返したように悪意に満ちた中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。つまり、と新兵衛はそのころ
思ったものだ。無償の善意などというものを世間に期待するのは馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、
隙があれば足元をすくおうとしていると覚悟をしていた方がいい。それが、どうにか自分の才覚でまわりと折り合いをつけ、
自分自身も人の足をすくうような真似をして、きわどく世を渡っているうちに。商人である小野屋新兵衛の身に
ついたようなものだった。その中で得た一番の教訓は、人に弱味を見せてはならないということだった。
世間に侮られず、憎まれず世間を渡るということは難しいことだった。だがかりに憎まれても、根性さえしっかりしていれば、
商いが潰れるようなことはない。同業に憎まれながら大きくなった須川屋嘉助のような例もある。 
須川屋は人の思惑など屁とも思わず憎まれれば反発をしてコワモテの商いをして、ついには誰も手がつけられない大物になった。
だが、人に弱味をにぎられ、侮られるようになると、商いもお終いだった。
人の弱味をにぎり、侮る側に回ったときの世間が、いかに残酷に振舞うかをみてきている。
・・・・・・・
2003年06月02日(月)
789, 東京見物
この二日間、東京と鎌倉に行ってきた。まずは初日の東京見物の話。さっき帰ってきたところだが、「新潟と地球の僻地」
を行ったり来たりしていた世界とは少し違う。一泊二日で約16000円の東京宿泊パックである。新幹線とホテルのパックで、
ホテル代が無料ということになる。指定された列車で二人以上という条件がつくが安い。日曜日の8時45分の新幹線で出発する。
家内は上野で降りて、息子に会いに行く。私は東京駅近くの八重洲ブックセンターに行く。13時の待ち合わせまで、アッと
いう間に時間が過ぎる。よくぞこれだけ面白そうな本があるものと驚く。その後、家内と丸ビルに行く。思ったより落ち着いた、
奇をてらってないのがよかった。そこの和食のランチが1800円と高いが、それを感じさせない店であった。
そして日本橋の三越本店に行く。 店員の多いのと、催事場の人の多さに驚く。それと年配ー60歳から80歳が8割がたであった。
17時半より、はとバスに乗る。20数年ぶりのハトバスである。新宿の高層ビルの54階での食事と、お台場をまわるコースで
7500円である。50人以上の定員に12名の乗客である。世界の刺激の強いところばかり行っていた為か喩えると、
薄いコーヒーをクリープをタップリ入れて飲んだ感覚であった。お台場も雨上がりの為、何ともいえない趣があったが!
それより、新宿のパックの指定されたホテルが見つからず、危なそうな場所をさ迷ったほうが刺激的であった。
ポイントを効率的に回った!のがよかった。
・・・・・・・・・
2002年06月02日(日)
 425,父・堀井誠作のことー2
・女性の噂の全くない非常に真面目の人であった。家庭人としてこれが一番の基本である。
・非常にシャイなところがあった。
・商売では非常に厳しし反面、それを離れるとやさしいところがあった。 これは自分で心がけているが、
 営業を狙ってくるタイプはその隙を狙ってくる。 年内にその整理に入る!!!!ーこれは自分の話しか!
・その時々の時代に合わせて仕事を変えていったのは、最も学ぶ事であった。
・仕事も私生活も、楽しむ事が基本にあった。これも両親からの最大の教えである。
・宗教に関しては、ごく普通の仏教徒であった。 特に法事などの仏事に関しては非常に大事にしていた。
 (字数の関係でカット2010年06月02日)


3354, 高校生でもわかる日本経済のすごさ  ー2

2010年06月01日(火)

      「高校生でもわかる 日本経済のすごさ」三橋 貴明 (著)
 ー P−22 に、国民の家計を例にして、その辺を分かりやすく書いてある! ー
 話に現実感を持たせるために、現在の日本の状況を、ある一家に讐えてみましょう。世界一のお金持ちの家庭(日本国家)では、
旦那さん(日本政府)が974兆円もの大金を借りています。しかし、別に外部の金融機関などから借りているわけではなく奥様(家計)
から借りているのです。しかも、旦那さんはちゃっかり467兆円ものお金を、へそくりとして蓄えています。 この家の奥様は、
個人としては世界最大の金持ちで、純資産額が1058兆円にも達しています。 結果、この家庭は「家族としての純資産額が
243兆円もの規模に及び、この金額は家庭の純資産としては世界最大となっているのです。家の中で、最大の稼ぎ手である長男
(非金融法人企業)が最近、今一お金を稼いでこないため(法人税が減少している)、仕方なく旦那は自ら一家の支出を工面している。
とは言え、実際には奥様からお金を借りて、やりくりしているだけなのですが。しかも・その支出は基本的には旦那さんの
家族のために使っている(定額給付金や公共事業など)のです。 家族みんなが旦那さんからお金を受け取り、それを税金といった
形式で再び旦那さんに渡したり、またまた国債という形で貸し付けたり・・ と、家庭内で、お金のキャッチボールを延々と
繰り返している仕組みなのです。家庭内で様々な形でお金の受け渡しを繰り返してはいるものの、家としては世界一のお金持ち。
これが現実の日本の姿なのです。
 ――
 何度か、この例え話は聞いたことがあるが、「スナックに金持ちが入ってきたとして、それでスナックが豊かになることはない」
とか、「大借金を持った人がいたところで、スナックの借財が増える訳でない」というのもわかる。 要は国民が金とか現物の投資、
そして外国の国債や株に逃げないことが前提である。飽きれた子供や奥さんが何時の間にか預金を下ろして、他に移動する
可能性がある。この家は、他に二百数十兆の預金が外国にあるという。但し、この家の親父は暴力団に脅されて500兆ほど
大事そうな借用書と交換に貸し付けているという。  普通の家庭の」平均総資産が3500万あるが、借金は半分ほどある。それを、
どう見るかである。ただし、預金も、ある日(二年後)価値が半減する可能性がある。「氾濫する川辺の家の家族」かい。
・・・・・・・・
2979、不況景色 ー11
 2009年06月01日(月)
  * 今日、GMが倒産というが
・日ごと不景気が深まっている。今日、世界最大の売り上げを70年以上続けてきたGMが倒産する。
 GMといえばスローンである。 GMの社長として、20世紀において最も大きな影響力を発揮した経営者の一人。
 経営者としての在任期間で、最大の競争相手であるフォードを打ち負かし、GMを世界最大の自動車会社に育て上げた。
 この辺のことはスローンの「GMとともに」という著書に書いてある。学生時代に読んだが、ドラッガーの著書の中でも
 彼は何度も取り上げられている。そのGMが瞬く間に倒産というから感慨無量。
 アメリカの大手金融機関の大部分が実質、国家管理というし、クライスラーも倒産している。
・昨日の朝のニュースでは、新潟市の万代橋の近くのマンションが完成直前の5月29日に会社更生法を申請した。
 一部上場のジョイント・コーポレーションだが、140室の24Fの目だつマンションである。建設業者は奥村組。 
 現在、政府が緊急融資など目先の金融緩和で一時的に凌いでいるが、それも何時まで維持できるかわからない。 
 金曜日の19時過ぎに長岡駅裏にある全国チェーンの居酒屋・庄屋の前を通ったが、50人位入るフロアーに
 お客が一組しか入ったなかった。 給料後の月末の金曜日である。
・NHKで土曜日の朝10時に、これまで「アーカイブス」で放送された、この20年間分の幾つか放送していた。 
 更に、夜は8時からは「追いつめられた中小企業と地方銀行の姿を追う 「追跡 AtoZ倒産危機、
 銀行の決断ー融資を巡る攻防に密着、貸すか貸さないか」という、土曜日のゴールデンタイムに放送するに
 そぐわないシビアなドキュメントを放送していた。それだけ景気が深刻なのである。日本経済の全体の30パーセントがダウン、
 失業者が【雇用調整助成金対象者数】253万人は本来なら失業者にカウントされるべき人数。これを加えると
 何と失業率は8%になる。 これに秋口に再び始るパンデミックを考えると、気持ちは暗くなる。
 100年に一度の経済恐慌と一口に言うが、その実態が具体的に、これから10年にかけて姿を現してくる。
 それが、誰も直前になるまでわからないから、社会不安が大きくなる。 サバイバルの時代である。
・・・・・・・・・・
2615, 東京湾 漂流死体は語る 2
 2008年06月01日(日)
  「東京湾 漂流死体は語る」?読書日記
                   海上保安庁 岸善朗著
 漂流死体の身元や、死因を調べていくうちに、あまりに悲しい気の毒な理由を知る。
世の中は、一度道を踏み外すと過酷な人生が待っている。その中で最も悲惨なケースを抜粋してみた。
アルコールとギャンブルで狂った男の犠牲者の母娘のケースである。正視できないとは、こういうことか。
ーー
巡視艇が死体で揚収した女性は生前、荒川の上流にある土木工事現場の飯場で働いていた。
粗末なプレハブの寮で、十九歳になる娘と共に住み込みの賄い婦をしていた。亭主がどうしようもなギャンブル狂で、
競輪にうつつを抜かし、当時山谷と呼ばれたというところに寝泊まりをして、ほとんど妻や娘のもとに寄りつかない。 
しかも、競輪で金をすっては、すってんてんになりにっちもさっちもいかなくなると決まって妻のところに舞い戻って来た。 
そして、駄々っ子のように金を無心。酒に酔っては妻と娘は、そんな男から逃げ回るように関東近辺の飯場を転々と渡り歩いていた。
そして、幾多の流浪の果てに、辿り着いたのがこの飯場だった。二人にとってここは束の間の安住の地であった。
しかし、二人はすぐに男に居場所を突き止められ、探し当てられてしまう。そのたびに男は妻と娘に金を無心し、
それが叶えられないと容赦なく暴力をふるった。 娘は十九歳で精神障害者。母親が飯場の賄いの仕事だけで稼ぐ金は
たかが知れている。娘はやがて寮の近くの精神障害者の人ばかりを雇う縫製工場で働き始めた。
その娘が稼いで入るなにがしかのお金と、飯場の賄いで得る僅かな賃金とが、二人の母子の唯一の生活の糧だった。
妻と娘は最低限、雨露をしのぐ場所を与えられ、飯場では男たちに混じって自分たちの食事も一緒に食べさせてもらうような、
そういう困窮の生活を続けていた。その夜も男はやって来た。世間からは今や相手にされず、酒を呑んでは金を無心し、
どうしようもなくなると妻の髪の毛を引っ張り回すなど暴力を振るった。ギャア、ギャア、と悲鳴をあげながら逃げ回る母を、
追いかけては殴る蹴るの乱暴をはたらく父を、娘はどんな思いで見ていたのだろう。飯場の同じ屋根の下に暮らす住み込みの
料理人の老婆だけがその光景を目撃している。その夜、母と娘はどんな思いで飯場の寮を出て、どんな思いで川辺までの道を
歩いていったのだろう。生きる望みもなく夢もなく希望もなく、どんな言葉を二人は交わしながら川辺の道を進んでいったのだろう。
妻は、もうこれ以上、男から逃げきれないと観念したのだろうか。 娘には心を動かす好いた男の一人もいなかったのか。
母と娘はどんな気持ちで冷たい川の中へと入っていったのだろう(二人の死体からは、一切の薬物反応も検出されていない)。 
それを思うと、この母と娘が不憫でならない。川辺には二人の靴と娘のクリーム色の色槌せたビニール製の鞄とが残されていた。
数日後、地元の警察が、二人の靴と娘の鞄とを発見した。鞄の中には、娘の勤務する町工場の給料の明細書が印刷された
茶封筒が入っていた。娘の遺体は、荒川の上流の岸辺に引っ掛かっているところを発見され、警察に揚収されたが、
