過失軽薄日記
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管理人は現在杭州にいますが、どこにいようとうすらオタク気味です。 2008年頭に帰国予定。大陸に至った経緯は2006年3月22日あたりをご覧ください。

文中でリンクされている箇所は別窓で開きます。

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2001年12月03日(月)/うっかり倹約令。

昨日の日記は、やはり今日書いているのに昨日書いたふりをしている日記です。昨日のことなのに「今日は〜」とか書くのは、なんかちょっと照れくさいですな。見る人にはどうでもいいことなんですが。

今日は、仕事中珍しくそんなに眠くなかったので、ちょっと喜ばしかったです。しかし私の隣の席の人がとても眠そうにしていたので、というかむしろ眠っていたので、普段の自分を重ね合わせてひどく共感を覚え、心の中で激励の言葉を送りました。自分が眠いときはいろいろと必死なので、周りのことがよくわかりませんが、普通にしていると、眠そうな人がいくらでも見うけられたので、今ここで昼寝の制度を導入することを提案したら、多数決ですみやかに昼寝を勝ち取ることができるのではあるまいかと思いました。眠くないときでもどうせろくなことを考えていません。
そんな有様なので、今日は、自分がこれまで仕事でひどくうっかりな事をしたままであったことが発覚し、結果的に問題にはならなかったとはいえ、とてもスリリングな気分を味わいました。もうちょっと詳しく言うと、私のうっかりAがふとしたことから発覚し、そのことから、実は私がうっかりBでもあったということが導き出され、これを放置しておくと大変ひどい事になりそうだったのです(よくわからない)。ああビックリした。いくら眠くても、多少しっかりしないとひどい目に遭いそうなので、うっかりも休み休みにしたいとその時は考えましたが、そうしたくてもできるとは限らないのが人生の醍醐味ってヤツですよ(何をわかったような口を)。まあ、なるべく倹約したいものです(うっかりを)。

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2001年12月02日(日)/菌添付につき注意。

何やら、今ウィルスが大流行中ですね…。私の家にも、先月の26日あたりから、現在絶賛流行中の2種類の菌(AlizとBADTRANS.B)が、知らない人から頻繁にお届けされています。BADTRANS.Bの方は、一日に1、2通は来ているでしょうか。私は、Nimda以来、IEやOutlookを使うのが恐ろしくなり、ブラウザをNetscape6.1に移行して、それの付属(?)のメールソフトを使っているので、プレビューしただけで感染という事態には陥りませんでしたが、削除するときは多少どきどきしております。
実は、ウィルス添付のメールをもらったのは初めての経験だったので、始めは、「おお〜、これが噂のあれか。Nimdaの時はかすりもしなかったのに。これで私も一人前だ。(何が?)」などと、呑気かつ不謹慎なことを思ってちょっとわくわくしたのですが、こう頻繁にお便りされるとさすがに削除が面倒になってきました。倦怠期ってやつでしょうか(違う)。

私のところに送られてくるものは、宛先が当サイトの連絡先のメールアドレスであることと、BADTRANS.Bの感染の仕方から考えますと、

1.アドレス帳に当サイトの連絡先として指定されている
メールアドレスが登録されている人。
2.当サイト(引越し前も含む)を以前に閲覧しており、
その時のキャッシュがインターネット一時ファイルとして残っている人。

上記のどちらかに当てはまる方から菌添付メールが届いているのではないかと。恐らく2が多いと思われます。知らない方々なので、ウィルス感染を問う連絡などもしかねるのですが、その人が菌感染の事実に気づいていない場合、早くお知らせしたほうがいいなあとも思うので、妙に焦燥感を感じてみたりしています。

さて、今日は、頼もしい仲間のSさんのPCが、BADTRANS.Bに罹患した疑いがあるとの事で、様子を見に行きました。結局、菌には罹っていなかったのでひとまず安心し、今後の防御のためにアンチウィルスソフトを入れたりしていました。しかし、Sさんの家は、危険で魅力的な本を極めて大量に所蔵しているため、なんか途中からそのへんの漫画とかを読み始めて、いつしか宴になってしまいすっかり愉快な気分に。そして菌防御対策は結局中途半端な状態で宴を終えてしまい、あとから申し訳ない気分に。こんなところでなんですが、今日はどうも失礼いたしました。

