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堀井On-Line
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2002年01月06日(日)
システム・エンジェニアーSE
ソフトハウスの仕事の柱になるのは、SEである。 去年、下の息子がアメリカの会計系のコンサルタント会社に就職した。 勤めて初めての帰省で、会社の内容ー特にシステムー を少しでも聞いてみた。あまり多く聞くチャンスがなかったが、 「仕事内容は実際何だ?」と聞いたところ、意外な返事であった。
会計を中心としたシステムの「システムエンジニア」であった。 なるほど!と思ったが、当然といえば当然だ。 会社の(システム)改革は、新しい進んだソフトを導入することである。
そこでハッとした、事業も考えてみたらシステム・エンジニアでないかと! 会社作りもそうだ。時代のニーズに対する、新しいシステム設計とそのカタチ 作り(業態)を起業というのでは?間違えていれば即座に破壊される。
GE のウェルチのNO1戦略も事業のシステム設計でなかったか? 設計会社も考えてみれば、システム設計が本来の仕事である。 この事は全ての事業に云える事でないか。少し飛躍した論になってきたが、 情報社会において、「システムとして選択と集中の設計」がもっとも大事な課題 であることは確かである。
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2002年01月05日(土)
孤独に強い人は、これができるかどうかである。 一人で楽しみを見つけ・・・、書いていて気がついた、 それって「お宅」でないか。似ているがやはり違う。
それは一人遊びのできない人が表面を見て、いっているのではないか? 結局中途半端のそれをいうのではないか? 字のとおり、部屋に引きこもって自分の殻にこもった状態をいう。
山登りや釣りはやらないが、これなど一人遊びの典型である。 別にそれをお宅といわない。 読書好きの人もお宅といわない。
自分の強みは孤独に強いことだ。人に何かを求めないこと、求めても そこに何もないことを、経験上知っているためだ。 結局人間最後は一人だ。そこでボールを一人でバウンドさせていくしかない。 そうしていれば、人が面白そうと自然に寄ってくるものだ。
「禅」とは、その修行によって、字のとおり単(一人)ということを示すことだ「示単」。これはある有名な禅僧から直接聞いたことだ。 そこで自分の好きのことを見つけ、 それを楽しむことから始めなくてはならない。その積み重ねが個性を作る。
ノイローゼになる人をみていると、これができない人だ。 常に人に何かを求めているか、頼っているからだ。
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2002年01月04日(金)
TVであるが、元旦の小沢征爾のウイーン・フィルニューイヤ・コンサートが 素晴らしい内容であった。 あまり興味のない分野だが、日本人初のこの指揮を生放送ということで見てみた。もちろんウイーンからの生である。
シュトラウスの「ラデッキー行進曲」やワルツ「美しく青きドナウ」などであった。
それに合わせ他の?お城でダンスを踊っているのが中継されていた。 夢のような世界であった。 指揮者・演奏者・観客が一体になり音楽の世界に入りこんでいる、 歓喜の世界であった。
当然最後はアンコールの拍手の渦であった。 この音楽会でこの曲を聴く前と後、というくらいのインパクトを与えるのが芸術の力である。あの場面にいたら、その位の気持ちになったのでなかろうか。 歓喜・感激はそれ位のインパクトを人間の心に与えるものである。
音楽などの芸術は、宇宙・大自然の中のあるメッセージを一瞬にとらえ、 作品に仕上げたものであろう。 それを会場の全員がそのまま受け取っているのでないか。 歓喜は当然のことだ。
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2002年01月03日(木)
「歓喜ー>理智ー>意志ー>気ー>肉体」 私にある知人が転勤で引っ越していく時の挨拶の文書に書いてあった文章の 1文である。「生きてきて人生これだと思う」という内容だった。
その時私がこの文章を解釈するために考えた「たとえ話」がある。 実を言うと私は「たとえ話」を自分の思考法に昔から使っている。
喩えの名人になってしまった?いや迷人か。
この時の喩えは、巨人の9連覇の選手である。彼らの多くが監督、コーチになっている。 もちろんそれだけの才能があったからだが、多くの試合と優勝積み重ねの中で、 上記の内容を全身全霊に体験したからである。
