月の輪通信 日々の想い
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父さんの年末仕事が押し寄せてきた。
干支の作品作り。
来年の干支をかたどった置物や香合、茶碗などを平行して制作する。
年内に送り届けなければならない作品だが、数も多いので、「家内制手工業」である窯元では 家族総動員の年末仕事となる。
「数物」と言われる出荷数の多い作品は石膏型を使っての制作になる。
と言っても、「型からポン」で出来上がりという訳ではなく一つの作品を仕上げるまでにはいくつ もの工程を全て細かい手作業で行う。
形の複雑な物の場合は、大まかな土台部分の型の他に、小さな部品用の小さな型も使用す る。その一つ一つに手作業で粘土を積め、抜き出して「ばり」と言われるはみ出た部分をそぎ 落とし、きれいの処理して土台部分に張り付けていく。
新婚の頃、私が初めて制作の仕事の手伝いに入ったのは、午年の馬の足の型抜きだった。
その年義父が制作した置物は大きな翼を持った白い天馬。
とても雄大な美しい作品だったが、翼だとか、足だとかとにかく細かい部品が多い。年末の「猫 の手も借りたい」大忙しのさなか、新婚一ヶ月目の夢見る新妻は、毎日土埃にまみれて馬の足 を抜いた。
それ以後、年末仕事が始まると、「手伝いが要る?」と言うことばの替わりに、「そろそろ馬の 足?」と夫婦の間だけの符丁が飛び出す。
ことしの干支作品は猿。
細かい部品用の型がないので、初めて施釉の仕事を手伝う。
いつも釉薬掛けはひいばあちゃんの領分。
96歳の高齢にもかかわらず、鮮やかな手さばきで工房内の施釉を引き受けて頑張っている。 最近ではさすがに、全てお任せというわけには行かなくなって、その分の負担が父さんや他の 従業員さんたちに回ってくる。
基本的に「家族で継いでいく」窯元の仕事で、施釉のような長い熟練を要する職人仕事は、代 わりの人を捜すのがとても難しい。
「早く子ども達が大きくなって・・・」
将来の人手確保とばかりに、4人も産んじゃった我が家だけれど、父さんの年齢のワリに子供 らはまだまだ小さい。
「しょうがないなぁ」と奥さんに声がかかる。
今年の春から、工房で小さなアクセサリーを作る仕事を始めた。
小さな型からアクセサリー用の部品を作り釉薬をかけて窯の隅で焼いてもらう。
展示会で窯元の作品の横に置かせてもらって販売してもよいことになった。
ささやかな内職仕事ではあるけれど、工房の暇なときに父さんのロクロの後ろの小さなテーブ ルで、ちまちまとパーツの陶玉に釉薬をかける。
そんなわずかな経験だけれど、よく使う釉薬の色や、仕上がりの良い釉薬の濃度、色によって ちがう施釉の厚さなど、学ぶことは多い。
そして、何よりも目と手が覚える微妙な作業の手順。
ものをつくる職人仕事の面白さは、言葉にならないそんな経験の積み重ねにあるのだなぁとつ くづく思う。
私が工房で釉薬かけを手伝っていると、背後の作業場で仕事をしているひいばあちゃんの視 線が暖かい。
自分の仕事に厳しく、これまで若い後継の職人さんの養成にあまり良い顔をなさらなかったひ いばあちゃんが、「ど素人」の私の介入は取り合えず目をつぶって見守って下さっている模様。
・・・と言っても、家事の片手間にあわただしく工房に入るお気楽パート主婦の私に、熟練の職 人であるひいばあちゃんの後を受け継ぐ覚悟はまだできてはいないのだけれど・・・
今日もまた、「猫の手」ならぬ「馬の足」となる。
私の工房でのお仕事は、荷造り場でも作業場でも、いつも手伝い要員。
というと、拗ねてるようで、聞こえが悪いが、私自身は今の立場が結構居心地が良い。
白馬の疾走を支える「馬の足」
それだって立派なパーツのひとつなのだと、最近感じられるようになった。
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