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2001年11月30日(金)/呂布の純真。

実は、昨日(29日)の日記は、昨日書いたと見せかけて今日更新したものです。このレンタル日記は、過去の記録ばかりか、未来の日記を書く事も可能なようです。便利ですねえ。ここ一週間ほど、さまざまな角度から日記の便利さを思い知らされ中です。
引き続いて三国志7話です。今回は、呂布ファンの人は読まないほうが得策だと思われます。ご注意を。

三国志7では、任意の武将に手紙を送ることなどにより、親密度を高めることが可能です。親密度が高まった武将に「師事」することにより、自キャラの能力値を高めたり、特技を習ったりできるので、目的の能力が秀でた武将とはこぞって仲良しになっておくのが今回の乱世を生き抜くコツのようです。

我が弟も、この武将と仲良しシステム(イヤな命名)がすっかり気に入った様子で、「統治より友情」のコンセプトのもと、「今回は友達100人が目標」などと言いつつ、嬉々としてお目当ての武将に手紙を送りつけます。
彼はその時、自キャラの知力を高めるため、荀イク(漢字が出ません。怨)のもとに足繁く通っては、頭脳強化にいそしんでいたのですが、その直前には、戦闘値の高い武将に師事して、自キャラの戦闘能力を高めることを目論んでおり、戦闘にかけては他の追随を許さぬとのことで、呂布との親交を温めていました。

実は、私と弟の間では呂布の評判はあまり良くありません。二人ともどちらかというと軍師を好むからです。ちょっとした軍師・知力崇拝(バカですな)といってもいいくらいです。ゆえに、言ってしまえば「武力バカ」(すみません)の筆頭である呂布に対しては、冷淡な態度をとりがちです。あっさり美女にだまされる(連環の計)ところも、呂布バッシングに拍車をかけます。
我々にとって呂布とは、「たしかに無類に強いが、知力が低くすぐに裏切るため、共謀するには値せず、係わり合いにならないほうが得策である武将」にすぎませんでした。呂布ファンの方すみません。単に趣味の問題ですので、お気になさらないでください。ともかくそんな感じの我々なので、今回も呂布に対して容赦がありませんでした。

弟「さあ、今月も頭を良くするぞ」
--- 呂布の来訪 ---
ヤケパチ(以下、ヤ)「おお、呂布が会いに来た…?」
弟「ああ、また来たよ。何か、良く訪ねてくるんだよ。
 目的(戦闘値上げ)を果たした今、もう奴には用はないというのに。(ひどい)」
ヤ「まあ、そうだろうね…。(私もひどい)」

そして、次の月。
弟「もっと知力を上げなくては…」
ヤ「そんなに簡単に頭が良くなるなんていいよなあ」
--- 呂布の来訪 ---
ヤ「また呂布が。この人自分の仕事はいいのか?」
弟「俺のほうからは全然会いにいっていないのに何故…。」

さらに、次の月。
弟「まだまだ知力をあげるぞ。目標まであとちょっと」
--- 呂布の来訪 ---
ヤ「…ずいぶんと仲がいいようだが…」
弟「呂布来すぎ。」
ヤ「彼は他に友達がいないのだろうか?」
弟「…。思えばこいつもかわいそうな奴なのかもしれないね…」
ヤ「そうだね…こんなにあんた(弟の操作しているキャラを指す)のことを
  信じているなんて。…単にだまされやすいだけなのかもしれないね…」

なんか、最初のほうはいつもどおり呂布に厳しかったのですが、
あまりにも頻繁に友のもとに馳せ参じる彼を見ているうちに、次第に、
本当は人を信じやすい上、情に厚いため、一旦これだと信じたらその人のことばかりにかまけてしまい、別の人間を裏切ってしまいがちな、純朴で気の毒な人であるというような気になってきて、しんみりしました。
結論としては、呂布の株が上がりました。いままですまなかった呂布よ(えらそう)。

ところで私は三国志の中では陸遜が一番好きなのですが、前回はまったくそんなそぶりを見せずに日記を書いてしまったことをお詫びします。詫びられても困るでしょうが。すみません。

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2001年11月29日(木)/陸遜フォーエバー。

今日も仕事中いつもと同じように猛烈に眠かったのですが、血圧は測りませんでした。自分をごまかすのはもうやめだ。そんなかっこよさげなことをいってもごまかしてもごまかさなくてもどうせ眠いのでどうしようもありません。
さて、今回は三国志を知らぬ人にはよくわからない話を持ち出してきました。
早くもピンポイントな話題ばかりを繰り出すあきれた日記に成長し、書いている本人も唖然。どうすることもできません。

