ブツブツと(笑)
2005年01月29日(土)
ひとりの小さな手 何もできないけど それでもみんながみんなが集まれば 何かできる何かできる
一年で一番日本脱出したくなる日とは・・・。これも大したことじゃないのだけど。
結論から書けば、わたしはアンチバレンタインデー派である。そういう派があるのかどうか知らないが、その日が近づいてくるとなんだかとっても憂鬱だ。チョコレートが売られているお店というお店に、この日だけのためのチョコレートが並び出すともうとってもいたたまれなくなる。
50テキストの中にも書いたのだけど、そもそもは愛を告白すると言う日がどうして定められているのかわからないなんていう単純なところですでにわからなかったのだが、年々この日の騒ぎが大きくなるにつれ、それに比例して私の中のこの日に対する嫌さ加減は大きくなった。
たいそう前に日本でこの日が始まったきっかけは、確か女の人から愛を告げるなんて積極的な行動はなかなかできないからという理由で、だからこの日はそうした女のひとに大きな勇気を与える有意義な日でもあったとおもったのだが、時代は変わり、今じゃどちらから告白したなんていうことは何の重みもないくらいに、男女の積極性は同等だ。(逆転したかも?)
それにどうしてだか、いつの間にかあっというまに、義理チョコというものが現われて、これはその日にチョコレートをもらえなかったら寂しいだろうという思いやり?の精神から出来上がった愛?の形なのであろうが、いつしかお世話チョコだの友チョコだの、結局のところ最初の意図とは大きくかけはなれて、その日には、なんだかチョコレートをナニするのが当たり前という風潮になっている。あまつさえホワイトデーなどというお返し(らしい)の日までが定められてしまい、どんなものをゲットするかにおいてのノウハウがあちこちの雑誌やその他で取り上げられるようになると、私の中での嫌さ加減はもはや生理的範疇に及び、とても耐えられそうにないのである。私はとっても恥ずかしい。
まぁそういいなさんな、これもひとつの遊びなんだからさ。といわれそうなのだが、この行事の最も面倒なことは(私的に)中には本当に、大真面目に、一生に一度の愛の告白をしようと、心臓がこわれてしまいそうなくらいに緊張してその日を迎えるひともいるのだということだ。
その日のことで命が何年も縮まってしまいそうなほど思いつめているであろう誰かのことを思うと、そうしてその恋が成就されるのか否かによって味わうであろうさまざまな感情を想像してみると、いじらしくて痛々しくて、とっても疲れてしまうのだ。(勝手にだが)
いっそのこと一億総”なんちゃって愛してるわデー”とかいって、嘘丸出しのエイプリルフールみたいなノリでやってくれたほうが余程気楽で気持ち良い。愛してるわよ〜ん、なんてあのひとこのひとに言って良い日。馬鹿にしてんのか?!とか言われたら、あ〜ら、なんちゃってよ〜ん♪ってな具合に。勿論ブツなんかナシである。
ああ、考えすぎなのかしら?でもあれこれ考えすぎて、本当に頭が痛くなってしまう。(ヒマなのか?)何て変人だろう私。竹を割ったような曲がった性格!(自分で言っておくの)
愛とは与えるものだ。奪うものだ。差し出したから返してもらえるものではない。これだけ愛したのだから同じだけ愛してといえるものではない。 仮に愛というものに量があったとして、男と女の愛情を計りにかけたら、天秤が真っ直ぐにつりあっているほうが珍しいのではないかと思う。たいていは、どちらかがより多く愛していて、どちらかはそれより少ない。天秤の傾きは時によって変化することもあるだろうしそのまま続くこともあるだろう。愛し合う二人は、その傾きさえも満足に代えて、お互いとだけ折り合いをつけて幸せを感じられるものなのではないだろうか。愛はオリジナルなものだ。既製品じゃない。
それに・・・贈り物。 愛するひとに贈り物をするってとっても幸せなことだと思う。色んなことをあれこれと考えながら、愛しいひとのことを想いながら、贈り物が出来る幸せをしじみじと味わう。だから、贈り物は贈った時点で完結である。それをすることが出来ることで、充分に幸せを味わうことができる。
あとは、受け取ってもらえたらとっても嬉しい。ありがとうといってくれたら、もっと嬉しい。気に入ってくれたら更に嬉しい。ああ、よかった。それでまた幸せだ。大円団じゃなかろうか。それだけ想像しても涙が出ちゃう。
そういう気持ちをなんで行事にしてしまうのか。何でオカエシなんて考えられるのか。さもし過ぎてとても悲しく、それを思うと日本のこの日が私はとっても恥ずかしい。ああ、そんな日本に誰がした?断っておくが、チョコレート会社じゃない。あれは商業的には○である。
長くなったけど、更に恥ずかしいのは(まだあるのか)、ネットが普及してから特に、誰かに送ったチョコやらケーキやらブツやらの画像を、何の断りもなしにいきなり見せられてしまうことだ。なにかこう、普段は二人だけでしている行為を明るいところで見せられたような、見てはいけないものを見てしまったような、目のやり場に困ってしまうという感じだ。それがまた私はとっても恥ずかしいのだ。こっそりとやってと言いたい、みたいな。裸の私にリボンをかけて自ら送り届けたよなんて私も言わないからさぁ。
珍しく愛など語ってしまったが、ここらでもうバレンタインデーは本当に心から愛の告白をしたいというひとだけのものにして、あとはほら、義理だのお世話だの友だのに回す余裕のあるひとは、それをぜ〜んぶ集めて義援金に回した方がよ〜っぽど愛ではないのか?日本はこんなに貧乏なんだし。
花
2005年01月28日(金)
本を読むとか、ネットの中に綴られた何かを読むとき、私の脳みそは活動していない。何かを読む行為は、自分以外のひとにものを考えてもらっているときだ。読んでいる私は、誰かの考えたなにかをただたどっているだけで、私の脳みそは何も考えていない。
