堀井On-Line



[66] ソフト変更

2001年06月27日(水)


昨日よりこのコーナーのソフトが変わった。

今までのものは70日で書いた内容が自動的に消される。

これは写真も貼れる。

そうなると写真日記とダブルという問題もでてくる。

お笑いも分類のコーナーをつくり、見やすくした。

まだ分類の移行ができてないが、徐々にしていくつもりだ。

昨日は3Dホームページソフトの打ち合わせと、このホームページ

の変更の打ち合わをしたが、だんだん形が見えてきた。


[64] おまいり

2001年06月26日(火)


毎日の散歩のユーターンの地蔵様に祈っている言葉がある。
もう4〜5年続けている。

「あの世のお父さんお母さん、運ちゃん(長兄)進ちゃん(次兄)誠ちゃん(次次兄)、
御祖父さん御祖母さん、親戚の人たち、ご先祖様、そして総ての霊が安らかお眠りください。。

仏様有難うございます。そしてご苦労様です。お父さんお母さん有難うございます。
そしてこの世の総ての人達がより良くありますように。特に大変な人こそより良くあります
ように。

かさねてお父さんお母さん有難うございます。
今日一日精一杯活きます。そして笑って暮らします。」

大変な人は、今周辺で大きい問題に突き当たっている人の具体名をあげる。
これを続けているせいか、精神のバランスが崩れることはない。


[63] 秘境ツアーコーナー故障中

2001年06月25日(月)


3Dホームページ作成中故障発生?

明日中に直ります。

ホームページ面白いがメンテとランニング大変!

好きだからやってるが、そうでなくては無理。


[62] あと2週間

2001年06月24日(日)


あと2週間で北欧ロシア旅行だ。

まだ実感がわかない。かなりハードな旅行になりそうだが、

南アフリカやシルクロードからみれば、半分ぐらいだろう。

このコースはやはり外せないコースだ。

ペルーにいった時、同行の人に「旅行道という言葉があるなら

インドは絶対外せない」と言われて、インドに行ってみて納得。

このコースもそれに近い何かを直感した。

それが当たっているかどうか?12日で5カ国、

バスあり飛行機あり船あり、毎日が移動の日々になるが楽しみだ。



[61] 小泉総理メルマガの紹介

2001年06月23日(土)

[61] 小泉総理メルマガの紹介
らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
● 感動のスポーツ

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[大臣のほんねとーく] 

● 私がタケノコ医者であったころ(坂口厚生労働大臣)

 藪医者に至らない医者のことをタケノコ医者という。私が大学院の在学中
で、衛生学を学びながら一方で小児科臨床を1年半ばかり研鑽したある日、
上司の助教授に呼ばれた。

 「宮川村は三重県一の短命村、その調査に一年ばかり行ってはどうか。」
行ってはどうか、は「行ってきたまえ」の命令に等しい。

 平均寿命35歳の短命村へ、結婚間もない私でしたが、妻を残したまま、
赴任した。

 調査とは名ばかり、宮川村の一番奥に旧大杉谷地区があり、約千名の人口
に一カ所の診療所があった。その診療を行いながら、短命の調査研究をやれ
というのだ。

 赴任したのは五月の中頃だったと記憶している。診療所は村立で看護婦さ
んが一人、事務員さんが二人、私の食事や洗濯をしてくれる人が一人、四人
で私を迎えてくれた。診療所の二階が私の住処で、お茶を一杯入れてもらっ
たところで、患者さんの第一号が来たという。

 泣き叫ぶ子供の声に驚いて診察室に入ると、小学校六年生ぐらいの男の子
が床を転がるようにして「痛い、いたい」を連発している。聞けば、耳にコ
ガネムシがはいったという。

 右耳を覗くと、大きなコガネムシがお尻を外にしながら、外耳道いっぱい
に入っている。「どうしましょう」看護婦は私の腕を試すように見ている。
ピンセットでコガネムシのお尻を摘もうとすると、ツルッとすべって、ムシ
はさらに前へ進もうとする。前に進むと、少年は悲鳴をあげて転がった。

 小児科でも耳鼻科でも、コガネムシが外耳道にはいった治療など、習った
ことはなかった。四〇キロ四方、医者なるものは私一人しかいない。「どう
すべきか」患者や家族より、自分の方が心細くなってきた。

