enpitu


Egoistic-hypocrite.

hypocrite.

君のために。2005年04月30日(土)



『僕の人生は君のために。』なんて台詞。

女のロマンとして、ちょっと言われてみたい気もするけど
言われたら言われたで、重いし気分悪いし気持ち悪いしで
茶化しちゃうか、さっさと逃げ出したくなるんだろうなぁ。

あたしはつくづくドラマ的展開に向く性格じゃないらしい。
それ以前にそんな台詞、真顔で吐ける男って信用できない。



『君がいないと生きていけない。』なんて台詞。
吐く男はもっと信用できない。ていうか重い。
『好きです』とか『愛してる』もなんだか生理的に嫌だ。

あたしってこんな軽薄な女だっけ、と、たまに思う。





サクジョ。2005年04月29日(金)



ひたすら色んなコミュニティに属すことに
心血注いでた頃の、色んなデータを消した。

別に、特に進んで忘れたい事柄なわけでもないし
煩わしい過去や汚点なわけでもなかったから、
とりあえず今のPCのHDD容量の問題もあって
執着のないデータから順に『PC上から"は"消した』ついで
ってだけで、ちょっと手間をかければ取り出せるところに
ちゃっかりと残ってはいるんだけど。



是も非も考えるスキがないくらい、その場所に
入れ込むことに心血を注いでた当時のあたしのデータを
見てると、まるで他人のようで。懐かしさの欠片もない。

そんなモノだと分かってて、わざわざ目のつくところに
"あの頃の自分"を置いといて、わざわざ当時の記憶に
縛られて、自分に一貫性求める必要もないかな、と思った。



だから削除。



容量稼ぎとしては、大したもんじゃなかったけど、
画面の中にいる"あたし"の言動は、とてもじゃないけど
暑くて、熱くて、厚くて、篤くて、今いる"あたし"とは
遠すぎる人物で、なんだか眩暈がする。

あたしは、赤の他人のように変わってしまったのに、
ホントはいまだに自分を赦せない。赦せないと変われない。
まだまだ変わらないといけないのに、削除しないと、
赦せないこと自体も忘れられそうにない。





虐待児。2005年04月27日(水)



あたしは、精神医学的見地からすると、充分に
『虐待児』というカテゴリに属するんだそうだ。

ヘラヘラと笑って専門家の質問に答えるあたしに
なんであたしのことなのに、悲しい顔するのって
こっちが思うような表情でその人は言った。
 
あたしは、もう終わった事だと思ってて
逆に自分の過去って笑いが取れるかもなんて
軽い気持ちで思いながら話してるのに。



でも、知ってる。

笑って話せる"あたしの過去"なんて、あたしの記憶の
総量の中じゃごく一部で、あたしの過去の大半はいまだに
分厚い土で覆われたお墓の中なんだってことくらい。

お墓の中身がどんな風になってるか薄々勘付いてるから
覆われた土を取り除いた時に、自分がどうなっちゃうか
あたし自身、予測できなくて、それを暴きたくなくて。
それで、それ以上踏み込まれないように笑い事にしてる。

知ってるから、まだ今は、真実なんて要らない。





見送り。2005年04月25日(月)



あたしの実家は、呆れるくらい、猫がいる。

それこそ、どこでこんなに面倒見るの置き場所が
ないじゃないの、ってくらい、たくさん猫がいる。

猫は別に嫌いじゃないし、見れば可愛いと思うんだけど。
たくさんいれば可愛いかっていうとそういう問題でもないし
もう、実家の猫の頭数ときたら、そんな『カワイイー』とか
言って笑って済ませられるレベルじゃなくて。

足の踏み場がないっていうか。
どこを見ても猫っていうか。
家中に猫っていうか、むしろ家が猫?猫中が家だらけ?



猫は嫌いじゃない。

でもあたしは猫アレルギーで、あの密度で生息されると
さすがにキツいものがあるし、家の中だっていうのに
毎日鼻炎カプセル飲まなきゃいけないのも煩わしい。
猫の毛で服が汚れて、出掛ける度に毎回毎回粘着テープ
使って服をキレイにしなきゃいけないのも大嫌い。

自分があんまり触られたい方じゃないから、懐いて
擦り付かれるのも好きじゃないんだけど何故か猫には
好かれておべっか使われて閉口するし、人が何か食べると
テーブルの縁という縁から這い上がってきて、周りに
鈴なりになって"おこぼれ待ち"されるのも、ちょっと
衛生上どうかと思う。

人が寝てる間に立派な成猫が、上から落っこちてきたり
鳩尾の上を駆け抜けていくのに至っては、ただでさえ痛いし
苦しいし、酷いと大怪我しかねないのに、いつそれが来るか
分からないから緊張のし通しで、潰瘍持ちだったあたしは
ストレスで胃痛の発作を起こして余計に痛苦しい思いもした。



