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堀井On-Line
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2009年11月27日(金)
「 金を通して世界を読む 」 豊島 逸夫 (著)
このところ、金の価格が動き始めてきた。年初からみると、4割の上げで3500円。 銀が9割上げていることからみて、まだ上がるという強きの見方が大勢である。 この本、半年前に買って目を通したが、あまり積極的には読んでなかった。 しかし、ここで新聞などで金の値上がりが報じられたこともあり、再び読み始めたが面白い。 まずは、その一分内容を書いてみる。 ・ 投機を目的とするか、投資なのかをハッキリすべし。 ・ 金は一般的に「有事の買い」といわれるが、実は「平時の買い、有事の売り」である。 ・ ドルは200年、金は2000年の通貨の歴史がある。 ・ ドル発券国のアメリカの外貨準備に占める金の割合は70パーセント以上。 中国・日本は1パーセントに過ぎず、巨額のドルを保有。欧州のドイツ、フランスは50パーセント以上。 中国の金の生産量が南アを抜いて世界一位。その日本は、金が高騰すると、貴金属のリサイクルが進んで、 一転輸出国になる。 これは国力衰退の象徴である。 ・ 金は30年前の5千数百円をピークに停滞が続いたが、10年前の1999年から長期上昇トレンドに入っている。 10年前の底値は250ドルである。現在は1200ドルに近いので10年で5倍近い値上がりになる。 ・ 実物資産の不動産と比較すると、金には *固定資産税がかからない。 *売買市場が完備されており、日々の価格も外為同様に公表される。 *小分けが出来る。 *資産の隠匿手段として最適 *利息などキャッシュフローを生まない。 しかし、これがアラブなど中東の金持ちにとって、アッラーの教えに反しないので金保有は都合が良い。 〜〜 以前にも少し「金」について取上げたが、金といえば商品取引業者の餌食になる「金の投機」が思い浮かぶ。 目先の動きの先物で利ヤザを稼ぐ際どいもの。 著者は、その道のプロだが、長年の結果が8勝7敗だが、 そのプロ筋では8勝の結果は評価は高い。金投機のプロは8勝7敗で生き残り、7勝8敗で消えていく世界。 その8勝と7勝の一勝の差は、「損切り」。 問題は負けが込んでいたときに、いかに手早く見切るか、 それが出来ないという。 今に戻ると希望的観測を持ちたがるが、よほど強い意志がないと出来ないという。 だから、相場のプロも自分個人の資産運用に関しては純金積み立てと決めている。 相場に魔法の杖がないことを骨身にしみているので無益なゼロサムゲームには、参加しない。 仲間のデーラーも同様だという。 そういう世界が投機筋ということだ。 恐ろしい世界である。 ーつづく ・・・・・・・・ 2793.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・2 2008年11月27日(木)
「自分を大切にするものは、他人も大切にできる」とするなら、「自分を大切にしないものは、 他人も大切にしない」ことにある。こういう人間、本当に多いよな〜、と思っていたが、じゃあ、御前さんはどう? と言われると、酒飲みすぎて、命を縮めているじゃないか。そして酒の勢いで他人を傷つけているじゃないかい?と 言われれば、成るほど、納得する。「自分の意志の主人となり、良心の奴隷となれ」(ユダヤの諺)は、至言である。 ーーー 「ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ 」−2 読書日記 【第一の法則】 自分を大切にするものは、他人も大切にできる。
「自分が ありのままの自分でいられるような人生を 謳歌するためには、 音楽家なら作曲し、 画家ならば絵を描き、 詩人であれ1ざ詩を書くのだ。 自分の命にそった生き方を選ぶことが、人間にとって、もっとも自然な姿なのである」 エイブラハム・マズロー ー 「無理して人と違う自分を演じようとする必要はない。 良い結果を出そうと頑張れば それだけでじゅうぶん人とは違う自分を演出できるのだ」 アーサー・フリード ー 「盲人の国では片目の男は王様だ」 ユダヤ人の友人のことば ー 「自分を信じるのだ。 自分の力は、自分が思っている以上に あるものだ」 ベンジャミン・スポック ー 「自分に対して とことん正直になること、それが心身に良い影響を与えるのである」 ジークムント・フロイト ー 「いつも自分一の外側に、カや自信の源があると信じて捜してきました。でも、本当は自分の内側から にじみ出てぐるものなのです。 いつだって 自分の中にこそ、強さや自信の源はあるのです」 アンナ・フロイト ー 「世の中を敵にまわして戦う時は、世の中につけ!」 フランツ・カフカ ー 「よく、あの人はまだ自分を探し終えてない、などという人がいるが、 そもそも自分とは 探すものではない。 みずからが創り出すものである」 ユダヤの諺 ー 「みんなにイイ奴とは、誰の友達でもない」 ユダヤの諺 ー 「自分の意志の主人となり、良心の奴隷となれ」 ユダヤの諺 − 「わたしのモットーは、心に生じる罪悪感を 決して疑わないこと」 フランツ・カフカ
・・・・・・・・・ 2007年11月27日(火) 2428, 自分を理解するため他者・コンピューター −2 才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 人間と動物とが共通に有している能力よりも、知的・理性的側面が、 人間固有の特徴として逆照射されたが、今度は特有の特徴を凝縮したコンピュータから 人間に向けて照射したら何が浮かび出るのだろうか。 この数日、コンピューターから人間を照射した、動物と人間の差異は何か?を 自分の頭で色いろ考えてみた。 ・喜怒哀楽の激しい感情、 ・欲望の過大性、 ・自らの知恵で環境を変える能力、 ・考えることを考えるー哲学をする能力、 ・新たな他者としてのコンピューターを使い、支配する能力、 ・言葉を持ち、それを書き写す能力、 ・自らの意思を持つ能力、 ・自らの神を創造する能力、 を持ち、それ故に自ら自然界を道連れに消滅する宿命を持った動物である。 まだまだ幾らでもあるが、 私が今考えた「動物と人間の境い目」である。そうこう考えると、やはり動物とは違う存在である。 更に人間は、この新たな他者を爆発的に発展させ、自らの周辺の環境に融合しだした。 これが良いにつけ悪いにつけ、次の大きな問題になってきた。 世界が一変しだしたのである。 −前回のレポートの続きである。 ーー *現実感を変えるバーチャル・リアリ一アイ ーコンピューター 黒崎政男(哲学者) そして、今日では、コンピューターと哲学をめぐる聞題群はさらに広がっている。1980年代から始まったコンピューターの パーソナル化は、予想を超えた速度で進行し、コンピューターはあっという間に個人的生活の内部にまで浸透した。 コンピューターは、もはや、われわれに脅威を与える他者という遠い距離に留まるのではなく、完全に環境として われわれを取り巻くようになった。 そしてさらに、コンピューターとわれわれの関係はさらに密接になっていき、 〈われわれの外部としてのコンピューター〉という性格さえ危ういものとなっていく可能性が出てきた。 つまり、現在さまざまな形で間題となっている〈バーチャル・リアリティ〉である。 われわれわれは、今やそれをわれわれの身体の一部として、あるいは頭脳に一部として 組み込もうとしているわけである。その意味で、人問とコンピューターとの結びつきは、もしかしたら、 着実に進行しているのだろう。それは、脳に直接機械を埋め込むという、ミンスキー教授が言うような 原始的な方法によってではないかもしれない。われわれの環境が、電子的に媒介された映像などで満たされていくとき、 そして、人々のコミュニケーションがほとんど電子的な媒介によって営まれるようになったとき、われわれの現実感の変容 という形で、それは進行していく。コンピューターは、人間とはなにか、を逆照射してくれるあらたな他者として、 今日、きわめて意味深い存在者なのであるが、今後、人間は自己規定をどのように遂行していくのだろうか。 あくまで、人間性にこだわっていくのか、それとも、そんな課題は放棄してしまうのか。興昧は尽きないのである。 −− 10年先、いや5年先さえ、想像すらつかない変容が待ち受けている。 それを見るだけでも現代に生まれた良かったと思っている。 ヽ(。・c_,・。)ノ バイ ・・・・・・・・・ 2006年11月27日(月) 2064, あたりまえなことばかり −15 o( `▽´ )Ψオハヨウ! 7歳の頃、一番上の兄が死んだ時に姉に「死んで兄ちゃん、どこに行ったの?」と聞いた。 そのときの姉の答えは、「白い馬になって、空の上の昇っていたいったのよ」であった。 数日後、兄が白い馬になって空に昇って行った夢をみた。 子供ながらに、その時の両親と兄・姉の悲しみは敏感に感じ取っていたのだろう。 こういう経験を重ねて、死は怖いもの悲しいものという先入観が植え付けられたのだ。 亡くなってから何度か「どこかに行っていた兄が帰ってきた夢」をみた。 空の彼方からというより、そのつど事情が変わっていた。兵隊から帰ってきたり、旅行より帰ってきたり・・・ 人は元気で長生きをしなくてはならない。世界も、自分も変わっていく。それは遥かに予測や想像をこえている。 いま、ここは全てである、しかしその全ての背後に得体の知れない世界がある。 それを知りえるには、変化していく自分の世界と経験の蓄積の範囲でしかない。 ーーーーーーーーーーーー 他者の死はなぜ悲しいのかー? ーーーーーーーーーーーー 言語と論理に即して考える限り、「死は存在していない」。自分の死は言うに及ばず、他人の死すら「見つからない」。 しかし、だからこそ、「他者が死ぬ」とはいったいどういうことか悩ましいなぞとなる。死は存在しないが、死体は存在する。 他者の死体の存在によって、現実の出来事になる。死の境によって動いていた体が動かなくなる。この変化の意味、 これが理解できない。理解できないまま、死体は然るべき手順で処理され、無くなる。 死体として存在していたものが、もう触れることも出来なくなる。我われが他者の死を理解したと思うのは、 やはり物理的肉体の消滅、その確認ということだ。逆にいえば、物理的確認がなければ、我われは「その人が死んだ」 ということを、どこまでも理解できないことになる。人類における葬式、葬送の儀式とは、この、理解できない他者の死を、 理解しようとするための方策に他ならない。文化的社会的なけじめを与えるのでなければ、我われは「その人が死んだ」 といえない。 (字数制限のためカット 09年11月27日) ・・・・・・・・ 2005年11月27日(日) 1699, 人生の価値について −1 −読書日記 『人生の価値について』西尾幹二著 新潮選書 (-_ゞnemu (~O~)ふぁ この本では、どうしたら人生に成功するかという、いわゆる人生での成功の秘訣や、いかに生きがいを見つけるか といったことは書かれておらず、生きがいとは何か、成功は価値に等しいのか、が述べられている。 成功失敗、幸福も不幸も、希望も絶望も、生も死も、結局は同じものの二面性にすぎないという。 「人生は偶然に支配され、何が起こるか分らないからこそ、生きるに値する」という、宿命を認めているところは 本人の人生体験を重ねて深いところを見据えている。 104節からなる各々の文章が、どれを読んでも解りやすい文章で読者を深いところで納得 ー90節の「希望について 」が、心に残った。 重病患者ばかりが入っている病棟に入院したときの著者の記述が鋭い。 著者がそこで不思議に思えたのは、明日にも死ぬかも知れない人々にも「社会生活」があることである。 余命幾ばくもない患者たちが、日常のささいなことに心をとらわれていることである。 明日の命も知れぬ人が、ナイター中継に夢中になっていたり、同じ病室の人に悪く思われないように 気をもんでいたりすることなど、「死」という大きくて困難な問題を直視しないようにしていることを知る。 Σ(゜Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!! 死にたくない! このような経験から感じたのは 日々の小さな出来事に敏感になることで、困難で恐ろしい(死)を考えないで すむようにする人間のたくましい実態である。 パスカルはこんなふうに言っている。 「人間と言うものは、どんなに悲しみに満ちていても、もし人が彼をなにか気を紛らわすことへの引き込みに 成功してくれさえすれば、そのあいだだけ幸福になれるものである」また102節の「人生の長さについて」もよい。 「人生は快楽や楽しみごとや不安や緊張や困難で、いっぱいに満たされているのが通例である。 だから時間は素早く過ぎていく。しかしそういう物を何かの偶然で突如欠いてしまうと、時間はとたんにだらだら と怠惰に流れ、退屈という新しい苦痛が発生するのである。 時間はそのさなかではむやみに長く感じられる。」 (′O`)hima〜 「今過ごしつつある時間を長く感じることを人間は一途に嫌悪し、これを避けようとするのだ。 できるだけ時間を短く過ごすことが生の確証であり、生きがいの充足をしていると思っている。」 著者は「あらゆる人間の行動はすべてその人の暇つぶしである」と述べている。 この人間の行動というものの中には仕事や家事、学術的な研究まで含まれる。暇であるという状態は、その人に 自己の生の無意味感を与える。それを感じたくないがために、我々は何かを行っていなくては生きていけないのである。 何かこの辺を読むと人生とは何ぞやとか真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなる。 ・・・・・・・・ 2004年11月27日(土) 1334, 「おカネの発想法」ー読書日記
父が末期ガンで死期を悟った時、私に意味深のことを言ったことを思い出す。 「紙に一千万と書いて、この一千万と通帳の一千万と自分にとって何が違うだろうか。 今さら一千万の現金を手にとって使おうとしても何に使えない」 と。死を目前にした父にとって、 いくら現金があろうが、それが何にもならない。お金も、元気なうちに使わなくては価値がない。 「使えるから価値があるので、使えないのは価値がないのと同じである!」と言いたかったのだろう。 好きな事業をしてきて、地方としては戦前・戦後と二つの時代に渡って成功をしてきた人である。 そして、道楽も幾つか持ち人の数倍も人生を楽しんでいた。「全く同じ人生を、いま一度生まれてきた繰り返したい!」が、 父の最期の口ぐせになっていた。父は事業の恐ろしさを知り尽くしていたので、最悪のヘッジとして不動産や、証券や、 古道具や、現金にして溜め込んでいた。 しかし死を目前にして、何だったのか疑問を持ってしまったようだ。 反面、事業をしていると、資金は命の次に大事であるとを思い知る。会社の血液である。 「ある日突然、思いもよらない時代の激変が起こって裸になってしまう!」ことが、経営の宿命である。 そのため、経営はそれに備えて置かなくてはならない。 しかし、あるところまで生きてきたら、 生き方そのものを転換をしなくてはならないことを、その時に父から教えてもらった。 ーー ーーこの本の印象に残ったところを抜粋してみる。 ーあなたは、おカネである金貨を大きな袋に詰め込んで船に乗り込んでいます。 ところが、乗っていた船が激しい嵐に襲われて、船を捨てて避難しなくてはならなくなりました。そこであなたは、 金貨の袋を腰にくくりつけて海にとびこみました。海底に沈んでいきながら、あなたは人生を振り返りこう思い悩みます。 私はお金を所有していたのか、それとも、お金が自分を所有していたのだろうか、・・・と。お金は所有するものであって、 所有されるものではありません。 お金に振り回されないためにも、お金を所有することの向こうにあるはずの リアルなコミュニティの重要性に気づくべきです。 ーー ーヤップ島の石のおカネの話と我われの通貨とどこが違うというのか。 ヤップ島には、車輪のついた乗り物がなかった。したがって、道路も整備されていなかった。 そこで、、1898年にドイツ政府がコロリン諸島をスペイン政府から買取り、所有権を引き継いだ時、荒れ果てた道を 修繕するように通達を出しました。ところが、全然修繕が進みません。そこで、ヤップ島の通貨として 指定したドイツマルクで金を取ろうしたが、島民達は、笑うだけで自ら修繕しようとしません。 そこで一計を案じました。通達を出した村や町に役人を送ると、価値ありそうな現地の通貨の「フェイ」に「×印」をつけて、 政府所有にしたのです。この政策がウソのように効果をあげ、ドイツマルクに対して、何とも思わなかった島民は「フェイ」 を失ったことを悲観して、ひっしに働きだした。 修繕が終わると、政府は「フェイ」に書かれた「×印」を消して回りました。 島民たちは自分達の財産が戻ってきたことを心から喜んだという。ヤップ島のひとを笑うのは自由だが、本当に笑えるだろうか。 というのは、私達がお金と信じている預金通帳のデーターも、本質的には「フェイ」に書かれた「×印」と大同小異だからだ。
・・・・・ 2003年11月27日(木) 967, PDPテレビをいれて一年、の感想
一年前の随想日記を振り返って読んでみて、PDPテレビをいれて一年経ったことに気づいた。 丁度その頃、会社の近くにDVDのレンタルショップが開店したため毎週のように借りて見ていた。 オーバーにいえば、そこの見たい映画を殆ど見てしまった、といってよい。普通のTVがハイビジョン並みの画面である。 それと画面の大きさが一番のポイント。映画館にいっているようで、綺麗で迫力がある。 その為、劇場中継や音楽番組や自然紀行などの番組がすばらしい。 次の世代は「実際見るよりより綺麗な画像」 になる可能性があるという。 人間の眼よりも世界を鮮明にとらえてしまうのだ。プロの使うカメラの世界は、ずっと前に その段階まで入ってしまっている。これからは映像の世界がそうなるというから、想像を超えた世界になるだろう。 PDPの値下がり幅がもっと進むと思っていたが、それほど下がってない。しかし「カタ落ち」では1インチ一万円 (50インチー50万)に近づいている。価値はあるかと問われれば、「充分ある」というのが答えである。 「36インチのブラウン管のハイビジョンと変わらないのでは?」といえば、そうではない、それなりの価値はある。 来年から爆発的に売れ出すであろう。3年後、1インチ5千円あたりが落ち着きどころだろう。 それよりも一緒に買ったDVDがよい。ハードに録画を貯めておくのが非常に便利である。 DVDに録るということは皆無である。どんどん録って、見て面白くないのは消去できるからだ。 あのビデオの物理的な煩わしさから開放されたのが良い。
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2009年11月26日(木)
* 金か〜 金の動向が気になってはいたが、一月前あたりからジワジワ動き出してきた。 金が上がるのではなく、他の貨幣が下がるのだという理屈は言いえて妙である。 住宅価格下落をよんで、下げで大もうけをしたジョン・ポールソンが近く金《ゴールド》を中心とした ファンドを始めるという。彼のことだから、3〜5年の最低のスパンで金に兆単位を投資するというのだから、 ズッシとくるのは当然である。 恐らく、2〜3倍の高騰を予測しているのだろう。 銀も、一年前から高騰を始め、年に90パーセント以上も値上がりをしているというから、 銀に正比例すると、金はまだ40パーセントというから、50パーセントの値上がりが見込めることになる。 そうはいかないのが、相場の世界の恐ろしさである。 まあ、どうなることやら。 〜〜 * その時、犬が吼えた ワン! まだ忘れることが出来ないが、ウソのような本当の話がある。 学生時代のドイツ語の授業のことである。 ドイツ語を日本語に誰かが訳していた時のこと。 「そこで犬が吼えた」と訳した時に、ハカッタように何処かから犬が「ワン!」と吼えたのである。 部屋中、教授も含めて大爆笑だった。 あれほどの面白タイミングの面白い偶然は、後にも先にもない。 あれから44年もたったか。年齢を重ねると、一年前も、50年前も同じようなものか。 〜〜 *「ランチョンテクニック」 食事をともにした相手に心を許しやすい心理傾向を「ランチョンテクニツク」という。 我われは自律神経が午前中と午後とでは働きが違うが、これは人類がまだ狩猟生活に明け暮れていた頃の名残で、 「交感神経」が「闘争と逃走」を、「副交感神経」に、午後は「休憩と食事」のモードを司っているからである。 つまり朝から昼にかけては論理が支配する「論理モード」に、夕方以降は「感情モード」になっている。 これをさらに応用すれば、ランチ時は「論理モード」なので、契約や提携などビジネスモードのシビアな話をしても 「ランチョンテクニック」で緩和される。 そして「感情モード」の夜に食事をする相手は、ビジネスの話はそこそこに 親密度がアップする接待モードが効果的になる。 だからロジカルにビジネスの話を進めようとする外国企業はランチを 共にすることを好み、取引先との人間関係を大事にしたい日本は夕食を共にしたがる。 そういえば、自分をみるに、朝一番には、この随想日記の最後の仕上げをし、出社した後には前日の数字を見て、 新聞と手帳や手書きの日記帳に何やら書きつけ、それが終わると遊びモードに入ってしまう。 自由に気ままにインターネットをしたり、本を読んだり、とにかくリラックスをして考える。
・・・・・・・・・ 2792.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・1 2008年11月26日(水)
ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ −1 「ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法のコトバ 」 スティー ブ・モリヤマ (著) この本はユダヤ民族に流れる哲学や思想が151の名言・フレーズとして紹介されている。 図書館で借りてきて何気なく読んでみたが、中味の濃い内容が次から次へと出てくる。 ユダヤ流「成功のヒミツ」は、ビジネスの成功者やノーベル賞受賞者は人口比でみても多いのですが、 ユダヤ人の成功哲学には、「金儲方法」の類はまったく見当たらない。実践の結果として、財力や知性が身につく教えが多い。 彼らに一貫しているのは、「知識」ではなく、「知恵」に対すこだわり。 彼ら成功者たちは、先人や親からのそうした教えを自分で消化し、実践している。 ー以下は、この本の説明文と、9つの成功法則である。 〜〜〜 この本ではユダヤ流・成功法則を以下の9項目に分け、各項目に関連するユダヤ人成功者たちの名言を付記している。 各法則を一つ一つ文字でこと細かに説明するよりも・この方がより効果的に行間に流れているユダヤ哲学を伝えられるのでは ユダヤ人は他人と差別化することを重視しているため、多種多様の解釈がでてくるが・読者の置かれている状況も 多種多様である以上、そのほうが具体的事例に当てはめやすいかもしれない。 ●ユダヤ流・成功法則 1 自分を大切にするものは、他人も大切にできる。. ●ユダヤ流・成功法則 2 なんでも鵜呑みにするな1人間は鵜ではない。 ●ユダヤ流・成功法則 3 口はひとつ、耳はふたつ。 ■ユダヤ流・成功法則 4 カネを追うな!お金には追われるようになれ。 ●ユダヤ流・成功法則 5 「学ぶ」ことは「知る」こと。「知る」ことは「変わる」こと。 ●ユダヤ流・成功法則 6 失敗を恐れるな。やろうともせずに逃してしまうチャンスこそ、恐れるに値するのだ。 ●ユダヤ流・成功法則 7 何もしないことこそ、最大のリスクなのだ。 ●ユダヤ流・成功法則 8 無から有を生み出す喜びを知れ!それには「質問力」が大切だ。 ●ユダヤ流・成功法則 9 笑ってツキと若さを引き寄せろ! 〜〜〜 これらの内容は、著者が過去十余年にわたってヨーロッパで働きながら集めた世界中のユダヤ人による 名言の一部である。収集した約1万の名言の中から厳選したというだけのことはある。
・・・・・・・・・ 2007年11月26日(月) 2427, 自分自身に「なる」こと (。・ω´・)っノXXXXXXXXXX>C【才ノヽ∋―】 人生を振り返ると、全てが自分自身に「なる」ためのプロセスのような気がする。 先日、小学校の同期会があったが、それぞれの生き方をしてきたとしても、突きつめてみれば 「自分らしく生きてきたかどうか」である。 人生の質でも濃さでもない。 そんなことは生きてきた、生きていることからみれば、些細なことである。 死線を何回か乗り越えてきた人、北アフリカとフランスに十年住んでいた人など、色いろな人生を背負った、 それぞれの人生を垣間みて、「人生で何をしたかより、その人らしい生き方をしたかどうか」 こそ、振り返った時に問題になる。 残るのは「本人らしさ」だけである。 以下は、『哲学の教科書』・中島義道ー の中の文章である。 −−− ここに、最高の自己表現、誰にでも適性があり、かつ人生の最高目標に据えるにふさわしいことが一つ残されています。 それこそ、はじめに触れました(自分自身になる」というとです。 全ての人は個人なのだから、そのまま何もしなくとも 人生の最高目標をもう達成していると考えるなら、そんな甘いものではない。マザー・テレサは、視線を絶えず苦しんでいる 人達に向けながら、このうえなく「自分自身になる」ことを実現している。あるいは自分のよい個性を伸ばす事も 「自分自身になる」である。特別世間的には偉くなくとも、その人のそばにいるとホッとするような人や安心するような人は どこにでもいるものです。しかし「自分自身になる」ことは、必ずしも世のため人の為になることを含意してはいません。 この言葉には「よいこと・悪いこと」といった枠を越えたもっと根本的な意味があります。 それは、「生きること」そのことを目標にする「生きること」そのことを問題にすると必ず「死ぬこと」 が影のようについてまわる。 前に紹介した禅の坊さんたちの修行の目標は、例えば白隠の「いつかは生死を離るべき」 のように、あるいは道元の,「生をあきらめ死をあきらめるは仏家一大事の因縁なりのように、「生死の区別」そのものを幻と 自覚するようなところにあるようです。最終的にはこうしたことに収斂することは認めながらも、しかし多くの若い人々は 必ずしもつねに,「生」、や「死」そのものに悩んでいるのではなくー すでに見たように一就職とか結婚、あるいは自分の肉体とか性格など目前の具体的なことに悩んでいるのではないでしょうか。 そこで、次にこうした悩みについて考えてみます。 私はいかなる(いわゆる)些細な悩みであれ、本人がそれを悩むかぎりは、 彼〔女)にとって悩む理由はあると思っております。 いやむしろ、(いわゆる)些細な悩みであればあるほど、 誰もそれを真剣に取り扱ってくれないゆえに、本人の内部でいつまでもくすぶり続けるのです。 では、どうしたらよいか。 ある欠点に悩む人はその欠点を消去ないし改善するのではなく、それをー変な言い方ですがー「伸ばす」ことです。 ーー 著者の事例が良い、「長谷川町子からサザエさんを、美空ひばりから演歌を取ったとしても、 本人が生きたことから見れば些細なことでしかない。」それを死期を悟った時に、本人が一番気づいたはずである。 著者は、これまでの価値観を根本的に揺らぐようなことを平気で述べる。 それだけ生きるということ自体が価値があるということだ。 少し考えれば、当たり前のことだが、その当たり前のことに気づかない!だけである。 *´・ω・)ノ バイ! ・・・・・・・・ 2006年11月26日(日) 2063, 親戚の交通事故
一昨日の夜20時過ぎに家内が柏崎の実家の近くに住む妹に電話をしたところ、彼女の連れ添いが交通事故にあったという。 「入院中の義母が、数日前から具合が悪い」という連絡が数日前に義妹から入り、私と見舞いに行く打ち合わせの電話をした時に、 その知らせを聞いた。 「数時間前に亭主が交通事故にあい、病院で手術中」という。 昨日の朝さっそく病院に行き、集中治療室に入っていた本人と話したが、身近の人の重傷の交通事故の人は初めてである。 顔は倍近く腫れあがり、脚は二箇所骨折、来週ふたたび手術という。 首の骨も折れているという。 たまたま、義妹と家族が買い物に出ていたが、頭はしっかりしていて、見舞いのお礼をいっていたが、正視できない姿であった。 オートバイで直進していたところ、交差点で右折の軽自動車と激突。意識不明のまま、救急車で運ばれたという。 タバコも吸わず、酒ものまず、「家業の自転車屋と、社会保険労務士と、貸家、貸し駐車場を経営、真面目を絵に書いたような人。 今まで事故も一切起こしたこともなく性格どおり平穏な人生であった。人生何が起こるか解らない。来週の手術次第で、 どうなるかは今のところ解らないとか。私が同じ状況なら、誰もが、「ヤツも、やっと罰が当たった!ざまをみろ」と、 異口同音言われるだろうし、それも肯けるが・・ 交通事故は車を運転している限り、一生のうちに、平均すると 重傷の人身事故(軽傷から死亡事故までを均すと)に出合うという。車や、オートバイで人を殺傷してしまったという話は、 何度か聞いたことがあったが、本人が重傷のケースは初めてである。二十年ほど前に日光街道で‘ありがとう右折’で止まって くれた車の後ろから直進してきたきたオートバイを撥ねたことがあった。撥ねた瞬間、その場面がスローモーションのように 展開したのが脳裏に鮮明に残っている。ボンネットにライダーが宙返りをして、バッタと、かぶさった影像である。 たまたま人身事故にはならず、オートバイの損害保険程度で済んだが・・一期一会は、決して感激・感動・感謝の場面だけではない。 家内がいった、「事故の前に時間を引き戻したいでしょうね!」という言葉が、印象的である。
・・・・・・・・ 2005年11月26日(土) 1698, 辺境へ −3
この本の内容とは、少し違うが私が行った辺境を印象深い順にあげてみる。 (辺境というよりむしろ、異境ー‘Σq|゜Д゜|p ワオォ ’という意味である。) 1、やはり一番は 中国ウィグル地区のタクマカラン沙漠のインド側のホータン〜カジュカル〜パキスタン国境のクンジュラフ峠 〜カラコルムハイウエー〜フンザ〜アフガン国境のペシャワール~イスラマバード。 2、アルゼンチンとチリーパタゴニア地方 3、南米のベネゼイラのギアナ高地 4、タンザニア 5、イスラエル 6、北インド 7、アイスランド 8、ケニアのヌーの河渡り 9、ネパール 10、シリア・レバノン・ヨルダン 11、エジプト 12、モロッコ 13、桂林 (~O~)ふぁ・・ 14、ペルー 15、ブラジルのカーニバルと、イグアスの滝 (以下、字数制限のためカット09年11月26日) (◎-◎;)!! 一番辛かったのは、生理現象である。( ̄ω ̄;)!! 時差と食べ物の関係で2〜3日 体調を崩す。それを恐れていては、何処にもいけるものではない。 ただどういうわけか、強盗・窃盗にはあったことはない。ツアーの良いところだろう。 大自然や異文化から受ける大きな感動や驚きからみれば、その前に立ちふさがる壁は踏み石でしかない。 それだけ、素晴らしい景色と感動が待ち受けていた。 できる時に、できる事を、できるだけしておいて本当に良かったのが、実感である。 ヾ(^-^)ゞ ・・・・・・・・ 2004年11月26日(金) 1333, 2000年前のポンペイ −4
遺跡の中でポンペイの遺跡は、奇跡に近い状態で当時の世界をそのまま閉じ込めて現在に提示してくれている。 この世界のグラビアの本を開いているだけで、気持ちが2000年の時空を飛び越えてローマの時代にはまりこんでしまう。 この小プリニウスの手紙には、大きな衝撃を受ける。この青年の知性にも、驚きざるをえない。 ( 字数の関係で、カット。あとは、分類の検索に載っています。) (2007年11月26日) ・・・・・・・ 2003年11月26日(水) 966, 悪口についての一考察 −2
どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉がある。だから、その人の居ないところでいう悪口は楽しいのである。 これが人間の悲しい性である。4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。 片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは私の悪口を言っていたのがミエミエであった。 そして「人の悪口は楽しい!」といっている姿に唖然とした。そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口である。 私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。虚飾などどうでもよい? 見えるのは 裸の猿の狂った姿である。大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。 人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。さらに、こういう社会学的な本が好きで 40年近くも読み続けているから知らないうちに外語化しているのだろう。 表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。同級生のスナックのママに説教をされたが、 その道のアマチュア? ということは知らないようだ。ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。 ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、自己のプライドなど微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。 ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、「悪口はいけません」とのたまう。 この二面性を持っているのが人間の姿である。 悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。 ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー 「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっているような奴」「子狐のような奴」「屑どもめ」 「仕事が出来ない」「気がきかない」「痴呆迷死」「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」 「たかり」「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス」 悪口はまるで無尽蔵である。 嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に渦巻いているドブから発するガスである。
・・・・・・・・・ 592,ーこころにのこった詩ー2 - 2002年11月26日(火) ー兄弟ー びーと たけし
兄ちゃんが、僕を上野に映画を見につれていってくれた 初めて見た外国の映画は何か悲しかった ラーメンを食べ、喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ 兄ちゃんが、後で入ってきた、タバコを吸っている人達に 殴られて、お金をとられた 帰りのバス代が一人分しかなく 兄ちゃんがおりた 僕はバスから飛び降りた 兄ちゃんと歩いて帰った 先を歩く兄ちゃんの背中がゆれていた 僕も泣きながら歩いた −−
これを読んで子供のころの出来事を思い出した 詩的に書いてみるー 小学校の低学年の頃、兄と歩いていた 兄が急に頭に手を当てた 帽子を取ると頭が血だらけだった 兄はそれを見て泣き出した 帽子に穴があいていた すぐに誰かが空気銃を撃ったのが解った 近くに不良の中校生がいた 彼だろうと思った 兄の手をひいて帰った その問題は大きくはならなかった それから10年経ってその少年は殺人事件をおこした ざまみろと思った −− この文章を考えて寝たため昨日の朝、ビートたけしの兄弟の夢をみた。夢の中の対談で私が司会者だった。 たけしが兄にふざけて昔貸した200円を返せという。また二人で読んでいる新聞を取り合いをしている。 兄弟でいつの間にコントをしている。それがこの詩のように仲がよいのだ。 何か失われた家族を見ているようであった。 また自分の脳の想像力の凄さ単純さに驚かされる。自分でいっているのだから間違いがない。
・・・・・・ ある時間の断片 1968年 11月26日 9時15分に起床。10時半に学校へむかう。川崎と待ち合わせて、ノートを借りる。食事後川崎と「サルビア」へ行き話す。 「昔の彼女に会って婚約を知り、再び結婚を前提で付き合いたい」といったという。聞いていて馬鹿馬鹿しくなってきた。 「身勝手もいい加減にしろ」と思ったが、口には出さなかった。試験勉強をする為に、独りで図書館に行き、 その後再び川崎と食事をする。帰寮後、川崎に借りた本をうつしていると、駒村が来る。 少し彼と話す。 その後、炊事場で米林から、南波嬢と蒲生が何とやらと聞く。本当かどうか解らないが、もしそうなら南波嬢も その程度の人かと失望をする。佐藤に知られなければ良いのにと心配だ。 佐藤は気が多い男だからだ。 その後、大妻の宮本さんがくる。宮本さんも面白い人だ。間中の「自他とも認める何」だから気楽に傍に寄せているが。 彼女が帰った後に、食事に行く。 その後、集中して勉強。 夜半0時に米林がくる。 佐藤嬢とのノロケを聞かされる。彼は今は女性のことしか頭がないみたいだ。 不安なのだろう。 それにしても、シモの具体的なことを何故言いたがるのか理解できない。 後記ー 2003年11月26日ー 書き写していると当時をアリアリと思い出すものだ。そして、よくもまあ、色いろのことがあったものだ。 何事も忘れるから生きていけるのだろう。 日記に書いてなければほぼ全てを、忘れていることだ。 過去を振り向かないことを自分に課してきたが、このように思い出すのも面白いものである。
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2009年11月25日(水)
政府が先日、三年数ヶ月ぶりにデフレ・スパイラルに入ったと宣言をした。 この宣言は消費者の財布をますます閉めることになるが、賃金・GDPも17年前の水準まで落ち込んでおり、 購買が減るのは当然である。 そういう当ホテルの客単価もピーク時の3分の2である。 ネット予約の顧客が全体の四分の一になっているが、破格値である。 そういう私も本の半分以上はアマゾンで中古本を買う。 カメラや、ブルーレイ録画機も、健康機器も、電気自転車も、何でもかんでもネットで一番買い得のものを選ぶ。 また週初めは通勤途上の新潟駅で、週末の売れ残りのバナナか、村上の牛肉の値下がり品を買う。 家内は初めの頃は買ってくると怒っていたが、今では逆に頼まれる始末である。 新潟駅駅ビルにビッグカメラがあるので度々、カメラや薄型TVを見にいくが、この数年で廉くなっているのが分かる。 先日、長岡のアピタの隣のシネマ館にいったが、60歳以上は千円である。 またユニの衣料コーナーで驚いたのが紳士服。 二着で一万五千円だったが、柄も生地も悪くない。 思わず買いそうになってしまったが、踏みとどまった。
デフレ宣言を報じていた新聞をみていたら、紳士服の単価が一年で4割以上もダウンしているとあった。 家内がジーンズが好きで、微妙なカタチで購買を決めるというが、廉くても、その微妙な部分はチャンとデザインに 取り込まれていて悪くないという。 既に大手スーパーや百貨店などは、究極の消耗戦に入っているが、 こうなると弱いところに打撃は大きくなる。 その山が年末年始にくるはず。 ユニクロも、デフレを察知し、 60週記念売り出しで思いきった値下で先手を打った。 大盛況だったというから、他店の出鼻を挫いたことになる。 それだけ、ユニクロは大きな影響を与える存在のなってしまった。 企業にとってはデフレは厳しいが、 消費者の節約にとっては良いことになる。 しかしハイパーインフレが始った訳でないのが、まだ救い。 金(ゴールド)がジワジワ値上がりを始めてきた。大荒れの一現象だが、見逃せないことである。
・・・・・・・・・ 2791, 新型インフルエンザ 2008年11月25日(火)
このところ、連日のようにTVで鳥インフレエンザの脅威について報道している。 60年か70年に一度は、必ずといってよいほど大流行が起こるが それが近々という。 世界で最大、一億5千万人が死亡、日本では60万人と言われているが、鳥インフルエンザH5N1型の場合、 感染の六割が死亡するといわれる。半数が感染した場合、三割とすると????万人である。(最悪の場合だが) それは防ぐことは不可能で、何時起こるかの問題というから、深刻である。 新型インフルエンザの発生は、20世紀中に3回も発生して、大きな被害を出した。 そのなかでもスペインインフルエンザ(1918年〜1919年)が知られており、世界で人口の25%〜30%が罹患、 4000万人が死亡したと推計されている。飛行機のない時代であるにも関わらず、日本でも2300万人が感染し、 39万人もの人が死亡しました。(阪神大震災の約8倍) 当時の新聞によると、郵便、鉄道、電話などの あらゆる社会システムが麻痺し、食料や熱さましの氷が高騰するということが起きたという。 題名を忘れたが、アメリカの、ある町で発生、あわや町中の人ごと焼き払う寸前にワクチンが発見され、 急場がすくわれた、という映画を観たことがあった。スペインインフルエンザは世界中に流行の波が到達するまで 6〜9ヶ月の期間であったが、現代社会は人口の増加や都市への人口集中、航空機などの交通機関の発達などから、 世界中のどこで発生しても短期間でまん延する。厚生労働省の発表によると、海外で発生してから日本に到着するまでの時間は、 2週間〜4週間程度と予測される。「新型インフルエンザウィルス」は動物、特に鳥類のインフルエンザウィルスがヒトに感染し、 ヒトの体内で増殖するように変化し、ヒトからヒトへと効率よく感染する。現在、毒性が非常に高い 「H5N1型鳥インフルエンザ」がヒトからヒトへと感染するように変化し、世界中に一挙に感染する可能性が高い。 鳥インフルエンザが人と人の間を空気感染する菌は、実験室の中で二回の突然変異で生まれたという。 これが世界のある場所で、何時発生するかは分からないが、世界的爆発的が発生することは間違いないという。 それがH5N1の進化したインフルエンザなら、・・・・・・。 恐ろしいことだ。タイミング的に世界恐慌とセットで、 世界を根こそぎ変えることになるが、結果として人口の多い中国が最後は生き残ることになる。ただ、中国共産党は跡形もなく、 無くなるだろうが。いや、こういう時ほど、独裁国家の方が政治形態としてプラスに働く。 やはり中国か? そろそろ、準備を始めるか! それも年内に? どうするのか?って、自分で考えましょう! ウガイとマスクのセットは売っている、ネットでも・・・ (この情報源はTVとネットで、間違いありません) 前門の狼、後門の虎である。 21世紀の玄関先は破壊と混沌から始ったようだ! それに参加できることを喜ぶべきか、悲しむべきか?
