| 私の大切な人たちへ。 |
友人のお父さんの訃報を聞いて、お通夜へ行った。その亡くなった方との面識はなく、顔も名前も知らなかったので、あまり悲しいとかそういう感情は湧かなかった。「悲しいけど、でも知らない人の事だから…」と少なからず思ってしまう。冷たいと思われるかもしれないけど、多分これは仕方のない事だと思う。
だけど、私はお通夜に行くと、どの方のお通夜であろうとたいがい泣きそうになる。もちろん嘘泣きではない。父親を亡くした、残された家族を見ると泣きそうになる。父親が亡くなって、きっとこんなところで椅子に座って、知ってる人、知らない人、私のように亡くなった方の生前を知らず、その死をあまり悲しんでいない人なんかに泣くのをこらえて挨拶なんてしていたくないだろう。
大事な人を亡くした友人を見ているのが本当に辛い。直視すると、こっちが泣きそうになる。あっちは、泣きたいのをこらえて、お通夜に来た人たちに挨拶している。その姿を見るのが辛い。だから、今日、その友達の顔は見られなかった。多分、見たら泣いたと思う。彼女の後姿を見ただけで目頭が熱くなった私に、今の彼女を正面から見る事なんて出来るはずがない。
高校の時、やはりお父さんを亡くした友人がいて、私は彼女に泣かされそうになった。その子はとっても強い子で、私や他の友人がその子のお父さんのお通夜に行くと、笑顔で私たちを迎えてくれた。目は、腫れてるのに、それでも笑顔。少しでもお父さんの近くにいたかっただろうに、わざわざ私たちのそばまで挨拶に来て、「お父さんもたくさんの人に送ってもらった方が喜ぶから」と言った。小さな弟のいる子だったから、「まだ父の死をよく理解できていない弟の前では泣かないんだ」と言った。
多分、彼女の言葉を聞いて以降だろう、大事な人を亡くした人の気持ちを考えるようになったのは。考えるだけで悲しくて悲しくて仕方なくなる。それまでは、そんな事は全然考えてなかった。ただ、お通夜に行って、お焼香して、それで終わりだったのに。
そして、お通夜に行くたびに必ず思うことは、自分の家族、大事な人に、ずっと元気でいて欲しい。ただそれだけ。心から本当にそう思う。
こんな文章を打ちながら、既に目頭熱くしてる私は、意外と涙もろいのかもしれない…。
PS;タイトルがクサイとか言わないで…。
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2003年09月03日(水)
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