書かれていることが受容できるかどうかは、その時のコンディションによるところが大きい。綴られているものは、誰かの思考であり、主張であり顕示である。全く自分とは違う思考も様子も、コンディションの良いときには、仮に同調することはできないことであったとしても受容することはできる。しかし、コンディションがさっぱりよくないとき、それらはとてつもない大きな壁のように目の前にたちはだかって拒否をする
拒否をするのは誰かの方なのか私の方なのかわからない。たぶん私の方なのだろうが、その時は拒否をされていると感じる。ひとの考えがすんなりと頭の中にはいってこない。言葉の連なりは頑強な文字の山にしか見えなくなり、それらの持つ力にただただ圧倒され、すごすごと引き上げる私がいる。
すごいな、なんでこんなことが考えられるんだろう。どうしてこのように綴ることができるのだろう。誰もがみんな私にないものを持っていて、振りかえると私には何もない。
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ・・・
啄木ではないが、そんな心持だ。最もネットにはふさわしくないひとになっている。ふらふらと彷徨うのはとても危険を感じる。自分というものをまるきり失って心もとないからである。
このところ沈んでいた。十日あまりの日々だと思う。私の中には喜怒哀楽の壷がある。普段はどちらかというと、喜と怒と楽の壷の蓋が開いていて、その中から何かがこぼれたりあふれたりして生きている気がする。ところが、何かのきっかけでその蓋がぴたりと閉じてしまうときがある。すると何故か、それまであまり開いたことのない、哀の壷の蓋がコトリとはずれる。そしてあとからあとから悲しいことばかり香炉から立ちのぼり続ける煙のようにあふれだす。それまでかたく閉じられていた過去帳の蛇腹がほどけたみたいに、日の当たらないところにあったものが現になる。悲しいことを思い出していくつか書きなさいと言われても想い出せないような細かな記憶のかけらまでもが、何の脈歴もないのに呼びさまされる。ハタチの頃、25歳のころ、全く関連のない出来事なのに、悲しみという感情がありありと心を占めて、涙が流れる。一体この涙はどこから溢れてくるのだおもうほど、あとからあとからたくさん溢れる。すっかり忘れていたはずの出来事はひとつひとつ鮮明で、いや、出来事が鮮明なのではなくて悲しみが鮮明で。
そんなとき、何よりも悲しいのは感情をコントロールできないことだ。私の中には喜と怒と楽の壷もあるはずなのに、それが見えなくなってしまうことだ。一生懸命それらの蓋をこじ開けようとするのだが、三つの蓋は頑強に閉じられた貝の殻ように開かない。何もかもに後ろ向きだ。なんて我がままで嫌な人間だと思う。それがますます悲しみを増長して、そんな自分に対する自己嫌悪はまるで無明の闇だ。真っ黒だ。しかし私は、生まれてこのかた悲しいことしかなかったような心境で世をはかなんでいる。
というところからようやく抜けた。いつもわかっているのは、必ず抜けるときがくるということだけだ。よく落ちるところまで落ちると、あとは上がっていくしかないというが、似たような心境かも知れない。何となくではあるが、その状態があることに多少は慣れているのだろうか。その時はとてつもなく辛い。では今は?こうして書き綴れるようになったということは、完結したのかも知れないと思うばかりだ。元気を取りもどせたかも知れない。
固ゆで卵の白身
2005年01月27日(木)
先日のDiaryにタイトルがいくつか列挙されていて、それを見たらああ、あのことか、と思い出したこと。
母のことで仕事を休んだ日だったと思う。朝のテレビのワイドショーは、石田純一がそれまで付き合っていたモデルと別れたとかいう話題で盛り上がっていた。見るではなく聞いていたら、司会者やらゲストやらが揃って彼に同情的な発言をしていた。
相変わらず枕詞にトレンディードラマという名詞がつく彼を、当時から私はどうしても好きになれず、好きでないタレントの中に名前が入ってしまうくらいなので、おかしなことにテレビを聞いてしまったのである。
もうずい分前に、私は石田純一という俳優の卵を知っていた。長身の彼は整った顔立ちをした静かなひとであったが、斜め後ろから肩越しに見える鼻梁の通った横顔には、本人は全く意識をしていない翳りというものがあった。ああ、このひとはいい俳優になると思った。数えるほどしか会ったことはなかったが、その後風の便りに家業を継ぐかなにかで俳優をやめたと聞いた。
トレンディドラマが流行った頃、友人が語るドラマに石田純一という名前が出たので、真っ先に思い浮かべたのはそのひとだ。ああ、やっぱり戻ってきたんだ。ドラマに出るようになったんだ。そう思って友だちから聞いたドラマの日にテレビのチャンネルを合わせてみたら、出てきた石田純一は彼とは似ても似つかぬ別人であった。
ガッカリした。こちらの石田純一は、何だか固ゆで卵の白身みたいな顔をしていたことがである。ゆで卵の殻を気をつけてむくと、中にもう一枚の薄い皮がある。それをまた丁寧に向くと、固くなった白身が現われる。たいていの殻のあるものは、それをむくと中からは全く別な形があるはずだが、固く茹でてしまった玉子にはそれがない。薄い皮をむいても同じだ。たいていの皮のあるものは、それをむけば違った形があるはずなのに。
いくら固ゆでにしても、ドラマの石田純一からは少しもハードボイルドな翳はない。いつまでも子どもがそのまま大人になってしまったような男の顔が、さも爽やかそうにしていても、わざとらしくてひどく味気のなさを感じた。
ゆで卵の白い部分を省くと出て来るのは、もさもさとした黄身だけだ。あの黄身の部分だけを、さぁどうぞと差し出されても喜ぶひとはそうそういるものじゃないだろう。何かで味をつけなければ食べたいとは思えないし、何かで喉を通さなければ飲み込めるものでもない。せいぜい粉々にして、何かの彩りになるくらいだ。長くなったが、そのくらい彼のことを好きではない。
