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堀井On-Line
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2002年04月10日(水)
不安解消法
学生時代読んだ本だが、 カーネギーの「道は開ける」に書いてあった方法である。 記憶なので何処まで内容が正確か定かでないが書いてみる。
ある不安があったとすると、 1、まずその不安な気持ちの対象を書き出す。 2、その不安のさらなる最悪の出来事を想定して書いてみる。 3、その解決方法を幾つか書き出してみる。 4、それが本当に起きるだろうかと、今一度自問してみる。 5、そのプロセスで不安感は消滅してしまう。
という内容だったように記憶している。 これを実行していく中で、不安症の性格がかなり修正された。
「まあその時はその時さ!」「何とかなるさ」 「考えても仕方ない事は、考えても仕方ないさ」が口癖になった。 不安を感じた時、それを直視すればそれは不安でなくなる。 それに対する方策を考えれば、それが不安そのものを解消する。 不安そのものが、手順を考えるプラス要素に逆転する。
実際にケニヤにはじめて行った時の不安は、想像以上であった。 添乗経験10年の女添乗員と家内がヒソヒソと不安そうに ロンドンへの機内で話していた。 「ロンドンで降りようか」と。
実際タンザ二アやインドに行った時も「不安というプレッシャー」 が襲ってきたが、実際はその数百分の一でしかなかった。
その時時に、その不安を具体的に考え、その対処を具体的に考えていくしかない。 事業も然りであった。具体的に具体的に考えるしかない。 そして具体的に一つずつ解決していくしかない。
「それで済むような生易しい問題は、本当の不安でない」 という言葉が聞こえそうだが。
「直視できない問題だから大変なんだ、不安なんだ」 それももっともだが。
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2002年04月09日(火)
いつもこの時期、福島江と悠久山の花見に行く。 といって朝の散歩で行くのだが。 今年の桜は当たり年のようだ。
「散る桜、残る桜も散る桜」 毎年このことをおもいしらされる。 人間の人生の短さに例えて言っているのだ。 所詮自分の死もいずれ近くやってくる事を言っている。
京都の桜も素晴らしい。 それぞれの地区で素晴らしい桜の名所がある。 この時期の名物の一つである。
7年前私の従兄弟が桜の散際に自死をした。 桜が好きで毎年写真を撮っていたという。
なくなった後で、その時の写真を見せてもらった。 なくなった通夜の納棺の時、突風が吹いた。 納棺の桜吹雪である。背筋がこうりつく思いであった。 こういう事が実際あるのだ。 桜は人間の人生を見せてくれる。 その年も桜の当たり年だった。
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2002年04月08日(月)
散歩のときはウオーカーに、旅行の時はツーリストに、 会社に行けば会社の立場に、家に帰れば父親になりきる。 そしてなりきった立場で色々な自分を見てみる。
散歩の時、会社のことを考えたりして景色が見えなかったりする。 海外旅行でのケース。 今まで会社の役員をしていた人が、その役員の状態で来ていた。 奥さんがその人を、社会へのリハビリでこの旅行にきたといっていた。 かたっぱなしに同行者を皮肉っていた。 上から見下ろしている視線を引きずってきていたのである。
考えてみたら、なりきってない方が多いのではないだろか。 学生時代に学生になりきっていなかった自分。 必至で働いていたあの時期、その時はなりきっていた。 実際なりきれないで、失敗を重ねていくのが人生かもしれない。
同級会などで久々に会うと、時間を超え昔の自分にいつの間になっている。 花が「今花やってんねん」と主張していると、考え見ている自分。 その時は見ている人になりきっている?いやなりきってないか? 名優は端役をやっても光ると云うが、名優の名優たる所以はなりきることだ。
ところで自分は今、書き手になりきっているだろうか?
