「まぁ……なんにしてもお預かり致します。」 アルカードから二人を受け取り、開いている部屋へと運ぶ。 「それにしても貴方が何かに興味を持つとは……珍しいですね。」 二人をベットに寝かしつけて戻ってきたイダーが言う。その言葉にアルカードは確かにと思う。あの子等の魔力故の所存だけとは思えないが、深く考える事を辞める。考えた所で仕方が無い事だ。 「それでは私は城に戻る。たまに様子を見に来る事にするので、よろしく頼む。」 それだけを言うと、アルカードはその場から掻き消すように姿を消した。 イダーはそれを見届けると、子供達の眠る部屋へと戻っていった。
「魔力を持っているな…」 幼い兄弟を見つめ、男は呟いた。上手く育てれば、良い魔導師になるだろう。それにこの容姿…ゆくゆくは多くの者を魅了するようになるのだろう。 男はそんなことを思いつつアイザックの頬を撫でた。 アイザックとジュリアは二人で庇い合うようにくっついて眠っていた。 「おや、アルカード様。いらっしゃっていたのなら、お声をかけて下されば良いのに」 燭台を掲げて、アルカードの顔を確認したのは、この教会の主のイダーだった。母が懇意にしていたこの教会に、アルカードは時折顔を出していたのだった。 「幼子を拾った。あのままでは獣の餌になっていただろう。お前に預ける、この子たちの世話をしてやってくれ」 そう言うと、イダーはゆっくりと頷いた。 「構いませんが…ゆくゆくは貴方の御元で愛でられるおつもりで?」 悪戯っぽく笑うと、アルカードは困ったような顔で首を傾げた。 「今はまだ分からん」
「騒がしいと思い出てみたい……可愛らしい客人だな。」 そう呟き、眠る二人を見下ろす青年。 その姿は余りに怪しく美しかった。 どうしたものかと考え込む。このまま此処で眠らせて、事の成り行きを見ているのも楽しいかもしてない。獣に殺られるか、魔物に殺られるか、人に狩られるか……はたまた生き延びるのか。 確率的には、獣か魔物に殺られておしまいとなってしまうのだろうが。 「それにしても……」 アイザックから感じる魔力に興味をそそられる。ふむ、と一言青年が呟くと、青年と二人の姿はそこから掻き消えた。
一時間ほど歩いただろうか、山狩りの声も遠くなり、妹も泣くのを止めた。無言でただ歩き続ける二人の先に、湖が見えてきた。彼らは湖に向かって駆け出した。暗く恐ろしい森を抜け出し、月の光が辺りを照らす湖の畔。やっと安堵の息を付いて、湖の水を手で掬った。 まずは妹に飲ませ、続いて自分が喉を潤すと、途端に疲れがアイザックを襲った。横を見ると妹は既に眠っていた。その安らかな寝顔を見ているうちに、いつのまにかアイザックも眠ってしまった。 「おやおや…」 彼らを見て微笑む男が居た。
おびえるジュリアをなだめすかしながら、獣道へと潜り込む。自分も複テい。けれど自分が怯えていては、幼い妹は更に怯えて泣くだろう。それだけは避けなければならない。自分とジュリアを守る為にも。 「俺がいるから大丈夫だ。」 そんな慰めにもならないような言葉しか、アイザックは言えなかった。けれどジュリアはその言葉にこくりと頷き、腕にしがみつき、複テさに泣き出しそうなのを耐える。 「大丈夫だから。」 再び繰り返した言葉は、自分に向けてのものであった。
山道は険しく、幼い兄弟には過酷な道のりだった。妹はずっとべそをかいているし、自分も本当ならば泣きたい。 「静かにするんだジュリア」 涙を拭ってやり、頭を撫でアイザックは妹をなだめた。ただでさえ何が出てくるか分からない道なのだから、少しでも危険を孕む行為は避けたい。 「子供はどこへ行った!!確かに居たはずだ!」 自分たちが来た道の方から、声が聞こえた。追っ手が来たとアイザックは急いで道の脇の茂みに妹と隠れた。普通に山道を上がったなら、すぐにみつかってしまう。危険だが、獣道を進むしかない。 獣道を行くのならば、出来るならこの茂みで夜を明かしたい。夜の獣道を行くなど、自殺行為に等しい。 「道の脇も探せよ、潜んでいるかもしれんぞ」 その言葉を聞き、アイザックは覚悟を決めて獣道を奥へと進んでいった。獣の唸り声がより鮮明に耳に入ってくる。
悪魔城とは何処だろう。 母や父の会話から聞いた名ではあった。 けれど、それが何処にあるのかまでは聞いた事は無かった。 森の奥深く。 獣やモンスター達の鳴き声がする。それに幼い妹は怯え、しがみついてくる。 何処に向かえばいい? どっちの方角にあると言うのだろうか。 振り返れば遠く、家が燃える赤い灯りが見える。 あの炎のなかで父と母は燃え尽きた。 何故。 父と母は……いや、俺達は殺されなければならないのだろう。 何もしていなかった。ただ静かにあの家で暮らしていただけではないか。逃げる最中聞こえてきた人々の声。 美しかった母。 優しかった父。 どうして。 それだけが胸の中をぐるぐると出口の無いままに巡っていた。
「お兄ちゃん…」 妹は震える声で俺を呼んだ。とにかく逃げろ、逃げなければ。今はまだ、我が生家を焼いた者たちに立ち向かう術を持たぬのだから。 村の灯りとは反対方向、人々は決して一人で立ち入る事のない山へと彼らは向かっていた。多少ならば魔術の心得はある。とにかく、彼らから逃げなければ。 山の中にはモンスターも多いだろう。けれど躊躇っては居られない。彼らが家に気を取られているうちに。こちらに気付かぬうちに。闇が自分たちを覆い隠してくれている隙に、ここではないどこかへと行かなければならないのだ。 最後に聞いた母の言葉は、"悪魔城へ行きなさい"だった。悪魔城とはどこにあるのか、そしてそこに何があるのか。アイザックは知る由もなかった。勿論、その妹のジュリアもまた。
この世界には、望みなどと言う甘い言葉は何もない。 ただ其処に有るのは、絶望という言葉だけだった。
記憶に残る、唯一幸せだったと言える日々。 父がいて、母がいて。そうして幼い妹がいた。 何もない、静かな日々。 ただ森の奥で静かに暮らしていた。見つからぬよう。そう母は言っていた。何故、誰に見つかってはいけないのか。 そんな事もわからぬままに、母の言葉を聞いて生きていた。
そんなただ静かな日々。 それを打ち壊した燃えさかる炎。 父と母と、幼い妹と暮らした家が燃えていた。 何がおこっていたのか分からなかった。母の逃げろと言う言葉だけが聞こえた。俺は闇雲に逃げた。 幼い妹を連れて、何から逃れるのか分からぬままに、逃げた。 俺の唯一の世界は燃え落ちたのだ。
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