そういえば、トレンディドラマって何だろう。あの頃からそう思っていたのだが、日本がまだ景気の良かった頃、若い女はみんなお水みたいなスーツを来て、金金金のアクセサリーをいくつも身につけたりしていた時代。テレビのドラマは恋愛物が多く、独身の若者は一様にロフトのある部屋や、ガーデンパーティができるようなベランダのある瀟洒(豪奢ではなくて)なマンションに住み、高価なブランド物に身を固め、小洒落たレストランやバーで会話をする。間違っても田舎の母親からの電話はかかってはこないから、標準語は光ファイバーよりも早く地元の言葉になったりするシーンもない。彼らはまるで、ターミネーターのように都会に降ってわいた(生まれた)特別な人種のようで、好きだか嫌いだか、上手く行くか行かないか、ひと月の給料では足りないくらいの生活感の中で恋愛ごとだけで生きていた。
そんな中で石田純一は、大した芸があるでもなく、時々落ちてくる横わけの前髪も鬱陶しく、ぺろんとした顔でしれっとセリフをいうだけだ。その後結婚、不倫が発覚して何かを発言しても、同じ顔でぺろんとしているだけで、ちっとも人生を感じなかった。
時代は変わり、そんなドラマの名称すら死語になった今でも、枕詞がトレンディドラマとは、彼の俳優としての時計は止ったまま、ほこりを被っているのだろう。あのモデルとどうしてどうなったのかなんてことは、私の知ったことじゃない。仮に彼が妻子を失い、やっていたかも知れない仕事ができないまま年月が過ぎても、それはそれぞれ痛みわけだ。だからなんということもない。
しかし、テレビのワイドショーの、司会者やらコメンテータやらは、何だか彼に同情的で侃々諤々と彼女のことをこき下ろす。何が悲しいといって、こうして男女の別れのあとに、知り合いでもない野次馬の誰彼にまで同情されてしまうなんて、男としてどうなんだ。これまでのことで一体何を見てきたのかは知らないが、50にもなって相変わらずとっつぁん坊やのような翳りのなさはどうなんだ。やっぱりあんたは固ゆで卵の白身だとそう思った。
コイ・ハード(爆)
2005年01月16日(日)
先週はネットに繋ぐ時間もないまま数日経ってしまったので、久しぶりに来てみたら、一体どうやって更新していたんだろうとか思いながらしばらく浦島太郎状態。(笑)
この前書いたP・コーンウェルの『痕跡』を読み終えてから時間が止っているような感じ。今度の作品では、ずっと登場人物それぞれが抱える寂しさを感じながら読んでいたので、おしまいの頃になって少し救われたような気持ちで終わった。
人間って一体いくつくらいまで燃えるような恋が出来るものなのかとつらつら思った。恋というか恋愛というかだ。ひとはだんだん知らないうちに自分という個が確立されていくものだと思う。ある程度の年齢になると、そのひとのカラーだとかスタイルだとか、確固としたそのひとらしさとか、そんなものが出来上がってくるように思う。
それは年とともに頑固になるというのとまた違う気がする。カラーやスタイルとは、それまでの人生から搾取されたジュースのようなもの。その人生からだけしか採りだすことの出来ない色や匂いや味がある。絞りかすは不用だったものだけでなしに、諦めてきたものや、捨ててきたものたちの集まりだ。
若くてまだ海のものとも山のものともわからないという時代が誰にでもある。その頃はいくらそれまでの人生を絞っても、無色透明の液体と、あるかないかの絞りかすしか出ない。無色透明のジュースは何色にも染まれる色。白無垢が似合う色だ。
そんなときは、安易に恋に落ちたり、走ったり、燃えるような恋に身をやつしたりもできるだろう。いつしかだんだん、透明な液体に個としての色がつくころには、恋はそんなに手軽なものじゃなくなると思う。
ケイもベントンもルーシーもマリーノも、仕事の上では成功者だ。多くのものを得て多くのものを失い、確固としたカラーがある。そうなってみると、ケイはもはや元恋人マークを失ったときのケイではないし、ベントンもかつての妻と夫婦でいたころのベントンではない。今となってはそれぞれのカラーやスタイルは確立されて、それはとても純度が高い。だからいつも寂しさと背中合わせにいるようだ。
そうなってくると、燃えるような恋に落ちて、無垢に戻って恋をするとか、身をゆだねることは難しいことになると思う。彼らだけでなくても、誰でもがきっとそうだろう。一体どこまで透明になれるのか。それはいくつくらいまでなのかと思ったのだが。
燃えるといえば、不倫に燃える中年もいるが、そうしたもののほとんどは、障害というスパイスがあって成り立つもので、いざ自由になって「さぁ、好きなようにおやりなさい」と言われても、目の前の不倫相手を選ぶかどうか、あとの人生をゆだねるかどうか、なんて知れたもんじゃない。だから、ああいうものは論外だ。
だけど、いい年をしていつまでもカラーがないのもキモチワルイ。
恋することならずっと可能だ。一生それはできると思う。では、それだけで生きていけるのは、いったいどのくらいまでなのだろう。なんて思ったりした。
わかりやすい話
2005年01月11日(火)
昨日の話を書いたから、というのではないのだけど、ちょっと思い出したことがあった。それを今日、仕事場にいる同僚に確かめたら、やっぱり本当だったというので、声を出して笑ってしまった話である。 彼女は、お父さんがアメリカ転勤の折に、しばらく向こうにステイしていたことがあって、たまたまこの話を体験した。
アメリカで日本のやくざ映画をビデオで見たら。
その1 おひかえなすって。 手前、性は○○、名は△△です。
その2 さっそくのおひかえ、ありがとうさんにござんす。
ってのを、あははは
How do you do. My name is ○○△△. How are you?
