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堀井On-Line
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2009年07月10日(金)
「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記
第一章 旅という病
* スタインべックの『チャーリーとの旅』には、 ―子供のころ、たまらなく何処かに行きたくなると、大人は私に「大きくなれば、そんなに むずむずしなくなるよ」といったものだ。年齢から見て大人の歳になると、中年になれば収まる、 と言われたものだ。いざ中年になると、今度は「もっと歳になれば、その病は治るよ」といわれた。 いま58歳だが、これだけ歳をとれば大丈夫のはずだが、いっこうになおらない。 解)年齢ごとに行きたくなる場所が変わっていく。だから、その歳ごとに行けるところに行くのが理想的。 時間の隙間を見つけ強引に行くしかない。定年後に行こうとしても、限界がある。準備を充分してもだ。 * もし旅が病だとすれば、私がそれに冒されたのはいつのことだったのだろう。 ひとり電車に乗って行ったあの旅においてだったのだろうか……。その小さな旅がすべての始まりだったかもしれない。 「最初のひとり旅はたった一日で逃げ帰ることになった」 中学生の時、伊豆・大島の三原山を登る途中、 テントを張っている若い男性から「泊まるところが決まっていなかったら泊まってもいいよ」と声をかけられ、 泊めてもらうつもりだったが、犯罪者ではないのかとの疑問が恐怖に変わり、山を下りるとそのまま東京に戻ってしまった。 「たくさんの経験を積んだ今なら、その男性を冷静に判断しただろうが、その時は、誰かが親切にしてくれた場合、 それがどういうことなのかを判断する力量がなかった」 解)私の旅の病は《学生時代の30日間の欧州旅行であった。》 自分を取り囲んでいた殻が、大きくヒビが入り、半年間は放心状態であった。 日が経つほど、ヒビの割れ目が大きくなっていくのが分かった。 その翌年に、北海道の一人旅や、そして九州、紀州、能登と一人旅をした。 一人旅は、一歩踏み出せば気楽で良いことを、その体験上知ったが、世界に出て行く器量はなかった。 もし可能性があるとしたら、20代までだろう。 私の場合は。 あの21歳の時の旅行は、私の人生を大きく変えた。 今から考えてみると、 ・世界は広いこと ・人間も社会も普遍的な部分と異質の部分の両面を持っていること ・自分の目線は、多くの世界の目線の一つでしかないこと、この三つを二十代の経験から知ったのである
・・・・・・・・ 653, サッカーやオリンピックで、何故ひとは熱狂するのか 2008年07月10日(木)
あまりサッカーの歴史のない日本人が、欧州や南米のサッカーの盛り上がりに、 「何故あそこまで熱狂するのか?」戸惑うことが度々ある。 人種間や、国家間の代理戦争?とは気づいてはいたが、ある本にその辺の事情が詳しく書いてあった。 巨人阪神戦が盛り上がるのは、関東人対関西人の、特に関西人のコンプレックスのハケグチということか。 サッカーで韓国が異常に燃えるのも、先進国に対する追いつけ追い越せ精神が拍車をかけている。 現在では、世界共通の集団チームプレーとして、代理戦争の様相さえ示している。 そう思ってみると、またサッカーが面白く見えてくる! ー (哲学ワンダーランド・貫成人著)より ある時期以降の世界的サッ力ー熱の背景には、「人間の本質」などという、 ある種崇高とも見えるような事柄には収まりきらない複雑な事情がある。 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにはボカ・ジュニアーズとリバープレートという 二つのチームがあり、互いにライバルチームだ。 いわゆるダービーマッチ」といわれる 同一フランチャイズのチームだ。・・・・Jリーグなどでは、かつての横浜マリ・スと横浜プリューゲルスなど、 ダービーマッチの対決でも、その応援は、ほかの試合とそれほど変わらないが、アルゼンチンの場合には異なる。 ・ポカ・ジュニアーズはブエノスアイレスの低地、港湾地域のひとびとをサポーターとし、 ・リバープレートはより高台のブルジョワ階級のチームである。 前者は主として、もともと貧しいイタリア系移民労働者の地域であり、後者は裕福なイギリス系移民の住むところだ。 両チームの対戦はしたがって、テクニックやスピード、戦術などの優劣を競う単純なスポーツ試合ではない。 それは、同じブエノスアイレスの住人同士でありながら、人種や階級、言語を異にするふたつの エスニック・グループ同士の「戦い」なのだ。低地の住人にとってボカ・ジュニアーズの勝利は、常日頃自分たちを見下し、 こき使っている富裕層に対して、自分たち労働者が勝利することであり、高地の人たちの敗戦は革命に等しい。 だからこそ、それぞれのサボーターは「たかがサッカー試合」なのに両チームのプレイのひとつひとつに熱狂するのである。 同じようなことはスコットランド・リーグのセルティックとレンジャーズにも見られ、この場合には、 新教と旧教という宗教的対立、英語とスコットランド語という言語的対立とも連動している。 同じ町のチームというわけでなくても、スペイン、リーガ・エスパニョーラにおけるレアル・マドリードと バルセロナの対戦は、もともと地域ごとの独立性が強かったスペインにおいて、 地方自治を弾圧する国王のチームであるレアル・マドリードと、言語その他において独立性の強い カタロニア地方のチームであるバルセロナの対戦という意味を持つ。ここにも文化的。政治的対立が潜むのである。 ヨーロッパでも南米でも、それぞれの地域ごとに、近代化以前からの先住民、近代化=欧米化とともに渡来した住民、 そのかれらが強制的に連れてきた住民といった、それぞれの履歴の落差がある場合、 こうした言語的・人種的・宗教的・階級的・経済的・文化的対立が、各サッカーチームの成立の要因となり、 サッカー試合はエスニック・グループ同士の代理戦争という様相を呈する。 各チームのファン、「サポーター」は、自分が応援するチームのプレイやゴール、勝敗のたびに、 スタジアムやテレビの前で「一体となって」、喜びや怒り、悲しみを共有する。 アメリカ合州国の文化人類学者ペネディクト・アンダーソン(一九三六?)は、国民国家について「想像の共同体」 という言い方をした。サッカースタジアムの観客は、むしろ「熱狂の共同体」を、しかもきわめてリアルに形成するのである。 Jリーグの場合には、第二次世界大戦後に世界的にも希有な形で国民全体の富や資産の平準化(一億総中流)が 達成された日本で生まれたリーグであるために、欧州や中粟でみられるこうした性格は見られない。 その各チームを「地域に根付いたチームではない」 ーーー それで会場では、熱くなった観客同士が乱闘するのが理解できた。 *今気づいたことだが、一昨年の今日に、ワールドカップについて偶然書いていた。 ・・・・・・・・・ 007年07月10日(火) 2289, 霊長類オンナ科図鑑 ?2 才ノヽ∋?_φ(゚▽゚*)♪ ーヨゴレ自慢女ー この本の中でも特に「ヨゴレ自慢女」が、面白い。私も「偽悪主義」と、ある姉に言われるほどである。 奇麗事をいう人の前に出ると、意識的に「非奇麗事」を言わないと気が済まない性質である。 しかしこの「ヨゴレ自慢女」には敵わない。中村うさぎといえばやはり「うんちネタ」が浮かぶほど、露悪主義女。 「ヨゴレ自慢女」は、自分のことを書いているので、言葉が躍っていて迫力のある内容である。 本人は病気と開き直って、それを盾にとって好き言いたい放題である。 それがまた、面白いところである。他人を子供扱いをし、エロ系などのヨゴレネタが9割といってよい。 自らを貶め、その場の人々に対して優越感を抱こうとする、逆説的な「露悪魂」が彼女の彼女たる所以である。 ーまずは、そのの真骨頂の部分を抜粋してみる。 ー(字数の関係で中間カット2008年7月10日) ーー 等々、つづく。 彼女のエログロも慣れると、何とも快く?聞こえてくるから不思議である。 でも、読んでいて反省するのも、合せ鏡になるからである。 たっくもう?!こういう上手(うわて)の話は反面教師になる。 考えてみると、私は「露悪的偽悪主義」か、 いや、「偽悪的露馬鹿主義者」か?? ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年07月10日(月) 1924, ワールドカップー2 おはよ?!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ 2006年7月10日6時記
今ワールドカップが終わった。有利といわれていたイタリアの優勝で終わった。 試合はフランス優位であったが、1対1で終了。PK戦の結果,イタリアが優勝した。 PKを外したフランスの選手は一生ハンデを持つだろう。 フランスのジダンが後半の終了間際に、 イタリアの選手の挑発に乗って頭突きをして退場になったのも印象的であった。 開催前はブラジルが優勝候補で、イタリア、フランス、スペイン、イングランド、アルゼンチンが、 次の候補に挙げられていた。私の予測は、「ドイツが開催国の勢いに乗ってもしかしたら?しかし、やはりブラジル」 と、思っていた。イタリアが優勝の予測は、あまり見あたらなかった。 これだけは、終わってみなければ解らないことだ。サッカーは玉一つの行方に、世界中が注目するのがよい。 日本と世界の差はまだ歴然としている。体格と歴史の差はいた仕方がない。 私の楽しみ方は、家内の反対側を応援することだ。その方が面白いからだ。決勝戦は、家内がフランス。 私がイタリアであった。 国同士の戦うなら、互いに反対の立場で応援した方が盛り上がる。 昨日は、21時に寝て、3時半に起きてみた。4年に一度のことだから・・ n(0 ̄) ネム~(ρ_-) (/_-) バイ!ヾ(  ̄ヘ ̄)θキック!(★)゚ ーーー 2006年07月04日 ワールドカップ?1 (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ヨ?
前回のサッカーのワールドカップの感想が 2002年07月01日(月) 「454,面白かった!! 」 というテーマであった。この内容からみると、当地の新潟でも試合があった。 そのわりには、あまり興に乗っていない。しかし今年は、4年前の何倍も興味を持って観ている。 私も変わったものだ。この4年で多くの劇的な試合を多く観たためである。 ヽ`д´)┌┛┌┛★( )??(ノ★´з`)┌┛☆(:*・*゚) 日本は早々に敗退し、優勝候補筆頭のブラジルも、準準決勝で敗れてしまった。 ブラジルの二つのジンクス、 ・ペレがいた、958年の大会で優勝して以外は、欧州大会開催でのW杯の南米の優勝はない。 ・ブラジルは優勝候補に挙げられた時の優勝はない。 を破ることはできなかった。 (*・-・)θ (*・-・)θ (*・-・)θ☆ 【蹴り隊】 ーーー 2002年07月01日(月) 454,面白かった!!
ワールドサッカーが終わった。やはり世界のトップが集まる試合は面白い。 サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。その時の勝負のアヤが左右するのが特に面白い。 優勝候補のフランスとアルゼンチンが早々に敗れるというのも、勝負のアヤであった。 =字数の関係上カットしてます。 タタタタッッ≡≡≡≡≡ ☆^(*≧ω≦)ノ~~~βyёβyё♪ ・・・・・・・ 2005年07月10日(日) 1559, つれづれに ー新潟駅連続立体交差ー やっと新潟駅連続立体交差事業が動き始めた。十年は工事関係の宿泊見込めるので、稼働率のアップが見込める。 三年前までの4年間は、朱鷺メッセと東横インの再開発の工事関係者の団体宿泊で潤った。 これが至近距離の駅の工事だと、かなり見込める。来年の今頃は一日一日が、その具体的な動きで沸き立つだろう。 「25年間このために事業をしてきたといってよいと思える」とまではいかないとしても、それに近い状態が期待できる。 たんなる書いた餅ではない。長期宿泊用の低プライスの価格帯は当社しか出せないからだ。 4棟を建てた辻褄があってくる。 ー梅雨、真っ只中ー 梅雨と雪が日本の豊かさの源泉と思えば、それもよい。散歩をしていて雀とカラスの巣立ちの時期だ。 カラスのツガイが巣立ちしたばかりの子ガラスを連れているのが何とも微笑ましい。 また巣立ちしたばかりの雀の雛が、まだ人間の恐れをしらないのが可愛い。 ー同期会の打ち合わせー 昨夜は中学校の同期会の打ち合わせ会が開かれた。10人集まった。60歳のなろうとしているのだ。 一応、この歳が一つの人生の目安になる。逆成人式というのが良い表現になるだろ。 41歳が同級会で一番良い時という。 そして60歳は次の大きな目安である。
・・・・・・・・・ 2004年07月10日(土) 1194, ニーチェ(2) ー哲学についてー15
ニーチェの最も受け入れられている考えかたとして、 「人は自分自身にとってどんなに受け入れられない不快な現実であっても、ひるまずに立ち向かい、 それを直視すること、そしてその知識に基づいて、人生そのものを目的として、それ以外の見返りを 求めずに生きるべきだ」が支柱にあった。当時、信仰心が薄れていた人たちにとって、まさに生きるべき指標となった。 これは儒教とほとんど同じ考えといってよい。人生を徹底して生ききろうとしたとき、人はその分だけ争いに巻き込まれる。 それだけ振動が大きくなるのだから当然のことだ。 しかし、ニーチェによれば、「争いの緊張感が、 指導者としての力を最大限に引き出しその能力をさらに高めてくれる」と説いた。 反面、彼の思想はファシズムにも大きな影響を与えた。ファシズムの創始者のムッソリーニが彼の本を幅広く読んで、 ヒトラーと1938年に歴史的会談をおこなった時にニーチェの作品を贈呈している。そのため彼の思想は大きく 誤解されることになってしまった。彼はむしろ、ドイツの民族主義を嘲笑し、反ユダヤ主義を軽蔑していた。 19世紀末から20世紀にかけて、ニーチェは芸術家にも大きな影響を与えた。 その一人バーナードショーはニーチェの思想をシェークスピアがリチャード三世に語らせている次の言葉に 要約されていると指摘した。良心など臆病者の使う言葉しかすぎない。そもそのも勇者を脅かすための計略なのだ。 我々の力だけが良心、剣をもって法律とするのだ。ニーチェは特に文学的才能を持ち合わせていたのが特徴といってよい。 多くの人によって散文作家とみなされている彼の文章は哲学者に見られがちな、主張と反論がつづく長い文章ではない。 格言や聖書のように短く区切られていた。新しい視点でものごとを見てもらうために、心に残るイメージを利用した。 彼の主張は暗示的であり、喩えから類推しなくてはならない。[稲妻の閃光のあとで轟きわたる雷鳴]のように工夫してあった。 当時の人に直接大きな影響を半世紀にわたって与え続けた哲学者として、やはり特記すべき人である。 ー以下の抜粋の言葉の中にニーチェの思想がことごとく入っている。 彼の言葉は、難しく体系化されてないところが、逆に解りやすくなっている。 ・私は君たちに、君たちの官能を殺せと勧めるのではない。 私が勧めるのは官能の無邪気さだ。 ・独創的??何かの新しいものをはじめて観察することではなく、 古いもの、古くから知られていたもの、あるいは誰の目にもふれていたが見逃されて いたものを新しいもののように観察することが真に独創的な頭脳の証拠である。 ?「人間的な、あまりに人間的な」? ・善とは何か??人間において権力の感情と権力を欲する意志を高揚するすべてのもの。 悪とは何か??弱さから生ずるすべてのもの。 ?「反キリスト」? ・生きるとは何のことか??生きるとは、死にかけているようなものを 絶えず自分から突き放していくことである。 ?「華やかな知識」? ・真実の山では、登って無駄に終わることは決してない。 (字数の関係で中間カット2009年7月10日)
・・・・・・・・・・ 2003年07月10日(木) 827, アラスカ旅行記ー2
ーデナリ国立公園ー 今回のハイライトは、なんといってもデナリ国立公園のワイルドライフツアーであった。 デナリ国立公園は四国を少し大きくした位の大きさで、アンカレッジから3百数十?、車で6時間の距離にある。 このデナリに二泊をした。ワイルド・ライフツアーは朝5時過に出発して午後の1時過ぎに帰ってくる、 野生動植物や自然を堪能する内容だった。グリズリーベアーやヘラジカ、ムースカリブー、大型鷲、山岳羊、 雷鳥などが多く見られた。アラスカの大地を背景にした動物が自然に溶け込んでいたのが印象的であった。 なんといってもビューポイントからみた、マッキンリーの美しさに息を呑んだ。 スイスのマッターホルンと、パタゴニアのパイネ山の夕景に匹敵する神々しさであった。 ツアー客の全景をみれる確率は20?とパンフレットに書いてあったが、その20?に当ったのが幸運であった。 更に幸運が続いた。 偶然、有名な日本人ガイドの伊藤さんがガイドについたのだ。 彼の年齢は63歳、顔中髭だらけの現地のエスキモーそのものといってよかった。 ーこのバスは40人乗りで、幾つかの日本人のグループが乗り合わせていたが、その一つのガイドが彼であった。 その彼がバスのガイドをかってでたのだ。彼のことはミッキーハウスの坂本さんの本でしてっいた。 またその本に「三億円事件の犯人」疑われた人と書いてあったが、本人も嬉しそうに、その逸話を話していた。 3億円事件当時、ハーレーダビットソンを乗り回していたのが疑われた理由という。 日本からアラスカに渡って30年経って、アラスカのエスキモーとの外見の差は全くない。 「アラスカン・ハイ」という言葉を聞いたことがある。人里離れた人がたまに街に出てくるとスナックなどで 話しまくる姿が見られるという。発語(専門用語でさかりのついた動物の発情と同じで、溜まった言葉を吐き出す) が伊藤さんの特徴のようで、マイクを持って話しまくっている姿が何とも自然でよい。 ーイスラエルの老添乗員もそうであった。めったに来ない日本人に自分の生き様を全て話すのだ。 自己承認を求めているのだろう。色いろな人生があるものだとつくづく思う。 彼は星野道夫の友人で、彼とのエピソードを色いろ話してくれた。 NHKで彼のドキメントタリーを数年間にわたってシリーズでやっていた。 また地球シンフォニーという映画にも出ていた。『旅をする木』『森と氷河と鯨』など何冊かを読んでいた。 数年前にグレズリーベアに食べられてしまった。そのためか伊藤さんの一言一言が胸に突き刺さるようであった。 マッキンリーで亡くなった冒険家の植村直己とも親交があったという。 彼が死んだのは日本では、クレパスに落ちて死んだと信じられているが、アラスカでは風速100?の突風で 飛ばされたといわれている。 アラスカに遊びに来る変わった人のエピソードも中々だ。 沖縄の裏世界の実業家の話も面白い内容だーその人が舌癌になったが、足の肉を切り取って舌の再生手術で、 また味が感じ取れるようになった人間の身体の不思議な話とか、名古屋の実業家の自由奔放の生き方とか、 彼でなくては聞けない話を次々と話してくれた。 伊藤さんのような生き方に何か男のロマンを感じた。 ガイドと猟師が本人の職業で、好きな生き方をしながら現在、二人の息子を大学にいかせているという。 ー続く ・・・・・・・・ 2002年07月10日 スイス旅行中 ・・・・・・・ 2001年07月10 北欧旅行中
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2009年07月09日(木)
* 中国のウィグル地区の暴動について ウィグル地区のウルムチで、暴動が発生した。 必然的な事件である。 中国が、20〜30年前のソ連になるか、100年前のアメリカになるのか、絶妙な分岐点に立っている。 共産主義という建前で一党独裁で強権を支配しないと、多民族をマトメルことは不可能なのか?、 それとも、ソ連のように一度解体をして新たに出直すことが自然なのか、歴史が証明を待つしかない。 ハッキリしていることは、漢民族が少数民族を支配をし、搾取をしていること。 それが、共産主義の 建前との隔離が情報化のため白日に曝されていることから、暴発のキッカケになっていることである。 中国の暴動は拡大はすれど収まることはないだろう。 「中国の民は、サラサラの砂で統治するのは至難の業」。 だから独裁統治も必要だが、時代は自由と個人に重心が移動をしてしまった。 ネットで、それぞれの地区で 呼応して暴動が起きる可能性もある。 情報化の流れを押し留めるは困難である。
* 大阪のパチンコ屋の無差別テロについて 恐ろしい事件である。自殺をするに不特定多数を巻き込もうとするのを「拡大自殺」というらしいが、 秋葉のテロ?と相似点が多い。 時代のマイナーを凝縮している事件である。 一度、歯車が狂うと、元に戻すのは不可能に近いのだろう? とにかく仕事が無い・・ そのために離婚になり、虚無的になり失業。 そして借金地獄から自殺かホームレス。 「年金年齢になったので、大丈夫」とは妄想でしかないのか。 自民党の一党独裁を容認してきた国民は、 それゆえに、年金の元金もアメリカの国債を押し付けられ、皆無に等しい状態??。 それさえ気づいてないから、すくいようがない。 最後はハイパーインフレで、丸裸の帰結が待っている。
* あれから40年か〜 あと数日で、大学卒業から40年になる。腰痛で出席が微妙だが、何とか出たい。 「あっという間であり、しかし長かった! 何とか、たどり着いたが、面白かった」が実感である。 そういえるのは、今のうちか?
