たまに××したり。
INDEXこれまで。それから。


2004年01月31日(土) 10年ひと昔。

今から10年前。生後数ヶ月の娘と出かけるのに、よく抱っこ紐を使用していた。
ベビーカーは場所を取るし、人ゴミの中移動するのにはあまり向いていないと思ったし、よく吐く娘の様子を見るには抱っこしていたほうがなにかと都合が良かったからだ。
それにぴったりとくっつくと何より安心感があった。
当時、赤ん坊を抱っこするのは母親がほとんどで、父親が抱っこ紐を使うなんて言うのはまずありえなかった。
夫は子煩悩でそれはもう娘を舐めまわす勢いで可愛がってくれたし、世話もそれなりにしてくれたが、外出時に抱っこ紐を使うなんてことはなかった。まあ、そんなものはなくても普通に抱っこすればいいだけの話だが。

それから4年後、息子が生まれると世の中はずいぶん様子が変わっていた。
まず、父親が抱っこ紐で赤ん坊を抱っこしているのだ。それでもまだそんなには多くなく、時折見かけると、へぇ〜・・・と言う感じで感心したものだ。

そして、さらにそれから6年後の現在。
ベビーカーを押す若い父親がいる。よくよく見るとみぽりんの旦那さんだった。

「あれ〜?一緒じゃなかったんですか?」

そう、そこにみぽりんの姿はなかった。

「ええ、今日はお友達とお買い物に出かけてるんですよ」

「で、今日は2人でお散歩?」

「そうなんです」

公休日に赤ん坊と2人っきりでお出かけ。
嫌がる風でもなく、ごく普通にそんなことができるなんてすごいなあ、と思う。

彼だけが特別なのか、と言うとそんなこともない。最近よく、母親の姿がなく、父親とだけ一緒に歩いている親子連れを見かける。
父親の育児参加うんぬんと言われつづけているが、10年前のそれとはずいぶんと様子が変わってきている。
母親の育児放棄、と言うのではなく、双方の参加による育児と言うのは子どもにとっても社会にとってもとてもよいことなのではないだろうか、と思った。

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2004年01月29日(木) 近況とメッセージ。

ものすげえサボってますよね。申し訳ない。
って、一応これは日記であるからして、書こうが書くまいがあたしの勝手でしょ、と言うのは読んで感想くださる方々に失礼と言うもの。
まあ、なんというか、精神的に内にこもっているということ、仕事が忙しくて、物理的にネットする時間が減っているということ、PCのある部屋は冷暖房がなく、夏は暑くて冬は寒いため、どうしても仕事前の午前中くらいしかつなぐことができないということ、と言った様々な理由で、日記書くこともままならないのです。

最近娘が、何を思ったか日記を書き始め、

「ヒミツ」

と言う割には堂々とその辺に転がしてあるため、ついつい目を通してしまうことがあるのだが、一人称が「あたし」と書いてあるのにはなんだかな、と言う気になった。
先日の夫との喧嘩については、

「どっちも悪いと思う」

と言うコメントがあり、そりゃそうだ、と思わず苦笑した。

そうそう、最近夫の帰宅が遅いと言うのもあたしがネットしなくなっている理由の一つです。
奴が帰ってくるとあたしがどんなにセキをしていようとタバコを吸うので、自然別の部屋に行こうと言う気になるのです。それがいないものだから、堂々とリビングに居座ることができると言うもの。
夫がいないことで必然的に子ども達の相手もすることになり、一緒になってテレビを見たり、トランプをしたり、と言う親子の時間が増えているというのも一因だったりします。
先日はTSUTAYAで借りてきたビデオを一緒に見ました。
窪塚君主演の「ランドリー」
なんと言うか、すごく切ないのですが、不思議と癒されるお話でしたよ。
お勧めです。ぜひご覧あれ。

エンピツユーザーの皆様へ。
マイ登録して頂いてる方々、ありがとうございます。
毎日、と言うわけには行きませんが、時折覗かせていただいてます。
特にご挨拶に伺うことはしてませんが、一通り読ませて頂いてます。
あたしの日記はしょぼいので、気にいらなくなったらがんがん削除してくださいね。

日記才人ユーザーの皆様へ。
登録してる割にはあまり意味がないというか、一応更新報告をするのみと言う怠慢なあたしですが、登録していただいた方の日記は上に同じく時折巡回させて頂いてます。
上に同じくつまらんと思ったらお気軽に削除してくださいね。

