今日のこあら
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こあらの上海旅行記(まとめ

こあらの見た風景(要はブログ) スタートしました。


2003年07月31日(木) CS放送地獄(1):テレビから離れられない病

我が家のCS放送は、通称スカパーですが、
うちの場合は「パー!」のみであることは
以前の日記で書いたとおりです。

*私信
具体的には700番代のチャンネルは見られないよ。

そのときついでにわかったのが、
かりに適切なアンテナを設置したとしても、
わが家は「110°CS/デジタルハイビジョン」の放送を
見ることができないということ。

さようなら、SKYSTAGE(←110°CS放送)

**************
現在無料視聴中なので、
いろいろなチャンネルを見ている
・・・わけでもなく、もう決まったところしか見ない。

具体的には、CNNと歌舞伎と阪神戦

歌舞伎に関しては、垂涎の的だった番組がバンバン放送されており、
放送時間が会社にいる時間なので、
録画しておき、帰宅してからそれを見る日々の繰り返し。
帰宅時間が早かろうと遅かろうと関係なし。

そんなわけで、日記の更新が滞っておりました。
一種の流行だとは思うのですが、
この「録画してその日に見る」病気はしばらく続きます。


2003年07月27日(日) スカ「パー」がやってきた

義妹@大江戸だったんだけど、こあらはうちから出られなかった。
なぜなら、スカパーの工事日だから。

前にも書きましたが、うちのベランダには標準キットでの据付は無理で、
それゆえ、工事依頼が必須なのですが、
なにも、こんな日の夕方に来なくてもと思う。

午後4時少し前、業者さん登場。
ベランダで作業中のお兄さんをみていると、
「標準キットであっても僕には無理」
ということが、すぐにわかった。

取りつけるためにはベランダから身を乗り出して、
真下の道路をみながら作業しなくてはならない。
2階の窓から下を見るだけでも怖くてできないこあら。
8階のベランダからできるはずがない。

金具を取り付け、アンテナを取り付け、
順調に行くのかと思いきや、なんか様子がおかしい。
設定のテレビ画面を見ると、衛星からの電波レベルの問題らしい
・・・ということらしい。

ほどなく、お兄さんから声がかかる。
いろいろいわれたが、要するに
「2つある衛星のうち1つの電波しか捕まえることが
できませんが、いいですか」ということ。

いいですかといわれても、どうしようもないじゃない、
うちのマンションのたっている方向の問題なんだから。
自分がどうしようもないことに対して決断を求めるような
このての質問をされると、困ってしまう。

(個人的には「ご了承ください」というべきだと思うのだが)

*************
そもそも、このCS放送は
「スカイサービス」と「パーフェクTV!」だったわけで
それが、合併して「スカパー」となりました。

会社は合併しても、打ち上げられている衛星を一つにすることは
できるはずもなく、それゆえ、スカパーには2つの衛星が
絡むことになるわけ。
うちの場合、「スカ」の電波がとらえられない。
スカパーとはいっても、事実上、「パー」だけである。

*************
3時間後、作業終了。
追加金具代を含めて19000円也。
アンテナをつけて、チューナーのセッティングをして、
この値段は仕方ないのかもな。
お兄さん、本当にお疲れ様でした。

まぁ、半分とはいえスカパーライフ開始なのである。


2003年07月24日(木) お会いしました

毎回同じ事を書きますが、
エンピツに限らず、日記を拝見している人に実際にお会いするのは、
本当に楽しいことです。

で、今回は東京出張にお越しだったTaroさんにご対面。
仕事での出張なので、会社の人とのお付き合いなどもあり、
時間を作っていただくだけでも恐縮だったのです・・・。
でも、好奇心には勝てず・・・。(笑)

新橋駅で合流したのが夜9時30分。
その後、汐留→銀座あたりを散策してから、いつものMさんのところへ。
ボックス席を確保しておいてもらい、のほほんと会話する。
Taroさんにも「隠れ家みたい」と気にいっていただけたようです。
(Hanaさんのお声も聞けて、それはそれでうれしかったです)

結局0時近くまで飲んでいて、
新橋リーマンのメッカ、「SL広場」を紹介してゆりかもめへ。
短い時間しかなかった事を惜しみつつお別れしました。

Taroさん。優しい雰囲気を持つ、とても感じのよい人でした。
次にお会いする機会がありましたら、
そのときはよろしくお願いします。(何を?)


