Murmure du vent
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幾分吊り上った眼、黒い髪を結い上げ穏やかな口調の中にも強い意思が感じられる人だった。
急な腹痛で受診し救急外来で診察をしてくれたのが彼女だった。 「いつから痛みだしましたか?ここはいかがですか」と私の腹部をゆっくり触診し思わず顔をしかめると「お辛いですね、大丈夫ですよ楽になりますから」そう微笑みかけられた時とてもいい匂いがして私は思わず「何の香りだろう…」そう呟いてしまった。
「カボシャールという香りです…」
採血をして点滴をしているうちに腹痛も治まりベッド脇に彼女がきた。 「検査上は特に心配ないようですから、お帰りになっても大丈夫ですけど」 「だいぶ楽になりました。どういう意味ですか、カボシャールって」
口元が綻ぶと案外幼い表情になった。「強情っぱりという意味です、私のように…」 そういい残して立ち去る彼女からは、再び凛とした気品ある香りが漂った。
今私の心を狂おしくする香りはベッドの中で静かに微笑んでいる。
2004年11月06日(土) |
ヒプノティック・プワゾン |
熟れすぎた無花果は、淫らな女を連想させる。 口に含むと蕩けて媚薬のような毒が舌先に広がり痺れていく。
初めて逢ったのはブルームーンというバーだった。 ブラックベルベットの微かな苦味丁寧に磨かれたバーカウンター、彼女は私の耳元へ唇を寄せ囁いた。 「今夜のような夜にお逢いするのは、危険だと思っていたわ。でも、来てしまった…」
満月の夜だった。
ベッドルームでその意味が分かった。少女のような胸と比べて豊満な臀部そのアンバランスな躰は芳香を放ちながら崩れていく無花果を思わせた。
どこを触れても声が漏れ小さく痙攣する躰。漣がやがてうねる様な大きな波に変わっていく。 「プワゾンの香りのする所へ…キスして…」シーツに爪を立て弓なりになっていく。
記憶の一ページに刻み込こまれた香り、ヒプノティック・プワゾン。
雑踏の中でどこからともなく、狂おしい香りが一瞬鼻腔に流れ込んだ。 「ソワールド・パリ」彼女の香りだ。 「キスをして欲しい所につけるものよ」そう言う彼女の瞳には微かに誘うような小さな炎が見えた。
昼間の白衣姿と月明かりに浮ぶ姿態とはどうしても結びつかなかった。 髪を切ってからはさらに年齢がわからなくなり、年上であることを忘れさせる人だった。
今この腕の中で目を閉じ少しだけ唇を緩め淫らな赤い炎のように身もだえする彼女。
どんなに燃え盛っていても芯は醒めて遠くにいる。 交情を深めてもなおこの手から零れていく水のような人だった。
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