世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年10月08日(火) 新潟にて

FDSの会に出て、12時の新幹線で新潟へ。
自由席だったが、すいていた。でも、大急ぎではしっているうちに、腕にしていたリトアニア土産の琥珀を落としちゃった。ぐすん・・・だね。プラスチックと思われて捨てられると思う。

母はリハビリを始めていた。
足の腫れもずいぶんと引いた気がする。もちろん、まだ痛いようだが・・・
退院のめどは今月の終わりだと思う。
母の事故の日は28日。お不動さまの日だ。毎年春には必ず成田山新勝寺までお参りに来るし、きんじょの成田別院にも毎日のようにお参りしている。
私は、事故の日がお不動さまの日だから助かったね、といったら「いつも遠回りだけど、お不動さんお参りしているのにあの日はいそいでいたんでいかなかった、お参りしていたら、こんなことにならなかったかもしれない」といっていた。
後悔先に立たずだよね。

うちで驚愕的話を聞く。
母のところには毎日お見舞いの人がおいでになるのだが、病院の近所の人は毎日おかずを持ってきてくださるという。
家族で夕食の後に、退院が見えてきたね、お見舞い返しのことを考えないと・・という話になってたくさんあるから大変だね、送る紙を書く手伝いするよ、といったらとんでもない、このへんはもってお礼にいく、送ったりしたら後でいろいろいわれて大変なんだという。もって・・・てそうなの。そりゃ、それが正しいよ。でもものすごく大変だああ。「私がおばあちゃん乗せて、何日かまわらんとおわらんわね」とは、義妹の言葉。どひゃ、だ。知らなかった。私も一応自分が退院した後に特にお世話になった人のところにはいった記憶があるが・・・。母の場合、すごい数だよ。
ご苦労様です。
自分がいかに「新潟の世界とその事情」に疎くなっているのか思い知った。
故郷は遠くなりにけり。

深夜、教育実習で母校(中学)に行って姪と話した。
彼女は研究授業の細案づくりで苦しんでいる。
太閤検地と刀狩りのあたりを研究授業でするようだ。
考えさせる授業をするというので「なにを考えさせるの」ときいたら、農民が刀狩りに来た武士を相手に困った思案の顔をしているイラストも見せて「どうしてこんな顔をしているのか」
「はあ、それって小学生じゃんよ、たとえば、この資料の文で升の大きさを統一したってこと一つ考えさせても、秀吉の考えていたやねらっていたことってわかるんじゃないの、ちょっと、その吹き出し埋めじゃ幼稚だよ」
「でも、そんなに考える授業ってしてないんだよ、だからこのくらいがせいぜいだよ」
「スヨシ(姪の母校で、わたしの母校)って賢い中学だったんだけど」
「今はそうでもないよ、ちょっと荒れている感じだよ、私とか実習背には協力してくれるけど、先生だと、センセーわかんな〜いとか平気で授業中にいうもん」
「資料集をクラスの半分忘れて、使って授業とかできないんだよ、となりから借りてこいよって思うよ、だから、研究授業、資料使うのやめたんだ」
「教科書とか資料を見てやってもいい、すごく簡単な穴埋め5問、私は5分でできると思ったのにさ、10分かかるんだよ」
「今の資料集ってすごいよ、全部ふりがなつきだよ」
と、姪はぐちりまくり。
「それは、簡単、難しいの問題ではなくて、いうこときいてやってやるかというところまでテンションがあがるまで5分、やるのに5分、そう考えないと・・・5分でテンション上がれがいいほうだね」
と私。
「外国では、学校に行けるというだけで目を輝かす子がいる、教科書が無償だったら行けるのに、と思っている子もいるのに・・ねえ、この国はやっぱり早晩ほろびるのかねえ」
これも私。

姪の用意した資料には、升、なで切り、かすがい・・など、説明なしでは今の中学生には理解しがたい単語があるよ、と彼女に助言した。

半袖を着てきた私だったが、新潟は大雨、寒い。

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本日は、アラスカ日記、お休みです。


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