堀井On-Line



392, 「全日本柔道選手権」

2002年04月30日(火)

4月29日といえばこれである。
この面白さは体重別でない事だ。

軽い体重の選手が結構勝ち抜く。
それと真剣さを感じる、永年の歴史の重みであろう。

柔道の面白みはもともと「小さいな男が大男を投げ飛ばす」ところにあった。
それが世界的に広まっていく過程で、階級別になっていった。

それぞれの体重別のトップが次々に出てくるところが面白い。
その人が2〜4ランク上の準実力者と闘うからだ。
100キロの井上が150キロの選手を投げ飛ばしたていた。
最後は井上が一ランク上の棟田を破り優勝した。

この試合が近年まれなる柔道としては、よい試合であった。
両者とも絶対にかつというぶつかり合いであった。
会場も異様な熱気に包まれた。

一〜二階級の違いなら、トップクラスの方が勝つ事が多い。
勝ち方を知っている為だ。

四月最終日曜日の天皇賞と、これを見て初めて連休を実感する。
ああそれと鯉のぼりだ。


391, 休日の風景

2002年04月29日(月)

休日の一日の典型の日が昨日であった。
時系列に書くと
・5時に目が覚める、30分位 うとうと
・5時半、 起床ーすぐ仏壇の前でおまいり
 「天国のお父さん、お母さん、運一さん、進さん、正子さん、(兄・姉)
  ご先祖様、そしてあの世のすべての人が安らかにお休みなられますように!そ  してこの世のすべての人が良くありますように、特に大変な人がよくあります  ように。ご両親様ありがとうございました。
  仏様ご苦労様です。今日一日最大限いきます。そして明るく・・」
・5時35分^6時15分  パソコン・・・・
・6時15分〜8時15分  散歩
・8時15〜11時   食事・新聞TV・読書
・11時      風呂
・12時     食事 パソコン
・13時     愛の貧乏大作戦ーTV
・14時     図書館・選挙
・15時     競馬・天皇賞ーTV
・16時^17時45分  WOWWOW ー映画ーリプレイスメント 
           これが大当たりー面白い!
・17時45分^  笑点
・18時   近くのー100m先のサイゼリヤで食事
     (500mlの赤ワイン、牛肉の角煮、ムール貝、アンチョビの
     ピサ、ドリア) 以上で2人で税込みで2100円。スーパーより安い!
      ウオーキング
・19時  サンマのからくりTV
・20時  巨人戦
・21時  居眠りーTVの前で  ビデオ少し
・10時半 就眠  
大体これで休みが過ぎる。80パーセントがこんなもの。
あとはSC と映画 とあたりが加わる。




390, 因縁と果報

2002年04月28日(日)


因は直接原因、縁は間接原因。
果は直接結果、報は間接結果。

嫁を求めている男が、ある知人の家に遊びにいて、妹を見初め
結婚をした。
因が嫁を求めていたである。
縁がタマタマ遊びに行ったーこれが間接原因である。
果は妹と結婚したである。報は知人と嫁本人が納得して応じたである。

よい果報を得る為には、よい因と縁をなくてはならない。
特に因が大事だ。その因に縁がついてくるからだ。

その中に感謝する気持ちがある。
感謝をすれば、感謝をするような事がどんどん集まってくる。
これは意外と難しい事だ。

感謝は言葉を変えれば、ありがたいことに気づく事だ。
特に商売をしていると、お客様のありがたさを見落とす事が多い。
顧客第一主義といいながら、そのことを忘れてしまう。

準備は「因」づくりそのものである。
準備は誰でもやれる魔法である。
解っていながら?それをおろそかにする。
そして「果」のみを追う。
事業でも、旅でも、人生でも全てそうだ。

教養とは生きていくための基礎知識だ。
永年かけて積み重ねていくものだ。
ところで基礎教養が自分にはあるのだろうか?
過去にその準備をしてきたのだろうか?
ただその問いかけは常にしてきたつもりだが。


389,  どういう時代に?

2002年04月27日(土)

今年来年はどういう年になるだろうか?


