TOI,TOI,TOI!


2007年01月28日(日) 就職します

前回書いた、フランクフルト歌劇場のオーディションから2ヶ月弱たった1月26日。
”次回のオーディションに自動的に招待される”ことになっていましたが、それがこの日でした。

実は1月9日にSWRでのオーディションも受けていた。
このオーディションには、なんと私を含めて3人しか来ず。招待状は20人とか30人とかに送られてるはずなのに。3人。
ま、じゃあ〜みたいな変な感じでくじを引き、「3人かい」っていう空気が立ち込めまくってる会場で1次のモーツァルト1・2楽章を1番に弾き、3人弾いた後、当たり前のようにオーディション打ち切り。

私のどうこうできる問題ではないので、よく弾けたんならそれでよしってことになる予定だったんだけど、この会場がどうも苦手らしい私は、すっかりアガり、舞台のある小さなホールなのだが、下からすんごい見上げる目が私に集まってるのを変にこっちからも見ちゃってだめだった。終わってもすっきりしないものが残った。せっかく年末年始をその日のために費やしたのに。だ。

とはいえ、私の音楽を好きだと言ってくれる人がけっこういて、救われた。あんなにガチガチで弾いたのに。
せっかく勇気を振り絞って弾いた私の行為を無にしないために、ただきれいごとを言うんじゃなくて、感想を言いに来てくれた人たちもたくさんいた。良い悪いでなく『どう』だったかを言葉にすることを幼い頃から鍛えてきているここの人たち。ドイツ人のこの能力に感心することは普段からよくあり、特にこういう場面ではやっぱさすがだなと思う。自分もそうありたいと思う。

そう、教会シゴトも19と21日にあり、これは1月の頭にとあるフランクフルトでのすばらしい話を断って悲しい思いをしたのにオーディションで結果も出なくて嫌だったので、思い切って引き受けちゃったのだった。2つ目の本番が21の夜で、翌日のGütersloh(音大が有名なDetmoldの近く)でSWRの午前中にGPに間に合うように一晩かけてICE(超特急)で向かわなければならず。早朝に1度乗り換えもあり、延べ9時間という最悪な旅。ほとんど一睡も出来ず。

次の日Güterslohで寝不足でふらふらで、ソリストのフランクペーター・ツィンマーマンの素敵な音色に酔いしれつつ、グランドピアノの全開の蓋が私の耳の前だったので眠くなることはなかったが、昼間は昼寝したら寝すぎ、オーディションへの取り組みはこの日は皆無。ホテルででかい弱音器つけてちょっとさらったけど。あー貴重な1日が無駄になったーと、やっぱりあのシゴトやるべきじゃなかったかとかいろいろ余計なこと考える。

その次の日はバスでEssenへ移動。本番。フランクペーターはいつも完璧。本番もリハーサルもいっつも。すげーなーと後姿を見ながら考えちゃう。オケにはずーっと不満みたいで、練習でも指揮者を差し置いて彼がダメだしをし、直接自分の声でオケに考えを伝えている。だんだん分かってきたけどこのオケは伴奏が下手。フランクペーターも反応の鈍さにイライラしていた。オペラ弾きは伴奏人生。音楽業界用語でいう”ツケる”ことにスリルと喜びを感じるか感じないか。私はどっちに属する人間なのか。分かっていたことが更に鮮明に見えてくる。

余談だがフランクペーターは上手いのに超〜普通人間。前半プログラムで2曲をさくっと弾き終えて、休憩中にラフな普段着に着替えた彼は、部屋を出るときに電気をポチッと消してった。

その更に次の日、つまり24日。オーディション前々日はEssenからスイスのBaselへ移動。ここで本番。バーゼルはフライブルクから国境を挟んでバスで1時間ぐらい。
毎日寝る前にストレッチをしまくっても体がすっごい硬くなっていたのは、完全にこの移動の多いせい。電車も椅子が高いからさーこう腰と背中に負担が来るみたい。そして、旅が多いオケの宿命、食生活がいいかげんになること。ぱっと都合よく見知らぬ町で健康的に外食できる店なんてなかなか見つからない。
バーゼルから本番後にバスでフライブルクへ。次の日すぐ米を炊き、うどんをすすり、外食で荒れた胃を落ち着ける。その日の夜、フランクフルトへ移動。友人エファが共通の友人宅に泊まってくれて、部屋を空けてくれたのに感謝し、鍵を受け取りつつ学校の近くの行きつけの店に二人でいって軽い夕食をとり、いろいろ話をして落ち着く。付き合いの長いエファは一緒になって緊張したりとか興奮したりとかしない人なのでこういうとき助かる。全然関係ないフランクフルトの友人情報なんかに花が咲く。あの子に彼氏が!とか。エファ自身の話とか。

26日10時、オーディション開始。

参加者はぴったり20人、私はくじで17番を引いた。
分かっていたことだが最初からカーテン無し。ちなみにSWRもそう。

1次: モーツァルトと、オケスタ2曲

来た!と思った。前回とまったく同じオケスタ。でも前回は1次と3次で弾いたのが今回はいきなり初めっから2発。
ハープの部屋をもらい、狭いけどソファもあって居心地もよく、何よりも16人待つ間中(2時間かかった!)一人でいられてすごくよかった。友人である団員が私を探して部屋までやってきてくれて、「とにかく音楽をしろ。それが一番大事。少なくともこのオケではそうだ。それから練習しすぎてくたびれるなよ。とにかく忘れるな、音楽をやれ」と、いつも言っていることをまた言いに来てくれた。