母の遺体は娘のもとを離れ、荒川から東京湾へと流れ出て、はるか川崎の沖まで漂流していたのだった。
ーー
心中したことを、この亭主に言っても、ただ頷くだけで無反応だったという。
 ただただ、人間の性の奥底の暗闇が恐ろしく心に響いてくる。 ただ、二人の母娘に合掌である。
・・・・・・・・・・
2007年06月01日(金)
2250, 耐震偽装 ?6
            (@⌒ー⌒@)ノおはよ?         
検察の権力への傾斜は仕方がないが、「見せ金」で逮捕は異常である。
それも権力者擁護の露骨な尻尾振りの姿は、自らの存在意義を忘れた憐れな哀愁さえも感じとれる。
税務署員が自らの成績を上げるための、あの醜悪な行為に酷似している。
この一連の常軌を逸した行為は、歴史に残るスキャンダルである。 安部は間違いなく短期で消滅する! 
憲法など、おこがましい!  最近は死語になっているが「チャンチャラおかしい!」が、ピッタリの言葉である。 
小泉の政策は大筋で果して正しかったのか?  それとも間違っていたのか?
ーー
Pー420
僕を担当した上島検事にお聞きしたい。「アパの物件の構造計算書が改竄され、地震力が低減している。
大規模な地震が来たら倒壊の可能性がある。ヒューザーの場合と同じだ。それを、国土交通省は、意図をしてやったと
証明できないなら偽装とはいえない。よって発表しない、といっている。でも、意図しようが、しまいが。
改竄も偽装も同じ。低減は低減、犯した罪はゆるされないんじゃないですか?
それに、そもそも意図したとか、しなかったとか、誰が判断できるのですか?国土省のコメントは正しいのですか」
今、この日本で、アパの偽装物件を糾弾するのは、イーホームズが消えた中、もう僕個人しかいないのかもしれない。
僕はイーホームズの創業者として、その代表として、スタッフが発見したアパの不正を伝える。
(字数制限のためカット2010年6月1日))
・・・・・・・・
2006年06月01日(木)
1885, 友、遠方より来る
            おっ w(゚Д゚)w ハァョ?  
一昨日、静岡の島田市から学生時代の友人が遊びに来て一泊していった。
37年ぶりにジックリとそれまでの人生を話あったが学生時代の友人はよいものだ。
午後は新津のフラワーガーデンと、北方博物館、福島潟を案内、夜は新潟駅前と古町で一時過ぎまで飲む。
昨日は車で弥彦まわりで長岡までドライブをしたが、親会社の重役が亡くなったと電話が入り、早々帰っていった。
来年のゴールデンウィークに、今度は私が島田に遊びに行く約束をした。あの辺りは、東海道53次の幾つかがあり見所が
あるようだ。39年前に欧州に同じグループで行って知り合った友人。一ヶ月の共同生活は、数年間の下宿生活と同じ位の
親しみをおぼえる。トヨタ系の部品の関連会社の子会社の社長をしている。やはり欧州友達の深井氏が10年前に
亡くなったことを知らなかった。彼が言うには、東京から名古屋までの東海ベルトラインは好景気という。
その地域を除いた地方は酷い状態ということが一つピンとこないようだった。
実際に飲み歩いた店に殆んど客が入ってないのをみて少しは理解したようだ。
現在考えてみても、多彩な友人に恵まれていた学生時代だった。丁度、昭和40年代前半で高度経済成長期の真っ只中であった。
「学生時代の自由な時間の中で何をどれだけ学んだか、そして多くの人と議論できたかどうかで、人生は決まる」。
人生を振り返って高度成長期に青春真っ只中に重なったことは幸運であった。
島田の友人と会ってみて、つくづくそのことを実感する。この再会も一期一会である。50歳を過ぎてから何ごとも、
そのの気持ちできたが・・ 彼を見ていて、「人生にはつきがあり、ついている人はどこまでもついてまわるもの」と思った。
何代も続いた環境から身についた人間性と、情報と、生活環境が、運をつくる。
できうることなら、つきのある人間とだけ付きあうべきだ。ツキのある人間になれるか?般若心教を暗記するとよい!というが・・
それか「自分はついている!」を口癖にするとよいというが・・・
親は子供の鋳型というが、鋳型の悪いのはどうしようもない?   (*^ワ^*)iバイ
・・・・・・・・
2005年06月01日(水)
 1520, わたしの酒中日記ー1
「酒中日記」という、色いろな文筆家の飲酒に関わる切口の随想を読んで、わたしの酒中日記を書いてみたくなった。
過去のある日を飲酒を切り口として振り返って、その時々の背景を見るのも面白そうだ。
そのカジュアルな酒場の思い出の中に、その時々の心情が思い出される。前後の脈絡なしで、ただ思いつたまま書くので、
過去の時空を気楽に飛び回ることができそうで、書いていても面白くなりそうだ。振り返ってみて、酒席で多くの失敗を重ねてきた。
私の人生はその繰り返しといってもよい。それでも、致命傷を負わなかったのは?不幸中の幸いである。
といってアル中だったわけではない? ところで、何処から書くか迷ってしまう。あまりに美味い酒とホロ苦い酒を多く飲んできた。
いや面白い、楽しい酒を飲んできた。一期一会と思って飲んできたから、美味い酒だったのだろう。
年代を入れ、月日は某月某日で書くつもりである 。 まずは、直近から。
ーー
ー長岡殿町
2005年4月某日
今日は月の恒例になっている酒友との飲み会である。長岡の飲み屋街では、ほぼ行く店は決まっている。
 (字数の関係で中間カット09年06月01日)
ー後記ー
このテーマは当分続くが、何が出てくるか自分でも解らない。 酒場は人生の縮図である。
・・・・・・・
2004年06月01日(火)
1155, 「しつけ」の話
一昨日は父の命日であった。 今から思うと、父は厳しい人であった。
特に、共同生活と金銭の卑しさに対しては異常なほど神経質であった。昔は何処の家でも、多くの厳しいしつけがあった。
毎日の生活は「しつけ」という言葉の刷り込みで、ほとんど決められていた。
それが良いのか悪いのかは別として、多神教の宗教の日本にとって、宗教的戒律が曖昧であるから、
生活規範があったのだろう。欧米では躾をこどもの時に徹底的に叩き込むという。日本でも以前はそうであった。
中学・高校野球部の優秀な監督が、新任して先ずやることは「躾の徹底」である。
新入社員教育をしていて、タダタダ驚くばかりである。しつけが殆ど入っていない。
それでも、それを隠して入り込んでくるから敵もさるものである。両親が躾ができないのだ。
学校も、親の家庭教育が全くなってないことを知り尽くしているため、初めから躾を入れようとしない。
社会常識や躾をする役割が今では会社の場になっている。しつけの言葉が色いろあった。
まっとうの家庭なら、当たり前に親が子に教え込んでいるはずなのだが。それが全くされてないから困ったものだ。
・弱いもの虐めをするな!       ・ご飯粒を残しては農家の人に失礼だ。
・嘘はつくな
・自分の事は自分でしなさい      ・大人の話しには口を出すな
・玄関の履物は揃えなさい       ・早起きは三文の得
・敷居を踏んではならない       ・他人の陰口はいうな
・贅沢はするな            ・見栄を張るな    
  等々書けばいくらでもある。
・・・・・・・・・
2003年06月01日(日)
788, 産能大学ー講義レジメ
  ー来週の産業能率大学ー講義のレジメと一部内容である。
1、ペガサスの軽い説明と、チェーンストアの現状  2、現事業の立ち上げの戦略とプロセス
3、創業とは、創造とは  4、もし私が、今あなた方であったら、最優先で何をするだろうか 5、現在の景気について
  ー「ペガサスクラブ」について
チェーンストアを束ねているコンサルタント会社である。40年前に、日本にも新しい流通経路をつくる為にアメリカの
チェーンストアに学ぼうとしていた。ジャスコやヨーカ堂やダイエーの創業者達が、読売新聞の記者をしていた渥美俊一の
もとに勉強会を作った。それが発展して、コンサルタント会社の「ペガサスクラブ」が出来上がった。
私自身、設立の年にジャスコに入ったが、一年で辞めて産能大学の二部に籍を置いていたことがある。
その後金沢の衣料チェーンの「いとはん」という会社に一年半在社した。その会社もジャスコの偶然だが傘下に入った。
そういう経験を含めて、チェーンの内部からそのシステムを見てきた。また会社設立から「ペガサスクラブ」に入会した。
 ー現事業の立ち上げについてー戦略とプロセス
・スペシャリティーホテルを当時、日本で初めて創った。 オールシングル  統一料金  ロープライス
ー創業ー創造について
 カタチつくり (カ・カタ・カタチ)   カー神・発想  ター田・型  チー血・エネルギー・道
ーもし私が、今あなた方であったら、何をするだろうか
 人生のトータルデザインを創る  ホームページを作成する
 資格を取る           哲学を学ぶ       世界を旅をする
ー現在の景気について
 もうよくなることはない  軟着陸をどういうカタチでするかのレベル
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2002年06月01日(土)
 424, 父・堀井誠作のこと -1
一昨日は父が亡くなってまる29年経つ。早いといえば早いし、永いといえば永い年月だ。
父の供養も含めて少し父のことを書いてみよう。
・典型的な明治人で長岡商人であった。
・私が父の44歳の時の子供であり、父に間接的だが溺愛されていた。
・数代続いた骨董品屋の2代目で、父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
 当時の長岡では3?5万が一応資産家の目安だったというから、 もともと裕福な家だった?
 私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。 その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。 しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
 古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。
以前父のことを書いた文をコピーしておきます。
ーーーーーーーー
ーH0505小説のような本当の話!ー
 (字数の関係で中間カット09年06月01日)
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2001年06月01日(金)
 言葉の トリック
宗教家とか占い師そして政治家がつかう言葉のトリックに次のような方法がある。
宜保愛子がこの方法を多用していた。
1.あなたは悩んでいますね。           2.あなたは転換期にありますね。
3.???ははしゃいだ後落ち込んでいますね。  4.小さな動物を殺した事がありますね。
5.近くに水がありますね。ーーーー花が近くにありますね。
6.恋愛に悩んでますね。?若い女性にすべて当てはまるからだ。
これを三十?四十位使いこなせば占い師か宗教家になれる。こういう笑い話がある。
占い師がある男に子供が2人いますね?と聞くと、‘いや3人だ’と答えると‘そうあなたが思っているだけです!’
人間は自分自身の言葉のトリックに身動きできなくなっていることが多い。 宜保愛子があるTV番組で。
・玄関に花か花の絵がありますね?
・右に回ると居間で左が仏間か物置になっていて、居間の左が台所でーーと延々と続く。間違えると首をひねりごまかす。
ほぼ私の自宅と一緒であったのに笑ってしまった。
これに私立の探偵かスタッフに外観か玄関を覗き見れば当たって当然。さすがに最近は出なくなった。
 < 過去  INDEX  未来 >


