いただきます。...じゅん

 

 

祖母入院・その後 - 2003年04月30日(水)

祖母の緊急手術・入院で正直かなりの危機感を感じました。
いつ東京に帰ってもおかしくないと。

祖母はなにしろ89歳。ちいさなちいさな体です。

が。

「こんな体力ある年寄り見たことありません」

とお医者様が断言する回復を見せているようです。

手術直後  痛がる
翌日    大きな声でしゃべっている(IN 集中治療室)
二日後   体を動かす
三日後   「暑いから」と酸素マスクをこっそり外す

いや、それはだめだから。
暑くても我慢してくださいTT

暑いというか、じっとりして不快なのは多分母はわかんないだろうけど
経験者は良くわかります・・・・。

そんなわけでこのままなら5月は帰らないですみそうです。
さすがにバーゲン価格じゃなく東京戻るのは、簡単には出来ないのよね。

心配なのは、母の体調だけです。
父の入院もひそかに伸びまくっているので
(関節炎を防ぐため、また別方向からボルトを入れた)
2人のお見舞い毎日は(しかも病院はそれぞれ逆方向)厳しいはず。
しかも、仕事も介護だったりするので・・・・・・・。

母の日には豪勢に、精のつくものを送ろうと決めました。
が・・何がいいのか悩み中です。







↑投票ボタンです


-

そして祖母・入院 - 2003年04月27日(日)

今朝方。母から携帯メールが届く。

「(母方の)おばあちゃんがいま手術中です」

時間は朝4時近かった。緊急手術だったのだ。
母方の祖母は、父方の祖母よりも大分年が上である。
ちなみに、あほな理由で入院した父も未だ入院中。
母の心労は想像しきれないほどの筈だ。

手術は成功したものの、まだ集中治療室にいる祖母。
あとは、体力が持つかだけ。


五分五分・・・・だそうです。


母との電話では気丈に振舞っていたけれど、
電話を切った瞬間涙があふれた。
私はなんてのんきだったのだと悔やんでも悔やみきれなかった。
6月にまーさんと挨拶に行くときには母の実家にも必ず行こうと
のんきに思ってた事を責めた。

私は彼女の6人の孫の最年長。
一番上の私と、一番下のまだ高校生のいとこだけが女である。
母からも、親戚からも、祖母に花嫁姿を見せるのを
期待されていたのは私だった。
そして、私も当然そのつもりでいた。
お針子だった祖母に着物を縫ってもらうことはムリでも(目が悪くなったので)
花嫁衣裳に一針入れてもらおうと、ずっと思っていた。

今すぐに、帰りたい。
まーさんも、帰れと言ってくれる。
だけど、びっちりと詰まった1年で最も忙しいGWの仕事。
向かえるのは2週間先になる。
母いわく、意識もしっかりしているし、話も出来るから大丈夫。
何かあったら連絡する、という。
もちろん、なにかあったら飛んでいくけれど・・・
飛行機のチケットがこのGWに取れれば、の話である。

それに。
話が出来なくなってから会う事になったらという不安。

祖母が全快してくれることを祈っている。
でも、私が式を予定しているのはまだ丸1年も先だ。

入籍は先にしよう、そう決めていた私とまーさん。
せめて、東京で先に披露パーティーをしようかと言い出すか悩んでいる。
花嫁衣裳を着て、幸せだよって笑いかけたい。


どうするべきか重たすぎる。


-

恐ろしい職場!とは - 2003年04月25日(金)

派遣先で、たった一度危険を感じたその職場。

催眠(SF)商法会場 でのローン作成でした。
催眠商法とは、格安や無料の日用品を用意して人を集めて
熱狂的な雰囲気を作り出してから、高額商品を販売するというもの。
参照・広報けいしちょう

文章だけみたら騙される方も油断だらけなんですが、
やってきているお客さん、95%がご老人、若い方は皆無。
1日に数回ある、商品宣伝の時間を1時間以上前から毎日並んで待っている。
もちろん、そこに来れば友達と会えるという理由も大きいだろうけど、
「熱に浮かされた」としか言えない異様な雰囲気があるのだ。

流れを簡単に説明すると・・・・・

開場   スタートまではいつも決まったBGMを流している
スタート お買い得品の販売や、プレゼント
     もちろんその間のトークはびっくりするほど上手くて、
     笑わせまくりである
本題   そして高額商品!
     これをその日にだして売ることは余りない。
     何日も宣伝して、売る日を告知して買い手の期待を高めきる。