・今年はブロードバンド時代の新しい形が、
   製品や社会現象で新しい形で出てくる年である。ー孫正義
    携帯TV電話、液晶TV、BSハイビジョンTVなどの普及

・何を発信できるか、するかの時代になってきている。−堺屋太一
   ホームページは発信の窓か

・嵐の年、そして来年も
 ビッグバンを間接原因にした倒産の嵐、失業の増大
   身近に失業者や倒産廃業が増えてくる
    デフレの進行

・テロの続出と社会不安の増大
  新たな戦争?イラク、北朝鮮

・身近に具体的に危ない事件の続出

・思いもよらない大事件が生じるー社会的にも政治的にも

ますます殺伐とした時代になっていくことは間違いはないだろう。
しかし面白いことも事実である。
20世紀的のものの崩壊と、21世紀的の出現が同時に見れるのだから。

時代の変わり目である。
こういう時こそ、戦略の練り直しが必要だ。
一人で考え抜かなくては生きていけない時代だ。


388, 温度差

2002年04月26日(金)

3~4年前の将棋の米長棋士の講演会で聞いた話だが、
丁度北海道拓殖銀行がつぶれた直後で、
彼の講演がそこの主催で入っていた。

当然のことながら急遽中止なった。
急なことで時間もとっていたし、飛行機の切符も送られてきたし,
他の人との予定も入れていたので、そのまま行ったてきたという。

それと札幌の雰囲気がどうなっているかみたかったという。
飛行場からのタクシーの運転手に話を聞いて、思わぬ内容に耳を疑った。
北海道中、特に札幌の道民は内心皆、喜んでいるという。

彼らは北海道では超エリートで、威張り尽くしていた。
永年のその鬱憤が一般の中に蓄積されていた。
確かに北海道経済にとってマイナスで、喜んでいられないが、
道民感情は拍手喝采だという。

そして数日札幌滞在中、会う人全員がそういっていたという。
これは実際現地に来てみなくては解らない情報である。
彼が言いたかったことは、実際マスコミに流れる情報と、そこの情報の差である。

「何事も現場の声を実際聞いてみなくてはわからない」ものだという事だ。
反面ITの時代は、こういう情報が瞬間流れてしまう。
「それにしても、あれは何だったんだ?」ということだった。

そこまで嫌われる理由は?
マスコミはこういう情報は間違っても流すことは出来ない。
こういう情報は現地で直接しか聞けない。

どこかの県市でも、同じことが生じている。
気がつかないのは当事者だけ、破綻したときそれが表面化する。
何処かの城下街のそれは時間の問題という。

リストラにあった元管理職や街の中から???
という話が生々しく聞こえてくる。


387, 習慣ー極限

2002年04月25日(木)

人間が極限の時にする行為が、
健康法にいいと聞いた事がある。
それを習慣化してしまえば良いという。

頭を掻き毟る。
顔をこするーマッサージする。
ため息を吐く。
喚くー叫び声をあげる。
身辺の整理をする。

これを普段から習慣ですればいいと。
そのとおりである。

遺言もそうかもしれない。死ぬという極限の状態を常に忘れない。
毎日は無理かもしれないが、毎年の年末に書くこともそれに似ている。

末期がんで死を宣言されて、写経を始めるケースがある。
それなら普段から、暗記をして唱えているか、写経をしておけば良いことになる。

積極という言葉は正しくそれを普段から積んでおけという事だ。
消極はそれを避けて生きることである。

「あと一週間で死ぬならなら何をしますか」
というテリー伊藤の本があった。
いろいろの人がふざけて書いているが、
全部いつでもその気になったら出来る事であった。

人間の弱さをそのまま出てしまう問いかけである。


386, 宗教的タカリ

2002年04月24日(水)


オウム教はとんでもない犯罪行為をしたが、
一つだけよい事を、いや結果的に良いことをした。

宗教の怪しげな一面を浮き彫りにしたことである。
その一つが現在の仏教界の集り体質である。
葬式仏教の陥っている偽善体質である。

数百年かけ巧妙に、そのシステムを作っていったのだ。
彼らも商売?のだから仕方ないと、誰もが疑わないのもおかしい。
仏を盾に集っているのだ。

彼等の法事等の話など聞けたものでない。
こちらの知識の数段下レベルである。
プロの素人化の典型といってよい。

戒名料とかなんとか、勝手に値段を決め金をせびる。
彼らも生活をしなくてはならないのは判るが、
豪奢な生活をしている事が問題である。

幸福の科学にしろ、創価学会にしろ、その怪しげな一面を見ると、
もっとその共通点を洗い出し、白日にさらけ出さなくてはならない。
信じさせて金を騙し取るという点で、詐欺師のテクニックとほぼ同じである。
特に結婚詐欺に似ている。夢を売って金を騙す。


385, 安楽死

2002年04月23日(火)



