日記帳

2004年05月19日(水) オバーチャン

昨夜娘が寝付いてから、大阪の祖母から電話があった。

毎年盆暮れ以外にもGWには必ず帰省するのだが、今年は義父母の体調不良と祖母の目の手術とが重なり、すっかりご無沙汰。

夫は祖母の大のお気に入りということもあって、嫁の私にもなにかとよくしてくれる。

そして私はお年寄り好きで、彼女のコッテコテの大阪弁を心底愛している。

引越しのお知らせが届いたのに返事を書かずにすまなかった、入院中にこちらが出した手紙と写真が届いて嬉しかった、というようなところから入り、まあ喋る喋る、おばあちゃんお元気そうでほんとになにより。

義父の風邪について。
「あれはもう肺炎直前まで行った。懲りたのか、タバコが2箱残っていたのに吸わんとほかした。まー、頬がこけてすっかり顔付きが変わった」
「はーそうでしたかー」
「会うてないけどな」
・・・会ってないんか。

通っていた病院について。
「中島のあの○○ちゅう新しいビルあるやろ、あそこまで通ってん」
すみません、大阪よくわからない。

引越したことについて。
「引越してよかったね、おめでとうさん」
「ありがとうございますー」
「Y子(義母の名前)にな、いろいろ聞いたけど、細かいこといちいちは忘れたけどな」
言わなくていい、言わなくて。

と話しながらつっこみどころ満載で、受話器を持つ手が何回か震えた。笑ってしまって。

いや電話でよかった。思う存分顔だけ笑って口はそつなく動いてってのが許されたから。あーこんな孫嫁ですみません。

もう、本当に大好きなんだから。長生きしてください。



2004年05月18日(火) 小児科

今朝もましな時間に起きた。やればできるじゃないか。
※小学生、いや園児以下というご指摘はまた後日。

ところで娘の手の平に発疹が。熱はないけど口の中も痛がる。
感染るものだと困る。病院へ行こう。

せっかくだから新しくお医者さんを開拓しよう。こないだ散歩の途中で見かけた内科小児科へ行ってみよう。コドモ乗せ自転車がいっぱい止まってたあそこ。

急ぐわけじゃないからゆっくりめに、と10時過ぎに行ったんだが、かえって裏目に出たか。ものすごい混雑ぶり。

待合室は母子でごった返している。一度帰って出直そうかと受付に申し出ると、「あと五人くらいですよ」とやんわり引留められる。午前中は小児科と内科が別々だけど、午後はいっしょくたに待つことになるらしい。

娘は多分待合室の中で一番軽症、そりゃそうだ、ただ手の平がかゆいだけだもの。
元気いっぱいでなんだか申し訳ない。

30分ほど待って名前を呼ばれた。娘は待合室のおもちゃに夢中。早く早くと抱き上げると、「たちゅけてくりーーーーー」と絶叫。ひ、人聞きの悪い。
※他のオコサマに真似されたよ・・・。「たちゅけてくりー、だって」「たちゅけてーだって」ひそひそ。笑われてんぞ、娘。

ドアの向こうは診察室かと思いきや、問診するだけのスペースらしい。看護婦さんにカーサン説明。ここにもミッフィーだのミッキーだのプーだのが並んでいて、ヒートアップした娘ちょっと落ち着いた。なるほどー。ワンクッション置いて、クールダウンする仕組み?

待つこと少々、初めてお目にかかる先生は見目麗しい女医さんだった。ひょっとして年下か同じくらいか。・・・美人だ。

話の聞き方といい、説明の仕方といい、なるほど人気の秘密を知ったような気分。

「手足口病を心配していらしたと思いますが、違いますよ」と手足口病の発疹を写真で見せてくれた。そしてもしそうだとしても、特効薬もないので過ぎ去るのを待つしかないんですよ、と微笑む。ついでに手足口病のプリントもくれる。

娘、口の中を見せるときだけは身を捩って暴れたが、それ以外はおとなしくしていた。たぶん、先生が女性だからかな。
※女医さん礼賛ではない。相性の悪い女医さんも過去にいたよ>自分の皮膚科。