Your welcome. I' fine thank you.
だって〜! 想像したら、おかしくておかしくて!
相変わらず、単純ですみません。m(_ _*)m
わからなくなっちゃう話
2005年01月10日(月)
-私は今日、散歩に行こうと思っています。 お正月休みに続く三連休で、すっかり体がなまっているような気がするからです。(皆さま良い休日を♪) 注:( )の中は、後に続くであろうひとこと。
-あたしは今日、散歩に行こうと思う。 お正月休みに続く三連休で、すっかり体がなまっているような気がするのよね。(素敵なお休みを♪)
-わたし今日、散歩に行こうと思っているの。 お正月休みに続く三連休で、すっかり体がなまっているような気がするからよ。(あなたも素敵な休日を♪)
-あたしはぁ今日はぁ、散歩でもすっかなぁと思ってぇ。 お正月休みにのあとに三連休続いちゃってぇ、すっかり体がなまっちゃったみたいな気がするしぃ。(みんなもゆっくりしてちょんまげw)
-私は今日、散歩に行こうと思っている。 お正月休みに続く三連休で、すっかり体がなまっているような気がするからだ。(諸君もゆっくり休んでくれ)
-僕は今日、散歩に行こうと思っているよ。 お正月休みに続く三連休で、すっかり体がなまっているような気がするんだ。(君たちもごゆっくり)
-俺は今日、散歩に行こうと思う。 正月休みに続く三連休で、すっかり体がなまっているような気がするからさ。(キミもどう?)
*〜* *〜* *〜* *〜* *〜* *〜* *〜* *〜* *〜* 翻訳された小説を読むと、どうしても頭に浮かんでしまうことがある。日本語には、男言葉とか女言葉があって他の国の言葉にはなくて、(同じように男女によって言い回しが違う国というのはあるのだろうか。)会話をするときの(考えている時でもいい、つまり言葉を使うとき)海外の男女の頭の中が一体どういう風になっているのかということだ。
上に書いたいくつかの文章は(あまり上手くないけど・笑)、言い方が違うが言っていることは全て同じだ。私たちは常にこうした言葉使いを、それほど深く考えずに使っていると思う。立場や性格、状況に応じて、一人称から顕著に違う。では例えば、英語だったらどうだろう。男女による言葉使いの違いはないと思う。
だが、翻訳されたものにはきちんと男女による言葉使いが区別され、女性の言葉は女性らしく、男性の言葉は男性らしく、それらは多分、われわれ日本人が常に使っている言葉使いよりもそれらしい。
映画の字幕を見てもひとの言葉使いは性別や性格によってかなり使い分けがされているのだが、おそらく私ちは、それを違和感を持って受け止めたことはないと思う。歌詞だってそうだ。原語で読めば同じなのに、訳されたときに変わってくる。いつだったか、ヘイ・ジュードを大阪弁で訳したひとがいて、それはそれでとても上手で素晴らしかったのを読んだことがある。
だけどだけど、実際には彼らの話す言葉には、状況だとか性格を省けば全く同じはずである。I'm fine thank you. といえば、メグ・ライアンもジョージ・クルーニーも、シャロン・ストーンもアンソニー・ホプキンズもみんなみんな同じだ。
道を歩いている時に、外国人の方から英語で道を訊ねられたとして、少し会話をしたとする。その時相手の知りたかったことは伝えられ、お礼の言葉の他に二言三言何か楽しいことを話したとする。そのこと誰かに話すとき、外国人のひとのいった言葉をあなたはどのように訳すだろうか。多分やっぱり何かしらのニュアンスがあると思う。少なくとも、英語の授業のときの英文和訳みたいにデスマス調ではないのではないかと。(あれは本当に楽しくなかった)
前置きがながくなってしまった。私が言いたかったのは、日本語には言葉の言い回しの違いがあることや、それがとても面白いということではなくて(面白いのだが)、そうじゃない国のひとたちの頭の中はどうなっているんだろうということである。男女を問わず、老若も問わず、ほとんどの場合同じ言葉使いで話している時の感覚ってどんなだろう。
そうしたニュアンスをくみとらせる要素を、表情や立ち居振る舞いや言葉の強弱だけで表せるのだろうか。そして、そうしたものから、私たちと同じようにくみとっているのだろうか。
そんなことを思うので、時々わざと「らしさ」を抜いて考えてみようとするのだが、どうやっても出来ない。私はいつもデスマス調では話したりしないし考えたりしない。語調は知らず知らずその場の雰囲気で変わっている。日本人というフィルターを通すとどうしても無限大不規則変化になってしまう。
あなたに逢いたい あなたに逢いたいわ あなたに逢いたいよ
の違いをさほど考えずに使い分けている私たちと、何も使い分けをしていない外国のひととの違い。「五月蝿いわね」というのと「うぜぇな」というのが全く無表情に発せられたとしても雰囲気が違うようなものを、一体どうやって表し、受けとめているのかと思う。
そして、懲りもせず想像してみるのだが、どうしても上手くいかない。
イミテーションゴールド
