ニューヨーク俳優修行日記
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2002年10月31日(木)

愛してる


愛してる。
とはなかなか言えない。
しかし、”I Love You."は結構言える。
文化の違いもあるけれど、こちらでは親子でアイラブユー
友人同士でアイラブユー、もちろん、恋人も夫婦もアイラブユー。
そんなわけで、日本語よりは言い易い。
だからって、言えば良いものでもないけれど。

P.T.Andersonの新作”Punch Drunk Love”を観た。
良いです。
言葉にしたら嘘になってしまう何かがそこにはあったように思う。
そして、とてもスタイリッシュだ。
相方を連れて、再度、鑑賞する予定。

文章上手く書ける人は本当にうらやましい。
僕は感想文も上手くかけない。
まあとにかく良い映画です。

今日はいよいよドレスリハーサル。
ゲネプロ。
明日はいよいよオフブロードウェイデビュー?!。

この公演の為に、日本語でのリーディングを一つ断る。
すごく残念だけど、今回は縁が無かったみたいだ。





2002年10月30日(水)

縁縁


昨日は演出クラスの発表会。
発表の後、教授と生徒と僕ら役者、そして、演出家
を交えての簡単な討論があった。
なかなか聞いていてたのしかった。
文章でも、映画でもいわゆる芸術ならすべてそうだと思うけど、
作品というのは、作者の体外にでた瞬間に別な生き物になる。
それはすでにお客さんのものであり、作者ですら、
一人の解釈者でしかない。
今回のたった10分の発表でも、それぞれが僕が思いもよらない
読み方をしてとても楽しかった。

作品はイヨネスコの不条理劇。
あるイギリス人の夫婦が普通に生活しているのだけれど、
その会話は第三者が聞くとまったく意味を成していない。
でも、本人たちは問題無く会話をしている。

実際、僕らの普段の生活でもこれはよくある風景だと思う。
恐らく、しゃべっている事の半分以上はどうでも良い事だし、
往々にして本心を口にはしていない。
理解は誤解と何とかに基づいている。
と、どこかで読んだけど、まったくそのとおりだとおもう。
僕らは相互理解が可能だという幻想を共有している。
でも、誰かを完全に理解する事なんて不可能だろう。
解釈する事は出来るだろうけど。

こんなことを考えさせてくれる台本だった。

とっても悲観的な楽観主義者。
これが僕の目指す所かね。

月曜日から舞台のテック。
実際に舞台に出ている時間は2分ぐらいか?
只働きだけど、スタッフはとても親切だし、
演出もとても愉快だ。
昨日は、フランシス・マクドーマン(?こんなつづりだっけ?)
も見た。
僕らが舞台に出る間、カーテンを持ってくれたり、
とても親切な感じだ。

今日も夜は稽古。
金曜日には幕が開く。
ささやかながらも、僕のオフブロードウェイデビュー?だ。

昨日は結婚記念日だった。
2周年。夜はあえないので昼間花を贈る。
彼女はマフラーを買ってきた。
2年。とても早い。
Time Flyes






      

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