・・・・・・・・ 2007年11月25日(日) 2426, 「おばあさん」初体験 |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ 朝日新聞の「生活」のページのーひとときーという欄に切実な投稿があった。 家内が読んで、「もう直ぐこういう経験をするかもね!」と教えてくれたのである。 一年ほど前に山の手線で偶然にシルバーシートの前に立ったことがあった。 若い人が座っていたが、その時に「もしかしたら、席を譲られるのでは」という不安感に陥ってしまった。 結果として譲られなかったが、次の駅が来るまで頼むから譲らないでと願った経験がある。 少し意味が違うが、駅のスーパーの中の魚屋の兄ちゃんに、『そこのオトウサン、これ安くするから持っていってよ』 と言われて、睨みつけたことがある。『お前に、そこのオトウサンなど言われる筋合いはないわい』と思いつつ。 少しその場から離れて小声だが、『おっかねえ!』と聞えてきたが。 初めて就職をした時のスーパーの売り場に立った初日のこと、『そこの店員さん』と言われた時の衝撃は今でも憶えている。 『そうか!自分は店員になったのだ』と、初めて社会に放り出されたことを知った。 −− *「おばあさん」初体験* 孫たちと川遊びに出かけた時のことだ。 釣りに興じる孫たちを見ながらひと休みしていると、 「おはあさん、おはあさん」と誰かを呼ぶ声が聞こえる。 振り向くと、私より年上と思われるじいさんが、なんと、私を呼んでいるではないか。 思わず「私のこと?」と聞いてしまった。 このごろ、とみに老け顔になっているのは承知していたが、 まさに「ひええっ」という思い。わが人生初体験のことだった。 だが第二弾はすぐに来た。 上野の宝物館で入場券を買おうと値段を尋ねた時だ。私の顔を見た女の人は「600円です。けれど70歳以上は無料です」。 その時は気づかなかったが歩き出してふと、そうかわざわざ70歳以上と言ったのは、私がその年に見えたからか、と気づいた。 日ごろ体力に自信ありの私だけど、見目かたちは年相応でしかないのか。 わかった。私は妙にすとんと納得した。 と同時に、すぐ決心した。形だけでも颯爽としたばあさんになろう、と。 そのためには着やすい服はバツだ。 薄いストッキングとスーツにバンプス。リュックもやめ。小ぶりのバッグだ。 「年寄りの冷や水」というけれど、こうなったらやせ我慢だ。背筋を伸ばして歩こう。 無理しないと限りなくだめになっちゃう年代だぞと鼻息荒いこのごろなのである。 (川崎市 神林英子 主婦 68歳) −−−− 投稿の女性は、かなりのショックのようだったが、遠くない将来、私も同じような経験をするのだろう。 最近、知人から「私も遂にオジイチャンになってしまった」という声を聞く。 ( ̄∠  ̄ )ノ バイ! ・・・・・・・・ 2006年11月25日(土) 2062, モーニング・ページその後! (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜
今年の3月半ばから始めた「モーニング・ページ」を相変わらず続けている。今年に入って新たに加わった習慣である。 何も難しいことはない、ただ起きざまに大学ノートに思いのまま書く。ポイントは、毎日必ず書くことである。 (以前にもかいたが)書き始めて8ヶ月、改善を重ねた結果、曼荼羅図のように中央にハートの絵を書いて、 周辺に9つの円を描いた中に書き込んでいく。健康コーナーや、 随想日記のヒントコーナー、 読書コーナー、 つれづれにのコーナー等々、 だいたい位置が決まってきた。大学ノートを横にして上下のページを朝一番に書き、 昼や夜に思いついたことを、その上に書き込む。内容が一人歩きするのかと期待したが、脳の排水レベルで留まっている。 書き連ねているうちに、思ったままのことをスラスラかけるようになったのが一番の収穫だ。 それと毎日ほぼ同じことを書いている自分に驚いてしまう。MP(モーニング・ページ)の習慣を40年前に、 いや10年前に身につけていたら、もっともっと豊かな人生をおくれただろう。 随想日記のように蓄積されていくうちに、知らずに何かが生まれてくる可能性を秘めている。 起きて、真っ白の状態そのままで書くのが良いのだろう。一種の座禅、瞑想である。頭に浮かんだことを文に書き出すと、 浮かんでは消えている雑事を掬い取るのと同じ。脳の排水を小まめにしていることになる。 その排水の中に時には 砂金が入っていることもあるが・・夜半みた夢と、前日読んだ本の印象に残った書き込みがよい。 この一日一文と、モーニング・ページは私にとっての生き甲斐?になっている。 それと( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪も (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月25日(金) 1697, 哲学マップ -読書日記 「哲学マップ」(貫成人 ちくま新書)が面白い。
哲学とはどんなもので,他の哲学とどういう関係を持っているかの地図を示そうというもので、 切り口を変えた哲学史ともいえよう。 最近、哲学がますます面白くなっている。 極限の自己対話の本音の部分と、過去の哲学者の自己対話との重なりに、自分の練りを今という瞬間に突きつめる。 それが日常の足下を掘り起こし、日常の外に出ようとすることになる。 だから哲学は、常に日常の中でおこなわれなくてはならない。 自分が鵜呑みをしてきたことが、どんな哲学の範疇であるか、そして、他の哲学からみたら、 どういう関係にあるかしれば、その思い込みから自由になることができる。 ーこの本の大筋はー φ(・ω・〃) ♪ 哲学の発想法といえば, 1.全体を問題にする, 2.日常性から出る, 3.形式的である, 4.方法についても慎重であるべきである、 の4つである。 また哲学的な「問い」を次のように立てている・・ (1) 「〜とは何か」という問い (イデア:現実の二項対立でとらえる プラトン) (2)「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」という問い (自我/対象、主観/客観の二項対立でとらえる デカルト) (3)第一と第二の問い組み合わせカテゴリーが人の認識メカニズムにアプリオリ-先天的-に組み込まれている、と考える (「経験に先立つ本質」 カント) (4)「なぜそれを問うのか」という問い 価値を差異に還元して考えるニーチェである。(虚構、流動性 ニーチェ) 簡単に言えば、 (一)は「真理」への希求に関する問いであり、 (二)は、人の「認識」についての問いといったところか。 (三)については、「経験に先立つ本質」についての問い (四)は「超越的実体を否定し、すべての差異が諸力のせめぎ合いによって生まれる流動性を肯定する」 と書かれていることから、「流動性」(不確実性?)がキーワードになる。 20世紀の哲学は, (*´o)*ゞふぁぁ… 現象学, 言語分析, 言説分析, 精神分析, 実存分析, 構造分析 などの道具を使って行われている。大雑把すぎるが、この本の大きな柱になっている。 (^┰^)ゞ ・・・・・・・ 2004年11月25日(木) 1332, 23歳の日記−4 1969年 3月29日 ー四日市にて
勤めて、まだ一ヶ月も経ってないのに、既に壁に当たっている。後方部隊の管理部は総員37名、そのうち30名が若い女性。 今年配属された男子4名の他に、課長と係長と肩書きのない古手の男子2名が男だ。 それにしても、肉体的の限界の激務である。 寮で同室の堀田君は本店から離れている郊外の食品スーパーに 配属されているが、話からすると、仕事の厳しさは本店の管理部は彼よりも数倍厳しいようだ。 部屋に帰ってきて、布団にバタッと倒れる状態である。それでも、既に数回同期の4人と三回も居酒屋に行った。 同期の仲間は西尾、桜井、渡辺、そして私の4人だ。酒好きというのが共通点である。 いずれも地方の大學出身のせいか純粋であり、温厚である。学生時代の寮の連中からみれば、地方大学出身の為 かすれてないのがよい。上司の松又さんは九州出身の純朴な好青年である。 高卒で8年目だが仕事が出来る。我われ四人に、非常に気を使っているのが解る。 今の課題は、同僚としての女性に対してどう接してよいのか解らないことだ。 純朴な地方の擦れてない若い娘達の同僚としての対応の仕方である。 傷つきやすい敏感な年頃である。 全く難しい。自分としても、どう気持を開いてよいのか解らない。 やはり、自分を取り払わないとわかっているが。それと、寝る時間の前に本を読む癖だけはつけておかないと。 本店には、300人ほどの女子店員がいるが、息を呑むような美人が7〜8人はいる。 働く女性の姿が輝いている姿を身近にみるのは初めてである。 小説を見ているようだ。 それにしても良く働く、いや働かされている。 ーー 4月2日 どうも、若い女性を扱うのは難しい。他の三人は結構上手く、楽しそうなのに自分は駄目なのだ。 まず彼女らを人間として認めなくてはならないのだ。何か焦りを自分に感じている。 取りあえず、問屋の名前を一つずつ憶えてみよう。 次に店内の配置図を頭に入れてしまおう。 そしてコード名を憶えよう。何か一日一日に追われているだけだ。統一伝票の合理的なシステムには驚かされる。 4枚綴りの複写で、それが本部用、店用、取引先分類、そして最後の一枚は、受領書として相手方に送り返される。 この伝票システムが仕様書発注として内容が細かくないようが伝票にギッシリ書かれるのだ。凄いと思わざるを得ない。 --------- 2003年11月25日(火) 965, 悪口についての一考察 −1
悪口については、随想日記の中では何回も書いている。しかしテーマにしたことは無い、一番イヤなテーマだからだ。 昨日、新聞を見ていたら‘メジャー’ヤンキ−スの松井は中学校二年生以来、悪口を言ったことがないという。 (所詮は勝ち組が言っているから注目している部分もあるが) それでは「私の場合は如何だろうか?」と考えてみた。 本音でいうと 可能な限り言わないようにしている。その為には嫌いな人のいる場には極力行かないようにしている。 例えば、ライオンズとか商工会議所などである。痴呆名士志向の子狐的人間である。 地方で頑張っている人はこういう傾向が強いから始末が悪い。 自分より肩書きや収入が多い人間には媚びへつらい、 下の人間には尊大な人だ。まあ仕方ないのは解っているが。「お前の姿でもある」といえば、そうかもしれない。 人間にとって自分は善人であり他人は悪人なのである。自分を理解しろと必死になるが、 嫌な人を理解しようとはしない。それは、怠惰という無精者に過ぎないことに気づいていないからだ。 辞典には ー悪口は「他人について、劣っていると(事実に反し、また実際以上に)いう言葉」とある。 ー陰口は「その人のいないところで、いう悪口」と書いている。 悪口とは事実に反してと書いている。 週刊誌などは、それで持っているいるようなものだ。 大衆の一番弱いところを狙っているのだ。 辞書のとおりならば、悪口の経験のある人は虚言罪で 天国の門は間違っても叩かれないことになる。思いつくまま「悪口」について頭に浮かんだことを書いてみる。 ・「悪口はドロボーより悪い!」と曽野綾子の本にあったが、まったく 曽野(その)とおりである。ドロボーは人を殺さない、しかし悪口は時に人を殺す。 ・悪口は結局は、自分の事をいっているに過ぎない。 したがって根は深い。 ただ自分で気がついてないのだ。 悪口はその人の歪んだ心象風景といってよい。 ・悪口にも色いろある。 本人に面と向かっていう悪口と 陰でいう悪口がある。 ・宗親(居酒屋おやじ)「馬鹿野郎!これで俺等居酒屋が、商売でもっているんだ!でも酷いもんだよ! サラリーマンの悪口は耳を塞ぎたくなるより、 『その対象の奴より、言っている本人を張り倒したくなるよ!! まあ、そうでもしなくては精神のバランスが保てないのだろうがね』 ー続く −−−− 591, ある時間の断片ー13 - 2002年11月25日(月) ー 1968年 10月3日ー 9時半起床。 10時40分学校へ出発。 12時に図書館に行く。途中で石川と会う。 図書館で数人の人と話ばかりで、試験勉強が身に入らない。試験は予想どおりで、簡単であった。 必死になったのが馬鹿みたいである。帰寮後、床屋に行く。 夕食後TVを見る。 今の自分が何かあるべき 自分とのギャップが大きい。どうかしているのではないか? 石川に今日言われた。 「かなりいいかげんだ!」と。 そうだ、新潟の六日町の禅寺の雲洞庵にいこう! これで遅れた分が取り戻せるだろう。このままだと、 その半分以下だろう。 この7日か8日にいこう。 そこで集中して卒論の大筋をまとめあげよう! 同時に人生の将来図ー目標とか理想をつくりあげよう。 イメージにまでにしてしまおう。 ーーーー 11月25日(火曜日) 1968年 朝10時起床。 卒論のマトメをしたが中途半端であった。部屋に米林がくる。 彼もかなりクールのようだが。 佐藤嬢との、あけすけな話をする。 他人にいうことでないのに、馬鹿な奴だ。 それより、他人のことに気を向けている時間が無い。夜半の2時まで集中したが、まだまだだ。 時間が足りない。 ところで冗談で言ったことが独り歩きをした。 今は、外に気がいってはならない時期だ。 仕方がないが、軽く考えて深入りしないことだ。 取ってつけたような相手捜しは止めにした方がよい。 何を焦っているいるのか。 試験に、卒論に、ゼミに、会社のレポートに、山積みなのに馬鹿な事をいった。 自分は会社を創りたいのだ。 そして二年勤めて、その後違う大学の三年に編入して四年後に創業をしたいのだ。 流通か、貸しビル業が面白そうだ。
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2009年11月24日(火)
* シネマ 「2012」 その迫力の凄さの予告をみて、初日の幕開けを観てきたが、期待以上の内容であった。 現在のCGの技術をフルに生かした映画であり、次から次へと想像を絶する破壊の画面が続く。 映画館の大画面と音響で観るから良いのである。 特に後半は次から次へと都市破壊の映像が映し出され、 思わず座席にしがみついてしまうほど。 都市破壊の場面や大津波は圧巻! エベレスト山頂近くまで 洪水が押し寄せ、ワシントンのホワイトハウス、自由の女神、ハワイ、ローマのバチカン、エッフェル塔などが、 次々と破壊していく場面などは観るだけの価値はある。 これを映像で観ている自分が不思議に感じた。 「マイケル・ジャクソン」と同じく、上映中に、いま一度見たいと思えたから、お勧めである。 ーまずはHPの紹介文からー 2012に世界が終わる!マヤ文明の黙示録的予言を描いたSF映画である。 天文学や数学に長け、高度に発達しながらも謎に包まれたまま消滅した古代マヤ文明。 マヤ人のカレンダーであるマヤ暦は極めて正確なものとして知られているが、その暦は西暦2012年12月21日で 突如終わっている。 いつのころからか、その理由は「2012年には地球が滅亡する」というのが西洋世界では通説となり、 多くの書物が著され、数多くの人がこの説に現実的な恐怖を抱いている。 この2012年を舞台に、その終末世界と人類が 生き残れるかどうかを描いたデ超大作が『2012』である。『ID4』『デイ・アフター・トゥモロー』など、 過去幾度も“地球的危機”を描いてきたエメリッヒ監督がついに地球の滅亡を描き出す! 〜 2009年。太陽の活動が活発化し、地球の核が熱せられた結果、3年後に世界は終わりを迎える。 この驚愕の事実をいち早く察知した地質学者エイドリアンは、すぐに米大統領 主席補佐官に報告。 やがて世界各国の首脳と一握りの富裕層にのみ事実が知らされ、人類を存続させる一大プロジェクトが極秘に開始される。 そして2012年。売れない作家のジャクソンは、子供たちとキャンプにやってきたイエローストーン国立公園で、 政府の奇妙な動きを目撃。世界に滅亡が迫っていることを、偶然知ってしまう…。 ―― 後半は、これでもか、これでもか、というほど次々と都市破壊、地球破壊の場面が続く。 最後のオチが、これまた面白い! 選ばれし者の乗ったノアの箱舟は、宇宙船でなく、近代的な箱舟で、 隆起した南アフリカに向かうところで終わる。その箱舟には選ばれし者以外の人の値段が一人あたり1千憶。
・・・・・・・・ 2790, 閑話小題 2008年11月24日(月) *金融危機 あれこれ AIGが8兆円を使い切り、追加支援をいれて15兆円に拡大しているが、米国政府も見切りをつけなければなるまい。 見切りをつけたと同時に本格的な恐慌になるので、手の打ちようがなく果てしなくドル投入しなければならない事態。 当方の保険は日本のアリコに入っている。 日本は大丈夫というが、日本の保険会社の何処も買収に腰が引けている。 他にも、政府系のファニーメイが赤字2.9兆円。 更に家電チェーンのサーキットシティも倒産(負債2,300億円)。 現在は、ビッグスリーのGM、フォード、クライスラーも倒産の秒読み、全米の銀行ナンバー1のシティも重体という事態。 その中で、十一月になってからホテル宿泊も影響が出始めてきた。 やはりタダゴトではない状況になってきている。 日々、事態は深刻度を増しているのに日本政府の機能は混乱しているというから、どうもこうもない。 −−− *定額給付金の愚挙 定額給付金について、全国世論調査では反対が、賛成の二倍。 決定のニュースを見たときに思わず咳き込んでしまったが、それは私だけではなかった。 あの人の知能レベルが、定額給付金の愚挙になったということ。 怒りより日本の行く末の方が心配である。 日本中は、この時期に、この程度の人物が首相と呆然状態である。 100年に一度の経済危機と言いながら、 その対処が目先の選挙対策の苦し紛れの金ばら撒きをしている姿は何だろ?。 これで、自民党政権は全くのレイムダック。【医者は社会的常識に欠けている】は、よく言ってくれたが・・・ −−− *散歩の光景 一年ほど前から、朝のウォーキング途上(冬場を除いて)80歳位のオジイサンが土手に立って、 通りすがりの人に親しそうに話しかけている。 軽い痴呆が入っているようだが、それでも一人で来て、帰っていく。 毎日、色いろな人と会うのが楽しみのようで、多くの人と立ち話をしている。何度か声を掛けられたが、挨拶だけにしている。 痴呆の人は歩き方が小またで、蟹股のようになる。母親の晩年がそうだから分かるのである。 兎に角、人懐こく挨拶をするので、誰もが彼の世界に引きこまれるようだ。人品卑しからずの雰囲気があり、 少年のような顔が良い。 犬を連れた子供からも何時の間にか友人のようになっている姿が、愛嬌がある。 痴呆症の人にとってはゴールデンタイムになるだろう。 時に姿を見かけないと、心配になるほどだ。 −−− *猫派、犬派? 先日の朝のTVで、「あなたは猫派、それとも犬派?」という話題を取り上げていた。 犬派が44%、猫派が16%、どちらも同じぐらいが40%との結果であった。大よそ三対一ということになる。 犬は素直で、従順が良いというし、猫は独自性があり、クールのところが良いとのこと。 私は犬が好きだが、家内がペット全てが嫌い。少し珍しい人種である。
・・・・・・・・・ 2007年11月24日(土) 2425, 自分を理解するための他者・コンピューター −1 ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] ーまずは、私の感想文からー 人間は自分の弱さをカバーするため、そして知識を持ったために神をつくった。 それは他の生物から見たら、人間にとって都合の良い空想の産物でしかない。 ある雑誌に載っていたレポートを 読んで考えさせられてしまった。19世紀に始まる進化論が人間は動物でしかないと主張、それまでの人間理解を根本から 大混乱させてしまった。そこで人間と動物の違いが問題になった。動物の中の人間を浮き上がらせている諸特性ー例えば、 計算合理性、言語能力、抽象化能力などが浮かび上がらせて、我われ人間の根拠となり始めたのである。 しかし20世紀半ばから出現したコンピューターは、動物とは違う、人間を理解する新たな<他者>になったのである。 それが人間たらしめている特性を凝縮したものときているから、問題は更に人間とは何かを考える問題提起になる。 動物とは逆の立場のコンピューターから人間が照射されて、動物と人間の差異を見ると、浮かび上がるのは何だろう? さらに、人間とコンピューターが融合してきたため、人間とコンピューターとの差異も見えにくくなってきている。 その意味で現在の人間は哲学的に見ても大きな曲がり角に来ているのである。 さらにコンピューターは人間の能力の概念を変えようとしている。 ーー 「人間とは何かを逆照射する新たな他者 ーコンピューター」 黒崎政男(哲学者) *自分を理解するために他者が必要* いま見てきたことからも明らかなように、現代科学技術の最先端を意味する〈コンピューター〉と、古代ギリシャ以来、 古色蒼然と続いてきた〈哲学〉との関係を論じることは、決して突飛な思いつきでも奇妙なことでもないことは明らか。 哲学者たちが長い間考えてきたことを知ることは、人工知能にとって決して無駄ではないし、現代科学技術の最先端で、 何が問題になっているかを知ることは、新たな発想のきっかけとなるだろう。 さて、それにしても、コンビューターという機械の研究と、人間の知識の研究が、かくもリンクするのはなぜだろうか。 それは、コンビューダーが、人間とは何かの問題を逆照射してくれる存在だからである。 われわれは自分を理解するために、他者を必要とする。だから、19世紀から始まる〈進化論〉の主張が、 人間の自己理解に大きな混乱と変動を引き起こすことになったのは当然である。 自分とは、動物ではないものであったはずなのに、自分は動物だった、と知ったら、自己を 浮かび上がらせるべき他者(つまり、自己を確定すべき境界線)が消失することになるからだ。 そこで、通常動物には欠けていると考えられる諸特性因たとえば、計算合理性、言語能力、 抽象化能力などが、われわれ人間のアイデンティティの根拠となりはじめたのである。 そして20世紀の半ばに出現してきたコンピューターは、人間を理解するための新たな<他者>となったのである。 人間ではないものが動物だったときには、人間と動物とが共通に有している能力よりも、知的・理性的側面が、 人間固有の特徴として逆照射されていた。 しかし、コンピユーターは、この「論理的能力」を特化した存在であるので、 今日では、人間とは何か、を考える場合、その知的・論理的能力は、人間固有の特徴としてクローズアップされ にくくなってきている。むしろ、動物と共通する能力のほうが、逆照射されはじめている、といえるだろう。 だが、コンピューターと動物という二つの〈他者〉から、同時に自己を隈界づけ、 確定しようとすると、この両者に挟まれて人間の自己理解は深い困難を抱えこまざるをえない。 動物という<他者>によってわれわれを逆煕射しようとすると、コンピューターと我われとの差異が見えないし、 コンピューターという<他者>によって動物とわれわれとの差異が見えにくくなるからである。 ○(´・ω・)ノ ホン ヂャァネッ ・・・・・・・ 2006年11月24日(金) 2061, 虐めについて (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん! ‘虐め問題’の解決などあるはずがない、家庭内の不和が原因にあるからである。 自分にかかった血を学校の弱者に塗りつけるのが虐める方の理由である。情報化により弱肉強食社会の傾向が 強くなればなるほど、家庭内へストレスが持ち込まれざるを得ない。 総下流社会化の傾向の中で、そのストレスの捌け口が弱者に向かうのも当然である。 振り返ってみれば、小学校、中学校で酷い虐めがあった。虐めっ子は家庭内が壊れていたためか、 その後の人生をみると不遇の人が多い。逆に虐められていた方が、まともになっている方が多いのは面白い現象だ。 ただ潰されないことが前提だが。こういう時代になったら、「ギブアップ・システム」をつくり、虐められっ子の転校を しやすい環境をつくってやることも必要だ。数年前のことだが、中学校時代に殺してやりたいほど憎んだ男が、 40数年ぶりの同窓会で隣の席に座った。隣に座るまで「殺してやりたいほどの憎しみ」を忘れていたから、 大したことはなかったのだろうが・・ 酔った勢いで、「お前は中学校時代に理不尽なことで頭を殴っただろう。 小中学校時代で殺してやりたいほどの男の7人のうちの一人だ」と言ったところ「あの当時、両親の不和で自分でも大荒れで、 誰見境なく喧嘩をうっていた。野球部でも、俺がいたため何人も辞めていってしまった。 ところで7人のうちの何番目?」 とのこと。「三番目!」他のクラスだったが、そのネジレの酷さは私の耳にも入ってきた。 今さら指摘されることもないという風。集団社会に住んでいれば、何処でも相性の合わない人が一人や二人はいるもの。 四苦八苦の中にも「怨み憎む人と出会う苦しみ(怨憎会苦)」があり、娑婆にいる限り避けて通ることはできない。 だから、小中学校時の虐めも、娑婆ー社会に出たときの火の出るような虐めに対する予行演習でもあるといえるが・・・ 袋叩きにしたいのあまりにも多い。 誰も加害者であり、被害者でもあるのが娑婆である。 でも人生は、嫌なことの数百倍、よいことがある。探し求めればだが! −− 朝日新聞の一面に〈いじめられている君へ〉「すばらしい瞬間必ず来る」が連載されている、なかなかよい。 短い人生論のようでもある。 その一つをコピーしておこう。 ーあさのあつこ さん 2006年11月14日ー (字数の関係でカット2008年11月24日)
・・・・・・・・・ 2005年11月24日(木) 1696, 辺境へ −2 この本で紹介している星野道夫の「人を通して風景を見る」という言葉がよい。 写真も、同じことがいえる。 やはり現地人の入った写真は背景をひきたてる。 そのことに最近になって、やっと気がついた。人生も同じである。全く今まで何をしていたのか?ヽ(゚Д゚;)ノ!! 旅行記はおおよそ、飾らない真実の言葉で綴られている。写真と共に読むと、その場に吸い込まれてしまう。 最後の章の[忘れえぬ人々ーあとがきにかえて]の中の、著者の言葉がよい。 ー 世界をあちこち歩いたことで、たくさんの経験を積み、さまざまなことを考えさせられる機会を得た。 しかしなんといっても、ヒマラヤを旅をする中で得られたもの、ひと言では表現できない「気」 のようなものが自分の中に、あるいは取り囲まれるように存在するのを感じる。 ヒマラヤの高みは天に近く、心安らかになり、容易に俗世間を思うことが出来る。 麓にはその山を敬う人々が暮らし、心優しくたくましい。そんな世界を歩き、体験した中で、いい[気]を感じる。 下界では絶対に出会えない心洗われる風景、永遠なる宇宙の時間の流れ、すべてを許すことのできる大きな心、 世界には多くの宗教があるが、それらの底にある根源が少しだけ実感できたようだ。自分の目で見て、 体で感じた自然や秘境の大きさは、いかに人間が小さく儚いかを教えてくれて、地球にいる自分の姿勢を正してくれる。 シ──(-ω-)(-ω-)(-ω-)──ン ひと言ひと言が、ズシリと胸の奥に響いてくる。この言葉の数分の一を味あうために、旅行に出ている。 秘境の地に行けほど、人々が優しく、文明の地ほど、人がけばけばしいのは、如何いうことか? 都会は、その典型として現出している。 人類は何をしてきたのだろう。 (^_^)/~~ ・・・・・・・・ 2004年11月24日(水) 1331, 相撲に思う 数年前までは、 ・学生相撲 対 序の口からの叩上げ相撲の対戦であったが、現在では ・外国勢士 対 日本勢、 ー異種格闘技化 ・古参力士 対 新鋭力士 対戦を見ていると、その分類に7割は入る。 無双山が引退に追い込まれたが、現在の大関と元大関のほぼ全員が 数年後には引退に追い込まれているだろう。 魁皇が横綱挑戦というが、相撲の世界に存在しているかどうかである。 モンゴルなど元ソ連圏の力士が、小さな相撲業界を占拠はじめた。 相撲を、日本的ルールの多国籍の格闘技としてみると違って見える。相撲は八百長が当たり前の旧態依然の世界であった。 談合を確認するために、それぞれの親方が土俵の周りに居座っているとも解釈することもできた。 それにしても、新鋭力士の台頭が新鮮にうつる。 今年になっての新入幕力士は10人もいる。 昨日のワインの話ではないが、今年はワイン同様あたり年である。 以前、昭和38年生まれが台頭した大当たりの年もあった。今は、それが外国勢のハングリー精神旺盛な 若者というのが特徴だ。 外国人を相撲に開放するのは問題というが、もし彼らがいなかったら 全くつまらないものになっていた。これも時代である。それにしても、お客があまりにも少ないのが気になる。 平日で3~4割も入っているかどうかである。それも年に一度の地方場所でだ。大型TVの普及もあるのだろうが。 世界各国にTVの放映すればよい。
・・・・・・ 2003年11月24日(月) 964,「アルビレックスの優勝」 今日13時から新潟で、地元のアルビレックス新潟と大宮アルデージャの一戦が行われた。 アルビレックスが1−0で勝ってJ2の優勝を決めて、サッカーのJリーグの一部昇格を決めた。 (字数制限のため、カット 09年11月24日) ・・・・・・・ 590, 愚か者と馬鹿者 - 2002年11月24日(日) 宗教学者の対談の中で、愚か者と馬鹿者の定義をしていた。 ・愚か者とは社会一般の常識しか知らない者。 ・馬鹿者とは一般社会を離れて見ている者。 そう見ると、世間様は愚か者の世界そのものだ。 見るところ80?が愚か者? 愚か者の目で見たら、超越している人は正しく馬を鹿という 文字どうり馬鹿者だろう。「馬鹿になれ!」とかいうのは愚か者に対する宗教者の視点である。 教養はその視点を時間をかけて積み上げた経験と知識をいうのか。私などは愚か者に馬鹿が加わった馬鹿愚者である。 それすら気が付かない愚か者よりマシなのか、それ以下なのか?社会常識を元々知らない事と、知った上で離れてみる 視点を持つことは別だが。愚か者はその識別さえできない。私の知人のある匂いを持った愚者の群れは一番嫌う人種だ。 嫌うという事は、自分もその匂いを持っているという事だ。何か誰にもいえることだから、誰もが考えてしまう問題だ。 「男はつらいよ」の映画の場面に印象的な場面があった。ある地方の少し頭の軽い男に誰かが「この馬鹿!」といった。 言われた男が「馬鹿に馬鹿というのが一番馬鹿だ!と母ちゃんが言っていたぞ!」 よく考えてみたら、自分が一番愚者だった!!? 気がついているか、いないかの差だろうが!