2003年07月23日(水) 反芻している・・・

うちのしばさん、「最近になって」宝塚に夢中。

見にいったのはつい先日。
その日はいたって普通でした。

しかし、日を追うごとに熱は上がり、
今日は風呂の中で「今年のテーマは〜」などと、
振りつきでのたまった。

DVD購入は時間の問題。
入り待ち/出待ちも近いと見た。

しばさんのいうように、
宝塚の男役がいうセリフを、本当の男が言ったら
まともに見られたものではない。

だから、宝塚が存在し得るのだろう。
こりゃ、しばらく続くな。


2003年07月22日(火) 歌舞伎 VS 宝塚

なんの争いかというと、スカパーの話。

今日、思い立ってスカパーを導入しました。
スカパーといえば、イロイロなチャンネルがあるのですが、
考えていたのは、歌舞伎と宝塚の専門チャンネル。

ここで困ったこあら。
歌舞伎のチャンネル(歌舞伎チャンネル)は「スカパー!」のみ
宝塚のチャンネル(TAKARAZUKA SKY STAGE)は「スカパー!2」のみ
放送方式が違うんですよ・・・。

しばし逡巡したこあら。
結局、歌舞伎をとりました。

ご期待にそわず、ごめんなさい>関係者各位


2003年07月21日(月) 仕事仕事散歩/こあらBB計画

<仕事仕事散歩>
この3連休の過ごしかたでした。
仕事だけでもないんだけど、
初日の帰宅時間:午前1時
2日目の帰宅時間:午後11時

3日目(今日)は、しばこあらで散歩。
最初は「高尾山に行こう」なんていっていたけど
雨だったので断念。
それでも遠くに行きたかったので光が丘へ。

その後、六本木でぼけ〜っとすごす。
帰る時、ヴェルファーレから、あまり似合わない人たちが
出てきました。
なんかのライブがあったみたいだけど、みなさん何者?

***********
<BB>
いま、私はADSLでネットに接続しています。
数日前、うちのポストに大家さんからの手紙、何ごとかと思ったら
「光通信ができるようにします」とのこと。
12Mで契約していても、スループット3Mbpsくらいしかない我が家。
そこに、100M時代(ベストエフォート)が来たのね。

ただ、プロバイダーを替えなきゃならないのよね・・・。
メールアドレスは替えないつもりだけど、ちと面倒。

そして、携帯電話。
僕はずっと503iをつかっていましたが、
バッテリーの持ちが悪くなったのと、
会社での割引があることもあり、
そして、僕の携帯の使い方が、音声通信よりは
データ通信(=メールとネット)中心だということもあり、

FOMAに変更します。
これで、モバイル時も安心。
こあらにも、これでブロードバンド時代の到来というわけさ。

はっはっは(笑)

でも、光通信の開通は早くて9月下旬だったりする(涙)


2003年07月17日(木) 山鉾巡行/愉快か?

京都では祇園祭の山鉾巡行でしたね。
学生時代、山鉾巡行の前日くらいに「今日は祇園祭だね」と
言われるたびに、「祇園祭は1ヵ月続いているって」などと、
答えていたのを思い出します。

僕が山鉾巡行を見に行くときは、いつもしていたことは、
(もちろん、地元の人に教えてもらった方法です)
―箙堙日の朝早く鉾町をまわる
∋余鮑翊で巡行を見る
D垈しは、河原町御池or烏丸御池でみる

 崕箙塒僂両りつけ」を鉾に施すのを見学するんですよ。
宵山でも十分きれいですけど、もっと間近にみられますから。

△じ番所があって、くじ改めのようすがみられます。
鉾町をまわってから行けば、人はほとんどいません。

D垈しは四条河原町の交差点が有名ですが、
京都を1週する以上、角を4回折れなくてはならないので、
ほかの交差点でその様子を見ても同じです。

終わってから書くなって(笑)

********************
かつて、しばさんがサザエさんの歌に反抗して、
「財布を忘れて、愉快なはずはないだろう」という
趣旨の日記を書いていた。

もちろん、これは財布を忘れたサザエさんをみている人が
愉快といっているのであって、財布を忘れた本人が愉快であるとは
いっていない。

今日、昼休憩となり食堂に食べに行こうかとかばんを探すと、
出てくるのは手帳だけ・・・。
僕のもち物は手帳も黒、財布も黒、小銭いれも黒なので、
かばんに入れると判別しにくい。

出張のときにかばんに入れておいて、
「そのまま入っている」と思い込んだ事が敗因だろうな…
などと冷静に考えるものの、それどころではない。
お腹がすいているのだ。
(僕には、朝食を食べる習慣がないから)

しかし、外面のいいこあら。財布を忘れたなんていえない。
普段通り、冷静を装ってかばんを探す。

かばんのそこに銀色の輝き発見!おぉ、100円!
ここまで、100円玉をいとおしいと思ったことはない。
パンを1つ買う。

禁止されると魅力が沸くというか、
ダメだとわかると魅力的というか、
普段、歩いている時には気がつかなかったけれど、
街の中には食べ物の匂いがあふれているのね・・・。

