月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
この春から、幼稚園バスの時間がとても早くなって、7時35分には小学生のアユコやゲンと一緒にアプコも大急ぎで坂を駆け下りていくのが日課になった。 とりあえず朝ごはんをかきこみ、ばたばたと運動靴を突っかけて家を出る。 「早く追いついておいでよ!」 と我先に走り出す。 別に小学生組はさほど急がなくてもいい時間なのだけれど、アプコはバスの発車時間に遅れるわけにはいかないので、タッタカタッタカ早足で歩く。 私が早足だと、当然アプコは駆け足。 それでも、ゲンやアユコと一緒に登園できるのが嬉しくて、アプコの足も自然と速くなる。 去年は20分近くかかって下っていた道を、15分ちょっとで今は歩く。 しっかり歩けるようになったのだなぁ。 来年はアプコも一年生、ゲンと二人でこの道を登校していく事になっているのだ。
アプコはいつも私といるときは手をつないで歩く。 実を言うと私はウォーキングもかねて、両手をぶんぶん振りながらガンガン歩いてみたいのだけれど、私の片方の手はいつもいつもアプコの手につながれている。 「ちょっと待ってよ、手ぇつないでよぉ。」 アプコの甘えた声が背中から追ってくる。 「早くしないとバス行っちゃうよ。」 「でも、靴に石がはいっちゃったよぅ」 「う〜ん、早く早く。」 リレーのバトンタッチの如く背後で手をひらひらさせながら歩みを緩めない母。テコテコと追ってくる幼い足音がまだまだかわいくて、ぎゅっと握る手も小さくてあたたかい。
ここ数日、私の空いた方の手にすっと滑り込んでくるのは、ゲンの手。 ゲンは今年で4年生。 「お母さんとお手手つないで」なんてとうに卒業したはずなのに、朝のどたばたにまぎれてこっそりとつながる少年の手。 兄弟で唯一大柄なゲンの手は大きくて、もう「つないでやる」というよりはこちらが「つないでもらっている」というようなしっかりと握り甲斐のある感触に、つなぐたびごとに「あっ」と思う。 もう幼児の頼りなげな甘えるような柔らかさはない。 ごつごつと一人立ちした男の手の強さもない。 恥じらいと甘えと、そしてきっぱりと自分を主張する少年のエネルギーが、手の平のあたたかさを通じて母の胸を衝く。
「ね、なんでこのごろ手ぇつないでくれるの?」 と訊いたら、 「いいやんいいやん」と笑って答えなかった。 もしかしたら、近頃とみに心悩ます事の多い、少々凹み気味の母へのゲンのひそやかなエールだろうか。 「まさかね」と思いつつ、無意識にそういう心遣いを行動に移せるゲンの類稀なる特殊能力のすごさを私は確かに知っている。 「うれしいな、あと何年くらいゲンが手を繋いでくれるかな。」 ふざけて繋いだ手をぶんぶん振りながら、足早に坂を下る。
今、手を繋いでもらっているのは確かに私の方だ。 ゲンの手の暖かさに甘えながら、今日も一日が始まる。
|