3353, 何で25坪の店に6人の従業員?

2010年05月31日(月)

  一昨夜は、長岡駅中の鶏料理店「鶏陣」に行った。25坪ぐらいの店に男5人、女1人、合計6名の従業員。 
首都圏など人口密度の高い好立地なら別に不思議ではないが、地方の駅中の鶏専門店で異様な多さ。 
ガラスばりの向うに見える厨房が異常に大きい。 焼き鶏弁当、鶏肉の炒め、鶏ハルマキ、ビール2杯に、酒一本で、
二人で4000円なら安い。 土曜の17時半にしては客が少ない。 また隣の「朝日山」より従業員がなぜか多い。
そこでHPをみたところ30店舗ほどのチェーン店。 一晩寝て起きて、同じ駅中にあるファーストフードと惣菜販売コーナーに、
焼き鳥販売店があったことを思い出した。週に一度は隣接しているスーパーで酒の肴を買ってるから前を通っている。
ただ、高いから一度も買ったことがなかった。 そこで改めてHPをみたところ、店名は「鶏せい」と違ってはいたが、同じ系列。
思ったとおりであった。 100メートル離れている居酒屋の厨房がセントラルキッチンを兼ねているのである。
焼き鳥店の店頭で焼き鳥の販売をしている店を見かけるが、駅中の至近距離に飲食店と販売店を効率よく運営していたのである。
厨房が店のわりに大きい理由は、そこにあったのである。
 その隣にある「朝日山」に先々週に入ったが、ここは以前からある店が移転開店をした店。10年以上は入ってはなかったが、
酒造メーカーの朝日山の直営店で、直送のため酒そのものが美味しいのを売りにしている通向きの店である。
こういう時代には、何か仕掛けがないと経営は難しい時代である。そういえば、新潟駅に隣接している再開発のビルに
1Fで蕎麦屋、2Fでスナックを経営している人がいるが、これは関係ないか? 2Fは居抜きの店だから何とかやれるのだろうが。
個人経営の飲食店は、どうしても進化が遅れてしまう。 だから代替わりを繰り返すしかない。