2005年01月09日(日)
あとひと月半くらいのうちに免許の更新をしなくてはならない。実は今度の更新で、ひそかに楽しみにしていたことがあった。 それは何かといえば・・・。 ふふふ。。。 なんと今度はゴールドカードになるのである! 思いおこせば運転も駐車するのも慎重に、ただその日が来るのを楽しみに楽しみに過ごしていた。 そしてそして、やっとその日が来るのだ。 ばんざーいばんざーい。
と思っていた。
・・・・。 ゴールドカードは、10年間無事故無違反のひと対象なんですってね!!! 私はてっきり3年間だとばぁ〜〜〜っかり思っていたのだ。 免許証更新のお知らせの葉書が届いて、いよいよ私も!とうきうきるんる、少女漫画の主人公みたいに目に☆を浮かべてキラキラもので話したら
『世の中はそんなに甘いものじゃない』と小ギャルにまで言われる始末。
・・・、考えてみればそうかも知れない。たったの3年でゴールドになったら末恐ろしい。冷静になれば確かにそうだ。でもこの3年間ずっとずっとそれを楽しみにしていた私は一体なに?3年間、きっちりと3年間、寸分の疑いもなく信じ込んでいた私って。 やっぱりばか〜〜
茫洋と
2005年01月08日(土)
今私はP・コーンウェルの新作を読み始めているのだが、これはミステリファンなら知らないひとはいないだろうという『検死官』シリーズの13作目で、ミステリファンでない私も楽しみにしている。
今回は、ヒロインである検死官のケイ・スカーペッタがかつて局長を務めたリッチモンドの検死局を5年ぶりに訪れるのだが、そこにはいやらしいヤツがいた。現在の局長ドクター・マーカスである。彼はケイがどのようないきさつでその職場を追われたかも知っているし、ケイの力を借りるために(上からの命令であったとしても)彼女を呼び寄せたのでもあるのだが、それが彼の本意ではないことを隠さないどころか、彼女に対して常に失礼極まりない態度を取り続ける。露骨に彼女を見下し、隙あらばみんなの前で恥をかかせようと、まるで鋭利な刃物のように視線を研ぎ澄ませて彼女を見ているのである。
こうしたひとの心理を表す描写は、あまり日本の小説では見かけることがないと思う。嫉妬や羨望、行く手を阻みそうなものに何かしらのダメージを与え、あからさまに叩いておくというような態度や、意地悪、を私はイタリアでは見ることがよくあった。
例えば嫉妬は、恋愛上のことだけでなく、才能や仕事や誰かの幸せに対して抱く感情でもあると思うが、そういうものを男女の枠など超えて臆面もなく口に出す場面が多かったと思う。あまりにもかけ離れたものを賞賛するのは容易いが、近いところに存在するものの何かの成功についてとなると、とても屈折した心理をそのまま口に出すことがままあるのである。
つまりそれは相手を認めていることの証であると思う。認めてはいるのだが、認めたくはない。その間の心境が、やっかみの言葉として表れるのだが。嫉妬の心は苦しくて辛い。ときには人格が変わってしまったのではないかと思えてしまうこともあれば、実際に人格が変わってしまうこともある。
そういう感情を隠して奥ゆかしくいるのが日本人の美徳とされるものであるなら、それをつまびらかに表すことが欧米のひとの正直さと言っては言いすぎか。
恋愛においても、パートナーのちょっとした気になる言動を、それは何であるのかとすぐに口に出すのが欧米のひとで、そうすることで焼餅やきと言われることなんかまるで気にもしていない。ささいなことで疑心暗疑になりあれこれ考えこむのはナンセンスだから、その場その場でクリアにしてしまった方が良いと考えるからだと思う。
反面、焼餅をやいていることを知られると嫌われるのではないか、とか、そんな馬鹿なことを考えているのなど知られたくないだとか、表面では何も気にしていないようなそぶりでいながら、実はひとりでクヨクヨと考えているひとが私の回りには多かったりする。それは多分、そうした裏側の心理を表に出すことはなんらかのひっかりがあるのだと思う。
どちらも寒い。寒くはあるが、そのような場面に遭遇すると、何ものかに培われたメンタリティーの違いというものを感じずにはいられない。
そうした違いは、他にもある。インドネシア・スマトラ沖地震の津波被害に対しては米国かで記録的な額の義援金が寄せられているという話だ。ビル・ゲイツは300万ドルというし、スピルバーグ監督は150万ドル、サンドラ・ブロックも100万ドル、NBAのスター選手は今週の試合での個人得点に対して一点あたり1000ドルを寄付するのだという。レオナルド・ディカプリオは自身のウェブサイトでも寄付を呼びかけているらしいし、もっと沢山のひとが見えない活動を起しているのだろう。そして、そうした支援の広がりもまた津波のようであるらしい。
これは、新聞によると、米国社会に広く残るキリスト教的な慈善の意識であるそうだ。とくに圧倒的な自然の力が引き起こした大災害の被災者には、無条件で救いの手をさしのべようとする傾向が強いのだそうである。
そういえば、こういう話を日本ではあまり聞かない。それが良いか悪いかではなくて。金額も巨額ではある。スケールの違いを感じずにはいられないのは書くまでもないが。