・・・・・・・・・ 2652, 人間、互いに理解不可能なのは、如何して? 2008年07月09日(水)
ある哲学書(*ー参照)の中に、何故人は互いに理解不可能なのかを分解していた。。 長男がUターンで帰ってきて、再就職のことなど、節目ということもあり、話を始めるが全く互いに通じない。 それでいて、居酒屋などに誘うと親子三人が仲の良い家族になる。 そのことを、知人に話したところ、 ・一人は、「親子で対話など有り得ないこと、会話さえないのが実情だろう。親子であるのは、ただ説得だけ」。 ・そしていま一人は、「私の息子は三十半ばになるが、今まで会話さえ殆どしたことがない、 最近になって上京した時に ご馳走をしてくれと、電話がきだした。会話さえ、していること自体で充分」。 そういうものか?と、思いつつ、それでも何とか成らないものかと思っていた矢先、わかりやすい道理に出くわした。 <*?(哲学ワンダーランド・貫成人著)第一章の?「話せばわかる」1?3)> ーまずは、その部分を書き出してみる。 ?? ーひとは誰でも、自分の「地平」に束縛されているー
二十世紀ドイッの哲学者ハンス・ゲオルク・ガダマー(1900?2002年)は、 ‘理解しえないものをいかに理解可能にするか’ をきわめる「解釈学」を構想した。 かれによれば、人々がお互い理解不可能なのは各自が持っている「地平」が異なるからである。 たとえば、物置から古い掛け軸がでてきたとしよう。その値打ちを判断するには相当の経験と知識を必要とする。 それに、そもそもそのようなものに価値があると考えていなければ、その価値を判定しようとも思わない。 実際、古いものには価値がないと思われていた明治初年には、貴重な文物が安値で買いたたかれて海外に流出した。 およそ何かを判断するときには、一定の知識や価値に頼らざるをえない。 そのような判断や価値付けの拠り所となるものをガダマーは「地平」とよぶ。 大海原や砂漠に立ったときに三六〇度ぐるりを水平線、地平線が取り囲む。「地平」とは、地平線の内側、 自分が立っている足下とは逆に、地平があればこそ、その中にある何かを認識することができる。 もちろん、今わたしが位置する地平の外側にある対象も、わたしが移動すれば見えるようになる。 しかし、そのとき地平もわたしと一緒に移動しており、したがってその対象が地平の内部にあることには代わりはない。 物置から出てきた掛け軸の場合、この地平にあたるのは、骨董品を貴重とする価値観、その値打ちを判定するための経験、 知識だ。一定の価値観や知識があればこそ、古びた品物をそのまま捨ててしまうのではなく、目をとめ、 値打ちを判定することができる。あらたな経験を積み、地平が移動し、拡大すれば、これまでわからなかった ものの値打ちもわかるようになるだろう。肝心なことは、自分の足下にある地平を通常、ひとは意識しないということである。 自分にどれだけの経験があるのか、どのような価値基準をもっているのかのリストをもっている人は誰もいない。 いつの間にか身につけた価値観や経験に応じて、ひとは、その場の諸問題に対処する。 その結果、各人は、自分でも気づかないまま自分の地平に束縛されている。 なにしろ、自分がどのような価値観や経験を 持っているかを客観視する方途はないのである。 しかも、このように地平に幽閉された状態であるかぎり、 それぞれは自分がそれまでに身につけた価値観や経験から、身の回りのすべてのもの、したがって他人をも判断するしかない。 もし、相手が自分とは異なる地平に立っていれば、その相手の言うことや、やることはまるで理解の範囲外ということになる。 古物に意味を認めない人物には、物置の掛け軸を二束三文で売ってはいけないという人物の言うことは理解できないのである。 では、この状況が変わることはありえないのだろうか。 自分とは異なる他者を理解しうるためには、各人が「心を開いて」いなければならないとガダマーは言う。 他人の言葉や行為をすべて自分の地平の枠内で処理しているかぎり、そもそも【自分とは異なるものがいる」 ということ自体に気づくことはない。けれども、何かのきっかけで、自分が何らかの地平にとらわれていることに気づくときがある。 そのときはじめて、ひとは自分の地平を対象化し、相対化するだろう。そして、それまで自分がとらわれていたのとは別の地平も ありうるということに気づくことになる。 官僚出身者特有の話し方をしていた政治家も、落選が続けば、 土地の人たちの言葉でしゃぺり、かつ、自分の意見を伝えることができるようになるだろう。 ?? 他人から理解してもらえないという嘆きほど、バカバカしいことは以上からみても解るだろう。 一人の人間を理解するなど、到底不可能でである。自分でさえ理解できないのに。 ただ馬鹿なオッサンだけは解るが!
・・・・・・・・・・ 2007年07月09日(月) 2288, ちょっとした勉強のコツ ?2 (p≧w≦q) オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ ヨウ? ー読書日記 この本の中の「三つのことば」についても、面白い! ーまずは、その要約をしてみたー ーーーー ことばには三種類ある。 ?ひとつは、生まれてまず覚えるもので、たいていは、ものの名前。 それと、ごく少数の動詞をふくむにすぎない。日常の最小限のコミュニケーションはこれでできる。 この特質は、ものごとを直接的に指し示すところ。‘いま’‘ここ’にある事がらについての表現である。 これをアルファーとする。 ーもうひとつは、ベーターのことばとする。 これは、人間の文化、価値のあるウソを多くふくんでおり、そういうものにかかわりのあるもの。 虚構、フィクション、創作、創造など。 昔話、おとぎ話などをいう。 昔話をきいているうちに、見ることのできない、触れることもできない非現実的世界を 頭の中に描き出すようになる。 つまり、想像力によってストーリーを理解することば。 ?そしてもうひとつは、ガンマーのことば。 これにはベーターのことばと違って、ストーリーがない。 その代わりに、ものごとの関係を扱う。それは論理といいかえてもよい。 物語りや小説を読んだだけではガンマーのことばは育たない。 論説や理論のある文章、表現にふれることで体得するほかはない。 …… (字数の関係上カット、2008年07月09日) ヾ(。´・ェ・`。)By? ・・・・・・・・・ 2006年07月09日(日) 1923, 孤独であるためのレッスン おっ w(゚Д゚)w ハァョ? 著・諸富祥彦 ー読書日記 孤独について何度か書いてきた。自由と、孤独と、死は、哲学的にみても大きな人間の課題である。 図書館で、ずばり孤独について具体的かつ解りやすい本をみつけた。 我われは、ひとり孤独に生まれてきて、さいごはひとり孤独に死んでいく。 その土壇場で人は死を恐れるのではなく「自分はやりたいことをやった!」 といえない自分に直面することを恐れるのだという。真の疎外感は、その恐れに支配された時に出てくる。 だから、やりたいことを早く見つけ、世間とかいう奴を無視するか、処理をして、やりたいようにしないと 仮面の人になってしまう。仮面の人は孤独を恐れ、群れることこそ人間の性(さが)と信じている。 この本は、そういう連中は無視をして孤独の重要性を説いている。
そのための条件を以下のとおり書いている。 ー孤独であるための八つの条件ー 一 「わかり合えない人とは、わかり合えないままでいい」と認める勇気を持て。 二 人間関係についての「歪んだ思い込みやこだわり」に気づけ。 三 自分の人生で「ほんとうに大切な何か」を見つけよ。 四 「自分は間もなく死ぬ」という厳然たる事実を見つめよ。 五 「たった一つの人生という作品」をどうつくるか、絶えず構想しながら生きよ。 六 ソーシャルスキルを身につけよ。他人の話を聴き、他人を認めよ。 七 「この人だけは私を見捨てない。どこかで見守ってくれている」。 そう思える人を見つけよ。 八 自分だけは自分の味方であれ。「自分を見守るまなざし」を自分の中に育め まあ、巧くまとめたものだ。 また、ー孤独の中の四つの出会いー を一章にわたって書いている。 ・自己との出会い ー自分の中の深い自分と出会う ・他者との出会い ?深い孤独を知っている他者と出会う ・普遍的なものとの出会い ー深い孤独の中に普遍的なものをみる 公平な内なる観察者 ・`人間を越えた何’かとの出会い ?人間を越えた何かは大自然の深い波に出会い感動した時に感じる何かである (字数の関係上カット、2009年07月09日) ・・・・・・・ 2005年07月09日(土) 1558, BOSEのステレオ?6
購入してから4ヶ月経つ。 7万円台のものでもよかったのではないか?と疑問を持ちはじめた頃、 TVの横から、6m位先の部屋の隅に置いてみた。 そして、それが正解であった。 二m先のTVの横なら7万円代のものでも充分だが、部屋全体の反響を使って聞くなら、これが丁度よいようだ。 ただ、このコンポの効果的な使い方を知らなかったのだ。そして、このステレオの良さを改めて知った。 それと「ベストクラシック・100」シリーズが、3千円で販売された。 100曲で3000円は安い。 ・ベストクラシック・100 ・ベストクラシック・100モア ・ベストピアノ・100 と買いこんだのが良かった。 半分ほどは、過去に買ったシリーズのCD に入っているが、音質がよくない。 家内には、「7万台で充分だったのでは?」と、言われつづけてきたが、位置を変えてからは何も言わなくなった。 イギリス人はゴルフやテニスなどの道具は思い切って良いものを揃えるという。 良い道具を揃えると対象に気持ちが入るし、途中でやめるわけにいかなくなる。また一生物になる。 今まで、音楽に対してはそれほど興味があったわけではないが、一日一~二時間は聴くようになった。 「人が皆、我より偉くみえる日は、コンポを聴いて妻と愉しむ」というところか!
・・・・・・・・・ 2004年07月09日(金) 1193, ニーチェ(1) ー哲学についてー14
ー概略はー ドイツの哲学者。(一八四四?一九〇〇) 実存哲学の先駆者。
キリスト教的・民主主義的倫理を弱者の奴隷道徳とみなし、 強者の自律的道徳すなわち君主道徳を説き、その具現者を「超人」とする思想に達した。 機械時代・大衆支配時代に対する批判は、一面ファシズムの支柱ともなった。 薯「ツァラトゥストラはかく語りき」「善悪の彼岸」「道徳の系譜学」 「権力への意志」など。 ーーーー 人生を振り返って、一番影響を受けたのがニーチェである。 高度経済成長の時代という背景もあったのだろうが、自分の能力を最大限発揮するのが男の務めと考えていた。 儒教的頑張りズムに相通じるところもあるが。 自分が考えることは、しょせんは全てが借り物。 ただ借り物と意識をしないで踊っているにすぎない。それを気がつくかつかないかでしかない。 ー印象的なことを書き連ねてみると、 この世には神は存在せず、人間には不滅の魂などないというショーペンファウアーの主張には賛同した。 人生とは大部分が意味のない苦しみや争いの連続で、[意志]とよばれる非合理な力に引きずられていくだけ という点でもショーペンファウアーに同意している。しかし、この世界は部分にすぎない、 それも大して重要ではないという彼の主張には反対をした。この世界こそすべてだと考えた。 更にショーペンファウアーの「人はそのような軽蔑すべき世界から背を向けて、 関わりを持たずに生きるべきだ」という結論を否定した。 逆にニーチェは、 「人は自分の人生を精いっぱい生き、可能なかぎりのものを手に入れるべき」と考えた。 ニーチェ哲学の最大の課題は、 「神が存在せず、意味もない世界で、人はどのようにすれば情熱を持ち続けながら生きていけるか」。 自己の能力を最大限に伸ばした人間は一種の超人的存在であるため、ニーチェはそれを「超人」といった。 ニーチェにとって人がもつべき最高の価値観とは「自己の人生を肯定する」ことであった。 「誰もが完全に自己を表現し、充実した人生を送り、人生を肯定すべきである」と説いた。 ニーチェの二つの主張がある。 ・充実した人生そのものこそ意味があり、価値があるとした。 充実した人生は芸術作品のようである。 ・すべては永遠の無に帰すのではなく、永劫回帰する、というものである。 時間は巨大で宇宙的な同心円を描いて進むため、以前おこったことはすべて、 ふたたび巡り帰ってきて、その後永久の時を経て同じことが繰りかえします。 人は精いっぱい生きることで、永遠に生きたいと思う人生を送る。 時間は永遠に繰りかえすことで、限りある閉ざされた世界にいる人間に、永遠といえる生命を与える。 ーつづく ・・・・・・・ 003年07月09日 826, アラスカ旅行記 ?1
一週間の予定でアラスカツアーに参加してきたー2003年7月2日ー8日行く前は、もしかしたら 「外れ」になるのではと不安であった。山脈や海を中心とした旅行は『天気』に大きく左右されるからだ。 それと「アラスカが良い」という人の話は過去の旅行仲間から一回も聞いたことがなかった。 良ければ必ず情報が入ってくる。このツアーは大手の旅行代理店が数社共同で、日本航空のジャンボを借り切って、 アラスカとしては廉価で打ち出した企画のパックである。ーだいたい一般の30?OFFあたり。 ーSARS対策に、アラスカ州と日航と大手代理店が組んで打ち出した破格の商品ということを現地ガイドに聞いて 初めて知った。今夏は一ヶ月間だけの企画で、来年は未定だそうだ。 直行便以外は、成田からシアトル経由で入るか、ソウルに飛んでそこからの直行便で行くかどちらかである。 その為シアトル経由は14時間、ソウルでも10時間以上は軽くかかる。ーソウルからの直行便は出ているが、 日本はないということ。その為、一週間にしては内容の非常に充実したものであった。 パタゴニアやアフリカには34時間以上かかったのに比べ、6時間というのは信じられない感覚である。 全くの素人がキングサーモンの釣りのオプションに参加をすれば、 ガイドの指導のもと一m以上の鮭を釣れるのだから、さすがアメリカはサービスの国と感心する。 ー印象順に書いてみると 1、何といってもマッキンレー山である。 あまり期待をしていなかったが、実際に見るマッキンレーは 想像を絶する素晴らしさであった。特に軽飛行機から見たマッキンレーは言語に絶する内容であった。 ー詳しい内容は明日書く予定。 2、氷河もパタゴニアを見ているので、全く期待していなかったが、実際は決して見劣りしない素晴らしい内容。 3、期待していたアラスカ鉄道の景観が思ったより良くはなかった。 どこまでも単調な景色でハイビジョンで 見たものとは違っていたー値段の高い展望車でなかったこともあるが?それと天気がよくなかった。 4、ハイライトのデナリ国立公園のワイルドライフツアーのガイドが偶然に 日本人ガイドの有名な伊藤さんであった。星野道夫やミッキーハウスの坂本某の本の出てくる人だ。 まる一日、彼のガイドで現地の色いろなことや、星野道夫などの現地でのエピソードを詳しく 話してくれた。 彼はガイド兼猟師で狼やムースやヘラジカの狩猟の話しが別世界を垣間見た おもいであった。 ーこの内容も後日書く。 ?つづく ・・・・・・・ 2002年07月09日 スイス旅行中 ・・・・・・・ 2001年07月09日 北欧旅行中
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2009年07月08日(水)
「旅する力ー深夜特急ノート」 沢木耕太郎著 読書日記
深夜特急を初めて読んだ時の興奮を今でも憶えている。その後、TVでもドラマ化されたが、これも良い脚本であった。 その後、彼の本を何冊か読んだが、それに勝るものはなかった。 この本も、沢木の旅好きの子供の時からの由来と、 旅の指導書のようであり、なかなか説得力がある。 深夜特急の読者を狙っているようだが、そうだとしても納得できる。 全体の総評を書こうかと思ったが、一章か、二章単位で印象的な部分を記録として書き残しておいた方が良いと判断して、 何回シリーズで書くことにした。 まずは ー序章 旅を作るー から 一行目の出だしからして惹きつけられる。 *「旅とは何か。その答えは無数にあるだろう。私には、大槻文彦が『大言海』で記した次の定義が もっとも的を射たもののように思われる。 《家ヲ出デテ、遠キニ行キ、途中ニアルコト》ー ・・・・・しかし、旅は同時に、終わりがあるものである。始まりがあり、終わりがある。 そこには旅を作る、という要素が入り込む余地が生まれるのだ。 人は旅をする。だが、その旅はどこかに在るものではなく、旅をする人が作るのだ。・・・ (解説)旅と旅行の違いは、「旅は、その途中を味わうことを目的とし、旅行は目的地に行くことを 主にすることをいう」ということは知っていた。私にとっての秘境・異郷の旅はとりあえず遠くに行くこと、 そして、文化・文明というより、大自然に触れることであった。それは目的地だけでなく、その移動の中に 垣間見る景色にあることが多い。
*「余儀ない旅」ではなく、「夢見た旅」を始めようとするとき……既に旅の姿が整えられていく。 夢が生まれ、それを具体化し、実現する。そのようにして、旅を作っていく。しかし、人によって その作り方は違ってくるだろう。だから似た夢でも、まったく違った旅になってくるのだ。 (解説)一回の旅行は、終わって帰ってきても終わりがない。その旅行記を書いて総括し、写真を整理し、 そして、その後にガイドブックや、ネットで情報を取って記憶を再編集する。 そして、何時かTv番組で放送をしているのを見る。その都度に一度行った旅行が再編されるのである。 だから、どんどん自分が膨らんでいく。 とにかく、一度その地に足を入れることである。 そうすると、作った旅が自ずから動き出していく。
・・・・・・・・ 2651, ロジャーズ 中国の時代 −1 2008年07月08日(火)
最近の中国事情の本を読むのは、邱 永漢 の中国関連の本以来である。この本は、目から鱗である。 20年近く前に中国を訪れて以来、5年前に北京を訪れてその変貌ぶりに唖然としたが、 この本によると、更に変わっているようだ。 ただ、その劇的な成長に対する反動が、どういうカタチでくるのか問題だが。 そのクラッシュ後の中国は、これを読む限りより大きく成長するのではと思われる。 ジム・ロジャーズは、中国の成長をいち早く見抜き、国際商品の高騰を予言した冒険投資家。 これは中国株投資の手の内を明かした全米ベストセラーになった本。どのページを開いても、唖然とする内容である。 この十年間で、耐久消費財の生産能力は、驚くなかれ100倍になったのである。 ロジャーズは、「現在の中国は、1800年代終わりのアメリカは、こんなものだったと思われる」という。 ソ連のように分裂というカタチを通るのか?これだけの大国を束ねるのに、一党独裁という強権も必要なのか? 独裁国家がオリンピックを開催すると破綻する事例からみると、やはり同じ道を通るのだろう。 この本の、次の一節が現在の中国の偽ざらない本音であろう。 〜〜 中国人の友だちが言うには、 「中国は貧乏のどん底から這い上がってきた。 経済改革の夜明け前の一九八○年、購買力平価で換算した 中国の一人当たりのGDPはたったの四一〇ドルだった。 当時の米国は一万二三三〇ドルだ。第二次世界大戦以降、 世界経済が何十年にもわたって成長している傍らで、私たち中国人は完全に孤立してしまっていた。 扉を閉ざして社会主義の桃源郷を作ろうとしていたのだ。 私有財産は許されない。何から何まですべて国の持ち物だ。 民間企業もない。全部中央政府が管理しているからだ。競争もない。食べ物も着る物も、それこそ調理油まで配給制だ。 いつも、何とか生きていけるぐらいしかもらえなかった。 サービス業なんてものはない。人民に仕えるのが当たり前で、 仕えてもらうなど論外だったからだ。 仕事や職種、勤め先を変えたり、新しいことを始めたりするのも不可能だった。 生まれたそのときから何になるかは決められていた。 資本市場もない。資本は諸悪の根源のレッテルを貼られていた。 そんなふうだったから、私たちが生きている間に世の中が、こんなに変わったのは、一九八0年代の初め以来、 成長率は平均九%であり、中国経済の価値は一〇年毎に倍になった。」 〜〜 といって、先月の上海の証券取引所の株は半値近くまで下がってしまった。 下がりきった有望株を、地頭で考えて長期的に投資すべきということである。
・・・・・・・・・・ 2007年07月08日(日) 2287, ちょっとした勉強のコツ −1 (´∀`σ)σ オハYO! ー読書日記ー 外山滋比古氏の著書(エッセイ)である。7年前に発行された本だが、内容は新鮮である。 この本を図書館から借りるのは三度目であるが、何度読んでも新鮮に感じるのは、 内容が濃いからだろう。 冒頭からして、深く考えさせられる。 特に、現在の日本は「オーストラリアの蜜蜂」以下?になりかけてはいまいか? 何度読んでも考えさせられる内容である。2003/01/11 に「ハングリー? 」というテーマでも、 少し取上げたことがある。 敢えて、いま一度考えなおすのも良いだろう。 それだけ、オーストラリアの蜜蜂化した若者の「下流社会化」の問題の根が深い。
ーオーストラリアの蜜蜂ー かつてある人が、ヨーロッパからオーストラリァへ移住した。 ヨーロッパには長くきびしい冬があるけれども、オーストラリアでは常夏のように年中、 なにか花が咲いている。それを見てこの移住者は養蜂業を始めようと思いついた。 こんなに花があるのなら、さぞ蜜がたくさんとれるだろうと考えたのである。 さっそくヨーロッパから優秀な蜜蜂を輸入して、仕事は始まった。 最初の年は大成功だったが、二年目には収穫が激減、それから年々大きく減りつづけ、 やがてほとんど蜜を集めなくなってしまった。おかしいと思って調べてもらったら、 いつも花があるからだという意外なことがわかった。 ヨーロッパで働き蜂といわれるほどに勤勉であったのは、花のなくなる冬があるからだった。 年中花のある恵まれたところに移って、蜂はハングリーでなくなってしまったらしい。 それは、蜂のはなし、人間は別だ、とは言い切れないようである。人間も概して、きびしい環境におかれた方がよく働く。 欧米の人たちは、雪の降る国でないと、文化、文明は栄えないと信じているようだ。 寒いところの人間は、温暖なところで生活する人に比べると、おしなべて勤勉で努力する。 それがやがて社会の繁栄に結びつく、そう考えるのである。悪条件のもとではハングリーにならずにはいられない。 ハングリーならよく働くというわけだ。 ひとりひとりについても同じことが言える。 いまアメリカでもつとも優秀な学生は、ベトナムやカンボジアからボート・ピープルとしてアメリカへ渡った 難民家族の子女である、と言われる。ハーヴァード・イエール、プリンストンなどの名門大学へすいすい入学する。 ハーヴァードなどでは定員の二十パーセントを超えて問題になったほど。 ベトナム・カンボジアからの難民が秀才、才媛だけをつれて行ったわけではあるまい。 不目由・不如意な環境で育ったために、石にかじりついても、といった勉強をした。 ハングリーだったからこそ、目ざましく学力をのばしたのである。 ーーー 現在の韓国や中国、そしてインドの若者が目覚め、必死に学んでいるが、 ユトリ教育とか訳のわからない理屈で遊び呆けてきた日本の若者の姿が痛た痛たしい。 この文章は本の発刊の3年前の10年前に書かれた内容である。 現在の日本は更に問題が深刻化している、いや、表面化してきたということだ。 「茹で蛙」という言葉があるが、自分が茹で蛙と気づけばよいが、 茹で上がった蛙は、その自分の姿が解らないものである。 それも、周りの蛙がホボ茹で上がっていれば、気づけというほうが無理? [ ・ω・]ノ ヂャァネッ ! ・・・・・・・ 2006年07月08日(土) 1922, 第二次・関東大震災 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/
今後30年以内に首都圏で、関東大震災クラス(マグニチュード7) の地震が起こる確率は70?という。その時には阪神淡路大震災の二倍の被害になるという。 死者は最大で13000人というから、1000人に一人になる。 イメージでは5~6万以上の死者と思えそうだが。700万人の避難者が出て、 建物の全壊や焼失は85万棟。 損失の総額は110兆円と予測される。国家予算の150?になる。 もっと、恐ろしい事実がある。マグニチュード8程度の地震発生が予測される原発が、世界に一つある。 中部電力浜岡原子力発電所である。 政府や電力会社は「『安全基準』を満たしている」というが、 専門家の間では、安全基準自体を疑問視する声が根強い。 よく、そんな場所に造ったものだ。 東海地震にしても、関東大震災にしても、単独ではなく、一つの地震につづいて起こる可能性が高いという。 そんなこと考えることないよ!というかもしれないが、一昨年の暮れに、私の地元でマサカの大地震があった。 夜になると近所は真っ暗闇になり、近くの学校に被災者で一杯になった。そして、新幹線が脱線をして惨劇一歩手前。 現在でも、裏の我が家の貸家には『被災者が住んでいる』という事実がある。 私なら、間違いなく何処かに引っ越すが! もう一度言う、間違いなく引っ越す。 せめて住居は埼玉か、千葉か、鎌倉かにする。歳を召されたかたは、それも寿命でよいが! 地震の予知は、実際のところ無理だという。関東に住むのも、働くのも、命がけになったのだ。 少し脅かすと、関東沖でインドネシア沖の大地震クラスが発生して大津波が来たら、数十万でなく・・ 今月の日経新聞の「私の履歴書」は小松左京である。「日本沈没」を書いたSF作家の・・ 日本の人口は昨年より減り始めたが、東京の人口は、この先10年間は増え続けるという。 年配を中心としてだから、それはそれでいいか? 30歳と27歳のわが息子よ! うするっぺ~か? 埼玉辺に住むようだから、安心か〜 それに避難所も、三国の山を越えればあるのだから、大丈夫か! 越後も、日本海に面して、北朝鮮の頭のいかれたドン様がミサイルで恐喝をされており、 柏崎原発にミサイルを・・・ どちらも同じことだ・・ i (ω・`) bai ・・・・・・・・ 2005年07月08日(金) 1557, 宇野千代ー3 ー 宇野千代語録 −2
忘れるということは得なことである。 私は幾度も失恋したが、そしてその瞬間には泣いたりした記憶があるが、 すぐに忘れた。人と別れても、決してその人を恨んだりはしないから、 或る時が経つと忽ちその人とまた仲良しになったりする。 (「願望」より) ー内語ー そうだよな〜、そうだよな〜! でもなかなか、それができないのが人間の弱さ。 この人、強い人なんだ! ーー あ、いやだなあ、つらいなあ、とため息をつく代わりに、 ちょっと心のチャンネルを切り替えてその答えでも見つけるつもりで、幸福の種を探してみてください。 最初はなかなか大変でも、くり返しているうちに、すばやく見つけられるようになり、 そのうちどんなときにも幸福を探すのが癖になります。 そこまでくれば、あなたは達人、私と同じ幸福探しの達人になれます。(「幸福に生きる知恵」より) −内語ー そうか?そうか! ーー 「粋」とは「とりつくろわないもの」のことである。 化粧はしていても、決して、してはいないように、素顔であるように見えなければならない。 身なりもとりつくろわず、自然で、小ぎれいで、しゃんとしていなければならない。(「願望」より) ー内語ー 純粋の粋か? ーー 「お洒落をしない人間は泥棒より醜いと思う」女は幾つになっても、 お洒落をすることを忘れないようにしてほしいものだ、と私は思うのである。 世間には、お洒落をしないことを自慢のように言っている人もあるが、しかし、 私は、そのときそのときに会う相手に対して、それでは失礼ではないかと思う。(「しあわせ人生」より) ー内語ー 泥棒の方がまだまし? ・・・、まあいいか! その位、自分に対して気を使わなくてはならないということ? ーー 恋人同士、または夫婦同士で、別れたくない、いつまでも愛し合っていたい、と思う間柄の人たちは、 ちょっとの間でも、決して遠く離れて暮らしてはならない。 (「願望」より) ー内語ー 深い言葉だね!離れれば、直ぐに、その言葉ー気持ちの真実が見えてくるものね! ーー 人間はいくつになっても、恋愛をしてはいけない、と言うことはありません。 それどころか、恋愛感情の枯渇している人は、もう、人間をやめているのだ、と思いませんか。 (「普段着」より) −内語ー( ) ーー
理解するとは何か、ただ、ただ、そのもの自身を尊敬することである。 人々よ、あなたが何事をでも、理解する事を望むのであったら、ただ、ただ、 そのもの自身のことを、とことんまで尊敬することである。 (「普段着」より) −内語ー そうか!そうか! ーー 人間同士のつき合いは、この心の伝染、心の反射が全部である。 何を好んで、不幸な気持ちの伝染、不幸な気持ちの反射を願うものがあるか。 幸福は幸福を呼ぶ。 幸福は自分の心にも反射するが、また、多くの人々の心にも反射する。(「生きて行く私・下」より) −内語ー すべての根っこに夫婦関係があります!
