抱き合うのが恥ずかしかった。
馴染まない身体。素直に反応出来ない。 記憶の中のmasayaと、今目の前にいるmasayaが別人だという認識がとても大きかった。
相変らず、彼は飄々としていて、 相変らずなところもたくさんあって、 でも小さな違いはそれよりももっとたくさんみつかって、あたしは途方に暮れる。
身体に残った記憶は、徐々に呼び覚まされる。 ああ、この感じだ…。
激しく貫かれて、掻き回されて、突かれて、快感で頭がまっ白になる。 そして、たくさんの違和感も同時に身体に刻み込まれる。 流れ出す体液とともに、あたしの思いも流れてしまうんだろうか…。
彼はどんな思いであたしを抱くのだろう。 何を考えてあたしを抱いたんだろう。 そんなことをぼんやりと思う。
「ねぇ。名古屋は3度目だね。」
「そうだねぇ。」
「たぶんそうだよ。最初は…まだあたしが結婚してた。」
「そんなこともあったね。」
「6年だね。masaya君、26歳だった。もう31歳だもんね。」
「32歳だよ。」
「そっか。32歳になったか。」
あたしはもうすぐ41歳になる。 35歳で知り合ったんだっけ?もう忘れた。
ねぇ。すぐに眠るのはあいかわらずだね。 腕枕をしながら、あたしは彼に言う。
「~*Yuuちゃんが眠るまで起きておいてやろうとか思わないの?愛がないなぁ。」
「たとえ思ってるとしても、お布団に入るとそんなことは無理なんだよ。」
「じゃぁそこに立ってみといてよ。」
「どっちにしろ、私が先に寝ることには変わりがないんだよ。」
14針のあたしの知らない傷痕は赤紫のケロイドになっていた。 身体の線はあたしの知ってる人とは別人みたいだった。 細い腕。細い手首。知らない人…なのかもしれない…。
知ってる人と知らない人が混在している。 あたしは少し混乱していた。会話をしていても不思議な感覚だった。 確かに、彼と過ごした日々のことなのに、目の前の人は第三者のように見える。
あたしは誰? あなたは誰?
睡眠導入剤を飲むと、意識が遠くなった。
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午前9時に目覚める。 午前10時チェックアウト。
たぶん、早くに帰るんだろう。 引き止める事も出来ないし、引き止めるつもりもない。
名古屋駅でコーヒーを飲んで、 あたしはたぶん、最後になるであろう彼の画像を携帯で撮った。 静止画になったら、余計に違う人みたい。
あたしの知ってる人と、あたしの知らない人が混在している。
お昼御飯を食べて、どうするのと訊くと、彼は即答した。
「そろそろ撤収するよ。」
「そだね。明日も仕事だもんね。」
駅まで送るよ。いいよ、戻るの面倒だろ。だってあたし時間あるもの。そうか。
新幹線の時刻表を見上げて、彼が言う。
「テキトーに帰りますわ。」
「うん。」
歩き出そうとする彼にあたしは言う。
「masaya君。あのね、元気に生活してください。」
「はい。てきとうに元気にしておきます。」
「また、メール頂戴ね。」
「はい。また。」
歩き出す後ろ姿を見送る。 以前より小さくなった背中を見乍ら、不思議な感覚に襲われていた。 泣くかと思ってたのに。 号泣するかと思ってたのに。
泣かない自分が不思議だった。 泣けない自分が少し嫌だった。 あたしは…記憶の中のmasayaが好きなんだ…。 そのことにはもう…気付いていた。
初めてティーラウンジで会ったとき。 車の中で抱きしめられたとき。 青い部屋に初めていったとき。 神戸までむかえに来てくれたとき。 引っ越しのときに、近くまで来てくれたとき。 離れてからはじめて大阪であったとき。 名古屋で手羽先を食べたとき。 温泉にふたりでいったとき。 横浜でスペアリブを食べたとき。 東京タワーにのぼったとき。
映像は途切れなくあたしの頭の中に流れる。 記憶はとめどなく数珠つなぎのように溢れて来る。 あたしはいつも飄々として冷静な彼が好きだった。 何を訊いても的確に答えてくれて、迷うと道を指し示してくれて それを頼りに、あたしは必死で生きていた。
1年10ヶ月。 連絡も取れずに、逢う事も出来ずに、彼のアドバイスもなしにあたしは生活していた。
もう、大丈夫。
masaya君。
支えてるつもりはなかっただろうけど、支えてくれてありがとう。 あなたに勇気をもらった。 あなたに正してもらった。 あなたに笑顔をもらった。
あたしがもっと若かったらと何度も考えた。 あたしがもっと綺麗だったらと何度も考えた。 あたしがもっと魅力的だったらと何とも考えた。 あたしがもっと…もっと…。
以前より小さくなった背中を見ながら、あたしは思う。
「バイバイも言えなかったよ。」
masayaのことはたぶん、忘れないんだと思う。 忘れるんだろうか?記憶は薄れるんだろうか? 出来損ないのあたしの脳味噌のことだから、きっといつもバッググラウンドで再生し続けるんだろう。
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一通のメールから始まった。
「こんにちわ。masayaといいます。 メッセージ見ました。」
いま、まだ、鮮明なあなたの記憶。 記憶の中のmasayaは、まだ青い部屋で微笑んでいる。 微笑み返して、あたしは
歩き出す。
=青い部屋=
Fin
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