なにやらこじつけがましいのだが、そしてちっともまとまりがないのだが、嫉妬も慈善も、自然にわきおこる気持ちの表れだ。そこに抑制された枠のようなものを感じないのは羨ましい限りなのである。
知足と不足のすきま
2005年01月06日(木)
今一番欲しいものは何だろうと考えてみる。 この頃、物を欲しいと思うことがあまりなくて、何だか知らないうちに大抵のものは持っているような気がしたりする。 この先欲しいと思うのは、その中のどれかが壊れたり、失くしてしまったり、おおかたそんなときかも知れない。
物を買うとき、ちょっと背伸びして、無理して買うのが好きだ。 結局のところ、それはお気に入りとなって、いつまでも飽きずに大切なものとして扱える。 そうなると、背伸びをしなくても買えるものは、あまり欲しいと思わなくなる。
勿論言い出したらキリのないこともあるにはあるのだが、身の丈というものを知るようになってからあまりにも無理なものは欲しいものの範疇から外れてしまっているからかも知れない。
それは寂しいことなのだろうかと考えてみる。でも無理をして手に入れても、使いこなせる生活をしていなかったとしたら、そちらの方が寂しい気がする。
私はざっと考えても10年以上体型が変わらないので、着る物にもそれほど困らない。何だか知らないうちに、いざという時に困らないくらいは在庫(?)がある。
だから、というわけでもないが、これと思うと思わぬ衝動買いをする。そんなつもりは全くなくて、ふらりと見に行ってふらりと買ってしまうのである。一番最後の衝動買いは辻が花の着物だ。まだ一度しか袖を通していないが、後悔なんてしていない。
お金で買えないものの方がとてつもなく欲しかったりする。それは何だろうと考えてみる。考えてみると言葉としては出てこない。何だかわからない。愛だとか健康だとか、そういうものでもない。そういうものは足りていると思っている。だとしたら何だろう。
ひとは常に理想と現実のギャップを見て過ごしている。現実が良くなれば、理想もあがる。常にすき間は埋まらず、その部分を見つめているのだと思う。
私は今、何だかわからないが、今まで手にしたことのなかったものが欲しいと思う。物ではない。物ではなくて、自分を豊かに出来るもの。何かを吸収できるもの。何かを学びたいと思う。漠然とだがすごくそんな気がする。少し真剣に考えてみようと思う。
嘘と本当のあいだ
2005年01月04日(火)
小学校の頃、私のクラスメートにはAちゃんという嘘ばかりついている女の子がいた。Aちゃんの嘘は日常的で、それは例えば「うちにはグランドピアノがあって、その前に大きな暖炉がある」だとか、「お父さんは船に乗っていて、しょっちゅう外国へ行くので、お土産に買って来てくれたお人形や珍しいお菓子が沢山ある」とか、クリスマスが過ぎると「お母さんは昨日は大きなデコレーションケーキを焼いてくれて、天井にまで届く大きなクリスマスツリーの脇に、煙突から入ったサンタクロースが大きな大きなプレゼントを置いていってくれた」だとか。
しかし、実際の彼女の家はごくごく一般的な純日本家屋で、大きなグランドピアノも暖炉もなくて、サンタクロースが入り込むような煙突もなかった。Aちゃんの嘘は決まった状況のときに出るのじゃなくて、さっき体育の授業でやったドッヂボールの話や、理科の時間のカエルの解剖の話の継ぎ目に突如としてはさまれる話なのであった。
私は、子どものころとても単純で、こうした嘘によく引っかかった。何でも真に受けては感動し、誰かに話したくなるのである。 「ねぇねぇ、Aちゃんの家って大きな暖炉があるんだってー!すごいねー!」という具合に。
すると、友だちにから、そんなの嘘に決まってるじゃんという鼻白んだ顔で見返されるのが落ちなのだが、そしてそんな時、あ、またかと思うのであるが、また次の新しい嘘を聞くと今度は本当のような気がしてしまうのであった。
ある時Aちゃんがまた得意になって色んな話をしていると、男の子たちが何人かAちゃんの近くに来て 「おい、A、お前そうやって嘘ばかりつくな」 というような事をいい、Aちゃんの家には暖炉やピアノや毛足の長い毛皮のコートの似合うお母さんはいない代わりに、どんな家でどんな暮らしをしているというようなことを並べ立てた。 男子のいうことは概ね本当らしくて、Aちゃんの家の近所に住む友達はみんな知っていることのようであった。
しかし、そんな時Aちゃんは、嘘がばれたというバツの悪い顔はせず、かといって本当のことを暴露する男子を憎しみを込めて睨むでもなく、まるで表情を変えず何のことだか、さっぱり意味が分からないといった風ににキョトンとしているのであった。
男の子たちにはそんなAちゃんの反応が面白くなくて、先生から言ってはいけないと言われているような悪い言葉を交えてますますAちゃんをなじり、とうとうAちゃんを泣かせてしまう。
