世界お遍路 千夜一夜旅日記

2004年10月24日(日) 新潟中越地震

昨夜は、お客様2人お泊まり。
朝早くのお送りして、そのままテレビにかじりついていた。
家族は無事だったが、夜が明けるに従って被害のすごさが見えてきて、見慣れた景色や国道、新幹線・・変わり果てている。
なんてことでしょうかとショックだった。
昨夜に続いて、電話はボーダホンへかけたら、1発でつながった。
テレビ情報によると、ボーダホンも長岡の一部で不通とあったが、今のところはつながる。ダメなのはドコモだ・・情けない。
うちは、電気は無事のまま、市内の20%弱しか無事なところがないその少ない範疇だったらしい。
母曰く「じいちゃんのお骨が仏間に散乱してすごかった。祭壇もヒックリかえったし。じいちゃんもビックリしたと思う」
いや、まったく。
義妹は、地震が来る寸前に電話がかかってきて、台所から居間へ向かって、倒れてきた食器棚の下敷きにならなくてすんだらしい。
父が守ったのであろうか・・・彼女はとにかく、母を乗せて一番父を見舞ってくれた人だから。
姪は市役所勤務なので徹夜で仕事、弟は消防団でこれまた徹夜らしくてそちらの方も心配だ。
姪は、震源地の小千谷市役所も昨年の今頃は内定していて、まあ軽い気持ちで長岡市民だから、長岡にしたんだけれど、あちらに勤務していたら、今頃は今以上に大変状態だったと思う。
それから「大変だった、びっくりした」「命があってよかった」と話す中越地区住民、どうしてあんなにのどかでにこやかなんだろうか。
それも、不思議だった。神戸の時はみなさんもっとすごい顔をしていたように思う。まだ実感がないのかも知れないが、あののどかさは私の血の中にも流れているのであろうか。
これから、冬に向かって、雪が降るというのに、夏の洪水でやっと少し立ち直ったうちもあるだろうに。
父の49日が11月だが、免許も早く取りたいが、この際、失業しているのだし、帰れたら、10月末に帰って1週間ばかりボランティアしてこようかと思う。

それにしても、台風は方向を変えてくるし、今年はどないな年なろうか。
人間はいまや地球の癌細胞なんだろうと思うわ。で、地球は癌細胞を切り離そうと必死と思うわ。地球上の人類は確実に滅びに向かっているのだわ。未来はないな・・・とため息がでるわ。

昨夜来、沢山の電話やメールをいただいている。
ご心配くださった方々、ありがとうございました。
感謝しています。




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