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堀井On-Line
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2001年10月21日(日)
この言葉を聴いたとき、‘へーえこんな言葉もあるんだ!’と驚いた。
また言葉のもつ深さと魅力もその時感じた。しかしその時はそれ以上深く考えなかった。
そこでその意味を考えてみた。この言葉から考えられる言葉は露悪、偽善、
露善というところか。善悪はそれぞれの価値のプラスマイナスの表現でしかない。
偽善もしかり、うけるイメージはその価値観のプラスを演じること、いや実際は
マイナスだがプラスに表面を見せておこうという時に使う。
偽悪はその対極にある場合に使う。
その価値観に捉われないために、むしろマイナスを演じる事をいう。
それを意識して演じて、その価値観がいかにつまらない事をジェスチャーして見せる為にする行為か。
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2001年10月20日(土)
物覚えのついた4〜5歳のころから、年末の31日にお年玉を姉兄揃って貰った。それが楽しみだった事を思い出す。
一旦渡しておいて、次の日に全額取り上げられるのだ。
そして貯金通帳に入れられてしまう。高校になるまでそれが続いた。
そして高校に入って暫くすると、なにか株を自分で考えて決めろと言う。
そしてある株を買った。その日から株式のコナーを目を凝らしてみるようになった。
子供のころから、両親に玩具を一回も買って貰った憶えがない。
子供のころ友達の家に行くと、箱に玩具が一杯入っているのを見て、
信じられなかった事を今でもありありと憶えている。
といってお年玉は自分で稼いだ金でないことも確かだ。
株の上達の本を読んだとき、
「まずは種銭をつくれ、それも強い金でなくてはならない。それは自分が
汗水を流した芯のある金でなくてはならない。そういう金でなくては株で利益は
絶対にあげることは不可能だ」これは事業でも当たり前だ。
しかしこの強い金を創るのが一番大変なのである。
父は子供たちに、我慢をしてまず種銭つくりを教えたかったのだ。
お金に対してシビアなのは、実際のこういう教育があったからだ。
実際のところ、金に対してみるところあまりにも甘い。
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2001年10月19日(金)
事業を興そうとした時、まず問題になるのが事業資金である。 俗に言う種銭である!これが硬くないと芯にならない。
資金の芯が甘くなると、事業そのものが甘くなる。 二代目とか婿養子が事業で失敗するのが、それが解ってないケースが多い。
松下幸之助しても、中内功も出発点でそれなりに財産があった。 全くなかったのは私がしっている範囲では、山種証券を興した山崎種三と、 国際興業を興した小佐野賢治と、ニュー大谷の大谷某ぐらいだ。
そのくらい種銭をつくるのが大変で時間がかかる。 20歳の頃読んだ山崎種三の自伝がおもしろかった。
「米屋小僧をしていた時、鼠を捕まえて警察に持っていくと僅かな報奨金が もらえた。米屋なのでいくらでも鼠がいる、毎日鼠とりで捕まえ警察に持って行った。 親方の許可を得て、その金でヒヨコを買った。落ちている米をヒヨコにやり育て、 鶏から卵をとって、それを金に変えこつこつ貯めた。それを元手で成長しそうな株を買った。 そうしてそれを拡大して株師になり株の取引会社までつくった」
それをよんだ時、ハッとした。 父親が恐らくその話を知っていたのではと思ったからだ。
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2001年10月18日(木)
9月半ばに至近にある駅前で最期の旅館の‘たけや’が廃業した。この10年で
小竹旅館、みゆき旅館、大野屋、菊や、越路会館、琥珀、篠田旅館、大山旅館等々10軒あまりが廃業した。
当社等の宿泊主体のビジネス系のホテルに、客を奪われたのが主原因だ。
新潟市内の80パーセントが、この20年で廃業したという。
旅館に何人か知り合いがいたが、本人の自殺とか、夜逃げとか?奥さんの自殺とか
悲惨だ。旅館関係の人にはお妾さん、ヤクザ、花柳界出身者が多い。その筋の人が小金を溜めて
堅気の仕事というのが、その出発点らしい。それにしても見事消滅してしまった。
この次に危ないのが、割烹旅館で風前の灯火とか。
数万円もする割烹の客は,すべてとは言わないが ‘交際費ー実質はたかり’の客そのもの。