帰宅するまで、拷問。


2003年07月16日(水) 大阪出張〜してきたけれど

火曜日午前中は東京で通常勤務。午後、大阪へ移動。久しぶりの関西出張。大阪に来たのはプライベート込みでも1年ぶり。

夕方前に大阪についたんだから、ちょっとは街を見てまわろうか、京都に足を伸ばせば祇園祭の宵々山じゃないか…祇園のバーにも顔を出したいし…とは思えども、水曜日の準備でそれどころではありませんでした。My登録している関西にお住まいの皆様にお会いしたかったけれど…。

今回の出張の目的は、水曜日の朝一番から3時間講義すること。その授業の予習を全然していなかったので、ホテルについてからずっとPCにむかって作業。だから、外出したのはホテルから梅田・阪神百貨店のデパチカに食料調達に往復しただけ。今日、もし通常のプロ野球が開催されていれば、有名な「甲子園球場での阪神戦が終わったあとの阪神梅田駅の六甲颪」など見たいものはあったんですけど、それもかなわず。

もくもくと仕事をしていました。唯一の楽しみは、ホテルのファシリティをひたすら使うこと。デスクの上の電話から「靴磨きお願いします」「ズボンプレッサーをもってきてください」「ルームサービスを」と電話をかけて、もってきてもらう。電話をかけるたびに「はい、こあら様。客室係○○でございます。ご用件はなんでございましょうか。」といってもらうのを聞くたびに、ちょっとだけ気分が良くなることうけあい。
(ホテルに泊まる度に各地のホテルでこんなことをして楽しんでいる)

******************
で、水曜日。
こあら先生は無事に終了。昼食を食べて、後は帰るだけ…だったのですが、飛行機の予約時間までかなりの時間があまっていました。割引運賃のチケットを購入したので、予約便の変更ができないの(涙)

そんなわけで、梅田周辺でお土産を購入の散歩。まずは、出口橋きんつば屋へ。ここのきんつば、地味に知られているお店で、お客さんが切れることはない。ただ、甘さを押さえてかつ、防腐剤を使っていないため、消費期限は購入日限りという代物。また、営業時間も午後7時までで、その日の予定を売り切ってしまえば店じまいすることもあるらしいから、なかなか東京へのお土産としては条件が整わないのです。

でも、今日は買えました。「その日のうちに食べられないなら冷凍すれば2・3日持つよ」と言われたので、さっそく冷凍中です。(それでも金曜日までに消費しきらないとダメ)。会社の先輩にこういう「限定物」が大好きな人がいるので、会社にもって幾分も冷凍庫にはいっています。

ちなみに味は、砂糖を押さえて、小豆の甘さを出したほんのり上品なもの。だから、アメリカなんかでは受けないでしょうね。でも、高級和菓子ではなく、あくまでも庶民のおやつ。だから日持ちしなくてもいいらしい・・・。

さて次は・・・タイガースショップへ。しばさんへのお土産だ。平日の昼間だというのに、なぜか超満員。スーパーにあるような買い物カゴにうずたかく阪神グッツを買いあさる人がたくさんいる。ここは不況下の日本なんだろうかと、ふと考えた。ちなみにしばさんには、東京で買えないものをかって帰りました。

・・・その後、伊丹でのんびりして、帰途についたわけでございます。


2003年07月14日(月) 月曜日

タンタンと出社。

頭には昨日見にいった宝塚のショーで使われていた曲
「は〜るだ、さくらだ〜さくらだはるだ〜」が
ず〜っとぐるぐるしている。

単純な曲だけに、頭に入りやすかったのだろうか。
まぁ、きゃっちーなメロディであるのは確かかも。

******************
明日の午後からあさってにかけて、大阪に出張します。
なので、今夜は少し早めに寝て・・・とおもっていたら
結局通常通りの夜更かしを・・・。

明日は早起きして、簡単に荷物をまとめなきゃ。


2003年07月13日(日) とうとう、行ってしまいました。

宝塚。

これというのも数ヵ月前。
はんなさんのためにチケットの抽選を申しこんだら、
全部あたってしまったのがきっかけ。

一度見てみたいとは思っていたから、
「しばこあらで見に行きたいんだけど」というと、
快諾してくれた。

****************
で、舞台なんですが。
一言で言えば「少女マンガの世界だねぇ〜」が、夫婦の感想。
単純に美しくて、単純に華麗で。
主人公のためになら、どんなにご都合主義でも強引に話を進めるなんて、
考える余地がないくらい、きらびやかな世界。

・・・と、素人2人は思っていたのですが、
玄人2人(Genkeyくんとはんなさん)は、いろいろあるようで、
役者さんそのものの評価などは、素人は入れそうもなかったので、
それ以外の所をみていることに。

歌舞伎を見なれているおかげで、比較の対象が歌舞伎に
なってしまうのですが、
_酸爾マイクを通して聞こえる
▲ケがいる
B膰を張る人(○○屋!と声をかける人)がいない
などと、ちょっとした違いにもわくわく。

