近代美術館で「新潟に前衛があったころ GUN」を見てきた。 とにかく、見るぞというときに見ないと、はずして終わる。 歴史博物館であった「イスラム世界展」、そのうちで見逃したし。 GUNの展示の一番はじめに、高校生だったころに、よく時間つぶし、遊び半分、サボり場所でいった、大光相互銀行の今はなき「長岡現代美術館」にあった「成長計画」とか「ドンとサンドラ」アンディ・ウォホールの作品があってなんだか感動した。 3メートル歩くと知り合いにあう文化果てた地であったここにいるのがいやで「旅」へ飛び出した私であったが。(当地では、上京したり、そのほか他の地域に学業や仕事で出ていくことを「旅に出る」とか「旅に出す」という古いいい方があった) 「成長計画」や「ドンとサンドラ」を鑑賞して、わたしが旅に出たのは,未地なるものへのあこがれであり、とにかく知らないものをみたいとか知りたいとか、そういう深い衝動が多分あったんだろうなと。 その衝動を育てたのが、サボり場として行っていた長岡現代美術館であったのではないかと。 成長計画って、緑の芝生の明るい光の中で、金髪の白人の男子達が気を付けをして、パンツだけ上半身裸で、なんだか悲しそうな顔をしてつったっている絵。 ドントサンドラは、やはり白人の男女の顔だけ肖像画。インパクトはないが、二人の表情は穏やかだが 哀愁。 わたし、多分この絵たちにかなりの影響を受けていたと思う。しかしどんな影響と言われると言葉にできぬ。 GUNの仕事、1960年代は元気だったんだ、日本、と思わせる展示。 おもしろかった。 しかしだ、平日ということもあって、鑑賞者わたし一人。 現代美術は分からんということも原因かもだが、わかんなくてもいいんだよね、感じてなんだか気持ちいいわ、とかすごいパワーだわ、とか、自分の「情動」が活動すれば。 これ、人間の証明だし。 新潟で開催されているあと2つの現代美術展も行かねば。 1つは、草間弥生さん。 点点芸術だけど、彼女の作品を見ていると体がむずむずしてきて、きもちわるいんだけど「キモミタイ」(気持ち悪いけど見たい)のだ、ふしぎな芸術家。
今日はいい天気だった。 見たあとに弟の所にいって、産直なじらーてにいって、生木クラゲ5パックゲット。昼寝のあとに、いつもの惣菜「キクラゲとニンニク」のつくだ煮を作成。 さて、明日の準備するべし。
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