・・・・・・・・・ 2004年07月08日(木) 1192, 国家破綻?ー読書日記
藤原直哉 長岡中央図書館 2004年7月3日 この4月に出版された国家破綻?を読んで、暗澹たる気持になった。 前刊を読んだときは、まさか!と思いつつよんだが、今回は現実的として読むことが できた。不況をセンセーショナルに書いてあるが、ジックリと読んでみるとけっして誇張には思えない。 現在の景気は中国のバブルとIT・デジタル関連の好況で、少し景気が持ち直しているように見える。 しかし私の事業を通して見える世界は、それとはほど遠い世界である。去年の11月のりそな銀行の破綻、 そしてUFJ銀行のトップの追放劇などからも、その根の深さに只ならぬことが垣間見れる。 現アメリカのブッシュ政権も風前の灯である。小泉首相も改革といいながら実際のところ 何もできない現状を見ていると、20世紀的なものの最終崩壊の時期がきているようである。 アメリカとイスラエルはマスマス世界から孤立、アメリカ経済もいつ崩壊するどうかの状態といってよい。 現在、好調に見える中国もバブルのピーク、はじけるのは時間の問題だ。 円もドルも輪転機でこれだけ多く刷っていれば、何時かは価値がなくなり、紙くずになる。 ハイパーインフレが必ず来るという筆者の主張も当たり前といえば当たり前である。 国民向け国債を販売したら、国家としての体をなさない状態と五年前に聞いたことがあったが、 いつの間にか販売を始めている。第二次世界大戦で国家が大量に国民に売り出し、敗戦と 同時に紙くずになった歴史がある。紙くずの分配でしかないのに国民は気がついてないのだ。 もう、守れる資産は現物の金を持つしかないという主張も肯ける。 現状を考えると、どうしても悲観的になってしまうのは仕方がないことか。
・・・・・・・ 003年07月08日 アラスカ旅行中 ・・・・・・・ 2002年07月08日 スイス旅行中 ・・・・・・・ 2001年07月08日(日) [76] 行ってきます! まずコペンハーゲンへ 今日8時57分長岡発 15時成田発ロンドン経由 2日目はベルゲン 3日目はバルダンゲル・フィヨルド 4日目はグッドバンゲン。フロム。オスロ。 5日目はストックホルムへ 6日目はストックホルムから船旅〜1泊 7日目はヘルシンキ 8日目はレニングラード 9日目もレニングラード 10日目モスクワ 11日目帰路 12日目早朝成田。
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2009年07月07日(火)
一昨日の日曜夜のーNHKスペシャル・エジプト発掘 第1集 「ピラミッド 隠された回廊の謎」が面白い。 一昨年、二度目のクス王のピラミッドを見学してきたが、あの巨大なピラミッドを5000年前にどのようにして 造ったのか、これまでも多くの番組で取り上げていた。 その中で一番尤もらしいのが、 「砂漠の砂をピラミッドの周囲に建設の高さに積み上げて、巨石を運び上げる方法」であった。 しかし、今回の説は違っていた。 岩を上に搬送するトンネルを螺旋状に造りながら上に運ぶという説だった。 近くの崩壊した小さなピラミッドにも、そのような痕跡が見て取れた。 ーNHKのHPの番組紹介からコピーからー 【 今から約5000年前、エジプトの砂漠地帯に忽然と現れたピラミッド。その後500年あまりに渡ってピラミッドは建造され、 その数は現在確認されているだけでも100個を越える。その中でも最大規模を誇るのが、世界遺産にも登録されている 「クフ王の大ピラミッド」。高さ147メートル、底辺の長さ230メートル。世界最大の石造建造物である。 平均2.5トンの石を300万個積み上げて造られている大ピラミッド。地上60メートルの場所には、重さ60トンもの 巨石も使われてる。 クレーンもない時代に、この巨大ピラミッドをいったいどうやって造ったのか? 古来、様々な研究者が謎解きに挑んだが、そこ答えは出ず、古代エジプト史上、最大の謎とされてきた。 ところが今回、ついにこの謎を解き明かしたという人物が現れた。フランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダン氏である。 彼は、最新技術を駆使し、建築家の視点から、「内部トンネルを使って建設した」という独特の説を世界に発表した。 番組では、ピラミッドの登頂調査をはじめ、ウーダン氏のピラミッド調査に同行取材、神秘に満ちた、 大ピラミッド建造の謎を興味深く解き明かしていく。】 ー以上だが、近年になって、ピラミッドの近くに、その建設に従事した労働者の村が発掘された。 その調査から分かったことは、4000人の労働者が20年の歳月をかけて造られたという。 その人数で二十年で300万個の石を積み上げるに、一個辺り2分しか掛かってないことになる。 とうことは、かなり合理的なシステムになってなければならない。 石を運ぶ上げるにソリに乗せ、下に円滑油を振り撒いていた絵が映し出されていた。 ところで、エジプトには古代遺跡の7割が存在しているという。初めは耳を疑ったが、事実である。 ナイル川クルーズで、各地の遺跡を見てまわるのが欧州では一番のレジャーとも言われているようだ。 ルクソール、カルナック、アブジンベルなど、驚きの遺跡が次々と見ることができる。 ・・・・・・・・・ 2650, 資源世界大戦が始まった 2008年07月07日(月)
図書館で「アメリカ狂乱」とともに借りた元NHKの日高芳樹の本である。 サブプライム問題から始った問題は、アメリカの覇権の終了なのであろうか。 その中にあって、資源のない日本はどの方向にいくべきか?などを問うている。 やはり、この本を読む限りに日本の行く末は悲観的になる。 アメリカの属国でしかなかった日本が自立する道はあるのだろうか。 「資源世界大戦が始まった 2015年日本の国家戦略 ー 」日高 義樹 (著) ー内容紹介 独裁国家・北朝鮮が大国アメリカを揺さぶる現況は、ヒトラーが台頭した1920年代に酷似している!? 米国の要人と直接対話して得た独自情報から、日本と米国の数年後の未来を高確度で読み解いた、 衝撃の最新作。政局の混迷が深まる危うい日本の行く末を、大統領選を控え、 変わりゆくアメリカの世論と政策、政界の要人たちの発言をもとに近未来を予測。 ーカバーの折り返し アメリカの力の後退と中国の台頭は世界に、1930年代の再現ともいえる混乱をもたらそうとしている。 この本では、国際社会で現在起きている情勢を世界的な視点から整理すると同時に、 日本は自らを守るための国家戦略をいかに立てるべきかを考えてみたいと思う。 <序章より> 〜〜〜 ー大ざっぱに、概要をまとめるとー ●「石油資源」を軸とした、近未来の世界は、土地を取り合う戦争から、資源(石油)の奪い合いになるという。 マクロ的には、地球温暖化のため、厚い氷が溶け出している北極圏では、現在、国家間での激しい資源争奪戦が始った。 世界各地にある、平和利用目的の原子力施設を、高精度になったミサイルで攻撃することで、核兵器を持たなくとも、 通常兵器が核の抑止力となったこと。 ●石油価格の高騰で、ドルの価値が低落しており、ドルが世界の基軸通貨としての存在を脅かされている。 アメリカは、日本ではなく、中国に向いたアジア戦略をたてているが、 原油高によるドル体制の崩壊、それによるアメリカの衰退が始った。 ●資源戦略によるロシアの一時的な繁栄をしているようにみえるが、 新しい状況に対応する力を失っているロシアは崩壊する以外にない。 ●日本は経済力、軍事力、科学技術などでは、世界の一流国家になったが、政治力だけは、いまだに三流国家で、 世界の大国と伍 することができないこと。 民主党は、日本の労働人口の減少に対応するため、 移民を積極的に受けいる政策を掲げているが、過去に同様の移民政策を行った、ドイツ、フランス、 スウ ェーデンが移民問題に対応できずに苦悩していることを省みていないことなどをあげている。 ●これから日本のとる道には、3つの選択肢があるとしている。 一つ目は、日本が軍事力を保有し、独立の道を行く。 二つ目は、アメリカと対等的な協力関係を構築していく。 三つ目は、中国に頼っていく。 その何れも選択できないまま、ずるずる行くしかないだろう、日本は。
・・・・・・・・ 2007年07月07日(土) 2286, LSDを一服した状態とは、どんな状態? ?1 おはよー (((。・-・)从(・-・。)・゜ 植草甚一の「カトマンズでLSDを一服」という本が面白い。 ただし、30年前の本で、 著者もこの本を出した直後に亡くなった。 しかし内容は、朽ちてはいない! 「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが古今東西、植草甚一の読んだ麻薬に関する 記事・文献などが話題になっている。図書館で借りてきた本だが面白そうなので、ひととおり目を通して、 中古本だが、直にアマゾンで注文をいれた。 麻薬のトリップに対して興味がある。 しかし麻薬をまさか使うことは出来ないし、中毒になったら取り返しがつかない。 といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を経験してみたい誘惑もある。 まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。ならせめて、どういう状態なのか、 知識として知りたくもなる。 手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。 私の枕元にはトリップの状態に近づける音楽のCDのセットがある。 買って10年近く、寝る前などに聴いてきたが、そのためか寝つきが非常によい。 酒を飲んだホロヨイの気分と同じである。私の場合、秘境旅行や、酒席などの盛り上がりなど、 至高体験を数多く経験してきたので、少しアルコールを飲んだり、寝る前の音楽で、 直にトリップしやすい蓄積がある。 体質的に脳内には回路が出来ている、ということ! その体験の倉庫に入るようにすればよい。以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの 「麻薬への旅」の中の一節である。麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か持っているが、どれも似ている。 ともかく、面白く解りやすいので紹介しておこう。 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー ーーー p・12~13「カトマンズでLSDを一服」 ネパールではハシーシを政府が許可しているし、1?の値段が150フラン前後 (ヨーロッパでは五十倍の値段)なので、ヒッピーの顔ぶれは変るが、いつも400人ぐらいいるそうだ。 力トマソズには彼らの連絡場所になっている「リトル・チペタソ」というチベヅト人経営の小さな キャバレーがあるが、ある日のことリーというアメリカのヒッピーがLSDを持ってやってきた。 そうしてカトマソズの谷間の平地に仲間たちと「ヒヅピーラソド」と名付けた 小コミュニティのテソト生活をはじめるのだが、夜の十時ごろ、 みんなしてカプセル入りのLSDを少量の水で飲んだときの経験を、著者ポルは書きはじめる。 暗い夜で、キャンプの焚火が赤い。遠くにヒマラヤ山脈の輪郭が見える。 みんな声を出さないでLSDが効きはじめるのをジーッと待っている。夜の静寂さ。 二十分したとき、耳のうしろの首筋が急に熱くなったかと思うと、舌ざわりが金属的になった。 まだ効果はあらわれないし、意識は平常どおりだ。 すると始まったなと思う感覚の変化。 神経が局部的にピリッと硬直し、その瞬間はロではいえない異常な現象がおそいかかった気持である。 いろいろなLSD体験記から想像していたのと同じ状態であって、自己が解体し、 まわりの知覚世界に溶けこんでいく。 それがすこしたつと、こうなった。 焚火を見ていると、その火のなかに、ぼくがいる。ぼくは火なんだな、いや火の向うに存在しているようだ。 というのは火や明りや影が、ぼくの思考や意志に服従するように動いているからで、まわりの世界を、 ぼくが上からフタをしているような気持になってきたからである。 それなのに、ぼくとは違ったものなのだ。まわりのすべてと同じものになっていく。 (字数の関係上カット2008年7月7日) ・・・・・・・ 2006年07月07日(金) 1921, ドラッカーの遺言 才八∋ウ_〆(∀`●)
去年の暮れ、20世紀の経営思想をリードしたドラッガーは世を去った。 *「自らの強みに重点を置け」 *「知識こそ、最大の経営資源である。‘学習こそ、一生涯にわたる冒険’として心から受けとめること」 *「自らをイノベートせよ!」、 *「『問題重視型』の思考に囚われるな。『機会重視型』の発想を持て。」が、彼の思想の中核を占めている。 全く「新しい時代」を生きる私たちへの最後の遺言としてみるとよい。 ドラッガーは我われに大きな経営思想をのこし、昨年の暮れに亡くなった。 ー以下、(少し時間がかかったが)この本から要点を抜粋した。 ーー (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが? ●国境が消えた インターネットの普及によって国境が取り払われ、国と国の距離はゼロになった。スペイン語を使えこなせる私の孫娘は、 いつでも好きな時にラテンアメリカから発信される情報にアクセスできます。 言葉の壁を乗り越えさえすれば、世界中のあるゆる情報を瞬時に手に入れることができる。 ●グローバリゼーションについて語っている時、人は情報について語っている。グローバルの時代の武器は英語力である。 ●絶えざるイノベーションによって、常に新しい価値を創造せよ。 ●西洋の価値観に支配されない「まったく新しい世界」が登場する。 ●「時代の変わり目」にいま自分がいるという自覚を持て。 この転換期は30年続くであろう。 誰も知らない世界が来る。 異なる価値観が共存する新しい世界では、ソ連崩壊後の15年間、 唯一超大国として君臨してきたアメリカも、その支配力を失う。 超大国が持つ「権力」でなく、グローバル化した「情報」によって世界が強固に結びつく時代が来る。 ーそれは誰も理解しない世界であり、まだ見ぬ世界に不安を覚えるのは当然のことといえる。 ●新しい秩序へと向かう混迷した世界の中で、新しい重責を担う二つの国がある。 一つはイギリス(西欧への窓口)、いま一つは日本(アジアへの窓口)である。 ●日本が直面しているのは危機でない、時代の変わり目である。 時代が変わったことを認め、 その変化に対応していくための意識改革に取り組むべきである。?その変化を拒絶してはならない。 ●国際競争において意味を持つのは、唯一「知識労働における生産性」のみである。 ●情報化が進展する新時代の世界経済のもとで、最も苦労する国は日本である。 つねにイノベートを追求し、新しい価値を生み出すことでしか、日本は生き残れる道はないー。 ●情報経済というまったく新しい世界経済の中で、日本は最大の難関に直面することになった。 立ちはだかる相手は、インドと中国です。 この両国が急速に経済大国の仲間入りすることで最も脅威にさらされるのは、日本なのです。 ●人はリーダーに生まれない。リーダーとして振る舞える習慣を持つ人が、リーダーになるのだ。 ●現実における変化h、決して以前のものとは同じにならない。そして、机上で考えるより変化は先に現れるー。 ●過去50年間で最も大きな変化は、教育において現れた。 変化し続けるスキルを身につけるため、絶えず教育に立ち返ることが個人のイノベーションを促進する。 ●最も重要なことは、個人個人が自らの未来を切り拓くことである。 ●成果を得るために、どんな強みを活かして、何をしなければならないか? ?経営の本質は、すべてこの一言に言い表されているー ●『自分の仕事は何か』『何が自分に適しているか』『自分に何が適していないか』を突き詰めるべきである。 ●どんな職業であれ、有能な人間は自分の得意・不得意を熟知している。 そしてそれを知り抜いているから、生じた変化に柔軟に対応することができるのだ。 ●決定の本質とは、将来に対する現時点のコミットメント」でもあります。 決断通りにことがうまく行きません。だからこそ、リーダーは注意深く人の話を聞き、 リスクとチャンスのバランスを考え抜き、人選にできる限りの時間を割く必要があります。 ●絶えざるスキル・アップを達成するためにも最も重要となるのは、自分の強みを把握することです。 自分が何を得意とするのかを知り、磨きをかけていくー これこそ個人のイノベーションの要諦であり、成果を挙げ続ける唯一の方法です。 ●個人の長所をどうして見出すか? それは過去のキャリアの中に現れています。 何をうまくこなせたか、こなせなかったのか。 ー 以上だが、どの言葉も鋭く響いてくる。日本人は特に英語を学ばさなければならない!これが解ってるかどうかである。 i (ω・`) bai ・・・・・・・ 2005年07月07日(木) 1556, 将来の不安? ー島田裕己「不安を生きる」より、さらに抜粋してみる。
「不安というものからは、そう簡単に逃れられない。逃げられるような気がしても、 実は隠していただけに終わっているのかもしれない。 不安なのは覚悟が決まっていないからで、 どこかで一度しっかり覚悟を決めないと、不安から逃れる道を見つけ出すことは出来ない。」 「信仰を持ったって、必ず不安になるのです。そんな呑気な人は世の中にはいない。 何も疑問を持たずに一生そのままいける人ってあまりいるものではない。 不安そのものを根本的になくすと発想しないほうがよい。 山岸会の場合も、ユートピアをめざす運動として幸福一色の世界実現を考えた。 それがユートピアの恐ろしいところであって、人はユートピアのなかで幸福でなければならないという 考え方に陥ってしまいがちなのです。 そうすると、幸福でない人、不安を抱えている人が出ると、 その人が間違っているとして批判を受けたりする。そうすると、その反対の逆ユートピアに転じていく。」 「だから社会は、若い女性達に結婚しろというメッセージよりも、結婚なんてしても幸せにはなれない、 子育ては大変だというメッセージを流すことに熱心です。なんとか不安に安住させて、癒しを求めて消費させようとする。 それはもしかして、巨大な詐欺ではないか。社会のメッセージでは、結婚は自由が奪われるという面ばかりが 強調されすぎている。」「欧米社会は、カップル社会で独りでレストランに出かけていってもよい顔をされない。 カップル社会はデート社会だから、金曜日や土曜日にデートする相手がいないとかなり苦労するという。 魅力のない女というレッテルを貼られる。 日本では、それがないから、色いろな産業が彼女らを狙う。 不安産業でいうと「エステ関連ー癒し産業」などである。それに女性は踊らされている。 「あなたは不安でしょう」とは言わない。「癒される、ホッします」という表現で客を巧妙に誘う。 ーー 最近、「ラジウム石の癒し」とか「エステ」の店が開店している。 不安定な時代になればなるほど、癒しという言葉につられて女性が殺到する。 エステが潜在的には不安解消であることを、本人達は気づいてないのでないか。 不安とは、孤独感にもつながっている。最近流行りの女性の「おひとりさま」も、その典型である。 男なら居酒屋でも、パチンコ店に平気で入ることができるが、若い女性は気楽に入ることが出来ない。 しかし、都会で一人たくましく生きている女性が最近多い。そのニーズを見越して都会では「癒しの空間」 かいうエステや石風呂などが増えてきているのだ。ホテルの女性狙いの「おひとり様コース」も出てきている。 「癒しの世界」が、不安の解消であったとは意外である。一見かっこよい世界が、実は心の闇の不安解消の世界とは。 健康食品も9割は不安感の解消と同じことである。何種類も飲んでいるのは、潜在的に不安そのものの解消だったのか? 不安になったら、エステか運動ジムに行こうか? その方がまだましか?
