| 2002年05月15日(水) |
ついぞ大きな苦痛を知らず、自分の自我の大敗北を体験したことがなく |
ついぞ大きな苦痛を知らず、自分の自我の大敗北を体験したことがなく 失意のどん底に沈んだことのない者は、ものの役に立たない。
「幸福論」 ヒルティのことば
うーん… その通りだと思う。
| 2002年05月14日(火) |
孤独や悲しみばかりが「現実」ではない。 |
孤独や悲しみばかりが「現実」ではない。
「今の自分を抱きしめていますか」 レオ・バスカリア著
孤独、悲しみ、苦しみ、つらさ、悪いことなど、 そういうものだけが、現実と思い込みがちだ。
いいこと、ありがたいこと、うれしいこと、 楽しいことは、現実ではないと考えがちだ。
そして未来は、どちらかというと、 孤独、悲しみ、苦しみ、つらさなどの 悪いことの延長にあるようについつい考えがちだ。 それが「現実的な考え方」と思い込みがちだし。
けれど、いいこと、嬉しいこと、楽しいことも現実で、 それらを「現実的な考え方」の中に入れないと どうも、かなり偏った一方的な気がする。 明るくて、楽しい未来も描きたいものだ。
| 2002年05月13日(月) |
他の人を「直そう」とすることは、たとえ建設的な批判を述べる場合でも、 |
ほかの人を「直そう」とすることは、 たとえ建設的な批判を述べる場合でも、 相手の間違いと自分の正しさを示すことによって、 実際は攻撃してることにほかなりません。
まず、自分の動機は何か、 今一度確かめてみるのがよいでしょう。 愛の表現になっているだろうか、 それとも攻撃しているのだろうか、と。
「愛は怖れをサバ折りにする」 ジェラルド・G・ポルスキー著
母はいつも、父の行動を直そうと躍起になっている。 ことあるごとに父の考え方が間違っていることを 言い続けている。
しかし…父の行動は直らない。 直す気もないらしい。
母にしたら愛かもしれないが、 端から見てると攻撃にしか見えない… そうして、どんどん、二人のこころが離れていく…
こころが離れても「直す」ことが大事なのだろうかと 娘は疑問に思うのだ。
| 2002年05月12日(日) |
自由はちょうどダイナマイトのように、効果的であるが危険な道具なのだ。 |
自由はちょうどダイナマイトのように、 効果的であるが危険な道具なのだ。
われわれはその正しい取り扱い方を学ばなければならないが、 それには知性と意志を必要とする。
誰でも知っていることだが、許されることと 禁じられることとの境は目に見えないのだ。
「人生の考察」 アレキシス・カレル著
自由って何だろうって、時々考える。 あまり自由を意識することのない私は… たぶん幸せなのだろう。 もちろん、この自由に責任がついて回ることは 実感している。
私にとって、自由は「選択の自由」という感じが強い。 生命が危険にさらされる人とは、違う自由なのかもしれない。 今、日本で、自由がないという人は、どんな「自由」を 求めているんだろう。 気持ちの中の自由だろうか…
| 2002年05月11日(土) |
ある問題を解決しようとするとき、どうしたら最も賢明な策であるかを問うかわりに |
ある問題を解決しようとするとき、 どうしたら最も賢明な策であるかを問うかわりに、 どうしたら最も愛がこもったやりかたになるかを 問うのが良策である。
ヒルティのことば
問題の解決はいつもなかなか、手間がかかる。 いつも自分を守ることが中心になりがちで、 損得ばかりに目が行ってしまうが、 時々は「愛」を中心に考えてもいいのかもしれない。 本当は時々ではないのだろうが、凡人だから いつもはとても出来ないが……
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