僕の、場所。
今日の僕は誰だろう。
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マスターが持ってきたのは、木でできた箱だった。平べったく、厚みはさほどない。表面の木目細工は古ぼけているが、いやその分よけいに芸術性が増すような、そんな不思議なモザイク模様をしていた。 それをじっと見つめたまま口を開かないカヤにそっと微笑んでからマスターに向き直る。 「これ、何が入っているのですか?」 「さあなぁ。開けてみなされ、ヤスハラ君」 鍵穴は…ない。ただし薄い側面に小さな蝶番があるので、その反対側をそっと持ち上げる。ちょっとした抵抗を無視して、軽く力を入れる。CDのケースを開くように、ぱかっと現れたのは予想通り……。 「ノート…? と…小匣」 マスターも興味深そうに覗き込む。カヤは言う間でもない。息を飲むのが空気で分かった。 「ノートと箱ですね」 僕は手が震えるのをこらえながらコーヒーを飲む。動揺するのはカヤの役、そして僕は落ち着いている役。わきまえて然るべきだった。 「マスター、ありがとうございました。コーヒー飲んだら僕ら行きますね」 「そうかい」 「えぇ…」 「あの…、マスターさん」 カヤが、小さな声で呟く。 「私からもお礼を言います。ありがとうございました」 そう言って、深く頭を下げた。そっと流れた髪にマスターの年季の入った指が触れ、ぽんぽんと撫でた。 「探し物、見つかるといいの…お嬢さん」 「…はいっ」
馴染みのコーヒー店を後にして、僕は木箱を片手に再び外へ出た。やはり空気は冷たく、肌をさす。カヤが半歩遅れてついてくるので、少しだけスピードを落とす。昔の彼女を思い出しかけたが、僕の中の誰かがそれを阻止した。そして僕はそれに気付かないふりをする。 思い出すのなら昨夜だっていくらでもチャンスはあったはずだ。それを、こんなところで、何を。
「カヤ」 「なんですか?」 「見つかるといいな」 「はい…、そうですね」 「ん? どうしたカヤ」 眼鏡の奥の瞳が、なんだか揺らいでいる。 「あの、アキトさん…アキトさんは良いのですか?」 見つけたくないとキッパリ言い切った昨日。そして順調に進みつつある今日。しかし僕はそんな、確固とした主義主張など持ち合わせている男ではない。 「いいんだよ。今までだって、こうして流れてきたようなもんだよ。それも可愛い女の子に流されるのも悪くない」 「…っアキトさん、何を言ってるんですか!」 あー、かわいいなぁ。なんて思うけれど、どっちかというとこれは子犬子猫を可愛がる心境に近いようだ。 「だからな、カヤ。さっさと行くぞ」 さりげなくカヤの細く白い手首を掴んでみる。 「どこへですか?」 カヤが嫌がる気配はない。続行だ。 「鍵があるんだから、次のターゲットは箱か扉。この箱じゃないなら、扉がどこかにある筈だろう」 「はい。それに、夢にも出てきました…よね」 「ああ」
やっぱり、そうなんだ。カヤと僕は同じ物を探す運命にあったんだ。僕は特に必要ともしていないし、知らなければそのまま暮らしていただろうけれど…。カヤはそうではない。なら、僕はそのカヤの助けになりたい。親切心ではなくて義務感だった。必死に探し物をする少女をみすみす放っておけるほど、僕は非情な人間ではないつもりだ。それで僕の未来が変わろうとも構わない。そもそも予定していた未来など、平凡な物だ。 だから。
「ちゃっちゃと見つけてしまおうぜ。寒いし。僕は構わない」 「ありがとうございます」
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