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2002年04月07日(日)
植民地経営
西アフリカに行った時聞いた話しである。 方法として次の3つである。
1、直接統治 2、間接統治でそこの王族と手を組み統治 3、隣国に間接統治の王国に攻めさせ統治
大体がこの3つである。 まずはフレンドリーに入って行き、徐々に統治していく。
その前にキリスト教の宣教者を派遣して、内側から攻めていくのが常套手段だ。 秀吉がそれに気づき、キリスト教禁止令を出したのは賢明だった。
戦後の日本も戦犯の天皇や官僚をそのまま温存させたのも、 王族の間接統治を狙った為だ。 今の日本は王族を飾り物に、戦後から続く官僚の支配がそのまま続いている。 そして悲しい事に、間接統治をされていることに全員満足している。
この不況は「1986年のアメリカのバブル押し付け政策」の結果である。 そして、直接支配に今露骨に入ってきたのは周知の事実だ。
今回の9・11テロは、 この間接支配の露骨のアメリカ世界戦略に対するテロである。
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2002年04月06日(土)
いまTVをつけたら、NHKのハイビジョンで 「リオのカーニバル」をやっていた。 2時間があっという間に過ぎてしまった。 7年前に行った内容をコピーしておくが、本当に素晴らしい内容であった。
今見ている内容は当時に比べ、かなり豪華にかつ派手になっているようだ。 カーニバルは元々はヨーロッパで行われていた、キリスト教のお祭りである。 南米の農園に売られていった奴隷が、一年に一度のカーニバルに与えられる 休日に輪を作って歌い踊ったという。 普段でも彼らの楽しみは歌と踊りだけで、それが段々サンバに変わっていったという。 1888年に奴隷制度が廃止された時、彼らはリオに仕事を求めていった。
彼らはグループを作って踊っていたが、そのうち互いに競いだしたのが リオのカーニバルの始まりという。 リオだけでも400のグループがあり、そのトップクラスと準トップクラスが 正式に会場で競う。
それぞれチームごとにテーマがあり、それによってストーリがある。 それにより、衣装や歌や踊りが決まってくる。 上位のチームにそれぞれのチームにスポンサーが付いているという。
それぞれ項目があって、厳格の審査のうえで順位が決まる。 去年から見ているが、ハイビジョンのせいもあるが素晴らしい。 一年は全て、カーニバルを中心に回っている。
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H0703ブラジル旅行記
“行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。 カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で行われており、 四日間全国がお祭りの為休みとなる。
その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。 リオのカーニバルのランクがA・B・CとなっておりAランクが9チーム、 Bランクが15〜16チーム、Cランクは数十チームとなっている。
AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー850mを80分の持時間で 踊りながら行進する。そこは六万人の観客席があり、審判席で厳格に審査され、 その年の優勝等順位があらそわれる。
そのチケットは一般の人はほとんど入手不可能である。 我々のTV新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。
チームは四千名が1チームで構成されており、 それが約500名×8チームに細分化され、統一のコンセプトのもとに、 仮装が華やかにつくられている。
音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉をかけてつくる。 その作曲も採点の大きなポイントになるという。 一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。 観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。
音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。 上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれる。 優勝チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けてのよいスポンサーが約束される。
その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。 カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”がすべて含まれており、 東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。
ブラジルの印象として残ったイメージとして、キーワードを書くと “サッカー”と“サンバ”(カーニバル)と“森林”と“イグアスの滝” そして“汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。
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2002年04月05日(金)
5年前、マスコミで聞いた内容である。 それが今年から始まったのである。
「携帯電話」が我々の生活を劇的に変えた。 いや社会を変えてしまった。 空間の溝を取り払ってしまった。