家族は今でも猫からもっと酷い仕打ちを受けてるらしいけど、
(何をどうするとそうなるのか、箸をつけてるのに食べ物を
掠め取られたりとか、寝てる顔や頭にオシッコかけられたりとか、
他にも色々してるらしい。)それは拾ってきておいて
躾け切れなかった人の自己責任っていうか自業自得ってことで、
勝手にやっててもらうとして。

あたしは例え家族と比べて自分の扱いが猫たちの中で
上等の方だったとしても、充分耐えがたい環境だったから、
狭い家の中、自由に動き回れない鬱屈のせいで暴れる猫の数が
ピークに達した頃、それ"も"理由で家から飛び出して、
物置なんかに住みはじめた。物置の方がマシだったから。

猫が悪いんじゃないけど。



『ピークに達した』って書いたのは、それからちょっとずつ
猫の数が減りはじめてて、もう増える見込みもないせいだけど、
それでも異様な猫密度である事に変わりはないから、
それ"も"鬱陶しい事柄のひとつで、だからあたしは今でも
実家には好き好んで近づこうと思わない。



思わないのに、今日は、母親の電話で起こされた。

その中の一匹が「治らないで死ぬのを待つだけ」の診断を
されながら、現在進行形で何ヶ月も生きながらえてるから、
生きてる以上は死ぬのを見送るまで世話をし続けなきゃ
いけない。いけないけど、今日は、してるヒマがナイから
ヒユちゃん、お願い、と。



自分が責任を負える範囲なんかろくろく考えもしないくせに
猫を拾って癒す行為にレゾンデートル感じちゃってる母親に
拾われてしまった猫もいい迷惑だと思うけど、あたしが
それに付き合わされて死んでいくのを看取った動物の数は
(いちいち数えてもないけど)20や30どころじゃないと思う。

家の裏の土手は、その手の生き物のお墓に埋め尽くされて
新たに埋葬する場所がなんか、スキマほどもない。
最近、その土手も工事の手が入って、大半のお墓は土ごと
どこかに持ってかれたみたいだけど、まあそうやってみんな
地面と同化して還っていくんだろう。



もう、動物が死に直面していく場面に遭遇しても、
毎度の事になっちゃってて、なんの感情も湧かない。
死なないで、なんて間違っても思わないし、人として(?)
せいぜい楽に逝ってくれ、くらいは思うけど、死ぬ時なんか
みんな"そんな感じ"なもんだから、こんな辛い思いさせるなら
いっそ安楽死、とかも思わない。人間だって"そんな感じ"だし。

こんな辛い思いするくらいなら動物なんて二度と飼わないとも
思わないから、まだまだ何度も"こんな思い"するんだろうし、
"さっきまで呼吸してた物体"と一緒にご飯を食べるのも慣れた。

『死にゆく存在』がその時を迎えるのを、平坦な気持ちで
ひたすら黙って見守ってるだけ。子供の頃からずっとそうして
"見送り"の作業を繰り返してる。



この子は、母親が、まだ乳飲み子だからって言って
この子の兄弟と3匹、一緒に段ボール箱に入ったのを拾ってきて、
それをあたしは注射器でミルクやって育てた。
兄弟3匹とも無事に大人になって、1匹は随分前に死んだ。

多分、今回も、凪いだ気持ちで逝く様子を看取るんだろう。

いつか、こういう時が来るんだと思いながら世話をしてきた。
骨の浮き出た身体を動かして、ヨレヨレしながら食べ物を摂る
横顔を見て、命を繋ぐためにひと匙ひと匙、流動食を運んで
食べさせてやりながら、あたしはこの子が死ぬ時を想像する。

こうやって、実家の猫たちは一匹、また一匹、見送られて
何年もかけて数が減ってってやがては居なくなるんだろう。

この家に拾われたばっかりに、狭い家の中、自分がすでに
『死にゆく存在』として緩慢な死を想像されてるなんて
思いもしないで、食べて寝て甘えて。痩せ細って、そのうち。

いつかの"見送り"作業のために生かされてる。





オンナ。2005年04月24日(日)



生理の時だけ、あたしの性別がオンナなんだってことを
つくづく思い知らされる。

生理痛がひどくて布団の中にうずくまって、たまに
自分の子宮からどす黒い血が流れてくるのを確認して
あたしは子供を産む器官を持ってるカラダなんだって
ようく実感する。したくもないけど実感する。



誰かとセックスする時にだって
こんな風には感じたことがないのにね。





クビツリ。2005年04月23日(土)