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2009年05月31日(日)
ゆれる雇用・日本の20年間
NHKの「アーカイブス」で放送された、この20年間の〈ゆれる雇用・日本の20年間〉を幾つか放送して、金子勝などが
検証する番組である。1993年、2001年、2006年、2009年と再放送をしていたが、後半になるほど、内容が深刻度を
増していくのがわかる。 その都度、自助努力というが、その言葉が空しい。ここで再放送されていた4回分全てを
過って見ていたが、改めて時系列に連続して見せつけられると、日本衰退の姿が赤裸々に見えてくるようだ。
  ーまずはNHKのHPの、この番組の紹介からー
バブル経済が崩壊して以降、私たちを取り巻く雇用環境はめまぐるしく変化してきた。
終身雇用、年功序列という働き方は最早当たり前ではなく、パート・フリーター・派遣など、
必要な時に、必要な人数をかき集めるという労働力確保の方法が幅を利かせる時代になっている。
一見、合理的にも見えるこうした雇用のあり方。しかし、ひとたび不況になれば、中高年層、
非正規社員など、弱い立場の人から次々と職を失っていくのが現実である。
何が、これほどまでに雇用環境を悪化させてきたのか?NHKアーカイブスに残る各時代に苦境に立たされた
人々の姿と、経済学者・金子勝さんのお話を通して、バブル以降、揺れ続ける雇用のあり方を見つめ直す。
  ーゲスト:金子勝さん(慶応大学教授)/司会:桜井洋子アナウンサー&林家三平ー
■NHKスペシャル「平成不況・中高年管理職の憂鬱」  1993年放送
 バブル経済の崩壊により、いわゆる企業戦士として会社の成長を支えてきた中高年世代を早期退職という名の
 合理化が襲った。 定年まで勤め上げることを前提に人生設計をしてきた中高年管理職。
 その戸惑いを通して、私たちの働き方の大きな転換点となった終身雇用の崩壊を検証する。
■NHKスペシャル「ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない」  2006年放送
 働いても働いても生活保護の水準以下の収入しか得られない「ワーキングプア」。
 都会には定職に就けない若者があふれ、地方では税金が払えないほどに困窮する自営業者が急増している。
 彼らの悲痛な叫びを通して、行き詰った社会のあり方を考える。
■NHKスペシャル「リストラの果てに 日雇いに流れ込む人々」  2009年放送
 リストラされた中高年、派遣切りされた非正規社員が今、日雇い派遣の仕事に殺到している。
 しかし、違法な派遣業者が横行し、2010年4月から日雇い派遣は原則禁止となる見込み。
 最後の受け皿を失った労働者たちは、どこへ向かうのか・・・。
 〜〜
 以上だが、それぞれに色いろ事情があるが、一度、坂を転げ落ちると、浮かび上がるのに、大きな壁が
出来てしまうのが現実である。 身近に色いろの破綻を見てきたが、何時、自分に降りかかってくる可能性がある。
最悪のケースでも何とかなる準備はしてあるとしても、今は世界恐慌の序曲である。 どうなることやら?
失業率が5%を超えたと騒いでいるが、10%、15%となる可能性がある。 現在の失業者が大よそ350万人。
一時給付金でワークシェアリングをしている人、250万人というから、実質8%ということになる。
・・・・・・・
2008年05月31日(土)
 2614, 東京湾 漂流死体は語る ?1
図書館で見つけた本だが、それぞれの死体が語りかけてくる刺激的な内容が初めからつづく。
深い悲しみが、その死者の追跡から浮かび上がってくる。ホテルの自殺の場合、当事者として刑事が自殺の原因とか、
家庭の事情を知ることとなる。横浜港の漂流死体の場合、原因を追究していると不幸な生き様が垣間見えてくるという。
読んでいても、行間から人間の業の深さと、その結果としての悲しみが胸に突き刺さってくる。
ここに出てくるのは世間を騒がすような猟奇的な事件ではない。しかし、一人悲しみが死体として漂流している人間の結末から
叫びとして突き刺さってくる。死ぬには死ぬなりの事情が、それぞれあるのである。娑婆には亡霊が彷徨っていても不思議ではない。
これを読んでいてつくづく思ってしまった。一つ間違えば誰にも、ありえるのである。
この本が出版されて14年にもなろうとしているが、現在も同じような仕事に従事している人がいるのである。
アメリカのTVドラマのシリーズで、「CSI・科学捜査班]という刑事ものがある。
死体から、犯人を追い詰めていく内容だが、この本は、人生を追いもとめるもの。
だから、読むものの心を引き付けるのである。 あとがきーに、この本の要約が明快に書いてあった。 
 ーー
 豪華客船、貨物船、タンカーなど、世界各国の船が出入りし、あらゆる人種が行き交う世界最大級の海の玄関口、
横浜港……。 経済大国ニッポンの大動脈を担ってさ様ざまな船が往来する東京湾。
……この現代社会の縮図ともいえる東京湾をはじめ、太平洋の荒波が打ち寄せる房総東岸など、
関東近隣の海を舞台に繰り広げられる犯罪の捜査、取締まりの最前線で私は働いてきた。
そして、この手で揚収した漂流死体も数え切れないほどである。
海上での「漂流死体情報」に接するや、私はなりふり構わず巡視艇や監視取締艇で飛び出していく。
死体との出会いは一刻でも早い方がいい。風や潮流で流され、それだけ発見揚収が難しくなるからだ。
現場に直行し、死体を発見揚収し、合掌ののち、他殺か自殺か、あるいは事件死なのかといった、
いわゆる事件がらみの死体かどうかをはっきりさせるため捜査活動を展開する。
 死因、死亡時期などを明らかにするため検視を行い、解剖に立会い、また、これらと並行して死体の人相、特徴、
着衣、所持金など手掛かりとなるものを頼りに身元を突き止め、さらに死者の肉親、友人などから事情聴取をすすめ、
「なぜ漂流死体となったのか」を徹底的に調べていく。 それは「死者の生前の旅」を辿っていくことに等しい。
その結果、我々は死者が決して触れて欲しくなかったであろう生前の隠しておきたい部分までほじくり返すことにもなる。
そして、その過程で出会うさまざまな人間模様・・・ これらの漂流死体は、ある意味で現代を生きる私たちの
もう一つの姿でもあるような気がしてならない。
 「死」という壮絶な経験をした死体が語る人間の在り方は、虚飾がないだけに、いずれもその迫力には圧倒され、
かつ、真に迫ってくる。 不思議なもので、自分自身が直接、揚収した死体のことなどは、それが10年、
20年前のことであっても、つい『昨日の』とのように、鮮明に蘇ってくる。
(字数制限のためカット2010年5月31日)
・・・・・・・
2007年05月31日(木)
2249, 耐震偽装 ?5
                 (o゚▽゚)o オハョ?
以下の文を読む限り「アパ・グループ」は非常に??な集団である! 片耳の内容を一方的に信じるのは何だが、
社長が安部首相の後援会副会長で、それ故にまだ存在しているのだから、開いた口が塞がらない。
しかしネットで、この事実は全国津々浦々まで浸透し続けている。これは抑えることのできない事実である。
検察まで加担した事実を昨年暮れに藤田が外人記者クラブで披露しているビデオもネット上に公開されている。
ウヤムヤの幕引きは絶対にない! そんなバカなことがあって良いわけがない。
私が知る限り日本は、そんな非常識が通る国ではない。今年の後半は大きな嵐が国内を吹き荒れることは間違いない。
もしそうでないとしたら日本は救いようがない。{ こう書きながらでも、もう救いようがなくなっているのでは? 
という疑問がわく!しかし・・・・・??}
??の孫という血筋だけで首相の座が転げ込んだ甘さが、この耐震偽装疑惑事件に象徴的に出ている。 
政治は一寸先は闇である。 この男が、憲法改正をやらないで、誰がやるというのか?全く!
P-408
そうした中、2月14日頃であった。会社の真志尾から「報告したいことがある」と、僕に内線があった。
手に資料を抱えながら、「新たな偽装物件が発見されました」と声を上げた。
僕はまた姉歯関係かと、と思った。しかし、その予測に反し、「姉歯ではありません。
田村水落という、アパグループの構造設計を一手に行っているところです」と。
「今のところ、三棟です」と、付け加えた。もう、大抵のことには驚かなくなっていたが、
アパグループの名前が出たときには、「ヒューザー以上の大問題になる」と思わざるを得なかった。
(以下字数の関係で中間カット09年05月31日)
ーーー
信じられない内容である。非常にたちの悪い会社であり、行為そのものが犯罪的である。
この本は、もう全国にばら撒かれマスコミが底辺で動き出している。それよりネットで飛び交っているから
何時どこで発火するかだ。 恐ろしい!と時代の変化の凄さを知るのは、彼らだろう。
建設関係の人から聞いた話だと、マンションそのものに疑いを持ち始め、買い控えが始まっているというが・・
私は元々アンチ・マンション派だが。                  つづく
                           ☆^(*≧ω≦)ノ~~~βyё
・・・・・・・・・
2006年05月31日(水)
 1884, 家電の買い替え期間   (。・∀・)ノ゙オハヨウ!
家電の買い替え期間は、大体どのくらいのものだろうか?と思っていたら、先日の日経新聞の中にあった。
・冷蔵庫    10年      ・洗濯機    9年
・掃除機    7年
・エヤコン   10年      ・カラーtv    9年
・ビデオカメラ 6年半      ・DVDプレーヤ 4年半
・デジタルカメラ 3年      ・パソコン   4年半
・携帯電話   2年半
  以上であるが、我家の実体は大よそだが、
・冷蔵庫は  20年近く    ・洗濯機は  15年
・掃除機   10年      ・エヤコン  10年と25年
・カラーtvは 7~8年     ・DVDは  5年
・パソコンは 3年      ・携帯電話  3年
・電気釜   10年
家電には当たり外れがある。使い方にもよるだろうが、同じラインの中でタマタマ工程の中で
偶然仕上がりが良いものと、悪いものが出る。 これは致し方ないものだが。
私の経験からみると、TVに関することだがソニーはよい。シロモノは松下電器は外れが少ない。  ヾ(^ω^*) バイ                  
・・・・・・・
2005年05月31日(火)
 1519, 知らないことを知らない恐ろしさ!
一昨日の日曜日のNHKスペシャル
「日本の群像・再起への20年 銀行マン苦闘」が刺激的であり、怒りを感じざるを得なかった。
ユダヤ資本に翻弄されている現在の日本経済を焙り出した内容であった。
その象徴として勝者のゴールドマン・サックス会長と、敗者の元長銀会長の姿を対比させ、映し出していた。
「1985年の日本のプラザ合意は、ユダヤ資本のアメリカの銀行が仕組んだもの」と、平然と嘯いていたのには
怒り心頭になった。アメリカが日本に国内消費の拡大を求め、バブルのキッカケをつくったのだ。
そして、「アメリカ国内不動産の高値掴みを誘導した」と、平然と話していた。
そして、現在は逆に「日本の落ちきった不動産を買いまくっている」と。ゴールドマン・サックスのトップの言葉が凄い。
「知らないという事を知らないで、バブルでアメリカの不動産を買いまくっていた日本人ビジネスマンの姿が・・」
その戦略的経済戦争に負けたのが、現在の日本経済の姿である。
現在の日本では、順調に業績を伸ばしている外資金融機関に日本の学生が殺到している。
その反面、不良債権の処理に苦しみながら、再起をめざしている日本の銀行の姿がある。
が、両国の銀行にどんな違いがあったのか?が、辛らつなカタチで映し出されていた。
特に敗者の象徴の日本長期信用銀行の元会長が現在も、その時の貸し出しに対する裁判の係争中であるのが印象的であった。
「知らないことを知らないことの恐ろしさ」の結果が、現在の日本であろう。 他人事でないのが、恐ろしいが。
ソクラテスの「私は多くの知っているのではない。何も知らないというということを知っているだけだ」が、身に沁みる。
・・・・・・・・・
2004年05月31日(月)
 1154, つれづれなるままに
・まったく書くテーマが出ない日が、時々ある。今日はその日であるが、そういう日は自分でも嫌になる。
今までは千回まではと踏ん張ってきた。毎日書き続けることからくる習慣が重要であって、止めればエキスが失われる。
それが解っているから、休むわけにいかないから厳しい。といって、所詮は趣味の世界の話でしかないが。
・先日、自宅の台所の改装のため夕食がつくれず、近く(150m先)のファミリーレストランに急遽いった。
隣り合わせているイタメシアの「サエゼリア」とチャンコ料理屋の「江戸沢」のどちらかと思いながら、店の前までいった。 
サエゼリアはほぼ満席で、江戸沢は一席しか入ってない。両方とも100席以上の店だから、その差がはっきり見えてくる。
サエゼリアと江戸沢の客単価が二倍近くの差がある。何故お客が来ないのか、経営者はわかってないのだろう。
メニューの内容が、開店当初から全く変わってない。まあ、他人事でないか。仕方なく江戸沢に入ったが、
出てきて何か損をしたような気分であった。・今年の自宅の藤の花がほとんど咲かなかった。過去30年で二?三回目である。
そういえば毎日散歩をしていて、花と草の勢いが例年に比べて弱いのがよくわかる。
梅雨が例年より早いとTVでいっていたが、今年は米の豊作は望めない?・昨日は異常なほど暑い一日であった。 
今朝もどんよりしている。晴れる日もあれば、曇る日も雨の日もある。 天候も人生みたいなものだ。
・・・・・・・・
2003年05月31日(土)
 787, 「加熱する新潟のホテル戦争・NHK」をみて
今日のNHKの[きらっと新潟ー加熱するホテル戦争」が面白い内容だった。電話が二本入ってきた。
 NHKの何も解ってない素人が企画した内容という前提で見ていたせいか、お笑いの部分もあった。
今時にホテルで高価な結婚式をあげる時代ではない。アッパークラスの5?の人種は例外である。
専門店ー冠婚葬祭の式場か手軽にレストランでする時代だ。 それをオオクラホテルで村上牛を特別注文をしての
特別企画をとかいう時代ではなくなっている。また長期滞在型ホテルが展望風呂をいれて拡張をしているが、
だからといって周辺のホテルと同じ稼働率でしかないーリネン業者の情報だから間違いがない。魚がいなくなっているだけ。
国内のビジネス客がこの2~3年で、3分の1になったのだ。3割減ったのではないのだ。
更に他の業界ーマンション業界とか、メンテ業界などが参入してきて、競争激化になっているだけだ。
企業が事務所を合理化の為に廃止したり、新潟・長野・群馬を高崎に統合したり、二時間までは宿泊原則禁止とかして、
日帰り圏になったりしている。事務所代わりに月曜日から金曜日にホテルに宿泊をして、営業をするようになった。
  また長期滞在マンションをも滞在型ホテルがターゲットにしている。敵はホテルではなくて、貸しビルやマンションなのだ。
いま起きていることは、垣根を越えた競争の時代になっている。昨夜のTVに出ていた立教大学の岡本教授といえば、
観光科を創設した人だったが?そこまでは解っていないレベルでしかないのだ!その背後にあるものは情報革命ーIT化が進み、
合理化が可能になった為である。ビジネス客が3分の1ということは、ホテル業そのものの壊滅状態といってよい。
その中で生きていかなくてはならいのが、実情である。朱鷺メッセが8000室の予約が入っているとか、結婚式が年内満杯とか、
開業の年だけは、ブームに乗っているのかもしれないが、どう見てもおかしい!2~3年後に必ず、この馬脚があらわれる。 
誰がタクシーを使ってあそこまでいって宿泊するのだろうか!一日5人か10人ならいるかもしれないが。長岡のGホテルは、
その程度しか宿泊はないとか。それも駅から歩いて3分の好立地であるのに。他人事ではないのが深刻だが何とか切り抜けそうだが? 
大津波が日本・世界にきているのは事実である。その先端の大波がこの業界に来たということだ。
・・・・・・・・
2002年05月31日(金)
 423, 酒の話?1
学生時代も、勤めていた時代も、どこに行ってもすぐ見つけるのが、飲み友達と、いきつけの飲み屋である。
地元で今も数人いるが、そのうち特に飲んだ二人は亡くなったり転勤で居なくなった。
転勤の一人は新潟に出張にくる度、今でも年3回は飲んでいる。特に勤めてからのそれぞれの地方の酒が忘れられない。
やはり金沢の酒が忘れられない。なんともいえない味がそれぞれの店にあった。歴史の深みであろうか。転勤商売も苦しいだけ、
そういう楽しみもある。苦しい時期ほど、そういう居酒屋の酒がうまっかった。新潟では20年前から5年位前までの酒が、
特に美味しい思い出が多くある。大学時代の友人が、丁度その時新潟に転勤で赴任してきており飲み歩いた。
それと数年前に亡くなったが「新潟駅前の花園の町内会長をしていた不動産やの社長」と古町を飲み歩いたことだ。
有名な老舗の小料理屋や料亭を芸者をあげたりして飲んだ。数十回も。自分では間違ってもできない昔流の粋な遊びである。
亡くなってからは、当然のこと料亭などは全く行ってない。丁度「海外旅行と遊びの入れ替え」の部分があったが。
飲むほうも、その時期時期に一応一とおりのことを経験し