当然ながら淘汰されるべき人種。そのミニ犯罪に近い客を相手にしているのだから、
整理されて当然である。これは殆ど全ての商売・仕事に言えることだが、 他人事でなくなってきた。
時代の変化があまりに激しい。
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2001年10月16日(火)
犬ー子供のころのペットは懐かしい。
猫がいて猿がいて、犬のコロがいた。初代コロである。
白と茶と黒の混ざった雑種のムクイヌみたいな犬であった。
一番のおもちゃと同時に友達みたいであった。初めて出会ったころは私の6歳の頃か。
少し頭が悪く、人がいい?ところがあった、当時は放し飼いで、
時たま行方不明になったりした。近くの高砂園というお茶屋の犬がライバルで、
喧嘩ばかりしていた。家族にも従業員にもお客にも、愛されていた。
最後は病気で死んだが、ペットといえば一番印象に残っているのがこのコロである。 次のコロは、長岡駅駅裏に10歳の頃住んでた時、前の家主の飼っていた犬であった。
九州に引っ越した為、そのまま飼っていた。
細い茶色の猟犬のメス犬で、家付きの犬のせいか陰のある犬であった。
猟犬のため鼠をよく獲っていた。この犬はよく子供を産んでいたが、捨てにいった後一晩中
啼いていたのを思い出す。4年後に交通事故で死んだ。
よくしたもので、その直後小さな柴犬が紛れ込んできた。恐らく逃げ出したのだろうが、
愛想ががよくそのまま居つき、10数年後行方不明になった。
学生時代、夏休み等の長期休暇の暇つぶしに、石灯籠に飛び乗る芸当を教え込んだ。
その犬を散歩に連れて行ったら、橋の欄干に自分で飛び乗った。そのまま彼女の芸になった。
結婚後は家内がペットが嫌いで飼ってない。
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2001年10月15日(月)
私ん周辺に非常に強い人がいる。 何を持って強いのかと難しいことは横において、
そういう人を観察してみると、10歳位までに両親の愛情をたっぷり注がれている。 逆に弱い人はその時期、両親の不和とかで愛情が中途半端な人が多い。
精神の柱が愛情で出来ているのではと思われる。 そういう人は、明るい、暖かい、さっぱりしているが反面,我侭だ。 人生の何かを教えられる。
そこで自身は如何であろうか。 少なくとも10歳までは、多くの人にたっぷりそそがれたことに氣づいた。 両親からはベタベタしたそれでなく、間接的な絹木綿的な感覚の愛情であったようだ。 やはり直接しっかりとじかに愛情を受けた人は違う。
愛情のなかで親の愛情ほど、強いものはない。一番の自我愛だからだろう。 だからその子は我侭になってしまうのだろう。
子供にとって両親の不和ほど不幸の事はない。
子供に対しては絶対愛と夫婦愛の両輪が必要という事か。
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2001年10月14日(日)
10年前の話になるが、新潟の大蔵ホテルで野村と円楽の講演会があった。
メインが円楽で前座が野村であった。もちろん私も円楽がまず面白そうで、
野村もまあ面白いのではと期待していった。
野村が出てきた、そして黙って会場を見渡し、ニヤッと笑い、
「大部分は女性ですね、私の話なぞ如何でも言いと思っているんしょう。
円楽の刺身のツマぐらいと思ってるのでしょう」実際そうでだったから、
ザワツイテイタ会場はシーンとなってしまった。その瞬間に野村のペースに
聞き手をのせてしまった。
ー要点はー ・自分は投手の練習用のキャチャー「壁」として採用され
・数年後解雇を言い渡された・丁度その時父親が癌になっていた
・直接上司と掛け合い絶対に辞めないと粘りかろうじて首を免れた
・そのぎりぎりのところでどうしたら一流になれるか考えた
・一流の選手は持って生まれた天性ある、努力だけでは埋めがたい差がある
・そこでぎりぎりのところで、どうしたら一流になるための方法を考えたー頭を使ったー
等々、底から這い上がってきただけに、一言一言が経験にうらずいているためか説得力があった。
また彼も浪人の真っ最中の状態で、話に力が入っていた。
今までにー王、広岡、森と講演を聞いたが、野村だけは底から這い上げって来たためか、 ずば抜けた内容があった。
その日の円楽の話も力が入っていたが、所詮噺家の内容はしれたもの、 しらけた会場の空気が漂っていた 。
さすがキャチャー、瞬間その場を雰囲気をとらえ、自分のペースに捉える術。今でもありありと
憶えている。
9人の選手のうち、一人だけ逆方向を見ているのだから。
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2001年10月13日(土)
