おひさまの日記
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2004年12月18日(土) だ・ら・りの法則

ある人からいい話を聞いた。
「だ・ら・りの法則」だ。

「だ・ら・りの法則」は、
『「ムダ」「ムラ」「ムリ」がある時はそれをしない』
とういものだ。
それぞれの語尾をくっつけると「だ・ら・り」ね。
有名な話なんだそうだけど、私は知らなかった。

なんかをしようとする時、
「ムダ」「ムラ」「ムリ」があるのにやってしまうと、
それは、うまくいかない、続かない、
だから、どこかにほんの少しでも、
「ムダ」「ムラ」「ムリ」のどれかひとつでもある時はそれをしない、
そんな法則。

うーん、納得。
本当だ、本当にその通りだ。

私にとってはものすごくタイムリーに聞けた話だった。

なんせ、私が揺れていたのは、
「やったらすごくいいし、やった方がいいんだけど、
 今自分がやるには負担が大きいから、今それはしない」
という選択だったからだ。
「ちょっと無理してでもやっちゃった方がいいんじゃない?」
みたいな自分への疑問もあったのだけど、
その「だ・ら・りの法則」の話を聞いて、
自分の選択は、今の時点の自分にとってはベストで、
決して間違ったものじゃなかったと確信が持てた。

ムダなことをしない、ムラがあることしない、ムリをしない、
それを実行すると、確かに「だ・ら・り」になる。
だらぁ〜ん、って。
でも、怠けるだらぁ〜んじゃないのね。
ゆとりのだらぁ〜ん、余裕を持つためのだらぁ〜ん。
あれこれセカセカすることがなくなるもの。
そして、それは自分を信じる作業でもあると思ったよ。

人は、
前に進みたい、うまくいきたい、成功したい、お金を稼ぎたい、
愛されたい、受け入れられたい、認められたい、
そんなことのために、時に無意識にでも必死になる生き物。

そして、その必死さ故に、
自分の大切なもの、つまり本来の自分、ありのままの自分、
それをなおざりにしてしまうことが多々ある。

その「なおざり」を漢字で書くと「等閑」だ。
「閑に等しい」と書く。
漢字って面白い。
「閑」とは「閑古鳥(かんこどり)」という言葉にも使われるように、
がら〜んとしてなにもないことみたいな、無みたいな、そんなニュアンス。それに等しいのだから、
自分の大切なもの、つまり本来の自分、ありのままの自分が、
「閑に等しい=無きに等しい」ことになってしまうってことだね。

「ムダ」「ムラ」「ムリ」をしていると「等閑」になっちゃうのね。

と、話はまた脱線しちゃったのだけど。

「ムダ」なことをするのは、焦点が定まっていないから。
焦りもあるからだろうし、また、あがくことも時に「ムリ」だよね。

「ムラ」になるのは、自分の本意での行為ではないから。
本当に望むこと、したいことなら、
あれこれ考えずとも人は十分衝動で動けるし力も発揮できる。

「ムリ」をするのは、
自分以上のことや、自分の意志以外のことをしようとする時。
自分以上のことを続けていたらいつか力尽きて倒れてしまう。
イヤになってしまう。

そんなふうに解釈した。

私は「だ・ら・りの法則」の話を聞いて、
改めて常に今の自分自身に忠実であろうと心に誓った。
一歩間違うと、それを怠惰になるための口実にも使えるので、
そうではなく、自分を信頼して成長するために、
「だ・ら・り」としていたいと思うのだった。


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