・・・・・・・ 11月24日 (日曜日) 1968年 10時に起床。 ある部屋で、朝っぱらからダンスの模擬講習会をしていた。面白そうなので早速参加をする。 ジルバとルンバとブルースを一通りマスターはする。15時に市川さんが部屋に来る。その話をすると 「自分にもダンスを教えてくれ!」ということで、今度は私の部屋で講習会みたいになる。 そういえば昨日スナックで飲んでいたとき、三年の植本くんが「(同じゼミの同期の)田島さんが、私について 評価をしていた」といっていたと教えてくれた。「堀井はいつも人を冷静に見て平等に公平に評価をしてくれる」 といっていたという。また反面「自分が傷つくのが恐くって構えている。それが堀井の壁になっている」 ともいっていたとか。 なるほど鋭いものだ。 そういえば深井にも同じようなことを言われた。 「絶対にわき道にそれることはない。ノロノロと中速の速さで、事故も無く、一定の速さで進む。 しかし高速道路を見つけ得ないだろう」と言われた。 一年・年下の駒村孝道にも「ものごとを考えすぎだ。 若いのに考えて判断できる歳ではないのに。行動をした後に考えるべきだ」とも言われた。なるほど一理がある。 高木の言うとおり「なすがまま、その場におぼれること」も重要だ。 −− ー卒論について 11月になって、風邪をひいたり、ハイキングとか試験で全く進まなかった。 他のゼミの同期が卒論に対して 全く進んでないことを言い訳にしている。それを言い訳にして遊びすぎである。他の人に流されるとは。 寮生とアマリにも付き合いすぎる。一人の時間を見つけなくてはならない。 彼らと群れることで自己逃避をしているのか。独りの中心点の神秘な部分を大事にしなくては。 卒論は12月10日まで、下書きを書き終えること。 せっかく新潟の六日町の雲頓庵に2週間も篭ったのだから。 11月28日、12月2日、5日が中間試験だ。そして6日がゼミと続く。 この間が卒論の勉強は無理である。 いや両立をさせなくてならない。 ゼミと人事管理は27日と28日までに。 26日には「価格理論」を。 ということは明日しかない。そうすると明日の予定は中止か。約束はしているが、可能な限りやらなくては。
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2009年11月23日(月)
低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとしてマクラにバスタオルを巻いて使っているが、 その後、ベッドに低反発マットを敷いて寝ている。 使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。 腰痛も少なくなったようである。 寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。それと横向きが少なくなった。 人は平均、左右、仰向けなど平均10回ほど寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。 だいたい寝返りの時に目がさめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。 それは腰や肩の部分が身体に合わせて包み込むような感じで、マクラと首も同じである。 実感として、寝心地が二倍は楽になったようだ。 これだけは実際に数ヶ月、寝てみないと分からない 感覚。 特に腰痛の人にはお勧めである。 この特徴は身体との接点の部分だけが沈み込むことにある。 シートの方が身体に合わせてくれるのである。 誰もが寝入りの数時間は熟睡するが、その後、 身体と布団の接点部分の重圧で寝返りが多くなる。 ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナーがある。 私のはニトリで2千円だが、そこは4千〜2万以上。どこが違うのか聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。 他にマットの素材にゲルマニウムやセラミックが混入されているのもある。 (私は、枕の下にゲルマニウム石を置いている) 低反発マットもニトリで6980円の値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。 ベッドには、低反発枕と、その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、目にはゲルマニウムのアイマスク、 耳には、100円ショップで買った耳栓をしている。 その積み重ねの結果は充分出ている。 良さでは、低反発マクラ、マット、耳栓、アイマスクの順である。就寝は人生の三分の一を占める割に、人は無頓着である。 この低反発マットを使って気づいたが、ウォーターベッド、これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。
・・・・・・・・ 2789,人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! −2 2008年11月23日(日)
人生ゲームの基準を、私ならどのようにするかを考えてみる。 昔から言われているように「良く遊び、良く学び、良く働く」を目安にすると解りやすい。 ・どのような趣味をもって、ライフワークにしてきたか。 ・どのような仕事に従事して、楽しんだか。 ・長年かけて教養を積み上げてきたか。 ・それらを達観できる視線を、自分の孤独の世界で創りあげたか、である。 人生の価値基準は心の内の問題だから、第三者がとやかくいえることではない。 この4つを、どうバランスよく拡大、深耕したかを、自分のゲームとして楽しんだかが 人生ゲームを楽しむことと、定義づけてみた。 鼻歌を歌いながらスキップするしかない場面も人生には往々にある。 人生には、ある程度の長生きも必要である。人生を楽しむには、楽観的で、能動的でなければなるまい。 そのためには、常に楽しい明日をイメージして、その実現の準備を地道にすることだ。 耳には、何時も心地良い音楽を流すことは、誰でもできる。 目は、大自然の風景や、美術館で良い絵や陶器をみたり、 本やネットで良い写真や、ビデオで映像をみることができる。 鼻や口は、季節季節の新鮮なものを食べればよい。 誰でも、身の回りに楽しめることは、幾らでも転がっている。 「おもしろきなき世を おもしろく」は、長州藩士、高杉晋作の辞世の歌である。 彼が死ぬ間際に、そばにいた野村望東尼(福岡の女流歌人)が受けて、「すみなすものは心なりけり」 と下の句をつけたというが、成るほど上手い歌である。 いずれにしても、ゲーム化した段階で、自分を客観視する冷静さを持つことになる。 何が起きても 「その時は、その時。 それも、また娑婆経験」と、魂が、自分の心に語りかける冷静さこそ ゲーム化で身に付けることで可能になる。 人生を振り返ると、全く下手なゲーマーの自分が見えてくる。
そういえば、最近、「人生ゲーム」というゲームがマスコミで話題になっている。ウィキペディアによると、 【 原型は1860年ごろ、イギリスの印刷業の社長Milton Bradleyによって考案された「The Checkered Game of Life」。 日本版は、1968年、株式会社タカラ(現タカラトミー)から発売された。 タカラトミーの発表によると、 日本版の累計出荷数は1000万個を超える。 ゲームシステムは、双六の発展形。ゲーム序盤のルーレット目によって 「人生の筋道」が決まり、その後の人生が左右されていく。プレイヤーはサイコロではなく「ルーレット」を回し、 人の一生になぞらえたイベントをこなしていく。現在でも改良版が発売されているという、息の長いゲームである。】 面白そうなので、一度してみたいものだ。 ・・・・・・・・・ 2007年11月23日(金) 2424, 四四太郎の日記 −9 (ヾ(´・ω・`)ノオハヨウ(o´-ω-)o) 一年ほど前に、新しいブログ「四四太郎の日記」をつくってみた。 すぐネタが尽きたのと、幼稚に思えたことで一年間、放っておいた。 先日、バードウォッチのコーナーに 久々に悪戯の貼りつけがあったのを機会に、新しいブログに切り替えようと思いたった。 そこで多くのブログを実際に立ち上げてみた結果、去年開設したブログが(私にとって)ベストと判断、 ブログ名を「四四太郎の日記」から「バードウォッチ」に変えて、再スタートを切ることにした。 全く記憶から消えてしまった自分の書いたブログを、第三者の目で読んでみた。読後感として、それほど幼稚でもなく 400年前からみた現代の現象が書いてあり、本当に?祖先様が語りかけている感覚になってしまった。 {「私」の中の<私>の中核の《私》}とコンタクトしているからだろう。「チロリ、チロリ、チンチンチロリ」ではないが、 週に一度、曜日でも決めて、御先祖様に出てもらうのも悪くは無い。このブログの内容は記憶から全く消えていたが、 四四太郎に最近?亡くなった縁者を連れてきてもらい、実際に?話し合うのも面白い。何か神がかりになりそうだが、 恐らく面白い出会いと、意外な対話になるだろう。書くということは、 不思議なことである。 ーー ところで、いま、その「四四太郎」が語りかけてきた。 *宗親(ペンネーム) 【おい、宗親よ、何で一年間も放っておいたのだ。せっかくワシという先祖のブログを立ち上げていながら! 亡くなった縁者と出会えたのに、何で無視をしようというのか? お前のように400年前の先祖の霊ブログをつくろうというヤツはいない。 せっかく面白い視点を与えてやろうとしたのに。 少なくとも週に一度ワシの魂を使って現代を透してみるのも面白かったではなかったか。 まあ、再び、このブログを再開しようというのも何かの縁じゃ。 魂というのは、言葉じゃ、それもワシのような霊の言の葉は、その中核じゃろう。 魂の入った古典も、歴史家を通した偉人の言葉も残るのじゃ。 決して何も不思議なことではない。その人が生きたそのまま、全てが刻印されるのじゃ。 そして、生きているときに思ったこと、考えたこと、そして経験は魂として 何時までも、「ある」のじゃ。だから私を借りて語ることは、お主が一人で語ることと、 全く意味が違ってくるのである。 それと、お前は一年前にワシが連れてきた父親と あまり深く話そうとしなかっただろう。父親は多くを語りたかったのをお主は知らなかったのだ。 お主は、父親が亡くなった時に父の魂が夢を通してお主の魂に入っただろう。 それを父親は、言いたかったのだ。もっともっと世界を見ろ!知れ!何でもやってみろ!ということだ。 今度は、金曜日の午後と土曜日の朝にワシを呼び出すのじゃ。 わかったか! 11月23日 5時45分 ヾ( ̄(●●) ̄)ノ さらばじゃ! ・・・・・・・ 2006年11月23日(木) 2060, あたりまえなことばかり −14 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グーオハヨ〜 {人が死を見るのは「死体」であって、「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。しかし、多くの人は、この両者を混同する。 死体を見たことによって、死を見たと思うのである。見たことで、死を理解したと思い込む。 こうして、自分の死の観念を、他者の死体という現実で、現実のものと思い込む。} 恐らく人類の一番の思い込みが、死であろう。 無を言語化したのと、死を言語化して、 それに恐れおののいているのに酷似している。 尽きる間際の混乱を恐らく恐れているのだろうが。 「生など一瞬の稲妻でしかない」と、思いつつ恐怖のどん底のパニックなりつつ、 ヨタヨタと消えていくのだろう。 面白そうだが・・せめて極上のモルヒネで最高の気分で **** Ψ( `▽´ )Ψケケケケ♪ ココハドコ (/∀)/アタシハダアレ? ーーーーーーーーーーーー 他者の死はなぜ悲しいのかー? ーーーーーーーーーーーー 死は観念である。 人が、自分の死をいう観念を、現実のものと思い込むに至る経過について考えてみたい。 死ぬことを知らない人は死なない。レトリックではない。「意識そのもの」とは、「存在すること」に 他ならないからである。「存在しないこと」としての死は、意識そのものには存在しない。 「存在しないこと」という観念が存在するのでなくては、人には、死ぬということはないのである。 言葉の抽象度が高すぎるので、いくらか具体的に考えてみたい。 生まれて初めて人の死に出合うのは、誰か他者の死である。 自分の死に出合うことはありえないから、人は他者の死に出合う以外ない。 おそらく、幼少の頃、誰か身近の人の死を見る。 「死を、見る」 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ しかし、ここでは細心の注意をはらって考えたい。人が死を見るのは「死体」であって、「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。 しかし、多くの人は、この両者を混同する。死体を見たことによって、死を見たと思うのである。(~Q^(^┰^;)ゞ 当然である。「存在しないもの」としての死が、存在するものとして見つかるわけがない。 こう考えると、自分の死だけでなく、他者の「死」もまた「存在しない」。そもそも存在しない死に対し 「死」と名づけたことにより、死は存在していることになったというのが真相なのである。 死(0_0)〜† 死っし "ゞ(`') 死とは言葉以外の何ものでもないのである。死が存在すると信じ、死への恐怖に追われて生きてきた我われにとって、 こんな、その意味で馬鹿げた事態は納得できないかもしれない。 しかし、「無」を言語化した刹那、あたかもそれでは、 無が存在するかのようになるではないか!我われの日常は、事の初めから、存在と言語の共犯的奸計に巻き込まれて進行。 ふとそのことに気づき、存在と言語の外へ出る道はないことも悟った時、逆に人はそれを自覚的に生きようと 構えを変えるはずである。わかりきったと思い込んでいた生と死の日常が、いかに摩訶不思議なものであったか。 その意味でそれは新たな誕生、生の再生になるのではなかろうか。 (*⌒ヮ⌒*)ゞ バイ! ・・・・・・・・ 2005年11月23日(水) 1695, 辺境へ −1 ー 読書日記
素人の身として辺境へは、ツアーでしかいけないが、「辺境・秘境」をキーワードにして、この十数年近く アフリカ、南米、シルクロードなどを家内と共に行ってきた。┐(´ー`)┌ 図書館にあった、「辺境へ」−大谷映芳著ーはもう5~6回以上借りてきて読んだ。 そして、ついにインターネットで新・中古本だが、買ってしまった。 写真も、文章も体験をそのまま書いてあるので、心に直に迫ってくる。 この本で、著者が一番思いの深いの7ヶ所を紹介している。チベット・ヒマラヤを除いた5ヶ所 訪れているので、私にとって非常に魅力のある内容で、何回読んでも飽きることはない。 (( 匚P まず著者の大谷映芳の「内容紹介文」をコピーしてみる。 ー「ニュースステーション」で、高視聴率を獲得した“秘境ドキュメント”。 ブータン、ギアナ高地、ドルポ、アフリカ大陸グレート・リフト・バレーなど、その取材は、全世界の秘境と 言われた地域に及ぶ。今は亡き冒険家の植村直己や夭折した写真家・星野道夫、グレートジャーニーの関野吉晴氏ら その旅の思い出とともに、こうした世界の秘境エリアをレポートしてきた著者が綴る紀行と貴重な写真を多数掲載した写文集。 ー この本の7ヶ所とは、 w((´ω`))wワオッ!! ヒマラヤの王国ブータン/ 南米大陸のギアナ高地/ 南米パタゴニア/ 西ネパールのドルポ/ アフリカ大陸の グレート・リフト・バレー/ 北極圏のグリーンランド/東チベットのヤルツァンポで、写真とともに紹介している。 その写真が素晴らしい。また人々との出会いなどが中心に書かれているのも特徴。 現地で出会った人々の話や、亡くなった冒険家の植村直己さん、写真家・星野道夫君、探検家の関野吉晴さん等の話も面白い。 ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ ー彼のこの本に対するコメントも良いー 「地球上にこういう素晴らしい所がある事を知ってもらいたいし、そういう場所が冒されつつある ということは人類にとっては非常に危機的状況であると思うんです。 そしてこういう本を書くと改めて日本の事を思うんですね。 比較というんですかね。∩゙ヽ(。・ω・。)へ (以下、字数の関係でカット09年11月23日) ・・・・・・・ 2004年11月23日(火) 1330, ワインの話
昨夜は、兄夫婦に誘われて、ボジョレー・ヌーボを家内共々飲みにいった。 兄の友人が金欠病でドロップ・アウトの代理に誘われたのだ。盆と正月以外、あまり飲む機会がないので 丁度よい機会であった。しかし空きっ腹のためか、かなり泥酔をした、いつものことだが。 ワインといえば、海外旅行の機内で無料の極上のワインが飲み放題。そのためワインにはうるさい? 月に3〜4回、自宅の至近距離のイタ飯チェーン店の『サエゼリア』のワインを飲んでいる。これが安い割りは美味しい。 さらに2Lのワインのパックを今年になってから冷蔵庫に入れてある、月に一本の割合だが。 世界各国のワインを飲んでみたが、ワインといえばオーストリアである。十一月十日は、ウィーンで最も“古い酒”を 飲む日である。ボジョレー・ヌーボは新酒だが、ウィーンは古酒だ。その古酒とは、前年の秋に収穫されたブドウで 造ったワインをいう。翌日の十一日からは新たに収穫されたブドウで造ったワインが出回る。 この新酒のことを「ホイリゲ」といい、こうしたワインを出す居酒屋も同じ名で『ホイレゲ』と呼んでいる。 「ホイリゲ」の歴史は結構古い。一七八四年、皇帝ヨーゼフ二世がウィーンのワイン農家に「年間三百日を限度として、 自家製ワインを売ってもよろしい」というお触れを出したのが始まりとされる。 毎年、十一月十一日の聖マルティン祭の日に樽(たる)を開封し、向こう一年間、その年のホイリゲとして飲む習慣だ。 ベートーベンが長く住み、交響曲「田園」などを書いたウィーン郊外に、ホイリゲは点在する。 店で「ホイリゲ」を注文すると、たいていビールジョッキを小さくしたようなコップに入った白ワインが出てくる。 味は酸味が強く、こくはない。しかし、サラミやハム、ウィーン風カツレツなどをつまみに飲むとうまい。 炭酸水で割る飲み方もあるようだが、これはあまり美味くない。 八割以上のホイリゲが家族だけで経営している。 すべて自家製ワインだから、各店とも独自の味を持っている。店ごとの、ワインの味比べもホイリゲの楽しみの一つだ。 そこで弾き語りの歌を聞きながらワインを飲むのだ。そういえば学生時代に友人数人と『ホイレゲ』に行ったことを思い出した。 それまで、ワインといえば「ポートワイン」しか飲んだ経験が無かったため、その美味しさに、グラスで7〜8杯も飲んで 全員腰が立たなくなり、タクシーに這うようにして乗って帰ってきた。さらに、部屋で買ってきたボトルを飲んで目茶苦茶。 今考えてみると酒癖が悪くなった原点が、そこにあったようだ。この8月末にも行ったが、当時と殆ど変ってなかった。 弾き語りが何ともいえない雰囲気をかもしだしていた。話は変わるが、ブランデーのできた由来が面白い。 輸出用に一度水分を抜いて、濃度を高めて輸出していた。ところが、それをそのまま飲むのが流行ってブランデーという 飲み物ができたという。 -------------- 2003年11月23日(日) 963, 「コーリング」ー映画日記 字数の関係でカット(2007年11月23日) ・・・・・・・・ 589, 癒しについて - 2002年11月23日(土) 癒しはヒーリングの訳語だ。ヒーリングの意味は「本来備わっている自然治癒を引き出す事」 をいう。そうすると癒しの意味はそれを妨げているものを取り除く事になる。 人間の中の元々ある力を導きだす事だ。気安く癒しを求める事がおかしい。 安易に傷を治したいというからだ。甘い生き方を更に甘さで埋めようということだ。 垂直に自分を突きつめないでー軽く傷を治そうというのがみえみえだ。 更にゴッドマザーやゴッドファザーが出てきて治そうとするから傷が深くなるのだ。 このホームページに癒しのコーナーがあるのはいかなる事か?笑って時間をやり過ごす為だー 傷ついた時や疲れたときの居酒屋の自分のコーナーのつもりだ。生きていれば傷つくのは仕方がないことだ。 消毒をしっかりしてバイキンよけの薬を塗って時間を待つしかない。感謝が足りないのが傷口を大きくしている。 縦の自分の関係が浅くなっているから、横の関係に惑わされるのだ。 垂直に自分を掘り下げるチャンスにすればよい。 深いところで変わらなくては、傷が治るわけがない。 ・・・・・・・・・ ある時間の断片 1968年 11月23日(土曜日) 10時起床。洗面後、OB会に行く準備をする。 駒村のところに「多恵ちゃん」と、飯野さんが来ている。 佐藤のことだが、何か割りきりがつかない。先日の件で陰険な抵抗にあっているようだ。 飯野さんは別に約束を破った私が悪いが、まあいいか。佐藤とはこれで完全に気持が離れてしまったようだ。 ゼミのOB会の出席のため、高輪ホテルにいく。14時半に始まる。17時半に終了。空腹に油系を食べたためか、 気分が悪くなる。先輩は組織人という感じで、魅力のある個性的な人はいない、仕方がないが。 その後、高輪プリンスに行き、コーヒを飲んでくつろぐ。そこで、ゼミの同期で親しかった石川がしつこくからんでくる。 最近無視をしていることに対する怒りだろう。いま石川と妥協したら、お互いマイナスだ。腹を立てないことだ。 その後、高木と三年生の三人と5人で、武蔵小山の「なつめ」というスナックに飲みに行く。 そのママさんが面白い。 千田敏さんという名のホステスもなかなか面白い。非常に面白い時間を過ごす。 ホステスどうしの争いの大変に見えた。0時過ぎに店を出る。1時に帰寮、2時に就寝。いろいろあった一日であった。
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2009年11月22日(日)