・・・・・・・・・ 2004年07月07日(水) 1191, 異境・秘境ツアーレッスンー8 ートラベルはトラブル
アフリカや、南米、シルクロード、北極圏などの最終目的地に着くまでは何回かの飛行機を乗りつぐ。 飛行機は気圧の関係も含め、快適の乗り物ではない。一番価格の安いツアーを選ぶ関係上、エコノミークラス。 特に成田からの最初のフライトの12?13時間が厳しい。酒を買い込んで、ドンドン飲んでトイレに通うのがコツである。 といって飲みすぎると、腹の具合が着陸時点でおかしくなる。 これも楽しみのうちと暗示をかけて、 音楽を聴いたり映画を見る。その合間に行き先のパンフレットや資料に目を通す。少しでも嫌だとか、 早く着かないかとは考えないことだ。人生と同じでプロセスに気持の隙を見せないことである。 音楽が気持を和らげてくれるのも人生と同じである。南アフリカに行ったとき、名も知れない国の、 名も知れない飛行場で猛暑の中、10数時間も足止めを食らったことがあった。 さすがにツアー慣れをした人たち、誰も不平をいう人はいなかった。言ったところで、どうしようもないことを 皆知っているからだ。その場面をむしろ余裕で楽しんでいるようにも思えた。 人生の圧縮されたレッスンそのものである。苦難こそ、余裕を持って楽しむ姿勢が、その苦難を苦難でなくしてしまう。 トラベルとは、トラブルの語源という。旅行では苦難、問題が次々と立ちはだかってくる。 中国のタクマラン砂漠から、新羅ウイグル地区を抜けて、パキスタンのカラコルムハイウエーを通っての2週間の旅行は、 まさしくトラブルの連続であった。 それを割り切っていたためか、そのトラブルがむしろ面白いのだ。 人生も同じである、トラブルはつきものと割り切ってしまえばよい。 振り返ってみると丁度よいトラブルが、そのつど与えられていた。 中心点から目をそむけず、ひたすら立ち向かっていれば、いつの間にか問題は解決されるものだ。 感動を経験するために、トラブルを通り抜けていくから良いのである。 人生も旅行も、ゲームである。
・・・・・・・ 2003年07月07日 アラスカ旅行中 ・・・・・・・ 2002年07月07日 スイス旅行中
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2009年07月06日(月)
「魂とは何か」ー池田晶子著 −2
何度か魂については、ここで何度か取り上げてきた。 先日、「戒名は自分で付けよう」という本を読んで自分と、家内と、二人の息子の戒名を作ってみた。 そのためか? 近くの図書館で池田晶子の「魂とは何か」という本を見つけ借りてきた。 池田は二年前に亡くなっているが、この本は10年前のリメーク版である。 ここで頭脳明晰な池田晶子が、魂となると歯切れが悪い。それもあってか、この一週間は、「魂」漬け。 魂というと、「霊」と「私」「精神」「心」が浮かぶ。 「心」は、TPOSで変化するが、「魂」は「それを見守っている、産まれ、死ぬまで変わらない自分そのもの」。 池田は、ヘーゲルなどの論を借りて、〈魂〉は「考える」より「感じる」ものだと、「思考感覚」という。 魂の表現を、無理を承知で言葉にしている。 《その一部を抜粋してみる。》 ーひょっとしたら「〈私」が魂」なのでなく、「〈私〉の魂」という言い方もなく、「魂の〈私〉」に近い。ー *この部分も鋭く、というより頭の底からひねり出している。 ー以前、誰だったか神秘主義者の本を読んでいて、ひとりの人間を構成するものは、「肉体と精神と魂」という 言い回しがあって、深く腑に落ちたのだったが、それは正確だろう。 肉体とは個別だが物体であり、 精神とは物体ではないが非人称であるなら、その人を他の人ではなくその人たらしめている当のものとは、 他でもない、〈魂〉ということになる。 なぜそれを〈私〉と、私は言わないのか。 〈私〉とは、おそらく、たんなる形式であろう。 あえて「たんなる」と言うのは、形而上的な形式と形而下的な内容とを、 思考によって峻別した時、そこに残る内容は、形式からみれば、なお不可解なままだからである。 内容のない形式とは、 論理としては可能であっても、思考が驚きによって始まったその振り出しへ戻れば、謎は依然として同じである。 すなわち、なぜ〈私〉は、この人間なのか。 なぜ〈私〉は、この人間なのか。 なぜそれを〈私〉と、私は言わないのか。 〈私〉とは、おそらく、たんなる形式であろう。あえて「たんなる」と言うのは、形而上的な形式と形而下的な内容とを、 思考によって峻別した時、そこに残る内容は、形式からみれば、なお不可解なままだからである。内容のない形式とは、 論理としては可能であっても、思考が驚きによって始まったその振り出しへ戻れば、謎は依然として同じである。 すなわち、なぜ〈私〉は、この人間なのか。なぜ〈私〉は、この人間なのか・・・ー 〜〜 * 魂を明快に表現出来るなどありえない。 それでも何度か読み返しているうちに、少しずつ、その中心に近づいていく。 我われは、大自然に触れたり、世界的な芸術作品をみた時に〈魂が振動した〉という。 実際に私も何度も、いや何十回も経験している。 あの時の「魂の振動」という時の魂とは何だろうか? べネゼイラのテーブル・マウンテンのキャンプで見た夕景。 あの荘厳な景色で感じた魂の響き。 人間を遥かに越えた大自然の時間の蓄積と、美と、荘厳な一瞬に、自分が、その中に融けて永遠と共鳴し、 「私が、いや私の先祖が産まれる遥か前から存在している命と魂が共鳴している」という瞬間の「魂」とは、何だろう。 登山好きの人は、早朝などに独りで、それを直感しているのだろう。 宇宙の響きというのだろうか?
・・・・・・・・・ 2649, 閑話小題
2008年07月06日(日)
*凄惨な事件のあとのマンションは? 昼飯に喫茶店に行って週間ポストを読んでいたら、以前から知りたいと思っていた記事に出くわした。 最近、週間ポストが面白い。 定年を迎えたシニア(団塊の世代)にも客層を広げたようだ。 セレブのバラバラ殺人や、江東区の凄惨なバラバラ殺人事件の部屋が、既に他の住人が入居をしているという。 まずは、セレブの殺人現場になった部屋は、女性が入っているという。 家賃は20万円だったが、5万円ダウンの15万円。江東区の方は、2万引きの7万円で、これもまた入居済み。 こういうイワクつきのマンションの販売価格は、大よそ2割のダウンが相場とか。 こういう事件があると、わざわざ値下がりを期待して部屋探しに来るという。 何とも感じないらしい。家主の方からしたら、事件のほとぼりが冷めるまで待つより、何割か下げて貸した方が得と 判断するようだ。地方なら、嫌がられるかもしれないが、都会は冷めているということだ。 いや借りる方に変わった人がいるということだ。絶対数が多いということか。
*深刻なスタグフレーションへ突入? 原油と穀物などの値上がりで、彼方此方から悲鳴が上がってきた。 イカ釣り漁船は集魚灯の明かりでイカを集めるために燃費が経費の4割もかかる。 さらに漁場が遠くイカも小型のため、操業すれば赤字となる緊急事態。 といって、この不景気の中にあってイカの市場価格をあげられないジレンマに陥っている。 全漁連は「このまま高騰が続けば漁業経営者の3割が廃業に追い込まれ、漁業生産の40%が減少する」 と危機感をあらわにしている。 これは、決して日本だけでなく世界中で大問題。 私の宿泊業も、大よそ売り上げの10?が水道光熱で灯油はその三分の二を占めている。(7?) もろに純益が吹き飛んでしまうことになる。 同業も同じ条件なので泥縄的に対処していけば、 収まるところに収まるだろうと楽観的にやれるほど、甘くはない。それも、まだ序曲でしかない。
*ツタヤのネットレンタルに入会してみた ツタヤの一ヶ月の無料レンタルに借りてみたが、心配したとおり、はまってしまった。 週に二本で、月に送料込みで2000円のレンタル料が高いとみるか、安いとみるかだ。 以前、会社の事務所の至近距離にDVDのレンタルショップ開店してから5年間、週二本を借りていた。 二年前に閉鎖したが、実のところホットした。昼休みの食事の途中にあり、金曜日には寄らずには済まない。 年間100本、5年間で500本はみたことになる。 ネットで、ツタヤのHPをみると、いくらでも観たいものがある。 このレンタルシステムがよい。見終わった後に同じビニールの封筒で送り返すと、やはり二本送ってくるのである。 これとWowowに入っているのだから、ますます馬鹿になる。 これ以上は、なりようはないか! コテコテの馬鹿か? ったく。
・・・・・・・・ 007年07月06日(金) 2285, バーナム効果
詐欺師や占い師や、健康食品のネズミ講などで、相手を信じこませる言葉のつかい方に、 「バーナム効果」という手法がある。 ーネット百科辞書の「ウィキペディア」によるとー ー 「誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、 自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象」という。 アメリカ合衆国の興行師・バーナム にちなんで(心理学者のポール・ミールによって1956年に)命名された。 アメリカの心理学者バートラム・フォアの名をとってフォアラー効果ともいう。 ー 被験者に何らかの心理テストを実施し、そのテスト結果を無視して以前に被験者とは無関係に用意した 「あなたはロマンチストな面を持っています」 「あなたは快活に振舞っていても心の中で不安を抱えている事があります」 といった診断を被験者に与えた場合、被験者の多くが自分の診断は適切なものと感じてしまうが、 これはバーナム効果によるものである。 占いや超能力(特に千里眼など)、霊視、血液型性格診断といった 試行や現象が科学的根拠がないにも拘らず持っている説得力の大部分は、このバーナム効果で説明出来るとされる。 ーー 「フォアの実験」 1948年、フォアは学生たちに性格テストを実施し、そのテストの結果に基づく分析と称して下記の文を与えた。 フォアは学生たちに分析がどれだけ自分にあてはまっているかを0(まったく異なる)から5(非常に正確)の段階で それぞれに評価させた。このときの平均点は4.26であった。その後、フォアはどの学生にも、 次のようなまったく同じ分析を与えていたと種明かしをした。 『あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っており、それにかかわらず自己を批判する傾向にあります。 また、あなたは弱みを持っているときでも、それを普段は克服することができます。 あなたは使われず生かしきれていない才能をかなり持っています。 外見的には規律正しく自制的ですが、内心ではくよくよしたり不安になる傾向がある。 正しい判断や正しい行動をしたのかどうか真剣な疑問を持つときがあります。 あなたはいくらかの変化や多様性を好み、制約や限界に直面したときには不満を抱きます。 そのうえ、あなたは独自の考えを持っていることを誇りに思い、十分な根拠もない他人の意見を聞き入れる ことはありません。しかし、あなたは他人に自分のことをさらけ出しすぎるのは賢明でないと気付いている。 あなたは外向的・社交的で愛想がよいときもありますが、その一方で内向的で用心深く遠慮がちなときもあります。 あなたの願望にはやや非現実的な傾向のあるものもあります。』
フォアはこの文章を占星術から構成していた。 次のような条件を満たす時、 被験者はテストの正確さにより高い評価を与える事が後の研究でわかっている。 * 被験者が分析が自分にだけに適合すると信じている * 被験者が評価者の権威を信じている * 分析が前向きな内容ばかりである
ーーー 以上であるが、言葉のテクニックでお仕事をなさる方のノウハウをまとめてある。 政治家の口先の公約のようなものである。健康食品を小道具にしたねずみ講や、 TVで最近よくみる女ヤクザだった細木和子などが、このバーナム効果を最大限利用している。 引っかかる人は、その手合いからみると、すぐ分るという。 「迷いが先に立って適切な手を打つことが出来ない他人志向的な人」である。 詐欺師や類似した方々は、こういう子ヤギ?を探しに癒し系の会や、宗教団体の会、 会員系の健康食品の会に素知らぬふりをして顔を出す。 そして子ヤギを見つけ出しフレンドリーを装い近づく。 そしてこの話術をフルに使う。 元々相手は騙されたいのであるから、これほど楽な相手はいない。 以前の話だが、家内が興奮して言うには、あるファッション店で、 女店員が「奥様、不思議でしょうがないです。どれを着てもお似合いです。 どういうことでしょう?鏡のせいでしょうか?」と言われて次々と試着させられた。ところが、どもこれも 鏡に仕掛けがあるのでは?と、思うほど似合ったという。たまたま、そういう商品が揃っていたのだろう。 これも一つの暗示か、それとも偶然の一致なのだろうか。 「誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述を、 自分だけに当てはまる正確なものだと捉えてしまう心理学の現象」という、 バーナム効果を服に書き換えてみると・・「誰にでも似合うようなありきたりの服を、 その人だけにお似合いと捉えてしまう心の現象」ということになる。 ファジーが世の中の現象なら「世の中、ほぼバーナム効果で成り立っている」というと言い過ぎか。 ・・・・・・・ 2006年07月06日(木) 1920, 浮かれる景気 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/ 「浮かれる景気」ー 読書日記
浅井隆の本である。書いてある内容は極端に聞こえるが、中長期的視点からみれば当たり前のことである。 発刊されたばかりの本を偶然図書館で見つけた。 この数年彼が主張してきたことを書きかえているだけだが、決して間違ってはいない。 「現在の景気は、目先のミニバブルでしかない!来年か、再来年から、間違いなく国家破産に近い状態が来る。 現在からでも遅くはない、それに対応した準備をしておきなさい」というのが主旨。 さっそく速読をした。かれのHPに要点が書いてあった。 ーー 株式会社第二海援隊 浅井 隆 (字数の関係でカット2008年7 ☆゜+.バイ! ・・・・・・・ 2005年07月06日(水) 1555, 将来の不安?3
不安について考えてきたが、図書館で島田裕己の「不安を生きる」という本があった。 2005年・4月10日発刊というから最近の本である。オウム教事件の時にオウム教擁護的発言で バッシングにあって、東京女子大学の教授を辞めざるをえなくなった人である。 宗教学が専門のためか「不安」心理に対しては専門であり、深い。 宗教には「不安」に対する明確な解答が用意されている。 不安と宗教心は裏腹の関係にある。不安こそ誰もが何時も直面している心の闇である。 その闇に神の世界を提示して見せるのが宗教である。 不安の正体を知ってしまえば、自然と解決方法は出てくる。 更に不安を解消する一つの手段として具体的にネットワークの存在を提案している。 ー面白そうなところを抜粋してみる。 P-76 ところが不安がないということは、下手をすると今の状態に安住することにつながってしまう。 そうなると緊張感もなければ、進歩もない。進歩もないということは達成感もないということです。 イニシエーションという言葉を使えば、一つの役に挑戦することがイニシエーションになってくれない。 逆にそれをイニシエーションにするには不安が必要になってくる。心の安定ということでは、不安を悩みに 変えていく必要があるけど、安定は停滞につながっていくから、いっぽうで不安も必要になる。 海老蔵は、弁慶をやる前日に寝過ごしてしまったと思った時、これで役者をやめなくてはならないと思ったそうです。 それだけ不安を経験しているからこそ、不安が欲しいという発言が出てくる。 彼は不安を次の発展へのバネにしようとしている。 ーー 不安について以前にも書いてきたが、その対応として思い当たるものをドンドン書き出してみることだ。 それが悩みという具体的に落とし込むことになる。その対応として思考と行動が生まれるきっかけになる。 そういえば、10代、20代の頃は、不安が常につきまとって、それがエネルギーになっていた。 つづく ーーーーーーー 「不安を生きる 」筑摩書房 島田 裕巳【著】 私たちの社会には今、漠然とした不安が広がっている。将来の変化を見通せず、未来への希望が持てない。 会社もアテにできず、心底頼れる人も見当たらない。そんな思いを抱く人が増えている。 こうした事態は、都市化が進展し、かつて私たちを支えていたムラ的な 共同体が衰弱してしまったことと無縁ではない。しかし、便利な生活を手に入れ、自由を享受する私たちは、 もう後戻りすることはできない。不安とどう向き合い、どう生きればいいのか。 この問いを多角的に追究した本書は、現代社会を生きる私たちにとって示唆に富む一冊である。 1 不安と悩み 2 体感不安の時代 3 不安をとらえる視点 4 不安をバネにする 5 仕事と不安 6 都市生活者の不安 7 不安を煽る「癒し」産業 8 「支え」としての共同体 9 自分の足場をつくる
・・・・・・・・・ 2004年07月06日(火) 1190, 大丈夫!?2 * 哲学について?13 ー不安の哲学ー キエルケゴール
「大丈夫!」を繰り返していうことで、漠然とした不安感が半減したと前に書いた。 これを読んでいて、もし鼻先で笑っている人がいたら、その人は表面的人生しか生きてない人である! 不安感は大きい人ほど、それは自分に目覚め、自由と可能性を考えているか、生きているからだ。 大丈夫!を繰り返すことは、毒消しに単純だが絶大の効果がある。 単純であるが、どうしてそこまで心理的の効果があるかを考えてみる。 人間の不安の90数?は、考えすぎの影でしかない。 ルーズベルト大統領が就任演説で言ったという、 「われわれが恐れるべきは『恐れ』そのものだけである」人間は全て、恐れから派生する大きな影に脅えている。 その意味で「大丈夫」を繰り返すこととは、90?の影を消す効果がある。 不安といえば、哲学者のキエルケゴールが主題にしたテーマである。 彼が考えた「不安」は「ああもなれる、こうもなれるという、いろいろな可能性を持っているからこそ、 不安が生まれる」と考えた。そして「不安はたとえてみれば目眩のようなものである。 ・・自由がいまや自身の可能性をのぞきこんだとき、めまいがおこるのである」といっている。 若いときは、その意味で多くの自由と可能性があった。その分だけ、大きい不安が自分を支配していた。 そして絶望感に陥っていた。さまざまの可能性を持つからこそ、不安と絶望感があるのだ。 不安感が絶望へのプロセスを生むことになる。 不安から「絶対的な何か」が欠けているという 絶望感に陥ってしまうのだ。「どうしようもならないもんな?」という言葉が出てきて、そして お決まりの繰り返しの暗い気持を引き込んで絶望の世界に入っていくのだ。 これが、神の前に1人たたずむありかたであり、人間としての基本的な姿としてとらえて「単独者」と呼んだのだ。 真の自分に至ることとは、神と触れ合うことである。しかし、人間はさまざまな現世的価値観の中で生きている。 しかも、その価値観は全て有限なものである。そして有限なるがゆえ不安に襲われ、神と自分との絶対的な距離を感じる。 それが絶望のきっかけとなるとキエルケゴールと考えた。大丈夫という言葉は、ある意味で「神からの言葉」ともいえる。 「ありがとう」という言葉と同格の重要な意味の可能性を含んでいる。 キエルケゴールは、その不安と絶望からくる内面の大きな揺れを(心の中の)「大地震」といっている。 それだけ、この大地震は人間にとって一大事である。最近香港で、生活保護を受けていた人が亡くなったあと、 通帳が発見されたという。そこには、なんと数億あったという。この人は不安感にさい悩まされていたのだろう。 大丈夫と楽観し過ぎて地震や火災から逃げ遅れたり、倒産したり、失業したりして明日の生活に困ることが多いのが人生。 過剰な不安感をあくまで問題にしているから、勘違いをしないことだ。自分自身のことであるが。
・・・・・・・ 2003年07月06日(日) 823,ある時間の断片ー30
ー11月2日 1968年 10時起床、食事後12時半まで床屋。13時頃から「早稲田祭」に行く。 14時半頃に帰ってくると深井が部屋に来ている。1時間位話して彼は帰る。 その直後急に頭が痛くなる。 「香港風邪」というやつにかかったらしい。 佐藤君のところに行ってお茶を飲んでいると、佐々木さんから電話で東京駅に迎えにこいとのこと。 でかい荷物だ、やっとのことで寮に運ぶ。その佐々木さんが「明日のバスハイキング」のバスの値段が高いと 苦情をいいにくる。道理からいって、因縁をつけているだけとうことが露骨だ。 今更キャンセルや値下げができるわけがないだろう。幹事ということで言い返せないし、一応先輩だ。 折れることにした。 差額の半額を私が持つことにした。 頭の回転がきかないのか、自分の面子を立てたいのか解らないが。 よく自分で我慢したと驚く。クールに割り切った方が良い。その反動で。孝道を怒鳴りつけてしまった。 佐々木さんに対する怒りと香港風邪で頭がいたいことも含めて、彼にぶつけてしまった。 人間的な含みがまだまだないということか。
・・・・・・・ 2002年0706 旅行中 ・・・・・・・ 2001年0706 旅行中
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2009年07月05日(日)
有名人は、どのような戒名を付けているか興味がわくが、この本には、それがあった。 それぞれの坊様が知恵を絞ってつくったのだろうが、なかなか味がある。 時代の影響にされるのは当然である。 まずは、それを見てみよう。 ーー 美空ひばり 慈唱院美空日和清大姉 石原裕次郎 陽光院天真寛裕大居士 三島由紀夫 彰武院文鏡公威居士 力道山 大光院力道日源居士 古賀政男 大響院釈生楽 嵐寛寿郎 寛寿院照誉威兄演達居士 松井須磨子 貞祥院実応須磨大姉 花菱アチャコ 阿茶好院花徳朗法大居士 榎本健一 天真院殿喜王如春大居士 夏目漱石 文献院古道漱石居士
鼠小僧次郎吉 教覚速善居士 清水次郎長 碩量軒雄山義海居士 浅野内匠頭 冷光院殿吹毛玄利大居士 大石内蔵助 忠誠院刃空浄剣居士 吉良上野介 霊性寺実山相公 徳川家康 東照大権現安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士 豊臣秀吉 国泰祐松院殿霊山俊龍大居士 織田信長 惣見院殿贈大相国一品泰巌尊儀 上杉謙信 不識庵宗心謙信