3352, 父の命日(37周年)

2010年05月30日(日)

 毎年、父の命日に思い出や人となりを書いていると、多くのことが記憶の彼方から思い出される。
思い出し、書くことが父にとっての供養と思っている。
「過去の所業と思いが魂」と仮説を立てると、「両親と子供の頃の思い出は魂の故里」になる。
これまで書いてきたが、父は典型的な明治人で、シャイな性格。 長男で実家の古美術商を引き継ぎ、
第二次世界大戦の戦時中は骨董は売れなくなったため、兵隊の戦死者が多くなり仏壇と仏具の販売で乗り切った。
終戦直後は古着の売買に転進、その後、衣料品量販店に切り替え、地方では小さいながらも名をなした。 
古美術商の時代には、地元出身の山本五十六や、ツガミの津上退助、そして野本互尊などに骨董品を収め、
時代の潮流の情報や薫陶を受けたのが人生をプラスにしたベースになったようだ。 
その結果、「情報の先取りと長期的視野と、転進が、人間の一生を左右する」というのが持論にあった。 
それは教養によってベースが築かれることを彼らから学んだようだ。 学歴コンプレックスも大きかったが、
それがバネになっていた。 日々の生活を節制するのがベースで、贅沢、慢心、虚栄を忌み嫌い、清潔、
潔癖の明治人の特徴を、そのまま受け継いでいた。朝は5時に起き、仏壇で祈り、新聞を隅々まで読むのが日常だった。
その辺は私も同じで、これは家の文化(ハビトス)か。 また人に妥協するのが大嫌いで、親戚以外は、
株屋ぐらいしか周辺に近づけなかった。酒は年末年始に少し飲むだけで、外食は贅沢と最小限度しかとらなかった。
(当時は、それが一般だったが) 年に一度の法事と、大晦日の年越しの家族と従業員との宴会が晴れのときで、
その楽しかったことが、そのまま父の思い出となった。 恐らく自分が死ぬときのイメージは両親の手に引かれ、
光の中に消えていく光景になるだろう。 毎年、父のことを書き続けた文章を読み返すと、書き残す不思議を思い知る。
書くことは、その時点では心の記録だが、時間の経過とともに魂の記録になるのである。
人間の脳の思いなどアテにならないし、思い出もそうだ。しかし書き出し、それを重ねることで、魂に熟成していくのである。
音楽家は音楽で、仏像師は仏像で、作家は小説で、魂の記録として刻印されるのである。
それも宇宙時間からみれば微小のこと。しかし、微小のことでも、それに乗っている間は人生である。 
さて、恒例の墓参り!
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2977、父親の37回忌に
 2009年05月30日(土)
 今日は父親の37回忌。亡くなって、もう36年になる。命日に何度か父のことを書いたが(後でコピー)、
テーマにすることが供養になると思い書いてきた。父親のことを考えると、自分とは何だろうという哲学的な問いになる。
私の場合は特に父親の影響が大きかった。誰でもファザコン、マザコンだが、父が43歳の時に産まれたこともあった。 
そのために幼児から少年期の記憶に、父の所業が記憶で多く残っている。 母親は仕事の前線に立っていたので、父が何時も
私を連れて街の何処かにつれ歩いていた。その為に父が亡くなるまで、その影響は大きく、27歳で亡くなった時に初めて
精神的に独立をすることが出来た。(同時に結婚をしたこともあるが) 父が私の年齢(63歳)の時に、私が20歳だったが、
その時の父は元気溌剌だった。時代は昭和41年(1966年)、高度経済成長期真っ盛りの時期。 その時代と現在を比べると、
その段差には大きい。まだ日本中が坂の上の雲を見つめて急成長の頂上にいた。父は明治38年生まれで家を中心に常に考えていた。
父の頭の中は戦前、戦中、戦後の経験が重なっており、そのことを事あるごとに話をしていた。 
特に長岡の戦災体験は生生しく残っていたようだ。  また戦後の時代の流れの激しさに焦りを感じていた。
ソ連も、昭和40年代が絶頂期で、まさか20年あまりで消滅するなど、考えられなかった。
また、アメリカもその後20年もしないうちに、壊滅的経済破綻になるとは・・父を思い出すというより、父の視線で世の中の
変化を見ている自分がいる。命日に父のことを書いた文章を読んでいると、父の影響が大きく自分に影響していることがわかる。
その枠を破壊できなかったのか、それとも、それはそれで私らしさで、そのまま結構なのか?
いや、出来の悪い1・2代目でしかない。 しかし自分の心に誇れる父を持てたことは幸せである。 
 それに引き換え私ときたらまったく? 今さら、どうもこうもない。 以前、父の魂が自分の魂と合体したような
不思議な夢について書いたことを思い出した。 その辺のことを書いた文章をコピーしてみた。 さて墓参りである。
  これだけ毎年のように書いていれば、下手な法事より供養になるだろう。
ーー 
2003/04/25
 不思議-シンクロニシテー
 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を
散歩をしているコースで初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。 その中で一番凄かったのは、
7~8年前に義父が亡くなった時である。葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、
その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が出たのは勿論はじめてである。
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、
納棺の時間が偶然に一致したのだが。死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」
といっている。涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。なら大都会では毎日降っていることになる。
地方におきやすいのだろう。人知のはかれない何かがあることは間違いない!
 ー以前書いたものをコピーしておきます。
   ・・・・・・・
H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が
“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。また死後二?三日後の夢も強烈な夢
(?)であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
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 2613, 閑話小題
2008年05月30日(金)
 ー今日は父親の命日ー
父親が亡くなって35年、36回忌である。
毎朝、仏壇で、父・母、兄・姉、義父・義母、そして10人位の因縁のある故人の顔を思い出し手を合わせている。
一番初めは父であるが、父の愛情の上で、現在の自分があると歳を重ねるほど実感する。
家庭的には恵まれていた。特に両親との相性が良かったことが私の人生にとって一番の要だった。
次には家内との相性だが、それなりに? この文章を推敲し、ネットに上げ、墓参りに行く。
 ー交通事故死がピーク時の三分の一だとー
交通事故死が5744人と54年ぶりの低下とマスコミが報じていた。昭和45年度には16765人というから三分の一に減ったことになる。
車の数は数倍になっているはずだから、十分の一以下になったことになる。一昨年の福岡市の3幼児死亡事件で警察庁が
飲酒運転の強化を図ったことと、シートベルトの義務化が大きな要素になっているという。去年の交通事故死の半分近くが、
65歳以上の高齢者で占めているというから、年寄りは交通事故には特に気をつけないということになる。
10年近く前で、一万人を割ったと聞いていたが、ここまで減っているとは知らなかった。
 ー中学校の同期会の話ー
先日、中学校の同期会に出席した。元々、中学校の同級会が、ほぼ毎年行われてきたが、他のクラスの同期の人たちが参加を
することで、いつの間にか同期会になってしまった。今回の出席者24人のうち、私が属していたクラスの出席者は7名であったが。
小学校と重なる人が半分以上入るので、年に二回は会う人が半分以上はいる。ところで、あまりシビアには書けないが、
それぞれの人生の大枠が見えてくる。離婚、倒産、死別、大病、事故など、一人の人生は重いものだとつくづく感じる。
人生は決して平坦ではなく、山あり谷ありである。一人の人生には小説一冊分の人生が濃厚に詰まっている。だから面白い。
大よそ、15?は亡くなった。
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2005年05月30日(月)
 1518,今日は父の33回忌
去年の今日も、父の命日のことを書いたが。 私にとって父の存在はあまりにも大きかった。
そして、今でも父の影響から抜け出てないといってよい。明日は、身内だけの33回忌の法要である。
父の口癖は、『死んでしまえば、それまでよ!』であった。そして、この歳になっての実感として『その通りである!』
だから、「早いうちに生きることとは何かを知り、生きることを第一の仕事としなくてはならない」ことを学んだ。
末期癌で亡くなる一年間、赤裸々な父の死の葛藤を身近で見ながら、人生とは何かを教えてもらった。
そして、その後の生きる大きな教えと指標になった。・何をするにしても捨て身で取り組まなくてはならないこと。
・地元のー痴呆名士ー とは一線を引くこと。 近所の人とは親しくするな!。
・お金に対する対処を間違うな。金はライフワークの一つとして取り組むこと。人間はお金の前では赤裸々で悲しいほど弱いこと。
・「女はを持つということは、荷車に大きな重い荷物を持って坂道を登るようなもの、遊ぶなら覚悟を持って遊べ!」
この年齢になって改めて父を振り返ってみると益々学ぶことが多くなっている。 学歴は無かったが、接してきた人に
超一流の人が多かった。古物商をしていたためであろう。 深い違った教養を持っていた。時代を読み取る能力と、
人物を選別する能力、そして人間の狡さを知っていた。 さて、これから近くのスーパーで花を買って墓参りだ!
・・・・・・・
2004年05月30日(日)
 1153, 今日は父の32回忌
今日は、父親の31年目の命日である。この世で一人の人を選びなさい、といったら間違いなく父である。
それだけ私にとって父の影響が大きい「ありがとう」と一番いわなくてはならない人である。
年齢とともに、父親と心の中で話すことが多くなってきている。 一方的に話しかけているのだが、ときどき父も
話しかけてくることもある。もっと以前から事業のことなど話しかければよかったと、今になって思い始めている。
 《供養の為に、14年前に書いた文章をコピーしておきます。》
ーそういえば、この文章を書いた頃のことを思い出した。ある休日の夕方、TVでお寺の仏像を映し出していた。
そのとき、TVの中の仏像に少し開いていた障子から夕陽があたり、何ともいえない不思議な感じになった。
何だ何だ、今日は何かあるんじゃないか?!と、考えてみたら、父の命日だった。うっかりしていて、
父の命日を忘れていたのだ。本当に不思議なことがあるものだ!と思った。 さあ父親の墓参りだ!
 ーー
 H0505 小説のような本当の話!
 十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。ところがすでに墓がきれいに磨かれており、
花が飾られていた。 生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、お参りをしていると、
見知らぬ老人が話しかけてきました。 たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に正直に事情を話したところ、
父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。 それが本当にうれしくてうれしくて! それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく
考えさせられる出来事でした。父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、
丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった次第です。


3351, 3339, 2011年新聞・テレビ消滅  −4

2010年05月29日(土)

  * さあ、次はテレビの番だ!
 ・この本を読み、・Youtubeを本格的に見て、・高機能のHDR(ハードディスクレコーダー)を設置して半年たった。
テレビ局が消滅か大幅なダウンサイズする現実を実感するようになった。 新聞社もテレビ局も風前の灯である。 
まず驚いたのが、HDRである。大容量のHDSを半年前に買ってWoWoWを中心に、番組をどんどん入れているが、まだ容量が残っている。
もちろん見たものは消しているが、それ以上に録画している。取りあえず満杯になるまではと思っていたが、満杯にはならない) 
録画されているのは見たくとも見切れない面白そうな「私にとって90点以上」のものばかり。 面白そうな番組が無いときは、
それを見ることになる。 それはタイムシフトをして見ていることになる。 これまでは、面白くないが他にないから見るか〜
というのが皆無になったのである。 次に最近、急に興味を持ちだした YouTube。 面白くない時は、だいたいは居間にある
パソコンを向かっているが、それが、時々YouTubeを見だしたのである。 これが面白い! キーワードを入れると面白い映像が
次から次へと出てくる。 数年前に、そのYouTubeを買収したGoogleが、ソニーと提携をして、ネットパソコンを
共同で開発するというから、TV局にとって致命傷になる。 さらに、タブレット方式のパソコンの普及がある。
これは居間と部屋で釘付けにされていた視聴パターンが変化することになる。台所や、庭、そして外で見ることになる。
そこにはネット経由の映像が流れる。 これも、さらに総合テレビ局にとってマイナスになる。だらだら流し見していた
テレビの見方が変わることを意味している。その結果、スポンサーはTV局から、サイトの方に変化する。
NHKもさえも大きな岐路に追い込まれることになる。情報革命はテレビ局でさえ飲み込んでしまう。iPadの出現は更に世界を変える!

