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2011年03月13日(日) 生存証明
生存証明

10日は午前中荷作りと住み込んでいた蔵の自分の居室の後片付けと掃除をやって、 昼前無事蔵を離れた。 これでやっと初めて季節労働を勤めあげた気分を味わった。 15時過ぎ都心のホテルにチェックイン。 食欲は十二分にあってよく食べた --住み込みで5ヶ月近く我慢して和食を食べていた反動もある--けど、 ワインはグラス1杯しか楽しめず、 早めにホテルに戻って休養を取った。

11日は朝東京駅から特急に乗って外房の私の一番大好きな日本酒を作っている蔵元を訪問、見学。 幸運にも搾っていない醪が1本--と特別なものが2本--残っていて味見することもできた。 案内頂いた蔵元5代目の専務さんに感謝。

専務さんが、仕込み蔵は(確か)明治時代の建物でユニークなことに建物の中に柱が無いので広いとおっしゃった。 思わず地震には大丈夫ですかと聞いた。 確かに不安が無いことはないけど、 瓦を銅板に替えたりして対策はしていると回答された。 この会話が午後の出来事の伏線になるとは思ってもいなかった… ちなみに蔵元は大地震の被害は無かったので安心した。

外房は初めてだったし帰りの特急は暫く来なかったので、 駅周辺を散策、 気になった洋食レストランを発見、 おいしいオムライスを頂く。

普通列車に乗って終点の千葉駅でホームへ降りたとき、 大地震に遭った。 翌朝私がフェイスブックに載せたステータスを転載 (英語で御免)。

(Boekveld) is OK, just so tired. He was just getting off an local train at Chiba station when the quake hit Japan. He was forced to walk back to the hotel in Nihonbashi (close to Tokyo station) for ten hours since none of the trains or subways were available. He saw thousands of people working in the megalopolis walking back home, just staying calm (thus we see the nature of Japanese). Thank you all so much who gave me messages

このステータスを残して ほぼ毎日チェックしている三橋貴明氏のブログを覗いたら、 何と同様のことが書かれていて驚いた。

わたくしは結局、徒歩で帰宅致しました。 (中略) 震災の恐ろしさを改めて思い知りました。同時に、徒歩で何十キロも歩いて帰宅される東京のビジネスマン、ビジネスウーマンの方々が、意外に元気が良く、恐ろしいほど整然と歩いていかれるのを見て、なぜか救われる思いになりました。 (中略) 震災で交通インフラが止まってしまったら、怒ることもせず、淡々と、整然と、歩いて帰る。これが日本国民のマジョリティだと思います。

他に人気モデルの徳澤直子さんのブログ も読んで感動。

帰宅の際乗った電車がすし詰め状態で。。。 そんな中鞄につけていたマタニティマークに気づいて席をゆずってくれた 若い男性がいました。彼も疲れているはずなのに。。。 苦しくてどうしていいかわからなかったので 本当に助けられました!!ありがとうございます!! 混乱の中でも優しさや秩序を守って行動する人の姿に 勇気をもらいました なんだか誇らしい気持ちにもなりました。

その後大地震に関する最新の情報をやっと漁り始めて、 東北地方等の被害の大きさを知り始めた。

(続くかも)


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