武田信玄 法性院櫛山信玄 足利尊氏 等持院殿仁山大居士 平清盛 浄海 藤原遭長 行覚 聖武天皇 勝満 ーー 美空ひばり を私が即興でつくるとすると、「美空燦々院尼雲雀大姉」。 言い得て妙で気に入ったのは 古賀政男の「大響院釈生楽」である。 あの世の土地でも買っておくかと思っていたら、ネット上にも売り出されている。 戒名に興味を持つなど、オチカイのかもしれない。 自分で位牌まで作って拝んでいればよい。
・・・・・・・・・ 2648, 座敷童子と出会える宿 ー2 2008年07月05日(土)
座敷童子を売りにしている旅館が、他に「緑風壮」がある。 実際、どうなのだろうか? 一度、面白そうなので行ってみたいが。 ーまずは昨日の続きから ------------- *優しい妖怪* 夜9時頃、旅館に帰ると、ビデオで座敷童子についての研修がある。 その後、ワイドショーの録画で「私は確かに菅原別館で座敷童子を見た」という証言を見る。 そこで、座敷童子がいるという刷り込みがなされるのだ。 9時半頃に研修が終わり、その後、旅館の若旦那が各部屋を回り、座敷童子の居場所を教えてくれる。 筆者の部屋にやってきた若旦那は、「今日はテレビの裏あたりに居る。男の座敷童子だ」と言う。 私は疲れていたので、すぐに眠ってしまった。深夜1時頃、お手洗いに行くために起きて、部屋にもどってきた。 それから、少し経ったところで、私は確かに座敷童子を見た。女の子の姿をした座敷童子で、身長はーメートル弱である。 黄色の服を着ていて、白い靴下をはいている。 ただし、胸のあたりで姿がぼやけて、首や顔は中空で消えている。 要するに頭のない化け物であるが、不思議と怖くはなかった。 座敷童子は、両手で体長30センチくらいの茶色い猫(雌雄不明)を私に渡す。そこのところで、私の記憶はとぎれている。 おぼろげにテレパシーで座敷童子と話をした記憾があるのだが、会話の内容がどうしても思い出せない。 冷静に考えてみれば、私は、座敷童子の夢を見たのである。その前週の金曜日(1月13日)は東京でも、珍しく雪が降った。 家内と二人でスパゲティーを食ぺた帰りに西国分寺駅前のコンビニェンスストアー「アップルマート」の前で 茶トラの雄猫(推定2歳)を保護した。人なつっこい猫で、いまでは家族の一員になっている。 その印象が強烈だったので夢に出てきたのだろう。しかし、私の認識では、あれは夢ではない。 確かに私は座敷童子に会ったのだ。 村上氏に座敷童子は出なかったという。 〈だけど残念ながら私には座敷わらしが出ない、邪心や欲があると座敷わらしは逃げるそうですね。 無邪気な幼心でいとおしむ、無条件で信じることが大事ですね〉(村上正邦)・・・・・ ーーー こんなところだが、TPOSで、暗示にかかっている風にも思える内容でもあるが。 大人のファンタジーを集団で楽しむには、丁度良い題材で、罪がない。 http://www9.plala.or.jp/ryokufuso/index02.html http://www.zashikiwarashi.jp/ ・・・・・・・・・ 2007年07月05日(木) 2284, 10歳の放浪記 ー2 *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ この番組の中で、教職員を前に上条さなえさんの講演の一部を放送していた。 その内容がユニークである。 「あなた方仲間に年配の口うるさいオバサンがいるでしょう。 彼女らを嫌わないでください。彼女たちは誰からも愛されなくなってしまったのです。 誰からも愛されなくなると、人を愛せなくなるのです。先生の仕事は子供を愛することです。 人を愛することです。その為には人に愛されなければなりません。さらにそのために、 まず自分を愛せなくてはなりません」 という言葉が何とも説得力があった。 一年間のホームレスの後、養護学校に初めて行ったとき、アンパンを食べようとしていた自分に、男の先生が 「自分の弁当と交換してほしい、東京のアンパンが食べたい」と、家庭の味のする弁当を交換してくれた。 その時、「必ず良い人間になる」と自分に誓い、先生になりたいと決心をする。 教育に無条件の愛情以上に何の能力が必要なのだろうか。 ヤクザが気の毒に思い、10歳の子供にいう。 「俺のような人間になっては駄目だ。人間真っ直ぐに生きなくてはいけない」これも、自己否定からくる 良心からの説得力のある言葉である。「うらやましがられることもあるけど、やっぱり平凡な人生がよかった。 まず親が『幸せ』と感じなければ、子供も幸せになれない。それぞれの自分の人生に価値を見いだしてほしい」 「私の書く小説すべてがハッピーエンドに終わるのです。 色いろな経験から、そうしなくてはならなくなったのです」の言葉が重い。 最近、14歳というのがキーワードになっている。中学二年生、誰もが覚えがあるだろう、あの揺れ動いていた 時期の日々を。誰も周囲から居なくなって、自分ひとりが取り残されてしまったような不安の日々。 ひとつの節目だが、その前の十歳も大きな節目となる。そこで決まってしまう時期でもある。 初めて自分の自我に目覚め、人間としての最初の?壮烈な戦場がある。 そこには虐めと、虐められるギリギリ中で、人間としてのベースがつくられる。 彼女のような経験は特殊だが、しかし大きく揺れる時期でもある。 一番問題なのは、親が全て取り仕切り、自主性を刈り取ることである。 10歳の子供が、ケネディーの「国家が何を自分にしてくれるかより、 国家のために自分が何ができるかを問え」を「親」に切り替えるとは、驚きである。 (* ̄∀ ̄)**SeeYou ・・・・・・・・ 2006年07月05日(水) 1919, 睡眠負債 才八∋ウ_〆(∀`●) 図書館で月刊雑誌を立ち読みをしていたら、睡眠についてのレポートがあった。 キーワードが「睡眠負債」である。睡眠不足のことだが、不足より負債という方が分かりやすい。 睡眠の場合、負債の免除期間が二週間。どんな溜まった不足でも二週間でチャラになるという。 深い眠りをとろうとしたら、寝不足状態の状態が一番良い。脳の機能と食欲などの欲望も同じである。 それなら、そうすればよいが。睡眠時間は世界共通で8時間だが、気にならない睡眠時間が、 その人のベストの睡眠時間という。仕事などの関係で、いつも睡眠時間が取れない人が、 小刻みに昼間の睡眠を取るのが理想的な睡眠の取り方。私の場合、睡眠に関しては殆んど問題はない。 寝れない時の対処がしてあるからだ。布団滞在時間7時間が私のベストである。 インターネットの検索で調べたら、ー快眠10ヶ条ー があった。 1 起きたら太陽の光を浴びる 2 同じ時間に起きる 3 朝、軽い体操をする 4 朝食を食べる 5 日中も太陽の光を浴びる 6 メリハリのある生活を送る 7 適度な運動をする 8 夜は強い光を避ける 9 眠る前はリラックスする 10 ぬるめのお風呂にゆったり入る 私の場合、ほぼ実行しているが、寝際にクラシックを聴きながら寝ている。更に初期睡眠(三時間)を深くしている。 (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! ーー 2002/09/14 眠れない夜に 眠れない夜にどういうわけか、こうすると不思議によく眠れる。 ・仰向けになり全身の力を抜く。 ・頭から額にかけて力を抜くー次に目とその奥、鼻と口、 首と肩、両手、両足と気持ちを その都度そこに集中して力を抜いていく。そうすると、自然に寝ていても何処かに力みが入っているのが分かる。 ・完全に力が抜けた状態で、一番楽しかったことを考える。私の場合海外旅行の大体3番目のあたりで睡眠に入る。 それでも眠れないで、過去に行った全ての「思い出し旅行」に3時間かけたことがあるが。 それはそれで楽しい時間であった。 ・眠れないときは寝ようと考えず、眠れない状態で自然に任せることだ。 それでも眠れないのが不眠症だろうが。月に一度位は、夜半に目が覚め寝つけなかったりする。 でも苦にはならない。ポイントはマイナス思考の差し込む魔の時間にしないことだ。 これは注意していれば防げるのが不思議だ、訓練の結果だが。 ・羊の数を数えるとよいという説があるが、私の場合逆に疲れてしまう。何かの本に面白い内容があった。 「アメリカの西部の砂漠の深い渓谷をイメージする。自分はインデアンの イメージで、騎兵隊のを待ち受けている。狭い渓谷に入ってきた彼らその一人一人を狙い撃ちをする。 一人一人が自分の銃で撃たれて死んでいく。彼らはそれでも何処に潜んでいるのか、いくらでもいるのだ。 それでも執拗に一人一人を撃ち続ける。眠りに入るまで。」 これをやるチャンスはまだないが、何か寝てしまいそうな感じだ。 寝付きのよいほうだが、不眠症の人の焦りも解る。不眠症の原因は、寝れない時間の過ごし方が下手ではないか? その時間を空想や過去の楽しい思い出を楽しめばと思うのも、当人でないからだ。
・・・・・・・・ 2005年07月05日(火) 1554, つれづれに
ー売り手責任 先日、ニトリにホテルの共同キッチンのダイングテーブルを買いにいった。 ところが、「家庭用商品を営業用には売ることが出来ません。 売り手責任に問題が出る可能性があるので、お売りできません」という。 上の上というから、本部判断をあおいでいた。当方だって買い手責任があるし、設置責任がある。 何かおかしいいのではないだろうか?それとも、そこまで問題にしなくてはならないのか。 ー知人の息子がTV出演? 去年亡くなった五十嵐恭一さんの息子がTVに出ているというので昨夜見た。。 月曜日の23時の「あいのり」という番組。「嵐」というニックネームで出ていた。 かなりの応募の中で選ばれたのだろうから、光るものがあったのだろう。 「1年浪人後、「法政の二部」に入学金を払ったが、駒沢大に受かった。 本人は法政の二部に行くつもりというが、如何したらよいか?」という相談が、故五十嵐さんからあった。 「駒沢大に決まっているじゃないか!一部と二部では先生と、同期の質が全く違う。 それでは浪人した意味がないではないか!」と返事をした。そこで、本人も迷って高校の担任のところに 相談にいったが、私と全く同じ返事であったので、駒沢に行くことにしたという。 その男が、TVに出ていたが、なかなかのイケ面である。若い人の間ではなかなかの人気の番組というが。 ー今日散歩で、高校の友人の墓参りによる。いつも散歩するコースの折り返し地点の橋から5分のところにある。 先週も行ってきたので、これで4回目になる。特に、この一月で三回目だ。 墓をみるかぎり誰もお参りに来ていないようだ。まさか、私がこうしてお参りをしているとは、彼も意外だろう。 たまたま散歩コースの近くにあっただけだが。一番長生きしそうな男であったが。 お参りは、対象より自分自身に出会っているようなものだ。まあ、反対の立場だったら、彼なら絶対にお参りに 来なかったはずだ。そう考えながら、お参りをしていると色いろ考えさせられる。人生は生きているまでだ。 「生きているうちに、やるべきことをしっかりしておかなくては」と、彼が話しかけてきているようだ。
・・・・・・・・・ 2004年07月05日(月) 1189, 異境・秘境ツアーレッスン ー7 ー大自然
大自然の秘境の見どころには山脈系、氷河系、滝系、大草原系、平原系、海・海岸系、 などに分けることができる。多くはその幾つかが重ねあっている。 ・山脈系としては、北米のロッキー、欧州のスイスアルプス、南米のアンデス山脈、ヒマラヤ山脈、など。 ・滝としては、ナイアガラの滝、イグアスの滝,ビクトリアの滝、 エンゼルフォールの滝などがあげることができる。 あまり知られてない滝で、 その迫力に思わず息をのむことが多い。迫力景観からいったら、やはりイグアスが一番である。 ー主観をこめて印象に強い順にかいてみるー 1、一番は何といってもケニアの草原の夕景である。 幻想的で、この世のものと思えないオレンジ色と白光色が入り混じった360度の視界の 草原の美しさは、言葉には表現できない。 2、次にはカナダのロッキー山脈である。湖も含めてその壮大な景観は、これがほんとうに地球だろうか と思ってしまった。その時思ったことは[人生をこれをみた 以前と以後と分けることができる] 3、南米のベネズエラのテーブルマウンテンの絶景。 夕景の中、キャンプの近くから見上げたテーブルマウンテンの世界は、数億年の時間が目の前で直感できるイメージ。 4、スイスアルプスと、チロルの大草原、そして氷河・・・ 5、南米チリのパイネ国立公園のパイネ山の夕景 6、ブラジルのイグアスの滝 7、アラスカの遊覧飛行で見たマッキンレー山脈 8、パキスタンのカラコルムハイウエーからみたヒマラヤ山脈 9、アイスランドでみた、オーロラ 10、フィジーでみた海と海岸と、小さな島々 11、イスラエルの荒野 12、アラスカとスイスとチリで見た氷河 などなどである。 それぞれが、比較してランク付けできないほど素晴らしい。 ある高僧の言葉がよい [大自然は、自分で自分の美しさを見るために、小自然の人間をつくった]
・・・・・・・・・・ 2002年0705 旅行中につき休止 ・・・・・・・・・・ 2003年07月05日(土) 822,ある時間の断片ー29
10月31日ー 1968年 ・朝の9時過ぎ、松村君から電話で11月3日8時20分に地下鉄の 早稲田駅で待ちあわせの約束をする。 午後から2時間、勉強をする。 21時から佐藤君の部屋で酒を飲む。 24時の就寝。まだ卒論に集中できてない。 焦りばかりが先立つ。自分に対してまだ突き放していないようだ。 最後の学生時代の時間はあまり残されてないのに如何したことか。 11月01日 ・夜半の0時半ごろ佐藤の部屋で間中とお茶を飲んでいると、OBのMさんが炊事場で高橋を説教をしている。 何か自分にあてつけのように聞こえてきた。 彼は4年間それで通してきたのだから、それでよいのだろうが。 寮を出たのだから、そうそう寮に来るべきではない。 会社では上手くいってないと聞いている。 学生気分が脱皮してないためだ。気の毒といえば気の毒だが、結局何処にも帰属できない苛立ちがああいう かたちになっている。先日、セミナーで集団主義的烏合を私に指摘した。 二重帰属、三重帰属を割り切ってできてない甘さをつかれた。 他人事でないが。
・・・・・・・・・・ 2001年07月05日(木) [74] 死について
誰もが直面するまで見て見ぬふりをする、一番厄介な避けてとうれない一大問題である。 40歳過ぎれば何時直面してもおかしくない問題である。 子供の頃から両親に‘死の不安’の話を聞いていた為、死にたいして耳年増になってしまった。 そして親戚が多かったせいか、死を身近に見てきた。 そして坊さんの死の話も聞いた。 その中で一番印象に残っているのが「人(他人)は先、我は後!」である。 自分が生きてる限り全くそのとうりである。 たしかギリシャの哲人の言葉に「自分にとって死は存在しない、 なぜなら死んだ瞬間は自身無になるのだから、死は残された者たちの自身の言葉でしかない。」 という言葉をその坊さんは噛み砕いたのだろう。 ー以下は以前書いた文章である。 ーーーーー H0503 “死”について ・ 自宅の両隣の御主人や息子さんも含めて近所で、このところ五軒も葬式があった 。 六年程前に“いとこ”がやはり四人、たて続きに亡くなった。 私の年令の風景の一つなのか? ・ 人間の死亡率は百%! ・ 人間の恐ろしいのは、“死”より“死に際”じゃないか? ・ 親の死は、子供に対する最大のプレゼント ・“我々が生きている間は死はこない。死が来た時にはわれわれはもはや生きていない”(エビクロス) ・ 死んでしまえば塵である。(伊藤栄樹) ・ 死んで三日もたてば三百年前に死んだと同じ事。 ・ “苦”は生きているうち。それが死への苦しみであっても! ・“いろいろ、あったが死んでしまえば何ってこたあない!はじめから無かったと同じじゃないか!皆の衆”(山田風太郎) ・“ああ、自分が消滅した後、空も地上も全く同じとは何たる怪事! ・ 死とは人生における最後の挑戦である。(ハイデッカー) ・ 死はお浄土への単身赴任である……極楽世界があるかないかではないのです。 あるべきなのです。いや、あらねばならないのです。(さち・ひろや) ・ 死も人生というドラマの一部分、それも最後の仕上げという。 ・ 死に直面した時“さようなら、たださようなら、さようなら!”これこそ、死の苦しみにとらわれない妙薬。 ・ 人間は死ぬ事を、ひそかに望んだので戦争をしたのだ。 自己保存の要求はきわめて強いかもしれないが“死”への欲情はさらに深い。 ・ “死の準備”は大別して“自分の心の覚悟”と“自分の愛する者達への配慮”にわけられる。死は根本的には“無”。 “無”にはいかなる準備のしようがない。“無”になる事に覚悟せよと言ったって、いかなる覚悟も“無”であり、 “無”になる。死はどうであれ “無の世界”=“無”も自覚も存在のない世界へ運び去るのだ。 ・ “父母によばれてこの世に遊びに来て、用が済んだら、はいさようなら”(一休和尚) ・ “自分の死”に対して、どれ位時間をかけたか?やっぱりかかった時間と比例します。 だから死について考え続けるより他にありません。自分の心を明確にする事。 それをやっていると毎日が濃縮されて、いつ死んでもいいと思う程、充実してきます! (曽野綾子) ・ 死は暗闇ではなく光明と考えられるかどうか、もどって来た人はいないのだから。 ・ 他人(ひと)は先、我は後! ・生前、死後には無限の暗黒のひろがり…その暗黒は球状をなしているように幻想され、 私の死後ばかりか、わたしの生前もぐるっと取りかこんでいるごとくだ。 丁度、地球儀の或る視点だけが明るくかがやいていて、あとはすべて球形の闇だという格好である。 向こう側(彼岸・無)よりみれば針の尖でついたような、しかしながら、たしかにここに光っている わたしの生、それ故にわたしはこの世に有る限り一日一日を大切に遺憾なく生き抜かなくては… (吉野秀雄?やわらかな心)
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2009年07月04日(土)
アメリカのケーブルテレビ局の番組で(死ぬまでに知っておくべき五つのこと) の制作を著者が依頼されたことに端を発して、周囲の人たちから「幸福な賢人」と見なされている 1万5千人の高齢者を探し、その中から235人の60歳以上の高齢者に「幸福な人生を生きるための秘訣」 についてインタビュー。 彼らの言葉から浮かびあがってきた その「幸福に生きる秘訣」を、「5つの秘密」としてまとめると 1 自分の心に忠実であること 2 思い残すことのないように生きる 3 愛になれ 4 いまを生きよ 5 得るよりも与えよ 今さらの内容だが、それでも1万5千人の統計の結果と言われると、いやに納得するが目新しいものはない。 〈 自分の好きなことをライフワークにして生きてきた者にとって、何を今さら 〉である。 そうじゃないのが大部分だから、こういう番組が出来、こういう綺麗ごとになるのだろう。 といって、否定するものではない。 ーそれよりも、その中で紹介している賢人たちの発言が印象に残る。ー 「自己実現と好奇心と探求に情熱的に取り組むことだ」 ウィリアム 64歳 「人の顔色をうかがうな」 ドン 78歳 「あわてて幕を引くな。アンコールか第四幕がつきものだから」 ジョシ 79歳 「自分の心に従い、こうありたいと願う人間になりなさい」 ボブ 59歳 「お金を目標にしてはだめ。節約し、楽しめる仕事を選びなさい」 メイ 72歳 「つねに、することを五つ以上、見つけなさい」 ルーシー 101歳 「自分や人を深く尊敬しなさい。人を傷つけてはならない」 ジュリアン 76歳 ー何事にも興味を持ち続け、周囲には積極的に働きかけ、明るく生きなさい、とうことだ。 周りをみると、歳を重ねるに従い胡散臭くなっていくのが大部分。人のことを言えるか、と言われそうだが。 特に、中途半端に生きてきた自主性の無い人ほど群れたがるから「薄汚れたジメジメした悪臭」が漂っている。 その逆の「不幸に生きる、5つの秘密」という人間になっていく。 1、仲間を大事に、助け合い、自分を高め、奉仕に努める 2、世界は色いろなことに満ちている、独りでは出来ないので、そういう仲間を求めて寄り添い、 悩みを分かちあうことこそ、老後にまず必要である。 3、愛されるために、自分は生きる。 愛される人間になりましょう。 4、過去の人生を振り返り、その思い出を大事にする。 5、死んでしまえば、それまでよ。 生きているうち、元気なうち。貪欲に人生を求めましょう。 やはり老人は孤独が似合っている。孤独に耐える老人であるべきである。持って産まれた性格もあるが。
・・・・・・・・ 2647, 座敷童子と出会える宿 ?1 2008年07月04日(金)
借りてきた「新潮45」の5月号を読んでいると、外務省休職中の佐藤優の手記が載っていた。 それが《私の出会った「日本の妖怪」》という、彼らしくない内容であった。 そこには「座敷童子」と出会った体験記が書いてあった。彼には圧倒的多数の人にとって 予想外のことを勘で当てることがしばしばあるので、それが霊視能力と勘違いされることがある。 その彼と座敷童子との出会いの体験記が面白くない訳がない。
東北には、座敷童子が出るのを売りにしている旅館が何軒かあるという。 宿泊業をしているものにとって、妖怪を売りにしている逞しさに驚くばかりである。 それも、二年先まで予約で満席というから、驚きである。 何かファンタジーがあって、面白いキャラで何とも微笑ましいのがよい。 妖怪に会うと幸福になるというのが、またミソである。 たまたま、新幹線の座席の前に置いてある小雑誌の特集が[東北の妖怪・特集」であった。