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 2976,縁は異なもの  ー2
2009年05月29日(金)
「縁は異なもの」 河合隼雄 白州正子 対談集   
  * 能とは
 能といえば高校時代に講堂で学習の一環として見せられたが、「奥行きの深い、そして面白いもの」と感動をした
記憶が鮮明に残っている。その後、TVで何度か観たが初めほどの感動は無くなっていた。生とTVの違いもあるのだろう。
 ーこの本の中の、白洲正子の「能」の説明が解りやすいー
《 能はその昔、「猿楽」といって、平安時代ごろから行われた民俗芸能でしたが、室町時代になって、当時流行していた、
ほかの舞踊や流行歌を取り入れ、ひとつの芸能に集大成したという意味です。 そういうふうにして総合されたお能は、
大きく分けますと、舞と歌によって構成されています。歌の部分を舞もしくは謡曲と呼び、芝居の脚本に相当します。 
が、ふつうの、台詞は少なく、歌の部分が戯曲や脚本とちがうところは、あくまでも歌いものですから歌が大半をしめている
ということです。謡曲は、それだけでも独立した歌いものですが、能になると舞をともない、伴奏に、大鼓と小鼓と笛、
はなやかな曲には、太鼓も入ります。伴奏のことを囃子といいますが、他に、地の文を合唱する人々を、地謡と呼びます。
 謡いの文章は、音楽の拍子に合いやすいように、七五調を基本にしており、散文より詩歌に近いといえましょう。
近いどころか、謡曲は、和歌の伝統のもとに作曲されているといっても過言ではないと思います。
題材を、古い物語や歌集に得ているだけでなく、枕詞・掛詞・縁語などを、たくみにつづり合わせて、叙情的な雰囲気を醸しだす。 
反対に強い鬼の能などでは、かたい漢文調や経文の言葉を用いて、はげしい動作に似合った表現をするといった具合で、
それぞれの曲柄によって、工夫がこさられています。もっとも、読むのが目的でなく、見るために作曲してあるのですから、
謡曲の文章だけとってみても、純粋な文学とは呼べません。 飛躍するときもあるし、意味のよく通らないところもある。
 お能は、舞台の上で舞って、はじめて完全な芸術となるのです。そこが戯曲とはちがった点で、謡の台本だけ読んでも、
お能の全体をつかむことはできません。 そういう意味では、文学というより、むしろ、音楽(歌いもの)として
とらえたほうがいいので、極端なことをいえば、一つ一つの言葉の意味など、わかっても、わからなくても大差はないのです。
 たとえば、シェークスピアの劇はブランク・ヴァースといって、韻をふまない詩の形式をとっていますが、
美しいセリフのリズムに身をまかせていれば、英語はわからなくても、十分に堪能することができます。
言葉をもたないピアノやヴァイオリンでも、心をゆさぶるのと同じことで、それが音楽の表現する意味であり、
言葉でもある。 ましてお能の場合は日本語です。古語にくわしくなくても、だいたいの筋はつかめるはずです。
   (字数制限のためカット 2010年5月29日)
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2612、 佐藤優の速読術について
 2008年05月29日(木)
「国家の罠」「自壊する帝国」の外務省のノンセクション作家である佐藤優の「速読術」の方法、考え方が面白い。
ーまずは、その概要を私なりにまとめてみた。
・速読法は、基本書を完全にマスターしているから可能であり、基本データが完全にインプットされていない分野では、
 無意味である。ヒンズー語を知らないのに、その文献をいくら捲っても理解できないのとおなじことである。
 受動的勉強を充分に勉強した上で能動的な速読法ならわかるが、そうでないのは無理がある。
・読書術として、難しい本に二種類あって、*一つは理論がでたらめで難しいフリをしているもの。
 *いま一つは議論の積み重ねで構成されているから時間がかかるが、読んでいけば知識が得られるもの。
 何故、速読術が必要かといえば、読むに値しない本を見分けるためです。
 速読法とは、自分の周辺に押し寄せる、いい加減な情報を波打ち際でたたく方法である。
 つまり一年でどれだけ熟読できるか計算をして成り立つ。
 月二冊熟読するのが限度でしょう。その本を熟読するために他を速読するという逆転の発想です。
・速読をすれば知識がつくというのは嘘です。知識は熟読によってしか得ることが出来ません。
 速読は自分が持つ知識以外のものが出ているかどうかのチェックする手段に過ぎません。
 速読術は熟読術にあるということです。読まなくても良いものを精査するためのものです。
・速読術には厳密に分ければ「速読術」と「超速読術」の二種類あると思います。
 速読術は鉛筆を使って判断しながら読む方法で、400〜500ページの本に2〜3時間かかります。
 超速読術は、飛ばし読みで、純粋に新しい単語を拾って、大づかみで内容を把握する方法で、
 10〜20分ですみます。最初と最後、そして目次を見ること。
・「興味力」の赴くままに濫読すること。何でも興味を持つことが重要。
   =「国家と人生」寛容と多元主義が世界を変える= 竹村 健一 佐藤 優より
 ーー
熟読によってしか知識は得ることが出来ない、というのは良くわかる。 もう一つは「繰り返し」である。
ところで私も似たようなことをしている。 長岡と新潟の図書館に週二回行き、面白そうな本を借りる。
そして、これはと思うものは、直ぐにアマゾンで発注する。そして、本に取りあえず織り込みを入れる。
自宅の居間と会社の机の上に三十冊は並べておいて、とにかく超速読をする。そして、その中で、これはというのを、
この随想日記のネター読書日記に書く。熟読するものはトイレにも置いておく。 だから、ネタにはならない。
私の場合は、とにかく繰り返し本を開くことにしている。だから、居間にも常に本を横に置いている。
せっかく地球に旅に来ているのだから、地球上のことを知らないと。それが、動機である。
・・・・・・・・・・
2007年05月29日(火)
2247, 女性の品格            (*´・ω・)ノおはよー
 NHK/TVを見ていたら「女性の品格」の著者の坂東真理子氏のインタビューがあった。
昭和女子大の副学長で「女性の品格」という講義もおこなっていた。私自身はさておき、品性のない人間は大嫌いときている。
学歴や肩書きや収入とかでなく、その人の持っている生まれながらの品位は、どうしようもないものである。
その人のもって生まれた何かである。
この本の中で、強く、優しく、美しい女性になるための「66の法則」を挙げているが、
ーその中で幾つか選んでみたー
 上品な女性は、
・礼状が書ける  ・約束をきちんと守る  ・型どおりの挨拶ができる  ・長い人間関係を大切にする
・流行に飛びつかない  ・姿勢を正しく保つ  ・贅肉をつけない  ・プライバシーを詮索しない
・よいことは隠れてする  ・愛されるより愛する  ・得意料理をもつ  ・恋をすぐに打ち明けない
・人に擦り寄らない  ・礼を尽くす
 などなど、ビジネス、装い、話し方、恋愛にいたるまで、女性としての振舞い方を具体的に示してある。
何げない日常の立居振舞いに、女性の生き方と品位はおのずと表われるもの。
自分を卑下しすぎず、もちろん、うぬぼれず、「等身大の自信」を持つことである。
「強く優しく美しく、そして賢く」と示しているが、人間として「凛とすること」である。
私自身、ご存知の通りあまり品格のある方とは全く思ってなかった。
都合の良いところを選んだつもりはないが、上記の内容は全て〇と自認している。(また、自慢?)
    (字数制限のためカット 2010年5月29日)
 女性の品格?装いから生き方まで   PHP研究所 ・坂東 眞理子【著】
                 (*・ω)ノβψε★βψε
・・・・・・・・
2006年05月29日(月)
 1882, 新潟県活性化案ー2  おっ w(゜Д゜)w ハァョ?
この活性化案をベースに5月16日、私の事務所で14名が休憩二回をはさんで5時間にわたり議論をした。
利害と直接関係ない新潟県に対する危機感を持った参加者が多かったため、内容は濃いものとなった。 
色いろな職業の人がバラエティーに散らばっていて、それぞれの立場からの視点が丁度よいバランスになっていた。
内容としてベストといってよかった。2010年の富山まで北陸新幹線開通後の新潟県の危機は深刻である。
さらに2014年には金沢までオープンする。その時、上越新幹線は北陸三県を背後にした北陸新幹線の枝葉になってしまう。
何故飛行場まで新幹線を通さなかったのか?アジア大陸の窓口としての拠点都市つくりをしてこなかったのだろうか?
この議論をした翌日、新潟東港?新潟空港?トキメッセ?寺泊を見てまわった。特に新幹線の延長可能な「廃線した貨物線」
をみたが、そこを生かせばそれほどのコストはかからない。20年前に新潟空港まで新幹線を開通していれば、
環日本海拠点都市宣言をして都市づくりをしていれば、全く違った展開になっていたはずである。
今さら遅いといっていられない事態である。高崎から新潟県に新幹線を開通させるという大プロジェクトではない。
あと10キロ足らずの新幹線を延長させるだけで「全く違った性格を持つ世界稀なる首都から直接乗り入れの新幹線になる」
ということが解らないのだから、角栄以後の政治家のレベルの低さに呆れてしまう。飛行場周辺と新潟駅の一体化を図るべきだ。
そのためには、骨太の奇策と思える計画が必要である。新幹線の延長したレールを共有して新交通システムー新潟駅~新潟空港間に
動くエレベーター(新交通システム)をつくり、一体化すればよい。ただしコストを安くすること! 
羽田の新交通システムも周辺住民が多く利用しているではないか。新潟空港周辺をみてまわったが、その自然環境は素晴らしい。
そこと新潟駅周辺の集積された商業集積を結びつければよい。テーマパークのロシア村をつくったり新潟駅の再開発に
千数百億も投資するなら、せめて10年前に飛行場に新幹線を乗り入れ、その周辺にサッカー場や、流通団地、専門学校や
大学の特区地区などに集中投資すべきであった。岡目八目ではないが、私の知人が呆れるのも解る。   
ー以上、新潟県活性化案を補足するものである。         ゝд・) ノ バイ バイ!
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2005年05月29日(日)
 1517, 酒中日記ー2
この本の面白そうなところを抜粋してみる。 作家の文章を書き写すということは、文章のレッスンをしていることになる。 
絵でいう写しをしていると同じことである。「上手い文章を書いているな~!」と、読み過ごすことと、書き写すことは全く違う。
写すということは、主体的に変化する。だから、このように時間をかけるのである。
ーその後の文章を抜粋してみます。 それにしても作家の文章は上手い!
ーー
黒岩重吾
ー飛田にひとり
某月某月
大阪の西成界隈をバックにした小説を書くので、久しぶりに飛田の近くに飲みに行った。
(字数の関係でカット09年05月29日)
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2004年05月29日(土)
 1152, 「老い」を考えてみる ー2
昨日の新幹線で読んでいた藤沢周平の「海鳴り」の中に、老いに対する思いが偶然そのまま書いてあったが、
彼の思いがそのまま伝わってきた。 (実際こういう偶然があまりにも多く、自分でもびっくりする)
何も考えないで精一杯生きてきて、ふとポッカリと心の穴に落ちた心情はこんなものであろう。
特に夫婦間の亀裂がのっぴきならない状態で、家族に忌み嫌われた亭主はこんなものかもしれない。
あまりに迫真があったので、何回も読み返してみた。実際の荒涼感は、こんなものより深く絶望的であろうが。
北欧の老人の自殺が多いのは、こういう心象風景の果ての絶望感と孤独感が底知れずあるからなのだろう。
この下書きを昨夜書いたためか、夢をみた。何処かの海岸線のリゾートに一人いて、店とか海岸で、
その世界になじめない。一人ウロウロしているじぶんがいる。まあ、早速こんな夢をみるとは単純なものだ。
ー「海鳴り」の中の一節
妻子のために、身を粉にして働いてきたはずだった。40歳の坂を越えたとき、わずかの迷いがきた。
妻子からも、家からも離れて、一人の人間にたちもどりたいと願ったのは事実だ。だがそれは、長い道のりを歩いてきた
一匹の生きものが、ふと足をとめてかたわらの泉から水を飲んだような、ほんのひとときの憩いに過ぎなかったのだという気もする。
長い道をわき目もふらず歩いてきたので、生きものは身も心もくたびれ果てていた。気がつくと老いが忍び込んでいた。
それでも道は、まだまっすぐに眼の前につづいていた。 色彩もとぼしく荒れ乾いていた道である。
道がか細く消えている地平あたりから、風が死の臭いをはこんで来るのにも気づいた。
それでも生きものは、その道を歩き続けなければならないことを知っていた。それが生きもののさだめだった。
振り向くと、通り過ぎてきた花も緑の木々もある道が見えた。しかしその道は、振り返ることも出来ても、
戻ることは出来ない場所である。生きものは新しく見えてきた風景の心細さに心を痛めながら,いっとき泉のまわりをうろつき、
一息いれた。新しい、のぞみのない旅にそなえて気持をととのえるために。あるいは歩いてきた道に醜い後悔の痕を残さないために。
それだけのことが、そんなに批難されなければならないのか、と新兵衛は思うのだ。生きものの心に思いをひそめたから
人間の道をはずれたと指さされるのか。歯車が狂ったもとは、もっと別のところにある。
それが何なのか新兵衛にはわからなかった。わからないことがもどかしく、ほんの少し不気味であった。
 ーーーー
今でいえば初老性鬱病か、それとも誰もが感じる年齢の心象風景の一つなのか。
まあ、かなり藤沢周平の世界に影響されているようだが。
ー『海鳴り』?藤沢周平
・・・・・・・・
2003年05月29日(木)
 785, 一期一会(すすき野の夜)
 昨日書いた異業種の人達との札幌のススキノの夜の話である。 二次会もバラケてしまい、残った四人で「すすき野」
に行くことにした。せっかくの札幌の「すすき野」の夜、入るなら一生に残るようなエキサィテングな店がないかと
数軒の店を覗いていたら、何か異様な賑わいをみせている店があった。すぐ団体が帰るというので少し待って入った。
空いているカウンターに我々4人が座った。 暫くすると、他の団体も帰っていった。隣には、その店の馴染みと思える
中年の品のよさそうな男性が座っていた。何かの縁かと「実は異業種交流の途中に札幌によった」と話しかけた。
「何処から来たのか?」と聞くので、新潟市から来たというと、自分は佐渡の出身だという。その場が急に同郷の会
みたいになってしまった。この店の入っているビルと、幾つかの飲食ビルを経営している専務だった。
そこにお客を送っていった美人のママが帰ってきた。二人が深刻そうな話を始めていた。「もう店をやめたら!」と
ビルの専務が言っているのだ。ママが食道癌で退院したばかりで、店に出れる状態でないが捨て身で店を開いていたのだ。
連日入院していた病院の先生も店にきて忠告しているという。その場が深刻な、微妙な雰囲気になってしまった。
その為か、ママの歌が魂のこもった素晴らしい歌が続いた。そうなると、お客全員も引き込まれて魂の歌になった。
どういうわけか、私がいやに気に入られて最後までダンスのお相手をしていたと同行の人から翌日聞いた。
歌は憶えていたが、そういう記憶はいつも昇華して消滅するのが残念である。恐ろしいような、悲しいような、楽しいような、
一生に残る思い出になった。「すすき野」の夜の人生ドラマの深さを垣間見てしまった。
その話を翌日、行かなかった人に話をしたら「なぜ俺たちを連れて行かなかった」と叱られた。
・・・・・・・・・
2002年05月29日(水)
 421,世間とはー2
前回では「個人が確立されてない日本では社会が存在し得ないのでないか。そしてその代わりー世間ー存在している」と書いた。 
ある地域に生まれ育って、一歩も外の世界で住んだことがない人は、世間という枠組みから出ることができないのも仕方がない。
神話の世界でいう蛇である。その対極にある鷲に憧れを持ち、その合体の龍を創りあげた。どういうわけか世界中の神話に
龍が出てくる。縛られた世界からの脱出の希求は人間の本質的欲求なのであろう。羽仁五郎の「都市の論理」に、
両親からの自立が人間としての第一歩と書いてあった。 西洋社会でいう「個人」とは、自立した自己ということになる。
まずは職業である、自分で稼いで生きていくのが第一歩である。 次に両親からの影響と環境からの自立である。 
自分という意志を持った主体の確立である。世間というものに対し、戦い挑んで勝ち取る意志である。
両親と周辺のせいぜい20人を[濃厚な?世間]という。それを自覚する事である。「短い人生、ただ狂え!」が、
世間様の丁度いい噂の餌になるが。王陽明に「羊になるな、狼になり羊を食い散らす生き方を!」というのも、
世間に縛られた生き方を諌めたものだ。 個人ー個性とは世間との闘いで創っていくものだ。
世間とは、他者とのあいまいな緩衝地帯でもある。 私はそこに生きるそれを『子狐』とよんでいる。
  誰にもある要素だ。 もちろん自分にある最も嫌っている影である。その集約が、そうあの人!
誰もがこう言われれば自分と?考えてしまうのが不思議???!!
・・・・・・
2001年05月29日(火)
 [35] 一人暮らしのあの頃
今日は終日長男(堀井大)のアパート探し! よくあれだけ部屋があるものだとビックリ! 部屋の中にある人生を感じた。 
一人部屋にある何ともいえない哀愁を! 私にもあった一人生活の侘しさと緊張感。いつも鏡を机の上に置き、独り言を
言っていた侘しさ。でも自由のよさ。何かタイムマシーンで三十数年前に戻った感覚であった。