定期的に安楽死が問題になる。
今回の内容は、記事を見る限り詳細は解らないが、
私が知る限りのことを書いてみよう。
ただ誰が見ているかわからないので、ある程度は抽象的にしておく。

・安楽死は実際日常的に行われている公然の秘密である?
 何処までを安楽死というかもあるが。
・末期癌で、集中治療室で最後の苦しみの段階で、身内の了解のもと
 筋弛緩剤をうつなどは当然のことと思っていたが。実際は医者の手で??、
酸素呼吸器を外すことも。
・苦痛をとめるモルヒネは、死をいっきょに加速するのは公然の秘密だ。
 しかしそれより本人を楽にする方法はない。
・脳死など、それをもって死と判断し移植につかう時の最後の
 「方法」は何だろうか。
・身内のなかで、悪意の第三者?がリークして自分に有利にする事が多い。
 TVドラマでもあった。

 ところで私はそうなった時は、「モルヒネはどんどんうってくれ、さっさと
 積極的安楽死をしてくれ」と常々言っている。
 「苦しんで死んでいった」という話を聞くと、周囲にそういう経験者がいなく
 「モルヒネは死ぬから、うたないで」と望む為、
 最後の最後までノタウチマワッテ、死んでいくケースが多い。
 
 こういう事について、あまりにも議論ないし、理想論が勝ちすぎだ。
 駄目なものは早く死なせてやるべきだ。生まれる前に戻るだけなのだから。
 どっちも管を巻かれノタウチマワル事は一緒か。
 出来たら死ぬ時はそれを回避してほしいものだ。


384, 我が内なる無能性−2

2002年04月22日(月)



以前も「我が内なる無能性−後まわし」という題で書いたが、その続編。
そういう人が反面教師として多くいる。
といってそれを云うだけの資格があるのかといわれれば、ない。
それでも書き出してみる。

・自己責任がない ーーー人のせいにする。
 全て人が悪い、よく言うよという位人のせいにする。
 その点で狡猾そのものだ、その芸術家だ。
 誰もがその要素を持っているから書いては駄目なことだが。
 人間それほど強いものでない。
・過去の記憶だけは、よーく憶えている、特にマイナスの記憶を。
 その壁を自分の周りに作り上げ、その中から出れない状態。
 芥川龍之介の「山椒魚」はこれを揶揄したのだろう。
・本を読まない、人の話しを聞かない、変化を嫌う、議論をしないーいや出来ない。
・長期的視点ーグランドデザインが全くない。
 ー人生でも、家族の事でも、仕事でも。したがって準備という意味が解らない。
・人の付きあいが小さい枠。
 両親の呪縛から抜け出る事が出来ないーとっくに死んでしまっていても。
・人の欠点を探す事で、凝視する事で自分の影をカバーしようとする。

考えてみたら、大部分の人がほぼこれに当たる。
もちろん私もである。少し濃いか薄いかの差でしかない。

それを「子狐」という象徴でその無能性を書いている。
時々「子狐」とあったら、上記の象徴と思ってほしい。
ただそっくりなモデルはいる。



383,チンパンジー

2002年04月21日(日)



TV のドキュメントや本などでチンパンジーの生態の研究が面白い。
人間そのものである。
まずはその社会、ボス争いが面白い。
彼らの社会は厳格な序列が決まっていて、常にその力関係の争いと緊迫が漂っている。
特にボス争いが熾烈である。
また2番手3番手の力バランスが、人間の政争とそっくりである。

鼻が詰まった時など鼻の穴に小枝を入れ、くしゃみを誘発したりもする。
蟻の穴に棒を入れ蟻を抜く行為もする。
ボスのいない隙に浮気をしたりもするし、子供期の遊びと虐めも人間とほぼ同じ。
嫁いびりや集団リンチなどもある。

京都大学の霊長研究所の代々の名物教授が、数十年にわたりその研究を続けている。
その内容がいろいろ出版されている。
またTVでそのドキュメントを数年に一度づつ放映している。

今アメリカの研究所で、チンパンジーの一番人間に近いボノボというチンパンジー
の研究が進んでいる。数回そのドキュメントを見た。
言葉の研究やゲームの姿を見ていると、「人間との差は何処にあるのだろう?」
と考えさせられる事がある。

日本でもアイコという雌チンパンジーとその子供の研究がすすんでいる。
今ではヒトを「第三のチンパンジー」と呼ぶべきという動物学者も出てきている。
人間は狂ったチンパンジーパンジー(猿)というが、言葉を持った猿の
欲望の無限の拡大のなせる業か。

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