月の輪通信 日々の想い
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アユコ、12歳の誕生日。 お誕生パーティーは、明後日、友達を呼んで「焼きそばパーティー」をやるというので、今日はうちで、アユコの好きなメニューの夕ご飯で祝うことにする。 「どんなご馳走しようか?」と聞いてみても、「オムライス。」 それも自分で作りたいという。 なんとまぁ、欲のないお誕生日。
一年生のころ、生卵をぽっかり割ることからはじめたアユコのお料理修行。 毎年夏休みの自由課題にはお料理を選んで、もうずいぶんとレパートリーも増えた。 朝ごはんの出し巻き卵は、フライ返しを使わずにお菜箸だけできれいな卵焼が焼けるし、付け合せのキャベツは几帳面な性格そのままに見事にそろった千切りができる。 仮に私が「しばらく実家に帰らせていただきます。」といっても、多分アユコがいれば一週間やそこらは食いつなぐことができるだろう。
アユコの大好きな「オムライス」 チキンライスも薄焼き卵も上手に作れるけれど、ご飯に卵をきれいにかけるのがとても難しくて、これまで何度も挫折したり、半べそをかいたりしてきたメニュー。 半熟の薄焼き卵の上にチキンライスを盛り、その上からお皿を伏せてフライパンごとくるりと裏返す。アユコの細腕には、鉄製の大きなフライパンは重しぎるし、逆手で持ったフライパンを「せーの!」とひっくり返すのにはチョットした気合がいる。 何度も何度も小さな火傷をこしらえて、最近になってようやく上手にフライパンが返せるようになった。 コンロの熱で蒸し暑い台所で、アユコと二人で6人前のオムライスを作る。いつの間にか二人の間に、卵を割ったり、お皿を用意したりする細かな分業が出来上がって、次々と手際よくオムライスが出来上がる。 もう、母が娘に手順を教えるのではなくて、それぞれが補い合って分業する共同作業の形になってきているのだなぁ。 「さあ、出来上がり!あっつい間にたべようよ。」 得意げに笑うアユコの表情は確かにぐっとお姉さんになった。
そういえば今年、アユコは久しぶりに浴衣を着た。 幼稚園の夏祭り以来だから、すでに5,6年ぶりか。 春に実家へ行ったときに、私が中学生くらいで着ていた紺地の浴衣と黄色い結び帯を持ち帰っていたのだが、それがちょうどジャストサイズになっていたようだ。 ふわふわのナイロンの兵児帯のアプコと違って、ワンタッチの結び帯とはいえ、大人とおんなじ半幅帯を締めると急に大人びて見えるアユコ。 赤い鼻緒の塗り下駄を履いて、浴衣のすそを気にしながらはにかむ仕草は、少女から若いお嬢さんの年齢に差し掛かりつつある初々しい表情。 かわいいなぁと思う。 娘の浴衣姿に嬉しくなってしまった父さんは、忙しい仕事の合間を縫ってアユコを祇園祭の宵宵山へつれて出かけた。 「アユコの誕生日は、京都の祇園祭の日。」 小さいときから、京都人であるおばあちゃんに何度も教えられて育ったアユコ。 父に連れられ、着慣れぬ浴衣を着て歩く祇園祭の人波は、どんな印象を残したのだろう。 妙に興奮した顔で電車から降りてくる父と娘を、車で迎えに出る。 なんかいいなぁとほっと嬉しくなる。
花開く前の青くて硬い花のつぼみ。 白い花が咲くのか、赤い花が咲くのか、 その片鱗さえも見えないけれど、 確かにその中に美しい開花の時を秘めている。 娘を育てる嬉しさは、 花を待つ喜びにも似ている。
アユコ 12歳のお誕生日、おめでとう
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