3350, 新型インフルエンザの総括

2010年05月28日(金)

 去年の4月に、メキシコで確認され日本に上陸して丁度一年が経ったが、現在では、話題にさえのらない。
WHOに入り込んだ製薬会社の連中の煽動にマスコミが異常に騒ぎすぎた。 一年経ってみれば日本だけが過剰反応。
街中の人がマスクをしている姿が異様だったが、それが世界のマスコミに報じられた。その結果、毎年の冬季に発生する
季節性インフルエンザの死者数より少ない結果になったという、変な結果になってしまった。
 医学者で東京文化短期大学学長の中原英臣が産経の「正論」で、新型インフルエンザの総括をしていた。
・新型インフルエンザの想定が鳥インフルエンザに対してしていた為に、強毒性の行動計画に大きく影響された。
 それが、感染者が一人でも出た時点でも都道府県単位で学校を閉鎖をしたり、集会の中止がした。
 これが過剰反応という受け止め方と、逆に、その結果、アメリカの26分の一、カナダの10分の一の死亡率に収まった。
・これは、日本政府がインフルエンザの症状があったら、直ぐに受診する必要性を国民に訴えたこともきいている。
・さらに日本人の衛生意識の高さが大きく影響している。 他人に感染させないためのマスク着用も大きく影響した。
 「うがいと手洗い」を多くの人が積極的に行ったことも影響をした。
  〜〜
  以上だが、この過剰反応、近い将来必ず起きる猛毒性の鳥インフルエンザの予行練習とみれば、決して過剰ともいえなかった。
 その時の教訓が、この騒ぎの中に多く含まれている。これは国家の非常事態であり、自衛隊の役割が大きく求められる。
  この騒ぎのお陰で30年近く毎年行っていた海外旅行を急遽キャンセル、結局行かずじまいだった。
 これで大儲けをしたのは製薬会社。 現在でも、何か?大きな疑問が残っている。 
  当時のマスコミの対応も異常であった。 マスコミも、このことを総括したのだろうか?
  ・・・・・・・・・
 2975, 縁は異なもの
 2009年05月28日(木)
  「縁は異なもの」河合隼雄 白州正子 対談集
河合 日本の芸というのは本当に習うのが大変ですよ。 ずーとやっていて、しかも最後がどうなるかわからない。
白州 研いで研いで、研ぎ抜いて。それで90歳になって精神が現われる・・・・現われないかもしれませんから。
  連載中の本に書いたのですが、読者からありがたい手紙をいただいたのです。「よき細工は少し鈍き刀をつかうという」
『徒然草』の一節についてで、それまで私は「鈍き刀」の意味を「あまり切れすぎる刀では美しいものは造れない」というふうに
思っていたわけ。でも違ったの。 その方は「鋭い刃を何十年も研いで研いで研ぎ抜いて、刃が極端に 薄くなり、もはや用に
立たなくなった頃、はじめてしの真価が発揮される」というのです。 ここでいう「鈍き刀」というのは最初から鈍き刀と
いうんじゃないんですよ。本当に鈍い刀を磨いでもだめ。 いい刀だから磨げる。しまいにはペロンペロンに柔らかくなるんですよ。
兼好法師は「妙観が刀はいたく立たず」とも書いているけど、やっぱり「立たず」なんて言葉は「鈍き刀」じゃダメなんですよ。
それが良くわかったの。
 ーー
 白州正子の対談を何度か読んだことがあるが、河合隼雄もたじたじなくらい言葉の剣先が鋭い。
鈍き刀を磨いでも鋭くはならない。鋭い刀を磨いて磨いて磨きぬいて鈍くなった刀こそ・・・ よき細工に使うことが出来るという。 
言葉の奥底をみないと真の意味がつかめないというが、まあ、凄いことをいう。 芸道や能力のことを言っているのだろうが。
・・・・・・・・・
2611, サルトルについて、考えてみる  −2
 2008年05月28日(水)
改めて、読んでみるとナカナカ新鮮に思えてくるところが多い。読んだ当時から40年経て、経験を多くつんだこともある。
当時はピンと来なかったことも、今では深く納得する。経験は、やはり「自分」の財産なのである。
 ー以下の論が、非常に面白い。
 *「意識」のあり方は、どのようなものか?
サルトルは、「世界へと関わる」ということを、「否定」と「無」と結び付けて考える。
人間が世界へと「「関わって」いる、ということは、人間は世界では「ない」ということなのだ。
たとえば、私は目の前のグラスでは「ない」し、窓の外の木ではない。サルトルは、人間が「世界に関わる」という
あり方をしているが、それは「世界ではない」というあり方だと、いう。言い換えれば、人間と世界の間には「すき間」「裂け目」
がある、ということだ。人間が「世界と関わる」ということは、人間が「世界との間に裂け目を作る出す」ことだと考える。
サルトルは人間と世界の間の「すき間」「さけ目」を「無」と呼ぶ。ただしここで重要なのは、意識は、裂かれた片方の
「モノ」なのではなく、「さけ目そのもの」ということだ。意識としての人間は、いわば世界の中の裂け目、世界の中の無である。 
それは、意識が、関係する片方の「モノ」ではなく、「関係」そのものであり、外部の世界への「矢印」そのものである。・・・
「世界に対して」裂け目をもたらす人間は、それだけでなく、「自分自身に対して」も裂け目をもたらす、とサルトルはかんがえる。 
人間は、常に過去の自分から脱出して新しい自分になっていく存在である。
過去と現在を乗り越え、未来に向かって自分を投げかけていく存在、それをサルトルは「投企」と呼ぶ。
  〜〜
解)人間の意識が、世界と関わると、その世界との間に裂け目をつくりだす。それも人間の意識は、片割れの一方ではなく、
 裂け目、世界の無である、という。過去を振り返ると、実感として接してきた世界の片割れとしての自分というより、
 色いろ経験してきた世界の接触の中での私の意識は、それぞれが「無」だった。その時の己は、片割れの「モノ」ではなくて、
「関係」そのものであった。それは「矢印」であった。世界中を観光してきて、そして事業を幾つか立ち上げてきて、
 その通りである。世界との間に裂け目を作り、世界の中に裂け目をもたらす、「意識としての人間」をサルトルは
「対自存在」と呼ぶ。異郷・秘境の地で我を忘れて見入っているとき、自分は、そこに居ない。自分は、後で振り返ったとき、
 見入っている自分を対自として見ている内なる我が見ているとき、初めて顔を顕す。対象に魂を奪われているとき、
 そこは一方の割れた「私」ではなく、裂け目そのものが私である。別に難しいことではないのである。  
  −−−
 *サルトルの人間観
(字数の関係でカット 09年05月28日)
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2007年05月28日(月)
2246, 愚痴
      ゜・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!
愚痴とは、「言ってもしかたがないことを言って嘆くこと」、仏教用語としては「 三毒の一の癡にあたり、物事を正しく
認識したり判断したりできないこと」をいう。
 {参考のために、三毒とは克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、
 すなわち貪瞋癡(とんじんち)を指す。 貪ー貪欲、瞋ー怒、癡ー無知}σ(^◇^;)
人の愚痴は気づくが、自分の愚痴は気づかないから始末が悪い。
初めて就職した時に、ある転勤先に「愚痴のオジサン」というアダナの人がいた。
「初対面の人を見つけると兎にもかくにも愚痴を言うから、受け流すように」と、注意されたが、
なるほど話す大部分が愚痴なのである。;´д`)グチグチ!世の中にはこういう人がいるかと
驚いたことがあった。愚痴は人前では言うものではない実例としてみたが、「情けない」というしかない。
                          (-""-;)
私の周囲には少ないが、自分自身、知らないうちに言っているのかもしれない。
思い通りにいかないのが人生であリ、不意の出来事で窮地に立たされたり、本意でない状況は「あざなう縄の如し」、
次から次に問題が押し寄せてくる。それに対し「愚痴を言っちゃ〜おしまいよ!」と痩せ我慢をするのが人間のあるべき姿である。
「言ってもしかたがないことを言って嘆くこと」は最悪のことと分っていても、言いたいのが愚痴である。
だから、居酒屋が存在しているのである。とくに擦り切れるような大組織の人間関係では、愚痴を言い、
憂さを晴らさないことには精神の均衡が保たれないのが男社会というものだ。
              あのバカヤロウ!(>ε<)(-"-;)( ̄ω ̄;)!! チェ
教養ある人が愚痴をいっている姿は、あまり見受けられない。 しかし人生の後半になると、肉体だけではない、
精神の衰えとして、愚痴が出てくるから気をつけなければなるまい。特に身近な問題、矛盾が吹き出る時節である。
自分にプライドと、自立心があれば、愚痴など言わないが、経営者や目上の者が愚痴など言っていたら、
男の風上にも置けない。 「腐った女のようなヤツ」と言えば、       ( ゜o゜)ハッ
「他人の陰口を言い、人を平気で落とし入れ、愚痴を言う人間」である。それは、やはり無知からきているのである。   
「あなた(わたし)、風上に置けない人じゃない!と言い切れますか?」 m(_ _)m
   自立してますか?ということ!                 スンマセン
                    :ヾ(´Д`*)マタネ
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2006年05月28日(日)
1881, 閑話小題
        ォ'`ョ━━(。・∀・)━━ゥ★   
 ーつれづれにー
一昨夜、会合が終わった後に新潟駅前で飲む。その後古町の[シャムネコ]という店に行く。
店の中を整理しないのが売りで、ホステスを猫がする店。コタツがおいてあったり、20年以上前のカセットビデオ、
そしてマンガ本、色紙、などが雑然と置いてある。しかし、よくみるとチリなど溜まっていない。
もう廃業したのではないかと電話をすると、第一声が「一見(一限)の客はお断りですが、貴方は誰ですか」という
愛想のない声が聞こえてきた。5年ぶりだが、三匹の猫の源氏名は社長、専務、常務で、ママが従業員という設定になっている。
(以前にもこの店のことを書いたことがあったが)この三匹に役割があって、入れ替わり立ち代り接客をする。
カウンターの上を気を使いながら歩いて客に媚びたりする。  
(字数の関係でカット 09年05月28日)   (。・∀・)バイ!
・・・・・・・
2005年05月28日(土)
 1516, 気の発見−2
気の話なら、40年のキャリアがある。
この随想日記でも何度か書いてきたと思ったが、どういうわけか、これをテーマにしたものは全く無かった。
「気功」などというと誤解されるか、全く知らない人には説明が難しいから、取りあげなかったのだろう。
本棚を見ただけで10冊以上はある。
・「『気が』もっとわかる本」 ・「真気光」 ・「『気』で心と体が変わる」 ・「気の威力」
・「病は気から」 ・「『気』と正しくつき合う本」 ・「‘気'の発見」 ・「『栗田式』超呼吸法」 
・「帯津良一の自然治癒力の脅威」 などなど、
図書館で借りてきて読んだ本を加えれば20冊は軽く越える。(もっとも理解していたかどうかは、全く別の話。
殆どが、その本を買ったことで安心して知ったつもりでいるだけだったが。)その集大成が、「ウォーキング気功」。
しかし、解りやすいという点では、この本は群を抜いている。
ー以下は要所の抜粋であるー
(以下、字数の関係でカット二千八年五月二十八日)
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2004年05月28日(金)
 1151, 「老い」を考えてみる
誰しも老いるのは嫌であるが、それは「長生きをしたからであり、そうプラスに考えれば、
老いもそう悪いものではないのではないか」と考えてきた。老いは誰もが通らなくてはならない道である。
人生とは、徳川家康でないが重荷を背負った山登りに似ている。登るほど息切れする。
  しかし視野は広くなることも事実である。身体の老いより、心の老いが怖ろしいのが老齢期の大問題である。
  「青春は失策、壮年は苦闘、老年は悔恨」というが、それを乗りこえた精神の自由を維持することが大事。
若いときには、われわれは愛するために生きるが、年を重ねるとともに、生きるために愛することが必要になってくる。
過去を振り返って、その重さに耐えきれなくなる時、愛と感謝で包み込まなくてはならなくなるからだ。
身近の色いろの人をみると、「若い生活をしている者は若いが、老いた生活をしている人は老いている」というのが解る。 
何があっても、精神は常に若く保たなくてはならない。人は老年を恐れるが、そこまで到達するかどうか解らないのに
気楽なものである。人生は飛び立つ時より着地が難しいのは、飛行機と同じようなものだ。
とくに商売や事業をしているものにとって、最後は切実な問題になる。いかにソフトランデングするかが問題になる。
「60過ぎのことを、それまで全て先取りをしてしまえ」と思って生きてきたことが、今になって本当に良かった思い始めている。
気力、体力、金力のバランスが崩れてきて、どうしても計画どおり行かなくなる。色々な問題が弱いところに出てくる。
それなら、無理をしても60前にした方がよいと自覚していた。義兄がしっかり60過ぎの準備をしていて、ルンルン気分でいたが、
60歳直後に亡くなってしまった。 思った通りにいかないのが人生である。初めから、人生の余白を埋めるのも
大事ということを教えてもらった。いずれにしても、一日一日前向きに精一杯生きていけばよいのだろうが。
以前、20歳上の従姉が、自分の90歳でなくなった母親のことを回顧して
『母は50,60,70,80歳の峠を越えていった凄さが解るようになってきた』と言っていたのが印象的である。
老いに関しては現在読み続けている藤沢周平の小説の隠れたテーマの一つだ。
彼は主人公を通して老いいく人生の切なさや、最後の光り方を切々と書いている。もう目の前に、一つの峠が見えてきた。
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2003年05月28日(水)
 784, 芸術家と芸人
5~6年前に、「異種業の会ー旅行に出てみないかい?」と誘われて、面白そうなので参加した。
大学教授、大手代理店の課長、芸術家数人、二代目等、個性的な人の集まりであった。
一回目が九州と大阪。二回めが盛岡と札幌・函館の視察であった。県からの補助金で食事を含めて全て無料であった。
日本が背伸びをした、足の下をそのまま見ているようでもあった。反面、将来の姿とはこんなもの?と予感できる世界であった。
といって、取ってつけた感も否めなかった。一回目が北九州の福岡ドームとホテルと再開発地区、長崎市の観光、湯布院、
大阪の再開発の視察であった。半分はその名を借りたお遊びでもある。しかしどこも新鮮な夢のある輝かしい?世界であった。
特に北九州の再開発は、北九州がアジアに向けての拠点を目指しているのが感じ取れた。
再開発には否定的だが、こういうものの表面だけを見るとなるほど騙されるのも解るような気がした。
湯布院が期待していた以上であった。時代劇の映画に出てくる隠れ里のような山里にあった。
個性的な店が多く出ていた。料理屋に小物や民芸品を売っているのが何ともセンスがよい。
若い女性や若者だけでなく、あらゆる年代の人が楽しめる。映画セットの中にいるような感じがした。
30数年前の軽井沢の旧軽通りに少し似ていたが、湯布院のほうがゆったり、ほのぼのとした感じで好きだ。
 二回目が、盛岡、札幌、函館の視察であった。メンバーはほぼ同じである。これも楽しい面白い旅行であった。
札幌の郊外の丘陵地帯にある芸術をモチーフにした公園には驚かされた。いま考えてみると、バブルの一現象だったのだろうが、
広大な敷地とモチーフが何ともいえない安らぎを与えてくれた。函館の観光をモチーフにした街つくりも素晴らしい内容であった。
石原裕次郎をモチーフにした館とか、ガラス細工専門店とか、年中クリスマスグッズを売っている店があったり、
寿司屋がところ狭しと並んでいる街とか、楽しいのだ。
この旅行で芸術家数人に向かって、「芸術家なんて気取っているけど、所詮は物を作る芸人だろう!」
と酔って言ったらしい。ところが芸術家たちが、その言葉にいやに納得くしていたとか。
・・・・・・・
2002年05月28日(火)
 420,世間とは
「西洋でいう個人が確立されてない日本では、社会は存在していないのでないか?」という疑問が以前からあった。
その代わり存在するのは、噂と悪口からでお互い牽制しあう「世間」である。阿部謹也の「世間とは何か」という本を
立ち読みをして、思わず納得した。現在国際社会で日本が冷笑されるのも、もともと日本では存在していない国際「社会」
の中で、常に世間という日本社会を外に出してしまう為である。勤めとか事業で、いろいろの地域社会をみてきて
漫画的な社会?構造に驚いた。世間様の存在と、それに対するペルソナー仮面を付けて、全員して演技している滑稽さである。
それは社会というより、群れという感覚でありその統制は噂と恥の文化である。 ある作家がある部落に住んで、
その滑稽を「気違い部落」という本で著した。それが売れると、逆に気違い?にされ村八分にされてしまった事が、
話題になったことがあった。世間に属さない他者は今の日本では人であって人間でない、と先ほどの「世間とは何か」
に書いてあった。  その地域の集り坊主とか、地銀とかに勤め、支店長あたりになる。そしてその地域の噂社会の中で、
よい人を演技する?のが、「世間を渡る」という世界。この世界で、個人として真っ当に生きるには、強靭な意思と主体が必要だ。
結局それを殺ぎ落とさないと、生きていけない社会でもある。
そして自分とは何かを死に近づいて考えて、気づく?世間に縛られた小さな一生を、その時初めて悔やむ!
世間とは、幻想社会という事を! 日本の島国的特性そのものだ。
ーーーーーーーー
10年前書いた文章です。
 ーH0407城下街小唄ー
 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、
その長所・短所がよくわかる。その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、“城下街曼陀羅”がきっちりできており
漫画的ですらある。彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。 特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、
彼等の出す“ウワサ”がその社会を大きく左右する。それが事実であろうがなかろうが“マンダラ”の中心点に近い人間が
言った事こそ絶対のようだ。(“ウワサ”として)彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。
先日もいやな“ウワサ”を聞いた、今は下火になったのだが、新興の各業界の?1の社長が十人あまりが故に聞くに耐えない
“ウワサ”を流された。“一種の集団いじめ”なのだが、そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである? それがおもしろおかしくて集団ヒステリック的につくりあげられており、
自らの名が出るかどうか怯えている。“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのものである。
・・・・・・・・・
2001年05月28日(月)
 [34] 糸井重里サイトを見て感じた事
糸井重里の「ほぼ日刊糸井重里新聞」を二年前にホームペジを開いて、
現在1日二十数万のアクセスがあるという。ちょっとした新聞社なみだ。開いてみたがなるほど面白い!
ホームページ作りより、自分自身のインターネットに対する感覚が変わってきている事がわかる。
考えてみたら1度ホームページに載せたら、そのデータは半永久的に残る。
ホームページは墓場と言っていたが、そのとうりである。永久に残るデータベースである。
糸井重里本人が「不思議な感覚」と言っていたがわかるような気がする。