はてなでお越しの方。
せっかく登録して頂いてるのに、なかなか更新できず申し訳ありません。
てか、更新待って頂いてると言うのはありがたいことです。

お仕事でお疲れ気味だったり、育児で悩んでると思われる読者の方々へ。
時折リファラで見かけるそういったキーワードを見ると、あたしの日記を読んで癒されることも参考になることもないのに、とさらにさらに申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
読んだ人が元気になれるような、そんな日記が書けるようになれたら、と思ったこともありますが、やはりこれは個人の日記なので、それは無理、と言うことで。
まあ、何らかの参考やら気休めにでもなれば、と思います。

そして、私信。
最近精神的に追い詰められてることが多く、挙動不審だったり、いろいろご迷惑をかけてしまって申し訳ない。
だが、しかし、あたしに関わった時点でそれはあきらめてくれ。
すまんが手遅れだ。もう、改めるには年をとりすぎたようだ。
自分のことを誤解されたり曲解されるのはあまり嬉しくないので、どうしても言葉多く語りがちになってしまうのだけど、それがウザイのでしょうね。
許してね。
でも、あたしはA型なので、反省はするだけです。


ということで、いろいろありがとうございます、ね。

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2004年01月25日(日) 結局稼いだもん勝ちなのね。

それはほんの些細なことが引き金で。
月に一度の家族そろっての休日。久しぶりに寝坊ができると言うものの、洗濯もしなければならず、天気がよければ布団も干したい。たまにみんな揃ったのだから一緒に出かけたりもしたい。そうなるとほんの少し寝坊をしただけでもあたしは普段と何ら変わらない忙しさになる。
天気がいいと言っても、冬の日差しでは早く干さないと洗濯物が乾かない恐れもある。いてもたってもいられない思いで、朝食もとらず、洗濯をする。
連日仕事で朝早くから夜遅くまでの勤務だった夫も、やはり疲れがたまっているようで、のんびりと寝てはいたが、あたしが起きてから少しして起きてきて、子ども達に朝食を与えてくれていた。
昨日の重労働がたたって、足腰が完璧に筋肉痛を起こすほど疲労している。できたら動きたくないのが本音。それでもそう言うわけにも行かないから、できるだけお手伝いいただきたいと思い、

「布団干してもらっていい?」

とお願いしたら、

「ハイハイ、分かりましたよ」

とイヤイヤ感たっぷりの返事が返って来た。
その前に、しばらくかえてなかったフグの水槽の水を替えておいてね、と頼んだときもなんで俺が、といわんばっかりの返事が返って来て、飼うと決めたのはあたしではないし、あたしは一切世話をしない約束で飼うことにしたのに、とこちらが嫌な気分になった。

「おまえはいつも自分ばっかり損してるって言いたいんだろ?」

そうじゃない。できることをできる人ができるときにやるって言うのが家族じゃないのか、と思っているだけだ。
仕事で疲れてるのはお互い様。だけど、実際、汚れものを洗濯カゴに放り込んでおけばきれいになっている、と言う毎日は誰が作り出しているのか。

「俺はそんなこと頼んでないし、着る物がないからと文句を言ったこともない。やりたくなければ無理してやらなければいいだろう」

もしもあたしがやらなければ誰が洗濯をするのだ?
どんなに熱があって具合が悪かったときも、妊娠中に切迫早産で絶対安静といわれたときにも、寝込んでいても洗濯物がきれいになっていたことはなかった。
週に3日のゴミの日も誰ひとりとしてゴミを捨ててくれる人もいなかったじゃない?
時間数は違うけど、働いていると言う意味では対等じゃないの?