勝ち癖ををつけろということは、こういうことである。 どんな奇麗事をいっても所詮「歓喜ー>理智ー>・・・」の経験にかなわないのは、 それは理智に留まっているからである。
秘境ツアーにいそいそいくのは、自然・歴史の中の対象に感動し歓喜するからである。 薬物とか、酒でそれを求めると「歓喜」のそれだけになってしまうから、不自然の カタチになってしまうからだ。
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2002年01月02日(水)
捨てる技術という本が数年前、ベストセラーになった。 それに対し、立花隆が全く正反対の立場であった。
その本を読み数年前、思い切って本を八割かた捨ててしまった。 そして後で後悔した、といってさっぱりしたことも事実だ。 矛盾が残った。
先日図書館で野口悠紀雄の「超」整理法3を借りてきて読み、感じるところがあった。 パソコンの「ゴミ箱」の考え方である。−とりあえず捨てるのである。 後で拾いなおすことができる。
「バッファー」という概念である。ショックを吸収するための緩衝器である。 「廃棄バッファー」が重要だという。
ベストセラーの「捨てる技術」と立花隆の反論の中間の?方法である。 具体てきにいうと「多分必要でない書類を」収容する封筒をまず作ること、 次にそれを収容する箱を作ることである。要するに「保存ごみ」である。 保存することによって捨てることができる。
捨ててしまった中に宝があったのに?といつも疑念が残っている。 分ければ、資源になるのに?とかも。
「到知」という雑誌を捨てようかどうかかどうか迷っていたが、そうだ自宅の 倉庫に整理しておいて置けばいい!とか、新しい考えが出てきた。
新聞の切り抜きもしかり、「随想日記の保存分類ごとに封筒を作り」 放り込んでおけばいい。
ホームページを立ち上げ、運営してきづいたことは、 ホームページの本質は、ストックでなくフローであるということだ。 それがそのままストックになっていく楽しみだ。 捨てる技術がそのままシステムでできることだ。
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2002年01月01日(火)
今年のキーワードは「リセット」と,年末に挨拶に行った銀行支店長が言っていた。実際のところそのとうりである。
21世紀的なものへの、変わるべきところへのリセットである。 自分自身に対しても同じことが言える。世界、日本にとって政治経済で 白紙からの出発の年といっていいだろう。その背後は 情報革命の本格的影響が本流になってきたためだ。
何を変え、何を更に充実すべきかよーく見きわめなくてはならない。 ここで一歩間違うと、とんでもない事態に陥ってしまう瀬戸際の年である。
まず変わらなくてならないのは、自分の脳からであろう。 どう変わらなければならないか、新年じっくり考えてみる。 やはり個人はホームページの充実、会社も社内ネット化とホームページの充実である。
あとは今の事業の棚卸である。
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2001年12月31日(月)
「ビージョナル・カンパニー」という本を知人に紹介され、 その後その人と酒を飲んだ。ある目的のために人材を集めるのでなく、 まずよい人材を集め、それから何をやるか決める、という逆の見方である。 考えてみればその方が正論である。
ある人材が何人か出会い、さて何をやるかを考えそれをやり遂げていく。 その上で明確な目標をきめていく方が筋が通っている。
酒を飲みながら、それではよい人材とはどういう才能をいうのだろうか? という話の内容になった。酔っ払いが話しているのだから、 いい加減の内容であったが、それでも結構真実をついていた。
「自分で問題を見つけ、それを解決する手順を考え、 着実に実行やり遂げる能力である。」それがその時の結論であった。
そう考えると、私も悪い人材ではないと少し安心した。 そういう目で周辺を見渡すと、なるほどと思う。両親、兄、姉、義兄も元上司、友人を見渡せた。 大学時代のあの男、高校のあの男、なるほどと思った。
その視点で見たとき、よい人材といえる人はごく僅かである。 その点で誰もが安心してよいのではないか。
その時、その知人が言うに、「ビジョンとは、夜旅をしている人が星を目安にして、自分の位置を確認する。その人の一つの星がビジョンでないか。 それを時々確認しながら一山二山乗り越えていくことではないか」 なるほどといやに合点した。
日本的に言えば「志を持つ」ということか。 来年は自分の若いときの志はなんであったかを、早々考え直してみよう。