3349, 3339, 2011年新聞・テレビ消滅  −3

2010年05月27日(木)

 「2011年新聞・テレビ消滅 」佐々木 俊尚 (著)
  * 新聞の敗戦
 ー第二章 新聞の敗戦ー の内容は強烈。 著者によるマスコミの死亡予告である。
   その一部分を抜粋してみる
≪ 結論として、こういうことだ。何をしたって助からないものは助からない。コンピューターの時代がやってくれば
 紙のマスメディアが成り立たなくなることは、実はアメリカでは何十年も前から議論されていたが、これまで
「こうすれば何とか生き延びることができる!」という話は聞いたことがない。もう紙メディアは「さようなら」である。≫
 ここまで書いて良いものかと一瞬思ったが、著者の言うとおりである。 さらにいう、
≪ 新聞は再販制度に守られてぬるま湯に浸り続け、あげくに「押し紙」などという発行部数の水増しを行って弱小新聞販売店を
いじめてきた流通寡占と広告減少が密接にかかわっている(中略)寡占が進むと供給者と需要者の間の情報を取り持つ広告の
機能がなくなってくる(中略)メーカーなどの供給者は、マスコミを通じて直接需要者に宣伝するよりも、強力な流通業者に、
セールスプロモーションと称するカネを払って、自分の商品を売ってもらうほうが効率的という考え方になる新聞、テレビが来年、
消滅するというより、壊滅するのは間違いないようだ。地方の新聞社にとって三行広告というのが隠れた収入源だったのが、
アメリカでは、これがネットによって崩壊過程にある。「売ります」「買います」「仲間募集」といった個人広告がそうだ。≫
 〜〜
 何度も書いているが、アップルのタブレット式のiPadが明日に発売されるが、これが新聞の息の根をとめる役割になる。
日刊紙だけでなく、週刊誌も、月刊誌もだが。3〜5年もしないうちに、全国紙が倒産か、大同合併をするしかない。
総部数も半分か三分の一になる、といっても実感が湧かないが。新聞記者より、端末を持って現場にいる人の方が、
情報を先取りし、共有してしまう。さらにミニブログのツイッターが爆発的に普及しているが、これも影響してくる。
 電子化の波は、新聞、そしてTV局を破壊する大津波である。 次は、テレビ、いやテレビ局の崩壊について、である。
 ・・・・・・・
2974,超円高社会  ー2
 2009年05月27日(水)
「超円高社会」 水澤潤著 ー読書日記
  * 資源小国・日本に眠る天然ガス
 思わず見入ってしまったが、実際のところはどうなのか?
ー大まかに概要をまとめてみるとー
英国が第二次世界大戦後、英国から主だった植民地が全て独立をしてしまった。
にもかかわらず、ケインズ流の高福祉政策が労働党によって実施され、経済は活気を失い、国は疲弊の極に陥っていた。 
それはソ連がばら色の宣伝を行ったことも影響していた。この英国病を救ったのは、サッチャーの行った徹底的な民営化と、
小さな政府への方針転換がある。 だがいま一つ、「北海油田の発見と開発」なのである。日本も現在、英国病に似てきて
日本病の様相になっている。ところが日本にも年間消費量の数十年分の天然ガスが噴出したとしたら、どうだろう。 
それがあるというのだ。メタンハイドレートという。 低温高圧の環境下でのみ、メタンガスは少量の水といっしょに
氷を作る性質がある。この「メタンの氷」、メタンハイドレートの鉱床が、静岡県から鹿児島にかけての太平洋沿岸の沖合いに
広がっているのが発見された。 経済産業省が2007年に静岡と三重県の沖合いの区域を対象にして資源量評価を実施した。
その結果、その区域だけでも日本の天然ガス消費量の14年分のメタンガスが眠っていることが分かった。
今回の調査で最大のポイントは、所どころに集中的にメタンハイトレードが存在している場所がある発見だった。
濃集帯の存在が判明したおかげで、発掘の商業ベースに乗ることが分かったのである。
静岡と三重だけで7年分、日本沿海で数十年分のメタンの氷が眠っている可能性があるという。
何でできたかというと、地上の有機物が数百年ごとの間隔で、ドスンと一気に流れ込み、海底に深く溜まったことが判明した。 
つまり、西日本の太平洋側は温暖で雨が多い。そこには豊かな緑が育ち、大量の有機物が地上に蓄積していく。
ところが山が険しく、海が深い。しかも地震帯のデパートである。数百年に一度、巨大地震が襲来し、巨大な台風が襲来する。
地上に分厚く堆積していた有機物の層が一挙に深海にまで勢いよくなだれ込んでしまう。これが浅かったら意味がない。
一気に深海のなだれ込むから意味がある。 深海1000mまで一挙に落ちるから、低い水温と高い水圧で閉じ込められて、
その水圧がメタンハイドレードガスをつくる。 こうしたメタンガスの氷が海底一面に覆い尽されていたのだ。
こういう幾つかの好条件が全て重なって、巨大な鉱床が生まれたのである。 その研究フェーズは2008年に完成し、
2017年には商業化を始めたいのが、現在位置。 あと8年後には日本は世界有数の資源大国に変身し、エネルギー自給国家に
変身しているのである。 台湾近くの尖閣列島に、その鉱床があるから中国は、因縁をつけて、そこを狙っている。
 ーー
 以上だが、採算ペースに合うかどうかの多くの問題があるはずで、そのまま信じて良いのかどうかである。
・・・・・・・・・
2610, 平和度指数で日本が5位というが !
2008年05月27日(火)     才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
 ーまずは、YaHooのニュースーから
英経済誌エコノミストの調査部門、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)などが
140カ国の政情や治安状況を分析し、ランク付けした「世界平和度指数」2008年度版が20日公表された。
日本は昨年と同様5位で、主要8カ国(G8)中では最高。隣国と緊張関係にあるものの、重大犯罪が少なく、
政情も比較的安定していることなどが評価された。
(1) 戦争や内紛が起きたか(2)暴力犯罪のレベル (3)政治的安定性 (4)テロ発生の潜在性など24項目について分析し、
 数値化して国別比較した。トップはアイスランドで、二位がデンマーク、三位がノルウェー、4位がニュージーランドが続いた。
 最下位はイラクで、ワースト2位はソマリア。ほかは英国49位、中国67 位、米国97位などとなっている。 
 ーまた読売新聞によると、
日本は、防衛費の対国内総生産(GDP)比や犯罪率が他国より低い点が評価。
G8では、米国は97位(昨年96位)、ロシアは131位(同118位)だった。
上位20か国のうち16か国が欧州勢。
 --
 以上だが、それでは何でトップ三位には入れなかったか?その理由として近隣に北朝鮮や中国などの不安定の国があるから。 
その北朝鮮は133位という。トップ4位の国は、いずれも行ったことがあるが、共通しているのは、自然が豊かで、福祉が
行き届いており、治安がよいことである。 何で日本が5位なのか、島国で、自然が豊かで、当面テロなどの心配が少ない
ということか。確かに、アジアでは間違いなくダントツに一位ではある。外国人、特にイギリス人の目からみればやはり、
住みやすい国なのだろう。カナダ、スウェーデン、ギリシャも住みやすそうだが? アイスランドも確かに良いが、カナダや、
日本と比べたら如何か?   何時の間にか暮らしやすさに問題がすり替わってしまった。
行ったことがないがブータンなども考えられるが・・・
幸福と平和、どこが違うか? 幸福は主観の問題が強いが、平和は安全問題という客観が求められるか!
                     \(⌒∇⌒)/ホナ、平和ぼけ諸君 バイ
・・・・・・・・・・
2007年05月27日(日)
 2245, 耐震偽装 ?3
ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ
この問題、知れば知るほど根が深い。 間違いなく政権を根底から揺るがす大問題で、背後に創価学会の何かさえ窺わせている。
本当に何時殺されても不思議ではないほど本人はキーマンになってしまった。外人クラブで、藤田は記者会見をして、
今回の問題を暴露していた。この本も自分の生命を彼ら?から守る意味もあったのだろう。
阿部内閣になったとき、一番初めの留任が公明党の北側だった。その時何か奇妙な感じをもったことをおぼえている。
この本が、何時の間にか店頭から消えてしまうのか、増版を重ねるのか、見ものである。実名を書かれた関係者も、
心穏やかではないだろう。とにかく参院まで、押さえきれるかどうかが彼ら?にとって、分岐点になる。
誰もがおかしい!不可解!と思っていたから、これは謎解きとして公開裁判的に問題の火が広がる。
司法は三権分立のはずだったが、今の司法はここまで成り下がった事例として世界に発信してしまった責任は重大。
ーー
Pー301
 田口は、じっと私を見てから、静かに口を開いた。
「今回の偽装事件は、創価学会内部の問題だと思います。今度の内閣改造で初めに決定した大臣は、北側国土大臣でした。
今に出てきますが、<そうけん>というのが絡んでいます。今回、偽装が関係したホテルオーナーも、姉歯も、
ヒューザーの小嶋も、皆な関係者です。この問題を表面化させないため、公明党の北側が続投して、
一挙に解決を図るべくイーホームズがターゲットにされたのです」  田口の思いもよらない言葉に、僕は驚いた。 
「何でそんなことを知っているのですか」僕は唖然として口を開いたまま訊ねた。
「今にわかります。『きっこの日記』というサイトがあります。そこをモニターしてください」
田口は、時として何かを暗示する。今までもそうであった。僕はその話を聞いても「ありえない話」だと思ったし、
あまりにも空想が過ぎるのではとおもった。田口は「きっこの日記」という謎の言葉を残して僕の部屋を出て行った。
僕は、困惑しながらも、グーグルで「きっこの日記」を検索してみた。これが初めて、「きっこの日記」を知ったときだった。
  Pー393
 この事件に遭遇するまで、僕は、マスコミとは‘真実’を伝えるのが仕事と思っていた。
ところがこれが違う。もし、あなたが何かの事件に関わり、取材を受けたとしたら
(字数の関係でカット 09年05月27日)
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マスコミの実態の姿がそのまま書いてある。 マスコミなど、その程度のものだろうということを知らなくてはならない。
しかし、今はインターネットでこうして事実は一瞬のうちに知れわたり、覆い隠したり、操作も限度が出てきている。 
この問題は、国民の間に周知されているのである。しかし国民レベルが低ければ、如何にもならないだろう。
高みの見物ではなく、それぞれのレベルで主張すべきは主張しなくてはなるまい。     (*・ω)ノβψε★βψε
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2006年05月27日(土)
 1880, 新潟県活性化案
1、新幹線を新潟飛行場まで延長する。
2、コスト削減のため単線にする。
3、新潟飛行場を3000~3500?に延長してハブ空港(国際空港)化する。
4、第三セクターを立ち上げ、新潟飛行場周辺を数十万坪買い上げ、特区にして高層のビルの容積率を
 1千%に上げ、買入価格の二~三倍?で売却、新幹線工事費の半分?大部分を捻出する。
5、飛行場と東・西港周辺に大流通センターの特区とする。
 ?特区として、労働特区(外国人への最低賃金制度を免除等)学校特区、高齢者特区・・・
6、飛行場から新潟駅まで新幹線の線路を使った新交通システムの無人電車を通す。
 (新幹線の空いている時間をフルに使う)ー特区地区の住民には格安の乗車券にする。
7、新潟駅から朱鷺メッセ?西港~飛行場~東港の新交通システムを新幹線の延長工事にあわせて本格検討に入る。
 以上、新潟県を「環日本海拠点都市」と位置づけ、高らかに宣言をする。
 その象徴(目玉)として「東京駅から飛行場への直接乗り入れの新幹線」とする。
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 以上が新潟県活性化のための原案である。観光は金沢・富山・福井の観光資源に対して太刀打ちはできないのは
誰の目にも明らかである。(2010年富山開通、2014年金沢全線開通)東京駅から新潟飛行場まで直接乗り入れをすることで、
日本初の直接乗り入れのハブ空港にすれば良い。時代は日本・中国・ロシア・朝鮮半島の環日本海時代であり、
首都圏からは一番近い立地を生かした拠点として、物流基地、アジア大陸への拠点基地として首都圏への中継基地として、
さらには独自の物流基地化が新潟県の機能としてもとめられる。「新潟から2百?のテリトリーとした商圏」のハブ空港化も
セールスポイントになる。軌道にのるに20~30年のスパンになるが、これが新潟県の活性化の最適な姿である。
この案に近いものが方針に出されるだろう。 何故なら、当たり前のことであるからだ!
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2005年05月27日(金)
 1515, 気の発見 ー1   ー読書日記
去年の今頃に書店の店頭で目にしたが、初心者向きに思えたので買わなかった。
ところが先日、図書館で偶然見つけて読んだところ、これが面白い。五木寛之と、対話者・気功家の望月勇の対談集であるが、
作家と気功家の組み合わせが良かったのか、気功について解りやすい言葉で引き出している。
「気ってなに?」という本質的な部分と、気による治療行為、 想念、 遠隔治療、イメージ治療、東洋と西洋の思想の違い、
誤った呼吸法の危険性とかが、読み手に解りやすく語りあっている。私自身、学生時代に合気道に出会い、本部道場にも通った
こともあり、気については40年間にわたって、本を読んだり、実践を通して健康法の一つとしてとり入れてきた。
現在は20年近くかけて「ウォーキング気功」を独自でつくりだし実践している。早朝、土手を腹式呼吸をしながら手の先に
意識を集中をしながら歩く。さらに、太陽を7~8秒見つめて目を閉じて残像の光を見つめる。
それをしながら歩いていると、途中から全身腹式呼吸になってしまう。丸一日の毒素が、身体から吐き出ていくようである。
数年前までは、手の先がヒリヒリする程度であったのが、現在は、ビリビリするほどになった。
特に、ラジウム石のブレスレッドやネックレスを身につけるようになってから、更に強くなった。
気功の先生などは、バリバリするほどになるという。二人の会話は、素人向きに語っているが、内容は高度である。
 ー次回は、この本の面白そうなところを抜粋してみるー             ー つづく
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2004年05月27日(木)
 1150, つれづれに
ー古着屋ー
最近に新潟と長岡につづけて古着専門チェーン店がオープンした。面白そうなので、新潟店をみてきた。
105円のネクタイ二本を衝動買いをしてしまった。持ち込みの古着を?100円で仕入れる。荒利が82パーセントとか。
店は120坪位で、売りにきた人が買っていくケースも多いようだ。全国で三十数店のフランチャイズ・チェーンという。
ハード・オフやブック・オフがあるのだらから、古着があって当然である。
一昔前なら考えられなかった古着屋チェーンとは、時代も変わったものだ。いま元気なところといえば、
リサイクルショップとディスカウントである。時代が厳しくなっているのだろう。
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ー自然体ー
フッと詩集が目に入ったが、なかなか深い自然体の良さがでている。
【坂村真民詩集】
才なき人は才なきままに 処するがよい           花にたとえるなら侘助(わびすけ)のように
鳥にたとえるならみそさざいのように おのれの花を咲かせ  おのれの歌をうたい 嘆かず訴えず
なにごともあるがままに 生きるのが一番よい        
《見えないからと言って》
日の昇らない時があっただろうか        月の出ない時があっただろうか
見えないからと言って             なかったとは言えない
それと同じく                 見えないからと言って
神さまや                   仏さまが                   
いないと誰が言えよう
それは見る目を                持たないからだ                 
大宇宙には                  たくさんの神や仏さまが居て          
この世を幸せにしようと            日夜努力していられるのだ
一輪の花の美しさを見たら           一羽の鳥の美しさを見たら
それがわかるだろう              見えない世界の神秘を知ろう
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2003年05月27日(火)
 783, 新婚さんいらっしゃい !
テレビ朝日系で毎週日曜日の13時に放映している。 桂三枝と山瀬まみ、が司会をしているトーク番組で、
2組の新婚の夫婦をゲストとして招き、新婚秘話や、なれそめの話や、のろけ話しを三枝、山瀬 両司会が引き出していく。
恋愛のパワーのエネルギーが直接つたわってくる。人間の原点や、それぞれの人生が結婚というプロセスで見えてくる。
時には際どい下ネタが出てくる。この番組を見はじめて30年以上が経つ。軽いのりで時代背景がそのままでるのがよい。
周辺のいろいろな結婚を見ているが、全国レベルの変わった結婚のカタチが面白い。
 先日のケースの「拾った男と結婚した」というのが面白かった。 17歳の家出少年を一歳年上の女性が拾って、
カラオケにいって、そのまま部屋に泊めて、成り行きで結婚したケース。捨て犬を拾ってきて、飼っているという感覚である。
色々あるものだが、結婚は人生の私生活という面で大半が決まってくる。結婚相手レベルが自分であるといって過言ではない。
幸せを笑いで祝っているのだから、本人達、放送局、視聴者の三方両得になる。
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2002年05月27日(月)
 419,「金融腐敗列島」
昨夜、BSー6チャンネルの「金融腐敗列島]を見ていると、現在進行中の何処かのある地方銀行の姿そのもの。
(この映画面白いので過去に放送するたび4回見ている。)建てなおす主役がいないことが映画と違うが?
ひどいものである!「取れるところから、分母の貸し金を剥ぎ取れ」が、実際露骨におこなわれている!!!
(大口の倒産の引っかかりを中小の引き剥がしでカバーしている露骨な実態)
どうなるの日本?これが情報化!どんどん腐敗の内部がこと細かく暴露される。
どんどんTVで流されていること解ってないのだろう! 自分が同じことをやっている事、解ってない!
こっちは4回見ているのに。 これが日本の姿は旧約聖書の世界に似ている!
日本的社会主義の末端??の最終踏ん張り。でもその一員でしかない! そのテリトリーの?
それだけ現在は追い詰められている! 金融腐敗列島の内容が、今こそ露骨な現実だ。
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2001年05月27日(日)
 [33] デフレ実感
家内が初めてマックの半額のチーズバーガー2個とマックシェ?ク1個を買って300円でお釣りがきたという。
息子とインスタントコーヒーを出し、チーズバーガーを1つとシェ?クを半分ずつ飲んで信じられない感覚だったとか。
1人150円でインスタントコーヒーをいれて170円、デフレを実感したという。うかつであった。
買った事がなかったのだ。 100円ショップ、家具のニトリ、サエゼリア、ユニクロ大きい共通点がある。
物価のグローバル化を戦略的にめざしている。100円ショップの原価は平均28円だそうだ。
300円から3000円のプライスの商品をトレードオフして、中国などの国で10?35円で作らせて持ってくればいい。
100円ショップは当分は伸びる。2000?3000円した旅行用空気枕を100円ショップで買って結構良いのに驚いた。
デフレとこの不況まだまだ入り口だ! デノミのタイミングもそろそろだろう。

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