手は単なるかぶれ、口は口内炎と診断された。ほっ。

患者側の手持ちの薬の有無を確かめ、ないものだけを処方しようとする姿勢にも好感がもてた。

繁盛する医者には、やはりそれだけの魅力があるのね。



2004年05月17日(月) 再児童館

カーサン昨日は1日薄く頭痛が続いて、初めて偏頭痛の薬を飲んで寝た。

いやこりゃすごい。この薬飲むのは、寝る前限定だな。寝てても目が回ったぞ。その代わり、少しずつだけどはっきりと、頭痛している血管が修復されてるのがわかった。すげー、現代の医学。

そして昨夜も大量に水分を摂った娘、今朝泣いたと思ったらパジャマのおしりがびしょびしょ。いわんこっちゃない。

七時過ぎくらいだったので、こりゃいいやと娘を起こす。カーサンの頭痛も消えてなくなっているし。

寝ぼけているんだか機嫌が悪いあてつけなんだか、朝からスパゲッティを作れという。「ちゅるちゅるよう!ちゅるちゅるちゅくるよう!」作るのは私だ。

カーサンはトースト、娘はミートソース。なんちゅう食卓。

眠気の去らない娘とじゃ、家の中だけでは持て余す。かといって公園もこの湿気じゃあ。

というわけで行ってきましたよ、児童館。時間が早かったせいか、先客は一組だけでしかも初めての来館だったらしく、すぐ帰っちゃった。

ぽつーんと私と娘。でも目新しいおもちゃで娘は目が覚めた様子。
よかったよかった。

なにやらごにょごにょしゃべりながら、ひとりでおままごとしている娘を横目に、カーサン児童館にあった「タッチ」第11巻を熟読。最後はこうだったのね。

なんてしてたら、新たに親子さんが登場。よりによってまんが読んでるときに・・・。どうもタイミングが良すぎる。なんかあんのかここ。



2004年05月16日(日) 2歳児の生活

近所に同じお年頃のトモダチもまだいないし、他のオコサマたちの1日を知らないから余計にそう感じるのかもしれないが、娘は水分摂取しすぎなんじゃないだろうか。

「ぎゅーにゅ!」「みじゅ!」「おちゃ!」と四六時中とめどない。しかも量を加減すると「いっぱいちるよ!」と意地汚い要求が。カーサンその台詞嫌いなのよ。

そして果物が好きなのは結構だが、バナナと柑橘類に目がなさすぎる。
「とっちいよ」といえばこのどちらかなのだ。この頃はグレープフルーツ(ルビー)にご執心。

大きい種もありゃ細かい種もあるので、台所でちまちまグレープフルーツを剥いてやっている間にも「ぎゅーにゅ!」とか叫びやがるのでかちんとくる。
今剥いてるんでしょうが。待つという言葉を知らんのかおらー。

娘の体重は11.5キロくらい、12キロないというのに、紙オムツはもはやビッグである。Lではない。吸収がおっつかないのだ。

なにせ大量に水分を摂る。出る量もはんぱじゃない。
※吸い取ったオムツもそりゃもう重い。うーむ、はんぱじゃないのだよ。重みに耐えかねて、ずり落ちてくるのだよ。・・・股下がやけに短いシルエットになってしまうのだよ。しかもガニ股。とほほ。

2歳児ってのは、こんなに水ばっか飲むもんなんでしょうか。
娘はご飯も一応食べるけど(炭水化物・豆類・ちょびっと根菜)お肉も魚もあまり口にしない。それが水分摂取となんか関係あるのかっていうと無いような気もするが。

メリーズパンツのLサイズが買い置きしてあったから使いきってしまいたいのだが、「メリーちゃんいらないよ!グーン!」(グーンはビッグを買ってあった)と娘自ら銘柄指定してくる今日この頃。

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娘の生活習慣について、夫も何かと思うところがあるらしい。

夫帰宅後、遅い夕ご飯を食べ始めると、まだ起きている娘が同様に欲しがるので、揉めるのも面倒なカーサンが娘のお茶碗にちょっぴりご飯をよそってやったりする、それが娘の習慣になってしまうのもいかがなものか、という彼の心配はたしかにごもっとも(やみくもに長文)。