ー まずは、そのサワリを抜粋してみる ー *「座敷童子が出た!」 大学生、社会人になって、妖怪のことは、ほとんど忘れていた。 私が妖怪を再びリアルに感じるようになったのは、2年前に岩手県盛岡市で座敷童子に会ってからのことだ。 先程、内地の妖怪は「人間に災厄をもたらす奴らがほとんどだ」と言ったが、もちろん、例外もある。 座敷童子は例外的に幸福を呼ぶ妖怪なのだ。座敷童子東北地方で、家の中に出現ナる、子供の姿をした妖怪。 これが居ている間はその家は栄えるが、いなくなると没落するといわれている。 子供には姿が見えても、大人には姿が見えない。岩手では、いくつかの小学校に「座敷童子」が現われた。 生徒と遊びたわむれたり、夜九時ごろ、無人の教室で机やいすの間をくぐっては楽しそうに遊んだりした。 やはり、その姿は子供だけにしか見えなかったという。〉(水木しげる『図説日本妖怪大全一講談社+α文庫) 座敷童子は、大人には見えないというが、これは私の経験に反する。私は確かに2006年1月17日未明、 盛岡市の旅館「菅原別館」で座敷童子を見た。 2005年末に私は座敷童子を見たという話を鈴木宗男衆議院議員(新党大地.代表)から聞いた。 ある日、鈴木氏から興奮した調子で、電話がかかってきた。 「佐藤さん、出たんだよ。出た」「出たって、何が出たんですか」「だから妖怪だ。座敷童子が出たんだ。 盛岡に菅原別館と言って、その筋では有名な旅館があって、そこに座敷童子が出る。その座敷童子に会うと、 幸せになる。村上正邦先生から、そのルートに口を聞いてもらった」・・・・・・・ 座敷童子に会いたい全国の人々が殺到するので菅原別館は、2年先まで予約がいっぱいだという。 ただし、ときどきキャンセルが出る。それを狙おうということになった。機会は意外に早く巡ってきた。 2006年1月16日の晩にキャンセルが出たという。そこで、村上氏は、急遙、旅行団を組織した。 旅行団は、女子プロレスラーの神取忍氏、弁護士の弘中惇一郎氏など総勢約10名になった。 弘中氏は、村上氏、鈴木氏の弁護人をつとめている。過去、三浦和義氏(現在、サイパンで勾留中) の弁護を担当し、無罪を獲得したことのある辣腕弁護士だ。 ????? あとは、明日の楽しみとして、宿泊型化け物屋敷体験ファンタジーも何とも楽しそうである。 秋葉原のワシントンホテルで、幽霊に会ったことがあるし、私の事務所の上の部屋(自殺のあった部屋)でも 面白い体験をしている。その部屋が逆に好きになりワザワザ指定して泊まっているが、それがまた、面白い。 そんなことを言ってたら、広島・長崎は幽霊だらけだろうが・・・そういう話は聞かない。 ーつづく ・・・・・・・・・・・ 2007年07月04日(水) 2283, 10歳の放浪記 才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*) この日曜日の朝、偶然にBS・NHKハイビジョンで「私が子供だったころ」を観て、思わず涙が溢れてしまった。 昭和25年、東京生まれの児童文学作家・上條さなえさんの実話。 10歳の時、父親が事業に失敗し家族離散、父親と池袋でホームレスの生活を1年過ごし、 その後児童福祉施設を経て、後に小学校教員になった経歴を持つ。 その過酷な子供の頃の生活を「10歳の放浪記」と題して本にした。あまりにも悲しい過去のため出版は躊躇していたが、 出版社から「いじめ問題や親子問題が多い現実にひとつの警鐘を」とくどかれ思い悩んだ末、出版したという。 この本を忠実にドラマ化したのが、TVの内容であった。
ーその大筋を書いてみるー 不動産業をしていた父が事業に失敗して一家は離散。父と東京・池袋の簡易宿泊街で暮らした。 酒浸りの父に代わってパチンコでかせいで夕食にありつく毎日。 高度経済成長期の昭和35年の頃の、学校に行けなかった1年間の生活を淡々と描写してある。 父とふたり、池袋のドヤ街でその日暮らしをしていた彼女を支えてくれたのは、街で出会ったパチンコ屋の兄さん、 やくざのお兄さん…など普通の人々である。 弱者に対して優しかった時代であった。 そこは池袋駅西口を背にして左に数分歩くと、東京芸術劇場がみえてくる。目的地はその斜め向かいにある ホテルメトロポリタンだ。かつてそこには1泊100円の簡易宿泊所があった。 昭和35年、小学5年生上條は、当時43歳だったその日暮らしの父親と2人、やむなくのホームレス生活だった。 10歳という年で、道にお金が落ちていないか、道をさまよい、パチンコ屋の前で玉を拾い、パチンコをする。 1個、2個、3個と球が無くなり、4個目にチュウリップに入り玉が出る。 5個目の球が、途中でひっかかると、隣のおばさんが「このスイッチを押すと店員さんが来てくれるよ」と、 教えられ、ブザーを押す。そこの店員が機械が壊れたと思い「どうしたの」聞いた。 さなえは自分がどうしたのかと聞かれたと思い「お父さんが病気なの」とかぼそい声で答えた。 それを聞いた店員は気の毒に思い、多くの球が出してやる。さらに金に換える方法を教えてくれた。 教えられて行った景品屋のヤクザが同情して、高い値段で買い取ってやる。それから毎日、パチンコに通い、生活を支えた。 しかし、ついに父が言う、「なぁ、なこちゃん、父ちゃんお前を育てるのに疲れちゃったよ」 「なこちゃん、死のうか」 しかし、「子どもって、かなしいよね。大人に決められたら逆らえないし、 どんないやなことだって、がまんしなきゃならないもんね」 「でも、なこちゃんは幸せだよ。お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも、いるから」。 いつも友のこの言葉を反芻(はんすう)し、壊れていく父を励まし、生き抜く。 こうした放浪の状態では、学校に通えなかったが、簡易宿泊所でドリルを使って勉強したり、 ヤクザから算数を習ったり、映画館に通い洋画の字幕などを見て勉強をする。お金がないのに映画館に通えたのは、 「中に父親がいるの。探してもいい?」と受付の人に言って、映画館に「フリーパス」で入っていく智慧を使う。 また、当時の米国のケネディ大統領の演説「国が何をしてくれるか、ではなく、国のために自分が何をできるか」 をTVでみて、「親が何をしてくれるか、ではなく、親のために子供が何をできるか」に切り替えて、親のために 宿泊費を稼ぐ動機にする。 見かねたヤクザに説教された父親は本人を養護学校に入れる。 ドヤ街生活が長く貧しく、服装も他の子供とは異なっていたこともあり、そこでは壮絶なイジメにあうが、 「いじめなんてなんでもない、それより、帰る家のない明日泊まる所や、 食べることの心配をする生活のほうがどれだけ大変か」と子供心に思い耐える。 ーーーー 以上であるが、感動的だったのが、そのドラマを収録している場面に、当の上条さなえが入ってきて、 子役に涙しながら抱きついたところである。どんな気持ちで、当時の自分と抱き合ったのだろうか? 学生時代、よくあの辺の映画館に行ったので何かドラマがリアルに思えた。 色いろな人生があるものである。私が10歳の頃を忠実に書いたら、これまた面白いだろう! バイバイ!(゜▽゜*)ノ~~ ・・・・・・・ 2006年07月04日(火) 1918, ワールドカップ (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ヨ? 前回のサッカーのワールドカップの感想が 2002年07月01日(月) 「454,面白かった!! 」というテーマであった。 前回は日韓共同開催で、当地の新潟でも試合があった。そのわりには、あまり興に乗っていない。 しかし今年は、4年前の何倍も興味を持って観ている。 私も変わったものだ。この4年で多くの劇的な試合を多く観たためである。 ヽ`д´)┌┛┌┛★( ) ?(ノ★´з`)┌┛☆(:*・*゜) 日本は早々に敗退し、優勝候補筆頭のブラジルも、準準決勝で敗れてしまった。 ブラジルの二つのジンクス、 ・ペレがいた、958年の大会で優勝して以外は、欧州大会開催でのW杯の南米の優勝はない。 ・ブラジルは優勝候補に挙げられた時の優勝はない。を破ることはできなかった。 (*・-・)θ (*・-・)θ(*・-・)θ☆ 【蹴り隊】 ロナウニージョ、ロナウド、カカ、アドリアーノという超花形選手を擁しても勝てなかったのだから、致し方ない。 明日と明後日の早朝、準決勝が行われるが、全てが欧州勢である。 ブラジルが残っていないのと、ポルトガルとイングランドが入れ変わった以外は順当の国が残っている。 何でもそうだが、超一流の試合は感動する。私の予測では、準決勝ではドイツとフランスが勝ち残り、 決勝では開催国ということもあり、ドイツが優勝だろう? これだけは時の運があるから何ともいえない。 4年後に、どういう気持ちで、この文章をみているだろうか?楽しみである。 この下書きを書いているとき、ニュースで中田がHPで引退声明を出した。 その内容を読み上げているが、燃え尽きたのだろう! 日本の監督にすれば良かったのに? リスクがありすぎか!冗談冗談! o(^ー^ θ"" けりっっっ♪ (字数の関係でカット、2008年7月4日) ・・・・・・・ 2005年07月04日(月) 1553, 宇野千代?2
あるHPに彼女の語録が出ていた。突き抜けた明るさが全ての語録の中に出ている。 もし鬱になりそうになったら、彼女の言葉を何度も読んでみるとよい。 私の場合は、十年以上もトイレに中村天風の本が置いてあるが。あるHPにあった彼女の語録をコピーしておきます。 ー「宇野千代語録」ー
*信じるということは面白い事である。人の力ではなく、自分の力を信じる、自分にはこれっぽっちの力しかない、 と思っていたときと、そのこれっぽっちの力を大切にし、その上にもまた積み重ねて行く力があるかも知れない、 いや、あると思うようになったときとは、違う。 (「願望」より) ー感想ー 言葉の力こそ、人間のイメージを作りあげる源泉である。 また自分の中の小さな力を見つけ出して、そこに集中することこそ自分の人生のゲーム化の一歩である。 ーー *本当のことを言えば、私の九十六年の人生は決して平坦な道ではありませんでした。 それどころか、でこぼこの道の連続と言った方が早いくらいの人生でした。でも、あるとき気がついたのです。 でこぼこがひどければひどいほど、やっと見つけた幸福の味もいっそう美味になると言うことです。 そして、足をくじきそうになりながらあるいは、くたびれて膝をがくがくいわせながら 歩いたでこぼこ道の思い出のほうが、いつまでも心に残り、自分を成長させるものだ ということを知りました。そう思うと、でこぼこの道も、ちっとも苦ではなくなりました。(「幸福に生きる知恵」より) ー感想ー こう思えるのに、一生かかったのだろう。 (以下、字数の関係でカット09年07月04日) ・・・・・・・・ 2004年07月04日(日) 1188, 大丈夫!
斉藤一人氏の本に「大丈夫」という言葉を多用すると良い、とあった。 最近その言葉を、おりあるごとに1人つぶやいている。 ところが、それを千回ほど言い終わった辺りから、何か気持が信じられないくらい気持が楽になった。 常に付きまとっていた不安感が半減したのだ。現在の日本経済の実態は、明日何がおきても不思議でない事態であり、 行く末を考えると楽観はしていられない。ふと言葉の重要性に気づいて[大丈夫]を繰り返したら、 気分が非常に楽になったのだ。人間は、その時その時、誰もが不安を抱えているものである。 若ければ若いほど不安の渦の中にいた。それでも何とか大丈夫であった。 その時、この[大丈夫]という言葉を繰り返す効用を知っていたら、どれほど楽であっただろう。 しかし、その不安感が努力を喚起させていたプラスの面もあったが。 不安感が押し寄せてきた時に、騙されてと思って千回いってみてください。 知人が[う・た・し]ー「嬉しい、楽しい、幸せ」ーと、「ありがとう」を毎日繰り返していたら、 気分が晴れて、良いことが立て続きにおき始めているという。今度[大丈夫]を加えるといっていた。 この大丈夫をプラスの言葉に加えると更によい。 貴方はついているからー大丈夫 性格が良いからー大丈夫 一生懸命やったのだからー大丈夫 守護霊が守ってくれるているからー大丈夫 考えてみたら、生きているかぎり人間は大丈夫のようにできている。死ねば死んだらで、無になるのだから大丈夫である。 大丈夫でないとして、所詮すべて時間が解決する些細なことだ。
・・・・・・・・ 2003年07月04日(金) 821,ある時間の断片ー28
・10月30日 1968年 10時起床、食後、読書と音楽を聴き過ごす。 20時に河路さんを羽田に送りへ出発、途中浜松町の焼き鳥屋で時間調整の為いっぱい飲む。 21時に羽田到着する。河路さんの家族、大妻女子大、寮生のOB,友愛関係者など30人が来ている。 帰りは友愛関係者の萩原君の車で南波嬢と供に飯田橋まで送ってもらう。 一緒に帰ってくるが、話している分には面白い女性である。といって一時、気があったが醒めてみれば・・・・。 夜半の2時ごろまで勉強して就寝。 河路さんもオーストリアに行った。先輩としての河路さんだが、 他人の中傷の無意味さを嫌というほど教えられた。それと言葉で他人をいかに傷をつけてしまうかを。 相手の弱点を探し、中傷することがあたっていればいるほど、他人が傷ついてしまうことを。 それが結果として自分をより傷つけてしまうのだ。自分が他人にしていた事を彼にやられたということだ。 少なくとも自分は変えようとしているだけ良かったのか。
・・・・・・・ 2002年07月04日 スイス旅行中 ・・・・・・・ 2001年07月04日(水) [73] 夢についてー4
海外旅行の帰りの機内でみた夢も恐ろしい極限であった。飛行機に乗っているせいか、自分の体が空に浮いていく。 もうじき下に降りるだろうと思うが、どんどん浮いていき電信柱を超えていく。 ああもうこれ以上いくと危ないと思った瞬間目が覚めた。 そしてほっとして「自分は地上にいる」と思った瞬間、空中に飛んでいる自分に気づく。 自分が空中を1000キロで飛んでいるのが解るのだ。その恐しさは言葉で表現できない恐ろしさであった。 バンジージャンプ落下している感覚であった。 6?7年前の恐ろしい夢が書いてあるのでまたコピーしておきます。 ーーーーーー ーH0905魂が万代橋の上を彷った話ー 第2新館の役所の検査の直前の話である。担当の設計士が顔をひきつらせ青い顔をして言うには、 “今回の検査はパスしない!”一瞬耳を疑ったが、次の瞬間頭の中は真っ白、地獄の底へつきおとされた思い。 “それが本当であれば、あの建物は単なるゴミの山、そして私は?、会社は?..”パニック状態である。 それも夕方の飲み会の直前である。 まあ明日の話として、頭も冷やすという事も含めて、 焼け酒という事で浴びるほど飲んだ。その夜は満室という事で事務所の長椅子に仮眠した。 恐らくそこが不安定という事と、頭がパニック状態という事と酔いを含めて妙な夢になってしまった。 魂が身体より抜け出し、さっきまで飲んでいた古町より万代橋まで目線が5m位の高さで プカプカ浮遊しているのである。“ああ自分は浮いている。それも魂が”という感覚であった。 そして目が覚めて!魂が浮いていたのはたしか夢か!でもあの話は本当である! それも夢であってほしい!と念じた事を今でもはっきり覚えている。
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2009年07月03日(金)
「世界は感情で動く」 ー6 読書日記 ー 行動経済学からみる脳のトラップー *アンカリング効果
船が錨(アンカー)を降ろすと船と錨を結ぶ鎖の範囲し動ごけなくなることからくる比喩で、 最初に印象にの残った数字や言葉に影響されることを言う。 店頭で、1万円に赤線を引いて7千円を見ると、お買い得と思ってしまうことをいう。 「本日限り」「女性半額」「先着10人限り」等の、色いろなアンカーが待っている。 我われは、知らないうちに自分でアンカーを降ろしている。 いま一度、それを点検してみる必要がある。 アンカリング効果は、偏りや歪みを意味し、転じて偏見や先入観という意味の一種である。 ・物事の交渉、売買の判断をする際に、初期判断条件として始めに印象に残った数字(値段)や物(品質・量)が、 その後の判断全体にまで影響を及ぼす心理の傾向を指す。 ・アンカーとは、不確実な事象を予測する時に特定の特徴や情報の断片をあまりに重視することを指し、 最終的な決断、結論までアンカーを過度に注目、意識してしまい決定される事象のことをいう ーアンカリング効果として、面白い事例があげられる。 「紙を半分に折り、また半分に折り、この動作を100回くりかえす。そうしたら紙の厚さはどれほどになりますか?」 大多数の人は1メートルくらいと答え、一番大きな数字をあげる人でも、厚さ数十メートルである。 しかし正解は、地球から太陽までの距離(約1億5千万キロメートル)の800兆倍なのだ。 そんなに!と驚くかもしれないけど、計算したらその通りなのだ。 「紙は薄っぺらいもの」という固定概念という脳のトラップに見事に嵌っているのである。 初めてついた仕事しか出来ないと思い込んでしまう人が多い。これもアンカリングになるのだろうが、 人は、その仕事に錨を下ろして鎖の範囲を決めて、他のことは絶対に出来ないと決めてしまう。 私の見る限り9割?の人が、そうである。 考えてみれば、自分で勝手に思い込んでいるだけのこと。 転職や転業は、例えると、ある箇所に穴を掘っていて、一度そこから出て他に似た穴を掘るのと同じである。 それは経験を重ねると解ること。一見違うようだが扱う対象が違うだけのこと。 それが理解できないのである。 そして多くの人は、その穴から一生出ることが出来ない。 人生は誰も同じだが。 カミサンもアンカリングか。 これは梃子でも動かない。 ったく! ・・・・・・・・・・ 2647, アメリカ狂乱 ー2 2008年07月03日(木)
この本の次期大統領の行方以外のテーマ、アメリカの「偽札事件」の背景を解りやすく説明している。 成るほど、この問題は簡単に片付くわけがない。 ーその要点をまとめてみたー 実際のところ、アメリカ経済はそれほどおかしくはなっていない。すでに述べたように これまでの不況にくらべると、いまのアメリカには資金があふれている。アメリカの経済専門家はこう言っている。 「アメリカには資金がいまや有り余るほどある。企業もふんだんにお金を持っている。 うまくいっていないのは金融システムだ」 この説明はきわめて意味深長である。 これまでアメリカは常に資金が不足してきた。アメリカの人々はお金が入ればすべて使ってしまう。 消費がアメリカ経済の六十パーセントを占めているのだ。 だがアメリカ自体が強くて豊かな国であるため、世界の人々がアメリカに資金を持ち込み、 アメリカは資金がないにもかかわらず景気を拡大してきた。 歴史的にみてもこの事実は明らかだ。 *1970年代に金本位制度をやめ、円を切り上げさせることによってドル安を実施した。 実質的なドルのインフレーションによってアメリカ経済は不況を脱し、経済が拡大をした。 *1980年代はレーガンがアメリカの国有地をせっせと売ってサウジアラビアなど中東のオイルマネーを アメリカに取り込み、アメリカ経済を拡大した。 *1990年代には、世界に先んじてクリントンがIT革命をおし進め、世界中の資金を集めてアメリカ経済を豊かにした。 *2000年代、ブッシュは強いドルと土地、住宅バブル政策によってグローバル化した世界の金融界から資金を集め、 アメリカ経済の好況を維持した。 この強いドルと住宅バブルを続けるためにアメリカ政府が必要としたのが、 サブプライム債券である。サブプライム債券という言葉が経済用語として確立しているかどうか分からないし、 この問題について経済専門家が明確に説明をしているわけでもない。 だが政治的に見れば、このサブブライム債券は、 ブッシュ政権にとって世界中から資金集めるのに役立った。「アメリカが偽札で世界をだました」と私が言うのは、 このことである。 その証拠にポールソン財務長官はじめアメリカの財政金融当局に大勢の人間を出している ゴールドマン・サックスは、MBSをいち早く売り払って難を免れている。 かってアメリカは三つ子の赤字と呼ばれる財政赤字、貿易赤字、所得収支の赤字を抱え込んだとき、 せっせとドルを印刷をして世界の人たちに渡した。 受け取った人たちは紙切れになるのではと、 心配になったが、アメリカ経済が拡大したためにそうした事態にはならなかった。 しかし、アメリカがドルを集めるために使ったサブプライム債権が紙切れ同然になった。 次の大統領はブッシュの「偽札事件」の後始末をしなくてはならない。 ーーー ブッシュは、最悪の大統領として歴史に残るはずだ。「アメリカ狂乱」は言いえて妙の言葉である。
・・・・・・・・・ 2007年07月03日(火) 2282, ハンモックを設置! (p≧w≦q)オッ☆ ハァァァァァァ♪
新幹線の座席前においてある通販のパンフレットに結構面白いものがある。 (ただし値段は、ネット上の価格の2?3倍する!)その中にフレーム付きのハンモックがあったが、 2万円近くする。 そこでネットで調べたら、多くの種類が売られていた。 コンパクトのものは一畳のスペースがあれば何処にでも設置できる。 フレームの形が舟型をしていて、その中にハンモックを吊るすようになっている。 土曜日に注文したものが送ってきたが、値段は送料込みで5300円。 さっそく居間のベランダをサッシでガラスを囲ったスペース(幅1.5×7メートル)に設置した。 そこで寝てみたが、これが非常に良い。一枚の網にスッポリ包まれ浮遊した感じが、それだけで 別世界に移動した感覚になる。 大人の揺り篭といったらよいだろう。 この夏、暑さで寝れない時、かなり頻繁に使うことになりそうだ。 ハンモックは一度、旅先で使ったことがあった。ベネゼイラのエンゼルフォールへのキャンプ地に、 エンジン付きの10人乗りのカヌーでキャンプをした時である。大きな広い屋根の下に、 数十のハンモックが吊ってあった。初めは怪訝に思ったが、まあ郷に入ったら郷に入れと寝てみた。 ところが、これが寝心地が非常に良いのである。 寝返りの必要がないのである。 少し腰を動かすだけで寝返りをしたと同じ効果がある。疲れていたこともあったが、熟睡をした。 一緒に行った家内と次男も、熟睡できたと言う。それ以来のハンモックだが、別世界に移動したような気分がよい。 サルは木の上で寝ていたので、ハンモックは原始に帰るようでいいのだろう。 それと宙に浮いている気分が、瞑想をしているようである。 買う前から分かっていたことだが、もう少し良いものにしておけば良かった! でも、よい! ますます「お宅」か! バイ☆(^∀^)ノ~~ ・・・・・・・・・ 2006年07月03日(月) 1917, スペイン画家・堀越千秋ー8 Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning 「スペイン七千夜一夜」?読書日記 ービバ、ジョ!(俺様万歳!)
