| 2002年05月04日(土) |
一つの考え方にとらわれている限り、人生は変わらない。 |
一つの考え方にとらわれている限り、人生は変わらない。
「ゆっくり生きよう!」 リチャード・カールソン著
自分の考え方というのは、強いものだと実感する。 その自分の考え方で、苦しんだり、楽になったりもする…
自分の考え方にこだわるというのも大事だと思うけれど、 違う考えを受け入れるのも大事ではないと思う。 その方が、楽になるときにはなおさらだ…
しかし、自分の考え方は…身に染みついていて そうわかっていても、なかなか…素直に受け入れられない。 自分の考え方を変えるのは、それだけ、強いと思う…
| 2002年05月03日(金) |
人生の多くの事には相対立する原理や考え方が、 |
人生の多くの事には相対立する原理や考え方が、 必ずと言ってよいほど存在しており、どちらが正しいと簡単に 断定し難いように思われる。
どちらの考えが正しいのか、というよりは、 どちらの考えが自分にとってどのような意味を持つかと 考えてみた方が得策であるように思われる。
「働きざかりの心理学」 河合 隼雄著
正しい事を選びたがる人が多いように感じるが、 どちらの考えが自分に意味があるか、合っているのか、 ぴったりくるのか、そういう観点から考えてみることが 必要と思う。 何が正しいのか、正しくないのか、実は曖昧なものだと 思うから…
| 2002年05月01日(水) |
万物はすべて相対的な存在に過ぎない。 |
万物はすべて相対的な存在に過ぎない。 したがって、ふだん無価値だと思われているものに価値があり、 無意味だと思われているものにも、意味がある。
「有」と「無」についても同様なことが言える。 われわれはとかく「有」の価値にのみ目を奪われがちであるが、 「無」には「無」の価値があることを忘れてはならない。 いや、それどころか、「有」が「有」として成り立つには、 「無」のはたらきを必要とする。 「無」がなかったら「有」もないのだ。
守屋 洋著 新釈「老子」より
いつも無価値感に襲われるが、 このことばのように思えれば、救われる。 無価値にも価値があり、 無意味にも意味がある。
本当は、価値があることを知っている。 意味があることも知っている。 けれど、「有」の価値のみに目を奪われるので、 確かに、「無」の価値、意味がないような気になる。
もっと「無」価値を分かった方が、認めた方が 生きやすい気がする。 そして、その方が生きていく上で、自然な気がする。
| 2002年04月30日(火) |
過去20年のあいだに屋根裏部屋にたまったものを調べれば |
過去20年のあいだに屋根裏部屋にたまったものを調べれば、 捨ててもいいような価値のないガラクタも確かに見つかるでしょうが、 すっかり忘れていた、いいものもたくさん見つかるでしょうし、 中には高価なアンティークだってあるかもしれません。
私たちはみな、生きてるあいだにいろいろなものをため込んでいます。 その中には、さがし出してほこりを払えば、誇らしい気分になり、 心が明るくなるようなすばらしい思い出もたくさんあるはずです。
問題は、それらが忘れたい思い出の中にひっそりと隠れていることです。 悪い思い出を避けたいがために、いい思い出を取り出せないでいるのです。
「まにあうよ、いまからでも」 エイブラハムJ・スワルスキー著
引越しをして、実感として思ったことだった。 隠れていたいいものがたくさん出てきて、驚いた。
頭の中とか、心の中は、なかなか引越しもできないし、 全部をひっくり返して、調べることもできないけれど、 たまには、いい思い出さがしとか、自分のいいところさがしを することはとても大事な気がする。
| 2002年04月29日(月) |
私たちはレッテルを貼ることを単にそのひとやものに名前をつけたり |
私たちはレッテルを貼ることを単にそのひとやものに名前をつけたり、 その性質を表したりすることだと考えがちです。 しかし、それによって、それが他と違うものだと自動的に 考えてしまう傾向があることを知らねばなりません。
「覚醒のネットワーク」 上田 紀行著
レッテルは張りたい… 特に自分と違うものに出会ったときには。 その方が、違いがはっきりして、自分が落ち着くからだ。 なんだか、レッテルを貼るとすっきりした気分になる。 そして、その人や、物を排除することが簡単に出来る… (気がする)
どうして、違いがはっきりすると落ち着くのか レッテルを貼るとすっきりするのか、 よくわからないけれど、「違う」ということが それで、受け入れやすくなるのかも知れない。
「違う」と言うことは、それだけ、 受け入れるのに、抵抗があるものなのだろう。 (日本人だけかもしれないが…)
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