優しい=青い部屋=あたしとmasayaの日々。

2007年09月16日(日) 過去。

抱き合うのが恥ずかしかった。

馴染まない身体。素直に反応出来ない。
記憶の中のmasayaと、今目の前にいるmasayaが別人だという認識がとても大きかった。

相変らず、彼は飄々としていて、
相変らずなところもたくさんあって、
でも小さな違いはそれよりももっとたくさんみつかって、あたしは途方に暮れる。


身体に残った記憶は、徐々に呼び覚まされる。
ああ、この感じだ…。

激しく貫かれて、掻き回されて、突かれて、快感で頭がまっ白になる。
そして、たくさんの違和感も同時に身体に刻み込まれる。
流れ出す体液とともに、あたしの思いも流れてしまうんだろうか…。




彼はどんな思いであたしを抱くのだろう。
何を考えてあたしを抱いたんだろう。
そんなことをぼんやりと思う。



「ねぇ。名古屋は3度目だね。」

「そうだねぇ。」

「たぶんそうだよ。最初は…まだあたしが結婚してた。」

「そんなこともあったね。」

「6年だね。masaya君、26歳だった。もう31歳だもんね。」

「32歳だよ。」

「そっか。32歳になったか。」


あたしはもうすぐ41歳になる。
35歳で知り合ったんだっけ?もう忘れた。


ねぇ。すぐに眠るのはあいかわらずだね。
腕枕をしながら、あたしは彼に言う。

「~*Yuuちゃんが眠るまで起きておいてやろうとか思わないの?愛がないなぁ。」

「たとえ思ってるとしても、お布団に入るとそんなことは無理なんだよ。」

「じゃぁそこに立ってみといてよ。」

「どっちにしろ、私が先に寝ることには変わりがないんだよ。」



14針のあたしの知らない傷痕は赤紫のケロイドになっていた。
身体の線はあたしの知ってる人とは別人みたいだった。
細い腕。細い手首。知らない人…なのかもしれない…。



知ってる人と知らない人が混在している。
あたしは少し混乱していた。会話をしていても不思議な感覚だった。
確かに、彼と過ごした日々のことなのに、目の前の人は第三者のように見える。

あたしは誰?
あなたは誰?

睡眠導入剤を飲むと、意識が遠くなった。



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午前9時に目覚める。
午前10時チェックアウト。


たぶん、早くに帰るんだろう。
引き止める事も出来ないし、引き止めるつもりもない。




名古屋駅でコーヒーを飲んで、
あたしはたぶん、最後になるであろう彼の画像を携帯で撮った。
静止画になったら、余計に違う人みたい。


あたしの知ってる人と、あたしの知らない人が混在している。


お昼御飯を食べて、どうするのと訊くと、彼は即答した。


「そろそろ撤収するよ。」

「そだね。明日も仕事だもんね。」



駅まで送るよ。いいよ、戻るの面倒だろ。だってあたし時間あるもの。そうか。



新幹線の時刻表を見上げて、彼が言う。

「テキトーに帰りますわ。」

「うん。」



歩き出そうとする彼にあたしは言う。


「masaya君。あのね、元気に生活してください。」

「はい。てきとうに元気にしておきます。」

「また、メール頂戴ね。」

「はい。また。」




歩き出す後ろ姿を見送る。
以前より小さくなった背中を見乍ら、不思議な感覚に襲われていた。
泣くかと思ってたのに。
号泣するかと思ってたのに。

泣かない自分が不思議だった。
泣けない自分が少し嫌だった。
あたしは…記憶の中のmasayaが好きなんだ…。
そのことにはもう…気付いていた。



初めてティーラウンジで会ったとき。
車の中で抱きしめられたとき。
青い部屋に初めていったとき。
神戸までむかえに来てくれたとき。
引っ越しのときに、近くまで来てくれたとき。
離れてからはじめて大阪であったとき。
名古屋で手羽先を食べたとき。
温泉にふたりでいったとき。
横浜でスペアリブを食べたとき。
東京タワーにのぼったとき。



映像は途切れなくあたしの頭の中に流れる。
記憶はとめどなく数珠つなぎのように溢れて来る。
あたしはいつも飄々として冷静な彼が好きだった。
何を訊いても的確に答えてくれて、迷うと道を指し示してくれて
それを頼りに、あたしは必死で生きていた。


1年10ヶ月。
連絡も取れずに、逢う事も出来ずに、彼のアドバイスもなしにあたしは生活していた。

もう、大丈夫。



masaya君。


支えてるつもりはなかっただろうけど、支えてくれてありがとう。
あなたに勇気をもらった。
あなたに正してもらった。
あなたに笑顔をもらった。


あたしがもっと若かったらと何度も考えた。
あたしがもっと綺麗だったらと何度も考えた。
あたしがもっと魅力的だったらと何とも考えた。
あたしがもっと…もっと…。



以前より小さくなった背中を見ながら、あたしは思う。


「バイバイも言えなかったよ。」




masayaのことはたぶん、忘れないんだと思う。
忘れるんだろうか?記憶は薄れるんだろうか?
出来損ないのあたしの脳味噌のことだから、きっといつもバッググラウンドで再生し続けるんだろう。


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一通のメールから始まった。


 「こんにちわ。masayaといいます。 メッセージ見ました。」




いま、まだ、鮮明なあなたの記憶。
記憶の中のmasayaは、まだ青い部屋で微笑んでいる。
微笑み返して、あたしは




歩き出す。




=青い部屋=

Fin








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~*Yuu
エンピツ