ちなみに社員は20〜30台前半の男性たち。
礼儀正しく、人懐っこく、愛想がよくて気が利いて。
親身になって話を聞いてくれ、いつも真面目な働き者。
つまりは「理想の息子像」
お年寄りのアイドルです。
朝早くから夜遅くまで働く彼らに届く差し入れ数知れず。

宣伝タイムは私の仕事はないため、裏で聞いているのだけれど
ずっと何かに似ている気がしていた。

健康の話題(売っているものはたいてい健康器具や食品)
笑わせる。
司会者(売り手なんですが)は会場の人気者・・・

思いっきりテレビ だわ。

いや、あの番組は悪徳とは関係ないけどね。
あの番組の受ける理由をぎゅーーーーーっと凝縮している感じ。

入場のBGMは常に同じアップテンポの洋楽
お年寄りにおもねった選曲じゃないのは「非日常」の演出。
毎日同じ曲なのも、決して時間までは開場しないのも
「テレビの中のような非日常感」のなかに入らせるための儀礼。

彼らの決して長くはない宣伝タイムは多分
駆け出しのお笑い芸人のコントなどより
ずっと練り上げられている。

みのさんが
「テレホンカードあげちゃおう」
というごとく、
彼らはいろんな物を威勢良く返事する客たちに渡していく。

多分。

お年寄りが欲しいのは本当は物じゃない。
自分が一瞬の主役になって舞台に上がったようなその感覚。
みのさんよりもそばにいるアイドルに、誉められて証拠をもらう。
そんな気持ちがある気がする。

だから当然われもわれもとなってくるのだ。
そして。


残るのは莫大なローンと、
高すぎるアガリスクや健康布団




90も近い女性が、60回のローンを組む。
地味な格好の年金暮らし、といった人たちが
ほんの1月ほどの間に、ローンの限度額まで買い物をする。
年金暮らしの老人の限度額とはいえ、バカに出来ない。
人によっては1千万近いのだ。
まして、その会社が上客だから、信販会社も限度は高く設定している。

この悪徳商法から目が覚める日はいつか来る。
でも、それはクーリングオフ期間なんてとっくにすぎて
売りつけたアイドルたちは何処か遠くへいった後。


にこにこ笑うお年寄りの大事そうに持ってきた印鑑を借りて
証書に押す瞬間の辛さは、耐えがたかった。
でも、悲しい性。顔は接客スマイルを崩さない。
ううん。崩せない。
崩したら、不安で一杯の顔になりそうで。


だから、私も老人をだましたという罪悪感は消えない。






↑投票ボタンです


-

保険証がない! - 2003年04月24日(木)

とはいってもなくしたわけではないんです。
派遣でお勤めのじゅん、しかも派遣会社2つ掛け持ちしてたりするので
たびたび健康保健が切り替わります。(参照

届く前とか面倒なのよね。だからつい我慢(笑)
今日はものもらいのようなものが出来てしまっていて、結構痛い。
保険証あったら、多分行ったなぁ・・・。

それが面倒な以外は派遣のお仕事は私には向いている気がしてます。
いろーんな仕事をしてきた上で自慢は

ほとんどの職場で正社員のお誘い受けた事

銀行の管理部門でのオペレーター。

事務の産休が2回で約2年。

どちらもかなりの業績をあげている会社で
活気があって、たいへんだけど本当に勉強になった。
1つは某大手光学機器メーカーの医療部門。
特注の工程管理をやってたので、仕様書読んで何処に使うものなのか
判るまで勉強しました。
海外各国の電圧や仕様(違ったら輸出できないですから--;)
もう1つは国内最大クラスの自動車部品メーカー。
資材部に配属されて丸1年。
工場の資材・道具の発注もあったので、いろんな工具の名前や使い道を覚えて
これは今の仕事に直結して役立ってる。

プロバイダのサポートセンター。

有無を言わさず役に立つよね(笑)

信販会社のローン作成。

ここは実は唯一派遣で怖い思いをしたところ。
大手の信販会社だったんだけど、そこから得意先の展示会に行って
購入者のローンを組むというお仕事。
年配の方が多い着物の展示だと正座続きだったりと
きつかったりもしたんだけれど・・そんなもんじゃ聞かない
おそろしーーーーい職場が!
(信販会社さんも上客すぎて頭が上がらないらしい。
 でも、私たちが辛いのを判ってフォローしてくれるだけ助かった)