「おまえのは本業じゃない。おまえが働かなくたって何とか生活していける。そんなにつらいなら辞めてしまえばいいだろ?」

悔しかった。
収入で差別されるのは世の中だけのことなのか、と思っていたのに、配偶者にそんなこと言われるとは夢にも思わなかった。
社員と大して変わらない仕事量で、毎日ボロ雑巾のように仕事して、もらえる賃金は社員の半分以下。ヘタしたら3分の1にも満たないかもしれない。
割に合わないと感じているのは働いている当の本人だ。
今現在、売り場ひとつ任されて、商品の選択、売上の管理、そういったもの全てをひとりでこなしている。上司からはほとんど指示も与えられず、好き勝手に売り場作りも進め、毎月の売上はあたしが作っているようなものだ。
それでも、手にする金は信じられないほど少ない。
それでもあたしの収入がないとあるとでは大きな違いがある。口が裂けてもそんなことは言って欲しくない。

「あんたは子ども養ってるわけじゃないんだし、旦那が稼いで暮らしてることには変わりないんだから、今より稼げるようになって自分で家族養えるくらいにならなきゃ勝ち目はないだろ?」

あんまり悔しくて友達にメールで愚痴ると、そんな返事が返って来た。
悔しいけど、確かにそうね。

だけど。
あたしは扶養されてないんだもん。
扶養の範囲内で働いてるわけではなく。それだけは間違えてもらっては困る。事実上、あんたが養ってるのはあたし以外の家族だ。

そのあと夫は、ほとんど口もきかずにぼろぼろとただ涙を流すあたしを見て、さすがに言い過ぎたと反省はしたらしいが、あたしは執念深いので、多分、一生許さないと思います。

まあ、一番いけないのは労働に見合ってない賃金だと思いますけどね。マジで。

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2004年01月24日(土) 内容は薄いが、中身の濃い毎日を送っています。

もう限界です。
土曜日だと言うのに、納品日で、しかも売り込まなければならない週末だと言うのに、売り場の最大人員4人。それもたったの2時間限り。あとは2人きりだったりします。ありえません。
ひとりがレジを打って、ひとりが商品取りに行って、ひとりが在庫確認に行って、それだけでいっぱいいっぱい。その間に、休憩にいく人が一人でもいたら・・・。
ありえません!
マ・ジ・で!走り回って、行ったり来たり、休むヒマもなく店内を移動して、足が棒状態になってしまいました。痛いよう・・・。

ここ連日そんな感じで、夜は夜でネットする気力もなく、夕飯食べるとばたんキュー。
明日は久しぶりのお休みでございます。
どこも行きたくな〜い。。。
TUTAYAくらいは行くことになるのかなぁ。

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2004年01月22日(木) 結果が全て。

毎日が余裕なさ過ぎ。
K嬢が休んでいることによって、人員が足りない、仕事は増える、正直つらいものがある。自分の売り場の管理すら満足にできない状態なのに、彼女のいない分の穴埋め作業やら、彼女がいない分の売り場全体のフォローやらで、休むひまもないくらいだ。
マネージャーは、と言えば、朝10時から夜11時まで通しで勤務と言う日が続いている。頭が下がります。

やはりここでしっかりしてもらわないといけないのはユタカ君なのだが、どうにもこうにも彼は要領が悪すぎる。
途中一生懸命だったり、努力しているのはよく分かるのだが、結果に結びつかない。
彼の仕事振りは、例えるなら、隣の家に行くのに、町内ぐるっと回ってから行くようなものだ。わざわざ遠回りして、枝葉の部分が多いといえば分かるだろうか。
余計な作業をすることで、肝心な部分まで手が回らなくなってしまう。
数字がすべて、結果がすべて、と言う会社から見て、彼の仕事振りは当然評価されない。

以前、知人様から、

「あなたは努力している、努力しているとばかり言うが、評価されるべくはその過程ではなく、あくまでも結果なのですよ。いくら努力したからといって結果が出せないのでは意味がないんですよ」

と叱られたことがある。
そのときはこんなにがんばってるのに、そんな風に言わなくてもいいじゃない、と少なからず思ったのだが、それは甘え以外の何者でもない。
ユタカ君の場合も甘えていると言うのではないにしても、努力している、がんばっている、と言う部分をアピールするばかりで、結果が伴っていない。

「努力するのは当たり前なんですよ。結果が全てです。結果を出すために努力するのは当然のことなんですから」

マネージャーとそんな話をして、泣き言を言いそうになっていた自分を恥じた。

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2004年01月20日(火) 目の上のタンコブ。

社員のK嬢はよく気が付き、さらに気がついたことは端から口に出し、その口調もきつく、さらには嫌味も含めたお小言が多いため、まるで姑のような意地の悪さで、一緒に仕事をする人はそれが嫌で辞めてしまったり、さらには体調を崩したり、と言うことが往々にしてある。
そんなK嬢が、足を怪我して当分出てこれないと言う。
業務上は非常に困ることになる。実質マネージャーの次に責任がある彼女がいなくなるとなると、残されたのはユタカ君。
相変わらずの要領の悪さと、思考回路が全くかみ合わないことで、彼が出勤してくるとあたしはたまらなく具合が悪くなる。
悪い人ではないんだけど、ただ、ちょっと女々しかったり、要領が悪かったり、常識がなかったり、ネガティブだったり、注意力が散漫だったりするだけで。

