僕の、場所。
今日の僕は誰だろう。
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ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ っぴーっぴーっぴーっぴーっぴーっぴーっぴ 「……るせぇ」 カチリと切ってやる。 流石に三段階変化を面白がる余裕なんて無い。だからこそ選んだ時計だが。 しかし冬の朝は、もう9時とはいえ朝は、寒いのだ。再び寝ようとする。 「んん…朝ですかぁ…?」 「…」 女の子の小さな声が、僕を一気に覚醒させた。 そうだ。カヤが居たんだ。僕の、部屋に、カヤが。 布団から頭だけ出して、炬燵布団の膨らみに目を遣る。制服の腕が伸びて、テーブルの上の眼鏡を手探りで掴み、そしてまた腕が消えた。 「………おはよう、カヤ」 冬の朝特有の不機嫌さを押し殺して、できるだけ穏やかに言ってみた。まだ眠そうな朝の挨拶が返って来る。 「…アキトさん、今、何時ですか?」 「9時だよ。今コタツつけるな…」
朝食は何も無かった。食材が無かったのだ。僕が午前中に起きている確率は極めて低く、基本的に朝は食べないのだ。 いっそのこと、という訳で朝食も兼ねて外へ出る事にする。ファーストフード店で午前9時半という中途半端な時刻の街を眺めながら、窓際の席でホットケーキを食べているカヤを僕は見ている。 セーラー服で平日の昼間に連れ歩くわけには行かず、彼女はセーラー服のスカートの上には僕のTシャツとカッターシャツを着、ジャンパーを羽織った。同じ服なのに、僕が着た時とはどうしてこうも印象が変わるのだろうか。セーラーとは別の可愛さがにじみ出ている。 そのカヤが、ふと気付いたようにフォークを止めた。 「あ、アキトさん」 コーヒーカップを傾けながら、目だけで促す。 「昨日はありがとうございました」 「んー、何もしてないよ」 朝食を食べて僕は機嫌が良くなりつつあった。ここのコーヒーは、まぁ、不味くない。 「いえ、だからです」 「え? …………………あ、ああ。なるほどなぁ」 「はい」 「まぁ…そりゃ…なぁ…」 こっちが照れてしまった。
カヤを横に、見知った町並みを歩く。引っ越して以来、気分の良い暇なときに足を運ぶ、僕のお気に入りの通りへ向う。 そこは何故か懐かしさの漂う通りで、木造の駄菓子屋や古本屋や怪しげな雑貨屋、かと思えばビーフシチューのめちゃくちゃ美味しい洋食屋がひっそり建っていたりする。 そこで馴染みになったコーヒー屋のマスターは旅行家で、時々思い出したように語ってくれるヨーロッパの国々の話が僕は好きだった。 「おやヤスハラ君。彼女かい? それとも、妹さんかい?」 「違いますよマスター…。アメリカンとカフェオレ頼みます」 カヤは何も言わずにぺこりと頭を下げた。僕らは奥の席を選んだ。 「…私はアキトさんの何なんでしょうね? お友達ですか?」 席についてからしばらくして、カヤは悪戯っぽく笑った。僕は返事に困る。 「じゃあ、僕はカヤの何だろう? お友達かな?」 「うーん………。分かりませんね」 「僕もだ。さて」 ファーストフード屋のものとは比べ物にならない絶品のコーヒーとカフェオレが運ばれて来たので、僕は一旦言葉を切った。サービスだよと言い、マスターはカヤの前にマシュマロを載せた皿を置いた。ありがとうございます、と微笑むカヤの澄んだ声はやはり可愛いと思う。 「さて、お昼はお薦めの洋食屋を紹介するとして……」 「アキトさん」 「分かってるよ。でもな、あと二時間やそこらで見つかるようなもんじゃないだろ」 「…そうですね…。あ、あの…実は私、昨日ヘンな夢を見たんです」 ふぅ、とため息をついてカヤはカップを手に取った。 「もしかして、それって………空を飛ぶ夢か?」 「…アキトさんもですか!」 頷く。 「はぁ……そうですか…。やっぱり先にアキトさんを探して正解だったんですね」 「みたいだな」 僕とカヤが出会ったことで、次のステップに進む条件が揃ったようだ。これから、色んな事が、変わってしまう。僕のこの先も。 「あ、美味しい…」 カフェオレを飲んだカヤが呟くと、マスターが椅子を持って僕たちのテーブルの横に座った。 「嬉しいねぇ。ありがとう、お嬢さん」 「あ、マスター」 「お邪魔して宜しいかな? それともデートの邪魔ですかな?」 「いえ、どうぞ。彼女に何か面白い話はありませんか」 もしかしたら、と僕は思った。カヤも気付いたようだ。 「そうだねぇ……」 眼鏡の奥で、マスターの目が細まった。何かを思い出そうとするとき特有の顔。 僕らのほかには客の居ないコーヒー店は、静かに静かに80年代の音楽が流れる。 「二十…二十五年くらい前だろうかねぇ…。この店に風変わりなお爺さんが来てね…」 マスターは、彼独特のゆったりとしたスピードで物語る。 探し物をしている2人組みがこの店を訪ねたら、是非彼らに渡してもらいたいと言って、そのお爺さんは小さな箱をマスターに預けていったと。 「面白いですね」 僕は微笑む。 「探し物をしている2人組みって、どうやって分かるんですか?」 身を乗り出して聞くカヤに、マスターは人差し指を一本だけ立てて軽く左右に振った。 「『一人は顔なじみ、一人は余所者。その2人を見て、貴方は私の話を思い出す』…だそうだよ。お嬢さん」 「…………」 「…マスター」 「何かな? ヤスハラ君」 できるだけ緊張を隠して、僕は切り出す。 「その箱、僕らに譲ってもらえませんか」
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