三日間の休みを挟んだ際にはじめて仕事を断りました。
(3日あれば、代役探せるからね。ローン作成は一度やっていれば
 何処の会社でも要領は一緒だし)

その恐ろしい会社の実態は、明日!(笑)







↑投票ボタンです






-

楽しい買い物・・一転 - 2003年04月23日(水)

札幌に最近お気に入りのお店を発見。
とても素敵な雑貨やさんです。
いままでは、まーさんと出かけた帰りに寄ってもらっていたんだけど。

我が家から歩いて行けない距離ではないし
(30分くらいかな)
もう暖かいし・・と先日散歩がてらに一人で行ってみました♪

いろいろと欲しいものはあるのだけれど、
いまの一番の希望(食器類で)はティーカップ。
マグは沢山あるんだけど、この家にはティーカップがないのよね^^;
今度の帰省で実家から持ってくるつもりでもあるけれど、それでも数客。
基本的に気に入ったのをバラで買っているし。

いくつかすでにめぼしがつけてあったのよね(笑)
クリーム地に淡いピンクをぼかした縁取りの果実のリース模様か、
レースとバラのピンクのカップ、クリーム地にバラのブーケ模様か。

で、これから余裕のあるときに全部揃えようと(笑)
まずは果実のリース模様を購入。
5%off だったのよね。
ソーサーのふちに判らないくらいの点がついてたから。
それでもう、うきうきで帰ったわけです。

(ちなみに買ったのは未だにまーさんにはナイショ です)



その翌日。
まーさんが会社で手に入れた別のお店の広告を持ってきてくれた。
まぁ、やはりそちらも似た系統の雑貨屋さん。
セールのチラシだったので、そちらにも初日に(笑)行ってみました。

同じカップが15%off!!(泣)

まぁ・・色違いでピンクの部分がグリーンのだったから
希望のではなかったんだけどね・・。
内緒にしたからバチがあたったかな(汗)
結局その模様の陶製コースターと、
以前からずーっと欲しかった手つきのスクエアプレート



こちらは 2枚を購入
これが300円切るのはなかなか嬉しい。
(結局、合計1000円しない(笑))

でも、失敗したなぁと言う気持ちはややあるかも。
(まぁ、セールのお店に希望のピンクはなかったんだけど)





↑投票ボタンです

















-

実はただいまダイエッター - 2003年04月20日(日)

2月頃にちらっと書いたけれども、結婚式に向けて
現在ダイエットにいそしんでおります。
食べるの大すき!!!のじゅんにはつらーーいダイエット生活。
でもね、だからこそ今まで真剣にやったことがなくて
リバウンド暦ほとんどなし
(そりゃそうだよね・・減らなきゃリバウンドも何もない)
だから、減りやすいのかとうとう10kg減に成功。

でもまだまだ平均より重たいです^^;
というか、まだ健康体重さえオーバー・・・・。
まぁ、来年の春ですのでゆっくりじっくり行きますが。

でも最近ようやく、体もなれてきました。
ちょっとずつ、おいしいものを色々なら気分もまぎれます。

たとえば・・・・
ベーコンとウィンナをのせて蒸し煮にしたキャベツをたっぷりのスープ。
ベーコン・ウィンナをみんなまーさんに入れても、
しっかり味が出ておいしいんだよね^^
具沢山でお腹も一杯〜〜というわけです。

でも、この境地に至るまでおよそ2ヶ月は辛かった><
何食べていいのか判らずに、とにかく食べるのを我慢して我慢して。
精神衛生上、よくないですね(笑)

私の場合、もともと間食をそんなにしないで、
朝食をたーーっぷり取るほうでした。
一般的にはお勧めの食生活なんだとは思うんだけど、多かったのかも^^;
朝食軽くしただけで、みるみるでした・・。

(今までは朝からパンなら2枚に、卵にチーズにサラダにウィンナと
 コンチネンタルブレックファストが「最低限」
 それにシリアル・フルーツ・ヨーグルト・・と
 しっかりすぎだって(笑))

今の楽しみはダイエット中でも、
おいしく食べられるメニューや料理法を考えること。
食べることを考えちゃだめーーー><
と思ってたら、続かなさそうです(笑)

綺麗にやせられたら、その頃にはいろんなメニューができていそう。
それも今は楽しみ


-

父。かなり間抜けな入院 - 2003年04月17日(木)