K嬢と一緒に仕事をしているバイトのI君、彼は先日仕事のやり方で彼女とぶつかったばかりで、彼女と組むことが相当のストレスになっているのは傍目から見ても明らかで、実際、辞めたいとこぼしていたらしい。
そんな彼も、K嬢が当分来れないらしい、と言う話を聞いて、

「足は無理するとあとあと大変なことになりますよ。ゆっくりしたほうがいいんじゃないですかね?」

もっともな心遣いを見せるが、その彼の表情にほっとしたものを感じたのは気のせいではないだろう。

あたしも直接の被害はあまり受けていないのだけど、結局彼女の愚痴やら、彼女に対する不満やら、間に入っていたばさまってばかりで、正直結構なストレスだったりしていたので、ちょっとほっとしていたりもする。
まあ、その分仕事が増えるのはちょっとしんどいのだけど。

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2004年01月18日(日) ズル休み。

ここ数日子ども達が腹痛を訴えている。
とは言っても、好物の菓子を食っては部屋の中で騒ぐ様は、とても病気だとも思えず、心因性なモノなのではないか、と思っている。

今朝も娘が腹痛を訴え、学校を休む、と言う。
4年生になってから、1度も休んでいなかったので、子どもに甘い夫が皆勤賞なら何かごほうびあげないとな、などといっていた矢先のことだ。

「そんなに痛いのなら病院に行きなさいよ。ママは今日も仕事だし、あんたの看病なんてできないんだからね」

と言っても病院には行きたくないと言い張る。

「病院に行かなくてもいいくらいなら学校にいきなさいよ。たいしたことないんでしょう?本当にどこかが悪いんだったら病院に言ってみてもらわないと大変なことになるんだよ?」

なだめすかそうが怒鳴りつけようが布団にもぐってしまうばかり。
いい加減腹が立って

「あんたねえ、腹が痛いくらいで学校なんて休んでどうするのよ?あたしだって腹は痛いわ、セキは出るわ、肺は痛いわ、休みたくても仕事だから休むわけにはいかないんだよ?病院にも行かないで寝てるだけなら学校行きなさいよ!そう言うのズル休みって言うんじゃないの?」

身も蓋もないことを言う。
そうこうするうちに、今度は息子までおなかが痛いと言い始めた。
こっちは生理で激しい出血と腹痛に悩まされ、貧血も起こしていてその上喘息も完全によくなっているわけではないと言うのに、がんばって早起きして弁当まで作ったと言うのに、休むだと?
もうこの時点であたしはぶち切れ、

「いい加減にしなさい!本当におなか痛いんなら病院に行く。病院に行かないんなら幼稚園に行く!あんたまでズル休みしてどうするの?!ママはウソとズル休みが大ッ嫌いなんだから!」

息子は観念したらしく、べそをかきながら

「幼稚園いく・・・」

息子も年長になってから1度も休んでいないのだ。このままいけば皆勤賞なのだ。
一応、本当に痛いのではかわいそうなので、おなかに使い捨てカイロを貼ってやった。

「どうしても我慢できなかったら先生に言うんだよ。でもママはお仕事だからお迎えはばあばが行くからね。歩いて帰ることになるんだからね」

半ば脅迫して送り出した。

子どもがおなか痛い、とか理由をつけて何となく休みたい、と思う気持ちは分からなくもない。
それを許してあげるのが優しさなのか、突き放して無理にでも生かせるのが優しさなのか、あたしには分からない。
自分が子どもの頃、どうしても行きたくない日があって、登校班の時間になってもタンスにしがみついていきたくないと駄々をこねたことがある。
母に無理矢理引きずり出されて学校に行き、でも、だからと言って、行ってしまえばどうってこともなかったような気がする。
小学校の頃は学校が好きだった。いつまでも小学生でいたいと思ったくらいだ。
それでもいきたくないと駄々をこねたのだ。
中学高校になると学校はあまり好きではなかった。だけど、熱があっても這ってでも学校にいっていた。
なんでだろう。
今思えば不思議だが、そこには義務感であるとか、約束事は守らねばならないとか、そういった律儀さがあったのだろう。
行くと決められたところにはきちんと行かねばならない。いい加減に生きているあたしでもそれだけは守っている。

