家族の波に乗って、幾年月。 本日も、末弟の所に、食事の介助と、ズボンが足りないようなのでもっていって、母に頼まれた郵便物を本局で出し,義妹の病院へ。 彼女は,明日,心臓にペースメーカーをつける手術をする。 それから実家へおかず宅配。 本日は,フルーツサラダ。 旬の助宗鱈の煮付け フルーツサラダは、キュウイが1つ,ミニトマトは少し,リンゴが1つ,パインが少し・・などなどと残っていたので,小口にして,ハッサクの皮むきと混ぜて一気にベビーリーフとまぜまぜ。最後にポン酢をたらり。 結構おいしく出来ました。 残り物も始末できたし。 鱈は冬に1回は食べたい子どものころの思い出の味だ。 大昔、そう、今から50年ほども昔。雪はもっと降った。市に行くと、その雪を台にして,とれとれの鱈は大きな口あけて売られていた。 鱈は,なんでも食う,悪食。口のでかさでなるほどだ。 うちにかえって来ると魚きり包丁で母か祖母が切って,腹からたらこか白子を出す。頭も入れて醤油で煮つける。 身もさることながら,頭部分の目玉とか,口周り,白子が私の好物だった。 今回は,頭は姪の息子を喜ばせたいので実家へ。白子も母がなつかしがると思うので実家へ。 私は尾の部分を残した。 こうやって,冬が過ぎていく。 そういえば,今年はまだアンコウを食べてないので,そのうちに実家で鍋をするかね。 でも,じきに節分だね。恵方まきの方が先かな。 家族の波乗り,いつ終わるのか。 ぼちばちでっせ,と自分に言い聞かせて,がんばったらご褒美上げるよ、と自分に言い聞かせて。 まるで,初遍路の道程のようだと思うこのごろ。
日揮の亡くなった方々,正面から討たれた方もいるらしい。 なんてことだろうか。 なんで,日本人が標的にされなくてはならなかったのか。 身代金目的だったら,政府軍のやり方がはやすぎたよ。 政府軍の軍事顧問は、中国だっていううわさだど,だとしたら人命は軽視するよね。日本人ならなおさら・・これはいいすぎか。
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