父が入院するという連絡は数日前に母からあった。

「あー。でも帰らなくていいから」

怒ったような口調である。
推測できることとしては・・・・

「釣りしてて怪我した?」

まぁ、今の時期は鮎釣り出来ないので、可能性としては低いが
多分これ系統だろう。
母が来なくていいと怒ってるということは。

「ソフトボールで骨折した」

なんでもボールを受け止める際、グラヴに添えた右手にボール直撃で
入院・手術を要するひどい骨折をしたらしい。

・・・・・ふむ。
ボールを取ろうとしていたということは。
守備中だよね・・・。

「お父さん、ボールをそれでも取ったとか自慢したでしょ(汗)」

しかし、甘かった。
父の行動がまだ読めていないな、私。


「血染めのボールで2アウト取ったって自慢してたわよ!(怒)」

血染め・・・・・
それは周りが引くから、すぐにベンチに戻ろうよ・・。

結局、骨折は

脱臼・突き指・関節粉砕・軟骨骨折

という、すさまじいもので。
確かにそんな中2アウト取ったのはすごいが。
微妙に違う・・・・・・・。

手術の翌日。
仕事中、携帯にに父から電話があった。
まさか病院で携帯つけているとは思わなかったので、
連絡は取っていなかったため、慌ててかけなおす。

でやしない!!(泣)

朝5時から寝るまで屋上と部屋の往復らしい(喫煙のため)
もっていこうよ・・電話・・・・・。

しかしなぁ・・
現在父は指にボルトを入れてます。
6月にはまたボルトをはずすらしいのだけど。
そのころ、まーさんと「ご挨拶」予定なのですが?

母の心労増やしそうでまだ言えない日々・・・・いつ言おう^^;






-

お給料日に - 2003年04月15日(火)

雑誌を2冊に手芸の本を1冊購入。

やっぱり買ってしまいました。今回も。
「私のカントリー」

でも、みせて〜〜と自分から率先して読んでくれるまーさんはいい人です。

「こういうね、ペンキがはげたようなのは嫌いなのよ」
(うーん・・私は結構好きだったんだが)
「で、木の色はこんな感じの落ち着いたのがね、いい」

さすがです。

天然でネカマと思われるオヤジ。

趣味も女性的。

私への付き合いも勿論あるだろうけど、
興味のある雑貨屋さんはついてきて、興味ないとついてこないから(笑)
そこから見ているだけでも、彼のクラシカルなカントリー趣味はわかります。
(アン・アンディ的世界は苦手らしい。私もだけど、私以上に)

もう一冊は
「デートでドライブ」
北海道の見所・食べどころ・遊びどころ満載の一冊。
二人で行ったところの思い出話や、
これから行きたいところの話をしていたわけですが・・・・。

やっぱり、話のメインは「花」系。
去年も花関係だけで

滝上(芝桜) 東藻琴(芝桜) 上湧別(チューリップ)
チザキ薔薇園(薔薇) 北竜(ひまわり)

と結構回っています。
ちなみに北海道の地理のわかる方は、あきれてるかも。
上三つは札幌からなら、



片道で半日 かかります・・・^^;




今年もいろいろ見て回る予定。
まーさんがお花とお庭と温泉とおいしい物好きなのは
結構最近まで「気を使ってるんだろうなぁ」
と心苦しく思ってたのですが、最近天然だと思えてきました。

そうよね・・・・
UOでは二人で女キャラつかってると、
ナンパされるの絶対まーさんなのよね。
(というか、私はされないし。長い付き合いの人も男だと勝手に思う)
そんなになよなよワザとしてなくて、
素で話してても(一人称くらいは変えるけど)
彼は女だと思われるのよね・・・・・・・・。

見習って女を磨くか?!(笑)


-

いちごの花 - 2003年04月14日(月)

12日につぼみが膨らんだイチゴは見事に開花しました。
白い愛らしい花。
朝から嬉しくなりました。






でもね。


昨日からまたひどいブルーの波です。
不安定で、落ち着かなくて。
自分を責めまくって、まーさんにあたるのが怖くて
睡眠薬を飲んで無理やり眠った。

まーさんとは、再び通院することを真剣に相談しています。
でも、すぐには行けないんだよね

私、昔正社員時代にちょっとしたトラウマがあったのと、
結婚するからという気持ちもあり、
このところ数年派遣で働いているのですが、
派遣会社が仕事によって違ったりするため、
たびたび社会保険の切替をしていて
いまも丁度手元に保険証がない。
送り返したばっかりで・・・・・。