思うに、あたしが子ども達に腹を立てたのは、本当は自分がズル休みしたいのに、できないことへの苛立ちなのだろう。

娘はまだねている。
きっと今日は1日中ゴロゴロと過ごすのだろう。
たまにはそんな日があってもいいのだろうね。

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2004年01月15日(木) C級グルメ。

前に一緒に仕事をしていたレイちゃんと休憩時間が一緒になり、一緒に定食を食べた。
食べ物の好みの話になって、レイちゃんが

「和菓子と洋菓子、どっちが好きですか?」

と聞くので、

「和菓子と洋菓子ですかー?私、ケーキはいっくら甘くても大丈夫なんですけど、あんこの甘いのはダメなんですよねぇ・・・」

と答えると

「わ、一緒だ」

それで気を良くしたのか、レイちゃんが

「お薦めなんですけど、ご飯の上にお豆腐のせて食べるとおいしいんですよ」

と言う。

「お豆腐?いわゆる冷奴みたいな感じですか?」

ちょっとあっけにとられて聞き返すと

「そうですね、ご飯の上にお豆腐をただのせるだけなんですけど、おしょうゆをかけて食べるんですよ。それがすごくおいしいんですよ」

麻婆豆腐は好きだが、何か違う気がする・・・と却下したあたしは、ならば、とお薦めメニューを紹介する事にした。

「温かい炊き立てのふうふうしないと食べられないくらい熱いご飯の上にですね、バターをのせておしょうゆをかけるんですよ。騙されたと思って食べてみてください。マジウマですよ」

これを聞いたレイちゃん、のけぞって

「え"〜〜〜〜〜〜ッ!」

「いや、マジなんですって」

といくら説明しても気持ち悪がるばかり。
その上、

「これはテレビで見たんですけど、シーフードヌードルにマヨネーズ入れて食べると実にマイルドでおいしいんですよ。本当ですって!ぜひ試してみてくださいよ」

これにはあたしが

「え"〜〜〜〜〜〜ッ!」

とのけぞったのですが、お互いにバターしょうゆご飯とマヨネーズ入りシーフードヌードルのおいしさを譲らぬまま休憩時間は終わり、あたしの頭の中はマヨネーズ入りシーフードヌードルでいっぱいになり。

本日お昼にふらふらと買ってきてマヨネーズを入れちゃいましたよ!

ちょっと分離するんですけども、よく混ぜて食べると確かにマイルドな味が!
意外においしくてぺろっと平らげちゃいました。

悔しいけどレイちゃんに会ったら報告しないと。
そしてレイちゃんにもバターしょうゆご飯を食してもらうのだ。

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2004年01月14日(水) ついてない。

あまりにも寒いので、今日はおでんに決定、と喜び勇んで具を調達し、土鍋に放り込み、ぐつぐつ煮込もうとしたらあまりにも具が多すぎて、肝心のジャガイモが入れられなくなってしまいました。
とりあえず、おいしーと満足し、だいぶ具が減ったところで、ジャガイモを追加し、煮込もうと思い土鍋の蓋を持ち上げた瞬間にてが滑り、見事なべに落下した蓋は鍋本体を打ち砕き、ガスレンジ上は汁で溢れ返ってしまいました。
がっくりと肩を落としながら別の鍋に具を移し、ぐつぐつと弱火で煮込む間にぼけらーっとネットしていたらすっかりそんなことを忘れていて、気が付いたときには鍋の中の水分はすっかりと蒸発しており、鍋底には具が焦げ付いておりました。
オーマイガーッ!
でもさらに別の鍋に具を移し、出し汁を作り直し、何事もなかったかのように見事おでんは完成したわけですが。

なんか微妙に凹む出来事でした。
夜は夜でふと自分の手を見たら血だらけになっており、いったい何事?と思ったらすっかり荒れた手のひびと言うひびから出血していたのでした。
うう。。。今の季節しばらくは商品整理で繊維モノ(マフラーやらストールの類)を扱うことが多く、1日であっという間にひどい手荒れになってしまいます。
いよいよハンドクリーム持参で仕事しないといけないかも。