頭蓋骨が重い。



長い間、整体とやらにも言ってないし
動けなくて寝たきりしてた時期もあったから、
どうせ頚椎がずれてるんだろうけど、
首が、自分の頭の重さを支えきれないって
ヒィヒィ言ってるような気がする。
ような、感じの、頭痛。



いっその事、首に縄をつけて天井からぶら下がったら
頭を支えてなくてよくなるから、頭の重さの分
さぞや負担が軽くなるんだろうなー…って思う。

あたしみたいな人間が、それで失敗して
本当に首を吊ったら、間違いなく『自殺?』とか
言われちゃうんだろうけど。某ギタリストみたいに。

いや首の骨の牽引したかっただけなんです、なんて
言い訳しても聞いてもらえないんだろうなぁ。
死んだら言い訳もできないから、やらないけど、
首を吊りたい。メンヘルのジレンマ。



メンヘルは自殺をするなんて
一体、誰が決めたんだろ。

あたしなんかひたすら生きることに
傾倒してるだけなのに。





泣かない。2005年04月17日(日)



昔はあたしみたいな人間は、脳ミソをほじくられてしまうか
いわゆる"座敷牢"みたいなところに押し込められてたとか。

別に、物理的に外界とあたしの間を遮るモノなんか
特になにもないし、表向きはあたしは貧乏で無責任で自由な
ヒマ人だけど、"住む"というよりは"棲む"って表現した方が
なんとなくしっくりする、受動的に与えられた場所にいて、
実は何するのにも家族の許しが必要で、一挙一動をひたすら
他の家族の都合で管理されてる、"家"というよりは、
どこか、"心理的座敷牢"。それがあたしの棲家。

そんなあたしを生かすための場所が
今日、ひとつ、普通の人間らしい生活に近づいて
今日、ひとつ、ちっこい希望をひとつ叩き落された。
でも、あたしは泣かない。



泣かないアンタと違ってワタシは弱いから、だとか
強いオマエと違ってオレはそんな風に割り切れないとか
言われ続けてきて、その度に返す言葉に困ったけど、
今ならその人たちに言えるかもしれない。

強くて泣かないわけじゃない。泣ける器官が麻痺してて、
おいそれと涙が出ないから、泣かないの。
だから何があっても『もう少し』『ちょっとずつ』
そうやって自分自身を慰めて目を閉じるだけ。
『もう少し』『ちょっとずつ』の時間を耐えるために
あたしは心を閉じていく。どんどん鈍い生き物になる。

冷たいね、とか、強いね、とか言われて
自分でも半分ソノ気になりながら、それが精神的なかたわへ
自覚症状もなく近づく証拠だって気づかずに、憮然としてた。
注射される子供じゃあるまいし、笑っちゃうけど。

そうして生きてるうちに、場面によっては表面的にでも
涙を流しておけば"ココロノアタタカイヒト"として世間様に
受け入れられやすい事実も学習していって、ずるいあたしは
状況に求められた時に求められたようにしょっぱい水を
目から垂れ流して嘘泣きする技術さえ覚えたけど。

何の役に立つんだろ、こんな液体が。

"泣く"の効能なんてないと思って、馬鹿にしてた。
目が腫れぼったくなるだけでなんのメリットも感じなかった。
だから、本気で泣きたい時に泣けるって事が
精神の中で大事な機能なんだってことも無視した。
というか、知らなかった。ずっと。

初めて本当に泣いた時の記憶はあたしにはないけど
泣いた後の気楽さは覚えてる。それも言葉のとおりに
"数えられるくらい"の経験なんだけど。
今思うと、"泣けた時"ってホントに貴重だったと思う。



今、あたしは"泣かない"。

処世術としての涙はもう使わない。
心を軽くするために自動的に泣けるほどの余裕もない。
あたしはすぐに"泣く"って行為を忘れてしまうけど
それを思い出させてもらうためだけに、テキトーに誰かを
捕まえて、あたし、"座敷牢"の住人なの、可哀相でしょとか
アレコレいって、同情誘って利用もしたくない。

惰性で生きてるあたしがこういうのもおこがましいけど、
もう、楽な方向へは流れない。
もう、自分の性(さが)に踊らされたりしない。
だから、あたしは泣かない。





思い出の品。2005年04月10日(日)



色々と懐かしいモノも
色々と忘れたかったモノも
色々といい値がつきそうなモノも
色々と恥ずかしいモノも
とにかくぞろぞろとたくさん出てくる。

それが、あたしに過去があった証拠。
昔の自分が何を想ってたかなんて
全然分からないけど。

もしかしたら、あたしは昔、
"ヒユ"って呼ばれる"あたし"じゃ
なかったかもしれなくて。

そしたら、今掘り返してる
この思い出の品たち。
あたしには関係がない
ガラクタになっちゃうのかな。





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