世界お遍路 千夜一夜旅日記

2003年07月04日(金) 品川宿から川崎大師

3月に浅草からはじめようと計画した、観音巡礼、まるで進まず。
「このままだではあきまへん」ということで、6月に、週一回歩きに行こうと思うも、7月からにしよか・・と。しかしだ、あすから出かけるワタシメは、今週がもうない。おえりゃせんのう・・で、雨が上がったようなので10時前にでることに決心。
品川から、11時10分過ぎに歩き出した。
moheji塾をやっていたときに、日本橋から箱根の関所まで子どもたちと歩いたことがあるし、タカをくくっていたのに再開発とやらで、景色が変わっておった。出だしから道に迷うて、訊く始末でありました。
旧東海道・・北品川商店街はご休憩所が出来たり、説明板が整備されたりしていた。しかし、下町の商店街の風情はかわらずで、あえていうと、たとえば、空き缶ペットボトル回収所が設置されていたり、小学校の門がしっかりと施錠されたり。
確か私が子どもたちと歩いたのは、97年だったから、これまでの間におきた事件や世相変化が道にも感じられた。
川崎まで、10キロほど、川崎大師までいっても12,3キロだしラクショーと踏んでいたのだが、暑くなってきて参りました。
でも、通りばたにあった一心寺、品川寺(ここは醍醐寺派のはず)なんとか荒神サン、天祖神社等々、お参りしつつ・・しばし旅人気分。
それにしても、品川、大井町近辺のお寺、神社の多さよ。
西国で、西国街道を歩いたときは、休むイスがなくて困ったが、旧東海道、今日歩いた辺りはその心配がなかった。

今日の残念神社・・・六郷神社。
ものすごくりっぱな建物なのに、手水に水がない。(これは致命的だ)
防犯上トイレはかしません、の看板。
広い社地なのに、イス一つなし・・・
おまけに、拝殿は戸が閉まっている(開けて拝まれることで神サン、喜ばれるのに・・・)、社務所には、冷房の効いているところに2人も人がいるんだから、開けていてもさしつかえんと思うんだが。
で、私は、ここは神サンおられんぞ、にげられたんじゃろ、と、手は合わせましたが、お賽銭いれず。(10円も入れる気にならないとこってめずらしいよ)
引き替え、立会川をすぎたあたりにある「天祖神社」は、神さまおられました。
手水には、はとのフンが落ちないように網が張ってあり、拝殿はあいて、なんーーとなくすがすがしい。
私がお参りしようとしていたら、若いきれいな女性が、買い物帰りか・・お賽銭投げ入れて、ちょこっとお参り、すぐあとからお参りに来た母娘連れ「こんにちは」っていってくれたもんね。東京の神社だよ。これっていい。
ここは神サン絶対おられますぞ、と私は100円入れました。

途中、女子高生チャリが私の目の前でおバさんチャリに接触しておばさん転んでケガという現場に居合わせてしまって、「あなた、接触したんだんだったら、責任とりなよ」とかいう一言をいったりしながら、やっと多摩川。
暑さ最高・・しかし、多摩川の河川敷をみれば、テントハウス村ができているではないか!
ホームレスの方がたの、ホームであろうか。
ビニルハウスホームの回りには、黄色いカンナの花が植えられていたり、野菜がうえてあったり、洗濯モンが干してあったり、チャリンコがあったり・・・
生活がしっかりとある印象でした。
昔、私の化石時代にこの川を毎日電車で渡っていた。仕事に通っていた。
そんときには、ああいうの、なかったねえ。
多摩川から道を左にとって、2、3キロほどで川崎大師、もうひとがんばりと思うも、もう暑いよう、たまらん・・とヨーカ堂に逃げ込んで、かき氷タイム。
イチゴミルク、今年の初物。うまかったす。!(^^)!
もう、30分も涼んでしまった。
その間、若い母が、「ようた、ようた」って売場を大声で息子さがし。
長崎の子供投げ落とし事件もあるのに、どうして簡単に子供を自分の手からはなして野放しにするのか・・と私はつい、その鈍感そうな親を疎ましい気持ちで眺めてしまった。
でもま、黄色いTシャツを着たようたクン(3,4歳くらい)、10分ほどで「捕獲」されていた。元気なかわゆいガキクンでした。マジにホッとしたわ。

3時頃には、川崎大師に着くはずが、3時半着。
本堂と、不動堂にお参りして、帰りは電車。爆睡で、乗りはずすとこででした。
帰宅してビールが極楽でした。
おしまい。
次回は、川崎から歩きます、です。


 < 過去  INDEX  未来 >


moheji.s [MAIL]

My追加