すると今度は、クラスの中のしっかり者の女の子が男子の前にツカツカと現れて 「あ!○○君、やめてください、そういう言葉を言うと先生にいいつけます!」だの 「帰りの会でみんなの前で言います」などという。 そして、男子の 「なんだ、お前、お前だってAは嘘つきだといっていたくせに」 という口論が始まる。 そのうちに、双方の言い合いはAちゃんのこととは少し離れたところに行くのだが、終始ですます調で話す女子に比べ、いきり立った男子は分が悪くなり、すごすごと引いていくのであった。
私はなんとなくAちゃんが気になりそっとAちゃんの方を振り返った。Aちゃんは、両手を猫の手のように丸めて両方の目をこすっていたが、手の間から上目ずかいに男子が去って行くのを見たあと、振り返ってみている私に気づくと、ニヤっと笑いかけたのである。
私はおおっぴらな嘘泣きは初めてみたが、その時のAちゃんの目つきはとても淫靡でしたたかで、真似の出来そうにないものであった。
学年が変わりクラスが変わり、そのうちに卒業となりその後のAちゃんのことを私は知らないが、もしあのままあの嘘や嘘泣きに磨きがかかっていたら、今頃どんな女になっていただろうかと思う。
実は私は今、母に嘘をついている。私が私自身のことで嘘をつくのは初めてではないが、母自身のことについて嘘をつくのは初めてだ。
先月の15日、母の半年に一度の定期健診の結果を母の代わりに聞きに言った私は、そこでガンが転移していることを知らされた。それはまだ、ほんの少しの小さな見過ごしてしまいそうなほどのものだが、この日が来ることを知る医師団は、いつも仔細に調べていた。二年前の秋に手術をしたときに、半年以内に転移すると隠れて言われていたものの、二年を経過しても元気でいる母を見ると、もしかしたらこのまま行けるのではないかと思ったりしていたが、それは叶わないことであった。医師に言わせれば、この二年があったことが不思議なことであったらしいが、私はどこかで奇跡を信じていた。
そして、これから治療を受けるか受けないかの選択を、母本人がすることになる。ご家族の方は頑張って欲しいと思われるでしょうが、あくまでもご本人の意思を尊重します。医師はそういった。
私は言われてみれば、覚悟はついていたような気もしたが、かといってそれが今日の日だというつもりはなくて、それを私から伝えることはとても出来ないと言った。そして治療までにはまだまだ時間的に余裕があるので、すぐにどうということはありませんが、年が明けたら一緒にいらっしゃい、私から説明をします。という話になり、12日に母を連れて再び病院へ行くのである。
いつもなら、何事もなく、半年後の検査の予約をして帰るのに、今回はすぐひと月後のことだ。そうしたことも一体どう話そうかと思ううち、何だか頭の中が空白になった。帰宅してどんな顔を合わせれば良いのか、一体なんと言おうか。
幸い、家に帰ると母のところには来客があり、私はすぐ自室にこもったが、体中の血液がいっぺんにどこかへ行ってしまい、自分がひからびた燻製になったような気がした。脳みそがカラカラに固くなり、どんな形にも曲がりそうもないような頑なな形。
それなのに、客が帰り私のところに来た母に結果を聞かれると、しゃぁしゃぁと嘘が出た。まだデータが不十分で結果がはっきり出ないから、来月もう一度来るように言われたということ。
その嘘は決して完璧ではないだろう。不自然な話ではあるのだ。母はその時は、あらそう、と言い、さっききた客の話を楽しそうにしていた。ほっとしたのもつかの間、夜になり横になればやはり不安が襲ったらしい。インターフォンがなり、一体なんだろうという不安を口にする。私は何があってもこの正月は楽しく越させたいと思い、断じて心配いらないと言い切っていながら、実はそれが嘘だと思うとどうにもやりきれない思いであった。
完璧な嘘は、死ぬまでつき通すことだろう。どちらが先に死ぬにしても。と思うがそうは行かない。もうあと数日もすると母の状態は母自身が知ることになる。それ以来、母の笑顔はいつにも増して大切なもののように思えてくる。この先いったいどうなるかなんてわからない。半年といわれて二年が過ぎた。出ていないお化けにビクビクしても仕方がない。そう思う半面で、父のことが頭を過ぎる。やってもやってもガンが追いかけてきたからだ。それを見ていた母の病気に対する構えも、二年前とはずい分違うものだと思う。
クリスマスの頃、私が微熱をだしたのは、あれは脳がパニクっていたからじゃないかと薄々思う。子どもが知恵熱を出すように。今わかっていることは、これから先どのようになっても、柔軟なかまえでいたいということだけだ。なってしまったものを嘆いてもしかたがない。かといって予定が立つものでもない。だとしたら、その時その時最善のあり方で対処していくしかないのである。
今年もまた看病の年になりそうだ。お正月早々には不向きな話題かも知れない。年が明け、またたく間に日は過ぎる。今書いておかなければならない、そんな気がした。 これで私もニヤリと笑えたらいいのにと思いつつ、Aちゃんのことが想いだされてしかたがないのである。
- 恋 - 小池真理子
2005年01月01日(土)