ー まずは前回の続きの部分より ー 妻の葬式の時、私は不思議な体験をした。 いよいよ出棺というそのとき。 私の鳩尾(みぞうち)から喉に向かって稲妻のように熱いものが走ったかと思うと、 それは胸全体へと広がっていった。 その瞬間、私は言葉では譬えようのない至福感の中にいた。 あの体験は、「 死は悲しみではありません。 私は満ち足りた気持ちであの世へ向かっています 」 という妻からのメッセージではなかったかと、今になってそう思うのである。 もし、あの世の妻とコンタクト可能なら、私はこんな問い掛けを妻にしてみたい。 「 がんに殺されたと思う? 」、 「 いえ、がんに殺していただいたんです。お蔭でたくさんのことを学ばしていただきました。 ありがとうございます 」 「ラ行の受身形」の透けとおった心で、そう応えるかもしれない。 そして最後に「 あなたも感謝の心を持って、狼狽えることなく生きてくださいね 」と妻は、 微笑みながらそう付け加えるのを忘れないであろう。 〜〜 こういうのは、本人しかできない不思議な体験である。 「鳩尾から喉に向かって稲妻のような熱いものが走った」 というのが、チャクラが反応したのである。 似たような経験を、幾つかの記述を何度か読んだことがある。 身近な故人とは、色いろの魂の邂逅があるようだ。 私も父が亡くなった初七日に不思議な邂逅があった。 夢で父の気持ちになってしまい、死の恐怖心から〔死にたくない〕と思った瞬間、我に返った時、 あれっ、私は生きている!という不思議な安堵感と父の魂との邂逅と、似ている。 思いは、言葉で作られ、 そして残るもの。 思いも、それを形成する言葉は、後々残るから大事にしなければならない。 気楽に、言葉遊びとして、ラ行の受身形を前向きな言葉に替えるように努めたいものである。 〔こん畜生め!〕は、やめとこう。 言ってもいいが、その後に「何かのサインを出してくれて、ありがとう」 を加えれば、気が楽になる。 歳をとった暗い顔だけは、なりたくないもの。
・・・・・・・・ 2788, 平心庵日記 2008年11月22日(土)
「半歩遅れの読書術ー?」で紹介されていた本で、さっそくアマゾンで注文、朝晩の通勤の新幹線内で読んでいる。 これが何ともいえない味わいがある。 もしかしたら己の人生を間違えていたか?と、考えさせられる内容である。 明治初期に三井物産を創設した大茶人の益田孝(鈍翁)と、主治医・近藤外巻(平心庵)の心の交流を、 大正13年から昭和13年までの平心庵日記をもとに、平心庵の長男である近藤道生が描いた本である。 当時まだ年少だった著者の目を通してみた大正から昭和初期の時代の想い出がもの静かに書かれている。 「明治経済界の重鎮である鈍翁は,江戸の武士道気質と明治以後の欧米ビジネスマンの感覚を合わせ持つ実力者だが、 政治的には影の存在に徹した。 隠居の地小田原で,無私の外科医・平心庵と茶事を通じて結んだ親交は、 現代人が失ってしまった真のもてなしの精神と、日本文化の奥行きを伝える豊かな時間であった。」と書評にあるが、 成るほど読むほどに大茶人の片鱗が窺える。 千利休以来の大茶人と謳われ、茶の湯や美術関係の人には、 よく知られているという。両親の趣味が茶道だったこともあり、子供の頃から色いろな話を聞いたり、 茶席に同席させられたこともあり、何か、日記の一言一言が目に浮かぶようなイメージが沸いてくる。 これを読んでいて気づいたが、両親はかなりの茶人だったようだ。私は、どうも堅苦しい作法に反発を感じ、 現在も近寄れない。 しかし私の人生で、知っておくべき世界だったかも知れない。 ーーーー 「平心庵日記 :失われた日本人の心と矜持」 近藤道生著 ー日記が大体が次のようなベースで書かれていまる。 「大正14年 元旦」 ・・・五時頃より国民年中行事正月のところをよみ 六時頃若水をくみ洗面仏前にて礼拝 再建のわが家にもはじめて年を迎ふることとてうれしく勇む心しきりなり 長女千蔭 十二歳 次女みゆき 十歳 長男道生(筆者)六歳となる 道生をつれて海岸に初日の出拝みにゆく 今しがた水平線を倣なれて一、二尺、開運をいのるよりも安穏をいのる心先なるがこの頃の 傾きなり 銀盃にて屠蘇いはひ 雑煮いはふ 列席者塾生を含めて十三名と震災後迷ひ込みし三毛猫一匹 昨年より着手したる漢文学選中国の部大略終りたれば昨日より年表をつくりつつあり今日も百科大辞典みて すこし調べたる後、二宮神社に参詣 小峯公園に遊びて皆と別かれ益田邸に御年首に行く 邸内にて御主人の迎へに来たらるるに遇ひ静江(平心庵の妻ー筆者註)をも 自動車にて呼ばれ 茶と御料理賜はる お手製の茶碗 珍品そろひの御料理うどの生など結構なりき」 「大正14年 6月8日」 五時半起床 便所掃除 朝礼。朝食。文学史万葉の歌例のところ講義。外来患者60人許。 益田大人より朝 お使ひあり。四時半頃自動車のお迎へいただき五時頃行く。わびたる田舎家風の寄り付き。 為楽庵にて初座。敦盛草とえぞまんてんの花の下にて懐石。後座 大燈国師の手紙,茶碗ととや 濃茶銘 松の華…」 真摯な開業医としの生き方が淡々とした日記のなかクッキリと浮かんでくる。 ーー これを読んでいて、やはり両親の趣味だった、茶道を30歳辺りから入るべきだった。 それなりの子供の時からの下地があったのだから。 私が求めるのは、それだったのである。 何か人生で足りないものは、求道だったようだ。しかし、ある程度の金と、教養がないと出来ない遊びの世界。 昔の社交の場だったのだろう。
・・・・・・・・・ 2007年11月22日(木) 2423, 夢のようなホントの話 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning 週刊誌を何気なく読んでいたら面白い話があったので、紹介しよう。作家の高橋三千綱のミニ・エッセーだが、 引き込まれる内容である。こういうことが実際にあるのだろうし、また逆のこともあるはずだ。 その分岐点は、その人が持っている人間性である。 ーまずは、その部分から 南カリフォルニアのラ.コスタに滞在していた、ある年の夏のことである。 ・・ホテルのラウンジバーで飲んでいると、いつのまにか人の輪の中に紛れ込んでいた。 話題がラスベガスの話になったので、その頃人気のあったマジックショーを見たいものと私が言った。 時刻は午前一時を回っていた。どうやらホテルのマネージャーを呼び出しているらしい。 相当酔っているな、と私はあきれていたのだが、四日後にはラスベガス空港に降り立っていて、 しかもリムジンが待っていた。それから私は、夢のような3日間を過ごした。 部屋はスイートで寝室がふたつあり、バーも広い談話室もついていた。 最前列で見るマジッグショーは迫力満点で、目の前で巨大な像が消えた。 ホテルでは私専用の女性秘書をつけてくれて、あらゆる用事を彼女がやってくれた。 その全でが大男の招待だった。カジノでも私はつきについた。一体、あの男は何者なのだ、 と秘書に訊くと、ニューヨークの大富豪で、有名なプロデューサーでもあるという。 何も知らなかったの?と驚く彼女を見ながら、こんな話をしても誰も信じないだろうな、と私は思っていた。 ーー 大金持の酔っ払い世界に紛れ込んだということだ。その大男からみたら「気分が良かったのでしてあげた」 だけのこと。2〜300万の宝クジに当たったレベルの話でしかないが、それでも庶民感覚とは、 かけ離れた世界の一端を、垣間みた話である。 ☆bye-bye☆ε(*゜ω^*) ・・・・・・・・ 2006年11月22日(水) 2059, あたりまえなことばかり −13 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
ここでは、深い哲学のサワリを解りやすく書いてある。我われは「観念としての死」に、今まで取り付かれてきた。 そして物理的な時間軸を生から死へと一直線の前方に向け生きてきた。 ところがそれは違うというから、面食らってしまう。「永遠として直感される瞬間とは、それ自体で生死を越えて、 生死を飲み込んで今ーこの瞬間に立ち上がる!」ということは、人生の深い経験をしてこそ実感できるのである。 経験の裏づけがないと、言葉の言い回し位としてしか理解できないだろう。 いや、鋭いのは解るか? その瞬間の「永遠」は、死後にあるのではない、生の真っ只中に垂直に立ち上がる。 (感動、歓喜の中で)著者の池田晶子の、その瞬間が以下の文章に立ち上がっている。 仏教でいう、悟り、覚醒感がそのまま伝わってくる内容だ。 −−−−−−−−ーーーー *死ぬのは不幸なことなのか ー? −−−−−−−−−−−− 死は、恐るべき避けるべき事柄と、深く思い込んでいる。転倒した生存本能としての死の恐怖は、人生の孝、 不幸を量るわかりやすい目安とも化し、観念と現実からも判然としないまま、今も岩のように人類を縛り付けている。 死は、恐れるべきものではなく、あるいは祝福すべきこと、喜ばしきことなのかも知れない、 という可能性である。これは死は恐ろしいもの、と言う可能性と同じく、その論拠は無い。 それを恐れとして、喜びとしての「死後」を提示することで答えようとする宗教とは哲学は違う。あくまでも、 「死後」を語っているのは、生きている人だけである。永遠として直感される瞬間とは、そのこと自体で生死を越えている。 あるいは、すべての生死を飲み込んで、今である。考える精神として、一直線に前方へと流れる物理的時間塾から 垂直に立ち上がる時、人は、自分が肉体として生き死ぬ自分でない存在であることを知る。生きているか死んでいるかが、 なぜ今さら問題であり得るのだろうか。すべては永遠に存在し、永遠に生成する。今この瞬間に直感されるそれは、 したがって、「死後」ではない。死後などない。死後は死後に存在するのではない。 生の真っ只中においてこそ、 それは永遠の時間として知られるものなのである。ギリシャ人たちが、肉体を墓場であると呼んだことの背後には、 このような確信が存在している。精神でありながら、同時に肉体である我われが、永遠の存在であると同時に 死するべき存在である。しかし、死への恐怖に衝き動かされながら、直線時間軸上をよろめきながら歩いているという 惨めな表象が錯覚であるとしたら,逆に肉体こそ死後であろう。 したがって、肉体が死ぬと いうことは、本来の「生」、すなわち永遠的存在への開放に他ならない。死ぬということは、精神の再びの誕生として、 祝福すべきことでなかろうか。 だからと言って、死すべき肉体を粗末に扱うということにはならない。 摂食、生殖、快楽の意味、幸福の源泉であることで不幸の源泉でもあるところの肉体を、精神がどのように扱うか、 それが肉体によるこの生を、われわれが経験していることの意味だからである。 この生で幸福になるのでなければ、どの生で幸福になることができるのだろう。 じっさい、このような言い方は可能なのだが、生きながら死んでいる、かの「永遠」を想うその時間、思考の切っ先が 幽明の境に溶け出していくような、自分が誰で何であるか、およそ知りえないことすら快いような、それはその意味で 至福の時間なのである。いや、時間ではない。形而上には時間はないのだから、「存在」と触れ合ったその刹那、 全方位に底が抜ける万象の光景というべきだ。今ここに(生きて)在ることの奇跡、とは、正確にはこのような事態をいう。 死なずに生きていることが奇跡ではない。 存在が存在していること、そのなぞに驚いている自分が 存在していること、そのことが奇跡なのだ。すなわち、謎なのだ。謎を見てしまった者にとっての幸福とは、 何か、謎と心中することと似ているだろう。観念にすぎない死を恐れ、観念にすぎない死後を空想することの、 不幸は、真正の形而上学を経ることで、何がしかの甘味な困惑へと変容するはずである。 ーーーー 身体は、生の墓場か? はたまた、糞袋か?それとも、手、足、頭という機能付き道具? 考えれば、いくらでも挙げられる。割り切って、それぞれを使うべし!ということである。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月22日(火) 1694, 「官から民への流れ」の一現象
選挙の自民大勝を受けて本格的に小さな政府に向けての動きが本格的になってきた。 まずは政府系の金融機関の大鉈がふるわれることになった。中小・零細企業は大きな岐路に立たされる。 (X_X;) ところで身近でも、面白い動きが出てきた。 求人を出していたところ、『財団法人・雇用能力開発機構センター』 という所より連絡が入った。国から、雇用を促進するために委託をうけた独立行政法人という。 ・雇用保険を受けている人で、ある職業を希望している人の仕事を ・三ヶ月間、希望先で実習・訓練して、互いに合格すれば入社をする。お互いに不一致でも、本人の職業訓練になる。 ・その期間、求人側は採用不採用に関わらず約2万5千円を補助してもらえる。 求職者も雇用保険を貰いながら、一日500円の日当が支払われる。 ・パート、準社員の求人でも雇用保険と社会保険が支払われれば適用範囲になる。 ( ) ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ 解りやすくいえば、今までの丸抱えの職業訓練を、「一日500円払うから、 就職の適正を互いに見合うという条件で現場で教えてくれないか」という仕組みである。 よく考えたものだ。採用する方も三ヶ月という期間、雇用保険も社会保険を支払わないで 済むというメリットがある。 三者両得という理屈に合った仕組みである。 ?¬_¬)nannjai 現在、職安に行くと30台ほどのパソコンが並んでいて、求職者で満杯で、一昔前の様子と様変わりという。 全く求人する方も求職する方も、世知辛い世の中になったものである。考えてみれば当たり前のことでしかない! フウ〜 ( ̄ω ̄;)!! ーつづく ・・・・・・・・ 2004年11月22日(月) 1329, 教養と自由とバカの壁
「教養とは自由になるためのアーツ(芸術・芸)」と、昨日の読書日記で書いた。 そういえば「自由」について以前書いたことがあった。 (後に、コピー) そこでは、自由について ・積極的な自由とは、自分の真にしたいことを見つけて追求すること、 ・消極的な自由とは、束縛されていることから解放されること、 の二つに分類した。 教養とは、「真に自分がやりたいことを見つけ実施していくために蓄積し、知識、経験を芸にまで高めておくこと」 である。また自己を束縛していることから、いかに解放するかのアーツ(芸術)といえる。 「話が通じない時、情報を遮断しているもの」を養老孟司が、「バカの壁」と名づけたが、 情報を遮断している小さな固定観念を一つずつクリアーしていくことが、経験を芸に昇華していくことになる。 自由とは、選択の自由である。多くの選択肢の中から、一つの選択をしなくてはならない。 これは非常に難しいことである。そこには決定という自己責任と結果が生まれてきて、その不安に常に付きまとわれる。 そこに哲学が必要になってくる。 教養としての哲学は、取り囲んでいる壁に対して自覚することから始り、 その壁を土台にすること、そして乗り越えるのに必要になる。 話は少し変わるが、「英語をマスターすることも教養のうちか?」と、問われれば勿論教養のうちだ。 英語を話せる分、読める分、それだけ自由の枠が広がる。特に英語は、現在世界の標準語になっているから。
ーーーー 2004/05/17 1140, 自由についてー1
学生時代より『自由とは何』を考えてきた。そして自分の自由を優先して生きてきた? しかし、よく考えてみたら、自由は自分のしたいことをみつけ、それを追及することであった。 自らの自己実現に対して忠実に生きることであった。字のとおり「自らに由り、生きること」である。 そして自由な生き方ー周囲の因縁や世間といわれている束縛から解放されている状態を理想としてきた。 調べてみると、自由には多くの意味やとらえ方があるようだ。 手の自由といっても、所詮は人間の体の一部としての腕の範囲内の自由でしかない。 といって使い方は自由である。また自由には、当然の責任がともなってくる。 アイザリア・バーリンは自由を「消極的自由」と「積極的自由」の2つに分類した。 ー「消極的自由」とは「他者からの強制・干渉を受けずに自分のしたいことができるという意味での自由」であり、 ー「積極的自由は自己が自己を支配している状態」と捉えられる。 例えばカントは、恣意に従うのではなく「理性」に従う状態が自由であると主張している。 (字数の関係でカット 2009年11月22日) ーーーーー 2004/05/19 1142, 自由について −2 (字数の関係でカット 2007年11月22日) ーーーーーーーー ある時間の断片 11月22日(金) ー1968年 ・8時起床 今日は人事管理に出席。 ゼミの同期の外山君と食事。彼は新潟の三条市の同郷だ。おとなしく誠実な男だ。 彼と行きつけの喫茶店の‘ウイーン’に行く。 田島のグループがいる。 彼らと口泡を飛ばして話し合う。 奥野君も来る、彼は先日突然部屋に訪ねてきた男だ。 ・13時にゼミに参加。 ゼミの先輩で社会人になっている人が二人がきて、社会人になった実感を語る。 その後マクレガー「企業の人間的側面」という本の内容について、読後感を各自発表する。 15時に終了。 その後、16時まで明日のゼミのOB会のネームのバッジつくりをする。 ・帰寮後、大妻大の宮本さんから電話で昨日の件で1人いい人を紹介するという。 かなりの美人だとか。 冗談だったのに、まあいいや、なるようになるだろう。 ・その後、市川さんと飲みにいく。 夜半の2時に就寝する。
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2009年11月21日(土)
「年齢(よわい)は財産」〜日本ペンクラブ編 の随想集の中にあった土居伸光氏の【言葉遊び】ーラ行の受身形ー がよい。 ーその概要を短く纏めてみるとー 10数年前に末期癌で亡くなった奥さんの、死に至る過程を見つめ、彼女が否定的で 受け入れたくない出来事に対して使われる言葉が、感謝へと転換していく姿を愛情を込めて書いている。 ラ行の受身形とは・・・ ・叱られた ・文句を言われた ・虐められた ・騙された ・裏切られた ・嫌われた これらは私達が日常でよく使う受身形。 どちらかというと、否定的で受け入れたくない出来事に使われることが多い。そこで、 「叱られた→叱っていただいた」「嫌われた→嫌っていただいた」など、ラ行の受身形を転換をすればよい。 その結果として、感謝の心を増幅させるだけでなく、人を大らかにし、強くさせる力になる。 奥さんは、絶えることなく襲ってくる激痛に逃げ出すことはしなかった。 直観力が強くなったのだろう、 激痛を事前に察知して、仏壇の前に正座をし、ローソクと線香を灯し、祈りながらそれがやってくるのを待った。 その後姿に、著者は揺るぎない彼女の覚悟が読み取れた。 そして、ある日、 「問題は、すべて私の中にある。ガンを早期に発見できなかったのは病院ではない。ガンそのものが、問題ではない。 ガンは自らがつくり出したもの。ガンは自分自身。誰も悪くない」と耳の疑うような言葉が彼女の口から飛び出した。 その言葉を境に、奥さんは大きく変わっていった。・・・ 激痛を乗り越える過程で受身だった彼女は感謝の心に 変わっていったのだ。 そして余命半年といわれていた奥さんは結局三年生きた。 我われは老いの進行と共に、頭や身体は思い通りには動いてくれなくなる。 第三者から「ラ行の受身形」の言葉= 《叱責、文句、虐め、騙し、裏切り、嫌悪》が、未来の自分に投げかけられる可能性がある。 その都度、心が大きく 揺れるようでは、人生の平安はほど遠くなる。ラ行の受身形を転換し続けることで、すこし謙虚になったように思うという。 文句を言われるのは、文句を言われるようなことがあったからと気づく。そう考えると、自分の至らなさが見えてきたりする。 そうすると、文句を言った人に、怒りではなく感謝の気持ちがわいてきて、嫌な人物がそうでなくなってくる。 今の私には嫌な人物は一人もいないという。 単なる言葉遊びと思われるかもしれないが、 やってみる価値は十分ある遊びである。 この遊びの素晴らしいところは、使っても目減りをしない。 使えば使うほど心は確実に成長し、その結果は微笑みという形をとって顔に現われてくると、無邪気に信じてくるようになる。 ー 味わ深い内容である。 この続きも良いので次回に書く。 これは先日書いた「要は、受止めかた次第」の具体例と 考えるとよい。 その意味で、この文章に偶然出会ったのが不思議である。 書いていて思い出したのが 「もとは、こちら、そのままけっこう」である。 実際に現在抱えている幾つかの問題に対して言葉遊びをしてみたら、 直ぐに「そんな問題じゃないだろう」と、心(言葉)が噴出してきた。 しかし、「遊び、遊び!」と自分に言い聞かせ、 何度か言葉遊びを繰り返すと、あれだけ腹立っていたことが収まってくるから不思議である。色いろな悟り方があるもの。
・・・・・・・・・ 2787, 不況景色 2008年11月21日(金)
・新潟市内の【新潟タクシー】が倒産した。 先日倒産した【新潟相互タクシー】に続いてである。 タクシーの所有が70台、従業員が130人というから、新潟相互タクシーと、ほぼ同じである。 ピーク時の売り上げの半分まで落ちていたというから、仕方がない。 タクシーも、ビジネスホテルも 似たような客商売である。 だから、さもありなんと納得する。 次は何処のタクシー会社?という段階だろう。 二社潰れても,タクシーの台数の一割強でしかない。彼方此方から不況の現場の話しが聞こえてくる。 資産の劣化も始っている。昨夜のNHKの「クローズアップ現代」で、中古マンションの荒廃の実態をレポートしていた。 バブル期のマンションなどが荒廃をして、投売りで暴落、廃墟になっているマンションも出ている。 5〜6年前で2百数十万室もあり、その後も激増しているという。 不動産業者は10年を目安に造り、売却する。 その典型が現在、問題になっているアパとかいう、業者である。 買うほうも深く考えないで目先のファッション服を 買う感覚で購入する。 10年経った後に、大きな問題になってくる。 物件は暴落し、荒廃が進む、という図式になる。 〜〜 ・アメリカのシティと、スイスのUSBの株価が暴落している。 USBは、二年前のフォーブスのランキングの数万社の世界の超優良会社で、ベスト9の会社である。 それが、風前の灯といから、すざましい。 ゴールドマンなど、1〜2ヶ月で、半額以下である。 シティ $ 6.45(−22.85%) UBS $ 9.28(−14.75%) ゴールドマン $55.18(−11.04%) AIGも時間の問題といわれているし、ビックスリーの自動車会社も、実質破綻に近いという。 自動車関連の従業員が、アメリカの就業者の1割を占めるというから、これまた破綻は国家存亡の問題。 生かしておいても、資金の垂れ流しになるし、潰せば世界恐慌の速度を速めることになる。 この金融恐慌、他人事ではないから深刻である。 株価が、ある日総崩れになる可能性を孕んでいる。 恐慌は勝ち組も負け組みもない。全てが、死線の上を漂うことになる。社会的には、失業者が急増、凄惨な事件が続く。 それが地域紛争につながり、そして世界戦争に拡大していく。これに鳥インフルエンザが重なると、60年前の姿と酷似する。 ただ、日常は淡々と流れていくが、気がついたときには生活実態は三分の一のレベルまで、下がっているということ。 まずは、今年の暮から来年の三月までが、第一の倒産ラッシュが吹きすさむ。 トヨタのトップが「市場が消滅してしまうのではないかという恐怖心にかられる」といっていたが、 これから起こることは、想像を遥かに超えたものになる。経済学者が言っていた、「16世紀以来の中産階級の崩壊のプロセス」 に入ったのか。 そうすると、100年に一度の大事件ではなく、1000年に一度の歴史的惨事が待っていることになる。
