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2007年02月06日(火) 浅春賦

 春のようにあたたかな日です。

 きものの着付け教室で知り合った友人たちと、ひとあし早い春のランチに出かけてきました。春色の代表ともいえる菜の花のミドリの彩りが、トマトのソースに映えて美しい春のパスタと、デザートの朝摘みイチゴのタルトの甘酸っぱい味に大満足でした。

 ちょうど着付けの教室に通っていた頃に書いて、一冊の本の中に収められたエッセイをなつかしく想い出しました。

 草稿をここに登録しておきます。

 
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 「感謝の気持ちを忘れない」
 

 日本の伝統的な衣料であるきものの帯の織元を訪ねたことがあります。金糸や銀糸を使って美しい錦に織りあげた帯は、美術館に飾られていてもおかしくないような芸術品そのものでした。

 一本の帯ができるまでには絹糸の染色、「整経」とよばれる必要な経(たて)糸の本数を正しくそろえて長さ・張力を整える作業、帯の図案の製作、図案をもとにした意匠図・紋紙の作製、製織など、何十という工程があることをこのとき知りました。

 呉服店で溜め息まじりに見つめていた美しい帯ができあがるまでには、たくさんの人の手がかけられていたのです。きものにする反物も、帯に負けないくらい手をかけて作られたものなのでしょう。

 それ以来、母から譲り受けた古い帯やきものを大切に思う気持ちは、より一層強くなりました。古き良きものを譲り受けるのはそれだけでもうれしいことですし、大切に着てくれた母には感謝していました。ただ、いままでは帯やきものがそこに存在することを当然のように思っていたのです。

 織元を訪ねたことで、一本の帯を作り上げるための仕事をしてくれたすべての人々に感謝するという気持ちが生まれました。作り手がいるからこそ、それを手にするわたしたちは、美しいものに触れるしあわせを味わうことができるのです。

 精神面でもわたしたちは同じように多くの人々に支えられています。パートナーや友人、家族など周りにいる人々が与えてくれるやさしい言葉や気遣いは、呼吸に空気が不可欠なように、生きていく上でなくてはならないものです。多くの人々に支えられて、わたしたちは生かされています。「いつもと同じ」毎日がおくれることは決して当然ではないのです。

 周囲のことがすべて当然なことに思えてくると、大切なものを見失ってしまいます。大切なものを見失わないためには、いつも感謝の気持ちをわすれないこと。

「ありがとう」という感謝の気持ちを素直に伝えれば、相手はしあわせな気持ちになります。しあわせはまたその人の感謝を生みます。

 こうやって感謝の連鎖がつづいていけば、いつかは地球全体がしあわせになることも夢ではないかもしれません。



    /『LOHASのすすめ』(アンドリュース・プレス刊)の草稿です。
  
   
 
     *このエッセイは無断で転写・複製することを禁止されています。
      

     

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夏音 |MAILMy追加