最近、物を壊したり、なくしたりするようなときにはきっと本当はもっと大きな怪我や事故から私を守ってくれるために犠牲になったんだ、と思うようにしています。形あるものはいつか壊れるもの、子どもの頃皿をうっかり割ってしまったときに母に言われた言葉も思い出します。

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2004年01月13日(火) かみ合わない。

あまりにも寒くて、キーボードを打つ手がかじかんできたので、温かいものでも飲んで温まろうと思い、カプチーノをカップに注ぎ、台の上に置いたところ、かじかんだ手でうまくおくことができず、何かの弾みで斜めってしまい、ひとくちも飲まずしてこぼしてしまいました。
がっくり。。。


さて。
相変わらず馬鹿なあたしは久々にネット上で口論になり、どうして分かってくれないのよぅ!と凹んだのだが、あたしが言いたかったことと、お相手が言いたかったことのもともとの論点が大幅にずれていたということに気が付いて、話がかみ合わないのも仕方のないことだ、と納得した。
まあ、世の中にはいろんな人がいますね。
特にこう言った文字だけでのお付き合いだと微妙なニュアンスがうまく伝えられないこともあって、まあそれはあたしのボキャブラリーの貧困さから来ることなんだけれども、「ああ、勘違い」な状況にほとほと悩まされてしまいました。とか書くとまたさらに、己の正当性だけを主張しているように思えてくる文章になっていますな。

文字だけの会話は難しいと嘆き、じゃあ、実際に向きあっての会話ならよいのか、と言えば、そんなこともない。
あたしはどうも、ばりばりのハマっ子であり、横浜弁を語っていると思われるのだけれど、父は東北、母は山梨、と言う実に地方色ゆたかな言語環境で育ったためか、時として口調がきついことがままあるようで、本人は全く何の意図もなく、普通に話しているつもりなのに、怒っていると思われることがあります。
実際に怒った時の口調は意外と穏やかに懇々とねちっこく責めるのですが。

夕べのことですが、最近弱反抗期の娘に、夕食の片づけをしながら話し掛けること数回、テレビも見ているし、聞こえにくいかな、と思い、台所から顔を覗かせ、

「今、忙しいのかな?お願いがあるんだけど?」

とごく普通に話し掛けたのにも関わらず、

「聞こえなかったんだからしょうがないじゃんッ!」

とそれはえらい剣幕で答えが返ってきて、さすがにカチンと来たあたしが

「あのぅ?あたし今、普通にお願いがあるんだけど、と話し掛けたんですけど?それの答えが今の返事ですか?」

ふくれた娘は

「だって!」

なおも文句を垂れる。
だって、でも、どうせ、3Dはダメなのよ、と常々言い聞かせているし、普通に答えるべきところじゃないの?と腹に据えかね、

「『さっきっから何回も呼んでるのになんで返事しないのよッ!』と言ったわけじゃないんですけどね?あたしがもしそう言う風に言ったのならそんな返事されても仕方ないけど、あたしは普通に聞き取りにくかったかな、ともう一度言っただけなんですけどね?」

それを見ていた夫が

「おまえがいつもそう言う言い方をするから真似するんじゃないの?おまえの言い方だって悪いだろ?」

火に油を注ぎました。
確かにあたしは口調もきつければ気分次第で子ども達に当たることもなくはない。
だけど今はそう言う話をしてるんじゃないだろう。どう考えても今は娘に非があるのだからそのことについてしかってるところなのに、当の本人の前で水をさしてあたしの意図を台無しにするようなことは言わないで欲しい。

言い方が悪い、と言うことを責められるのは仕方ないかもしれない、だけど、そのことと娘に対してあたしが言いたかったことと問題を摩り替えないで欲しいのだ。
叱っている場面で、どう考えてもあたしがおかしなことを言っていると言うことを責められるならまだしも、その言い方じゃ、子どももそうなるのは当たり前だろう、なんて、なんかおかしい。
その場で言い方が悪いと思っても、まずは子どもの間違いを正してから指摘すればいいことじゃないのか。

あまりに腹が立ったので、懇々とその辺を説明し、何とかあたしが言いたかったことは理解できたようですが。

10年も夫婦をやってきて、どうしてその辺の所をいちいち懇切丁寧に説明しないと理解してもらえないのか、時々無力感に襲われる。
まあ、向こうから言わせれば、そんなのお互い様、と言われるんだろうけれど。

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2004年01月09日(金) さらにさらにやばいです。←いい加減にしろ。

一晩中、ゲホゲホとセキに苦しみ、気晴らしに、と友達にメール送ってみたり、マイ愛しのH"でネット三昧していたら・・・。

朦朧としながらポケットに入れたはずだったのに、どうやらうまく入っていなかったようで。

寝る前にトイレにいったのですが。



















・・・もう何となく分かりました?

