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■ 隅田川から東京湾をクルーズで、ドキドキ?←わけわからん
関東圏…東京という土地には、隅田川という川が流れている。江戸の時代から、要所としてしられる、その川は、21世紀を迎えた現代もその流れは昔とさまがわりしたとはいえ、とうとうと東京湾へと流れつづけている。 −−−その、隅田川を望む浅草、吾妻橋の袂から「水上バス」が運行しているのを、皆様ご存知だろうか? 古今東西、老いも若きも、外国人も、その土地に色濃く残る「日本情緒」を求めてやってくる浅草は浅草寺の門前…雷門を背にして左手へ少し歩けば、すぐ目の前の空に燦然と輝く金色の……………「ほにゃらら」←自主規制(笑) ガイドでは炎とか云われ、人は魂だのゴジラのう●こだの、金のうん●だのと好き勝手読んでいる、サントリーのビヤホールを有するビルをめざしつつ、吾妻橋の袂左手の乗り場から500人近くのれる水上バスが運行し、多くの観光客を喜ばせている。−−−そして、本日…我輩は『初!水上バス乗船』を体験したのである。
先週、浅草寺や浅草観音を賑わせた「三社祭」に顔をだしたばかりだというのに、その祭に行けなかった1名、行ったが首が回らなかったもの1名が「リベンジ〜ィ!」と叫んだのが、そもそもの発端。 昼過ぎに浅草雷門前で待ち合わせ、まずは浅草寺の仲見世を冷やかし、揚げ饅頭をゲット揚げたては美味しいねぇvvといいつつ、水分補給に自販機で水やらお茶やらをゲットした後、お寺をお参りして、その後同じ仲見世をとおり、焼きたて脳素焼きせんべいを食べ、きびだんごやで冷し抹茶をのみノドを潤すと、一路左手…金の●んこを目指して歩き、水上バスの乗り場から舟に乗り込んだ。 −−−本日のコースは浅草浅草寺で揚げ饅頭を食べ、手焼きせんべいを食べ、水上バスで浜離宮へ行き、散策後、日の出橋から葛西臨海園、そして舞浜へ移動後、地ビールを飲む!というのが計画であった。
そして、感想は……もう一度乗りたいカモ。 ナニが楽しいかといえば、ただたんになんだか「のんびり」できるのが良いのである。舟図云うのはふしぎなもので、揺れがイイ幹事だとどうもマッタリする気がするのである。−−−そして、なんだかもう一度乗りたい〜というのは、集中してアナウンスを聞いていなかった為、色々聞き逃しているのが悔しい!というのも気持ちの中に燻っているからだろう。 とにかく。 じかんは掛かるが其れなりに楽しい水上バス。 浜離宮は花が終わってしまっていて、いまはサツキ位しか咲いていない色取りの寂しい庭園は、芝を刈る青臭い匂いとか、300年生きてる松とか、お茶屋で抹茶と御菓子をゲットしたり…それなりに楽しかった。 −−−その後、ギリギリで日の出橋乗り換えで葛西臨海公園経由、舞浜「地ビールがのみたい!」という心の叫びとともに我輩たちは夕方向かった。 乗り物酔いキングには日の出橋からの葛西臨海公園行きは、東京湾が穏やかだったのでまだOKだったが、それでもやぱり三半規管が惰弱で、上手に説明できないのだが…とにかく、其れほど申告な乗り物酔いにはならなかったので、色々見たいかた。乗った事がないかた、遠方より浅草へ遊びにこられた方。−−どうぞ、1度クライは乗って見るのも話の種にイイかもvvであるので、ぜひつかってみてみてv
とにかく、舞浜の地ビールは季節限定ビールがなくて残念だった(がくり) −−−以上、とにかく今日はこれまで。
<今日は何の日?>
老中・松平定信による寛政異学の禁(1790年) 日本最初の盲唖学校、訓盲唖院が開校(1878年) 12歳以上の男女混浴禁止の内務省令発令(1900年) 日本初のゴルフ場がオープン(1903年) 日本商工会議所が創立(1928年) 売春防止法が公布(1956年) チリ地震の津波で三陸地方4万戸以上に被害(1960年)
★日本初のゴルフ場がオープン
……1903年5月24日。日本初のゴルフ場といわれる「神戸ゴルフ倶楽部」が兵庫県の六甲山にオープンした。 設立の中心になったのは六甲山頂に住んでいたイギリス人アーサー・グルームで、発会式には兵庫県知事の服部一三、イギリス総領事ホールらが招かれた。 始球式を行った服部知事のドライバーは一間(1・8m)も飛ばなかったという。
ちなみにゴルフの起原については、スコットランド発祥説、オランダ発祥説などがあるが定かではない。1608年に創設されたロイヤル・ブラックヒースが世界最初のゴルフクラブといわれ、その前後にスポーツとしての形態が整えられたものらしい。 また現在、日本には約2000か所のゴルフ場があるが、世界的に見ても異常なほど多く、森林伐採や大量の農薬散布などによる自然破壊、会員権詐欺などが問題になっている。
2003年05月24日(土)
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