「ビバ・ジョー!」という言葉が、スペイン人を表す言葉なら、「世間様(に対して、恥かしい)!」 という言葉が日本人を表わすといってよいだろう。 東洋の島国の湿気の多い農耕民族として割り切ってみると、 その特質も理解できる。狩猟民族や、ジプシーなど放浪の民族では、世間様など気にしては生きていけない。 (仲間内があるか?)最近、国内でも「オイラが大将!」という言葉が流行ったことがあったが。 まずは、「スペイン七千夜一夜」の一節を、ご覧あれ! ーー o(●´ω`●)o♪ Y(´∇`*o)(o*´∇`)oIビバ・ジョ ? 誰でも、スペイン人をつかまえて問うがよい。 「あなたは、ふだん誰も口にしないこのひとこと 『ビバ・ジョー』をどう思いますか?」「もちろん」と彼は答えるだろう。「それこそ最も私のいいたいことです」と。 それは「私は神を信じますか?」にハイと答えるスペイン人より、多いに決まっている。 スペイン人は、初めからまっすぐなつもりで線を引く。それは道理や物理にかなった直線である。 しかし現実社会の間違った悪い事件が心を痛めたり道理を歪めたりする。 すると、この正しい直線に外的な力が加わり、多少のズレが生じる。 しかし、彼はそれに気づかず、また気づいたとしても、それは彼のせいではない。 外部の悪いもののせいである。外部の悪いもののせいであるから、彼はひたすら彼の直線を引き続ける。 彼はまとこに正しいのである。しかし、悲しいかな、地球の直線は宇宙から見るとまさしく、らせん、なのである。 ロマネスクの教会などで見られる、素朴な力強い直線的な表現が、やがて渦を巻き、天高きらせんになって、 ついには「悪趣味」「過剰」の代名詞ともなってゆくところの、かのバロック。 これこそ、このねじれゆく姿こそ、スペイン人のこころの奥深く潜むエッセンスなのではあるまいか。 あれはれた砂漠のようなスペインの大地に根をおろし、老獪にねじくれて、節くれだって、乾いた木肌をらせんに 巻きつつ天に伸びて繁る、かのオリーブの樹。そのオリーブの樹のように渦巻く精神が、他に植物の湿り、 陰とてないスペインの荒れ地で、どうして同様に人の心に育たないわけがないだろうか。 彼らスペイン人においては、直線は、やがてかならず捩れ、ネジくれて、渦となり、らせんとなって 天へと吸い上げられるように天に昇るのである。 (エル・グレコの絵を見よ)。 スペイン人は、家族を愛し、故郷を愛し、故国を愛す。自己愛にもとづく、それへの依存度は非常に多きい。 れは、「ビバ・○○(地名)!」の言葉に表れている。 哲学者も指摘する、スペイン人の究極のひとことが、「ビバ・ジョー!」である。 ーーー 「俺様、万歳!」 ヾ(>ω<○)【。゚+.万歳。゚+.】(●>ω<)ノ゙ これこそ、これからの時代のキーワードになるのか? それとも、500年前にピークを向かえて、 時代から取り残された国の姿なのか? 歳をとると、そういえば俺様万歳!になっていくのではないか? 先が短くなると、見えなかったことが見えてくるか? 思い切って、アウトサイダーになるか?それとも、仮面を被ってインサイダーに徹するか? どうでもよいか? 「貴様」どうする? ε(´',_c')зβyё ☆βyёε('c_,'`)з゛
・・・・・・・・ 2005年07月03日(日) 1552, アウトサイダー
高校の同級会で「お前はアウトサイダーだ!」と言われた事がきっかけで、 コリン・ウイルソンの「カリスマへの道」の中の『アウトサイダー』の章を読みかえしてみた。 これから見ると、私は「アウトサイダー」に確かに重なる部分がある。 しかし全くのアウトサイダーとは違うようだ。自分の人生を大切にしようとするなら、 アウトサイダーの要素を持っていないと自己放棄の人生になりかねない。 彼は「アウトサイダー」の特徴を、サルトル、カミュ、ヘミングウェイ、ヘッセ、ニーチェ、 ドストエフスキー、ブレイク、キルケゴール、ラーマクリシュナ、グルジェフ、T・E・ヒューム、 バーナード・ショー、等々の中から引用して共通項を上げて、以下のように描写している。 ー「あまりに深く、あまりに多くを見とおす」人間であるアウトサイダーにとっては、 現実の社会における人々の尊厳も、哲学も、宗教も、すべてが、野蛮で、無統制で、 不合理なものに艶だしを塗って、何とか文明的、合理的なものに見せかけようとする 欺瞞の試みにしか見えない。 そしてこう述べる。 「(自分には)才能もなく、達成すべき使命もなく、 これと言って伝えるべき感情もない。 わたしは何も所有せず、何者にも値しない。が、それでもなお、なんらかの償いをわたしは欲する。」 アウトサイダーとは、 ・世人や文明規範の価値を受け入れることができず、 ・それらを蔑視し、世界も自己も無意味なのだとみなすと同時に、 ・それでもなお何か代わりとなる究極の真理、あるいは体験、あるいは目的を欲している者なのである。 等々である。 誰でもこの要素を持っている。早くいえば孤高に似ている態度でもある。 孤高は自己を無意味とは思わないところが違う。諸子百家の中では、荘子にも重なる部分がある。 鳥瞰、虫瞰、モグラ瞰という視点の鳥瞰にも重なる。また敗者が社会からはじき出された時の心情にも似ている。 この辺は何度も経験しているからよく解るが。「アウトサイダー」といえば、その逆の言葉「インサイダー」が思い浮ぶ。 株の取引で、内側情報を知りえたものが、その立場を利用して株で儲けることを『インサイダー取引』という。 内側でこそ知りえる視点情報がある。 反面、外側からこそ見える視点情報もある。 「アウトサイダー」の視点も、「インサイダー」の視点も人間には必要である。「和して同ぜず」というが、 「同じて和せず」になるのが人間である。小さな世界で生きる知恵としての両者の立場が各々ある。
・・・・・・・・ 2004年07月03日(土) 1187, 異境・秘境ツアーレッスンー6 ー遺跡編ー
37年前の欧州旅行時に立ち寄った、ローマの遺跡のコロッセウムを見たのが初めてである。2000年前の動物の臭い? がいまだに残っていたのは驚いた。それと西洋文明の奥深い歴史に圧倒されたのが今でも記憶に生々しい。 十数年前に行ったイタリアのポンペイの遺跡も素晴らしい。近くのベスビオス山の大爆発で一瞬に埋まったために、 2000年前の当時の生活がそのまま完全保存されていた。ローマ帝国華やかなりし頃の市民の生活がそのまま埋もれており、 当時の様子が分かる。鉛の水道管が施されて水道があったのは驚異だ。 猛犬注意の表示もあり、今と変わらない 生活ぶりが忍ばれる。歩道もあり、横断歩道もある風呂に入ったままの姿の人とか、石化した遺体が多くあった。 パン屋や娼婦の館や民家が、ほぼ完全に奇跡的に残っていた。街の中心の水飲み場で、街の人がそこに手をついて 飲んだところが、回数を重ねたためか、すべすべしていて当時の人間の感覚がそのまま伝わってきた。 遺跡の虜になったきっかけは、8年前にいったエジプトの遺跡である。(あとで、その時の文章をコピーしておきます) とにかく、そのスケールの大きさに圧倒された。シリアとヨルダンの遺跡もただ驚いてしまった。 今後2000年?5000年先は気の遠くなるほどの彼方と思うが、過ぎ去ってしまえば昨日のように感じるのも妙である。 シリア砂漠のオアシスに忽然と現れる大遺跡パルミラ。かつて隊商都市として栄華を極め、ローマを向こうに まわすほどの権勢を誇った文明の残照は、圧倒的な存在感を漂わせている。 記念門・列柱通りは自分がタイムスリップをして、2000年前にいたような気持ちになった。 神秘的という面では、インカの遺跡である。その中で、やはりマチュピチの遺跡は圧巻であった。 霊界の世界というのが、正にいいあてている。日本と違い石文化は、数千年経ってもそのまま残るから、 当時の痕跡を多く残してくれる。時空をこえていつの時代も変わらぬ人間の暮らしと文化はある。 ーーーーー ーH0805 エジプト、トルコ感激の旅 ー ーエジプト編ー まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。 まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。 これが三千数百年に本当に! 周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、今まさに自分が、 目を丸くして驚いているのだ。歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。 壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って 古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。そらに天を指すオペリスクと ラムセス?世などの王や神の像の数々、「今まで何度か海外旅行をしていながら、 何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?」と考えてしまったほどだ。 次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々掘られている集団墓地だ。 (字数の関係でカット 09年7月3日) ・・・・・・・・・・ 2003年07月03日(木) 820,ある時間の断片ー27 ・10月28日 1968年 午前10時に起床。 深井と『オリンピックの開会式』の実況を見る。 13時に深井の家に出発、15時まで彼の家にいる。 その後、江ノ島に行く。 第三京浜を彼のスカイラインGTでとばす。江ノ島の夕日を浴びた富士山が絶景であった。 自然のこれだけの夕景は初めての経験である。右手に真っ赤な夕陽と左手に江ノ島。 秋の海岸が何ともいえない。一生の思い出といってよいだろう。 夜3時間、勉強をする。 ・10月29日 1968年 10時起床、洗濯をした後食事だ。12時から13時半まで勉強、その後高橋君の部屋に行きコーヒーを飲む。 部屋に帰ると近藤君がレコードを聴きに来る。 聴いているうちにうたた寝をしてしまう、一時間半も経っていた。 その後、瓜生君の部屋に行き話をする。その後夕食をして、21時から本を読む。 深井がまた新橋から20分位遊びに来る。
・・・・・・・・・ 2002年07月03日 スイス旅行中 ・・・・・・・・・ 2001年07月03日(火) [72] 3D-ホームページ延期 三D?ホームページソフト7月2日の予定が富士総業の都合で7月23日に延期。 打ち合わせの中でかなりの手直しの部分が見えてきた為、延期になりました。 ホームページを三Dを取り入れる画期的なもので、大化けの可能性もある為、 徹底的な練り上げが必要のようです。
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2009年07月02日(木)
「魂とは何か」池田晶子著 ー読書日記
池田晶子の「魂とは何か」という本に、「垂直な言葉」というがあった。 横に流れる時間に対して、垂直の時間=永遠の時間、という言葉がある。 「今という瞬間の中にこそ、永遠がある」を宗教的、哲学的に考えていくと、感動、感激の瞬間に 感じた垂直の時間の意味の一端を理解することができた。 ところが、今度は「垂直の言葉」である。 池田晶子は判りやすい。 いや、判ったような気にさせる、と言うほうが本当である。 ーまずは、その部分である。 P-217 * 考える不思議、「常識」の不思議 【対談】石川好×池田晶子 池田 当たり前のことを言われても、何を言いたいのか読み手がわからない、と受け止められているのではと。 石川 それは、あなたの言葉が垂直だからですよ。 池田 以前に、おまえは右か左かと訊かれたので、私は垂直だ、と答えたことがあったけど。 石川 そうそう、その意味。日本人の中で、言葉を横でなく縦に、垂直に降りていくものと自覚的に使っている人は、 めずらしいと思うんです。 なぜかというと、日本の風土の中に、垂直に考える習慣がないからね。 横の社会なんですよ。歴史的にも、現在で起こっていることをみても、横のつながり、比較の中でしか、 誰もものを言ってないでしょう。互いの巻尺を当てて、それで対象を測っているという仕方でね。 池田 横軸でものを語るっていうのは、事実でなく、価値を語っているのです。 たとえば、ある主義をかざす人は自分の主義を正義だという。ほかの主義をかざす人は、 ほかの正義を主張する。 だけど、「正義」という言葉の意味自体を考えようとしない。 彼らが語っているのは、事実ではなく、どこまでも自分の価値観なんです。 石川 あなたの動詞の使い方で面白いのは、「在る」という言葉だよね。「居る」ならばまだ比較対象となる、 横軸が出てくる余地があるけれど「在る」になると それが綺麗に払拭されてしまう。 池田 「存在」を語っているのですよ。 たとえ人について語る場合でも、性格とか生活とかは捨象されてますから。 今度の本にしても、人物批評のカタチをとっているですが、取り上げた方たちの私の意見は全くないのです。 池田 私は、自分が何ものでもないと思っているのです。何者でもないから、座標原点になれるのだと。 あとはひたすら考える。その宇宙的な座標原点からは、結構色いろなものが見えてくる。 価値を語っている人たちとは立つ位置が違うので、論争が起こることもないし、 私の周りは台風の目みたいにいつも静かです。 石川 池田さんの文章は、徹底したリアリズムで貫かれている。日本人は、リアルとは生活のことだと 思っているので、その辺のことは理解しにくいのではないかと。 ー以上だが、 「垂直な言葉」とは、言いえて妙である。「横軸でものを語るってのは事実でなく価値を語っている」とは、 思い当たる節が多くある。考え抜かれてない言葉の中で生きている我われは横軸の社会的な価値を話しているに過ぎない。 宇宙からの視点で、地球上に住む人間の知恵、そして価値を見直す時期に来ているが、宇宙からの視点の言葉も垂直である。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・ 2006年07月02日(日) 1916, スペイン画家・堀越千秋ー7 才八∋ウ_〆(∀`●) スペイン七千夜一夜 集英社文庫 ー読書日記
スペインといえば、やはり闘牛である。何回か闘牛について書いてきたが、 堀越氏の闘牛の見方が独特の視点である。「俺と一緒にするな!」という著者の声が聞こえそうだが! 一回目は衝撃的だったが二回目に見たときは、観衆と一緒に興奮して、面白いと思えるようになった。 早くいえば、寄ってたかって一頭の牛を殺すのを楽しむショーである。 が、慣れてくると、それが恐ろしいことに、面白くなるのだ。現在は、闘牛士と戦う前に、槍で刺して弱らせる。 そうしないと殺される確率が高くなるからだ。初め観たときに誰もが思う「卑怯ではないか!」と。 しかし、ここはスペイン!それが現地の文化?の一つなら一緒に楽しむこと、と決め込み、 何度か自分の良心に言い聞かせて・・ まずは、その一部を抜粋してみた。 ー スペイン名物、闘牛とは、そもそもそんな主客転倒の様式化といってよい。牛は、平和な原野の牧場から ある日突然連れさられる。暗闇に閉じ込められて、いきなりドアが開くとまぶしい闘牛場だ。 怒ってやみ雲にも角を振り回しているうちに、あちこち槍だの銛だのに突き刺されて、最後に長剣を刺されて死ぬ。 何が何だかわからない。 一方、客の方は、やれあの牛は闘士がない、いや勇敢だ、角を左に回す癖があってよくない。 いや口を結んだままで強い、右足がゆわい、いやダメな牛だ、いや素晴らしい牛だ、これこそ牛の中の牛だ、等々、 勝手なことを言う。 そして、血の泡吹いて息絶えた牛が、4頭のラバに引かれて退場をするところを、拍手をしたり、 口笛をふいて避難したりする。人間どもの勝手もいいところだ。牛の都合など一切、考えない。 人間の都合と審美観のみを一方的に牛に押し付ける。元々人間対動物の関係は、そういった一方的なものだが。 牛の都合は、実は、無視されているのではない。スペインの人間によって、主客転倒や主客合一の甘露をかけられて、 つまり人間にとって良い牛は、恐ろしい野生の黒牛でもないし、敵でもない。美しい、雄雄しい、勇気ある、 気高い「自分」なのである。強い牛は自分の美点の反映なのである。勿論こっちの自分は、 牛がいくら刺されても痛くもかゆくもない。牛の中に一瞬、自分の美しい反映を認めただけなのだから、 牛がばたりと死んでしまえば、あーあと葉巻をくわえて背伸びするだけだ。 こういう便利で自分勝手で、自由にあっちへ行ったりこっちへ来たり、一瞬のうちに都合の良いほうへ 乗り移る「自分」というものを、日常的に心の中に飼っておかないと、闘牛という、不思議な審美観によって 支えられる「芸術」を理解したり、まして愛したりなど、到底できない。 ーーー スペイン人と日本人は違うのです!! ー以前の闘牛について書いた文章ですー 2002/09/07 パンプローナの牛追い祭り 今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。もし神様が一日だけ もう一度同じ日を与えてくれるといったら、4年前のこの祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。 今年は例年になく多くの負傷者が出た。今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、 毎年放映される中でも特に迫力があった。初めから最後まで手に汗を握る内容であった。 この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界に一躍知られるようになった。 この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、 (字数の関係でカット弐千八年七月弐日) ・・・・・・・・ 2005年07月02日(土) 1551, わたしの酒中日記ー番外
わたしの酒中日記を書き出して、驚くほど昔の記憶が戻ってきている。 居酒屋やスナックのことから記憶と背景をたどっていくと、芋づる式に記憶が次から次へと出てくる。 その記憶をたどると、その時々に精一杯生きていた姿に驚かされる。 真面目?に不器用に生きていた当時の自分の姿が、輝いて思えてくる。 今まで後ろを振り返らないことをモットーにしてきたせいか、最近になって振り返ると、 その瞬間瞬間の記憶が生々しく新鮮に感じる。その時々の心のひだがドンドン思い出されてくる。 しかし書けないことは幾らでもある。 その辺がプロと素人の書き手の違いである。 本当のことは作家以外、そうは書けるものではない。読み返してみると、若さ特有の自意識過剰がそのまま見てとれる。 それが若さなのであろうが。昔のことを書くのは気持ちが重いが、好きな酒を飲んだ思い出なら気楽に書ける。 その切り口からのTPOSの背景を書き出すのも面白い。誰もがフラッシュ的な記憶の断片が脳裏に浮かぶ。 しかし、それを書き出すということはなかなか出来ない。そのフラッシュのように戻った一瞬の記億を、 酒場にからめて書けばよい。酒中日記を書いて、「人生は多くの何げない日常の断片から構成されている」ことに気づいた。 決して大きな塊ではないし、光り輝いた結婚式や旅行などだけにあるのではない。 何げない日常の中にこそ、深い人生の意味が詰まっている。酒席のことを書いていたら、いくらでも昔のことが思い出される。 それが果たして良いのか、良くないのかまだ判断できない。このレベルなら、いくら思い出せるものだ。 人生は、日常の根っ子の地中の中にこそ、味わいと真髄があるようだ。
・・・・・・・・・ 2004年07月02日(金) 1186, 異境・秘境ツアーレッスンー5 ー感動は蓄積される
何故、異境・秘境に行くのかというと、想像を絶する素晴らしい世界がそこにあるからである。 そして大自然や遺跡の異質の世界に、直接触れて感動するからだ。 実際体験して解ったことは、歓喜と激しい感動は、ほぼ同じではないかということだ。 旅行のたびに期待していた数倍の感動と歓喜?がそこに待っていた。 とくに大自然の中の壮大な美しさや神秘性から受ける感動は何にも変えがたい。 その感動を得る為に、いそいそと飽きずに家内と一緒に出かけていく。感動の蓄積が磁力になり、 更により大きな感動を引き寄せる。そして感動は確実に自分の中にドンドン蓄積されて醸造される。 私と酒を飲んだ人はわかるだろうが、酒を飲むと普段のブロックが外れて、その時の蓄積された感動の波動が開放される。 毎日晩酌で、ほぼそのブロックが開放されハイに瞬間なってしまう。 幼児期から青年期にかけて可能な限り、親は子供に芸術(音楽会や一流の絵)や自然を見せて 感動のシャワーを浴びせてあげなさいという。その量×質が、その人の人生を決めるという。 感謝・感激・感動は、その人の潜在能力のベースになるからだ。 今からでも遅くはないから、可能な限り一流なものを見て、触れて感激・感動を 意識的にしていかなくては!いまさら遅いか?豊かな人生とは、感謝・感激・感動の豊かな人生をいう。
・・・・・・・・ 2003年07月02日(水) 819, 恵まれていた時代に生きて
50歳の時に、「自分の人生を振り返って実感をいってみろ!」と自問自答した。 直感的の出た言葉が「恵まれていた!」「面白かった」「悔いはない」である。 特に思ったのは「恵まれていた」である。 ・第二次世界大戦直後の1946年の一月に日本に生まれたことが全てといってよい。 ー冷戦下における日本という環境において、アメリカが中国・ソ連・北朝鮮など共産圏に 対する前線基地と位置づけて、 日本に最優遇待遇を与えてくれていた。 ・新潟県という全国でも最も豊かな自然を背景にした環境も良かった。 ・両親も含めて家庭にも恵まれていた。 多くの兄姉にも恵まれていた。 ・ちょうど青春時代が高度成長期にあたり、時代の波に乗ることができた。国に若さと希望があった。 歴史的にみても、20世紀は(特に後半)は、日本にとって黄金の時代といわれるだろ。 この時代を背景として事業チャンスもいくらでもあった。 また時代の変化も激しいのが特徴であった。 とにかく面白い事が多かった。時代が上向きだからこそ変化が面白かったのだ。 あと10年、恵まれていた時代に稼いだ資産の食い潰しをしていくだろう。 そしてその後は亡国に近い状態になることは明らかである。今の日本は、それしか選択ができないだろう。 魚は頭と尻尾から腐るというが、今の日本の姿がそうである。いま1968年の時代の日記を随想日記に 書き写しているが、時代の背景の違いが全く違うことに驚く。やはり経済があってこその国であり、個人がある。 そして特に「国が豊かで恵まれていた」ことが大前提であった。 話が変わるが、昨日12の宮のことを書いたが、その宮一つ一つとっても全て恵まれていた。 宮の意味はどういうことかと考えてみたら、ありがとうという感謝をする祠ということだ。 12番目の異性の替わりに国をあげたほうがよい。 その一つ一つにできたら100回、 計1200回あげるのが理想だろう。とりあえず50回「ありがとう」をいってみよう。 これを一年続けたら運命が変わるのも至極当然である。「ありがとう」を一万回以上続けて 「マイナス思考の毒が激減した」と実感を先日この随想日記で書いた。 「幸せの宇宙構造」というの中に、『3つの帝国』という項目に正にその理由が書いてあった。 人の心には『好帝国ー肯定国』と『悲帝国ー否定国』と『ありがてい国』の3つがあり、 それぞれの国民が住んでいる。一番良いのは「ありが帝国」であるのは当然で「ありがとう」と言っているうちに 無意識の中の否定国の住民が少なくなった為だ。 単純だが、しかし真理をずばり突いている。