ええ。
思い切り放尿後の便器に水没。





あまりのことに拾い上げる勇気が出ず、しばし躊躇したあと急いで拾い上げ、それでもそのままでいることに耐えられず、さっと水で流したりなんかして、さらにとどめをさすことになり、あたしの愛しのH"はご臨終あそばされました。

そりゃ、最近、ネットはできるけど電話がかけられないと言う電話としての最低限の機能すら果たせていなかったことからへち捨ててやるッ!と思ったこともありましたが、こうもいとも簡単にご臨終あそばされるとは。

修理に出そうかとも思ったのですが、夕べは一晩中勝手にバイブでぶるぶるしているという最後のあがきを見せ、結局電源も入らなくなり、機種変をしようかとも思ったのですが、10ヶ月たってないからものすごい料金払わなくちゃならんと言うことを聞き、携帯に変えましたよ。
娘と同じあーうーです。

何が痛いって、アドレス全て消え去ったっていうのが痛いっすよ。
また一から登録しなおさなくちゃだわ。
番号もアドレスも一新して、今までの不運とさよなら、って感じかも。


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2004年01月08日(木) さらにやばいです。

風邪なのかなあ・・・と思っていたのですが、どうやら違ったようで。
二つ目の持病=喘息が再発したようです。ふぅ・・・やれやれ・・・。
夜になるとセキがひどくなります。
精神的ストレスを受けると激しく咳き込みます。
くだらない夫婦喧嘩が元で、大発作に見舞われ、呼吸困難に陥り、酸欠状態です。

病院。
行きたくないんだよなあ。。。
お金かかるんだよなあ。。。
喘息ごときで死ぬわけじゃない。
病は気から。気の持ちよう。

うららん、負けない。
ネットしてる時点でオッケーでしょ。・・・多分。

(注:実際はひどい発作だと呼吸困難で死亡することもあります)

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2004年01月04日(日) やばいです。

年末年始、そらあもうものすごい勢いで、飲んだり食ったりしていたものですから、気が付くと2キロ増量しておりました。激ヤバ。
つっても身長から言ったら全然セーフティーゾーンな体重なんですけどもねッ!(半ばヤケ)
体重が増えて困っていることは持病の再発。そうなんです、あたし、腰痛もちなんですよ。
高校3年のときに腰が痛くて整形外科に通っていたことがあるのですが、そのあまりにも遅々とした治療状況に嫌気が差し、通院を止めてしまい、放置。まあ日常生活に支障はなかったものの、二十歳になったある日、いつものように会社へ行こうと、朝、歯磨きをしていたらギクッ!とやられまして。
当時乙女だったあたしはぎっくり腰などというババくさい言葉を発することができず、

「風邪で休みます」

と会社に連絡し、這うように病院に行き、痛み止めを打ってもらい、それでも余りの痛みに結局数日休まなければならず、正直に腰が痛いというのが恥ずかしくて恥ずかしくて。。。

で、そこから腰痛との戦いが始まるわけです。
運動して筋肉を鍛えれば軽減される、と言われ、スポーツクラブに通って泳いだりもしたのですが、毎日少しずつならよいのに、仕事が忙しかったこともあって、なかなか通うことができず、たまに時間ができては集中的に泳いだり、などという無茶な鍛え方をするものだから、かえって痛みを悪化させてしまったり。
当時はデスクワークだったので、ほぼ1日中座りっぱなしというのも腰にはよくなかったのでしょう。
そこへ追い討ちをかけるように、教習所に就職して、これまたクルマに乗りつづける、と言うことからさらに腰をいためてしまい、整体をやっていた友人に治療してもらいながら泣く泣く仕事を続けておりました。

そんなあたしが腰痛と縁が切れたのは今の仕事はじめてからです。
立ち仕事でかえって腰に悪そうな気もするのですが、意外と足腰の筋肉が鍛えられるみたいで、ほとんど腰痛に悩まされることがなくなったんですよ。
やせたって言うのもあるかもしれません。

