日本もレイシストが増えたのだね。 宮崎さんが生きていらしたら、なんといわれるだろう. ただ、宮崎さんは道しるべは親切すぎたらいかん、少し足りなくて、地元の人に聞いたり、お大師さんの導きを受けたりが大事なんや、といわれていた.私はこの宮崎さんのお考えに全面的に賛同する. 地元の方がたの情けに手を合わせ涙を流し、道迷いで困りながらも同行二人で奇跡的に歩くことできる。 これが信仰の道の醍醐味である.
私自身、初遍路の時、遍路地図なし、大きな四国の地図だけだったんだから.でも、お導きと、遍路道沿い方々のお助けで歩かせていただいた. 韓国人のセンダチさんは、同胞(と確かいわれていたような)が道に迷わないように、しるしをはったのに悲しい・・といわれていたが。 しかしその道しるべシールはかなり国際的であったので、いろいろな国からの遍路に確かに役立つだろう。 多分、いいことなんだろうが、今までで地元の人が作ったり、遍路道保存協力会のものだけでもよかったのではないか。 わからなかったら人に聞く、導きを信じる. 自力で歩いてはいけないのだ、他力でこそ、人は変わると思うのだが. 昨今、遍路道のしるしが懇切すぎて・・だから、私は小豆島の静けさや昔ながらの素朴さがいい。20年前の遍路道の気配は今や冬の小豆島にある。
結論を言えば、もう遍路道にしるしはいらない. 少し不足気味で、いいのかな??と思いながら歩いていたころ、宮崎さんがしるしをつけ始められたころの数に戻るくらいでいいんじゃ。 人とのふれあいもお大師さんと同行2人も味わえると思うのだが. でも、こういう考えとは別にレイシズムは許されない。 お大師さんは国際的な方だった。 こういうことは喜ばれない、絶対に。
本日寒し。 弟が外泊 風邪をひかさないようにしないと.
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