それ以上に「携帯TV電話」が社会のありようを変えてしまうだろう。 これにそれぞれの場所にカメラが設置して、それにリンクすれば、 一瞬にして世界中の何処でも見ることが可能になる。
現在でもそのサイトが多くある。 これにデジタルTVをリンクさせれば、想像を超えた使い方が可能になる。 インターネットを使っていて、こんな時代が来るとは思ってもいなかった。 それが更に劇的な「携帯TV電話」が普及する時代とは驚きだ。
昨日もソニーの出井会長がNHKノインタビュウで、 情報機器の進歩により、この10年後は世界が劇的に変わっていると言っていた。
これに期待しすぎて、先行投資で電気メーカが苦境に陥っていることも事実だが。
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2002年04月04日(木)
先回も書いたが、速読法という本を読んでいて吃驚した。 一つ一つの語句に目を合わせるのでなくて、一度にページ全体を眺め、 フォトフォカス状態で文書を眺める。意識下でなく、無意識下で その文書を取り入れてしまうものだ。
初め読んだ時、本当かと疑ったが、実際やってみて驚いた。 見開きの2ペジの中央に目を合わせ、それを4つかどの隅に全体の視野を 広げていき、ジッと10秒ぐらい見続ける。 そして再び、一ページ単位で中央に目を持っていき、それをまた意識を そのページの隅に持っていき10秒ぐらい見続ける。
そして文章を読むと、通常の数倍の感覚で文章がスラスラ読めるのだ。 目そのものがスキャンの能力をもっているのだ。 もし疑うなら実際やってみればいい。
人間の脳力の凄さの一端をみたおもいだ。 一回めくる度に4秒をかければ、250ページなら20分かかるが、 かなりの情報が脳に記憶されるという。
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2002年04月03日(水)
「ミカンを頭の上15センチ上に置くイメージを抱き、 本を読んだり、書き物をすると集中力が数倍増す」という。
読書や文章を書くとき、「頭の上に意識を集中するといい」とは 昔からいわれていた。 それを「具体的にイメージとしてやると効果が上がる」という事だろう。
今朝、ウオーキングでやってみて効果抜群であった。 集中が数倍ついたようだ。この文章はほぼ散歩で頭で書いた。
中国で「魔術師がかぶる三角帽」「思考帽」と、実際あったという。 落ち着きのない子に罰でかぶせる「ダンスキャップ」もあった。
ミカンもいいが、鳥もいい。 他に気がいったら、飛び去る鳥だ。 それを意識していれば、他の思考や情報が遮断されるからだ。 授業でも、読書でも、この随想日記を書くときに早速利用できる。
石のアーチの頂点に置くカナメ石に似ているという。 カナメ石は他の石が所定の場所に固定させる役割になる。
注意の一つを一点に集中する事により、残りの集中力を 読書などの対象に集中させる事が出来る。
仕事でも、考え事でも、授業でもなんでも使える。
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2002年04月02日(火)
毎年この時期におこなわれる。 かなり毎年盛り上がる。
当社の宴会はもともとかなり盛り上がるが、 歓迎会がさらに盛り上がる。
2〜3年に一回はトリック・スターが出るが今年は2人いた。 お陰で例年の数倍の盛り上がりようであった。
まだ酒の飲み方の解らない新人に飲ませるのだから、こちらも責任がある。 その辺を調整しながら、盛り上げる。 しかし面白いことこの上ない。
若い人のエネルギーを戴く感じである。 若いということは、本当にいいことだ。とにかく明るい! 花が咲いたという例えがピッタシである。 それと時代に左右されている。
彼等はとにかく携帯電話世代だ。 意思疎通の早い事が特徴で、感覚が研ぎ澄まされている。 新人類から、宇宙人といってよいのかもしれない。 反面、孤独という一番大切な世界を知らない。
宇宙人といえば、かぐや姫のストーリ何か今の時代になってみると 以前事実に近い事があったのではと、イメージが湧く。
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2002年04月01日(月)
聞き役
学生時代読んだ本に、カーネギーの「人を動かす」という本があった。 その中にあったデールの6原則があった。確か 1、名前を覚える 2、聞き手にまわる 3、誠実な関心を寄せる 4、相手の関心を把握する 5、笑顔で接する 6、褒める と記憶している。
学生時代まだ田舎を出たばかりで、 人間関係の都会的センスが身についてなかった。 どうしたら人に好かれるか上手くやれるかに、悩んでいた時にこれを読んだ。
即実行、ものの半年もしないうち世界が一変した? もちろん男だが、友人が私の周りにオオバーに云えば屯したのである。 そうも上手くいくものかと自分で驚いたものだ。
特に聞き役は大変だ。 そこですぐ覚えたのは、聞いたフリをして他の事を考える事である。 と同時に関心の中心に、相手の話題を掘り下げてやる事である。
あの頃は頭でっかちである。 誰かに知ったばかりの知識をヒケラカシタイ歳である。 誰か聞いて欲しいのである。 また孤独で自分を知って欲しいのだ。 そして2年続けていたら馬鹿馬鹿しくなった。
「おれはカウンセラーじゃねえぞ!」 「今度は逆をやってみよう!」
ヒステリック的に自分でハッタリをかましてみようと。 その時読んだ本が「教祖の話術」−赤塚行雄ーであった。 聞き役の寡黙の男が、急にわめきだしたのだから周りは吃驚した。 そしてその話にそのバックあるから、その効果があった。
行動科学のシュミレーションをしていたことになる。
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