月の輪通信 日々の想い
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2004年07月01日(木) 天真爛漫(その2)

暑い暑い炎天下、開け放した窓から入ってくるのは湿った熱風。
子どもらは帰宅するなり、ばたばたと冷蔵庫ヘ直行。
冷やしたお茶をがぶがぶと飲み干す。
1日のお茶の消費量がぐんと伸びた。
1日に大きなやかんで2杯半。
ひっきりなしに拵えても、あっという間に底をつく。
夏になるなぁ。

ザリガニ、カブトムシ、クワガタムシ、アリジゴク。
相変わらずゲンの日常は、昆虫たちを中心に回っている。
ランドセルを置くなり姿が見えないと思ったら、やはり,ベランダ下のザリガニの水槽のところか、近くの山のヒミツの昆虫採集ポイントの見回りにでかけたらしい。
今日は、学校で誰かがカブトムシを見つけたと言う。
「今年は、この近所の昆虫はあっちの方へ移動しているのかもしれない」とちょっと口惜しそう。うちで繁殖させるには、オスのカブトムシかメスのノコギリクワガタがどうしても欲しいのだそうだ。
う〜ん、今シーズン中にもう一つか二つ、飼育ケースが必要になりそうだ。

昨日は、お向かいのMさんにもらったザリガニの住まいが小さすぎるとかで、知らぬ間におじいちゃんに直接交渉して大き目の水槽を拝借してきた。
こういう「思い立ったら即行動」の行動力が、ゲンの頼もしいところだなぁと感心する。
借りてきた水槽をきれいに洗い、砂利や石を敷き詰め、川から水を汲んでくる。
途中一度も「おか〜さ〜ん」と言いに来るでもなく、自分で次々判断して段取りしていく。この集中力こそが野生児ゲンの逞しさなのだろう。
「また、ゲンが『世界』に入ってるよ。」
と、へらへら笑って放っておく。

夕方、洗濯物を取りこんでいたら表でガーゴー、音がする。
ご近所のどこかで、工事でも入っているのかなと聴くでもなく聴いていたが、不規則なガーゴーはいつまでもだらだらと続いている。
「何かしらん」
と様子見がてら夕刊を取りに出たら、玄関先でゲンがノコギリを持ち出して、何やらギコギコ切っている。道理で不規則な音がしていたわけだ。
「なにしてんの?」
「いやぁ、借りてきた水槽にはふたがないねん。
そのままやとボウフラがわくから蓋を作ろうかと思って。」
ゲンが切っているのは、どこで拾ってきたのか古いそうめんの木箱の蓋。
ノコギリなんて夏休みの工作のときくらいしか使った事が無いと言うのに、どこから探してきたものか。
見ると、エンピツでひいたラインに沿って、もう半分以上切り進んでいるのだが、けっこうしっかりラインどおりにきれいに切っている。
「へぇ、結構きれいに切れてるやン。」
お世辞抜きにゲンの大工の腕前を誉める。

「切れたかぁ?」
お向かいのMさんが、水撒きの手を止めて垣根越しに声をかけてくださった。
「ワシがそっち行って、ちょっと切ったろか」
どうやら、先ほどから庭仕事の合間に、ゲンのたどたどしいノコギリの音を聞きとめて、それとなく様子を見てくださっていたらしい。
「ううん、もうちょっとで切れそうやから、いいです。」
ゲン、顔も上げずに即答。
「そうかぁ、ま、まだ日も暮れんようやから、ぼちぼち切りや。」
Mさん、にやりと笑って水撒きの仕事に戻る。

一人暮しで、近所の庭仕事やちょっとした大工仕事を請け負っておられるMさんはご近所ではちょっと変わり者で通っている。
人懐っこいゲンは妙にこのMさんと気があうらしい。
昆虫の出そうなポイントとか、工作に使う松ぼっくりの在り処を、真っ先にMさんに訊きに行く。
Mさんの方も「にいちゃんいるかぁ。」とふらっとやってきては、庭で捕まえたカブトムシやら仕事先で見つけたカメやザリガニなど、ゲンの喜びそうなお土産をぼそっと下さったりする。
今日もMさんは、前の日に自分がやったザリガニのために、ゲンがそそくさとと水槽を洗っているのを、見るとはなしに見守って下さっていたものだろう。
ギーコギーコと覚束ないノコギリの音を耳にして、もどかしく思いながらも「貸してみ,切ってやろう。」とは言わずに、長いことゲンの苦心する様を笑って見ていてくださったのだろう。

ありがたいなぁと思う。
子どもが親や先生だけでなく、まわりの大人のこういう見守りの中で成長して行けると言う事は本当にありがたい。
「社会全体で子どもを育てよう。」というと、「公共の場で騒ぐ他人の子どもをひるまず叱ろう」とか、「昔はどこにでも子どもの悪戯を叱るがんこジジイがいたものだ」とかいう話題になるけれど、そればっかりじゃないんだな。
ゲンとMさんの間には、大人と子どもという年齢に隔たりはあるけれど、どこか共通の物が好きな仲間同士のような親しさがある。
山に入って、くんくんと湿った腐葉土も匂いがすると、黒光りするカブトムシやクワガタムシの気配を感じてわくわくしてしまう。ザリガニがガシガシと鋏でえさを食いちぎっているのを見ると、スッゲーっと舌なめずりしてしまう。
そういう少年同士のような奇妙な友情がなんとも微笑ましく、ありがたい。

「おかあさん、ザリガニはするめを良く食べるんだけど、するめを入れておくと水槽の水がすぐ臭くなるんや。どうしたらええかなぁ。」
夕食の時にも、お風呂の後でも、ゲンの話題はどこまでも昆虫やザリガニを中心に回っている。
「はいはい、明日、自分でかんがえな。」
母はええ加減に答えるけれど、ゲン自身の頭の中では明日の綿密な作戦を練られているに違いない。
楽しい季節を過ごしているんだな。
少年の夏がいつまでも豊かにながれていきますように・・・。







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