・・・・・・・・ 2007年11月21日(水) 2422, サブプライム問題 −2 (*´・ω・)ノはよー 前回の記事の続きを読むと、この問題は裾野が広いのが解る。日本でもビルなどの不動産の証券化した債権が 一般の投資家に対して売り込まれている。これはアメリカだけの問題ではないのである。その意味で今年の暮れから 来年にかけては日本でも問題が発生しかねない。更に駅周辺に怪しげなマンションが、奇麗な歌い文句で売られている。 これも不動産債権と大同小異のもの、直接、跳ね返るのが買った本人になる。それさえ気がつかないから深刻である。 ー前回のつづきの記事も解りやすいー −− 株価の値下がりは一般的にはサブプライム問題と言われているが、症状の一つに過ぎない。 根本問題は、アメリカ経済が既に一年前から不況期に入っていることにある。そのことは工業品出荷の推移からも ハッキリと現れている。昨年6月をピークとして急速に落ち込み、昨年10月には前年比マイナスの水準になってしまった。 アメリカが不況になったからこそ、住宅価格が下落に転じ、その結果差プライムが火を噴いたのである。 サプライム問題を考える時、日本人は日本の住宅ローンを考えるが、これはアメリカとは違うのである。 日本では、ローンで買った住宅が大きく値下がりした時に家を売却をしても借金が残る場合がある。 この時に、借りた人間は律儀に残債を返すのが当然と思うことは当然と考える。しかし、アメリカはそうではなく、 家を引渡せば、それで済むのである。更に問題を大きくしたのは、「不動産の証券化という先進技術の落とし穴」である。 その証券化された債権の格付けが、大きな問題になってきたのである。 つまり本物のAAA格債券というのは「お宝債券」なのである。そこでサブプライム担保で組成したAAA格債券の登場である。 「高格付けの債券を買いたいけど、値段が高いのは困る」などとムチャな要求をする投資家に対して、 盛大に売り込まれていったのだ。さて、サブプライムローンを一山集めて、その中から絶対焦げつかない部分を取り除いたら、 あとには、焦げつく可能性の高い部分が山のように残される。そこでこれらの部分を宝くじ感覚の投資商品に編成して 割引値段で売りに出す。もしもローンの焦げつきが予想以下で済めば、投機家は大儲けできるだろう。 まさに一撰干金。 夢見る投機家が喜んで飛びついたというわけだ。 信用度に問題がある客を相手にして住宅ローンを貸す商売が成り立つのは、ローンを全部まとめて投資家に売り払い、 すばやく現金化できるようになった為である。証券化という先進技術の恩恵だ、と誰もが考えたことだろう。 だがここには、あきらかに重大な落とし穴がある。 ローンの証券化を行うためには、 大前提として事前にサブプライムローンが焦げつく可能性が見積もられていなければならない。 もちろん見積もるための数字は存在する。だがその数字は、不動産価格が右肩上がりだった過去の数字だ。 予想を超えて不況になり、予想を超えて不動産価格が下落してしまうと、予想を超えて焦げつきが発生する。 そして損の範囲は「絶対安全なはず」と予想されていた部分にまで食い込んでしまうのだ。 実際に今、格付け機関が「絶対安全な債券」の格付けを下げ始めている。ギャンブルをしていた人間が、賭け金を残らず 失ってもギャンブラーの自己責任だ。だが絶対安全な債券という触れ込みで買った代物が焦げつくかも知れないとなれば 「こんな危ないものは持ってられない。叩き売れ」ということになり、相場は大暴落する。 損を覚悟で叩き売った以上、売った金融機関には赤字が発生する。売らずに持ち続けている金融機関にも評価損が発生する。 金融機関の利益が激減すれば、その金融機関の株価も大暴落する。 なら、ギャンブル型の金融商品の価値は、限りなくゼロになった可能性もある。 そんな紙屑を手放すこともできず、黙って抱え込んでいる会社が、どれだけあるか、誰にもわからないという状況なのだ・・ この構図が誰の目にも明らかに見え始てきた時、株価は暴落への道を始めたのである。 サブプライム問題は、アメリカの不況を原因とする一つの症状にすぎない。 だが激しい咳が患者の体力を急速に奪うように、サブプライム問題が株式市場への不安を加速しているのも事実なのだ。 インフルエンザの症状には発熱もあれば下痢もある。 咳だけが症状ではないのと同様に、不況を原因として、 あらたな症状が噴出す可能性も否定できない。アメリカという巨大消費市場あっての中国だから、 アメリカの不浅が直撃すれば中国株も大暴落するかもしれない。 ーー 以上だが、アメリカはどの様にして、このサブプライム問題を解決するのか。 アメリカの資本がユダヤに支配されているとすれば、先に石油や金などを買い込み、 その値上がりを図るのは当然のことである。更にアメリカの債権を半ば強制的に 買わされ、そのツケを払わされるのは日本などである。隷属国家とは、悲しいものである。 βyё♪ βyё♪ ・・・・・・・・ 2006年11月21日(火) 2058, あたりまえなことばかり −12 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ 死は他者の死しか知ることができない。 そして他者のごく身近な人の悲しみの表情をみて、 死=悲しい、という構図を長年人間は描いてきた。象も死んだ子供や仲間の死を悲しむというが、それも、 その象の表情を見て、勝手に思っているだけである。虚無になる恐怖感と言えども、「無になる」とは 他者の死体を見たイメージでしかない。人生ー生死が何ものか解らないのに意味など果してあるのだろうか? という、疑問が成り立つ。せいぜい、年寄りの老化現象でしかないのか。 といって、意味の意味が、「価値」とするなら、「人生の価値は無い!」と切り捨てることも出来まい。 −−−−−−−−−−−− *死ぬことは不幸のことなのか −? −−−−−−ーーーーーー d(字数の関係でカット 2008年11月21日) ・・・・・・・・ 2005年11月21日(月) 1693, 中学校還暦同期会
あと二ヶ月で還暦になる。(O_O;)Shock!! 中学校の還暦同期会は、考えようによっては面白い。 卒業してから45年という歳月と、義務教育の分別?される前の、危ない場の中学の還暦はそれぞれ思いは深い。 同期会ということもあって、45年ぶりの再開の人が多い。それも、もう恐らく二度と会うことはない人だ。 一昨日が、その中学校の還暦同期会があった。来るべき時が来た!というのが、実感!。 そして興奮と感激の連続であった。koufun (+`ω´+)∩・・驚いたのが、学年の三分の一の108人が集まったことだ。 (私のいたクラスは一番まとまりのあるクラスだが、五分の一だった。) 長岡の一流?の料亭の鴨川別館で、会費が写真込みで一万円。幹事は大変だったはずだ。 ase ∩(+`ω´+)∩・・・キュゥ 二次会はフロアーを変えた別会場で設定してあった。ほぼ8割が出席していた。(別料金)不景気、料亭も考えるものである。 これでは、スナックは大変だ。 ヽ(゚Д゚;)ノ!! 還暦に神社で御祓いの習慣があることをはじめて知った。わざわざカジュアルの服装で行ったが、男の8割が背広であった。 還暦とは、成人式と同じ感覚なのだろう。 還暦が過ぎると、「生老病死」の問題がシビアに出てくる。 反面60歳代が人生で一番面白いとか? 準備してきたかどうかで決まるだろうが。(O.O;)(oo;) (^_^)/~~ ・・・・・・・・ 2004年11月21日(日) 1328, 「哲学者たちは何を知りたかったの?」−1 −読書日記 ー教養は何故必要か?−
ふと本屋で立ち読みをしていたら、ー教養とは自由になるために必要なアーツー という文章にいきあたった。。 早速買ってきて読んだが、なかなか読み応えのする本であった。特に教養に対して、ズバリその本質をついている。 ー「日本で教養というと、大学の教養課程やその延長線上で身につけるものと受けとめられがちだが、本来教養とは、 人間が自由(リベラル)になるために必要な(アーツ)だったのです。ですから、教養としての哲学、教養を持てば、 それがガイドやパイロット、あるいは乗り物となっているので、脳空間の中を自由に飛躍でき、さまざまな世界を のぞき見ることが可能になる。人間は、神のもとから自由な空間に解放され、そのために多くの不安や悩みを もつようになりましたが、教養としの哲学を持つことで人間として生きていくことの素晴らしさを味あうことができ、 それがまた、不安や悩みの解消につながり、「幸せ」を招来してくれることも確かです。ーー −以上だが、なるほどそのとおりである。生まれでたと同時に、多くの刷り込みが行なわれるが、 教養とは、それを乗りこえる為のパーツの総量ともいえる。教養といえば、字のとおり「教え養われたもの」であるが、 それでは、「それが何のため?」といわれると、言葉に窮してしまう。 一流の職人が「おれ中学しか出てないけど、大学を出ているのと、あまり変わらないと思うんだが?」 という素朴な言葉の中に、多くの問いかけと答えが含まれている。 現象が全てなのだから、それはそれで仕方がない。彼は言葉の中に含まれる意味の世界とは全く無縁であるから、 目の見えない人に視覚が解らないのと同じことである。 しかし、その分他の感覚が研ぎ澄まされるようになったから、一流になれたのだ。 宇宙から見れば人間の存在などチリ以下、いや地球の存在自体チリ以下であることを考えれば、その知識の差、 教養の差など些細なことでしかない。しかし、せっかくこの世に生を受けたからは、この宇宙のこと、地球のこと、 自然のこと、人間のことなど、可能な限り知り体験することは大事なことだ。 人間という拘束された存在を自覚して、少なくとも刷り込みの拘束から自由になることが最も重要である。 私が最も嫌っている、「教養のないオバちゃん」「小狐のような男」とは、現象が全てと信じて疑わない 世間という世界の住人をいう。 束縛されている自分に全く気が付いてない存在である。 人間である限り全ての人に、その要素が殆どを占めている。それを、最小にしていくのが人間の一生の課題といってよい。 読み応えのある本であるが、この随想日記でシリーズで哲学について書いたベースがあったので興味を持って読むことが出来た。 しかし、刺激的な内容でもある。「飛岡健が哲学を書くと、こういう風なのか」という視点を持てるのも、 そのベースがあったためである。教養は、積極的自由を得んがための知識の総量ということか! ーーー 「哲学者たちは何を知りたかったの?」―はたして、彼らは“答え”を見つけられたのかー (河出書房新社)飛岡 健【著】 ------------- 2003年11月21日(金) 961, 「いらっしゃませ〜!ぽんぽこぽん〜」 (字数制限のためカット 09年11月21日) ・・・・・・・・ 587, 方針について - 2002年11月21日(木)
ある経営セミナーでなるほどとイヤに納得をした事があった。「経営方針とは何々をするというのではなく、 何々は絶対にしないという事である」非常に解りやすいし、ずばり本質をついている。枠をハッキリ明示して、 エネルギーの分散を避けることだ。何かをする為には何々を守るためには何々はやらないという事を明示しておく事だ。 家訓などはそういえばそうだ。 住友の家訓は「浮利を追わず」がその典型だろう。 父は「無借金経営」であった。 家訓は ・請け判はするな ・実力以上のことをするな ・質実剛健ー贅沢するな ・肩書きを求めるな−ライオンズやノータリンクラブにはいるな! 2代目が家を潰してしまうのは、家訓をふみはずてしまうケースが多い。 家訓に縛られて何もしないのも問題だが。 老舗や名家は代々続いたその家訓が光り輝いている。
・・・・・・・・・ [234] ゼネコンの世界-1 - 2001年11月21日(水)
26歳から増築2回も含め八回工事を経験したことになる。その業界の深さ、得体の知れない不気味さを書いてみよう。 (字数制限のためカット 09年11月21日) ・・・・・・・ ある時間の断片 −11月21日 1968年 11時過ぎ起床。 12時に登校、学食で食事後、「価格理論」に出席をする。 16時から寮の駒村君のところで過ごす。18時に、大妻女子大の宮本さんと、その友人が間中君のところに来る。 宮本さんに「誰か可愛い人を紹介してよ!」と冗談を言うと、話がこじれてしまった。 二人を侮辱してしまったようだ。 二人は可愛くないといっているようなものだった。 後味が悪い事になってしまった。 どうも最近、無神経すぎる。唯我独尊の自分が知らないうちに周囲を傷つけてしまう、困ったものだ。 ー2003年11月20日記 何かこういう文章を見ると、今と全く変っていない。 知らないうちに人を傷つけている。 全く、もう!と思う。 この性格はどうも昔から蒲鉾ー板についているーのようだ。
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2009年11月20日(金)
韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店火災で7人が死傷したが、 色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 一般的に地震や火災などに遭遇したとき、 人はどのような心理状態で行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 答えは2という。 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は速やかな 避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与えるために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れと なることもある。一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限りパニックなど起きないという。 過去の大災害時に助かった人で、一番死亡しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。 逆に一番助かりやすいのは「家族」で、行動を共にする人がいること。 また若い人ほど生存確率は高い。 家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも高めるということ。 マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、早めの避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、 また金持ちほど助かりやすいデータもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。 状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるかどうかが分かれ目になる。 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める効果がある。神戸の震災は復興はしたが、 経済的な後退感は否めない。それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、それを機に 都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することができたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、 衰退期の災害は一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。 飛行機事故で数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。 :天声人語に以下のような文章があった; 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した ◆車で日本全国を廻ることを“晩年の糧”にしていた筒井さんは、ボランティア活動にも積極的に参加、周囲からも慕われていた。 事故当日、富士山に登るため現場に着いた筒井さんは、天候が悪かったので車を駐車場に止めて待機していた時、事故に遭った。 天候が良かったのなら…無念すぎる偶然である◆落石は、偶然が重なったところの、数万、数百万分の一の確率で起きた事故。 しかし、落石の位置とタイミングは、まるで、筒井さんに照準を合わせたかのように…“正確”に筒井さんを襲った。 もし、落石が20センチ、30センチでもずれていたら或いは、助かっていたかもしれないのに…◆先日、イエメン航空機が インド洋に墜落、乗客乗員合わせ153人が絶望視された。ところが、13歳の少女が、奇跡的に救助された。 闇夜の荒れた海、少女は遺体や機体の残がいの間で発見された。救助チームの責任者は、「これは奇跡ではなく、 神の意思としか思えない」と語った◆思いもよらない場所で落石にあって死ぬ人、一万メートルの上空から墜落した 飛行機事故で助かる人、中には、何千、何億分の一の確率で「生死」を左右する事故も、少なくない。 すべては“偶然”なのだろう。しかし、そこには、偶然ではない力…運命を操っている存在が“偶然”を 演じさせいる?ような気がしてならない。
・・・・・・・ 2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん! 2008年11月20日(木)
ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー 【 私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、干葉拘置所に拘束されていた。 その間、私を悩ませた課題は、「自分は何故生まれ、何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問であった。 ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。その中で私を惑動させたのは、 宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言であった。 〈 すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。 個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。 この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。 〉 彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。 朝から二度倒れ、四度嘔吐した。 その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。 年ゆくや天につながるいのちの緒 春樹 この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つであることを直感したのだ。 エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で体験したのである。そして平成十六年九月一日、 私は静岡刑務所の独房の中で、自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の疑問が あっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために地球に生まれて来た、ということだった。】 −− 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と違うところは、 そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中で、絶望の底で、実感として掴み取ったことである。 ‘ゲームとは、到達地点を決めて、その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’である。 人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に楽しみ、味わうかにある。 それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなるのである。 【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】という一休の詩がある。 せっかく、客として呼ばれたからには、この世の人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難や悲しみ、というのが少しは分かるが。 4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。 3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。 2階:獲得した「快」を永続させる。 1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。 人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。 何か際どい話になってきたが。
・・・・・・・・ 2007年11月20日(火) 2421, 閑話小題 ヾ(´∀`o)+。才ノヽ… *携帯電話・パソコンが変えたこと (字数制限のためカット 09年11月20日) ・・・・・・・・ 2006年11月20日(月) 2057, あたりまえなことばかり −11 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! −読書日記
「死と生」は、考えるほど不思議で尽きない。この無限の宇宙の中で、何で此処に自分が存在しているのだろう。 60年生きてきたが、「自分にとって死はない」というし、永遠は「いま、ここ」にしかないというし、 人間しか持ち得ない「観念」によって、動物のように十全に生きられないというし、 人間しか持ち得ない精神の思考によって、生物体としての死の恐怖を看破し得るという。 先入観ー馬鹿の壁ーがビッシリと脳にこびり付いていた自分の人生に、ここで気づいている愚かさ! そして、周囲を見て、まあいいか、と思っている愚かさ!自分にとっての時間は生まれ死ぬまでの時間ではない。 永遠は、「いま、ここ」に、垂直に、立ち上がる! なるほど、その通りである。 我を忘れるほどの感動の、あの瞬間! 縦に立ち上がっていた! 永遠に今も続いている。 薬物でもできそうだが・・・ それは、末期の時の一服の楽しみとして、とっておこう! **** Ψ( `▽´ )Ψ ケケケケ♪ ーー *死ぬことは不幸なことか −?