年末に読んだ本。小池真理子はミステリー作家だという認識しかなくて、あまり読んだことがなかった。初めて短編を読んだとき、何て辛気臭い文章を書くひとなんだと思い、それほど読んだりしていなかったのに、色んなサイトを歩いていたら、素敵な恋のお話が書かれているというようなことが掲示板やDiaryに書かれていたので何だか気になっていた。
それで手にしたのは、やっぱり直木賞受賞作の『恋』である。直木賞受賞の価値はよく分からないのだが、賞を獲ったのなら共感度は高いのじゃないかと思っただけで、そういうのはよくあることなのだ。
主人公の女がいて、彼女の犯した殺人事件を追うライターがいて、そして死期の近づいた彼女から聞きだした話の内容が小説のほとんどを占めていた。その時は、浅間山荘事件のあったときで、彼女は大学生、一緒に暮らす男は学生運動を積極的に行う男。生活のために他大学教授の翻訳の手伝いというアルバイトを見つけた彼女は、そこで教授とその妻の屈折した愛の形に出会い、二人を同時に愛し始める。彼女にとって、彼らは二人でひとつの両性具有の神であった。錯綜した愛の中で死ぬまで翻弄された彼女の話が、事件から三十年近くたって初めてさらされるものである。
学生運動、核マル派だの中核派だの、連合赤軍だのというのは私にはさっぱりわからない。一昨年だったか、よど号の乗っ取り犯の主犯格である、重信房子が数十年ぶりに帰国、逮捕されたときも、同じ女性でありながらその人生の違いを感じ、しかし何がどうしたということがさっぱりわからないのである。確か浅間山荘事件の主犯格、連合赤軍派の永田洋子は獄中で同士と結婚し、いまだ服役中だと思う。 重信房子も未だに強烈な支持者が沢山いるらしい。よくわからない。
物語は、直接そうした運動とは関係ないのだが、当時の学生と私が学生だったころの世の中や、学生そのものが何か大きく違うのだろう。その頃の学生のおこしたさまざまな運動や事件は、一体どんな意味をもたらしたのか、やっぱりよくわからない。何か遠い世界の出来事のような気がする。
そして、『恋』だが、正直いってよくわからない。余談になるが、その前に読んだ本に、『fimale』というのがあって、それは小池真理子、唯川恵、室井佑月、姫野カオルコ、乃南アサの書いた短編を集めたものだ。
この5つの短編の中には必ず濃い性描写があって、なんというかそれはポルノチックなのである。何かそうした部分ばかりやけに力が入っているなと思ったのだが、いや、その部分がないと小説が成り立たないような感じがしたのだが、『恋』を読んでいたら、本の中に四つにたたまれたちらしが挟まれていて、『fimale』の宣伝文句には −「エロス」をテーマに女性人気作家5人が大集合!映画撮影も進行中です。− と書かれていていて、何だそういうことだったのかと思ったのである。小池真理子の性描写は、相変わらずリアルそのものではなかったが。
そういえば、この中の作者紹介みたいな小さな欄を見たら、最終学歴の偏差値が高い。成城だの青山だの早稲田だの。そして文学を学んだひとが多い。中にひとりだけ学歴が書かれていなくて、青森県生まれ。モデル等を経て作家に。と書かれたひとがいた。それが室井佑月なんだけど、正直いうと、私はこのひとの書いたものがなんといっても一番面白かった。
他の作家に比べて詩的度は低く(だからいけないとも思わないが)、どちらかというと荒っぽいというか乱暴というか(それは四文字言葉が入っていたからというだけでなしに)何だかこう、ストーリはとてつもなく非日常であるのに、しっかり引き込まれてしまうのだ。こういうひとは楽しみだったりして。いつか見つけたら読んでみようなんて思った次第。
で話を戻すと、小池真理子の文章の特徴はやはり個として際立っていたような気がする。他の作家の書くものが何だかみな同じように思えてしまう。それに何故かみな漢字が少ない。小池さんの書くものは当たり前のように漢字が使われていて、ひらがなの方が今の流行なんだろうと勝手に思ったりする。活字離れであまり漢字を使われると読まれないのかも知れないし。だけど、流行に乗ろうとするより、やっぱり自分のスタイルを貫く方が、結局は面白いのじゃないかと何だか淡々と思ったりした。
だけど、結局私には小池真理子の良さというのが分からなかった。『恋』を書くとき、それまで書けずに悶々としていた彼女は、まるで神が降りてきたような感覚を持ってこの小説を書いたとあとがきにかいているし、解説の阿刀田高は絶賛しているのだけど。
結局のところ、本来乾燥しているべきなのに湿気てしまった何かを見たときや、時間が経って変色し始めてしまった何かを見たときのような心地悪さを感じて、やっぱり私には辛気臭いと思ってしまったのである。
明けましておめでとうございます 皆さまのご多幸を、心よりお祈り申し上げます。
玄関をお正月向け(?)にしてみました。(笑) プリズンホテル、従業員一同よりのご挨拶(のつもり)。
本年もよろしくお願いいたします。
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