今日のじぶんにっき。
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2004年05月29日(土)  イライラの芽

イライラする。

彼の最期は病院だった。
だから私は病院がキライだ。苦手だ。
まだ、記憶が蘇るから、病院にはなるべく近付きたくない。
救急車のサイレンをきくと足がすくむ。
耳をふさぎたくなる。地面に蹲りそうになる。
病院の近くを通るだけで 涙がでるのも事実で、
そういう私の心を察してくれる人はいない。

病院にいってきた。

足元がふるえた。

気持ちが悪くなった。

彼がタンカではこばれる映像が私だけに
みえるスクリーンにうつしだされた。

会話でもそうだ、

「あの時の(あなたの)気持ちと同じだよ」と、言う人がいる。
でも、その人のまわりには「死」のにおいはない。
比べるものじゃない。
例えられるものじゃない。
想像でいわないで欲しい。
あの時の記憶を蘇えさせないで欲しい。
私の中から目覚めさせないでほしい。
せっかく引き出しの奥に静かに眠らせていたモノを・・・

「死」なんだよ。

彼は死んでしまったんだよ。
私の人生で肉親より大切だと思えた唯一の他人、
彼はいないんだよ。
写真では笑っているんだよ。

少し心の振り幅が違うだけで
私は自分が気がくるいそうになるのが わかる。

ほんとうは叫びたい。

親ですら 私の悲しみは想像できないだろう。
親にすら その無神経さにイラついてしまう。
腫ものにさわるように接して欲しいわけじゃない。
ただ、悲しみを比べたり、例えられたりするのが
がまんならない。

「死」の悲しみなんて 誰も触れる事ができないんだ。

「死」をうけとったわけでもないのに
「死」をわかったように語らないで欲しいよ、まったく。

イライラの芽は自分で引っこ抜くしか 方法はないの。
この週末は誰にも会わないで、誰とも会話しないで すごそう。


siro usasa |MAIL

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