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2001年12月30日(日)
地理的にみるとオーストラリアとハワイの中間点、 日本より飛行機で7^8時間位か。もう9年なる。
この世のパラダイスという言葉が似合う小国である。 ハワイの観光化する以前の、何ともいえないのどかさを残している国である。
人がいい!、フィジアンといって無垢な温かい素朴な人なつこい国民性。 世界にまだこのような世界が存在していたとは! NHKでも‘フィジーの特集’をしていた。
一度行けばその魅力にとりつかれるはずである。 今でも映画館が男女別席である。小さい島国なのにまたその周辺に、 多くのミニの島よりなりったている。 島そのものがホテルになっているところもある。
他の南国はハワイとニュージーランドしか行ってないので、 他と比べる事はできないが、華やかな観光がない分、 海と空の素晴らしさを満喫できたのかもしれない。
そこで行ったカーマ島がよかった。小さな島で一周一時間ぐらい、1人で 海岸を一周してきた。おとぎの国に迷い込んだようであった。
たまたまその日が日曜日。住民はホテルの従業員とその家族が、 小さな教会でお祈りをしていたのが印象的であった。
会社の社員旅行で行ったが、そのうちの1人が新婚旅行で行ったと聞いた。 そしてあらためてその素晴らしさを知ったと風のたよりで聞いた。 南洋の楽園とはよく言ったものである。
もし海の綺麗な、静かな天国のような島に行ってみたいなら フィジーがいい。
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2001年12月29日(土)
大倒産時代 今年四月に出版された、帝国バンクの情報部長の「大倒産」 を図書館から借りてきて読んでみて、その深刻さに改めて驚いた。
そのサブ表題が、今年から来年にかけて、過去最大の倒産ラッシュに 襲われるという。今年はこの表題ほどでなかった?から来年がそのしわ寄せ が大きくなるのではと不安になってきた。100万社の倒産予備軍控えているという。
今年2万社が倒産しているが、その予備軍の二割から三割が、 この数年で倒産するとしたら、一年で5万社あたりになる。 考えただけで背筋が寒くなる。
データーから読むとそう考えざるを得ないという。まずは来年4月のペイオフの第一弾、そしてその翌年四月の第二段と控えている。
今もそれに近いが、倒産が日常茶飯事になりつつある。 身近にマイカルが、新潟鉄工が、新潟中央銀行が倒産したが、それが日常になり驚かない時代に入ってきた。
それが飛び火して身近の火事にならないという保障がない時代である。 誰もが未体験ゾーンに入ってしまった感が出てきた。 とくに今まで溜まっていた膿が来年一挙に出ようとしている。
この本によると、「放漫経営による倒産」は死語に成ってしまったという。 「不況倒産」がほとんどという。この波は新構造不況業種を洗い、名門・ 老舗企業を飲みこんでいく。発火点は地方都市より始まり、大都会へと荒れ狂うという。
その典型が長岡市であり、新潟市に思えて仕方がない。 公共工事が多く占めている新潟県は直撃そのものである。
その中で経営者はケチ、ガンコ、ムクチが必要要素とか。 それにしてもそこまできたか!というのが実感である。
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2001年12月28日(金)
中途採用は‘男で、一ヶ所でオぺレーションを4〜5年以上やってきた キャリア’以外は入れない。 間違えて入れたらトンデモナイ苦労を背負い込むからだ。
ある日のこと,ライバルになる会社の事務の責任者と名乗る女性から電話が入った。
「会いたいといい、どうしても面接をしてくれ」という。 かなり強引の電話内容であった、そうして会った。 「取引先から貴方の事を聞いた、ほれ込んだぜひ自分を使ってほしい」 とのこと。
私もドライだが、こういう小説みたいな内容はまずい位は解かっている。 それより立ち上げの時は、なるべく汚れてない(癖のついてない) 人間を集めないと、空中分解をする可能性を孕む。 当たり前のことだが、人間は過去の経験に縛られて一歩もそれから出れない 性をもつ、更にそれに対し無自覚だ。
その意味で立ち上げ(創業)の一番の要素になる。 もちろんその話は成立しなかった。 次はマネージャーである。初めは潰れたばかりの建築メーカの元課長。 癖がついていてマネジャーに不適任。すぐ話し合い解消、次の人選。
時計やの2代目!これも一週間でヤメ。そうだリクルートしかないと、 東京まで中途採用の関連会社に出向いて、広告と面接!そして応募してきた今の支配人と出会う。
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