僕が夜遅くに食べなければいいのか、と夫が言う。なに、外で食べてくるっていう意味かい?そうすると母子の食卓が貧困になる可能性大。

夫は、いやもういっそ食べなくてもいいや、とか、朝昼だけで充分とか言い出すので、妻としては健康上それもいかがなものか、と異議を唱える。
会社でせめておにぎりでも食べなきゃ(かなり低レベルな提案)。

さらに、アンタ(妻)が眠いという理由で早寝早起きが出来ないのなら、自分の帰宅を待たなくていいから先に寝ていてくれという。

うーん。それもどうかなあ。

カーサンの精神衛生上よろしくなさそう。帰宅した夫と話すのが、妻にとって大人としゃべる唯一の機会なわけだし。たとえそれが、とるに足らないような、下らない会話だったとしてもよ。

そもそも、夫が早く帰宅すれば全て解決するじゃないのよ、と根本的なつっこみをいれると、それは無理だな、と一言でぴしゃりと片付けられてしまった。

・・・腑に落ちんのう、働きざかりのサラリーマンよ。



2004年05月15日(土) 深大寺へ

深大寺へ行った。バラを見に。おーほっほっほ。優雅ざんしょ(壊れてる)。

以前行ったときにはバラとは無関係で、おそばもぱっとしない所で食べて、でも初めて一眼レフで写真を撮ったのが深大寺だった。

どこのどなたとも存じ上げないオコサンの写真も撮ったりして、自分にコドモが出来る日なんて、まだまだ遠い遠い未来のこと。9〜10年前のことかも。

東京の公園、で検索したら、たまたまバラ園の情報が目に留まったという夫、いつものごとく楽観的である。
大丈夫、そんなに混んでないよきっと。

こういうとき、妻はとことん悲観的だ。最悪に事態まで想像して、ショックを受けないように身構える。
駐車できないかもしれないな、その手前で引き返すかもしれない、いやそれすらできなくて車内が凍るかも。

夫の楽観は、ある意味妻にとっては無責任と紙一重。それくらいは学んださ。

そしていざ吉祥寺を過ぎ、深大寺に近付くと、車がぴたりと止まる。深大寺渋滞だな、こりゃ。悲観シミュレーションその1が実現しただけよ、と妻は思う。

さあいよいよ動かない、ってときに、夫が地図を眺めていたかと思うと細い脇道に左折した。きゃー、出た。脇道入ってあてもなくさまようバージョンの始まりだわきっと、とあくまで悲観的な妻。

と、これがすいすいと細い道を進み、ふと左を見ると臨時駐車場。
おおー、こんなこともあるのね。しかし夫はなぜか右折のウィンカーを出していたので、「左!左!」と後部座席からまるでドリフを観ている小学生のように叫ぶ。
※視界が違うんでしょうか。よくあります、こういうこと。

もし右折してたら「あああああ」と声にならない叫びを飲みこんで、いささかぎこちない車内となったことでしょう。

無事駐車、娘を連れて深大寺に無事到着。無事無事無事。はー、奇跡だよこりゃ。

あそこで曲がってよかったね、ショートカットになってよかったね、駐車できてよかったね、と夫の労をねぎらうと、「地図見てるんですけど」とあくまで夫は冷静。彼にとっては奇跡でもなんでもなく、当然の帰結なのらしい。

あー、そうね、妻の悲観は、取り越し苦労とも言う。

おそばは美味しかったし、そば湯に至っては至福だったし、バラは見事に満開で、妻大満足。

ところで、いつから私は風景に感動するようになったんだろう。
「バラ満開」と聞いても「はーん」「ふーん」としか思わないくせに、実際目にすると「うわーきれい」「うわーすごい」といちいち大興奮。

中学生のとき、母との北海道旅行で「移動中の電車で寝るな」と叱られたこの私が。眠いから風景なんてどうでもいいよ、とふてくされていた私が。

不思議なもんですね。


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