この2時間ってのは本当に長くて、テンションを保つのが無理だった。無理やりテンションを下げてソファで頭を空っぽにして休む、というのを数回やった。コンディションはよかった。ここ数日間毎日電車やバスに揺られていたにも拘らず、指が動いた。本当に分かんないものだ。
自分の番がやっと来て、モーツァルトを弾き始めてから緊張してきた。モーツァルトは前回あったカデンツも展開部もなしで、呈示部のみ。ピアノの人も前の人と同じ人でテンポが重めで弾きにくかったんだけど、今日はその人のテンポにあえてのってみたら、それはそれでいろいろできて音楽的にも楽しかった。
オケスタ1曲目のドンファンは自分でも満足だった。誰かが足をすりすりする音が聞こえた。
2つ目。これが原因で前回だめだったので、怖かった。目をつぶって集中して弾いた。右腕がプルプルしていた。最後あと2小節で終わり!ってとこでダムが崩壊したみたいに右腕が完全にコントロール不能になり、ものすごい勢いで弓がその場で跳ねだした。なんだったんだろうあれは。(他人には笑えたらしいが私は超真面目)

2次にいったのは20人中、5人。私の名前も呼ばれた。

2次:ロマン派のコンチェルト

これは前回チャイコフスキを初めてProbespielで弾いて評判が良かったのでもう一度チャイコフスキを持ってきた。ブラームスをさらいなおす暇なかったけど。本当はブラームスの方が曲は好きだけど、チャイコのほうが弾きはじめが子供時代と言うことで手に入っているらしい。なぜか弾きやすい。

5人目に登場で、部屋に入っていくとみなの笑顔がまず目に入った。イタリア人GMDカリニャーニもなんとそこに座っていた。彼の太陽のような笑顔には本当にほっとする。
思い切り盛り上がって弾いた。なんと拍手をされた。前回も足を鳴らして盛り上がってくれた彼らだけど今回は手と足と両方だった。弾き終わって出ていき、エレベーターに向かっていたら、ピアニストも続けて出てきたので、ふりかえって「ダンケ!」というと、親指を立てて無言の祝福をしてくれた。

2次で私の前に弾いた人。この人とはお互いに見覚えがあった。なぜならとある劇場でのオーディションで私が2次落ちをしたときに彼女が受かったからだ。あれ?と思ったけど詳しくは聞かなかった。そんな暇もなかったけど。

オケスタを練習していたら、結果が出た!と呼ばれた。
友人がずーっと、ウインクをしていたので、これは3次にいったかな、と思っていた。

「私達は、3次は行わないことをまず決めました。」

この瞬間考えたこと:(また打ち切りか。)

「それが意味するのは私達が今の時点で一人の人に決めることにしたからで、つまり、Frau Yamaguchiに」

そのあとにセカンドトップの彼女が言ったことは何も聞こえなかった。彼女、もう一人のトップ、コンマス、次々に抱擁され、祝福され、今日の演奏を褒められ、涙が出て止まらなかった。

「伸子がやっとここに来ることになって本当に嬉しい。過去3回の間、ずっと味方だったからね」
と言ってくれたのはファーストのTuttiの同年代の二人。
そう、私は一度契約をもらったときに弾き、ファーストのTuttiでは2次でオケスタで大崩壊して大恥をかき、そして11月ので、全部で4回もこの人たちの前で弾いてきたのだった。

あとは例の友人が、私が『音楽』で私の前に弾いた子に勝ったこと。拍手をもらったのは私だけだと教えてくれた。あと「Carignani war begeistert von dir」と。カリニァーニは感激していたと。

その日は夜、トスカの公演をみてから、公演後、劇場のカンティーネに集まってきた人たちにビールをおごり、外に出ると、雪。フライブルクは先週からずっと10センチぐらい積もっているのだが、フランクフルトでは初雪だとか。

トスカの公演は、よかった。オケピットからは常に躍動感をもった音がポンポン飛び出してきた。客席は満員御礼で空席を探すのが大変だった。フランクフルト市民のためのフランクフルト歌劇場。これから、よろしく。


2007年01月01日(月) ごあいさつ

こんにちは。

この日記『TOI,TOI,TOI!』は、私が2001年5月にドイツに音楽留学してきて以来、古賀弦楽器サイトのコラムとして書き留めてきたものです。
リンクは古賀弦楽器とエンピツのみ、諸ブログサイトのようにコメント欄もないこのページですが、おかげさまで不定期ではありつつも、今まで更新してきました。

題名のTOI,TOI,TOI!はドイツ語で、大事な本番などが「うまくいくように!」と、ちょっとした呪文をかけるように使う言葉です。

過去の日記を初日から日付順に読みたい方、また目次一覧もありますので、物好きな方はどうぞ。
自分で読み返すとかなり恥ずかしいのと同時に、夢中だったとき、もがいていた時期のことが、今では全て思い出となり、とても懐かしいです。

それでは今後ともどうぞよろしく。


2007年冬、フライブルクにて。

伸子




音楽履歴はこちら。


  
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