即興詩置き場。

2004年09月25日(土) 49.竜の牙



竜の牙


竜が獲れた。これで数十年は村の食料だけで
なく地位も名誉も安泰なのだろう。ウマサ(*1)
が長と何か話しているがここからは聞き取れ
ない。若い者が数名命を落としたらしく、笑
みの合間に時折顔が歪められ、その歪みが女
たちを不安にさせる。ウマサも全身に血を浴
びていて、それは自身の血なのか、誰かの血
なのか、竜の血なのか、よくわからない。こ
こからは判別できない。

狩り場へは半日かかるらしく、明朝、日の出
を待って村の者のほとんどで現場に出向くこ
とになる。解体は残っている男たちがしてい
るはずなので、それを運ぶ者、炊き出しをす
るもの、隣の村へ手助けを頼みに行く者など
に分かれる。子供たちは興味半分に付いてい
くだろう。その子供たちの世話のために付き
添う女たちもいる。愛する者の亡骸を拾いに
行く女たちも。足腰の弱い年老いた者たちが、
村の番をする。現場の男たちは竜の肉を獣に
奪われないよう、寝ずの番をする。

日が暮れ、そこここで宴が始まろうとするが、
ネマ(*2)がそれを諌める。「竜の牙に気を
つけろ。竜はまだ見つめている。私たちは見
つめられている。牙は、呪いだ。どこまでも
呪いだ。」長はその言葉を重く受け止め、夜
は、静かにその帳を下ろす。長の一声で息を
する者もいなくなったように、ひたすらに、
村は朝を待つ。夜が明ければ、すべては上手
くいくのだ。子供たちはまだ見ぬ竜に思いを
馳せる。愛する者の死を聞かされた女たちは、
その涙を豊満な胸に隠す。

本当に寝始める者も出てくる深夜、これまで
聞いたことのない大きな音が村を襲う。そし
て地響き。次いで、一閃、女の叫び声が響き
渡る。村中の者が声をたよりに集まる。そこ
ここで松明に火が点く。叫んだのはウマサの
女だ。女はすでに叫びを通り越して無言だ。
失禁している。小便の流れる先に、ウマサの
死体がある。人の背丈ほどの薄茶色い牙が腹
に突き刺さっている。血の赤と小便が混じる。
屋根には大きな穴が開いている。長は、牙と
穴を見比べ、顔を手で覆う。ネマは誰にも聞
こえないような声で何か唱えている。屋根の
穴から見える空では、闇が薄くなり始めた。
もうすぐ夜明けだ。

ウマサの死体を放置したまま村の者たちは出
掛ける。何かしようにも、牙が地中深く食い
込んでいて動かせないのだ。葬送するには、
死体を引き裂くしかない。あるいは、家ごと
燃やすしかない。

竜の狩り場へ向かう列はまるで葬列のように、
誰も何も言葉を発しない。子供たちもその空
気を感じ取り怯え、女たちの太腿に張り付い
て離れず、女たちは歩きにくそうにしている。
竜が獲れたのだ。これで数十年は村の食料だ
けでなく地位も名誉も安泰なのだ。そう言い
聞かせるように葬列は続く。ヒューネラル、
プロセッション。その列はすでに悪しき予兆
を含み、誰もが「呪い」という言葉を飲み込
む。「我々は呪われたのだ。」誰もが言わな
いその言葉は、小さな渦を巻きながら列を包
み、重く、のしかかる。竜が獲れたのだ。こ
れで数十年は村の食料だけでなく地位も名誉
も安泰なのだ。安泰なのだ、と。

果たして、ウマサの死が予兆に過ぎなかった
ことを葬列は知る。狩り場の見える小高い丘
で長は立ちすくみ、列はそこから一歩も動け
ない。竜の周囲には無数の牙が突き刺さり、
残っていた男たちはすべて死に絶えている。
獣たちは群れ、屍肉をむさぼっている。その
中にはもちろん、男たちの肉も含まれている。
葬列は進むことも引くこともできずただその
光景を見つめ、まるで列そのものが屍のよう
だ。日は高く昇り、このまま放置すればいず
れ肉は腐る。私はそれを見届け、私の役目を
終え、葬列から離れ、無に帰る。私はもう、
見つめていない。牙だけが残る。






(*1)ウマサ 狩りを統率する役の名
(*2)ネマ 女性を束ねる役の名。たいてい年老いた女性が就く






2004年09月15日(水) けだもの




けだもの






けだものの口からはいつも涎が垂れていて
その臭いは数百メートル先まで届くが
けだものは気づいていない
もちろん
涎が垂れていることに

けだものの体毛は針のように硬く
生えているというより突き刺さっているように見えるが
けだものは泣かない
そして吠えない

けだものの目は澄んでいるという者もいれば
濁り腐っているという者もいる
けれども
けだものと目を合わせた者はいない

よく見ると
けだものは傷だらけだ
どこで傷ついたのかけだものしか知らない
いや
けだものも知らない
誰もが知らないあいだに傷ついているので

けだものの爪はもちろん尖っている
それは
殺すためにではなく守るためにある
いや
同じことだ
誰もが守るために殺すので
死ぬことだけは
平等だ
けだものにも死は訪れる
けだものはそれを知っている
知らないのは
けだものであること
そして
けだものと呼ばれていること
そして
けだものという言葉があること






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