月の輪通信 日々の想い
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2008年08月18日(月) 捕り物帖

8月17日付け日記より
続きのお話





ゲンの牛乳パックの一件の後、夕食の支度をしていたら、電話のベルが鳴った。
傍にいたアユコが取ってくれて、
「おかあさん、お兄ちゃんから・・・」と取り次いでくれた。

「あのな、かあさん、今な、僕、・・・捕まえてな、そんでな・・・」
受話器の向こうのオニイの声が遠い。
「何、何?よく聞こえない。何を捕まえたの?」
「あのな、だから、・・・捕まえてん。え?落ち着いて聴いてよ。あのな、ち・か・ん!」
「何?チカン?」
捕まえた?「捕まった」じゃなくて、よねぇ?(オニイ、ご免!)
「うん、そう。痴漢!それでな、今からな、警察へ行って、いろいろ話とか、して来なあかんねんて」
オニイの後で、何人か大人の話し声が聞こえた。
何のことだか、訳、わかんない。
「え?警察?・・・て、どこの?で、今、あんた、どこにおるの?」
「今な、駅の近く。・・・んじゃ、行って来るし。多分遅くなると思うけど、だいじょぶやから。」
「え?え?オニイ!オニイ!今から、どこ、行くって?」
返事を待つもむなしく、電話は切れた。

なに?なに?
どういうことよ?
どこで?
なんで、オニイが?
疑問符ばかりが、次々浮かぶ。
とりあえず、電話のオニイの声が妙に興奮して、めちゃくちゃテンションが高かったから、オニイ自身は大丈夫で怪我もしてないだろうことはわかったのだけれど。

しばらくして、再びオニイから電話。
枚方の警察署に着いたという。さっきの電話で母があんまり魂消ていたから、きっと事態を把握していないだろうと思って、警察官に頼んでかけさせてもらったのだという。途中、電話を替わった警官が
「警察署のほうへ息子さんにおいで願ってます。でも決して彼が何か悪いことをしたとかではありません。実は息子さんには悪質な痴漢逮捕にご協力いただきまして・・・」と事情を話してくれた。

下校途中のオニイが自転車で駅前に差し掛かったところ、「その人、痴漢よ!捕まえて!」と女の人の声がして、若い男が走ってきた。オニイは自転車でその男を追いかけ、袋小路に入ったところで男を取り押さえた。被害にあった女性が110番して、パトカーが着くまでのあいだ、近所の人と一緒にその男を抑えつけていたのだという。
どうやら、近隣で何度も犯行を重ねている手配犯だったらしい。
警察官によると、これから事情聴取やら現場検証やらで、まだまだ遅くなるという。
ひとまず納得。
「こりゃ、すごいね。」「晩御飯、もっと大御馳走にして乾杯せなあかんね。」と、大興奮のままオニイの帰りを待った。
・・・が、その連絡を最後に、8時になっても9時になってもオニイは帰ってこない。
「オニイ、何か、食べたかしらん?
夕方の時点でもう、腹ペコヘロへロだったはずなのに、この時間まで・・・」と冷め切った夕食も気になる。
「警察といえば、よく尋問の最中にカツ丼とか出てくるけどさ、捕まった人にはカツ丼は出ても、捕まえた人にはカツ丼は出ないんだろうね。」
とか、くだらない話をしながらオニイの帰りを待つ。

だいたい、なんでオニイが痴漢なんかを。
暴力とか取っ組み合いとかが大嫌い。華奢で小柄なオニイがいったいなんで?怖いとか、危ないとか思わなかったんだろうか。確かに頑なに見えるほど正義感が強かったりするところもあるけれど・・・。
状況がよく判らないだけに疑問は膨らむ。
取っ組み合いとかにはならなかったんだろうか。今時のことだから、もし相手の男が刃物とか持っていたらどうなっていただろう。
考えただけでもぞっとする。

心配になって迎えに行った父さんとオニイが家に帰ってきたのは、結局11時を過ぎた頃だった。
「腹減った〜ぁ。」と座り込むオニイには許されるならお疲れさんのビールの一杯でも注ぎたいところだが、とりあえず暖めなおした夕食を並べる。
警察署ではカツ丼はおろか、お茶の一杯も出なかったそうで(笑)
たっぷりの夕飯に、カップめんのデザートまで食べ終わって人心地ついたオニイに、家族皆から待ちかねていた質問の嵐。
まるでヒーローインタビューだ。
「とっさのことやから、怖いとか思う暇なかってん。取り押さえた後になって『コイツ、刃物でも持ってたら・・・』と怖くなったけど・・・」
「結構大人し目の痴漢(笑)やったんで、ほとんど取っ組み合いとかにはならなかったけど、もっと抵抗されてたらおさえてる自信はなかったかも。」
「パトカーにはじめて乗ったよ!小さいときの夢が叶ってしもうたな。」
まだ興奮の残るオニイは、普段よりずいぶんおしゃべりだ。
ここ数日、進路のことや何かで鬱陶しい顔でむっつりしていることの多かったオニイ。一気に雲が晴れたようないい顔をしてる。
とりあえず、怪我もなくてよかった。

まだまだ母にとっては、いちいちその体調を気にかけたり、帰りが遅いと心配したり、何かと気にかかる対象に過ぎないオニイだけれど。
一歩家を出れば、外目にはピンチのか弱き女性が「助けて!」と声をかけるに足るだけの「大人の男」の範疇に見えるのだなぁということが、新鮮な驚きだった。
そういえば、最初の電話だけでは状況が飲み込めず混乱しているだろう母を気遣って警察官に家へ連絡を取ってくれるよう自ら申し出たという対応も、いつものオニイにしては出来すぎる大人の対応だった。
また、事件の状況を得意げに家族に語りながらも被害にあった女性の名前だけは「それって、僕、喋っちゃってもいいのかな。」とすぐには明かそうとしなかったのも、意外な賢明さだった。
知らないうちに、オニイもだんだん大人の男になりつつあるのだなぁ。
なんだか、頼もしいような寂しいような。
母の思いは複雑である。




ひとしきり盛り上がったオニイの話の後で、にやにやと擦り寄ってきたゲン。
「お兄ちゃんのすごいお手柄話のおかげで、僕のイタズラの話は立ち消えになってくれて、有難いわ。」
はぁ。
ここにはまだまだ、大人の男には程遠いいたずら坊主が残ってた。
「なんの、なんの。お兄ちゃんのすっごい手柄話をするたびに『それに比べてこのアホな弟は・・・』と末代まで二つ一組で語ってやる。」
というわけで、大事件続発の一日の顛末。
2件一組で、日記に更新。




後記

どうやらオニイの捕まえた犯人は、余罪も沢山或る凶悪犯だったそうで、警察から感謝状何ぞをいただけるそうです。
やったね、オニイ!





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