人間のみが自殺する生物であるのは、人間においてのみ、死が観念として対象化されているという 事実を端的に示している。 観念でない現実の死。とは、どういうことなのか。 多くの人が、人間は死に向かう存在なのだと長く教えられてきた我われが、そのまま長く思い込んできた、 未だ気づかない間違いが、ここにある。考えてみれば、観念でない現実の死を考えるとする正にそのことによって、 死は常に観念となるという事実。観念でない現実の死など、観念としてしか存在しない。 しかし人は死ぬではないか、と人はいう。確かに現実に人は死ぬ。死ぬのは常に他人であるという事実について考えてみる。 他人の死は自分の死ではない、そこにも自分の死は、存在してない。人は、他人が死ぬのを見て、死を観念として対象化し、 それを自分に類推して、自分の死が現実に存在すると、思い込んでいるに過ぎない。ここでもあくまで観念でしかない。 笑うべきことだが、自分の死を考えようとして与えられている思考の真空、自分がいないとということを、 考えている当の自分に、どうして考えることができるのだろうか!かくして、哲学が誕生することになる。
精神は思考することによって、生物体としての死の恐怖、その錯覚を看破し得る、だから、考えることこそが、 善く生きるということなのだ。おそらく、生物に存在するのは生存本能であって、死の恐怖ではない。 生きようとするために死を避けるのであって、死を避けるために生きているわけではない。 人間という生物においてのみそこが転倒しているのは、自ら課した観念による錯覚のためで、人間は動物のように、 十全には生きてはいない。それ自体で転倒している死への恐怖を逆手に取り、再び大きく転倒させるものが宗教である。 あるいは、宗教は考えられないものとしての自分の死、思考の真空地帯のそこに、「死後」の絵を画く。 あたかもそれが、生の続きのように。しかし、「生の続き」としての「死後」とは、どのようなことでありえようか。 自分の死が観念としかあり得ないのだから、その「死後」というのも、文字通り観念としかあり得ないのは自明なことだ。 死が観念なら死後も観念である。ふと気づけば当たり前のことである。 人が死と対になった「死後」という観念から 離れられないのは、真空への恐怖だけでなく、時間の一直線に前方に流れるものという時間認識の錯誤にもよるのではなかろうか。 時間は一直線に前方に流れるという人々の表象の原型となっているのは人は誕生から死へと向かう存在であるという人生の表象。 人は、物理的肉体として生まれ、育ち、次第に老いて、次に死ぬ。時間は、そのような物理的現在、物理的瞬間の重なりとして 表象されているのである。しかし、この時間表象によっては、決して表象されないときがある。 それが、それらを表象している正にこの現在、時間は一直線に前方に流れるものだと表象しているこの瞬間である。 「瞬間」など、どこにもない。捉えられるものではない。なぜなら物質ではないからだ。すると時間を物質によって表象し、 肉体の生死に等しく一直線に前方へ流れるものとのみ思うのは、誤りであることになる。 これは、自分の死はあり得ないという例の事実を裏から支持する。物理的時間のうちに存在しない自分とは、物理的肉体ではない。 すなわち、自分は生きて死ぬこの肉体ではないということに他ならないからである。 死なない存在に死後はない。宗教が「死後」に言及することによって多く誤るのは、あたかもそれが時間的前後であるように 聞こえてしまうことによる。「死後、永遠の生命を得る」。しかし、「永遠」とは「死なない」ということ以外のいかなる 意味であり得ようか。 永遠が死後にあるとは、既に破綻している。我われの言語の構造が、物理的時間とは異なる時間の ありように言及することを拒んでいる。宗教が誤るのは、一直線に前方に流れ、死へ崩落していくと思われているこの人生に、 「意味」を語ろうとしているところにあるだろう。 −− 自分は生きて死ぬこの肉体ではない、というが・・・まあ、わからないでよいが、 しかし考え続ける必要はある。 それしかないのだろう。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月20日(日) 1692, 二つのトッテ
「ものごとにはすべて、二つのトッテがある」という諺がよい。 (人`∀´)ィヒッ♪ 何ごとも両面がある(今さらだが、例えとして判りやすい)+面の取っ手を掴む癖をつけるかどうかで 人生変わってくる。 私のみるところ、意識をしてプラスを掴むようにしている人は1割も満たない。 平気でマイナスの取っ手を掴んでいる人をみると、その異様さに唖然とする。 家内にいわせると、 おばさん系の地味な服装の人に多いという。話題に暗い話をするのが恒例になっていて、マイナスの話に 快感を覚えているという。 ン・・ ヘロヘロ α〜(´`d)ぱぁぁんちぃ 「この人!マイナスのトッテを意識的に掴んでいるのではないか?」と確信してしまう人が多い。 人事ではないか? 弱者ほど、その傾向が強い。必ず対象のマイナスに気持ちがいっている反面「このプラスに隠れているマイナス面は 何だろうか」を何度か自問しないと、とんでもない落とし穴にはまる危険があることも確かだが。(゜o゜(○ 「良い言葉は、良い人生に導く」結局、上手くいってない人生の人は、内語に知らないうちに マイナストッテー言葉をつかっている。 baka!( ^ω^)ノビュゥゥゥゥ ξξ ((((o+ω+)o ヒィ 運命は我われに条件を与えているが、それをどう使うかで幸・不幸が分かれてくる。 トルネード!( ^ω^)ノ シタネ〜 ・・・・・・・ 2004年11月20日(土) 1327, まさか、地元で大地震が!ー14
今回の損害は、おおよそ3兆円と発表された。 ・インフラー高速道路、山間部の斜面などで、一兆二千億 ・民間家屋、7000億 ・商工関係、3000億 ・他 8000億 という。 阪神大震災が兵庫県だけで9兆9000億というから、その三分の一の損害規模になる。 阪神大震災が都市型であるのに対して、中越地震は山間型地震の典型だ。 損壊した家屋が4万8千戸。そのうち全壊とほぼ全壊で2300戸という。 現時点で、解雇が50社で420人。 この地震での事業への影響は、目先プラスであるが、当面の復興の為の応援が収まったときのことを考えると 背筋が寒くなる。長期的にみたら、この大震災は新潟県にとって大きなマイナスである。 目先の資金の確保は非常に楽になるが、消費マインドが冷え込む。 ことの深刻さは、日が経つにつれて深くなってくる。本当の問題が出てくるのは、これからである。 ただ年内に新幹線が全面開通の見通しが経ったのが救いである。 ・・・・・・・ 2003年11月20日(木) 960, バードウオッチングの面々−3 字数の関係でカット(2007年11月19日) ・・・・・・・・ 586, 不気味 - 2002年11月20日(水)
株が連日底割れをしている。 日経平均8千円割れも目前になってきた。 さらに悪いのは銀行株の連日の下げである。UFJとみずほ銀行が50円額面で100円を割ってしまった。 UFJが年内、みずほが来年そうそう国家管理になるという噂も、現実味をおびてきた。 昨日一日早く週刊朝日が手に入り、木村毅の銀行トップ批判の記事を読んだ。日本経済の実情は一般のマスコミが 言っている以上に悲惨だ。団塊年代の世代交代期と情報化による時代の変化が重なっている。 これが今の日本の悲劇的のところだ。先日もその世代の宿泊客の自殺未遂が自社ホテルであった。 しかし不良会社の清算はしなくてはならない。イラク戦争のドサクサでやってしまうのが政府の狙いだろう。 次の朝鮮戦争?が控えているから、やはり先倒しで?整理はしておいた方が良い。イヤやるべきだ! 装置産業の当事者として他人事ではない。 悲壮な話しだが暴風は覚悟はしなくてはならない。 今までが良い時代だったと割り切った方が良い。実際のところ来年は想像するのも恐ろしい。事業も社会情勢も。
ーーーーーーー 「233]」イチロウ - 2001年11月20日(火)
「今の天才と言われる新人類は,皆コンピューター付きマシーンを使っている」とメケメケの美輪?が言っていた。 バッテングマシーンに,何か工夫をしているのではないかとは思っていた。それが昨日のBSNHKのイチロウ特集で、 その秘密の一部を知る事が出来た。それは何か! 「テニスボールを投げ込むマシーン」であった。 それで230?のテニスボールを投げ込み、スピードに対し目を作ることと、反射の訓練をしていたのだ。 これが彼の秘密のかなり本質の部分と直感した。スピードに目を慣らすのだ。実際に球がきた時に、緩く見えるまで 訓練するのである。そこに赤と黒で数字が書いてあった。 それが見えるまで訓練するのだろう。 バッテングと守備の捕球に対して、球の見極めができるよう訓練をしていた。 子供の時から、そのマシーンを 使っていたのではなかろうか。脳と身体のサイボーグ化をしていたのだ。脳作業もしっかりしていた。 もちろんそれだけでは、あれだけのプレーはできない!その上に努力を人一倍重ねたのだろう。 努力は誰もできる、ようはその方法を如何見つけるかだ。イチロウは自分の練習を人に見られるのを極端に嫌っていた。 他にも彼なりの科学的方法を積み重ねていたのだろう。3年前に森監督の講演を聞いた時 「イチロウは王・長島とは格違いのレベル」と言っていた。そのとうりになってきた。
・・・・・・・・ ある時間の断片 ー1968年11月20日(水曜日)
11時過ぎ起床。 14時に市川さんがくる、休みのようだ。 彼は早稲田を卒業をして、この春より医薬品メーカーに勤めている。 MEという職種で、医者病院まわりが仕事だという。この8ヶ月でまるで人が変わってしまった。お医者さんのオモリだそうだ。 勤めると彼のようになると思うと複雑な気持である。 すごく自分と性格が合うが、理工系で生真面目な人である。 その後、風呂に行き、Tvを見て食事をしたりしてすごす。22時から夜半の2時まで卒論のまとめをする。 もう市川さんのように社会に出なくてはならないのだ。最後の学生生活をもっと有意義に過ごさなくてはならない。 いい加減な生活だ。あと4ヶ月でジャスコオカダヤに就職だ。三重の四日市に行く事になるだろう。
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2009年11月19日(木)
「いやな気分の整理学」―論理療法のすすめ 岡野 守也 (著)
最近、どうもこうも不機嫌なことが続く。年齢的からみて誰もが通らなければならない60歳前半の欝症だろうか。 それまでは、いやな事があっても次の事象が起これば直ぐに切り替えが効いたのが、年齢的な衰えからから、 以前のように切り替えに時間がかかり何時までも引きずってしまう。 いやな出来事A(失敗・陰口・争い)→ 結果C(落ち込み・腹立ち)が生じると、それは失敗や陰口と思いこむ。 しかし論理療法のABC理論は、AとCの間にB(Belief)を入れる。 出来事・A → 考え・ビリーフ・B → 結果としての感情・Cとする。 「いやな出来事と感情の間に、それに対する受け止め方・考え方があり、それが感情的な反応を決める」 要は「どう受け止めるか」である。 Bで肯定的思考に変えることで、暗い性格から、明るい性格に換えてしまう。 論理療法の創始者エリスは「ねばならない」「であるべきだ」「であってあならない」「はずがない」という非合理な 思い込みが、不健康な否定的感情につながると指摘。「絶対にうまくやらねばならない」「私の人生は完璧であるべきだ」 「こんな不公平があってはならない」という思い込みが、いやな出来事Aをいやな気分に変換してしまうとする。 そこで、論理的な対話型セラピーによって、非合理的考え方、イラショナル・ビリーフを解消するのが論理療法。 *「私はまったく無力です」という人には「歩いてここまで来られたのですから、歩行能力があるんですよね?」と 話を持っていき、ご飯を食べたのだから咀嚼力も消化力もあるし、目が見えているから視力もあるじゃないですか という風に誘導。 人間の心はおもしろいもので、「自分は無力だ」と考えると、無力感が襲ってくる。 「微力としても、力はある」と考えると、少し力が涌いてくる。 思い込みの内容を意識して言葉として表出させて、 論理的な説得を繰り返すことで、感情の自己コントロールが可能な性格に変えようと持っていく。 肯定的思考法に似ているが、マイナス思考を無視するのではない。 *「落ち込み癖」を治すには ・「ダメな私」=自己非難 ・「かわいそうな私」=自己憐憫 ・「かわいそうなあなた」=他者憐憫を、まず止めること。 夫婦で慰めあっているのがいるが、まあ、「可哀想な貴方たち」ということだ。 そのうち、互いにダメな貴方になるが。 そのためにはミッション・ステートメントなど、自分の信念を箇条書きにして、それをビリーフにすればよい。 「出来事のうけとめ方」とは「自分で自分を説得すること」で、気分を合理的に整理する方向に持っていくことになる。 他にも気分を整理する働きとして、般若心教に、ウォーキング・セラピー(こんな言葉はないが)に、日記に、カラオケに、 秘境ツアーに、あげれば限がない。 私の場合は、嫌な気分の原因を集中して考え続けていると、ある時点で、消えていく。 その時間査定も、その中でしてしまう。初老性欝症状は軽く終わりそうだが、あと半年? その後は、慢性老人欝症かいな?
・・・・・・・・・ 2785, 恐怖指数 2008年11月19日(水)
11月17日付の読売新聞・一面の「編集手帳」が面白い。 〜 【 アメリカで4年に1度、注目を集める経済指数がある。大統領選の行方を占う指標とされる「ミザリーインデックス」である ◆日本語訳は「悲惨指数」「窮乏指数」と悲壮感が漂うが、要は物価上昇率と失業率を足した数字のことだ。 これが10を超えると、米国民は経済失政に怒り、政権交代を望むという。 8年ぶりに民主党のオバマ氏が大統領選を制した今年、指数は6月から10を超えている。 歴代大統領では、指数が高かったフォード、カーター両政権は短命だ ◆ 政権交代との因果関係は定かでないが、指数が上がると政府の無策を嘆く人が増えるのは間違いない。 実は、日本も6を超え、1980年代前半以来の高さになっている。経済政策への不信感は、相当に強いに違いない ◆注目の指数をもうひとつ。シカゴの取引所が算出している「恐怖指数」は、相場が急降下、急上昇を繰り返すと上がる。 米同時テロの混乱時でさえ40台だったが、先月は80ほどに跳ね上がった ◆恐怖のジェットコースターが転がり出さぬよう踏ん張れるか。 ワシントンの金融サミットに集結した各国首脳の有言実行にかかっている。(2008年11月17日01時36分 読売新聞) 】 〜〜 アメリカは 窮乏指数=失業率+物価上昇率が10を超えると政権交代を望むというから、日本はどうだろう? 恐怖指数が、米同時テロの二倍というから、現在のアメリカが如何に深刻かが窺える。 日本の株価が、一年で半分以下というのも恐怖指数からみれば、とんでもない数字である。 穀物や石油価格乱高下からみても、日本の恐怖指数は異常に高い数字である。 「悲惨」と「恐怖」も、後進国からみれば、さほどのことはない。要は心理である。 しかし、現在の恐慌前夜の恐怖は、ただごとではない! 「自分がどうしようもない事態に対しては悩むことはない」 というユダヤの格言があるが、しかし、悩むからこそ対処の知恵が出るのだろう。 同じことなら、ゲーム化するか?
・・・・・・・・・ 2007年11月19日(月) 2420, サブプライム問題 ー1
新聞広告につられ年に2〜3度しか買わない週刊誌を先日買って読んでみたが、なかなか面白い内容であった。 大体が週刊誌は期待した半分も中身がないが、週刊文春の11月22日の発行の「50年に一度の『株価クラッシュ』が始まった!」 の特集は、どれも考えさせられるものばかりであった その中のアメリカのサブプライムの問題はもしかしたら大恐慌の引き金になるほど、根が深いようである。 「住宅の借り入れ金の範囲しか責任がない(借金を返せなくなったら、その物件を銀行などの債権者にひき渡せば、それで済む) のがアメリカのノンリコール制度。 この制度のおかげで、不良債権化した物件や債権を引き渡された銀行は、 担保割れの物件の山になる。 まだ住宅の相場良いうちは問題は生じないが、相場が崩れると、強気で貸し付けてきた銀行の 損失になってしまった。それが数十兆円、百兆以上?もあるというから尋常でない」これでは大恐慌になっても不思議ではない。 どうなることか? これに石油高騰と穀物高が重なったのだから・・・来年は、更に荒れる年になるのは必定! (*´_⊃`)ノ゜*。・・+。゜*゜【gOOd morning】 ーーー *まずは週間文春の一部を紹介してみよう* 日本人はつい日本の住宅ローンの常識によって物事を判断してしまう。 だがこれは大きな誤りだ。日本では、ローンを組んで買った住宅が大きく値下がりした場合、 家を売却してもなお借金が残ることがある。この時、借りた人間は律儀に残債を返すのが当然だと私たちは思う。 だからこそ日本では不況が恐慌に発展せずに済んだのだが、同時に十年以上も延々と不況が続いたのだとも言えるだろう。 日本の住宅ローンとは異なりつアメリカで一般的な住宅ローンはノンリコースローンである。借金を返せなくなった場合には、 担保、に入れていた住宅をお金の貸し主に渡してしまえば、それだけで借金から解放されるという契約なのだ。 日本の常識から見ると、アメリカの住宅ローンは、経営方針が大甘のカジノみのたいである。 金も持たずにやって来た客に対しても、喜んで賭け儲け金を貸してくれるという大甘の カジノである。 客が勝てば(=買った住宅が値上がりすれば)勝った差額を自由に持って帰ることができる。客が負けたら、 手元に残った残金だけ返せば(=担保となった不動産を引き渡せば)それ以上は責任を追及しないというカジノである。 こんな大甘カジノなら、客は殺到するだろう。大繁盛すること(=住宅の価格が高騰すること)間違いなしだ。 だがカジノが繁盛していることと、カジノが儲かっていることとは、まったく別のことなのだ。 住宅への需要が水膨れすれば、価格が高騰するのも当然であろう。 だが、どう転んでも客が損しないサブプライムローン の仕組みが成立するためには、住宅価格が右肩上が滑りで、今日よりも明日にはさらに高い値段になる必要がある。 ところがアメリカは昨年末には不況入りした。当然、住宅需要は減ってくる。 みんな、一斉に勝ち逃げしようと考える。住宅の売り物が増えてくる。価格は下落に転ずる。 そうすると、サブプライムローンで住宅という賭け札を買うてギャンブルに参加した人たちは、 もはや手元の賭け札を高値で転売することができなか。つまり賭けは失敗したわけだ。 だがこれではローンの貸し手が困ってしまう。住宅価格は下がっているのだ。 自分たちの手元の担保流れの住宅を叩き売れば、住宅相場はさらに下落する。 貸金の回収がますます困難になる一方だ。 ーつづく −−−− これでは、裾野の広い住宅関連から大不況が飛び火するのは、火を見るより明らか。 この続きは、明日載せるが、今週の文春は買う価値あり? サョォォ━。゚(゚´Д`●゚)゚。ナラァァ━ッ!!!! ・・・・・・・・ 2006年11月19日(日) 2056, あたりまえなことばかり −10 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
内語は、声を出すと独り言になるが、独り旅で内語というカタチでブツブツ言っている自分に気づくことがある。 毎朝のウォーキングも内語が活発化している。内語といえば、この随想日記の同月同日の数年分を読み直しているとき、 そうか、そうか、と読みながら独り発語しているのは内語の究極と思える。まあ、このHPも内語そのものと言えよう。 そう、今年の3月から始めたモーニング・ページ(起きざまに白紙のノートに思いつくまま書き出す)も、 自己対話の形式の内語である。この良さは、頭で考えていることは、ほぼ些細な事と鳥瞰できることだ。 まあ、砂金がたまに見つかるのが・・・ この自己対話で質問者と回答者の対立が深まると、分裂症状になるが。 近くの居酒屋の親父、厨房で頭に浮かんだまま声に出している。 私のことを一度「あいつ、俺には合わないんだよな〜」と、 言っていたか・・ ブログなど、内語だった地声?を、そのまま公開することである。内語は考えるほど面白い形式だが・・ ー孤独とは苦しいものなのか ー *「内語」と「孤独」について
「思う」とはどういうことだろうか。 何かを思うとき、思っているのは自分だが、思われているのは自分ではない。 これは、よくよく不思議なことでなかろうか。「思う」というこれだけの出来事で、自他の区別はまったく不明瞭なのである。 あるいは逆に、「思う」ことによって、自他がそこで出合うのである。 孤独なもの思いにおいてこそ、人は世界へと開かれることができるという逆説、孤独な思索者の内なる饗宴である。 「内語」という現象にそれは極まるだろう。自分が自分に語りかけると、普通にわれわれは思っている。 しかし、自分が自分に語りかけるとは、一体どういうことであろうか。 もしも自分が自分として完結しているば、そこに語りかけるという行為は発生しないはずである。語りかけるとは、 問い尋ねる、確認する、疑念を発する、同意を求める等、本来的に他者へと向けられる行為である。 しかし、語りかけているそこには、目に見える他者など、存在していない。 すると、そこに語りかけているのは誰だろうか。なるほど「自分に」だと言うしかない。 だからこそ、他者として、語りかけ語りかけられている自分とは、自分にとって自分なのだろうか、 他者なのだろうかという問いが、いよいよ悩ましいものとして立ち上がることになる。 自分である、他者であるということは、自分であるという正にそのことにおいて、 いかにしても自明のことではあり得ないのだが、この場面において人は、目に見えるもののみ信じすぎる。 (以下、字数の関係上、カットー2008年11月19日) (*^○^*)ノ ホンジャ!また ・・・・・・・・・ 2005年11月19日(土) 1691, ザ・マインドマップ−4 ーマインドマップのメリットといえば、 (字数の関係でカットー2007年11月19日) 〆(∀`*) ・・・・・・・・・ 2004年11月19日(金) 1326, 海外旅行ー履歴
今までいった旅行履歴である。あらためて、よく行ったと自分でも感心する。 60歳まで50回という目標は無理であるが、年二回のペースなら63歳に達成する。 この不況の中、年二回のペースを守れるかどうかだが?70歳まで、年二回のペースを守ると65回になる。 このくらい行けば、心の大きな財産になり、人生に対する悔いは残らないだろう。 ある地区に偏らないで、まんべんなく行っていた。 「オーストラリア、アメリカのグランドキャニオン、東欧、モンゴル、インドネシアの辺りが空いている」 が、今のところあまり行きたいとも思わない。 「43」北イタリア −2005・10 「42」オーストリア ー2004・08 「41」アイスランド ー2003・10
「40」アラスカ 2003・07 「39」パタゴニア ー2002・12 「38」スイス 2002・07 「37」西アフリカーコート−ジボアール ・ガーナ・ベナン・トーゴ 2002・03 「36」ベトナム ー2001・11
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ 2001・06 「34」メキシコ 2001.01 「33]モッロコ ー2000.11 「32」パキスタン・中国 2000・06 「31」シリア・ヨルダン・レバノン 2000・04
「30」ノルウエー・トロムソ ー1999・12 「29」ケニア・ヌー ・08 「28」イスラエル ・04 「27」ネパール ・02 「26」北インド ー1998・10