 「水を入れたら死なないか」私の言葉に従い、看護婦は水を入れたが、水
がコガネムシの頭の方へ入っていく隙間はなかった。

 一呼吸して、看護婦は手際よく小さい注射器を取り出し、「麻酔液を入れ
ましょう」そういってコガネムシのお尻に注射針を刺した。すぐにムシは動
かなくなり、痛みのなくなった少年は起きあがり、看護婦は巧みにコガネム
シを引き出した。

 以後一年半、私の滞在期間中「婦長さん」と呼び、常に頭が上がらなかっ
た。このときだけでなく、何度も「婦長さん」に助けられて、急場を凌いだ
ことがあった。

 私にとって、医学部のどの教授から教えられたことよりも、この「婦長さ
ん」から教えられたことの方が多かった。お世話になったから言うわけでは
ないが、激務の中で知恵をしぼる看護婦さんの待遇はもう少し考えなければ
ならない。

 現在の保険点数は看護婦さんの頭かずだけを決めている。その仕事内容を
評価すべきだ。医師と看護婦、その教育に違いはあるが、それにしても評価
が違いすぎないか。看護婦さんが辞めて行くのは何故なのか。

 今、私の考えなければならない仕事の一つである。

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[小泉内閣メールマガジン]
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/


[60] 小泉サイト

2001年06月22日(金)


先日パソコン教室の香月先生が、例の小泉首相のメルマガに入ったという。

そこでついでに私も入る事にした。

昨日より早速メールが届いた。

首相のその時々の生の気持ちが書き込まれ100万以上の人に届けられるのだ。

これが情報革命か!と唸ってしまう。100万人が見てるというと本人が

一番楽しいだろうと思う。


[59] 3D-ホームページー三回目打ち合わせ

2001年06月21日(木)


富士総業の小竹さんより3dのホームページの

モニターという話に乗ったがちょっとしたプロジェクトだ。

当たればおお化けする可能性がある。

デジタル文化の1現象を目の当たりにしている。

7月1日を楽しみにしている。

凄い世界に入ったものだ。


[58] 一六会について

2001年06月20日(水)

一六会ー           6月20日記
毎月の16日に第二新館近くの大橋ー料理屋で開かれる。

平均7〜8人集まる会である。

もともと花園のマルヒロ不動産の後藤会長が開いていた会で、

会長が元気な4年前までは20人以上集まっていた会であった。

亡くなった後も続いていること自体不思議なことで、やはり

後藤会長の人柄だったのではないかと思われる。

ただ酒を飲んで騒ぐだけなのだが、全く利害のない集まりで

好きなことを言っても喧嘩にもならないのが良い。

ただ流れているのはやはり後藤会長の好きな連中の集まり

というコンセプトだと思われる。

なんの気を使わず騒げる場もそうあるもでない。平均年齢が

65〜70歳とすこし高いが、それが何ともいえない味を出している。


[57] 3D-ホームページ

2001年06月19日(火)

今日は午前、午後パソコンずけだ。

午前はインテリア山下の南雲さんと、富士総業の小竹さんと3d開発の増嶋さんだ。
そして午後はパソコン教室だ。

一日一日がドラマでもある。
凄い世界だ。

このホームページに、それも構造にだけで、これだけの背後にエネルギーが入っているのだ。
何気なく見過ごしている中に、情報がびっしりつまっているのだ。

情報革命は私の情報を遥かにこえている.

3Dが実際動くのは7月からで実際いまはダウンロードしても動きません。


[56] 母のアルバム

2001年06月18日(月)

昨日母のアルバムを見ていたら、若かりしころの父とその兄弟達の写真があった。

そこでパソコンのアルバムに取り入れようスキャンしたところ、

上部が細くなる写真に映し出された。

何回やってもそうなるので、ひっくり返してやってみてもおなじように上部が細くなる。

怪奇現象化と薄気味悪くなりっていると、TVのBSデジタルラジオから

‘故郷’曲(ウサギ追いしかの川ーーー)が流れてきた。

遇然の一致は解っているがなにか不思議な感覚にになってきた。

仕方がないので隣にならんであった、母の見合い用と聞いていた写真をスキャンする。

何回やっても歪む、かなり小姑に虐められた話を聞いていたので

‘あの世でも上手くいってないのでは’と心配になってきた。

思い出の写真コーナーに載せてある。

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