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| 2003年04月25日(金) |
いいは悪いで、悪いはいい。 |
●本日は仕込みの日。わたしは1日中劇場に詰めはするが、実際に自分が動く仕事はほとんどない。朝方、装置の寸法に関するジャッジをひとつして、この劇場用の本番体勢に関する資料を作って、昼過ぎに劇場側と打ち合わせして、これでほぼ終わり。あとはただただ、セットが立ち上がっていくのを見守るだけ。それも、もう3カ所で開けている芝居のセットだから、問題が起こることもほぼない。働いている人が怪我をしないようにと願いながら、とりあえず、現場に詰めている。 持ち時間がたっぷりあるので、年末までのスケジュール表を作り、来年の芝居のキャスティング表を作り、次の仕事の資料を整理し、ここまでやってもまだ時間があるから、つい、いろいろと自分のことを考えてしまう。自分が自分の責任でいつかやるべき仕事のことを。仲間たちが立ち働いている現場の横で。 彼らが動くのは、目の前に立ち上げるべき仕事があるから。その彼らが熱意をもって動いてくれる仕事を、わたしは興す時にきているのだ。
●わたしと違って、一日中大声を出し、一日中体を動かしていた恋人に誘われ、深夜、酒を飲みに出かける。どうも思いっきり酔わないと眠れない日々らしい。 飲みながら、仕事の話、戦争の話、食べることの話、すべての話が枝葉末節を産み、これを楽しくないと誰が言えようか? Macbethに出てくる魔女たちの有名な台詞。 「いいは悪いで、悪いはいい。」 世の中がこうなってくると、ぐんとわかりにくくなる。ぐんと難しくなる。 戦争と平和の二元論は、巧妙に崩れてしまった。信じやすきものを信じていれば安心な時代は、もう終息してしまったのかしら? 思えば、わたしが産まれた時代は、そういう時代だった。信じるべきものがはっきりしていて、当たり前な感覚からまず身に付けて育った。 恋人と飲みながら、そんな自分たちのこれからを憂えた。それでいながら、彼はあと半年後にやってくるパリ暮らしを夢見、着実に現在の仕事をこなし、在パリの暮らしさえ設計していたりする。わたしはわたしで、それでいながら、自分がこれから作っていくべき作品のことを、仕込み中にひっそりと、うなりながら考えていたりする。 どんな時代であれ、生きていることを楽しもうと思わないと。そうでないと、個人的な信念の根をはってくれる心映えみたいなものが、崩れていく気がする。
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