今年の開幕戦、上原浩治の低めに伸びてくる渾身のストレートを完璧に捉えたジョージ・アリアスの決勝2ランを見た時、『今年の阪神は相当に手強いのでは・・・』と直感した。その直感は、ワールドカップ期間中に阪神が絶望的な後退を見せたことで急速にしぼんでいったが、それでも現実として阪神が相当に手強いチームであった時期は存在し、その輪の中にはアリアスもいた。 開幕シリーズで阪神が巨人に2連勝した時、多くのマスコミの目は、開幕戦で巨人の重量打線を1失点に封じ完投した“若き虎のサウスポーエース”井川慶に向けられ、続く2戦目で6回までを変幻投法で1失点に凌いだトレイ・ムーアと共に、今年の阪神のキーマンとされた。事実、阪神が飛び出すきっかけとなった開幕7連勝を見れば、先発投手陣の踏ん張りによる所が非常に大きかった。それでも私は、開幕8戦目にして4番をデリック・ホワイトに譲り7番という打順に座ったアリアスを、今年の阪神最大のキーマンと信じて疑わなかった。 開幕戦でアリアスが上原から放った特大の1発、これははっきり言えば上原の失投だった。真ん中低めに伸びてくるストレート、普通に考えればベストピッチに近い球であるが、リーチを利かせて打つタイプであるアリアスにとっては、低めのベストコースにくるストレートは“待ってましたボール”。元々アリアスは、今年のオールスターゲームで、オリックス時代に同僚だった山口和男の豪速球を特大アーチに捕らえたように、中途半端なストレートには滅法強い。アリアス攻略の基本線は、リーチの利かない内角でファールを打たせて外の変化球を振らせるという、極めてオーソドックスなパターンで充分。上原−阿部慎之介のバッテリーは、かくも高い授業料を払うことになった。 だが、阪神にとってはこういうバッターが4番に座ることは非常に大きかった。阪神は既存戦力の中に檜山進次郎、濱中おさむ、坪井智哉という3割を期待できるバッターはいる。シーズン前の勘定では、FA移籍の片岡篤史もその中に入っていた筈だ。しかし、30本を打てるバッターとなれば話は別。確かにアリアスは厳しいコースのボールを器用に捌けるタイプではないが、失投を確実に長打にできるバッターが4番に座ることでかなり厚みを感じる打線にはなる筈だ・・・阪神が課題の得点力不足を解消できるか否か、アリアスの存在はいわばその分水嶺だったと言ってよかった。 4月終了までは踏み出した左足が開きがちになるという悪癖が顔を覗かせ、極度の低打率に喘いでいたアリアスだったが、5月に入るとノーステップに近いステップに修正したことでバランスが良くなり大噴火。一躍本塁打と打点でリーグトップに踊り出て、しばらくは独走状態が続くことになった。『今年はもしかしたら・・・』という開幕戦で抱いた予感が、私の中では確信に変わりつつあった。 6月に入ると、アリアスは徹底的に苦手のインハイで攻められるようになり、これがアリアスのバランスを再び崩した。苦手のインハイに対して腰を引くことでリーチを利かせようとして、これが結果的にドアスイングを助長させることになったのだ(今年の片岡はずっとこの状態)。アリアスの失速に歩調を合わせるようにして阪神の成績も急降下。アリアスは精神的に悩みやすいタイプの為か、一度スランプに迷い込むと脱出までにかなりの時間がかかる。これはアリアスがオリックスに在籍していた頃から全く同じで、主砲の復調までこらえられるだけの地力がまだ今年の阪神には無かったということだろう。一月前に抱いた私の確信は、この頃には溜め息に変わっていた。 阪神が優勝戦線から完全に脱落した夏場から、アリアスの去就がにわかに騒がしくなってきた。『覇気に乏しい』『ガッツが無い』『精神的に弱い』・・・開幕から不振を極めている片岡に対する批判は首脳陣やフロントから漏れてこないのに対して、アリアスに対しては辛辣とも言える批判がスポーツ紙で報じられてきた。しかも、監督である星野仙一の言動もその中には含まれており、今は星野のトーンも落ち着いているが、既に現場ではアリアスに対する評価が下されているような感すらある。今の状態ならば、今後の成績に関わらずアリアスは解雇、よしんば残留しても、今年のシーズン途中に西武へトレード移籍したトム・エバンスのように、新外国人の前に「第三の外国人」としての位置付けを余儀なくされそうだ。 8月24日・25日の東京ドームでの巨人戦、アリアスは3度に渡り二死満塁のチャンスを潰している。しかも、どの場面も「ここで1本出てれば勝てたのに・・・」という、非常に大きな場面。「チャンスに弱い」ということはオリックス在籍の2年間で散々言われていたことで、この2日で首脳陣の評価が一気に落ちたようだが、それでもアリアスは阪神の主砲として外せないメンバーになっているような気がする。今年のアリアスの成績は9月9日現在で打率.2538、26本塁打、69打点。三振は107を数え、確かに打点が少ない点も気になるが、チーム2冠王の存在感が今の阪神から抜けたら、阪神打線の迫力は飛車角落ちの言葉でも足りない程に沈み込む。 本来は今すぐにでも片岡と入れ替えるべきサードの守備力、荒削りだが実はセンスのある走塁力も捨て難い魅力がある。夏場に入ってからの再びの不振も、前後に檜山、濱中、ホワイトといった打者がいなくなった点によるところが大きい。あくまでもアリアスは「失投を確実に長打にする打者」であり、攻め方さえ間違えなければ打ち取れる確率は高い打者である。それ故に周囲に計算できる打者がいなければ相手投手はアリアスにのみ集中できるようになり、必然的に失投がくる可能性は低くなる。真面目な性格のアリアスのこと、『自分が打たねば・・・』という気持ちも人一倍強いだろう。アリアスの打棒が不甲斐なく映るならば、その前後の打者の不甲斐なさも半分は原因であり、その意味ではほぼ1年アリアスの周囲を打っている片岡の不振に対する雑音が、マスコミや首脳陣から聞こえてこないのが不思議でならない。それはやはりアリアスが「ガイコクジン」だからだろうか・・・。 この分でいけば、恐らく最低ノルマである30本塁打は達成できそうだ。成績は次第点と見たいが、「ガイコクジン」という差別意識と、星野が嫌う感情が表に出にくいアリアスの性格が、今回の去就騒ぎと深く関係しているならば、それはやはりお門違いな話だろう。毎夜ベンチの片隅にポツンと座っているアリアスは、不精髭を剃り落とした今も冴えない表情をしている。背後では、星野が苦虫を噛み潰している。
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