少し前に弟がPS2版の三国志7を購入し、血眼になって天下統一に励んでおります。我が家(私と弟)には、新しい三国志が出ると必ず一度はそれをやらずにはおかぬという習慣があります。とはいっても、私はもっぱら弟のプレイ画面を見ながら横槍を入れているだけですが。
三国志では、知力、政治、戦闘、魅力といった各パラメータの大小で武将たちの能力を表現しているわけですが、毎回毎回、同一人物であってもわりと各設定値で変動が見られることがあります。三国志6では戦闘80でなかなか強かった人が、7になったら67くらいになってていまいち冴えなくなっていたりするのです。自分の思い入れのある人物はやはり強くあってほしいため、武将能力値設定をめぐっては、一喜一憂のドラマが展開されたりします。私の家だけでしょうか?かくして三国志の新作をやる際には、まずは「気になるあの人は今回どのくらい強い、あるいは弱いのか」を確認する作業に没頭するのが我が家の恒例行事であり、今回もその例に漏れず、さっそく手当たり次第にその辺の武将をつかまえては、各能力値を喜んだり悲しんだりする大会が開かれました(参加者二名)。

「呂蒙はずいぶん知力を削られたなあ」「こりゃちょっと気の毒だ」
「田豊の知力が高すぎ」「まあ許してやれ(←何様ですか)」
「あッ!なんか孔明の知力が低いぞ」「その代わりに政治が高いのか」
「なるほど」「ああ、いたよなあ荊道栄なんてやつが」
「おお、この時代に珍しい3文字名前。王子服なんてのもいたね」
「(二人で)ははははは!(←何がおかしいのか)」
「おッ!馬超!」「馬超!(無意味な連呼)」
「(二人で)ははははは!(←何がおかしいのか)」
等々、地味かつ異様にエキサイトしつつひたすら武将たちのパラメータ画面を眺め続ける我々。そして武将巡り(どことなくイヤな表現)もいよいよクライマックスに。

弟「おお〜、陸遜強い(満足そうに)」
ヤケパチ(以下、ヤ)「うおお、強い。しかし破格の扱いではないか?(能力値が)」
弟「いや、期待値込みでは。(三国志での)登場がもっと早かったら
  これくらいはやったのであろうという…」
ヤ「まあ、異存はないが。陸遜が強いのは私も歓迎だ。」
弟「陸遜いいなあ。」
ヤ「顔グラフィックも、やたらとかっこいいぞ。素晴らしい(満足そうに)。」
弟「いいよ陸遜。」
何やら、陸遜に対しきわめて好意的な我々。

こんな風にして夜は更けていきます。むしろ明けます(全然駄目だ)。三国志は楽しいなあ。まともにプレイする前からこんなに楽しいなんてどうかしているんじゃないのか(我々の頭が)。

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2001年11月28日(水)/血圧卒業。

日記の年間使用料を払ったおかげで、広告が消えましたね。広告もそこまで忌避するものでもないとは思うのですが、この彩度をむやみに抑えまくった色調の頁に、キレイなパステルカラーで「もらえちゃう!あなたの肌にベストなコスメ云々」だとか書かれた華やかっぽい広告の数々があまりにもそぐわないため、被害妄想的に居心地の悪い思いをしていたので、ようやく落ち着きが得られましたよ。やれやれ。

職場に、自動で血圧を測る機械があって、私もたまに測るのですが、いつ測ってみても上が100を下回ります。しかし、健康診断等で手動で計る際には、いたって普通の値をマークするのでどっちを信じたら良いものやら。機械の点のつけ方が辛いのでしょうか?
しかし、どうも私がいつも眠くてテンションが低いために血圧もイマイチ盛り上がらないのかも知れぬというような気にもなってきて、目下の自分内での争点となっています。といいますのも、これまで私が血圧を測るほとんどの場合において、大変に眠い時「いかん。このままでは意識不明に。ここは喝を入れるためにひとつ血圧でも」とかいった動機が得られた場合に、測定に赴くといった傾向が見られるからであります。こういうときは、あの腕の圧迫感に喝を期待している模様(どうでもいい説明)。

そんなわけなので、もっとこう…楽しいことでも考えて気分が昂揚したときに測定すればまた違った趣の値が得られるのかもしれません。というか意図的に期待する結果を得ようとか喝とか言っている時点で血圧測定の意義を取り違えており、結局どうしても眠いのでそろそろ別の眠気覚ましを考えたほうが良いような気が。どうしたものやら。

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ヤケパチ |電信家頁

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