この20数年春になると、ほぼ毎年のように新入社員の入社前教育をしている。
以前はまる三日、最近はまる一日になった。
真っ白な若い人に教育する楽しみも以前ほど無くなってきた。
結局家庭のやるべき躾や言葉使いを、基本から教え直すことから始めなくてはならない。
本当にどうなっているのかと、開いた口がふさがらない事が多いが、 もうなんとも思わなくなった。
対話形式で基本的な会話・対話の仕方から教えていく! それはここではどうでもよい話だが、教えるべき要点は
1、本を読むこと 2、日記を書くこと 3、相手の話をきっちり聞き取る事 4、自分の言うべきことを明確にする事 5、メモをとること 6、給料を貰う立場になった事(買い手から売り手の立場の逆転) 7、同質社会ー学校から異質社会に変わった事 8、その会社の制服を着たと同時に、個人はその制服の配役になってしまう事 等々おしえる。
しかし一番勉強になるのが、自分自身である。 毎年春先にこれを真っ白な新卒に教えていると、自分自身にそのまま教える事になるからだ。 全てが大事な事だ。
読書にしろ日記にしろ今でも続けているのは、これを毎年反駁しているからだ。 本当にこれをきっちりやっている人間の少ない事は、今更言うまでも無い。 それでもこのレベルの文章しかかけないのだから、別に如何という事がないのか。
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2001年10月11日(木)
昨日、月刊誌の「現代」と「文芸春秋」を買ってきて、テロの特集を読んだ。
そして今までのの週刊誌と新聞の切り抜きに目を通して、改めて戦慄をおぼえた。
‘日本は恐慌、世界は?必至の状態’は間違いないようだ!
やはり初め直感したとおり、9月11日以前と以後といえる位の段差のある出来事だ。
その重大さが日ごと増していくことを私のみならず感じているはずだ。
成田空港はガラガラ、昨日TVで相撲の元横綱の曙がハワイの観光地の宣伝をしていた。
40パーセントの客が減ったそうだ。実際そんなものですんでないと思われる。
実際古町にしても駅前の飲食店も、20〜30パーセントの売り上げが減るだろう。
そうでもなくても死に掛けているのだから、本当に死活問題であろう。
10日まえに古町にいったとき、ほぼ毎日お茶引き(客が一人も来ないこと)で、
廃業直前とある店のママが言っていた。
当ホテルの第二が飲食客の流れの宿泊が多いが、端的にその減少が見えてきた。
新幹線に警官の姿は年に2〜3日しか見なかったのが、数人車内の中を覗き見ている。
それにしても、あの国会議員の質疑内容のひどい事!日本が6000人殺されても、
黙っていろというのか。国連に提訴して、その判断に従えというのか!アメリカが
その相手を探し出し殺してくれるというのか?
あれが国会で議論されているー実際馬鹿馬鹿しく見てないが見なくとも解る!
国の態をなしてない!どうしてこうなったのだろう?
アメリカの隷属国家に安住しているためだろう。自民党と社会党(社民党)の
今の姿がそのまま現状を表している。
文芸春秋は内容があった。 現代はひどい。
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2001年10月09日(火)
創造とは‘カタチ’ にすることである。
言葉を‘か’と‘かた’と‘かたち’にわけて考えると
‘カ’ は ー神のカー神示ー 発想ーアイデアーインスピレーションであり
‘カタ’は −型,形ー 枠組みにする、 システムを作るということになる。 ( アイデアの実現の計画化ともいえる) 田は字のとうり枠組みであり、 ‘かとた’をつけて形になる。
‘カタチ’ −カタに血(エネルギー)をいれ、カタチにする。
創造について、システム工学の城功氏の本に書いてあった内容であった。
なるほどと唸ったものである。
これはアイデアが出た後、これを実現化していく内容を簡便に分解したもので、 非常にわかりやすい内容であった。
カレーライスを例に取ると、急にカレーが食べたくなったとする。
これがカである。冷蔵庫の材料を頭に浮かべ、スーパーにいって足りない食材を買い、
仕込む、これが形作りである。そして煮込むこれが血である。
これが国作りでも、会社でも、ビルでもみな一緒である。
かー>かたー>かたちー>これを知らないうちに何らかの形でしている。
もちろんこの文章も、そうである。まずはテーマ次に枠組みを考え、時間をかけて修正、
そして一挙に書き上げである。
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