おひさまの日記
日記インデックス|前の日の日記を読む|次の日の日記を読む
2011年07月20日(水) |
あの池のカエルのように |
人って、 人にやさしくできないと、 すっごく悲しんだなぁ、って、 思った。
たとえば、 自分が誰かにイラついて、 キツイこと言ったり、 攻撃したとする。
そこに怒りという感情があるからこその、 行為なわけだけど、 つまり、自分の思い通りに振る舞うんだけど、
それなにの、悲しい。 言いたいから言う、 責めたいから責める、 それなのに。
自分の思い通りにしたら、 すっきりしそうなものなのに、 全然すっきりしない(←経験者)。
心の中に、行き場のない、 不快な重い鈍いイヤな感覚が残る。
それをまた相手にぶつけたりして。
怒りたいから怒ってるのに、 悲しくなって、 ひとりこっそり、 泣いちゃうことがある。
そんな時思う。 本当はやさしくしたいんだ、 本当はこんなことしたくないんだ、 って。
逆に、誰かにやさしくできた時、 自分まですごーくあったかくてうれしくなる。 喜んでいる相手の笑顔を見て、 泣きそうなくらい幸せな気持ちになる。
そして、思う。 人って、つくづく、愛なんだなぁ、って。
人は自分本来の姿でいる時、 イキイキと輝いて、 喜びに満ちて、楽しくて、 とっても幸せ。
けれど、自分本来の姿から、 離れてしまうと、 苦しくて、悲しくて、 重たい気持ちになってしまう。
だから、愛から離れた生き方をしていると、 空しくて、悲しくて、苦しい気持ちになる。 他の何が満たされていても、 心が満たされない。
自分が望むこと以外のことをしていると、 とっても苦しくなるのも同じだよね。
人は自分でない時、 いちばん苦しいんだ。
昔、こんな童話があった。 あんまり小さかったから、 タイトルとか覚えてないんだけど。
ひとりの美しいお姫様がいて、 悪い魔法使いに魔法をかけられてしまう。
昼は美しい姫の姿が、 夜になると醜いカエルになる。
そして、心が容姿と逆転する。
美しい姫の時は、 人を傷つけ、なじり、 意地悪をする。
カエルの時は、 人をいたわり、愛し、 昼間自分が傷つけた人を思って、 涙する。
夜にカエルになったお姫様のシーンが、 子供心ながらにすごく印象的だった。
私は、 あんなひどいことを人々にしたくないのに、 魔法で昼間は別人のようになってしまう。 みんなにやさしくしたいのに、 それがかなわない、
確か、そんな感じのことを言って、 池で泣くんです。 悲しくて、悲しくて、ぽろぽろ涙を流して。
人にやさしくできなかった時、 いつもその童話を思い出す。
大切にしたい人を、 傷つけてしまったり、 苦しめてしまった時、 泣いていたカエルを思い出す。
人の心の中には、 そのお姫様のように、 葛藤する部分があると思う。
そしてね、 いちばんやさしくしてほしいのは 人を傷つけたり、攻撃したりする、 暴れん坊の自分なんだよね。
だから、悔いる自分もいながらでもいい、 暴れん坊の自分にやさしくしてみる。
自分が自分に。
葛藤するってのは、 まあ、よくないイメージがあるけど、 葛藤して、あっちの自分と、 こっちの自分がいるからこそ、 片方が片方をケアできるって考え方もある。
自分が自分の味方になる。
したことが、 正しい、正しくないは、置いておいて、 まず、暴れん坊を心で抱きしめる。
そうすると、 不思議と泣けてきちゃう。 武装していた怒りが溶けて、 その下の、 悲しいさんとさびしいさんが出てきて、 涙が流れる。
本当は、誰よりも自分を責めている、 そんな悲しいさんとさびしいさん。
そんな自分にうんとやさしくすると、 周りの人にもやさしくなれる。
だから、自分に。 まず、自分に、ハグハグ。 心を、ハグハグ。
みんな本当はとってもやさしい。
**********
メルマガやってます。 ココロのサプリ、読んでみるみる? おひさまの「今日のひとこと」
ケータイの方はこちらから♪
**********
|