6月に1週間の帰省が決まったので、そのときに
以前の病院で紹介状を書いてもらう予定。

ちなみに。
6月の帰省の主目的は

「まーさんのご挨拶」

なのですが。

「・・・・・・・先に籍だけいれる?」
とどちらともなく言い出したので
そのお話もするようかな。
それに関しては、多分反対されないと思う。

母としても春に式を挙げるのでも、前年に籍は入れたほうが
税金的に有利だという合理主義だし
私としても、いつでも保険証がある。
しかも、自分で社会保険料払わなくていい、というのは
かなーりのメリット。

まーさんとしても、私には働いてもらえれば助かるけど
二人のおこずかい程度を稼いでくれれば、という気持ちらしいので
保険がなくなれば私は少し仕事のペースを落とせる。
(社会保険に入ってるにはある程度の時間の勤務が必要)

この不況にありがたい話だけど、まーさんの会社は大忙し。
毎日毎日遅くまで働いてるまーさんを、
出来るならもっともっと安らげる家にして迎えたいし、
それに力を何よりかけたい。
うまく進むと、いいけれど。
なんだか、落とし穴がありそうで怖いなぁ。

不安定なせいの取り越し苦労ならいいのだけどね。


-

書店でのんびり - 2003年04月12日(土)

帰ったら、ケーキを焼こうかなぁとも思ったけれど、
今日は2日目のカレーが家で待機なので、
手抜きして久々に書店へGO!

まーさんの家で暮らすようになって、本を買う機会がぐっと減った。
理由は単純。お金がない。
実家にいた頃は、着る物に執着しないこともあって
書籍代が月に3万は軽くオーバーしていた。
量も多かったけど、欲しい本はたとえ5桁でも買ってしまうのが最大の原因。
ま・・そこまで高いのは年に数回だけど・・。

買わなくなって、本屋に足を運ばなくなったら
「中毒」としか言えなくなった私の本好きは少しは落ち着いた。
我慢できるようになったわけでなく、
何にも興味が沸かないという形で・・・・・・。

それに気づいて最近は意識して書店へ向かう。
根本的には多趣味なので、趣味の雑誌と新刊と
お気に入りの作家さんをチェックするだけで数日がかり。

野球、F1、競馬、パソコン。
インテリア、ダンス、お料理、お菓子。
グルメ雑誌も見逃せないし、意識的にファッション誌に目は通す。
こないだは「近代短歌」が読みたくて探してしまった(汗)

ようやっと。
何もかもが面白そうで、色々したくてたまらないという
じゅんの日常が帰ってきたなぁと・・感じてます。
お金かかるけどね・・多趣味って(笑)
今はまだ、立ち読み生活だけど、絶対に血が騒ぎ出すなぁ・・。

最近始まったのが・・園芸。
2月に購入したワイルドストロベリーがきっかけで
結局普通のイチゴも3株植えました。
今朝はつぼみを見つけてかなりご機嫌。
次はハーブの寄せ植えを試そうかと思案中・・・・って
食用ばかりだわね。




-

先月のフェア報告(笑) - 2003年04月11日(金)

先月も1つだけですがフェアに行ってきました^^
銀座にもある、某ホテルチェーンの1つ。
札幌のは「ウィーンの邸宅」をイメージしているそう
中間階にはオフィスフロアもある小ぢんまりとしたホテル。
アンティークな回転文字盤表示のエレベーターがいい雰囲気です。
ここは、ガーデンが素敵。
素敵なんだけど、道から丸見えなのよね・・・・・・・。

でも、気になるホテルだったし
夕方からの試食会もあったので行って見ました!!

ぎりぎりに着いたので、模擬式のチャペルまで
担当の男性が近道を通ってくださいました。
準備中の花嫁さんの脇です(笑)
あんなの見る機会はそうないわね、ちょっといい経験。

チャペルはまだ新しそうだけれど、なかなか綺麗なステンドグラス。
あれ・・・?
でもステンドグラスの肖像はみんな著名な文学者や音楽家だわ・・。
(宗教上の理由でチャペルで人前式をする場合の配慮だとか)
母校のチャペルよりわずかに大きい程度の規模は好感が持てるなぁ・・
なんて思っていたら、照明暗転。
スポットに照らされての新郎新婦入場^^;