「25」 北スペイン パンプローナ ・07 「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原)ー1997・12 「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地) ・08 「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) ー1996・06 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) ・02
「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10 「19」ニュージーランド (クウィーンズタウン・ バンジージャンップ・ミルフォードサウン)・05 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝) 「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ ) ー1994・06 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) ー1993・12
「15」フィジー(コマ島・ ) ー1992・11 「14」スペイン1周の旅 (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛) ー1991・08 「13」カナダ・ロッキーの旅 ー会社 ・05 「12」香港クルージング ー1990・07 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) ・04
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 ー1989・12 「9」 中国(北京・けいりん・上海) ー1988.09 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ・06 「7」カナダ・ナイアガラの旅 ー個人 ー1987・08 「6」香港の旅 ー1986・10 「5」ハワイの旅 ー1983・08 「4」ハワイの旅 ー1980・08 「3」ハワイの旅 ー1978・08 「2」アメリカ・商業界 ー1976・07 「1」欧州30日一周 ー1967・07
・・・・・・・ 585, ある時間の断片ー12 - 2002年11月19日(火)
1968年 10月1日 9時半に起床、11時までボーと過ごす。 その後学校に行く。石川と入れ違いに兼子がくる。 一緒にコピーをとりに校外にでる。そこでフェステバルの行進にであう。 かれの食事に付き合うーそれまで私は終えていたが。彼も自分に対して自信を持ち始めたようだ。 女性に対してかなり発展しているとか−同棲をしているとか。 彼とボーリング場に行くが満員で時間待ちということそのまま帰る。 帰寮後、風呂に行き試験勉強を1時間半する。キックボクシングを見た後、石川へ電話のため電話ボックスにいく。 9時半より夜半の一時まで試験勉強。 精神がまだ甘いとつくづくおもう。 就寝。 ・・・・ 1968年 10月2日 10時起床、11時に学校に向かう。食後図書館に行く。石川と隣り合わせで試験勉強をする。 途中に同級の雨宮がくる。彼と話をするが、外国に行きたいとのこと。 必死に将来を考えているようだ。兼子も来る。図書館の私が座っている場所が溜まり場みたいになっている。 今日の試験はまるで簡単であった。まじめにやりすぎたのが馬鹿みたいだった。 帰寮後、先輩の佐々木さんと高橋君と食事、その後後輩の駒村君と米林君と話す。駒村がのろける。 自分がもてるのに驚いているという。 そういえば今日昼の12時半に深井と会う。 彼が今度の土曜日に聖心女子大の彼女等と会うという。 私も行くことになるが、その前に小作とどこか女性と遊びに行く予定がドタキャンになる。 そう考えていると偶然の一致に彼と出会う。 面白いものだ。彼の誘いを断る。
・・・・・・・・・・ 「232」人生の三つの坂 2001/11/19
人生に三つの坂があるという、「上り坂」「下り坂」「まさか!」 である。 この最後の「まさかこんなことが!」は誰でも起こるはずである。 問題は、その時の対処の仕方である。 どうそれを受け止め受容していくかが問題になる。 特に人生の後半には、遅かれ早かれ誰にも否応なく起こってくる。という事は、これは[まさか]ではない必然ということか? 「上り坂」も「下り坂」も直接原因で生ずるケースが多いが「まさか」は間接原因のケースが多い。あるいは突発のケースだ。 悄然とそれを受け止めることは、ほぼ不可能だ。少なくともそうなった時、今まで好きな事をやれたのが救いだ! という生き方が必要ではないか。誰もが持っている心理として、自分だけは大丈夫という、そして特別という甘さがある。 それがあるから生きられるのかもしれないが。それが「まさか」という冷徹な事実に木っ端みじんに砕かれてしまう。 「まさか」の坂を一歩踏み違えると、「まっさかさま」に転げ落ちる
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2009年11月18日(水)
* 論理的思考とは 毎日、二〜三時間かけてレポート1〜2枚分の文章を書き続けて8年半経つ。 自分のメルクマールのため続けているが、この習慣で得たことは、「インプットした知識もあるが、各種の題材を探し出し、 その要点をまとめ上げる過程で身に付いた本質を見抜く視点と、それを起承転結に筋だってシンプルにまとめる論理力が ついたことにある。」 論理構成力こそが、自分の核である。 その核?はウネウネとトグロを巻いているようで、 ブラックホールのようなトンネルの先の別世界に繋がっているようにも思える。 大した論理構成力でないが、その蓄積と、 その発酵は、トンネルの先で起こっているようだ。純真の視点ということか。 何かのイベントに参加すると、その事象を スラスラと文章化できるようになったのが一番の収穫である。 それは記憶のパッケージ化をしていることになる。 その蓄積は人生経験を豊かにしてくれる。デジカメで日常の写真を撮り、そこに言葉を添えて毎日の日記帳にすれば、 それだけで豊かな気持ちになれる。 その人によるが。 * ブルーレイ録画機 7年間使ってきた、DVD録画機が故障を始めたので、ブルーレイをネットで買った。 量販店の7〜8掛けである。まだ10日も経ってないので、使い勝手が慣れてないが、良い。 値段は、前のDVDが15万だったので、7〜8割で記憶容量は数十〜百倍で、機能が段違いよい。 カメラで撮ったSDカードの写真をTVで見ることが出来るが、何か奇妙な気持ちがする。 TVでは1200万ガソで、録画できるカメラ?が欲しくなるのが人情。 しかし、まだ早いか。 ソニーとしようか迷ったが、パナソニックにした。 現在は二画面が同時に録画できるかどうかが、購買者の 大きな判断基準になっている。 最近は、こんな話ばかりかだが、マシンで生活が変わるから面白い・・ 健康機器にしろ、電動自転車にしろ、最近は当たり(買って良かった)が、ほとんどである。まあ、内向きだが。 * オモシロ、オカシク 20年ほど前になるが、何処かの企業の創業者が、自社の理念を「オモシロ、オカシク」にして注目を浴びたが、 最近はあまり聞かなくなった。 「この不景気に、何がオモシロ、オカシクだ」ということだろう。 この不景気だからこそ、その波をオモシロオカシク乗り切ることが出来れば本物だろうが。 1990年代のバブル崩壊、90年代半ばの大手銀行や証券会社の倒産、2001年の9.15事件、さらに2008年の9.15の リーマンショックから始った金融恐慌と、次から次へと荒波が続く。 振り返ればオモシロ〜と強がりでいえるが、 実際は、溜息の連続。 「とにかく最善を尽くして天命を待つしかない」だったが、それを実行していると不思議なことに、 その都度、小さいが神風が吹いてきた。それこそ、オモシロク、オカシナ具合に! あの創業者も、「精魂つめていれば自然とオモシロ、オカシクなる」という意味だったのか?。
・・・・・・・・・ 2784, こんな経験したことありますか? 2008年11月18日(火)
下記に近いことを、私は何度も経験している。人間の五感が受けるのは、普段動いている五感の範囲のことでしかない。 犬は数万キロの彼方の子供の泣き声を感じ取れるというし、象は遠くの仲間の音波信号を感じ取れる。 以下の内容は不思議でもなんでもない。普段は動かなかった感覚が動いただけのこと。 絵に残った痕跡が著者の心の奥の何かに反応し、墓に感応しただけ。でも、何ともいえない著者の心の内が顕れている。 ーー *うぶだしや* (うぶだしや=遺品買取屋) 「大正の末か昭和初年でしょうか?職業画家のものにはみえない」それらは令壌の死をいたむものだった。 ほかにもたくさんの政界の名士が弔辞をよせていた。令嬢は長く病床にあッたという。肺を病んでいたのだろう、と、 私は思った。友達が学校に通い、結婚していくなかで、令嬢は、ずっと病床にあって、死病に向きあっていたにちがいない。 思えぱ、日本画に描かれているものは、彼女が送ることのできなかった女の幸せな日常ばかりであった。 彼女は、死にゆくなかで、絵筆をとり、現実には、自分が送る二とのできない憧れの生活を描きつづけていた。 そのせいか彼女の残した日本面はどこか畏様な気配がただよっていた。日本画は通信添削で習っていたのか、 絵の裏に、師匠の画評が書き込まれていた。 彼女の遺品のなかに「磨かずぱ玉も鏡もなにかせむ学びの道もかくこそありけれ」 と書かれた額があった。 昭和皇太后の肉歌であった。私が、それをながめていると、うぶだし屋が、そっといった。 「これ!もう売ったんですか?一枚だけでいいですから、ぼくに売ってください!」 「ようござんす。まだ商売になっちゃいない。一番、いいのをひとつ選んでおくんなさい」うぶだし屋は、大きくうなずいた。 うれしそうであった。私は、髪をたばねた少女が着物にエプロン姿で立ち、カフェで給仕をしている絵を一枚えらんだ。 お代は二千円。このうぶだし屋は、ただ同然で品物をゆずるときは二千円ときめていて、だまって指を二本たてる癖がある。 私はその絵を大切にした。箱にいれて、しまっておき、ときどき取り出しては、うっとりとながめた。 画中の女は、美しいというより、どこか寂しげであった。 だが、あるとき、ほかの骨董屋に、こんなことがあったと、 右のいきさつを話したら、その骨董屋の顔色が変わった。「先生、そういうお品はいけません。それ死人の念のこもった御品です。 悪いことは申しません。御縁が遠くなりますから、ご供養のうえご処分なさい」 たしかに、それからというもの、私はいくら結婚したいと思っても、まったく、縁がなかった。 (やはり、あの女の絵のせいではなかろうか…と思ったが、どうにも絵を捨てられない。 捨てられないと、 こだわるほど、悪いことが起きそうな予感がした。 ところが、しばらくして、信じられないことが起きた。 ある妙齢の女性から花見の誘いをうけた。 顔は知っていたが、それほど親しいわけではない。 なのに突然、電話がかかってきて、「青山墓地の桜が縞麗だから二人で見にいきませんか?」という。 こういうことはまるでなかったから、素直に、誘いにのって、いくこことにした。桜は美しかった。 墓地に眠る人の命を吸っているから、美しいのだろうと思っった。私は、はずかしいから地面をみて、 女性のうしろを、とぼとぼついて歩いた。私は女性の顔をちらりとみた。青白い気品のある横顔であった。 体が弱いのか、のどくびを覆い隠す洋服を着ている。しばらく墓地をみてまわったところで、女性がいった。「桜、きれいね」 そのと教私は背後になにか気配のようなものを感じた。目をあげると、そこには、信じられないないものがあった。 あの日本画をかいた乃木坂の令嬢の墓石であった。「享年二十七歳、昭和九年没」と刻まれていた。 地の底から、女が、じっと、こちらをみているような気がした。 気味が悪くなって、それっきり、 その花見の女性とは会わなくなった。 二十七歳で死んだ女の絵は、いまも私のもとにある。 −− 私なら、花見の女性と深い因縁があると考え、一歩踏み込む。そして、その墓の若い女性を自分の守り本尊にし、 毎年、花見に来て、墓に祈るだろう。 いや、感謝をする。 何で気持ちが悪いのだろうか? まあ、いいか! これも解釈の一つでしかないが。 桜には霊気が満ちているというが!
・・・・・・・・・・ 2007年11月18日(日) 2419, 『楽天主義』 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! 『楽天主義』ーヘレン・ケラー著 ー読書日記 この本を図書館で見つけ、数ページ読んで、その行間から溢れ出てくる光のようなメッセージに驚いてしまった。 三重苦を乗りこえた偉大な人物ということは周知のことだが、実際に彼女の本を手にするのは初めてであった。 それも何と彼女の処女作で、100ページ足らずの読みやすい本である。この一冊を20歳前に読んでいたら人生が 変わっていただろう。 三重苦の中で、言葉の持つ意味を深く理解したのである。もしかしたら、 今年の最高の本といってよい本だろう。この本はもう廃刊になっていて、中古本で二倍の値がついていた。 ーその概要といえばー この本は、ヘレン・ケラーが1903年、大学在学中に初めて書いた処女作である。 ヘレンは三重苦の身でありながら、88歳の生涯を障害者の救済のために力強く生きた。 彼女は生後19ヶ月の時に熱病に罹り、聴力と視力を失い、三重苦の生活を強いられた。サリバンという女先生と出会い、 読み書きを覚え、大学を卒業後、世界各地で講演したり福祉活動を行い「奇跡の人」と呼ばれた女性。 ここで彼女は「楽天主義者とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、明日を今日より美しいものにするための 努力を重ねる生き方」と述べている。楽天主義者は、信じ、試み、そして目標を成し遂げる。楽天主義こそいっさいを 成功に導く信念である。 希望がなければ何ごとも成就するものではない。 人生の目的は何か、などと堅苦しく考える必要はない。楽しく生きて、この世を去るときに、 「生まれてきてよかった。幸福な人生だった」と振り返ることができたら、その人は人生を楽天主義者として 過ごした成功者である。将来に希望をもって努力することで幸せは得られるものである。 逆に、悲観的な考え方のクセがある人は、幸せになりにくく、不幸になりやすい。幸せになるためには、悲観的な (不幸になる)考え方をストップし、意図的に楽観的な考え方をできるだけ心がけたほうがよいのである。 ー彼女は、ここで次にように述べている。 「幸福は心の持ち方の問題で、外見から他人が判断できるものではない。 私は、盲・聾・唖の障害者でも、世間の常識に反して自分は幸福である、という考え方を信条としている。 どんなに幸せそうに見えても、本人が幸せと思っていなければ、その人は幸せではありません。 どんなに不幸に見えても、本人が自分は幸せと思っていれば、その人は幸せである。 『自分は幸福であるという考え方を信条としている』という強い意志と、意図的楽観主義こそが自分である。」 ー評論家の小林秀雄は彼女を評して以下のように書いている。 「人生の深淵を覗いて、ニーチェは大声で喚めき、ランボーは静かに引き返した」(ニーチェはドイツの哲学者、 ランボーはフランスの天才詩人。ともに人間の悪徳をのろい、生を受けたことの悲劇を説く) もしヘレンだったら、こう述べたであろう。 「人生の深淵を覗き、さらにその奥深く、神の善の世界があることを知り、幸福と歓喜に打ち震えた」と。 ー 未来に用意された、光に包まれたバラ色の善の世界。その存在を確信するゆえに、 ヘレンはその人生は幸福に満たされて精一林に生き、その希望を人々に与えて生涯を送ったのである。 ー目次ー 第1章 私の楽天思想 (私の幸福;思想の輝き;現実に立つ;善の世界;働く喜び;信じること) 第2章 楽天主義の世界 (哲学との出会い;心の支え;神の世界で;楽天主義の根拠;教育の進歩;寛容の精神) 第3章 楽天主義の実践 (厭世主義者;楽天主義の力;楽天主義の文学;神からの贈り物; 光明を招く;キリストの福音;未来への確信;私の信 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年11月18日(土) 2055, あたりまえなことばかり −9 読書日記 (~Q~;) おはよう〜〜 自分とは何、これは考えても考えても尽きぬ問である。 孤独という実感の先にある「宇宙の真っ只中に浮いている意識」が真我であるのか? 以前も書いたが、「禅」の字は「単を示す」と、新井石龍禅師が語っていた。 「宇宙に誰もいない、ただ一つの生命」これを実感するのは死期を悟った時。 これが苦しいのか、苦しくないのか経験したことが無いので今のところ解らない。 恐らく、あのバンジージャンプの板の上に立った実感が近いのだろうが・・ しかし、あの落ちていく瞬間の覚醒の意識が最後の見納めとして周囲を見渡す時のそれなのであろうか。 私の場合の「私」は、このHPそのものである。このHPの先にいる得体の知らない「これ」である。 デカルトのいう「考えている、『!』『?』」である。たしかコギトと表現していたが・・考えている、思っている、 思い出している、想像している、これであるー> ( ̄ω ̄;)!!エッ `s(・'・;)エ-トォ? .. (^┰^;)ゞオレ馬鹿 ? (゜_。)?(。_゜)? (>△<‖)ワカラネ〜 (−◇ー;)!! ソウカ(・_・ゞ−☆ (/--)/ ドウデモ ー孤独とは苦しいものなのか − *自分とは何であろうか たとえば、自分とは自我でなく、この肉体でもないとしたら、同じ理由によって、他者とは誰のことであろうか。 他者もまた、その自我でもその肉体でもないとしたら、孤独の癒しとして求められるような他者とは、自明なものだろうか。 孤独であることは、苦しいことと感じられるほど確かなものであり得るのだろうか。自分とは「何であるか」、 他人や社会によって知ることができないと知ったとき、人は自我の向こうに自己をもとめて、船出することになる。 (字数の関係でカット、2009年11月18日) ・・・・・・・・ 2005年11月18日(金) 1690, 僕が最後に言い残したかったこと ー読書日記 「銭道」などのシリーズで売れっ子漫画家の青木雄二の本を手にしたら、彼の遺書代わりの本であった。 死を直前に書いた本で迫力がそのまま伝わってくる。 (二年前に死亡) 図書館で何度か、この人の本を手に取ったが借りる気はしなかった。金に関して素人向きの内容だからだ。 現に、この本もそうだが、死を前にお金と人生の関係をシビアに表現しているところが面白い。 私は、両親からお金について幼児の頃から話を聞いていた。 耳年増であるが、特に父の死の直前に教わったことは 現在の私の金銭哲学になっている、 § d^^b ┃ ^namu Э ∬∨∬ (^┰^;)ゞ ┃(〜∞〜) ┃( 人 ) ・お金は自分で稼いでこそ価値がある ノ ハ ・使う楽しみを知らなくては稼いだ価値がない ・あの世には持っていけないもの、使うべき時に使うからこそ金の価値がある ・自分で事業をみつけ、それを楽しめ。 そのカスがお金として残ってくる。 ・:*:`☆、。・:*:`★ *この本でなるほどと感じたところを書き出してみた* ー最後にこれだけは言っておく。金は貯めるために存在するんじゃないで。 時間を有意義に使うために金はあるんやで。そう、金は使うために存在するんや。 死んでしまってからは使えんのやからな。それが僕の偽らざる実感や。 ー忘れてならないのは、お金自身に価値があるのではない。 お金を「真に価値あるもの」と交換することが大事だということや。 ♪〜(=^ε^= ) ーサラリーマンの人たちは、定年後を考えて現役のうちから人生設計を考えておくことや。 とにかく「自分のやりたいことをやることや」趣味でもよいし、アルバイトでもよい。 大きな器をつくるには、時間がかかるんや。 定年では遅すぎるんや。 では、何をやるか。それはあなたが考えることや。特に奥さんとの仲を良好にしておきなさい。 (o;´=ω=)o)) ドキッ! ーある人が一千万円の資産を持っていたとしても、厳密な意味で、「持っている」というわけではない。 一千万という資産が、ある人間を「自らの管理者」として雇っている、といっても論理的に矛盾はありません。 実際に、その人が死ねば、その一千万円の資産は自分の管理者を変える。ただそれだけのことや。(◎-◎;)!! 人間はいずれ死にますが、お金はこの世から無くなることはない。 ーこれから先もお金は大切であることに間違いはありませんが、社会の主人公は、人間でなくてはならないのです。 お金や物の所有が一時のかりそめのものである以上、人間が完全に勝ち取ることができる所有物は知恵ということになるでしょう ヾ(^-^)ゞbaibai ・・・・・・・ 2004年11月18日(木) 1325, 小型のヒト 以下は、10月末に一斉にマスコミに流された内容である。 「新種」のヒト化石を発見、 インドネシア東部フロレス島 2004.10.28 - CNN/REUTERS/AP (字数の関係でカット、2008年11月18日) ・・・・・・・・・ 584, ーこころのかぜをひいたら - 2002年11月18日(月) ー宗親ー そうかい こころのかぜをひいたのかい こころのかぜは からだのかぜとおなじだよ こじらせると はいえん まんびょうになってしまうんだ
そのときは おいらの いざかやにおいてよ ぶるーの こーなーにおすわり そこはかぜをひいたひとの せんもんこーなーなんだ
そこで たまござけ のむといいよ そして にんにくのまるあげを ちゅうもんするのさ かえりに もうひとつ にんにくあめを おみやげにあげるよ
そしたらすぐに へやにまっすぐおかえり へやをあっためて そうそう ねることさ
こころのかぜは さむさに とくにゆわいんだ ひえたこころを まずあっためてやらなくてはね そして つかれをとることさ
こころのかぜは からだより びみょうなんだ とくにさむさにね
だれにも あわないほうがいいよ ひとにうつしてしまうからね
ひとり ふとんのなかで なんにも かんがえないで ゆっくり ねることさ ゆっくり つかれをとることさ そして あせをたっぷりかくといいよ はやく なおそうとしないのが こつなんだ
こころのかぜは こころのかぜは こうねつになるからね きをつけたほうがいいよ
こころのかぜは かみさまのさいん うすぎを しているよという さいんだよ わるいばしょに いるという さいんだよ
・・・・・・・・・ [231] ベトナム旅行記ー3 −偽100ドル事件ー 2001/11/18
今回の旅行で面白い事件に出くわした。 明らかに観光客を狙った偽100ドル詐欺事件だ。 日本では大事件だが、ベトナムでは日常に行われているのだろう。 三日目になるが、写真に載っているハロン湾で食事を終えた頃、ベトナムの刺繍を売りに来た。 私達はもちろん買うわけでなし、しかし何人かが買っていた。 4人席の目の前の同行の2人の老女がそこで買い物をしていた。 確かその場面の写真を撮っていた。現地の金とドルの交換を頼まれ、親切心で替えてやったのだ。それも人の良さそうな 老女を狙ったのだ。そして最終日の帰る日に、その目の前の年寄りの一人がデパートで100ドル札の引き取りを拒否された。 それを添乗員が偽札と疑い銀行で偽札と判断した。添乗員が言うにはカラーコピーの幼稚なシロモノ。観光客の老人を狙ったのだ。 日本では大事件だが、ベトナムでは単なる日常の軽い詐欺なのだ。現地の代理店の責任で、 その100ドル札は彼女に本物と取り替えられたが。日本とベトナムの差を垣間見た。何人かがその詐欺の女の写真を撮って いたため恐らく警察にマークがされるだろうが、日本ではありえない事件である。
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