最初のショーは日本物。
みなさんの振りつけは日舞がベースだったのですが、
うまい人と下手な人の差が歴然として面白かったです。
歌舞伎での舞を見なれたせいでしょう。
日舞の違いは、ちょっとした動きでもわかりました。

開演してから3時間。
確かに夢の世界でした。チケットが入手困難になるのも
しかたのないことかもしれません。

またこんど、チケットが取れそうならば、
夫婦して行ってみようかと思います。

でも、そのまえに・・・・
「もう一度月組の公演が見たい〜」
「ビデオを購入してもいいかも」とおもっている僕は
洗脳の第1歩を踏み出してしまったのかもしれません。


2003年07月04日(金) 帰省してきました

午前5時、起床。

会社でもないのにここまで早起きするのは、帰省するため。
特別なイベントがあったわけではないけれど、ANAの超割運賃が
適用されるので、ちょっと帰ってみようかと予約したのが2ヶ月前。

結果として、伯母の葬儀の参列報告をすることになりましたけど。

今回の帰省は、しばさんを東京に残しての一人旅。
旦那の実家に嫁さんをつれてかえっても、
嫁さんはのんびりできませんから、僕一人に帰る事に。
(この点はわが母も同意していた)

2ヶ月前の予約の段階で、ちょうどいい時間の便は満席。
おかげで、羽田7:00の飛行機となったわけ。
午前7時の羽田空港は、時間の割には意外と人がたくさんいた。
みなさん、早起きなのね。

そんなわけで、8時過ぎには鳥取空港に到着。
会社に行くよりも早い・・・。
連絡バスに1時間ほど揺られて倉吉に到着。
自宅についたのは、10時前だったかな。

*******************
ここから、帰宅するまでの2泊3日。
基本的には転がるだけの日々でした。

少し前に見たTV番組でみたのだが、
オフィスに貸し出して、つかれてきって業者に帰ってきた
観葉植物を元気にするために、かつては植物を
南の島にもって行き、ふるさとの環境で元気にする方法が
とられていたらしい。

ふるさとにいると、僕は「○○の息子さん」という立場で
過ごすことができる。これは東京では味わえない立場だ。
そういう風に声をかけられるたびに、僕は両親の子供なんだと
改めて思った。

うちの両親は、いろいろな事情があって、向こうから東京にくることは
まず考えられない。たまには一人で田舎に帰り、リフレッシュすることは、
僕のためにも、田舎にいる家族のためにも必要なのかもしれない。

そんなわけで、秋にも帰ります>妻


2003年07月01日(火)

所が変わるとイロイロなものが変わります。

****************
先週、伯母の葬儀でした。

本当に慌しい旅だったものの、乗り継ぎの待ち合わせがほとんどないという
「無駄のない移動」で、葬儀開始の1時間前につきました。

到着していきなりしたこと・・・それは「親族写真撮影」
祭壇をバックに、喪主を中心に写真撮影をするんですよ。
しかも、男女別に。(あぁ、九州)

その後、葬儀が始まるまで挨拶などをしながら時を過ごし、葬儀本番。

<灯明のキャンドルサービス>
 結婚式の披露宴で新郎新婦がテーブルを回る時に使うような
キャンドル(黒白のリボンつき)をもって、斎場の人が祭壇の
灯明をつけたんです。「喪主からの献灯です」って。

<最期のお別れのBGM>
 一通りの儀式が済んで、家族親族の「最期のお別れ」の時間。
BGMが流れていました。中島みゆき「ヘッドライト・テールライト」
ちなみに、上述のキャンドルサービスの時は讃美歌っぽい合唱曲。
この葬儀会社のセンスをちょっと考えました。

*****************
葬儀の間、上のようなばかなことだけを考えていたわけではなく、
途中、導師がこのような一節を読み上げました。

「思うに無常の嵐は時を選ばす処を定めず、老少のへだてあることなし。
しかるに恩愛の絆、いよいよ断ちがたく別離の情、また去りがたし。」

形式的にはこの言葉は伯母に向けられているのでしょうが、
自分にいわれているみたいで、この時は、さすがにつらかったです。

*****************
と、なんだかんだあった葬儀でした。
葬儀の後向かった火葬場は竹林に囲まれた、
静かな丘の上にこざっぱりと立っていました。

火炉の前で大泣きするかと思ったのですが、
自分でもビックリするくらい、心は落ち着いていて
伯母の旅立ちを静かに見送りました。

火葬の風習は、仏教では肉体への執着を絶つ手段としての
最高の方法だったとか。僕自身は心静かに見送ることができた
とはいえ、残された側にはどうなんでしょうね。

*****************
こうして、また日常生活に戻りました。
たんたんとした毎日を過ごす事が、伯母にとっての供養であろうと、
僕はそう、信じています。


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