なのに、たった2キロでいやな痛みが復活しています。
そういえば年末に体調崩して以来、腹筋背筋を休んでいたのもいけないのかも。
世は仕事始め、あたしは運動始めですよ。
太るのは簡単、やせるのは言わずもがな。。。

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2004年01月02日(金) そう言うものに私はなりたくない。

就職試験のときの面接で、

「あなたはお母さんのようになりたいと思いますか?」

という質問をされた。
あたしが高校卒業後すぐに就職した会社は、父親の働く会社が下請けで、母も時たま同じ現場に仕事に行くこともあったから、あたしの家庭の事情やらを良く知る人も多かったので、こんな質問をされたのであろう。
あたしは幼い頃から飲んだくれで気分屋の父のことは大嫌いで、ましてその父のことを嫌がりながらも

「おまえがいるから別れられない。おまえさえいなければ離婚できたのに」

などという失言をした母のことはもっと嫌いで、それでも一人っ子ゆえ他に身寄りもなく、甘えたいのに甘えることもできない両親のもとで育ってしまったから、ずいぶんとねじけて育ってしまった。

当然、そんな質問をする面接官のことも快く思えなかったから、あたしは思い切り、

「いいえ、私は母のようにはなりたくありません」

と答えた。

受け答えのパターンからしたら、きっと悪い答え方の典型だったとは思ったが、私は自分の人生を誰かのために犠牲にしている、それも我が子のために犠牲にしているのだと、そんなことを口にする母のことが許せなかったのだ。

親子関係と言うのは自分が親になってみて思うのだが、一朝一夕に成り立つものではない。
10ヶ月間腹に身ごもっている間に沸く情はあっても、実際に産み落とし、その海のものとも山のものとも分からないようなふにゃふにゃとした赤ん坊が、段々と自己主張をし始め、いつの間にかそれが自分とは別の人格であるということが明らかになっていく過程で、どうしてもなじめない部分、理解しえない部分というものがある。
親子だから、と言っても譲れない部分、許せない部分と言うのはあるものなのだ。
それをいかに認め、譲るべく受け入れられるかが親子の愛情なのだろう。

にしても、いい加減、親と分かり合いたいと思う。
年老いていく親をいたわりたいと思う気持ちは以前より増しているのだが、彼女らがあたしの今の暮らしを心から認めていないのは親心からだとしても、自分を無条件で受け入れてもらえないことの寂しさ、つらさにさいなまれる。
まるであたしは幼い頃から中身が成長しないまま止まってしまってるように感じる。

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2004年01月01日(木) 決意表明。

あけよろ。
昨日出勤して新年のご挨拶、と言うことで、あけおめ、ことよろ、と言おうとして、途中すっ飛ばし、あけよろになっちまいました。なんか、哀愁漂う気がするのは気のせい。
改めまして、あけましておめでとうございます。今年もよろしく。
と言うことで、あたしの中では昨日の続きの今日な訳で取り立てて新年と言う気が微塵も感じられないのですが、静まり返った街であるとか、福袋を抱えた人たちであるとか、そういった年明けならではの情景を目にすることで、ああ、やはり新年なのだな、と実感させられてます。
仕事は元旦から、初売りを成功させろ、と言う気概が満ち溢れる店内に恐れをなしながらのんびりとスタンプラリーの受付なんてやってました。
競合店は2日からなので、元旦が勝負なんですね。
初売りランドセルも着々と売れ、セールストーク炸裂で風邪気味ののどをすっかり嗄らしてしまいました。

一応、一年の計は元旦にあり、と言うことで、あたしは毎年元旦に目標を立てるのですが、まあ、それが実際に守られ達成されることがあるかどうかと言うのはこの際おいておくとして、今年の目標。
精神的自立。
何をいまさら、と思われるかもしれませんが、去年1年を振り返ってみるに、あたしは相当にヘタレな1年だったな、と思わされ。
全てにおいて甘えと依存ばかりで、自らきちんとものごとの責任をとると言う部分が欠落していました。自分ではそう思ってなかったのですが、よくよく考えると自分ひとりの足できちんと立っていなかったと気がつきました。
ので。
今年はがんばって強くなりたいと思います。
身近な人にもうこれ以上迷惑かけないために。

見てろ。

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