ここで、心が離れたなぁ(笑)
もともと式は人前式のつもりだけど、ショーアップするのは嫌い。
入祭の曲のアメイジンググレイスの音の大きさもいただけない。

まーさんが再婚でもこういうチャペルなら式は挙げられる。
でもね・・。信者ではないからキリスト教式にはこだわらない。
信者ではないけど、聖歌隊を長年勤めて
夏は毎年宗教の先生や神父さま、シスターと修道会の山荘で
聖書のお話をしながらすごした学生時代があるから、
敬意を払わずにショーとして行うような結婚の誓いなんて耐えられない。

お説教だって、せめて教会学校に何度か通って私たちをある程度
判ってくれている神父さまのものだからこそ心に響くのだろうと思う。
理想は、昔から知っている神父さまだけれど。
マニュアルで言ってる毎度おんなじお説教じゃあね。

でもね・・試食はおいしかったなぁ。
まーさんも大満足!の表情。
札幌の夜景が一望できる、大きな窓のある部屋は惹かれるものがあります。

食後はお願いして会場に使える部屋を覗かせてもらう。
大理石床に、大きな窓。重厚感のある板壁。
お屋敷風の内装。部屋の中にバーカウンターがあってその奥が厨房という
なかなか面白い構造。

でもなぁ・・素敵だけど、なにかが違うのよ。
偽物っぽいというのかな。
ここは期待が大きかった分、ちょっとがっかり。
前回のクラビー札幌のレストランがよすぎで、比べてしまう・・。

帰り道。
まーさんがぽつりと言う
「なんだか、よく出来た大道具みたいだったんだよな・・あの部屋」
ああ・・判ってくれてる><
「前回のクラビー札幌はほんとによかったんだけど」
このままでは・・ほとんど見ないで決まりそうなんですが^^;

今月は1軒貸切タイプのハウスウェディングの会場に足を運ぶ予定。
ホントは月に2つは見て回れたらいいんだけど・・・。



-

ここまで経ったから - 2003年04月10日(木)

ずいぶんと長い間、日記をほうっていました。
書ける状態では、なかったんだよね。

えーと。
うつ病で半年以上仕事もなにも手につかない状態でした。
まーさんのせいでは、ないよ。

もともと札幌に来る前も、じゅんは精神科に通院していました。
人にすごく迷惑をかけて連れて行かれたというよりは、
辛くて辛くて、眠れなくて睡眠薬欲しさで通い始めたわけですが
うつ病の薬が、あんまりにもすっぱりと効いてしまいまったため
通わざるをえなくなったのでした。

鬱は「こころの風邪」といわれるほど罹ることの多い病気だそうです
生涯を通せば10人に1人は経験するのだとか。

落ち込みやゆううつと見分けがつきずらいから、
そんなことで悩むのは心が弱いせいだと
自分で自分を責める日も相当にありました。
でもね、風邪だってムリしていたら、普通は治らない。
暖かい布団、栄養。場合によっては薬。
そう言い聞かせて過剰に悩まないように通っていました。

札幌に来て、まーさんと暮らし始めて
当然通院・服薬はストップ。
最初はもう状態が落ち着いていたこともあって、
優しく穏やかに時間は流れました。
だけど、いろんな事が起こるたび、落ち込んで浮上できなくて
どんどん苦しくなっていくようになりました。
何とかしなくちゃと焦って無茶を繰り返す姿を
多分まーさんは痛々しく思っていたのじゃないかな。

そして、限界。
死だけが頭の中を巡って、それに吸い寄せられる。
ここで自殺したら、まーさんの立場がないという思いだけで
日一日を踏みとどまりながら過ごしている。
ただ、どんなに暴れても自分を痛めつけることを繰り返しても
まーさんはそばにいてくれた。
私は、生に踏みとどまることが辛くても、それでも彼と居たかった。

自分の中での戦いの日々が続きました。
そんな日々でも料理だけは、作っていたんだよね。
新作を生み出せるほどのエネルギーはなかったけれど、
キッチンに立つ時間がまーさんの愛と同じ位私を支えたのは間違いない

食べても味なんて感じられない日々なのに、
私が作りつづけたのは、
そんな日々の最中でも、当たり前のことのように
「いただきます」と笑ってくれるまーさんの笑顔と
湯気の暖かなぬくもりのせいだったと思う。

私が存在しているという事実を許せずにいた東京時代と
今は明らかに違う。
私の作るものを待っててくれる人が居るからね。

2月から別サイトで1行日記をつけ始め休みなく続いています。
それでようやく、安定してきたと思えたから。
そして、またこうしてちょっと間があいて恥ずかしいな
なんて思いながら日記をつづり始めようと思うのです。


-




My追加

 

 

 

 

INDEX
きのう  あした

Mail