・・・・・・・・・・ 2002年07月02日(火) 455,地球をサッカーボールに喩え
今回のワールドサッカーを新聞はどう捉えているか、毎日新聞の社説がダントツよかった 「・19世紀のナショナリズム、 ・20世紀の資本主義、 ・21世紀のグローバリズム化。 この3つが今の世界を動かす理念だとすれば、地球がサッカーボールに凝縮して私たちの前に現れた。 私達は本物のサッカーの興奮を始めて知った。欧州と南米で4年ごとに繰りかえされる祭りに加わった。 スポーツが野球などアメリカの影響下にあった日本、アメリカの影響から逃れたい無意識の願望に後押しされて、 アメリカが作らなかった国際標準を初めて選んだ」 この鋭い分析に納得した。「サッカーボールを地球に喩える」とは、書くプロはさすがに違うと感心した。 ・延べ500億の人が見たと予測されているという。大きいビジネスでもある。 ・「90分ナショナリズム」という言葉も新鮮だった。 ・朝日新聞に出ていた川柳もよい「球ひとつ生命あるようなゴール決め」 ・選手の過半数が何処かの国のプロサッカー 多国籍の選手ーグローバルの時代 印象的キーワードを並べてみる ・地球最大の運動会 ・国家の威信をかけた模試ー代理戦争 ・壮大な民族展示会
・・・・・・・・・・・ 2001年07月02日(月) [71] 夢についてー3
夢は犬や猿など他の動物も見るという。 子供の時母や姉が実際幽霊を見たとかの体験談をきいて、いい年をしていいかげんな事と、 気持ちの中で全く受け付けなかた。ところが経験を積むにしたがって、何か常識で考えられない 何かが存在している事を確信してきた。 特に‘夢’とか‘遇然の一致’そして‘死’‘自然現象’に何か人知を超えた存在を感ずるようになった。 ー以前の文のコピーをまたしておきますー H05 11 記 妙な夢 秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。 夢だろうと腕をつねったが痛い、これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。 全体が白光色の黒髪の 27〜28才位の、のっぺらした美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと憶えている。 ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、‘それって皆同じ顔しているんだよね’言われた時た時、 はじめてゾーッとした。 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえてウトウトした頃、 急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断した。 あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール” 的イメージであった。その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも乗ったら 危険と直観し去けた夢である。 あれに乗ったらどんな景色がみえたのだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。
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2009年07月01日(水)
GMがそのまま本気で電気自動車に取り組んでいたら、現在も世界NO・1の優良メーカーだったはず。 将来の先取りが本来あるべき戦略であったのに、それを自ら葬ったことで自分自身を殺すことになった。 この数年は多目的のSUV(スポーツ多目的車)という大型車に社運をかけてしまった。 そのうえ自社でローン会社をつくり、車だけでなく住宅ローンまで扱っていたという。 歴代のホワイトハウスのスタッフが石油会社の出身者で占められ、電気自動車の抹殺に組していた。 「誰がアメリカ合衆国を殺したか?」に題名を変えてもよいようなアメリカの縮図でもある。 腐りきったネオコンがアメリカを支配し、それに憎悪を抱いたイスラム原理主義者が9・11のテロを行い、 彼等の戦略に引きこまれ、アフガン、イラクに戦争を仕掛けてしまった。そして、その戦費を捻出するために、 サブプライムローンなどの債権の乱発になっていった。 結果から見ると、ブッシュ親子、クリントンは歴史に残る最低の烙印が押される大統領。 「誰が世界恐慌を引き起こしたか」というと、ネオコンであり、ブッシュ親子、クリントンである。 その総括がアメリカで行われるかといえば、その動きが出てこない。 こと世界に対しては、彼等を追及することは自分の首を絞めることになるからだ。 現在、化石燃料のマイナスが槍玉になっているので、原発が容認されているようだが、 これとて人類に最悪の事態をもたらす可能性がある。 その是非の判断は非常に難しい。 ところで、温暖化などで世界は電気自動車へ向けて走り始めた。 これはトヨタなどの大手自動車メーカーにとって、大きな問題になる。 根こそぎ、現在の生産体制を 見直さなければならないことになる。 自動車はエンジンが一番の要になる。 それが一転直下、 ガソリンエンジンから電気モーターに重点が移動するからである。 革新的なモーターが、 次々に開発されるのは時間の問題。元もとモーターの技術の蓄積はあるのだから、進化は早いはず。 燃料電池も革命的なものが出てくるだろう。 これから10年の自動車の変化が見ものである。
・・・・・・・・・ 2645, アメリカ狂乱 ー1 2008年07月01日(火) 「アメリカ狂乱 ー次の大統領統は誰か」 日高 義樹 (著)
本屋で平積みしてあった本だが、何時か図書館に並んだら読もうと思っていた。 それが数日前に、長岡の図書館で読んだら、数十年近くに渡り、アメリカの国内事情と 大統領選挙を見てきた著者の視点のためか多角的に分析していて説得力がある。 ー面白そうな部分を抜粋しながら、まとめてみるとー ●民主党有利と言われているが、現時点では共和党のマケインがもっとも大統領に近いのではないかという。 その理由として、ヒラリー、オバマ両民主党候補の争いが泥沼化していること、ベトナム戦争の英雄である 「強い指導者」をアメリカ国民が選択するであろうという。 「大統領選挙の本番になればアメリカ国民は、それぞれの候補にアメリカ軍の最高司令官としての能力があるか どうかを慎重に見きわめる」というキッシンジャー博士の言葉を引用して、誰がアメリカ軍の最高司令官に ふさわしいかどうかと言えば、経験と力量からいってまぎれもなく 元海軍士官にしてベトナム戦争の英雄であるマケインだ。 ブッシュがマケインの主張を取り入れ、ラムズフェルドを解任し、兵力が不足していたイラクに一度の大部隊を送り込んだ という話や、共和党の政治家のほとんどがイラク問題を身辺から遠ざけていたときに、マケインは流れに逆らって 自分の主張を通したという。 71歳の高齢ながらベトナム戦争時の英雄として扱われており、民主党の候補者同士が 泥仕合を続けるならば、勝機は十分にある。しかし、現在は、上院・下院とも 民主党が多数を閉めており、 大統領になったとしても苦しい政局が続くだろう。 (以下、字数の関係上カット、2009年7月01日) ・・・・・・・・ 2007年07月01日(日) 2280, ビジネススーツ・ビル ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! ー 超高層ビル=ビジネススーツ・ビル論 ー
*半月ほど前の読売新聞に掲載されていた建設史学者の鈴木博之氏の「ビジネススーツ・ビル論」が面白い。 超高層ビルの外装を、ビジネス・スーツと類推するところがユニークである。 ー超高層ビルが林立すると、そこに立ち並ぶ超高層群は無個性化を始め、ビジネススーツのように縦ストライブの、 抑えた色調の外装パターンになり、外観からはビルの存在感を消そうとする傾向に入った。 それを「国際化」と見る人もいる。ー 概略は、このようである。 (以下、字数の関係上カット、2008年7月01日) ホナナァ☆ |∀・`@)ノ|Юバイバイ ・・・・・・・・・ 2006年07月01日(土) 1915, スペイン画家・堀越千秋 ?6 \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/
文化とかという難しい?ことでなく、スペインの日常料理から現地の生活実感を垣間見ることができる。。 私など、三度行ったスペインのバールの美味い酒のツマミの印象だけで、 「もし永住するならスペインが良いな?」と思っていたら、一撃を喰らう内容があった。 ー スペインの町でキョロキョロしている日本人旅行者たちは、「イヤァ、スペインは美人が多くて結構ですな」 など言いがちである。おまけに「スペイン料理は日本人の口にあっているし」とも言う。 「オリーブ油が如何だこうの言いますが、私は大丈夫です、美味しいですよ」という人がいる。 じゃあ、今夜みそ汁も白米も一切やめて、固いバンにオリーブオイルとラード(マンテカ)塗ってくてみなよ。 あんたの好きな烏賊のリンク揚げと、二週間続けて揚げて使ったオリーブ油で好きなスペイン・オムレツを こしらえて喰いなよ。皿からこぼれそうな豆と豚の脂身のスープに、さらにオリーブ油をドブドブかけて喰いなよ。 アンダルシアの貧乏人のように。皿からハミダシしてテーブルに垂れているアビラの牛肉、食ってから、ベロベロに 甘いサンチャゴ・ケーキ、全部喰いなよ。 これを乗りこえて、著者はスペインを理解しているのである。 堀越流の国家観もよい。「西洋人は、面子より実質的な損得をとる。欧州とは、金品と武力で倫理を売買してきた 歴史ではないか。もちろん、人間の一人一人は、道理をもって説けば通ずるものである。何処の国だって、 個人というものはおおむねそうである。が、国家とか政府というものは、個人より随分劣っているものである。 野蛮である。 どの町だって、何とかというとピストルや刃物を出してくる隣人というのは、 そうそうない(アメリカは知らないけど)。しかし、国家というのは全部軍備を持っている。 いつも腰に刀やピストルをさして歩いているようなものだ。核兵器を背負っている老人もいる」 ―― スペインにいればこそ、こういう見方ができるのだろう。 島国で、四面を海に囲まれて、元寇に攻められたことと、第二次世界大戦で敗戦で占領された以外、 外敵を意識したことがない日本にいては、軍備の必要な事態が理解できないのだ。 つづく i (ω・`) bai ・・・・・・・・・ 2005年07月01日(金) 1550, 将来の不安?2 ー不安を哲学するとー
我われは、過去に対しては悔恨があり、未来に対しては、不安が付きまとう。 といって、まだ来ぬ未来を不安がっていても仕方がないし、反対にノンビリ過ぎるのも問題。 最悪を想定しておくことも必要であり、「大丈夫!」という言葉を口ぐせにしておくことも、一つの解消方法である。 不安の対象に対して考えつくしたあとで、「その時は、その時だ」と放念することも時に必要である。 青年期の日記を読み返してみても、その時点時点で不安感が大きく口を開けていた。 不安は一生我々を悩ますものだ。我われを脅かす「特定の対象」に向けられたものが「恐れ」であり、 「不安」は漠然とした恐れの感情をいう。その恐れに対して、打ち勝つ克己心が勇敢、勇気ということになる。 前にも、「将来の不安」という題目で書いた。不安は目先の変化に対する不適応から生じる心理の揺れと書いたが、 目的意識の希薄さも不安心理の一つである。 その不安感に対して、哲学者がどのように考えてきたのだろか? ーある本からの抜粋をしてみるー ・先ずは、キリスト教の初期に神に対する畏敬や罪に対する恐れを不安とみた。 その不安を克服することが永遠の生を得るための前提であるとした。 ・次には、19世紀になって、キルケゴールが不安の心理分析をおこなった。 その後、ハイデッガーやサルトルなどの実存主義者やフロイトなどの精神分析で中心概念になった。 キルケゴールは不安感を罪の問題に結びつけて考察する。アダムとイブの原罪から, 人間は皆罪を持って生まれてきたとして、 罪の状態に陥る可能性の中で罪あるものとなると。 不安とは、悪魔的なものが持つ妖しい魅力に堕落できるという「自由のめまい」であり、それは堕落の深遠を 覗き込む時の感覚にたとえられる。サルトルは、これを「めまいが不安であるのは、私が断崖に落ちはしないか という恐れだけでなく、私みずからが断崖に身を投げはしないかと恐れるかぎりにおいてである」と考えた。 ひとは天使や動物と違って、可能性に対してたえず不安を覚える。 それは人間がこころと身体との総合としての精神という特殊のあり方をしているからだ。つまり人間はその本性上、 不安になりざるをえないのだ。 不安の中でおのれの罪を自覚して、はじめて目覚めた精神となる。 その絶望的な不安にかかわらず、なおも自分自身に真剣であり続け、 ひとりの単独者として信仰へと 飛躍することによって、不安から解消され、真に自由になることができる。 キルケゴールは不安の心理を分析することを通して、人間のあるべき姿を探求した。 ・ハイデッガーは、不安とは現存在として最も根本的な気分であるとした。 彼によると、現存在は世界内存在として理由もなくこの世界に投げ出され、そのつど、何らかの気分に規定されている。 日常性の中に埋没されて生きている非本来的あり方から、本来的自己を呼び覚ますきっかけとなるのが不安である。 とりわけ「死」の可能性の前にしての不安において、現存在としての 根源的開示がはじめて生起する。 我われはいつか死ななくてはならない。 「この私」の死を誰も変わってはくれない。 その死を痛感する時、人は日常から引き離され、単純化し自分自身と対面せざるを得ない。 その死を見つめることによって、その可能性に「先駆」することによって、本来の自分を取り戻すことができる。 おのれの実存をたえず知覚させてくれる 気分として「不安」を考察した。・精神医学において、フロイトは神経症と 不安の関係を探求した。 はじめは、不安を性的不満足にたいする生理学的な反応とみなしていた。 しかし後半は不安とは自我に対する危険を知らせるシグナルであり、 それを回避するための防衛機制を作用させる感情であるとした。 ーー 不安感は誰にもあるが、その度合いであろう。不安感のないのもおかしなものであるし、 強すぎて何もしないのも問題である。我々の究極の不安は、やはり「死」である。 といって、死ぬまでは生きているのも間違いのない事実である。 ・キリスト教的な神への原罪意識 ・精神を持ったためにあらゆる可能性を持つ不安 ・死への恐れ ・自我に対する危険のシグナル 等々、を不安の根本原因とみている。 これらの不安を抱えて生きていくからこそ、人生は面白いのだろう。 所詮、不安感からの解放はないのだ。それならば、精神の属性として仲良くしていかなくてはならないのか。
・・・・・・・ 2004年07月01日(木) 1185, 異境・秘境ツアーレッスンー4
秘境ツアー先の現地の日本人ガイドを見てみると、多様な人生が垣間みえる。 それぞれの色いろな事情を聞いているとドラマそのものである。 ・日本でたまたま、その国の人と知り合って結婚、移り住んでいるケース。 ・その国の留学滞在や、連れ添いが仕事で駐在しているケース。 ・旅行をしていて気に入り、一度帰ったが忘れられないで、何とか手続きをとって住み着いたケース。 ・世界中を数年単位で渡り住むことを、自分の生き方にしている人。 等々さまざまである。 日本人がほとんど行かない現地の人ほど、日本人に会うと、そして日本語が話せることが嬉しいようである。
・最近の変わった人といえば、去年行ったアラスカのマッキンレーの伊藤さんという人だ。 60過ぎの、見た目はエスキモー人そのものであった。若いときにアラスカに渡って、そのまま現地人に同化してしまった。 観光シーズンはガイド、それ以外が猟師をしているという。 「アラスカのエスキモーが、たまたま間違えて日本人に生まれたきた」といっていた。 この人の存在は私も本で何回か出てきていたので知っていたが、まさか会えるとは思ってもいなかった。 狼などの猟の話が、リアルで原始的で非常に面白い。30数年前の「3億円強奪事件」の犯人ではないかと先年、 週刊誌に騒がれた人物でもある。 嬉しそうに、その逸話を話していた。 ・やはり去年の、アイスランドの若い女性ガイドは、「旅行先のパリで知り合った白人男とたまたま アイスランドに来て数年滞在している」といっていた。結婚をするかどうかは解らないとか。 今風の若い人は、こうなんだと驚いたが、日本人と思わなければ如何ということはない。 ・イスラエルのガイドは、以前にも書いたことがあるが、ヘブライ大学出で神学者くずれの60歳位の人。 癌で何時死ぬかわからないといっていた。 日本にいまさら帰っても、友人もいないし、 現地で死ぬかもしれない寂しさを10日間、切々と話していた。自己証明をしておきたかったのだろう。 日本人はイスラエルに来ることは殆どないという。そのためか、マイクを離さず「自分の過去」をこと細かく 話しまくっていた。「イスラエルの地で、自分が消滅する不安がたまらない」という叫びが心の底から響いていた。 旧約・新約聖書の地を巡りながら、ガイドの心の十字架を背負って生きている姿が印象的であった。 ・人間的と思ったのは、ニュージーランドの70歳ぐらいの女性である。若い時にニュージーランドの豊かさに憧れ、 移住した。 ところが、その直後から日本が高度成長になり、この国より豊かになってしまった。 そのまま日本に住んでいた方がよほど豊かな生活ができた、無念であるという言葉が何か微笑ましく、 しかし悲痛な叫びに聞こえてきた。 ・南アフリカの50歳位の女性はもっと切実であった。 日本の商社でイギリスの男性と知り合い結婚、イギリスに行ったが、 仕事の関係でケープタウンまできて生活をしている。 日本人の墓は一つしかなく、彫られていた年号は明治末期という。 その女性に何があったのだろう、推理するだけでも面白い。 みていて寂しさが墓から伝わってきたという。 若い時の海外生活はよいが、歳を重ねたそれは厳しいという。 自分の子供の名前を日本名前にするか、 イギリス名にするかで夫婦で争うという。 死んだ後、自分の存在が子供の名前しか残らないからだという。 ツアーはよい、絶対に個人では行けないところまで、行けるからだ。それも安く、安全に。 [皆で行けば怖くない]ということか。
・・・・・・・・ 2003年07月01日(火) 818, 12の宮
ある本に面白いことが書いてあったので抜粋する。 ーーー 昔読んだ本の中に、こんなことを書いたものがありました。うろ覚えなのですが、こんな内容でした。 私たちには「12の宮」があり、その宮には必ず一つの黒丸がある、というものです。 「12の宮」というものを私なりに作ってみました。 ・家族・家系的な6つの宮に対して ・自分にかかわる6つの宮があるような気がします。 ー家族・家系にかかわる宮として 1番目として家系運 2番目として親運 3番目として子供運 4番目として兄弟運 5番目として親戚運 6番目として配偶者運ー結婚運ー結婚できるかどうかも含む ー自分運として 7番目として金銭運ー出入れする金ー短期スパンの金 8番目として財産運ー蓄積された長期スパンの金 9番目として仕事運 10番目として健康運 11番目として友人・先輩運 12番目として異性運 以上は私が考えたものです。その本の著者が考えたものと違うと思います。 この「12の宮」に必ず1つの黒丸がある。つまり瑕疵(キズ)があるという考え方です。 (以下、字数の関係上カット、2008年7月01日)
・・・・・・・・ 2002年07月01日(月) 454,面白かった!!
ワールドサッカーが終わった。 やはり世界のトップが集まる試合は面白い。 サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。その時の勝負のアヤが左右するのが特に面白い。 優勝候補のフランスとアルゼンチンが早々に敗れるというのも、勝負のアヤであった。 ワールドカップというのがこういうものだという事が、理解できたように思った。 実際のところサッカーの面白みがいま一つピンとこなかったのが、これを契機に好きになれそうだ。 決勝戦が終わったときの,勝者と敗者の差の大きさもそのまま画面に出ていた。 やはり一国でやるべきというのも確かであった。 最終戦で会場の勝者に対する会場のシラケぶりには 世界に対して、この国のセンスの低さを曝け出してしまった。 韓国の熱狂と比べ、途中で負けてしまった事を差し引いても盛り上がりが少なかった事は否めない。 ブラジルが勝ちあがっていくプロセスでやはり強かったようだ。 南米の予選ではやっと勝ちあがってきたという。彼らも実際優勝できると思ってなかったことも含め、 喜びは最大級だろう。 TVの前でこれだけ熱狂するとは思っていなった。
・・・・・・・・ 2001年07月01日(日) [70] 夢についてー2
何か欲しい!とか、どこかに行きたいという夢と夜見る夢と共通点が非常に多いという。 トイレにいきたいと探している夢は目を覚ますと殆どトイレにいきたい状況である。 次の夢は不思議な不思議な夢だ。‘母とか父が死んだ後自分のなかに生きている!’とかいうが、 少なくとも私の中で事実の世界だ!夢で事実生きている。 痴呆症になり幼児に退行した幼児に変身した母が出てくる。それは正しく母が私の中で事実生きているのだ。 次にまた以前書いた文章をコピーしておく。 ーーーーーー H0511妙な夢? ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない! 起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ 一周してもどってきて布団に入る。ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。 まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。 これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて(そのまま水平にいて) 下をみると自分の肉体が下にみえる! 直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。 かなりうなされていたと思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。 こんな事もあった、これは夢ではないが部屋の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。しかし夢ではなかった。
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