| 2003年09月20日(土) |
ブリギッタ先生の Yさんにお会いする |
昨年の9月始めにお会いしたラトビアのブリギッタ先生。 旅先でいろいろな人に会うけれど、一番印象鮮烈な人の一人だ。 そのことを、今書いているコラムに書こうと、ネットで、試しに検索をかけたらなんとブリギッタ先生が自分が日本語を始めたきっかけは20代の頃日本人のYに会ったこと、といわれていたそのYさんのHPがひっかってきた。 見れば住所は埼玉県。 おお、とさっそく連絡を取ってお会いしてきた。 70代の知的な今はギリシャ語の翻訳や電子書店をやっておられる方、さまざまなお話を聞きして実に興味深かった。 中でも印象深かったのは「ブリギッタが日本語塾を始めたのは、国の体制が変わって将来の生活が狂ったための、一つの生き残り戦略だと私は思うんですよ、生き残るために、自分の今までの経歴や人脈のあらゆるものをつかう、強いですよ」 ソビエトロシアからラトビアとして国が独立したのは、今から12年前。ソビエトロシアのまま行けば十分にもらえるはずの年金や生活の保障がなくなった。 ラトビアでもらえる年金は、独立後ほんの十年分である・・・ そのことである。 今の日本の福祉がどんどん悪くなる体制や財政破綻を見ていても、それはよその国のことではないと思った。 オランダの人々が安定しているのは、一つには老後の自分が見えるから。 旧市街に立派な老人ホームがあり、普通の住宅地の1Fのフラットにグループホームがある。 日本はそういうことが見えない・・見えにくい。 老人ホームはどっちかというと人里離れてまるで監獄のように存在するし、始まったばかりのグループホームが町になじむまでは時間がまだまだかかるだろう。
ギリシャの言葉は、アルファベットの元になったが、日本語と同じく孤立言語だということなどおもしろい話をたくさんお聞きしてアッという間に時間が過ぎてしまって、外に出たか急に気温が下がっていて大雨で。 台風ですね。 そうそう、地震もあったようででも電車の中でわかんなかった・・・ 家の下を通る中学生たちがこの前から「今日地震あるかどうか、かけよう」とか行っていて気になっていたんだけど、もしかしてなんか予言めいたお話があったのか? 夜は、「輝く日の皇子」(丸谷才一)を読んだ。 この作者らしい内容だが、それなりにおもしろいのだが読みにくくて・・・・・ 丸谷さん、昔から好きだったですけど。 1時には眠れた。 大分、時差ボケはとれてきているかな。
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