昨年の今頃は、父もまだ歩いていて生きていて、もちろん地震もなくて、義妹も元気で・・であったが。 父は死んで、義妹は倒れて、生まれたふるさとはめちゃくちゃ。 ワカランものである。
新潟日報に、長岡生まれの女優星野知子さんが「テレビの報道でふるさとの言葉を聞くとせつなくなる」といっていたが、その気持ちはよく分かる。 取材される人の顔つきが・・・と書いたが、彼らが明るいのはいわゆる「事故後の躁状態症候群」だろうと思う。シリアスな交通事故後は、みんな一時的に「生きていてよかった」と躁になるという。それだと思う。 しかし、この後は「鬱」がくる。 これが恐い。
突如襲う地震はある意味「交通事故」と似ている。交通事故は、40秒に1件起こっているが、たいていの人が「自分は大丈夫」と思いこんでいきている。 地震だって、日本の回りに大平洋プレート、フィリピンプレート、、ユーラシアプレート、北米プレート(確かこれでよかったはず)と4つのプレートがぎしぎしと集まってきている状況、活断層の数を見れば、今回のような直下型がいつ自分とこに起きてもよいと考えたほうが自然なのだが、みんな、なかなか考えられないのだ・・・。 新潟日報のブックレットで「地震、新潟は大丈夫か?」という本が1998年?に出ていて、そこで「空白地域になっていいる長岡付近がアブナイ、活断層がたくさんあるにもかかわらず大地震が来ていない」と予言していた大学の先生がいる。 大当たりだだった。 雪の備えばかりに気を取られた県行政よ。 しかし、まあ、雪への強化住宅を造るためには公的資金援助をしていたようで、そのために全壊しなかった、そのお陰でにげられたという人は沢山いるようだが。 (新潟は過疎地なので亡くなった方が少なかったと思っておる人もいるようだが、それだけではない、家屋の構造による、つぶれるまでの時間が稼げたのだ、うちが頑丈だったから。ガルという揺れ表示によれば、神戸の2倍以上激しく揺れたらしい) おまけに今年は、水害まであったし。 余震の震源地として時々出てくる見附・栃尾は水害でもやられたのだ。 さんざんである・・・この地域の人がいった。 「水は引いてくれれば、もう来ない。後はがんばろうと思えたが、地震は余震が続く限り終わりにならないし、余震もおしまいだと誰もいってはくれない・・・」
ところでいま、空白地域は新潟近辺では秋田、長野らしい。すこし離れたところでは、関東、東海。らしい。 南海地震も50%の確率らしい。 50%というのは、明日来てもおかしくない確率らしい。
阪神大震災の反省と智恵は、おかげさまで新潟は恩恵を被っているように思う。 ボランティアのすばやい動き(神戸から来た泥棒まがいのヤツもおったけど)、仮設住宅にディケアの施設をもうける、まだまだ全然だが、住宅再建援助額のアップ、仮設や住宅斡旋の役所にしてはすばやい対応、心のケア・・・などなど。 神戸は都市型の災害だったが、新潟は典型的な地方(過疎山間地域)の災害サンプルとして今後に生きるのだろう。 奥尻島の津波の悲劇の教訓は、宮城県の地震などにいかされているように思うし。 残念ながら、行政はこうやって実際に被害を被って初めて「対応策」「予防策」として動き出す。 たいていのニンゲンは実際にひどい目にあって初めて、つらさに共感して動ける・・といった傾向があるように思う。賢く優しくなれる・・悲しい話だが・・・
今日も明け方に大きな余震があったようだ。
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